第二回戦SS・最終処分場その2


~ 分かりやすいまとめ ~

◆山口祥勝
『魔人()()()()・ブラストシュート』。正々堂々のヒーローを謳っているもの実際には勝利の為に手段を選ばない性格。様々な武器の扱いに長ける。
周囲の状況を生放送配信する能力『ハイライトサテライト』と、協力者の一人A子の動画改変能力『ドローイング』でヒーローとしての動画を公開している。

1回戦では【古代】氷河にてほぼ不死身能力を持つ浅尾龍導を、協力者たちのコメントを通しての分析と、偶然にも助けられて撃破。


◆潜衣花恋
触れたものから「何か」を奪う能力『シャックスの囁き』を持つ希望崎学園生徒。

1回戦では【現代】軍用列車にて友人かつ対戦相手の菊池徹子と共闘して転送された先の『世界の敵』を倒す。
その後もその世界に留まり続け、基準世界に帰還するため、時空科学者となる。
『世界の敵の敵』となった菊池徹子を支えながら()()()()組織の参謀となる。
戦闘から60年後、菊池徹子が老いと病によりその人生を全うすることで『勝利』する。


◆時ヶ峰健一
希望崎学園最強と目される魔人。
()()の下で剣は舞う』というあらゆる剣を手元に召喚できる能力を持ち、さらにそれを上回る筋力を持つ。強い。

1回戦では【現代】大都市では色盲画家ストル・デューンをその拳で圧倒した。



■■ 掃き溜めのアンサング・ヒーローズ ■■■


 『戦闘空間:現代・最終処分場   対戦相手:潜衣花恋 / 時ヶ峰健一』

「次の対戦相手と戦場が決まった。今から名前を言うから情報があるやつがいたら教えてくれ。1人目は……、センイ カレンか?潜潜水艦の潜に衣服の衣。カレンは花と恋だ。二人目はトキガミネケンイチ、かな?」
『潜衣花恋と時ヶ峰健一?うぉー、両方知ってる、ていうかどっちも同級生だぜ』
「マジかよ、”タカマガハラ”。オマエの同級生ってことは、つまり二人とも希望崎か」
『そうそう。というか時ヶ峰かよー』『俺も時ヶ峰は知ってるぜ』
「おいおい、不安がらせないできちんと説明しろ」
『時ヶ峰は希望崎最強って言われてるんだよ。特殊能力が古今東西の剣を召喚するってチート能力なんだけど、あいつがやべーのはそんな能力がかわいく思えるほどの筋力だ。あいつの本気の一撃ならビルぐらい軽く吹き飛ぶ』

「そんなチートな奴なのかよ…。対応策はないのか?」
『正直単純に強い、っていう一番たちに負えないやつだからな…。』『ただ、騎士道精神とかやらで呼び出した剣の説明とかは丁寧にしてくるから、その辺が隙かな?』『あいつの能力や筋力は希望崎の奴ならだれでも知ってるぐらいバカ正直な奴だよ』『そういう不意撃ちはお得意だろ?』
「うるさい。潜衣の方は?」
『こっちは不良っぽい女だな。』『能力は「触れたものから何でも奪う」だったはずだ。奪える時間は1時間弱だったかな』『こいつも能力がツエーって一時期話題になってたけど、実際には大人しくしてるから正直そんなに目立ってないかな』
「なるほど、楽観視できる相手じゃないが、時ヶ峰の対策を考える方が先か」

 祥勝がそう言ったところで、メールを知らせる着信音が鳴った。
「悪い、メールだ」
『こんな時にメール気にしてる場合かよ』『風天は相変わらず短絡的だな。こんないいタイミングで友達のいない祥勝にメールが来るかよ』『え、それって……』
「ああ、ビンゴだ。メールは潜衣からだ」


=【山口祥勝様へ、潜衣花恋より】===

山口祥勝様

次の対戦相手の潜衣花恋です。
お話したいことがありますのでよろしければ×××-××××-××××までお電話いただけますでしょうか。
なお、お電話をすぐに頂けなかった場合はあなた様の『正体』をバラさせていただきます。
===================

