裏第一回戦SS・刑務所その2


戦闘の舞台が『刑務所』というのを知らされた時、梶原恵介が取った行動は極めて彼らしい準備だった。
すなわち、刑務所を描いた漫画作品の読破。

『ONE PIECE』のインペルダウン。『範馬刃牙』のブラックペンタゴン。
『ストーンオーシャン』の水族館。『スケバン刑事』の梁山泊。
『デッドマン・ワンダーランド』『ゴルゴ13』『あしたのジョー』……

無論、漫画を読むだけではない。
画力の鍛錬を含む基礎の肉体トレーニングも欠かさずに行い、トーンや修正液などの物資も買い込んだ。

(どんな刑務所かは知らないが、いい取材の機会だな。
 実際にブチ込まれるのは流石に御免だが、相手を倒せば戻れるんなら気楽な取材旅行だ)

だが、この直後。梶原は痛感する。
事実は漫画よりも奇なるものである、ということを。

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「…………」

転送から二十四時間。梶原は、独房の中にいた。
服は古典的な囚人服――白黒のボーダーである。
事前に買い込んでいた物資はおろか、その口に咥えている“相棒”も今はない。

早い話が、牢屋にブチ込まれたのである。

その正面にはもう一つの独房。その中には、一人の青年。

「いやあ、めったのう……どういたもんじゃか」

茶色い散切り頭をぼりぼりと掻きながら、囚人服で寝っ転がる青年。
年の頃は梶原と同じ程度、否、少し若いか?
だが、どこか方言めいた口調や落ち着いた佇まいはどことなく年長者を思わせる。

彼こそ『欠片の時計』に誘われたもう一人の男……善通寺眞魚である。
彼もまた、牢屋にブチ込まれていた。

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(やっちまった……クソッ、澤が一緒にいりゃこのくらい予想してただろうに)

転送から数分後。梶原恵介は、大勢の屈強な男達――刑務所の看守らに取り押さえられていた。
そこから少し離れた先では、何人かの看守がノビている。

梶原が送り込まれてすぐ、巡回していた看守二名に見つかり――漫拳“稲妻ベタフラアッパー”で撃破……したまでは、良かった。いや、良くはなかった。
その結果警戒レベルがハネ上がり、駆けつけた看守十数名がかりで襲われたのだから自業自得と言う他ない。
無論、それが通常の状態であれば梶原の漫拳に敵はない。寧ろモブを纏めて吹き飛ばす大技こそ、漫拳の真骨頂であり独壇場だ。

だが――屈強な男の中に一人混じっていた、プロポーションの良い女看守に目を奪われたことが命取りだった。
童貞で女に免疫のない梶原が、思わずその胸に視線を釘付けにされている間に彼女の魔人能力――
“武器になりうる器物を問答無用で没収する”力によって、持ち込んでいたアイテム類を根こそぎ奪われたのである。
漫拳にとってトーンや画材が武器になり得る以上は没収対象であり、もちろん相棒たるペン『雷』もその中に含まれており――
漫拳を実質封じられたに等しい状況に置かれた中で、間髪入れずに看守の波に呑まれた。

「やれやれ。うるさいネズミは捕まったのかネ?」

梶原の視線の方向、廊下の先から一人の男が歩いてくる。
整髪料でビチッと固められた髪と、どこか陰気な光を宿した鋭い目。
それこそ漫画にありがちな、イヤミなキャラのテンプレートともいえる外見をした小男だった。

「はい、問題ありません。武器も“没収”しておきました、所長」

女看守が形式的な敬礼を返し、男のほうを見やる。
どうやらこの女性、看守の中でも上の立場にいるようだ。

「全く、今日はどうなっているのかネ!二人も侵入者を許すとは!責任問題だよ、チミら!」
「お言葉ですが所長、その場合一番責任を取るのは貴方になるかと」
「ムググ……とにかく! ソイツもさっきのも独房にブチ込んどきなさいヨ!
 うどんを喰ってた呑気そうなクズ!不愉快ですから!」

