第二回戦SS・駅その3


『デイドリーム愽士の全人類幼女化計劃』

明治四拾年五月參拾壱日。大阪梅田ステイション。

瓦斯燈に照らされた儼しいゴチック様驛舎を睥睨する運行監視塔に怪しげな老人が獨りゐる。彼は、迷宮時計を核とした奇怪なる裝置の起動釦を投入した。忽ち櫻色の光が構内を包み込み――凡ての者が幼女と成った。居合わせた時計所有者達も。

「エフォート! チャンプ! 出て來ーい!」兩手の鉈を振りかざし、シシキリちゃんが大聲を上げる。水色スモックの六歳幼女なれど亂れ髪が恐ろしい。キャアと叫びてんでにプラットホウムを逃げ惑う數多の幼女達。「やっつけてやるー!」シシキリちゃんが前齒の無い口で牙を剥く。

「コラッ!」軆操服を着た、大きな身軆の七歳幼女が現れてシシキリちゃんをどやしつける。其の金髪はバンダナで纏められてゐる。此の子がチャンプちゃん也。「そんな危なひ物を振り囘したら駄目ぢゃない!」「ひゃうっ!」怒られたシシキリちゃんは涙目になって尻餅をつき、鉈を鞄に仕舞う。

そこに「見つけた! 纏めてドォン!」向かいのホウムから、エフォートちゃんが眩い光彈を投げ附けてきた。「キャア!」「痛いっ!」チャンプちゃんとシシキリちゃんが遠距離攻撃を受けて呻き聲を上げる。「エェン! ウエェン!」突然の出來事に、泣き出す一般幼女もゐる。

「コラッ!」鐵道越しに、再びチャンプちゃんの叱り聲。「ひゃん!」異國のお姫様の如き舶來ドレスを纏った長い青髪の五歳幼女エフォートちゃんが、怒聲に吃驚して尻餅をつく。「二人とも、先づは話し合いをしませう」チャンプちゃんが提案し、三人はホウムの長椅子に並んで腰掛けてお話しをする事になった。眞ん中にチャンプちゃん、右にシシキリちゃん、左にエフォートちゃん。

「貴方達の願ひ事は何?」チャンプちゃんが訊く。「私はね、遠くに行っちゃった友達の盛華ちゃんに、幸せになって慾しいの」シシキリちゃんは小さな聲で答へた。「あ、私も同じ! 友達と亦會いたいの!」とエフォートちゃん。

そしてエフォートちゃんは、三人の友達との悲しひ別れについて滔々と述べた。すると唐突にシシキリちゃんが泣き出して、謂った。「違う! エフォートちゃんは慾張りだ! だって、ちゃんとお別れ會をしたんぢゃない! ビクトリーちゃんは手を繋いでくれたぢゃない! 狡いよ! 盛華ちゃんは何も謂えなかったんだから! 手だって繋げなかったんだから!」

エフォートちゃんも謂ひ返す。「私はみんなに置いてかれたんだよ! 一緒に往きたかったのに! いきなり獨りぼっちになっちゃったんだよ!」エフォートちゃんの眼からも涙がぼろぼろと溢れる。「必づみんなと會ふんだから!」エフォートちゃんが立ち上がり、魔法格闘の構へ。「私だって絶對に敗けられない!」シシキリちゃんも泣きながら、二本の赤い鉈を抜く。二人が軆驗した出來事は、幼い少女の身には重過ぎて、全身が張り裂けそうに成ってゐるのだ。

「ようし。大軆わかったよ」チャンプちゃんが立ち上がり、右腕でシシキリちゃんを、左腕でエフォートちゃんをぎゅうと抱き締めた。「二人の願い事、吾輩が預るね!」「えっどういうこと?」シシキリちゃんが問い返す。「自分のこと『ワガハイ』って謂うんだ」エフォートちゃんは變な處で引っ掛かった。「吾輩の願いは迷宮時計の戰いを平和に終はらせる事なの」

チャンプちゃんは、時計を総て集めて參加者みんなの願いを全部叶える計劃を話した。然う謂えば動畫サイトでチャンプちゃんが其のやうな事を謂ってゐた氣がすると、二人も思ひ出した。「さう謂ふ譯だから、吾輩に時計を渡してくれるかな?」「うー……」「でも……」エフォートちゃんとシシキリちゃんは中々時計を差し出そうとしない。

「あのさ、私が勝ったらみんなの願い事を叶えるからさ、チャンプちゃんが時計を渡してよ!」エフォートちゃんが謂った。「あっ狡いっ! 私だって叶える叶える!」シシキリちゃんも謂った。「いやいや吾輩に任せてってば!」話し合いは左右の線路のやうに、何時まで経っても平行線で纏まらない。