 カメラ衛星がメールの内容を映す。

『脅迫じゃん』『正体をバラすって、どこまでバレてるってこと?』『本名をブラストシュートのぺージに出してるんだから、要するにブラストシュートはまっとうなヒーローじゃないってことまで知ってるんじゃない?』『ブラストシュートはちゃんとしたヒーローだから』『はいはい、A子はちょっとだけ黙っててくれる?』

「最悪な事態は想像しておいた方がいいな。最新の注意は払っていたつもりだったが、情報取得系の魔人とでも組んでいるのか。やっかいだな。もっとも完全なハッタリの可能性もあるが」

『……他にも可能性あるんじゃない?この中に裏切り者がいるとか』『それはない』
「それはない」

 祥勝の発言とAこのコメントが同時に発せられる。

「……A子にかぶせられると腹が立つが、俺はお前らを信じている」

『ちょっと、何で腹立つの』

 特にA子以外のコメントは流れないが、それが逆に祥勝と協力者たちの信頼関係を示していた。
「……とりあえず、プリペイド携帯で潜衣に連絡を取るよ」


「もしもし」
「もしもし。こちら潜衣。山口祥勝君か?」
「…そうだ」
 何で君付けなんだと思いながら応える。何らかの能力が働いている気配はない。

「おいおいおい、あんま身構えんなよ。別に祥勝君に不利な話をしようとしてるわけじゃな。ちなみに出来れば君の『協力者』たちにも一緒に聞いて欲しいんだけれど、能力は発動中か?」
「……早く用件を言え」
能力や『協力者』たちがいることまでばれている。残念なことに『正体』を知っているという話はハッタリというわけではなさそうだ。

「焦らして悪いな。私が君に連絡したのは私の【迷宮時計】にまつわる考察について聞いて欲しいからさ」
「……」
「結論から言うぜ。私の考えが正しければ、【この世界はループしている】」



「初めに疑問に思ったのは【迷宮時計】という名前そのものだ。だっておかしくないか?時空操作能力だぜ、【時計】は分かる。実際に【欠片の時計】を私たちが持ってるしな。でも【迷宮】要素は一体何なんだ?いくらいろんな場所に飛ばされるといっても戦い終われば悩みようもなく元の世界に帰れるんだ。【迷宮】とはとても言い難い。だから、【迷宮】要素は報酬、つまり願いをかなえる方にあるんじゃないかと思ったんだ。」
 突然の与太話に脳みそが若干ついていかない。コメントも『何言ってんのこいつ』『電波女?』と否定的なものがぽろぽろ流れている。だが、少なくとも潜衣が本気でそう考えていることは伝わってくる。

「おそらく、【迷宮時計】で時を遡る願いを叶えることは可能だ。むしろそれしかできないのかもしれない。そして、それはおそらく叶えてはいけない願いだ。時を遡っても、【迷宮時計】の欠片が飛び散りこのクソッたれな戦いは繰り返されるんだろう。自分自身が破壊される運命は避けられない、そういう制約なんじゃないかな。そして、【迷宮時計】を巡る戦いが繰り返され、時を遡る願いが繰り返し成就されているとすれば、まさに【迷宮】さ。【出口(みらい)】のない【四次元迷宮】、それが【迷宮時計】が生み出しているものの正体だ」

「面白い妄想だな。作家にでもなったらどうだ。あまりに推論が多すぎる」
「そうだな。私もついさっきまで確証のない、薄い可能性の一つだと思っていたよ」
「……つまり、確証があるっていうのか」
「ああ、少なくとも、一度時が巻き戻っているのは間違いない。私の欠片の時計は一足先に教えてくれたが、君も実際に戦場に行けば嫌でも分かるさ。それまでは与太話だと思っていてくれていい。ただ、この推論に納得したら私の願いを二つ聞いて欲しい。一つ目は優勝しても『時を遡る』願いを叶えないで欲しいこと。二つ目は、もしもこの先『時を遡る』願いを持つ参加者がいたら止めてほしいこと、だ」

