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馴染おさなの証言

嫌いな生き物はネコ。
何の苦労もせず人から愛されて、冷めた目でこっちを見下してくる生き物。
あれを見ていると、思いっきり泥水をぶっかけてやりたくなる。
まあ見た目は可愛いから、実際にはそんな事しないけど。
……って、誰がツンデレよ!

とにかく私は、天然で人と仲良くなれるような、生まれつきコミュ力のある人間が嫌い。
山禅寺ショウ子を見て一目でわかった。私の嫌いなタイプだ。
私が『俺君』と出会って、今の『私』になる前。まだ教室の隅で机と同化していた頃。
どのクラスにも一人はいた、誰に対しても別け隔て無くへらへら話しかけてくる子。あの頃は全部無視してれば良かったけど、今はそうもいかない。

試合開始3時間前。
吉祥寺のカフェへ逃げ込んだ私は、山禅寺に借りたリバーシブルな帽子を裏返し、何食わぬ顔で他人の席についた。
山禅寺はそのテーブルの下に隠れた。この探偵に恥というものは無いらしい。

店外の私服警官が過ぎ行くのをじっと待つ。
基準世界で飯田カオルに喧嘩を売った山禅寺ショウ子は警察に追われる身の上にあった。
一体どうやって私の居場所を調べたのか。試合前、彼女の方からノコノコやって来て『幼馴染み』になってくれたのは良かったけど……。

「ジンジャーブレッドラテのショート……おさなちゃん、どれがいい?」
「ちゅ、注文してる場合じゃないんじゃ……えっと私はクランベリーブリスホワイトチョコレートフラペチーノ」

私は彼女に巻き込まれ、かれこれ3時間以上、こうして逃げ回っている。
……連れまわされていると言うべきか。

「試合まであとどれくらいかなー」山禅寺がかざす左腕に巻かれているのは、アンティーク調の腕時計。
その手の先には、懐中時計のような物が握られていた。植物の蔦が絡みついた意匠のそれは、どこかで見覚えがあった。
「メリー……?」思わず呟いた。
メリーの体は半分が機械だった。時計の欠片がメリーの体と融合していたのなら、山禅寺の時計の欠片がメリーに似ていてもおかしくは無い。きっとあれが、山禅寺の時計の欠片なのだろう。
……とか思ってたら、そっちでは無く、腕時計の方が声を発した。『あと3時間でごわす!どすこい!』


何がどすこいだ!!!


どういう趣味してんの!?この女!どうして時計の欠片が力士なの!?
馬鹿じゃないのッ!?!?!
私は頭を抱えた。
あの日から、ちょっとおかしい。他人の懐中時計にメリーを幻視するなんて、どうかしてる。
冷静になった私が山禅寺を見ると、耳を押さえて何者かと会話してる。まただ。さっきも同じことをしていた。

「え……事件?警察に追われてるのはいつもでしょ。ふくろう君、どうしたの?おさなちゃんは昔から私の幼馴染みだよ?私と同じ欠片の所有者なんて、凄い偶然だよね~」

何なの?二重人格なの?
訊ねた所、『ふくろう君』は山禅寺の相棒らしい。『ふくろう君』が長年の相棒なら、私の能力が彼の幼馴染み的立場を奪った事になる。まあ、どうでもいいけど。
ただ、相棒との会話で私の『幼馴染み感』を奪われるのは困る。もう一人の対戦相手の素性も居場所もわからない以上、山禅寺を捨て石として敵にぶつけるのが今回は最善なんだから。

山禅寺の気をそらす為に話しかける。
「ね、ねえ、ショウちゃんの能力なんだけど、私の知らない応用方法とかあるの?試合前にあらかじめ知っておきたいなぁ、なんて……」山禅寺の能力を知っている風を装って探りを入れる。

「おさなちゃんの知らない応用?うーん応用かあ、むしろ、おさなちゃん以外に知ってる人少ないんじゃないかな。一応私も探偵組織に属してるけど、私の相棒が妖怪なのを向こうが警戒してるのか、全然連絡とれないし」
「へ、へぇー……」
「あ!ほら、昔、おさなちゃんと一緒に私の能力について色々危ない実験とかしたよね?それで大人の人に叱られたりさ。えへへー、楽しかったなあ!あれ」
「そ……そうだねっ!」

知るか!そんな事!

