第二回戦SS・最終処分場その3


最終処分場の構造は、大きく分けて3つの種類がある。今回戦闘領域に選ばれたのは、その中でも遮断型処分場と言われる種類のものだ。
有害物質を含む漏水を遮断するため、周囲はコンクリートで覆われ、屋根が備え付けられている場合が多い。
戦闘領域は建物の外まで続いているようだが、山口が飛ばされたのは建物内だ。
単純な構造のだが、身を隠すところが無いわけではない。
完全な平地よりも、山口祥勝……魔人ヒーローブラストシュートにとって有利に働くだろう。
今回の敵は、前回、氷河の闘いとは違い、二名。時ヶ峰健一と潜衣花恋。どちらも希望崎学園で名がしれている魔人だ。時ヶ峰健一は特に。
多くの魔人が集まる希望崎において、最強とまで言われる魔人。 随分な大物が来たものだと、山口は思う。だが、負けるつもりは無い。
戦闘領域に飛ばされてすぐ、山口祥勝はハイライトサテライトによる放送を開始した。
ゴーグルの内側に皆のコメントが流れ始める。
「今回はかなり厳しい闘いになる。いつも以上にお前らの力が必要になる。頼むぞ。」
『もち!』『任せろ』『おk』『おk』『ウッスウッス!』 『任せて。』
今回は、どう時ヶ峰を処理するか。それが問題となる。念の為に高火力武装は持ってきて有るが、恐らくこれも通用するまい。
一度、時ヶ峰健一が番町Gの魔人とやりあった時の事。希望崎の旧校舎がその魔人によってほぼ全壊したが、時ヶ峰は無傷だったと言う。無論その魔人は時ヶ峰に殺されている。
規格外の防御性能と攻撃性能。しかもそれが能力による物ではないのだから、たまったものではない。
能力なら攻略法がある。しかし素でそれなら、それを上回る以外に倒す方法は無い。そして、山口祥勝にその方法は無い。
そこでもう一人、潜衣花恋の出番である。どちらかと言えば相方……菊池徹子(彼女は既に行方不明になっているが)の方が有名な彼女だが、
その“なにか”……命すら奪えると言う能力は、魔人能力の中でもかなり強力な部類に入る。この能力ならば、時ヶ峰を殺すことも可能だろう。
身を隠し、二人が戦闘を始めるのを待つ。始まったなら、山口は潜衣花恋を援護して、共に時ヶ峰健一を倒し、その後、残った潜衣花恋を倒す。
これが今回の最終処分場での、山口祥勝唯一の勝ち筋である。
そして間もなく、山口祥勝はその勝ち筋が完全に絶たれていたことを知る。
『見つけた』『中々かわいい』『いたぜ~』 『女だ』『でも胸は無いね』『潜衣花恋!』『私のほうが大きい。』
ハイライトサテライトが、潜衣花恋を捉えた。衛星には気づいていない。氷河と違い、ここは衛星が隠れられる場所が多い。
コメントの情報を頼りに、慎重に潜衣の死角をキープする。
時ヶ峰はまだか?山口がそう聞こうとしたとき、潜衣に異変が起こった。足を止め、鼻をすんすんと動かしている。
鼻……匂い。いやな予感がした。注意してみると、ゴミの匂いに、どこかで嗅いだような匂いが混じっていた。
「これは……この匂い、まさか……ガソリンか!?」
山口がその匂いの正体に気づくと同時、大量のコメントがゴーグル内を流れる。
『地下だ』『剣が地面に刺さっている』『タンクローリー!?』
『 ガソリンが漏れている』『時ヶ峰はいない』『不味い』『着火する』『逃げろ祥勝』
次の瞬間、最終処分場を、爆音が支配した。
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携帯食料を租借しながら、時ヶ峰健一は、炎に包まれた最終処分場を、その上空約2500mの位置から見下ろしていた。
ここまで上がれば、炎は愚か、有害物質を含む煙も、彼まで届くことは無い。最も、それで彼を殺そうとするなら、数年単位の時間が必要であるが。
迷宮時計が告げた戦闘領域は「四方」500m。高さの指定は存在しない。ゆえに、ここもまだ戦闘領域内である。