「なぜそんなことを俺に教えるんだ」
「そりゃあ、世界がループして先に進めていないなら正さないダメだろ?真っ直ぐじゃあないからな。それに君なら応えてくれるだろう。だって、ブラストシュートはヒーローなんだから」
「……OK。で、お前はこの戦いから降りるってことでいいのか?」
「まさか。この情報伝達は私が負けた時用の保険さ。明日はきっちり戦わせてもらう。もちろん勝つ気で戦うが、正直勝率は高くなさそうだからな。何しろ、希望崎最強が相手だ」


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 人の出会いは、人を変える。

 サイバーな緑な光が潜衣花恋を染めている。試合開始5分前、潜衣花恋はワクワク動画のサーバーセンターにいた。能力でパスワードの記憶を奪ったのち、社員証を奪い侵入していたのである。
 彼女は祥勝のことを詳しく知っている。試合開始時点でワクワク動画に接続できない状態になっていれば、おそらく祥勝の能力は機能しないはずだ。サーバーを守る対魔人防壁の強度を奪い、サーバーを破壊しようとしたところで手を止めた。

「徹子ならこんなことはしないよな」
 もともとの潜衣花恋はそこまで真っ直ぐな人間ではない。だが、菊池徹子との出会いにより彼女は真っ直ぐに、悪く言えばかなりの甘ちゃんとなっていた。
 対戦相手の祥勝と時ヶ峰にわざわざ自分の考察も伝えた。昔の彼女であれば、リスクを負ってまで世界を救おうとは考えなかっただろう。

 潜衣はそんな今の自分を悪いとは思っていなかったが、それでもこれからの戦いにおいてマイナスであることも自覚していた。何しろ次の戦場は特別だ。この戦場で敗北した人間は、仮に対戦相手に殺されなくても死ぬ。ぬるったれたハッピーエンドが起こり得る可能性は0だ。
 それを解った上で、自分は二人と戦えるだろうか?いや、戦わねばならない。彼女は覚悟を決める。


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 時ヶ峰は自他ともに認める希望崎最強である。確かな実力と筋力は、彼に超然とした態度を与えていた。だから彼は潜衣から【迷宮時計】にまつわる考察を聞いても、確かにそういうこともあるかも知れぬと受け入れていた。

 もっとも、世界のループを正すことについてまで引き受けたわけではない。もしも世界がループしているとして、果たしてそれは問題なのだろうか?時空を操る魔人一族でもある彼にとって、世界がループしている状況はそこまで異常なことではないのだ。
 それに、世界がループしようとまっすぐ進もうと、彼の筋力は変わらない。大切なのは世界がどうあるべきかではなく自分がどうあるべきかである。

 そんな超然とした彼であっても、さすがにその戦場に降り立った時には驚きを禁じ得なかった。その世界は、一言でいえば壊れていた。
 左には住宅街、右には希望崎学園、前にはサバンナ、後ろにはテーマパーク。
 脈絡なく配置されたオブジェクト群に加え、そこらかしこに『ヒビ』が走り、『モザイク』が踊っている。まるでバグったゲーム世界のよう、と言えば伝わりやすいだろうか。


「この戦場そのものが『世界の巻き戻し』があったことの証拠だよ」
 対戦相手の潜衣花恋が語りだす。

「世界がループし時間が巻き戻った場合、何が起こるか?本来あるべきだった未来の時間軸はどうなるのか?私が立てていた仮説は『巻き戻しによって”無かったこと”になった事象が巻き戻しに取り残されて、消滅していく』だ。こんなドンピシャの証拠を出してくれるなんて迷宮時計は気が利くね。反吐が出る。」

 そう、ここは()()の最終処分場。無への収束過程。可能性の墓場。

「さぁ、時ヶ峰、始めるぞ」


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 潜衣が堂々と姿を現したのは、彼女が甘っちょろいからではない。むしろこれこそが打倒時ヶ峰の作戦であった。

 時ヶ峰は騎士道精神に溢れた魔人である。そして、その強さ故に立ち向かってくる相手の初撃を受けてしまう性質がある。
 第一回戦大都市のVSストル・デューン戦でも、彼の筋力なら開幕早々街をぶっ壊すのが最適だが、あえて敵に宣戦布告している。

