第二回戦SS・高速道路その3


 探偵は何故、被害者候補たちを集めて推理を披露するのか?
 それは探偵たちにとって『事実承認される事』こそが力の根源だからだ。他者の、多数の肯定を受けて悪しきを討ち滅ぼす者が探偵である。
 近現代探偵の始祖とされる魔人シャーロック・ホームズは、不死不滅の大犯罪魔人学者ジェイムズ・モリアーティを仕留めるために、己の活躍と敵対者の死を小説として広く出版。
 無数の読者の『最悪の犯罪者モリアーティは、最高の名探偵ホームズの手により死んだ』という共有認識を以てして、彼をあの滝壺の底に封じ込める事に成功した。
 他者の肯定をして、力とする。シャーロキアンがいる限り、モリアーティはあの滝壺の底で死に続ける。

 そして、そのような探偵属性の極致に立つのが、推理披露そのものを攻撃とする存在である。披露される推理を、深層心理下でも犯人が認めれば、それがすなわち攻撃となる。
 ただしそれは危険な行為でもある。犯人と直接対峙して推理を披露すれば、当然犯人からの反撃を受ける。負傷・落命のリスクは常にある。
 ――人工探偵。彼らは狡猾にして凶悪な犯罪者を真実によって仕留めるための、銀の弾丸である。


―――


「伊藤日車」
「ええ、こんにちは馴染おさな。あなたの事は調査済み。私にあなたの能力は効きません」
「知ってる。これだから植物生まれは嫌だわ」
 深夜。車通りのない高速道路の中央。街頭からオレンジの光の降り注ぐ中、二人の女が相対していた。馴染おさなと伊藤日車である。日車はこくりと首を傾げた。肩に咲き誇る向日葵も一緒に、こくりと。
「私たちの事についてずいぶん詳しいみたい。『不思議でもない』」
 はっきりとした日車の声に、若干くぐもった声が続く。
「その不快な腹話術、そうそう忘れられる物じゃないわ。いつの間に宿主を変えたのか知らないけどね、気色の悪い寄生髪の毛」

 バトルロイヤルの始まる数ヶ月前の事だ。おさなは寄生髪の毛、もとい時計草の以前の相方、風月藤原京と対決した事があった。正しき言葉が武器となる逃走不能の裁判所『花刑法庭』。花弁舞い散る処刑台の上で、おさなはあと一歩の所まで追い詰められつつ、共に引きこまれていたその時の幼馴染みへ言葉巧みに告白・奴隷化した後、彼の魔人能力『ここは俺に任せて先に行け!』を発動させる事で辛くも逃れたのだ。
 それからおさなは暫し自らの痕跡を消し去る事に注力して追跡を振り切り、同時に人工探偵に関する情報を集めた。それで分かった事は、人工探偵がすこぶる相性の悪い相手だという事だ。彼らは植物を素材として生まれた人造の人間である。生まれた時から人体としては完成しており、それでいて実年齢は一桁。彼らを幼馴染みにする事は物理的に不可能。風月藤原京が馴染おさなの情報を持ち帰っただろう事も頭が痛く、おさなにできる事は人工探偵なる存在が自身の人生の路上に現れないのを祈る事だけだった。

「なのに、こんな場所で遭遇する事になるなんてね」
「始めましょうか。『身元の割れた犯罪者ほど容易い物はないぞ――馴染おさな』」
 おさなは地を蹴った。手にはナイフ。刹那に戦闘服へ髪を編み替えた日車もまた跳躍する。ふわり、と風に乗るように。左右を防音壁に遮られた高速道路上の気流は一定で掴みやすい。
「あなたは罪科を犯した。具体的件数は省き要点だけ押さえましょう『初犯は三年前。お前が14歳の時だ』」
 調達しておいたオートマチック9mm拳銃を連射。しかし編まれた純白の盾にて防がれる。
「『そんなのが通るとでも?』以来あなたは、主に同年代男子を狙い、『騙し』陥れ、『利用し』使い捨て、各地を転々としたのです」
「なら!」
 ざっと辺りを見回し、街灯の一つを撃った。飛び散るガラス片と火花を髪が受け止める。その隙に射撃。しかし守りは硬く、僅かに数本を散らした程度だ。それでも時計草は怪訝な声を漏らした。
「『……随分と銃の扱いが巧いじゃないか』防いでくださいね。『当然。威力は知れている』」
(力不足か……!)
 今回、この戦闘領域に転送される直前、おさなは『身体強化百姉妹』のうち四人を幼馴染みとし、五感と腕の筋力――特に運動精度を強化していた。銃はペンよりも強し。言葉を弄する人工探偵をどこからでも確実に撃ち抜くためだ。もっとも、それは時計草の能力の前に既にご破産となりかけているが。
 髪を支柱に絡ませ、くるりと大車輪。日車は街灯の上に立った。
「最初にあなたが陥れたのは久坂 俺(ひささか おれ)。『お前の同級生だ。覚えているかは知らないが』」
「…………」
 その名を聞いて、おさなはすうっと自分の心が冷え込むのを感じた。最初に、陥れた。最初に陥れた? 彼を? ……私が?
(……勝機、あるかもしれない)
 おさなは銃を構えているフリをしながら、初めて付近に注意を払い始めた。ここまで介入のない第三者の存在を探るためだ……それは案外早くに見つかった。