やっぱり、この人、過去捏造タイプの幼馴染みだ。
こういう輩は決まって昔っから幼馴染みを求めていて、自分に幼馴染みがいたらこうするのに~、とか、普段からバカみたいな妄想にふけっているのが常だ。この人、意外と寂しい子供時代を過ごしたのかも。幼馴染み『耐性』が限りなく低い。

山禅寺は顎に手を添え、続けた。
「応用じゃないけど、一番使えるのはやっぱ、精神強化だね。やって見せよっか?最大で禅僧の約6倍の精神力まで上げられるし、飯田カオルさんくらいの精神攻撃じゃなきゃ――」
「ちょちょちょっと待って!禅僧の……6倍!?」

化け物か!!

禅僧なんてあんなの狂った神父と同じじゃない!
私の能力は精神攻撃だ。相手の心が弱っているほど有効に作用する。
禅僧の6倍の精神力にそれが通用するとは思えない。私は必死で山禅寺を止めた。私の注文したカフェをおごったりした。

そして、やっと一息ついた所で、それはやって来た。

店内に爆音が鳴り響き、山禅寺が私に覆いかぶさる。――ちょっと、どこ触ってんの!
目の前を白い破片が埋め尽くし、私はたまらず目を瞑る。
やっと目を開けた時、私はもう山禅寺に抱きかかえられていて。
瓦礫の中、立ち上がる客は全員無傷。

なるほど。
今の襲撃は魔人能力ね、無関係の人は傷つけない正義の魔人能力ってわけ?
私は私の手の平をみる。

だったらどうして、私の頬から血が出てるのよ。


山禅寺は思ったよりも強かった。
本気を出せば小型ミサイル以上の攻撃力を出せるらしく、並の魔人警官は一撃で撃退。
それでもなお執拗に襲い掛かる魔人警官相手に合気道のパクリみたいな動きで応戦しながらも、背後で逃げ回る私の身の安全を図る。

「あああっ!もうッ!」思わず悪態をつく。

私の能力は不特定多数を相手取るのに向いてない。運動神経は悪くないけど、肉弾戦なんて無理。
そもそも何で私まで逃げなきゃいけないの。
あいつら、私にまで銃を向けてきた。探偵の共犯扱いされるなんて、最悪。

「ねえねえ!どうするどうする!?おさなちゃん!そろそろだけど!」
「ハァ……ハァ、何!?何がよ!?」

路地裏を抜け、ゴルフ場を抜け、駅前を駆け抜け、ようやく追手を撒いた私達は代々木公園まで来ていた。
「試合が始まってからのこと、どうする?もう一人の対戦相手、私、心当たりあるけど、悪い人じゃないと思う。話せばわかってくれるかも。駄目なら、私が何とかぶっ飛ばすしかないけど。それより問題は、私達」
「私達?」
「おさなちゃんが欲しいって言うなら、あげるよ!欠片の時計!」

「嘘!ほんと!?」反射的に山禅寺に詰め寄った。

「ち……、近いよおさなちゃん」
おっといけない、落ち着け、私。「で、でもショウちゃんはそれでいいの?」
「うん、転校生になって、失くした家族の記憶を取り戻したいっていう目的はあるけど、君の為なら構わないよ」山禅寺は微笑んだ。「それとも、私が『代わり』に集めてこよっか?おさなちゃんの目的が何なのかまだ知らないけど、あまり危険な目に……」

「…………代わりに?」私はつい声色を変えてしまった。

ああ、『またか』。
急にふっ、と肩に入った力が抜ける。
今までも、『時計を手に入れたら異世界から助けてやる』と言ったのが13人。『代わりに集めてやる』と言ったのが3人。どちらも信用してこなかった。
当然だ。命を賭けてるんだ。なのに、そんな気安く約束してくる奴、信用できるわけが無い。
それに、私が本当に信じる幼馴染みは一人だけ。

「はァ~……」ため息。

「……あ、あれ?あれあれ?」山禅寺が初めて戸惑いの表情を浮かべる。
イジワルだけど、彼女の困り顔を見るのは少し愉快かも。
「そうだね、教えてなかった。私の目的」私は言った。「私の目的は……幼馴染み」
「幼馴染み?」
「そう、幼馴染み、アナタじゃないもう一人のね。昔、独りだった私に唯一、仲良くしてくれた幼馴染み。俺君って名前で、顔も思い出せないんだけど……とても大切な人。私の目的は、俺君に会うこと。……あとはそれ以外にも、まあ、お金や、名誉や、時間も。全て手に入れて……私を馬鹿にした連中を、見返してやるの。それ以外のことは、知らない。世界平和とか世界征服とか、どうでもいい。私は、自分の為に時計の力を使って、俺君と一緒に生きるの」