 あらゆる不意打ちを筋力で防ぐ彼にとっては、逆説的ではあるが正々堂々と立ち向かった方が一撃を与えるチャンスがあるのだ。
 「即死能力を綺麗に決めたのに、死んだ後も筋肉が能力を使用して蘇生能力持ちの剣を召喚して復活した」などというデタラメな逸話があり頭が痛いが、迷宮時計を巡る戦いでは1度でも死んだらその時点で敗北である。

 潜衣の作戦はシンプルだ。時ヶ峰の筋力を奪って無効化し、マッチョクグルイとなって山口をぶち殺す。山口の使用する武器程度では、時ヶ峰の筋力を貫くことはできない。


 「始めるぞ」の宣告と同時に時ヶ峰に向かって駆ける潜衣。

クラウ・ソラス(不敗の剣)

 時ヶ峰がその名を呟くと同時、その手の中に、一振りの剣が現れる。

「これは光の魔剣、鞘から抜けばたちまちお前の目を眩ませるだろう」

 時ヶ峰が剣の説明を終えるとほぼ同時に潜衣は時ヶ峰に到達する。手を触れる。基準世界で奪っていた「対魔人防壁」の強度を返し、時ヶ峰の筋力を奪う――ことはできなかった。

 なぜ奪うことができなかったか、それはもちろん時ヶ峰の筋力が原因である。潜衣の能力『シャックスの囁き』は自分が「持つ」ことができないものは奪うことができない。
 そう、あまりに甚大な時ヶ峰の筋力を持つほどには、潜衣の魔人強度・器は足りていなかったのだ!もしも無理に時ヶ峰の筋力を奪っていたら、潜衣は即座に爆発四散していただろう。

 潜衣の接触とほぼ同じくして、剣の説明を終えた時ヶ峰はクラウ・ソラスを鞘から抜く。クラウ・ソラスは飛来してきた2つの弾丸を綺麗に等分した。


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 戦闘開始まで、祥勝は鍵付きコミュニティの仲間たちと時ヶ峰対策を練っていた。そして出た結論は「普通にやったら無理、お手上げ」である。筋力は強い。
 だが、今回の戦いは三つ巴である。潜衣は山口との戦いも考えれば時ヶ峰の筋力を奪う可能性が高い。潜衣が筋力を奪った瞬間に時ヶ峰をヘッドショットし、次いで潜衣にもヘッドショット。
 潜衣の能力の正確な解除方法は分からないが、時ヶ峰という「奪う相手」が死亡したときに奪ったものを返さなければいけないのであれば、二人をほぼ同時に殺すことができる。
 もしも潜衣が時ヶ峰死後も時ヶ峰の筋力を保持できるとしても、何とか1時間弱をしのいだのちに狙撃すればよい。潜衣は接触型の能力者なので、距離すら取れればそこまでの脅威ではない。はずだったのに!

 結果的に、潜衣の能力は不発であり、そのタイミングを狙った祥勝の弾は自分の場所を教えるだけの結果となってしまった。


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 時ヶ峰の行動は早かった。潜衣を捨て置き、狙撃のあった方向へスッと向かう。果たして、ヒーロースーツと対面することになる。

「お前が山口祥勝か」

 ヒーロースーツは何も語らず、代わりに弾丸を浴びせる。だが、当然のように時ヶ峰には効かない。筋力は強い。

「不意打ちは感心しないな」

 ヒーロースーツは何も応えず、代わりに火炎放射器を浴びせる。だが、当然のように時ヶ峰には効かない。筋力は強い。

「貴様の能力であれば、俺の口上は聴いているな」

 潜衣の奴は時ヶ峰に祥勝の能力を共有していた!時ヶ峰への対応策があった(と思っていた)潜衣にとっては、時ヶ峰が祥勝を倒す展開は喜ぶべきものだったので、当然の行動ではある。
 ヒーロースーツは何も応えず、代わりに自爆覚悟で爆発物をまき散らす。だが、当然のように時ヶ峰には効かない。筋力は強い。

クラウ・ソラス(不敗の剣)