『うぅむ、これは判断の難しい状況だぞ、ショウ子……あれは探偵で、今は推理披露中……』
「うん、うんうん。女の子は攻撃してるけど効いてないね。どうやって防いでるんだろ。バリツ使いじゃないのかな?」
『人工探偵だろうな。だからこのまま続けば恐らくあの娘は恐らく倒れるだろう……』
「でも、でも、でも、あんまり待ってたら時間がなくなっちゃうよ! 早くなんとかしないと!」
『落ち着くのだ、ショウ子。今は様子を見よう。幸いあちらは、推理と阻止に集中していてこちらに気付いていない……痛み分けとなれば、交渉で蹴りをつけられるかも知れん』
「うん、そうだけど、でも、時間が!」


 ……もうちょっと声を押さえてはどうか。
「――総括します」
 日車は推理を終えていた。肩の向日葵が呼吸するように揺れる。
「『お前の罪科は多くの罪なき人々を利用した事』ええ。他人に自分が幼馴染みであるという認識を植え付ける事で。効果の程には個人差があったようですが……能力効果下にあった者は皆、あなたに良く尽くしたようですね」
 日車の言葉は、間違っていない。概ね事実だと言える。認めよう。さすが、犯人に真実を語る事でそれを攻撃とする存在、人工探偵。どれほどの反骨心を持っていたとしても、その話には聞き入らずにはいられないし、虚勢でそれを跳ね返す事もできない。
 だが。
(それだけだったら、私だってここまで来ないわよ)
 向日葵の筒状花に光が集まる。オレンジの光。街灯の光だ。太陽の光には俄然劣る。だが……真実を言い当てていれば、これで十分!
「その能力をして人々を利用し使い捨てた罪の――」
「助けて、ショウ子ちゃん!」
「『報いを受けろ、馴染おさな!』」
「えっえっ!」
 幾つもの声が重なった。だが次の瞬間には、向日葵の中央から確かにオレンジの光線が放たれた。光線は宙で細く分かれ、網状に交差しながら迫る。おさなの身を焼き包もうとするかのように。だが命中直前、それに割り込む影あり。
「0,0,30,0!」
『ショウ子!?』
 山禅寺ショウ子! 彼女は己の能力により防御力を極限強化した上で、おさなを庇った。包囲するように放たれた光線から完全におさなを守る事はできなかったが、
「大丈夫!?」
「うん、ありがとう……ちょっと焦げちゃったけどね」
 軽い火傷で済んでいる。ほっと胸を撫で下ろすショウ子。それを見下ろす日車は外面こそ冷静を保っていたが、胸中ではひどく動揺していた。ショウ子が攻撃からおさなを庇った事に対してではなく、そもそも『庇う』なんて行動ができたという事実に対しての動揺。
「推理光線が、外れた……という事は『間違いがあったようだな』」

 推理光線。
 それは日車の向日葵から放たれる光線の中でも奥の手たる一撃。日車の推理を認めた者に対しては必ず的中するという光線だ。
 闇雲な否定や虚勢、ポーズ程度の思い込みなぞは一切通らず、深層心理下でそれを認めた者は、どのような手をしても絶対に回避できない。
 射程こそ短いが、その威力は明かされた真実量に比例し、総じて高い。
 日車はこの一撃で馴染おさなを撃破するつもりだったのだが、光線の一部はおさなではなくショウ子に当たった。
 つまりおさなは、日車の推理を完全には肯定していないという事だ。

「『あれはそれなりの悪人だが、シシキリ、あの現代妖怪と違って狂ってはいない』……ええ、ええ。違えがあったのだとそう言いたいのでしょう。『これだから三級品は』品って言うのはやめてって!」
 クールタイムに入り推理力が低下すると、否応なく毛髪の物言いが気になり、つっかかってしまう。その隙に攻撃を受けたらどうする? はっとして警戒するが、どうもその様子はない。
「よかった! よかったよかったほんとによかった!」
「う、うん……ありがとう」
「でも久しぶりだねおさなちゃん! いつ以来? もっと時間があれば色々話せるんだけど」
「時間?」
『待てショウ子。人工探偵の話を聞いていなかったのか』
「え?」
『この馴染 おさなは名前を呼んだ対象を幼馴染みと思い込ませる能力を持っていると言っただろう。お前は今……』
「えーっ! 男の人の声がしたよ? ショウ子ちゃん腹話術?」
「あっあっ、えっとね色々あって! ほら、このイヤリングが!」
『こら、人の話を……』
 何やら余裕の様子できゃいきゃいと話をしている。こうも見られずに在ると、人工探偵としては大変不服。
 すると、不意に辺りが明るくなってきた。トラックが走ってきたのだ。クラクションを鳴らしながら緩やかにくねり二人を躱そうとする。
「わわっ、こんな所で話してたら良くないね! どうしよっかどうしよう! 考えてみれば時間もないし!」
「ええと……」
 おさなはチラリと日車を見る。光線を連射はしてこないか。恐らく考え直しているのだろう。あるいは連射できないものなのか。
 真相に辿り着いた人工探偵は、尋常な精神を持つ悪人――たとえば私のような者を相手にすれば必勝である。もしも彼女が真実に辿り着いていれば、ショウ子が庇ってもその攻撃は私へ的中していただろう。推理量の多さも踏まえれば、多分……致命傷を受けていた。
 眼前に二択が浮かぶ。ここで殺すか。こちらも退くか。今攻撃を仕掛ければ反撃は受けないだろう。しかし時計草の防御能力が面倒だ。それに迂闊に攻撃行動に走れば、ショウ子の幼馴染み度が大きく低下してしまう可能性がある。ではショウ子を焚きつける? いや、彼女がどこまで動いてくれるか未知数だ。
 しかし、ここで退いて何となるか。今の推理には瑣末な――それでいて重要な間違いがあったが、次は真実を見抜いてくる可能性がある。そうなれば、今度こそ無事では済まない。それとも日車を推理光線の射程外から無力化する方法が、何か……
(…………)
 刹那、おさなの脳裏に悪魔的方策が浮かんだ。一人で慌てるショウ子を見る目が、ナイフのように細まった。