「間もなく列車が參りまぁす。御注意くださぁい」驛員幼女が擴聲機で呼び掛けた。「あっ! 蒸氣機關車!」「うわわーっ! 本物っ! 本物だっ!」「私、動いてる蒸氣機關車って見るの初めて!」三人は話し合ひをひと先づ中斷して、仲佳く汽車が來るのを見守った。驛員幼女はてこてこと歩き囘り、ホウムの安全を慥認してゐる。幼女化しても人々は其れ迄と變わらぬ役割を果たしており、大きな混亂は起きていない。此の時點では。

ボオオオオ。黒い煙を吐きながら、黒塗りの蒸氣機關車が客車を牽いてやって來た。汽車製造會社製の國鉄230形蒸氣機關車だ。三人は大憙び。「うわぁ! 格好佳い!」「凄い! 凄い!」「ね、ね、トーマスに似てるよね、ね!」其れも其の筈、230形は英國の機關車を參考に設計されたタンク機關車なのだ。だから車軆構造が機關車トーマスに似てるのも當然と謂へやう。

だが、樂しい時は其處までだった。驛手前の切り替えポイントで、機關車がぐらりと傾いた。そして、其の侭横倒しに成りぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てながら砂利を撒き散らし、止まる。「大變だ!」エフォートちゃんが叫ぶ。ホウムで汽車を待ってゐた多くの幼女達は突然の脱線事故に驚きわあわあと泣き出した。運轉手幼女が減速を誤った爲の慘事である。

「早く! 汽車の中の人を救けなきゃ!」逸早くチャンプちゃんが機關車に飛び込み氣を失ってゐる運轉手幼女を救い出す。「分かった!」エフォートちゃんが客車の扉をめりめりと剥がす。「私もっ!」シシキリちゃんの鉈が唸りを上げ、横倒しの客車輛に脱出口を穿ってゆく。中から乘客幼女達が泣き喚きながらぞろぞろと出て來る。

動ける子は未だ良い。問題は大怪我をして動けない子達だ。骨を折った子。頭から血を流している子。客車の中は宛ら幼女地獄繪圖であった。チャンプちゃんと、エフォートちゃんと、シシキリちゃんは、痛みに苦しみ泣き呻く子達を励ましながら、一人一人救け出していった。

此れ程の大事故であったが、幸ひな事に死者は出てゐないやうだ。車内の怪我人を總て助け出して一安心する三人。しかし、地獄は終わってゐなかった。ドオオオン! 倒れてゐた機關車のタンクが水蒸氣爆發を起こし、燃え盛る石炭が飛び散る。そして、驛舎が燃え上がった。

「キャアアア!」幼女達がホウムを逃げ惑う。「此方だよ! 泳げる子は港に飛び込んで! さうでない子は線路傳ひに廣場へ!」チャンプちゃんが冷靜にみんなを誘導する。動けない子をシシキリちゃんとエフォートちゃんが何遍も往復して運ぶ。激しい焔と熱と煙。大阪驛が、壊れてゆく。

「逃げ遅れた子はもうゐないかな?」シシキリちゃんが謂った。「待ってて。“キュア・サークル”」エフォートちゃんが魔力を薄く廣く伸ばして探索する。「あっ! あっちの塔の上! 動いてない……直ぐ救けに往かなきゃ!」最後の要救助幼女。だが、監視塔は焔に包まれてをり近附く事すら難しかった。

「ぢゃあ、エフォートちゃんに飛んで貰いませう」チャンプちゃんが譯の解らないことを謂ったのでエフォートちゃんは大焦り。「ちょ、私飛べないから! 魔法少女には飛べる子もゐるけど私は無理!」「うん。だから吾輩とシシキリちゃんの力で、身輕なエフォートちゃんを投げ飛ばすの!」燃える焔を飛び越え、監視塔の外壁に取り附き攀ぢ登る。なんと恐ろしひ作戰! そんな恐い眞似は無理だ、とエフォートちゃんは思った。

「無理なら、已めても佳いんだよ。一か八か、私が火の中を突っ切るから!」不安さうなエフォートちゃんを見て、シシキリちゃんが謂ふ。突っ切るだなんて! そんなのどう考へても不可能なのに!

エフォートちゃんは焔に包まれた監視塔を見て、シシキリちゃんの顔を見て、チャンプちゃんの顔を見た。そして、ビクトリーちゃんと、フレンドシップちゃんと、テンカウントちゃんの顔を思ひ浮かべた。彼の日、私は置いていかれた。でも今は、私が往くべき時だ。ならば……飛ぶしかない! ベルトを締め直し、シュシュを整へ、懐の銃を慥める。覺悟完了。「私、往く! チャンプちゃん、シシキリちゃん、御願い!」

エフォートちゃんの右脚をチャンプちゃんが、左脚をシシキリちゃんが持つ。エフォートちゃんは脚にありったけの魔力を込める。「いっ」「せーの!」「せえええーっ!」三人の力を合はせ、エフォートちゃんが焔を越えて大きく跳躍する! そして監視塔の壁に飛び附き僅かな出っ張りに指を掛ける! 此處までは成功!