 時ヶ峰はその剣を振るい、見事にヒーロースーツを両断した。しかし、その中に祥勝は存在していなかった。


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「くっそ、メチャクチャだなあいつ!!」
『やべー、どう勝つんだアレ』『カレンちゃんにはがっかりだなぁ』『予備スーツロボ(仮)使っておいてよかったね』『つっても本体が見つかるのも時間の問題だな』『アレ高いんだけどなぁ』

 時ヶ峰が両断したヒーロースーツは祥勝たちが「予備スーツロボ(仮)」と称しているものであった。『ハイライトサテライト』はコメントをアイグラスなどの鏡面に流すことができる。これはつまり、協力者が情報を送ることができるということである。
 「予備スーツロボ(仮)」は冒頭に「hndl:」とついたコメントを読み取り各種コマンドを実行可能な遠隔操作用ロボなのである。
 まだ開発途中なので非常にコストが高く、氷河のような極端な環境では使用できないという弱点があるが、壊れても勝てば元に戻るという迷宮時計の戦いで今回初の運用にいたり、本体を逃がす間の時間稼ぎと見事に影武者の役割を果たしたのだ。

『やばい、ブラストシュート、後ろ!!』
 最も、それが時ヶ峰に対してどこまで有効だったかというと評価が分かれるところであろう。
「見つけた、お前が本物の山口祥勝で大丈夫か」
「くそったれ、何でここが分かった」
羅針剣(コンパス・エッジ)。これは道標の剣。お前のような不埒な奴を見つけるのに適している」
「何でもありかよこの野郎!!」
「そして、これが、お前を倒す筋力だ」
 時ヶ峰の拳が振るわれる。
 祥勝は直撃を避けるが、それでもその体は地上数十mの空へと投げ出されていた。

『ウソだろ……』『受け身取れ!』『おい、こんなとこで終わらねーよな?』

 騒がしいコメント越しに、祥勝は地面に大きなクレーターができているのを見た。


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 祥勝が地面に叩きつけられる瞬間を、時ヶ峰は見ていなかった。
 彼の目は羅針剣(コンパス・エッジ)に向いていたからだ。
 この道標の剣は生命に向けて切っ先を向ける。
 その剣は今、祥勝でも潜衣でもない誰かの存在を示していた。


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 人の出会いは、人を変える。

 祥勝は、かつて悪の尖兵であった。
 山口罵譚という極道に引き取られ、そこでヒールとして『善良な人々』をぶち殺していたのである。
 罪悪感はない。自分が殺さなくても誰か別の人が殺すだけだ。

 金持ちたちの機嫌を取れるやり方で稼げるだけ稼げばいい。寝たい時に寝ること。食いたい時に美味い物を食うこと。それからまだ分からないけど、抱きたい女を抱くということも。本能を満たす快楽の絶対値だけは、きっと俺のことを裏切らないでくれる。
 そのときは、そう思っていた。

 たとえば、潜衣花恋が菊池徹子と出会うことで奇妙な人生を送ったように、人の出会いは人を変える。
 もちろん、全ての出会いが劇的な訳ではない。むしろほとんどの出会いはただの背景のようなものだ。
 だからこそ、劇的な出会いのことを人々は『運命の出会い』と称するのだろう。

 祥勝がA子と『運命の出会い』を果たしたのは、ヒールとして『善良な一家』をぶち殺していた時である。
 A子は当時、まだ10歳にもなっていなかった。
 似たようなことは何度もやっていたはずだ。にもかかわらず、その日祥勝はA子を殺せなかった。
 A子が命乞いをしなかったから?A子が空気を読めなかったから?実はA子に一目ぼれしていた?
 理由付けをしてみても、どれもしっくりこない。それが『運命の出会い』だったから、と適当なことを言うのが一番しっくりきてしまうのが余計に腹立たしい。