タンクローリーを持ち込み、仕込みを終えた後、彼は全力で上空へと逃避した。剣を 次々と召喚し足場にすることで、彼は空を翔ることが出来る。
地下に刺してあった剣は選定の剣(カリバーン)。それは、他ならぬアーサー王にしか抜くことの出来ない剣である。
例え爆炎に晒されてもそこに在り続け、上空の時ヶ峰に最終処分場の、正しい位置を、視覚ではなく、感覚で教えてくれる。
広がっていく炎を眺めながら、時ヶ峰は一つ前の闘いを思い出す。ストルデューン。奴は強敵であった。異常なまでの能力範囲、そして高い出力。魔人として一つの境地にいたと言えよう。
だが、それは時ヶ峰にとっての脅威にはならない。範囲も出力も、時ヶ峰の筋力を上回れないものはこの世に存在しない。だからこそ、誇りなどという甘い事を口に出来た。
時ヶ峰にとって、勝ちは 前提である。その上で、どう勝つか。次の勝ちに、どう繋げるか。それが問題だ。敗北の可能性を残しはしない。
筋力を見せ付けるのもそうだ。その下に隠れた刃を隠すための見せ札なのだ。
「潜衣花恋。奴は俺を殺しうる魔人だ。そういう相手は、戦うことすらさせず、こうして殺すのに限る。山口……ブラストシュートは……問題にはならないが……ついでに消えてもらうとしよう。」
誇り高き勝利を求めながら、同時に、誰よりも敗北を恐れる。それが時ヶ峰健一と言う魔人だった。
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「クソッ……どちらかは知らねえが……やりやがったなチクショー……!」
地下で起こった爆発は、最終処分場の何割かを吹き飛ばし、周囲を炎に包み込んだ。地下に埋めてあった廃棄物にも引火したのだろう、炎の勢いはどんどん増していく。
潜衣花恋は身に付けていた対魔人隔壁の一片から『硬さ』を奪うことで、衝撃から身を守っていたが、炎の方はどうにもならない。このままでは焼死、または窒息死だ。
「こういう事やりそうなのは……山口のほうだけどよお……」
ブラストシュート、本名山口祥勝。潜衣花恋はその動画に、かなりの量の加工がされている事に気づいていた。
本物のヒーローを間近で見ていたのだ。その程度のことは朝飯前である。
真正面からの戦いを避け 、何らかの奇襲を仕掛けてくると予想していたのだが……。
「なるほど今回は……違ったようだな……これをやったのは時ヶ峰か……」
その山口祥勝は、すぐに見つかった。この状況を引き起こしたのが山口でないことは一目でわかった。
「山口……。爆心地に近かったのか……まさか、こんな……」
爆風に晒され、山口は既に重傷を負っていた。スーツは所々焼け焦げ、四肢から血が噴出している。スーツに付けられたアイグラスは割れ飛び、彫りの深い精悍な顔が露出している。
「その声……潜衣……花恋か……」
搾り出すように、山口が潜衣に話しかける。
「こんな……クソッ……この炎……。時ヶ峰……戦闘空間全てを……燃やす気か……。ふざけ、やがって……」
もはやこ の男は助からない。この状況。感傷を抱くよりも、勝利のために動くべきだ。潜衣は冷静に判断を下した。
「山口祥勝、ブラストシュート。かわいそうだと思うが、私にはどうすることも出来ない……。これ、貰っていくぞ。」
山口の装備から、まだ使えそうな銃と弾丸を拝借する。時ヶ峰の強さは知っている。これが役に立つかはわからないが、あって困ることも無いはずだ。
「私はこのまま時ヶ峰を探し、始末する。やらなきゃ、焼け死ぬのは私のほうだ。戦闘空間の外に出ても、この炎からは逃げられないだろう……。確実にやる。それしか生きる道は無い。」
この状況。以前の彼女なら諦めていたかもしれない。しかし、今の彼女には、別の世界でつんだ経験と実績がある。それはこの 世界の誰も知ることのできぬ、潜衣花恋の武器だ。
強大な敵を幾度となく倒し、六十年目的に向かって歩み続けた彼女には、逆境と絶望を吹き飛ばすだけの確固たる自信と、覚悟が備わっていた。