「へへ、成功だね!」
「おさなちゃん運動神経良いね! 昔はもっとのんびり屋さんじゃなかった?」
「も、もうっ。昔の事はやめてよ!」
『…………』
 速度を落とした所で飛び乗ったトラックの荷台の上で繰り広げられる二人の楽しげなやり取りを、ふっくんは苦々しい思いで聞いていた。ショウ子がおさなの能力下に入ったのは明白だ。だが、それでも。
(ショウ子、あんな表情を……)
「あーーっ!」
 不意に、ショウ子が声を上げた。腕時計を見る。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう! おさなちゃんが言うからついトラックに飛び乗っちゃったけど、もう時間がないよ! あと一分くらい!?」
「一分?」
『……ショウ子の思い込みだ。どうも、この子はそういう所がな』
「でも、でも! 一分以内に事件解決しないと! あの日車さん……あーっ、もうすっかり離れちゃってるよ! どうしよう、どうしようどうしようどうしよう!」
「大丈夫。私とショウ子ちゃんなら」
 頭を抱えるショウ子の肩を、おさなは優しく撫でる。
「一緒に考えよう? そのためには、まずお互いにできる事をはっきりさせないと」
「何ができるか……?」
「魔人能力。ショウ子ちゃんはどんな事ができるの? 私を守ってくれたけど」
『待てショウ子、迂闊に能力を明かすのは……』
「でも、でも時間がないよ! あたしどうすれば!」
「だから、ね。教えて?」
『ショウ子!』
「あーーーっ! もう! 『賢者の贈り物』だよ! ほら見て!」
 くっと髪をかき上げ、フクロウのイヤリングを見せる。
「ふっくんに触ると能力が変えられるの! 体力、攻撃力、防御力、精神力!」
「それでさっき守ってくれたの?」
「うん。それでおさなちゃんは……」
「防御を弱くして攻撃力を強くしたりとかも?」
「できる! できるよっ! せーの、0,30,0,0! ほら、今私の攻撃力すごいよもうビルくらいなら」
『ショウ子ッ!!』
 遅い。ふっくんが声を上げた瞬間、彼はショウ子の身体から切り離されていた。右耳もろとも。強化百姉妹の魔人能力によって運動精度を上げていたおさなには容易い事だ。
「え?」
 焼けるような痛み。ぱちりと目を瞬かせる。おさなは血の着いたナイフを振り上げていた。
「……なんで?」
 逆手に持ち替え、振り下ろす。刃はショウ子の喉元に深く突き刺さった。痛み、が
『ショウ子! ショウ子!!』
 ふっくんの、声、うるさい。あんなに、怒鳴って、なんで、体が、たおれて、拳銃、私に向けて、おさなちゃん、どうして、右耳、あの時と、同じ、?



「銃声? 気のせいですよ。荷物だって落ちてないです。それよりお名前を教えて……えっ、走くん? うそ、久しぶり! ごめんね、勝手に荷台に乗っちゃって。うん、話せば長くなるんだけど……」



―――


 時計草の小言を聞きながらとぼとぼ高速道路を歩いていた日車であったが、乾いた二発の銃声を耳にしたらば、さすがに駆けずにはいられなかった。時計草の小言も止んだ。
『……オオ……オォォ…………』
 低く重く響く声の元であるイヤリング……正確にはイヤリングのくっついた右耳を発見した時、日車はおおよその事情を察した。血の匂いもしたので歩みを進めれば、そこには右耳を切り落とされ喉を深く刺された上に、額に二発の銃弾を受けた山禅寺 ショウ子の死体が転がっていた。
『ショウ子……オォ……!』
 その震え声は、嘆きと憤りに満ちている。日車はもちろん、時計草ですらそれに触れるのは躊躇われた。日車は懐から手帳を取り出し、ぱらぱらとめくる。ある所で止めて、イヤリングの元に膝をついた。色鮮やかな赤い花弁を一枚、取る。
「……赤のポピーは『慰め』です。どうか気を確かに」
 そっと花弁でイヤリングに触れた。無念の怨み声は静かに収まっていく。日車は『花撰集;花弁』をしまい、気持ちを決めて一つ頷くと、そっと声をかけた。
「お話を、聞かせてもらえますか」
『……話』
「ええ私は『真実を知らねばならない。断片をかき集めて真実を組み上げるのが探偵だ』……不躾だと思いますが」
『探偵……か』
 呟いて、イヤリングはクックッと低く笑った。猛禽が喉を鳴らすように。そして、名乗る。
『――ああ。今より私は、探偵・山禅寺梟奇だ』