 その『運命の出会い』のおかげで、祥勝は山口罵譚をぶち殺し、ヒーローなどという訳の分からない職業へと歩みを進めることになってしまった。
 アホみたいに稼いでいたにもかかわらず収入は激減し、『上納金』という名目でA子に生活ができるだけの金を貢ぐことになった。 いつの間にか、『運命の出会い』を繰り返して鍵付きコミュニティができていた。
 本能を満たす快楽の絶対値だけは、きっと俺のことを裏切らないでくれる。そう思っていたにもかかわらず、絶対に俺のことを裏切らないでくれる仲間たちが出来てしまったのだ。
 どいつもこいつも、全く持ってクソみたいな奴らだが。


 体が痛い。全身が痛い。当たり前だ、あの高さから叩きつけられたのだ、センチメンタルな気分にもなる。このスーツ、かなりの耐衝撃のはずなんだけどな。


『ブラストシュートは、絶対に負けない』

 相変わらず、A子は戯言ばかりを書く。ただ稀に、その戯言が皆を鼓舞することもある。

『立ってよ、私のヒーロー』

 もちろん、本人には絶対に言わないが、山口自身を鼓舞することも。

『はあ?「私のヒーロー」じゃなくて「俺たちのヒーロー」だろ?』『風天くさい』『まだいけるだろ』『寝たふりすんなしww』『死ぬな』『まだ終わってないじゃん』『あと2秒以内に立たないとお前の予備の予備のスーツをヤツオクに出すからな』『勝て』『まだまだやれるっしょウェーイwwww』『まだ俺はお前に借りを返しきっていない』『ブラストシュートは、絶対に、負けない』

 ああ、全くもう、コメントが多すぎると視認性が悪くなるからやめろっていつも言っているだろうが。

「お前ら、うるさい。ちゃんと立ち上がるからちょっと黙れ」

『良かった、生きてた!!!』『オラ、とっとと作戦練ろうぜ』『☆d(o⌒∇⌒o)b ★イエーイ★ d(o⌒∇⌒o)b☆ 』『とりあえず戦況を確認しよう』『それでこそ、私のヒーロー』『倒すぞ!時ヶ峰』

 ああ、もう、だから、うるさいっての。


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 人の出会いは、人を変える。

 時ヶ峰は、常に自分の意志で、自分の人生を歩んできた。
 彼はそれだけの強さを持っていたし、他人や世界のために自分を変えるのはバカらしいとすら思っていた。
 だが、『運命の出会い』とは理不尽に発生するものだ。不可避の事故とも言っていい。

 そして、その事故は、この戦いの最中に起こっていた。


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「潜衣、これはどういうことだ」
 それは色々な意味で衝撃的な絵面であった。
 2m50㎝もある時ヶ峰が小さな女の子を抱えている。ぐったりしている。
 対照的に時ヶ峰は今まで見せたことがないような、義憤にかれれるとでも言ったような表情をしている。
「おいおいおい、何でこんなところに子供が‥‥?いや、そうか、巻き戻しによって”無かったこと”になった事象が巻き戻しに取り残されるなら、巻き戻す地点より後に生まれた子供はこの可能性の墓場に取り残されるということか‥‥?」

「何とかならないのか」
「‥‥ハッキリ言って難しい。今この世界は無に向かって収束しようとしている。本来なかったものが消えゆくまでの残滓みたいなものなんだ」
「要するに、世界がなくなってしまうのが問題なんだよな」
「えっ!?た、確かにそうだけど何する気だよ」
「世界を創る。天沼矛(あめのぬぼこ)

天沼矛は日本を創世した矛である。矛は刀剣の一種であり当然時ヶ峰の能力対象の一つである。
「お、お前そんなのまで召喚できちゃうのかよ。確かに新しい世界を創ってしまえばこの世界の収束は止められるかもしれない」
「手伝え、潜衣」
「‥‥わかった!」

さっきまで世界など知らぬと言っていた時ヶ峰のあまりの変わりぶりに吹き出しそうになるのを抑えながら潜衣は手を伸ばす。
「私があんたの『リミット』をできる限り奪う」
「助かる」

こうして、創世が始まった。


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 祥勝陣営は「ハイライト・サテライト」で時ヶ峰と潜衣の様子を確認していた。

『な、何やってるんだあいつらは』『なんか俺たちの盛り上がりなんだったの』『大地が煮えている‥‥!?』『でもこれってチャンスじゃない?』『いや、潜衣は殺せるけど結局、時ヶ峰が倒せない』『どうするのが正解なんだこれ』