所長と呼ばれた男が顔を紅潮させながら、指示を飛ばして帰る。

「だそうですので、これから独房にブチ込ませて頂きます」

女看守は所長の背中を見送るのを早々に止め、梶原に向かって宣告する。
所長を尊敬こそしていなさそうだが、職務には忠実らしかった。

「あー……いや、そのことなんだが。その、もう一人の侵入者? とやらと俺とを会わせてくれねえか?
 詳しく話し始めると長くなるけど『迷宮時計』ってーのがあってな……」
「では後でじっくり聞きますので、独房にブチ込まれた後好きに喋っていて下さい」

梶原はなんとか事情を説明しようとしたが、相手は聞く耳を持たない。
胸をチラチラ見てたせいで、信用度が下がったか?それとも地の性格がこうなのか?
梶原は人間観察を行いながらも、投獄への不安をいつもの信条で塗りつぶそうとした。

(……まあいいさ、『漫画を面白くするのはリアリティ』だからな)

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転送から二週間。
梶原と善通寺はお互い、服役生活を送り続けていた。

独房にブチ込まれた翌日、刑務所内での労働時間の隙を見て善通寺との対戦を行おうとした梶原だったが――囚人同士の喧嘩を見過ごすような警備体制が敷かれているわけもなかった。
善通寺に掴みかかったところで看守に見咎められ――暗くて寒い反省房行きとなった。

反省房から独房に戻った梶原は、独房の壁や鉄格子を試しに殴ってみることにした。
漫拳は十全に使えないが、鍛えた筋力があれば壊せるのではないか――そんなわけがなかった。
鉄格子に一発鉄拳を叩き付けたところで、凄い金属音が鳴り響き看守が飛んでくる騒ぎとなり――反省房に舞い戻ることとなった。

こんな調子で、なんとか善通寺と戦おうとする余りに浅慮な行動を繰り返す梶原を尻目に――
善通寺はといえば、これといった動きを見せることなく作業に勤しんでいた。
目の前に反面教師がいることもあってか、侵入以来目立った動きを見せず――
共同浴場のボイラー係から大量の生ゴミの掃除まで、他の囚人が嫌がる様な作業まで平然とこなしていた。
看守らの目も、少しではあるが好意的になってきている――と、梶原は感じていた。

「……なあ。アンタ、戦う気はあるのか?」

何度目かの反省房から戻ってきた梶原が、善通寺に問う。
両者の間には、鉄格子が二枚。数メートルが、あまりにも遠い。

「ないことはないけんど、言うたちこれじゃ無理じゃろ」
「だよな。また鉄格子ブン殴って狭い反省房行きは御免だ」

他愛のない雑談程度しか、今の二人にできることはなかった。

「クソッ……相棒も取り返さないといけねえし、どうすりゃいいんだか」
「そらあ、コツコツ頑張るしかなかろ」
「そんで刑期を務め終えろ、ってか? 気長な話だな……」
「そもそも刑期とやらも決まっとらんじゃろ、わしら」
「うあー……あのクソ所長、一発ブン殴ってやりてえ」
「ブン殴る、のう……わしもあの所長には、ちいと聞きたいことがある」

梶原が息巻き、善通寺が何か含みのある言葉を漏らしたところで……消灯時間を告げるチャイムが鳴る。

「ほんじゃ、おやすみ」
「……ったく」

まあ、確かに焦っても仕方ないのかも知れない――
梶原も気楽に構えようと、気持ちを切り換えた。

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転機は、転送から一ヶ月後に起きた。

「二人とも、出なさい。所長がお呼びです」

時刻は既に消灯時刻。本来ならこんな時間に呼び出しがかかるなど、ありえない。

「へえ。所長様が一体何のご用事なんですかね?」
「さあ。私は二人を呼んでくる様に指示されただけですので」
「おまさんも真面目ちゅうか融通が利かんちゅうか……」
「それが私の職務です」