 それから、三人――そう『三人』だ――は、程なくして推理の再検討を終えた。結果として、最初の推理……風月藤原京の持ち帰った情報に基づく推理は確かに間違っていたと結論づけられた。いや、些細な違いではあったが、おさなの価値観に基づけばその違いは絶大で、だからこそあの時の推理光線は的中しなかったのだろう。
 だが、今度は違う。
『……あの子は自分から、ありもしない思い出について話し出したのだ』
 梟奇のもたらした情報により、新たな、そして真実味の在る推理が導き出された。今度こそ馴染おさなを仕留める事ができる。これはもはや迷宮時計のためではなく、一個の人工探偵としての意地だ。
 三人は高速道路を歩いた。向日葵からは『透き通る追跡光線』が放たれている。無色・無刺激・無限射程の光線は、犯人へと注がれる。今この向日葵は太陽の代わりに馴染おさなを見つめ続けている。
 朝が近付き空の白み始める頃、向日葵が少しずつその向きを変え始めた。その方向にあるのは
「高野原サービスエリア……」
『待ち構えているだろうな』
「『当然、そう見るべきだろう。時間も少しかかった』」
 車通りは意外に少なく、それゆえ空気もまた意外と悪くはなかった。しかし、日中にもなればそうも言ってられないだろう。歩いている姿を通報されたりしても面倒だ。
『少し、良いか』
 気持ちを改め歩みだそうとした日車を、小さなイヤリングが引き止めた。


―――


 高野原サービスエリアは埼玉に位置する。ガソリンスタンドや洗車機、レストランと言ったサービスエリアに求められがちな機能は概ね揃えられ、そこら中に『彩の国、埼玉』をアピールするポスターが貼られている。
 迷宮時計の導きにより三人がこの世界へ来訪してから数時間経った午前六時十二分。馴染おさなはレストランのカウンター席で、型落ちした携帯端末を手に弄んでいた。自分の物は電源を切ってポケットに入れてある。これは『彼ら』の下っ端から徴収したものだ。
(平行世界でも電話番号が同じで助かったわ……もし違ってたら、あのショウ子って娘殺し損だったし)
 ぼんやりと考え事をしていると、やかましい着メロが鳴り響いた。着信相手は、監視役だ。出る。
「もしもし」
『来やしたぜ姐御! 言ったとーりでさぁ! マジマブ!』
「そう」
 来たか。もう少し遅ければ、何もせずとも圧殺させられたのだが、さすがにそこまで甘くはないと。
「歓迎してあげてね」

 もちろん、日車もサービスエリアへ足を踏み入れた時から自身に注がれる視線に気付いていた。駐車場には数台のトラックがあるのみだが……
「関係ないですね『ああ』」
 恐らくは、罠が張ってあるのだろう。無策で行き止まりに引きこもるような愚か者であれば、基準世界でとっくに捕らえられている。しかしそれでも、進む他ない。時間をかければそれだけ目撃者が多くなる……人工探偵として、それは避けたい。
 日車はサービスエリアを横切り始めた。目的地へ一直線に。道程も3分の1を切った頃、その前方に突如として人影の群が現れる!
「「「「ヒャッハーーーー!!!」」」」
 彼らは皆一様に鋭角的デザインのバイクに跨がり、奇声を発しながら駆け出した。不快な排ガスとエンジン音を撒き散らしながら、日車を目指して一直線に!
 その正体は速度とヒャッハーを好む埼玉の原住民『暴走族』の中でも一際危険な魔人暴走族『LOVE彩の国☆埼黒ン』のサンシタ部隊である。サンシタながら個々が魔人である彼らは、『LOVE彩の国☆埼黒ン』四天王の一人であるスケルトン春日の能力『スケベ過ぎるよスケルトン!』により姿を隠し、不意打ち攻撃を仕掛けようとしていたのだ!
『それならエンジンくらい切っておくべきだろうがな』
「『暴走族のサンシタの知能なぞそんなものだろう』それでもここまで数がいると厄介そうですけど。ここを通してはいただけませんか?」
「「ヒャハーーー!!」」
「そりゃ無理なオハナシだなあーヒマワリ女! 俺たち『LOVE彩の国☆埼黒ン』の頭領(ヘッド)の幼馴染みであるおさなの姐御に手ェ出すなんて許せる訳ねえダルルォ!?」
「ご丁寧にどうも」
 つまりこの暴走族のボスを幼馴染みにして、彼らをまるごと自分の戦力にしたという事だ。
「そういう事だ! テメーはこれから『LOVE彩の国☆埼黒ン』四天王の一人であるこの俺様、バックドラフト結紀の『すごいぞ! 排気ガス!』の前に倒れるんじゃああ!!」
「「キシャーーー!!」」
「『遊んでいる暇はない』ええ。ほんと同感」
 バックドラフト結紀は猛烈な速度で日車へ接近。躱すように飛び退いた日車の直前でドリフトをかけた。不快なブレーキ音と共に火花が散り、マフラーから熱い排ガスが噴き出す……いや、熱すぎる!?
「さあ、俺の『すごいぞ! 排気ガス!』! これで焼け死ヒャァーーー!!!」
 バックドラフト結紀がアクセルを踏み込むと、猛烈な速度でバイクが離脱すると同時に排気ガスが着火、灼熱の火炎と化した。バックドラフトとはそのような現象を指すのではない!
 それを受けた日車は冷静だった。髪を軽くかき上げ、右耳に揺れる――白い髪の絡んだフクロウのイヤリングに触れ、言った。静かに、力強く。
「0,0,30,0『0,0,30,0』!」