「どうすればいいんだろうな……」

『手伝おう』

 戯言を言うのはいつだってA子だ。

「なんでだよ、理由がない」
『あの二人は、あの子供を助けるために頑張っている。ヒーローのブラストシュートも手伝うべき』
「あのなぁ……。それに俺に何ができるっていうんだ」

『潜衣が「質量が全然足りない」って言ってるね』『その辺のもの集めて渡すとか?』『え、マジで手伝う流れなのか?』

「質量、か……」

 あの女の子は、ちょっとA子に似ている。


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 それはとても奇妙な光景であった。
 本来殺しあうための3人が、新世界を創るべく協力しているのだ。

 中心には時ヶ峰。世界を創る矛天沼矛(あめのぬぼこ)によって地面をかき乱す。

 時ヶ峰の近くでフォローするのは祥勝だ。
 手から続々と『ハイライトサテライト』の衛星を出し続けてその『沼』に投入し続ける。
 衛星が壊れたら新しいものを生成できる、これは本来無限の質量を生み出すことのできるという恐ろしい性質を持っている。

 さらに潜衣はこの歪んだ世界から拾ってきた様々な欠片を投入する。少しでも可能性の因子を増やすための作業である。


 その作業は三日三晩続いた。


「十分な質量と可能性の因子は与えられたはずだ」
「まだ何が足りないんだ」
「ここまで来るとあとは単純な力ということになるかな……」
「それなら俺の得意分野だ」

時ヶ峰が、沼に向けて腕を振り上げる。

――こいつが
  世界を創る
  俺の筋力だ

その日、僕たちは、新しい神話の1ページ目を目撃した。



【試合終了】

時ヶ峰健一 場外のため敗北
山口祥勝 場外のため敗北
潜衣花恋 勝利
(※備考 最終処分場が新世界へと書き換えられたため、新世界創世点に近いものから場外判定)


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「納得いかねーよ!!なんだこの決着は!!」
『なんかごめん』『私が手伝えなんて言ったから……』
潜衣とA子が謝る。

「まだ時ヶ峰が勝つならわかるけど、たまたま俺の後ろにいただけのお前が勝つのはおかしいだろ!!」

『もう何度も謝ってるじゃん。私実質80近いんだしもう少し敬えよ』

「うるせーとっとと老衰で死ね!」

『まぁ茶番だ茶番。ぜ~んぶ茶番だ。ってことでここはどうかひとつ』

 今更ではあるが、潜衣から「60年」について聞いたおかげで、何故彼女が祥勝のことを詳しく知っていたかが発覚した。
 要するに一回戦の氷河の戦いは彼女が60年いた世界の過去で行われていて、時空間学者である潜衣によってその戦いは超綿密に解剖されていたのであった。だが今更そんなことは本当にいいことだ。

『でも、まさか収束するはずの世界を新世界で塗り替えられるなんて思ってもいなかったから、本当に時ヶ峰はすごいよ。迷宮時計の攻略の鍵にもなるかもしれない』

「もう、時ヶ峰後光出てるからな……」

『出てるね‥‥。まぁ並行世界からの回収ぐらいなら私の科学力でもなんとかなるかもしれないレベルまで行ったから、迷宮時計GETしたら迎えに行けると思う。実際まぁかなりチートみたいなものだけど1人の魔法少女の並行世界間移動を成功させたこともあるし』

「ああ、待つよ……。だから絶対に勝ち進め。そしてそれまでは、こいつらの力を借りてくれ」

『ん、サンキュー。しかし、コミュニティ名何とかならなかったのか?』

「いいんだよ、俺たちはこれで」
『そうだ!新参がぐちゃぐちゃ言ってんじゃねーよ』『ババア!』『クソババア!』『デンデラ!』


 人の出会いは、人を変える。
 そして時には世界さえも。
 潜衣花恋と鍵付きコミュニティ「掃き溜め」の出会いも、きっと新しい何かにつながるはずだ。

最終更新:2014年11月19日 20:41