女看守を先頭に、手縄で拘束されて連行される二人。
行き先は――所長室。

「所長、お連れしました」

所長室の扉をノックし、女看守が扉を開けようとした――その刹那。

「! 危ない!」
「! きゃあっ!?」
「! うおっ!?」

突然、善通寺が女看守に体当たりをかまし、その勢いのまま倒れ込む。
手縄で繋がれている梶原もまた、連動する様に倒れ――
その三人の頭上を、巨大な影が一瞬通過し、戻っていく。

「チィッ! 避けられるとはねェー……!」
「しょ、所ちょ……う?」
「オイ……何だありゃ」
「……やはりか。おんしゃあ“アヤカシ”じゃったか」

所長室の中央にいたのは――所長だった。だが、その姿は小男のそれとはかけ離れている。
突き出した右手と、腰に構えた左手。そして頭部が、蛇の頭になっている。
何より体躯が、梶原よりも一回りほど大きい。先程通り過ぎたのは、右手で噛みつこうとした蛇か?

「“上”への問い合わせで、ハッキリしましたよ、ええ。
 あなた方がチラチラ仰っていた『迷宮時計』とやら!折角ですから頂こうと思いましてネェ!」
「……チッ、それで俺と善通寺を一片に殺そうってワケか」
「それだけじゃなかろう。……この娘さんを巻き添えにしようとしおった」
「だってムカツくんだもの、ソイツ!事ある毎に小馬鹿にして!」

未だ目の前の光景が信じられないのか、女看守は小刻みに震えている。
善通寺が体勢を立て直し、女看守を庇うように立ち上がる。

「刑務所の所長なんぞやりゆうき、ひょっとしたら良いアヤカシかとも思うたが……
 どうやら、それがおんしの本性のようじゃの」
「キヒヒヒヒヒィ! だからどうしました!私はこの刑務所で一番エライんですよォ!
 生意気な部下や囚人の摘み食いぐらい、どうってことはないでしょうがァーッ!!」
「……おまさん、そこの娘さんを頼む」
「オイ、戦う気か? ……それなら俺のほうが適任だ」

梶原も身体を起こし、上半身に力を込める――
鍛えられた筋肉が膨張し、手縄が弾け飛ぶ。

「事を荒立てたらいけねえって学んでたんで、さっきは素直に連行されてたが……
 その必要も無くなった様だからな。一ヶ月も臭い飯食わせた礼はさせて貰うぜ」
「ククッ!筋肉バカがどこまで出来るか、お手並み拝見して差し上げましょう!
 ああ、でも殺しはしませんヨォ!貴方だけ殺してしまうと『迷宮時計』が手に入りませんからねェー!」

所長が梶原に飛びかかる。その動きは稚拙な三下のもの。
梶原は迎え撃つべく、腕に力を込めて振りかぶる――

「! 待て!そいつに拳はそのままじゃ効かん!」
「アハァ!」

善通寺の注意も虚しく、梶原の拳は――空を切る。
所長の身体が、インパクトの直前で解ける様に分解し――大量の蛇の群れとなったからだ。
大小様々な蛇が、梶原の拳を掠める様に牙と鱗を立てながら這い回り、そして戻っていく。

「申し遅れましたネェ、私は九十九蛇(ツクモヘビ)!
 九十九と言いますが私の身体は無数の蛇!貴方の拳がいくら潰しても
 次から次にゾロゾロ湧きだすのですよォーッ!!」
「……成る程。厄介だな」

梶原は拳を見る。腕に無数のかすり傷……だが、痛みが強い。毒か。

「……おい、そこの姉ちゃん。頼みがある」
「……え、な、何でしょうか」
「俺の“相棒”取ってきてくれ。この化けモンブッ飛ばすにゃそれが要るんだ」
「…… ……わかりました。囚人に武器を返却するなど通常ではあり得ませんが今起きているこれは非常事態ですので」