『賢者の贈り物。私の魔人能力だ……触れた者にさらなる力を与える。微調整も可能だ。ショウ子はこれを自分の能力だと思い込んでいたが……』
「自分のものと思い込んでいた?」
『少なくとも、そのように他人に紹介していた。ショウ子の本当の力は……いや、今となっては……』
「『話が迂遠だ、骨董品』ちょっと」
『……ショウ子の能力は『時限連環大崩界』。戦闘や事件など、極度のプレッシャー下に十分間置かれると自動的に発動し、全ての平行世界を瞬間に滅ぼす』


 バイクによる突撃、鉄パイプや草加せんべいの白兵攻撃、十万石まんじゅうや釘爆弾などの暴走族特有の卑劣投擲武器を、編みこまれた戦装束から伸びる白い糸――時計草の髪が次々絡め、落として行く。攻撃の最中、日車は舞うようにしながらサンシタ連中が射程内にまとまるタイミングを待っていた。
「『防御はこちらに任せておけ』ええ! 0,27,0,3!」
 イヤリングに触れて宣言した日車。その肩に咲く向日葵が強く上向いた。黄色い舌状花がぷくりと膨れる。
「私に傷ひとつ付けられない三下連中、下がりなさい!」
「「「ケグヒャーーーー!!」」」
 宣言と同時に、周辺へ無数の光が伸びた。光はそれぞれサンシタ達に突き刺さり、次々と吹き飛ばしていく。これこそ、梟奇の『賢者の贈り物』により得られた伊藤日車の新たな力、拡散推理光線! そして新たな力はこれだけではない。
「くうぅ……んんっ!」
 背伸びするような恰好で日車が声を吐くと、くたびれた向日葵がじわじわと回復を始めた。推理力回復(⇔)光線! 太陽光によって推理力の回復を速めるのだ。
「0,0,30,0。『今の内に接近するぞ』ええ」
『敵がこれだけとは思えない。油断するなよ』


「……にわかには信じ難いですが、『探偵は嘘を吐いても、偽りの証言を口にする事はない。その制約によってな』私だって知ってます」
『それに気付いた時、私は……どうすれば良いのか分からなかった。最初は。だが、じき思ったのだ……滅びるなら滅べば良いと。それで娘が安らえるならば』
 暗闇の中、梟奇と名乗ったイヤリングは、ユーモラスな表情のまま忍び笑いを漏らした。
『まあ、結果的にそのような事にはならなかったのだ。恐らくショウ子は、本能的に何か察していたのだろう。常に常に急いでいた。何かに追われるように、安らえず……あの子には何の咎も無いのに!』
「それは……『それで?』」
『あの時、たとえ魔人能力下によるものであっても、ショウ子は幼馴染みを得て……私にすら滅多に見せない表情で、笑っていたのだ。だというのに、あの女は……ほんの数分も経たず、ショウ子を裏切った。正面からショウ子を殺した! 私はショウ子が絶望の中で死んで行くのを! 傍観するしかできなかった!!』
「梟奇さん」
『いや! 良い。あの花弁は……落ち着かせてくれたのは感謝する。だがこの感情を誤魔化したくはない』