噴水の音が聴こえる。

山禅寺はぽかんとした間抜け面で私を見た。
「結構ふつうだね。いい目標だよ、私も協力する!」
馬鹿にしてんの?
……というよりは、割りと普通に受け入れられたみたい。私もどうしてこんなこと話しちゃったんだろう。よほど山禅寺が嫌いで、嫌われても良いと思ったのか。
いけない。私は拳をぎゅっと、握りしめる。

「そう、ありがと」

もう時間が無い。受け入れられたのは好都合。
今の『証言』と矛盾してしまうが、『やる』なら今だ。周囲には噴水。夕焼けの公園。幼馴染み度を最高まで高めて、真の幼馴染みを作り上げるには、絶好のシチュエーション。
「嬉しいな、わかってくれて」もじもじと手を後ろに。丹田操作で顔を赤らめ、上目遣いで山禅寺を見る。
この人のことは好きになれない。むしろ嫌いだ。でも、確実に勝つ為には、やるしかない。
「私……、そうやって、私のこと何でも受け入れてくれる、ショウちゃんに、昔から……言いたいことがあったんだ……」

さあ……。

さあ、言え!私!

「おさなちゃん?」
「えっと……」

さっさと言え!

「……私」

さあ!

「そ……の」

私が今まさに告白せんと口を開いたその時、陽の光を反射する黄色いそれが目に入った。
山禅寺の右手に握られたそれを見た私は、思わず叫んでいた。

「メリー……!」

それは、メリーによく似ていた。メリー・ジョエルの胸元に取り付けられていた円形の装置に。
「何で!?何でアナタがこんな物……!」思わずそれをひったくる。
いや、山禅寺は初めからこれを持っていた。
あの時は私が、山禅寺の腕時計の力士に気をとられて気付かなかったんだ。

「あ、それ?私を追ってくる魔人警官のリーダー格の人が持ってたんだよ!おさなちゃんに会えたのもその装置を
使ったからなんだ~!へへへ!オーバーテクノロジーって言うのかな。警察も扱い慣れてないみたいで……きっと時計の欠片を解析して造った…………あ、それ……欲しいなら、あげるけど…………おさなちゃん?」

「メリー……どうして」やっぱり、メリーだ。胸元で掌に包み込み、顔に近づける。
植物の蔦の塊みたいな円盤の中心に、透き通る翅が羅針盤のように浮かんでいた。
透き通ったエメラルドの翅――あの子が行ってしまった、あの時の後ろ姿だけが、いつも、瞼の裏に焼き付いて離れない。あの時、私は、ごめん、としか言えなかった。私のことばかり考えてくれたあの子に、ごめん、と。私が微笑むだけで喜んでくれるあの子を、喜ばせてあげられる言葉なら、もっとたくさんあったはずなのに。

あれ?


あれ?



あれ?



頬の傷が痛い。
どうして私は泣いてるんだろう。
私の大切な人は俺君だけ、そのはずだったのに。

『試合まであと60秒でごわす!』
何がごわすだ。力士の声が響く。

「もう時間か……残念」山禅寺が言った。「ありがとう、おさなちゃん。こんなに長くゆっくり、友達と話せたの、私、生まれて初めてかも。きっと、おさなちゃんのおかげだと思う。私、おさなちゃんの為だったら、何だってするからね」彼女は片耳に触れた。「さっきはごめんねふっくん。いつも私の幸せを考えてくれて……ありがとう」

私は察した。
山禅寺はもうずっと前から、私の能力から脱していたんだ。
精神力についての話をした時点で。
禅僧の6倍の精神力とやらで。

「「「動くな」」」

銃を構える音がして振りかえる。
嘘でしょ。また魔人警官?もう、次から次へと……。
敵の銃口はやっぱり、私にも向けられている。どうして警察がメリーを?本物のメリーは一体、何者なの?
「何が……どうなってるのよッ!」
何もかもわけがわからない。混乱で頭がどうにかなりそうだった。

『あと30秒でごわす!』

「大丈夫だよ、おさなちゃん」山禅寺は私を庇うように歩み出た。「――三千字探偵・山禅寺ショウ子……ただ今より、馴染おさなに生まれたこの疑問、三千字で解決してみせます!」ドヤ、と胸を張る山禅寺。

私はまた泣きたくなった。
「わけがわからない。やっぱり嫌いよ……アンタなんか……」
銀色の光が私達を包み込む。「てゆうか――」


――三千字って何。
私の疑問は銀の風音にかき消された。