「待て……潜衣……。奴は……居ないぞ……この……中に……は……」
「喋るなよ。運がよければ……私と時ヶ峰が相打ちになって、アンタが生き残るなんて事もあるかもしれないぜ。」
その姿が、山口の心を引き付けたのかも知れない。残された命を燃やすかのように、自分の苦痛を押し殺して、山口は声を出し続けた。
「200m……。俺の能力で見た……居ないんだ……奴は……。地下にも居ない……。何処にも……奴は何処にも居なかった……!だから奴は炎を付けれたんだ……!」
潜衣は 足を止めた。
「上だ……それしかない……!炎も届かない……俺の能力でも見れない……遥か上空……そこにきっと奴は居る……。上だ……上を……目指すんだ……。」
咳き込み、声が途切れる。潜衣は静かに耳を傾け、もう止めようとはしなかった。
「負けるのは……ごめんだ……。だが、時ヶ峰とアンタなら……アンタの方に負けたい……。俺が言うのも、馬鹿らしいと、思う……でも……こんな……卑怯な手を使う奴に、負けたくない……」
「頼む……ブラストシュートを……悪に負けたヒーローに、しないで、くれ……。」
それが最後の言葉になった。潜衣はブラストシュートのゴーグルに、白い文字で流れるコメントを、しばし追っていた。
「……正直、あの動画を見たときは 、少し腹が立った。なんつーか、自分の知ってるヒーローはこんなんじゃねえって感じがしてな。だけど。」
「今わかった。アンタは確かに、ヒーローだったんだな。偽者で、人を騙していたかも知れないが……アンタは確かに、誰かのヒーローだった……認めるよ、ブラストシュート。」
炎はいよいよ勢いを増し、最終処分場は音を立てて崩れ始めた。潜衣花恋は、能力を使い……空を目指し、飛んだ。
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「そろそろ……時間だな。」
彼が放った火は延焼を重ね、下界は既に火の海だ。最終処分場は既に崩れ落ちている。山口祥勝、潜衣花恋両者共に、この炎の中で生きれるような能力はない。
だが、それでも時ヶ峰健一には予感があった。これで終わりではないと言う予感が。そして……その予感は的中した。
「そろそろ……来る時間だと思っていたぞ……潜衣、花恋……。」
時ヶ峰の目は、銃声と共に、最終処分場から此方へ上ってくる、その女の姿を捉えた。
潜衣花恋。無傷ではない。上昇の際にかなりの熱量に晒されたのだろう。服や髪は所々焼け焦げている。
手には拳銃。銃弾から速さを奪い、ここまで来たか。
「しっかり殺して、回収しておくべきだったかな、山口の装備 を……いや、それだと潜衣に隙を付かれていたかもしれないな。ままならぬ物よ。」
「まあいい……お前は俺に指の一本たりとも触れることができずに敗北する。その事実に変わりは無い!そういうのを、無駄な足掻きというのだ潜衣花恋!」
時ヶ峰は同時に二本の剣を召喚。一本を踏み台に再上昇!潜衣が後を追う。その差は僅かずつ縮まっている。潜衣の方が速い!
「無駄かどうかは……これからわかる……。チッ!せせこましいんだよ、やることが……!必ずお前に触れて……奪い取ってやるぞ。お前の命を!この手で!」
さらに上昇しつつ、時ヶ峰が先ほど召喚した、もう一方の剣を構える。
「フラガラッハ!この剣は投げれば標的を自動で切り裂き!あらゆる防御を突破する!この 空に臓物をぶちまけて死ね!潜衣花恋!」
空中で回転しながら、時ヶ峰が剣を投擲!潜衣花恋が攻撃に備える。
しかし、剣は有らぬ方向へと飛んでいく。能力の不発か?否!
剣を投げる直前、時ヶ峰が宙に別のものを放ったのを、潜衣は見逃さなかった。
何が来るのかはわからない。だが、このままは不味い!潜衣は引き金を引き、能力を再発動。軌道変更!回避を試みる!
そして次の瞬間!潜衣の右足が、何かに切り飛ばされる!