 ドォン、ドォン、と爆発音のような埼玉和太鼓音が辺りに響くと同時、シャッターの降りたレストラン前に巨大なシルエットが現れる。『スケベ過ぎるよスケルトン!』により透明になっていたのだろうそれは、二頭立ての古戦車(チャリオット)だ。それを牽くのは馬ではなく二台の巨大なモンスターバイクであり、そのバイクの上に仁王立ちする人影あり。
「0,27,0,3」
「我こそは『LOVE彩の国☆埼黒ン』四天王最強、ラージェスト腰塚。手合わせ願おうか」
「チャリオットの意義、かなり薄いですよね。『せめてチャリオットの上に乗れ』」
「ハイドー!!」
「行けっ!」
 ラージェスト腰塚がムチを振るうと、二頭立てバイクは轟音を立てて駆け出した。日車は引かず、向日葵を回転させてランダムな大きさの光弾を連射する。推理力を費やさず標的の行動を止められる新能力、牽制指摘光線。その威力は指摘、すなわちツッコミどころの正確さと大きさに依存!
「ヌッ……だがこの程度では止められぬ」
「『日車。私もやりたい』え『0,30,0,0!』あわっ、0,0,30,0!」
 速度を落とした所で、日車の戦装束がふわりと解けた。下着程度の布面積となったそれらから大量の糸が伸び、ラージェスト腰塚に絡みついた。かと思えば、強固な首輪と鎖の形状に編み上げられる。
「時計草! そんなものと私を繋がないで!『ちょっとの我慢だ。犬めいて倒れろ!』」
 思い切り手繰られる鎖に、速度を乱した二頭立てバイクの上でバランスを崩したラージェスト腰塚は抵抗しきれず、そのまま引きずり落とされた。だがラージェスト腰塚は挫けぬ戦意でムチを振るう。即座に収束し、日車を守る盾となる糸。だがムチは振るわれた先で伸び、日車本体へ及んだ!
「俺のムチ操作能力『アナコンダー』の具合はどうだ……絞め殺す」
「『0,0,30,0』0,27,0,3! チャリオットは飾りだったんですね、ラージェスト腰塚! あなたは非常に目立ちたがりで、それでいて目立ちたがりな自分を恥じるタイプ! 地味極まりないムチ能力だってほんとは不服に思ってるのでは!?」
「グヌー!」
 牽制指摘光線と推理光線による二重攻撃でラージェスト腰塚も倒れた。推理力回復(⇔)光線を発動した直後、銃声が響く。もちろん時計草が防御。誰が発砲したかは確かめるまでもない……!
「……思ったより頑張るじゃない」
 馴染 おさな。そしておさなに続き、ヤンキー風のモヒカン男がレストランのシャッターを破って出てきた。彼が頭領(ヘッド)か。
「0,0,30,0。観念してください『なかなか面白いが、慣れてない事してくたびれたし』もう終わらせます」
「ふうん。ショウ子ちゃんのイヤリング拾ったんだ。必死ね」
 おさなの声を聞き、これまで黙って使われるままだった梟奇は、地獄の底から響くような声で言い放った。
『……揃い踏みした探偵から、逃げ遂せられると思わない事だ。下衆が』


―――


「人の価値観は様々です。『何を大事に思うか、思わないか。そういう主観的な物に依るのは、推理光線の欠点だな』欠点を堂々言わないでください」
 推理披露が始まった。推理光線のチャージ中に――これまでの交戦でおさなは推理光線の特性を概ね見破っていた――次撃を直撃させるための地盤を整える算段だろう。頭領に目配せする。頭領は気怠げに頷き、歩み出した。
「馴染おさな。私はあなたの最も大切に思う所を軽視してしまった。『病気の娘は枯れ木にしがみつく最後の葉に命を託すという』その葉に気付けなかったのは私の未熟。なので、ここでそれを正します」
 頭領が一呼吸で10メートル程の距離を詰めた。丸太のような腕に血管が浮かび上がる。一振り。
「『!!』」
 編まれた盾は一撃でほどけ散らばった。余波で周囲のアスファルトが砕ける。彼は純然たる戦闘型魔人。その肉体能力は、魔人機動隊の一個小隊と互角に打ち合えるレベルだ。
「どうします。『いや、持たせる!』」
 時計草は盾を即座に編み直し、次の攻撃に間に合わせる。日車は頭領の腕下を抜けるように駆け、おさなを追う。その口舌は止まらない。
「改めましょう。あなたの能力は、呼びかけた対象――恐らくは名前を呼んだ対象に、幼馴染みとしての記憶を植え付ける能力。でも」
 頭領が蹴りを見舞い、周辺にソニックブームが走る。時計草は盾を展開しつつ日車を強引に押し、それを受け流した。糸が数本、千切れ散る。
「それなら最初の推理光線で……決着とは言わずとも、重傷くらいは負ってないとおかしいんです。だから考え直しました。いくつかの事を」
 頭領と時計草の間で激烈な攻防が続く。そんな中、日車が涼やかに推理を述べる姿はどこか滑稽でもあった
「最初に会った時、あなたはあるタイミングで銃撃を止めましたよね。あの時何があったのか……攻撃を諦めたのではない。そこを境に何か心境変化があったんです。その時私は、久坂俺の名を出しましたね」
 その名を口にすると同時、おさなの表情がぴくりと震えた。ごくごく僅かだが、見逃さない。
「当初、彼はあなたの最初の被害者だと思われていました。これは同胞、風月藤原京の捜査に基づく推論であり、結論です」
「へえ、それは間違いだったの? マヌケね」
「あなたが能力をばら撒いた跡には、様々な認識の混乱が起こるんです。あなたとの記憶をただの妄想だと断じて証言してくれない方も多くて。そんな中で『いちばん最初』に辿り着いたんですから、藤原京は優秀です」
 そして、今まで黙って聞いていたのに茶々を入れてきたという事は、踏み入られたくない真実に少しずつ踏み入っているということ。日車は微笑し、話し続ける。
「実は一番最初の久坂俺に関しては、妙な証言があったんです。ほとんど知られていないが、あなたと俺はそれなりに長い間幼馴染みだったという証言が。当初これは、推理の上で特に重要でない、いわばノイズとして考えられました」
 時計草の糸を頭領が掴み、引き倒そうとした。しかし掴まれた部分を切断して事なきを得る。大きく空振る頭領。その目に殺意が灯った。
「最初の相手なんですから、あなたが立ち回り方をよく考えていなかったんじゃないかとか、実は彼に接近するために発現した魔人能力で、しかし失敗して別の人を対象にしてしまい、以来荒れ始めたとか、そういう事で落ち着くレベルだと。でもね」
 頭領はずん、と大きく踏み込みながら、両手を組んで一直線に突き出した。盾でいなすも、動きは止まらない。大きく振り上げ、ハンマーのように叩きつけようとする。
「あなたの俺への執着を……私の能力推理への反応を合わせると……ある仮説が浮かびました。『日車!』」
 時計草が声を上げる。跳躍する日車。時計草に引かれるように頭領から距離を取った。あまり余裕はないか。推理を結ぼう。
「馴染おさなと久坂俺は、もともと幼馴染みでしたね?」
「……っ」
 見逃さない。ほんの一瞬、おさなの目が揺れた。泣きそうな瞳。
「ですが、あなたは魔人能力を……名前を呼んだ対象に、幼馴染みとしての記憶と感情を『植え替えてしまう』能力を発現し、誰か別の人間を幼馴染みにしてしまった。そして、久坂俺はあなたと幼馴染みではなくなった。それからあなたは……『身構えろ日車!』!?」
 空間に亀裂が走った。頭領の握る拳に陽炎が揺らめく。彼は悪鬼の如く笑い、囁いた。
「供物招来」
 否や、亀裂を埋めるかのように空間が凝縮し始める。それに伴い、日車もまた猛烈な引力によって彼の拳に引き寄せられ始めた。彼女より先に吸い寄せられたレストランの看板が拳に触れるや否や砕け散る!
「く、う、ぅぅ……!『推理光線は!』む…りです! そんな事!」
 現在は『賢者の贈り物』で防御力をありったけ強化して踏ん張っているから耐えられているのだ。少しでも力を緩めれば、光線を発射する前に頭領の拳に砕かれる。
『推理は結ばれたか?』
「ええ……、でも」
『ならばまず私を耳から外せ。そして時計草。私をヤツへ投げろ』
「なっ、『お前』」
『他に手はない。急げ!』
 逡巡している暇はなかった。歯を食いしばりながら、イヤリングを外す。自身の指で掴んだそれに、時計草の髪が絡んだ。息を吐く。
「『行けッ!』」
 時計草がイヤリングを放る。瞬間、
『0,30,0,0』
 梟奇もまた宣言する。