女看守が、自分を誤魔化す様に呟きながらその場から離れる。
所長が蛇を放ち追おうとするが、その蛇を善通寺が踏み潰す。

「これ以上、他のもんに手出しはさせん」
「言いますねェー……!でもでもでも、あのご自慢の筆がなきゃあ、戦えないでしょう貴方!」
「それは……どうかのう」

善通寺が、懐から一本の“筆”を取り出す。
生ゴミから漁った鳥の骨で作った軸、毛先は自分の抜け毛を束ねたもの。
そして墨は――ボイラー室のススを水で溶いたもの。

「おやおや、急ごしらえの筆ですか……隠し持っているなんて、これは重罪だァ!
 裁判の必要はありません、私が噛み殺してあげますからァーッ!!」

所長が身体を二頭の大蛇へと変え、梶原と善通寺に襲いかかる。
梶原は変わらず拳で薙ぎ払おうとするが、やはり分散される。
数匹掴んで握力で潰すが、おそらくダメージは……低い。

一方、善通寺が取った行動は。
襲いかかる大蛇に、すれ違いざまに筆を一閃。これだけだった。
大蛇の牙が、善通寺の腕をかすめて切り裂く。

「……っ!」
「アハハハハ!何だ、その筆で何をしでかすかと思えば!何も痛くなァい!
 所詮筆は筆、大したことは出来ませんよネェ!」

大蛇が振り返り、善通寺をあざ笑う。
だが――善通寺はその嘲笑に、笑顔で返した。

「そうじゃの。ところで、梶原の――あの蛇の頭をちいと見てくれんか?」
「? ああ……  なんだアレは……ナメクジか?」
「? ナメクジ?ナメクジが一体どこに…… ヒイィッ!?」

次の瞬間。善通寺が大蛇の額に描いたナメクジが実体化した。
所長の狼狽えように、梶原が思わず善通寺の顔を見る。

「蛇は蛞蝓に弱い――どーいてかはわしも忘れたが、おんしが蛇のアヤカシなら
 ナメクジで怯むじゃろうと思うてな」
「ひ、ギッ……生意気な!何です、ナメクジぐらい、叩き潰してやりま――」
「ああ、やめちょき。そのナメクジ、潰すとおんしの頭が潰れるぞ」
「エッ?」

遅かった。
本能的な恐怖から一刻も早く逃れようとした所長は、その太い尾でナメクジを払い落とし――叩き潰した。
と同時に、宣告通り――大蛇の額が潰れ、ひしゃげた。

「ガフッ!?」

善通寺眞魚の魔人能力『筆を選ばず実ちて帰る』――
絵を実体化すると同時に、実体化したものが破壊・消滅した瞬間、描いていた媒体もまた壊れる能力。
本来なら制約とも言うべき厄介な現象を、彼は容赦なく攻撃へと転嫁させた。

「アアッ!私の、私の半身がァっ!? おのれよくも、よくもよくも――」
「おい。所長さん」
「!?」
「俺を忘れてねえか?」

残り半分となった蛇の群体が、声の主のほうを振り返る。
そこには、口に愛用のペン“雷”を咥えた梶原恵介の姿があった――

「蛇の数は無限なんだろ?せいぜい頑張ってくれや――」

『G戦場ヘブンズドア』発動――
言いようのない威圧感が、憐れな蛇たちを包む。



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「……」

希望崎大学のサークル棟、漫画拳究会の部室(会室?)にて。
梶原の友人、澤が梶原の描いた漫画原稿をパラパラと読んでいる。
梶原の表情は、どこか苦虫を噛み潰したようだった。

「いやー、先輩。()()()帰ってきた割に、なかなか自分のことカッコ良く描きましたね」
「……うるせえ。あのクソ蛇所長を殴るのに夢中になって、途中で刑務所の外まで飛び出してるとか思わなかったんだよ!」

そう。“漫拳”の全力を発揮することに夢中になった余り――
途中で、刑務所の敷地外に飛び出していたのだ。
幸いにも、善通寺のおかげで“元の世界”に戻ることができたのだが――

「結局、アイツの技と“漫拳”、どっちが上か決められなかった……」
「まあまあ、いいじゃないですか。妖怪バトル漫画、いいと思いますよ」

澤のフォローも、今はちょっと虚しかった。

最終更新:2014年11月22日 09:09