「―――……!」
苦悶の声を上げながらも、潜衣は、今受けた攻撃の正体を見切っていた。
攻撃の正体、それはワイヤーだ。時ヶ峰は自らと剣にワイヤーを張った。宙に放ったのは、マーカーだ。剣の移動先を指定するための。
投げられた剣は潜衣 を通り越した後、宙に放ったマーカーを追尾して飛んだ。潜衣の体は、マーカーと時ヶ峰、剣を結ぶ扇型の中にあった。
結果、張りつめたワイヤーが剣に引かれ、潜衣の体を切断するように動いたのだ。
「回避方向が逆だったら……今の一撃で……足ではなく、首を飛ばせていたが……。運のいい奴だ。」
時ヶ峰がもう一本剣を召喚し、投擲した。先ほどのも合わせて、次は二方向から来る。
ここに至って、潜衣花恋は遂に時ヶ峰健一を理解した。この男の恐ろしさは、異常な身体能力でも、特殊能力でもない。この姿勢にこそある。
それは勝利への姿勢だ。この男は決して隙を見せようとしない。剣で攻撃してくれば、それを奪い、反撃の糸口に出来るかもしれない。その可能性すらも与え ない。
恐らく、今までの……ここまでに至るまでの闘い全てが、勝利へとつながっているのだ。
相手の力を見切り、力だけで勝てる相手には劇的に、見せ付けるようにして勝つ。決して自分の手札を悟られぬように。
備えるのだ。今のような時の為に。力だけで勝てぬ相手には、温存した手札を切りつくし、敗北の可能性全てを絶って勝つ。そして誰にも、それを知らせないように。
現在だけではない。未来の敗北すらを避けようとする、絶対的な勝利への姿勢。それが時ヶ峰健一を最強たらしめていることを、潜衣花恋は理解した。
「やはり、無駄な努力だったな。これを避け切るだけの力は……今のお前に残されては居ない!」
空中に無数の紙吹雪が舞った。無数のマーカーが。ワイ ヤーの軌道が読めない。避け切るのは不可能。これ以上のダメージは致命的だ。ならば、ここで仕掛けるしかない!
「うおおおおおおお!時ヶ峰ええええ!」
潜衣花恋が五度引き金を引いた。姿勢の安定しない空中ではなったにも拘らず、50口径の弾丸は五つ全て過たず、時ヶ峰健一を襲った。
同時に、回避の試み虚しく、ワイヤーが、潜衣の利き腕を切断した。銃が空の下へ落ちていく。
五つの弾丸は全ては時ヶ峰の手によって受け止められ、傷一つ付けることは無かった。
「宣言どおり、俺に触れることは出来なかったな……。お前は恐ろしい魔人だったが……それを上回る……これが俺の、全力だ!」
時ヶ峰は勝利を確信した。それが、潜衣花恋の待っていた物だと知らずに。
こ こだ、勝利を確信した時、人は必ず隙を見せる。待っていた、この、隙を見せる瞬間を。吹き飛ばされたのは右腕だ。問題ない。潜衣花恋は左腕の仕込を作動させた。
瞬間、潜衣の体……性格には胴の部分に仕込んでいた榴弾が爆裂した。
シャックスの囁き。その衝撃、全てを奪い取り、推進力へと変える。左手を伸ばす。真っ直ぐ、貫くように。
勝利を確信していた時ヶ峰は、対応が一泊遅れる。
(……これが潜衣花恋、貴様の最後の策か……!だが、それでも……俺に……届きは……しない!)
それでも恐るべきは時ヶ峰の身体能力か、身を捻り、迫る左手をかわ……否、かわせない。
避けようとした瞬間、風が……この高さゆえに吹いた突風が、時ヶ峰の体を押した。時ヶ峰はかわ し切れない。
「馬鹿な……こ、こんな、事が……!」
それは偶然だったのだろう。天秤が潜衣のほうに傾いた、ただそれだけのこと。
しかし潜衣はその瞬間、彼女が……菊池徹子が、時ヶ峰の背を押したように感じた。
「うおおおおおおおおお!こんな、こんな事が!馬鹿な!この俺は!時ヶ峰健一だぞ!」
『シャックスの……』
左手が、触れる。時ヶ峰健一に。確かな感触を伴って。
「こんなふざけたことが、有ってたまるものか、俺は、俺は最強の魔人だぞ!こんな、こんな事が!」
『囁き!』
「うおああああああああああ!」
能力が発動する。あらゆるものを……死の運命を。命すらを奪える、潜衣花恋の能力が……!

「ハッ。最強、最強な。」
「こちとら 何度世界を救ってると思うんだよ。最強の敵なんて、数え切れねえほど倒したさ……。」
「……ありがとよ、徹子。」

決着は付いた。二人の所有者が消え、迷宮時計は統合された。この日、世界から一人のヒーローと、最強の男が消えた。

(※GK注)自キャラ敗北SS:【第二回戦第5試合】【キャラクター:時ヶ峰健一】

最終更新:2014年11月19日 19:32