「ふと思ったんですが」
『なんだ』
 それは朝が来る直前の事だ。日車が不意に、手のひらの中の梟奇に話しかけてきた。
「ショウ子さんは本当に自分の能力について気付いていなかったんでしょうか?」
『…………』
 沈黙する梟奇に、日車は語り続ける。
「本能的に何か察して、って言っていましたけれど。それは単に、その事実に気付いていて、それでもその事を黙っていたからそう見えただけなのでは?」
『しかし、ショウ子は何も』
「あなたも何も言わなかった」
『……だが、どうして』
「あなたに気を使わせたくなかった。『お前が黙っていたように』」
 梟奇は絶句した。確かに……筋は通る。矛盾は存在しない。ショウ子は全てに気付いていて、あんな振る舞いをしていたのか。一人で。世界を守るために。
 もしも。もしもお互いを強く思いやるだけでなく、ほんの一言、お互いのもう少し深い所に足を踏み入れる事ができれば……どうにかなっていたのか?
「いえ、全て憶測に過ぎないのですが。『賢者の贈り物って、そういう話だった気がするな』ちょっと、時計草」
 彼女が死んだ今、もはや確かめようのない事だ。的外れかもしれない。梟奇は努めて落ち着いて、溜息を吐いた。
『ショウ子……』


(私が間違ったとは思っていない)
 自らをイヤリング形として保持するために防御力強化へ全て回していた『賢者の贈り物』。これを全て、攻撃力へ回す。『賢者の贈り物』は触れた者だけでなく、自分すら強化できる。
(だが、もう少し上手くやれたのかもしれない)
 時計草に投げられた梟奇は、頭領の拳へと吸い寄せられていく。空間の裂け目をなぞるように、急速に。
(そして、やはり……その機会を永劫奪ったあの娘を、私は赦さない)
 拳が見えた。あれに触れた瞬間、自分は粉と砕け散るだろう。だが、今の自分の攻撃力は小型ミサイル並みである。
 たとえ触れた瞬間に砕け散ったとしても、触れさえすれば頭領の拳にダメージが入る。日車が攻撃を放つ隙ができる……!
(あとは託すぞ。人工探偵)
 放られてから砕けるまでのほんの短い時間に、梟奇は様々な事を想った。様々な風景が去来した。
 その全ての中心には、一つの笑顔がいつだって花開いていた。


「ぬ……!」
 頭領の動きが止まった。引力も緩む。今だ。三禅寺梟奇が存在を懸けて作り出したこの隙を……逃すな! 肩の向日葵が天を仰ぐ。これだけの真実をこれだけの至近距離で叩き込めれば、梟奇の攻撃力強化の恩恵がなくとも、今度こそ一撃で、馴染おさなを葬れる!
「あなたが如何なる絶望を味わっていようと!『お前がどんなに苦しんでいようと』人を踏みつけにして良い理由には、ならない!」
 押し花帳を、上役より預かった『花撰集;花弁』を放った。幾つもの押し花が舞い散る。それらを時計草が素早く判別して絡めとり、日車の向日葵に押し付けて宣言する。花もまた心を持つ。その威力を強める為に!
 レンゲツツジ!「『情熱』!」タチアオイ!「『使命』!」ミツマタ!「『強靱』!」フロックス!「『合意』!」リンドウ!「……『勝利』!」もはやその威力は、おさなを一度殺してなお有り余る!
「罪を贖え、馴染おさな――ッ!!」
 空へ向けて、光線が放たれる。上空で太陽の如く輝いた塊は、ぱんと弾けて無数の光条となり、大地に降り注ぐ!!


―――


「っつう……」
 アスファルトの固さ。冷たさ。全身を貫かれた痛みの中、私は呻く。それでも、顔を向ける方角を変えて、日車の顔を見た。
「どう、して」
 愕然としている。
「どうして……どうして!?『落ち着け、日車』だって、そんな! どうして光線が……馴染おさなにだけ命中する光線が」
「二つに分かれたのか、って?」
 上空へと放たれた光線は、無数に分かれた後、その半数は確かに私を、伊藤日車の対戦相手である馴染おさなを貫いたのだ。だが、残る半分はあらぬ方角へ飛び、近くに駐めてあったトラックなぞを無為に貫いて終わった。
「なんで……トラックに何か仕込んでいたの? 機動部隊の使う魔人能力デコイ? そんなもの……『日車。推理力が低下しているお前でも分かるはずだ。ありのまま見ろ』ありのまま?」
 かわいそうなくらいにあわてふためく伊藤日車。あんまり滑稽なので、私が答えを教えてあげる。ポケットから携帯端末を取り出した。『LOVE彩の国☆埼黒ン』のサンシタから徴収した型落ち品。スピーカーモードで通話中だ。
「これ、かけてる相手は私の電話番号なの。まあ、私のは電源切ってあるんだけど」
 我ながら焦れったい言い方。でも、探偵ってこういうのが好きなんでしょ?
「日車、だっけ。推理、すごかったね。そこまで辿り着いた人は、今までいなかったよ。でもね。そこまで辿り着く事態は、私も想定してた。だからね。こういう事をしたの『……したというか、付き合わされたというか』」
 スピーカーモードの携帯から、馴染おさなの声が聞こえた。
「……!」
 日車は息を呑む。単純。あまりに単純明快。見たままの答え。
 馴染おさなに必ず命中する光線が、二つに分かれた。何故?
 非常に簡単な答えだ。
 馴染おさなは、二人いた。
 基準世界の馴染おさなは、この世界の馴染おさなをこの場に呼びつけていた。
「っ!!」
 刹那、背後から衝撃。激痛が波紋のように広がる。視線を落とすと、腹から拳が生えていた。
「……隙を晒したか」
 頭領だ。その強靱な拳が、時計草の守りを貫き、日車を貫いたのだ。日車は血を吐く。意識が遠のく。倒れる事はできない。貫かれた拳に支えられているから。
「あぁ……『……お前もここで終わりか』」
 時計草の醒めた声。頭がふっと軽くなったような、そんな気がした。魂が一足先に抜けたり、したのかしら。
 だが。
「『待って』そうそう、待ってよ頭領。殺さないで」
 おさなが言うと、頭領は即座に腕を抜いた。崩れ落ちかける日車を支える。
「……何故だ」
「とりあえず生かしてもらえる?」
「可能だ。今、四天王最後の一人、リザレクション永谷園が向かっている。奴ならばサンシタのついでにこいつも回復できるだろう」
「じゃあ、しばらく生かしておいて欲しいな。この人には聞きたい事が沢山あって。ついでに、しばらくあなたたちの所に厄介になりたい……お代はこの人のカラダで足りる?」
「代金など良い。貰える物は貰うが」
 おさなは揺れるように倒れた日車の元に歩み寄ると、屈みこんで携帯端末を掲げた。日車と時計草がしたように、交互に同じ声で喋り始める。
「『伊藤日車』。あなたが私と同じようにこの世界に存在しているかは知らないけど『少なくともこの世界に、人工探偵の一派は存在するの』そして馴染おさなは追われてる。『だから、人工探偵一派の情報を吐けるだけ吐いてもらいたい』」
「……そんな事、私が」
「するのよ。『したくなるようにする』これからたくさん時間をかけて、『この人達に』させるのよ。『というか、それが私が私に協力する条件』ごめんね、痛い目遭わせて。『全くよ』」
 ふっと、腹の痛みが消えた。顔を上げると、腕に『 永 谷 園 』とタトゥーを刻んだ痩せぎすの男が手から光を発していた。その光により、日車の傷ばかりでなく、日車が倒した暴走族メンバーすら回復していく。
「『じゃあ、後は色々分かり次第よろしくね』。任せておいて。私としても、この忌々しいマンドラゴラどもとはいい加減関係を断ちたかったし」
 通話が切れた。履歴を削除した後、日車の元へ来ていたサンシタの手へと返される。暴走族達が日車を取り囲む。周囲はもう朝だ。他の利用者もいるのだが、彼らは少しもこちらに意識を向けない。スケルトン春日の能力だ。

「それじゃあ」
 おさなは日車の元へ改めてしゃがみ込み、にっこり笑顔で言い放つ。
「人の弱みに土足で踏み入った事、後悔しながら死ね」

 その向日葵が枯れるまで、長すぎる夜が始まった。

最終更新:2014年11月21日 20:10