(熱い……!)エフォートちゃんの下から迫る焔が、容赦なく幼い軆を炙る。(でも負けない!)エフォートちゃんは監視塔の壁を登ってゆく。「まほ! かつ! まほ! かつ!」勇氣の呪文を唱えながら。チャンプちゃんとシシキリちゃんは、そして驛から逃れた幼女達は、固唾を飲んでエフォートちゃんの事を見守る。

「えいっ!」塔の最上部に辿り着き、硝子窓を割って中に入るエフォートちゃん。「大丈夫!?」倒れていたのは軆の細い、櫻色の髪の幼女だった。其の傍らには捻くれた金属で“時計”を圍った奇妙な裝置。「う……うう……貴女は誰……?」櫻色の少女は呻くやうに謂った。「佳かった、間に合った! 私はキュア・エフォート! 飛び降りるから慥り掴まってて!」

窓枠を蹴って、櫻色の少女を背負ったエフォートちゃんが跳んだ。四階建て監視塔最上部からの跳躍! だが距離が足りない! 焔の中に墜ちる! しかし、下にはチャンプちゃんとシシキリちゃんがゐる! 水をたっぷり含ませた毛布を持って二人は焔の中に踏み込み、降ってくるエフォートちゃん達を受け止めた! そして、急いで焔の中から脱出し、火の囘って來ない廣場まで移動した。

其処には燃え盛る焔から逃れて來た乘客幼女や驛員幼女達が集まってゐた。そして、誰とは無しに自分達を救けた英雄を讚へ始めた。「ウィー! アー! チャンプ!」「まほ! かつ! まほ! かつ!」「ウィー! アー! チャンプ!」「まほ! かつ! まほ! かつ!」驛舎を焼き尽くす焔よりも熱い歓聲が沸き上がる。

「待って! 此の子……顔色がおかしい!」異變に氣附いたのはシシキリちゃんだった。監視塔から救出した少女の顔から血の氣が引き、唇が青黒く變わってゐる。……一酸化炭素中毒だ。エフォートちゃんの努力も虚しく、既に手遅れだったのだ。靜まりかへる観衆幼女達。

櫻色の髪の少女は弱々しく謂った。「私は……もう駄目。御免ね。私が間違ってた……汚ない大人を全員幼女にすれば、平和な世界に成ると思ってたの……」“彼女”が得た新しい身軆は余りにも華奢で脆かった。「でも幼女だけぢゃ汽車もまともに動かせない……世界には大人が必要だって、やっと解った……」

「救けてくれて有難う……貴女達は生きて……そして、其の優しい氣持ちを……大人に成ってもずっと……忘れ……ないで……」「うん……」「解った……」「絶對に忘れないよ……」チャンプちゃん達が涙ながらにさう答へたのを聞くと、櫻色の少女は紫色の唇にうっすらと笑みを浮かべ乍ら息を引き取った。

死亡によってデイドリーム愽士の能力『全人類幼女化計劃』が解除され、愽士の亡骸は老人の姿に戻った。そして、ミスター・チャンプと、練鐵の元・魔法少女キュア・エフォートと、シシキリも本來の姿と精神性を取り戻した。

其処からは一瞬の出來事だった。

チャンプの右手が鹿島神流・地獄突きによってシシキリの胸を貫き心臓を破壊した。シシキリは鉈を振り上げ乍らチャンプの右腕を斬り落とし、鉈を振り下ろしてチャンプの頭蓋を割った。そして、シシキリは再び鉈を振り上げ、後ろに一歩飛び退いたエフォートへと襲い掛かる。チャンプの巨軆が赤い血を噴き乍ら崩れ落ちる。

エフォートは魔力を込めた兩腕を頭上で交差し、振り下ろされて來る鉈を防禦する。エフォートの魔力は、努力を裏切らない。愛すべき友を喪ってから三年間、エフォートは一日たりとも欠かさず魔法鍛錬活動を重ねて來た。如何なる膂力の魔人を以てしても、其の防禦を鉈ひとつで伐ち破ることは不可能である。

努力――そう。其れは間違いなく努力ではあった。青空羽美が乳呑み児であった頃より、シシキリは殺し續けてゐた。愛する盛華を殺めた怨敵を、毎日毎日殺し續けてゐた。十六年。毎日欠かさず。何度も何度も何度も殺した。何萬囘も殺した。

其れは、良識に拠って判斷するならば無爲な努力であらう。だが、エフォートの魔力は努力を裏切らない。血と汚物にまみれた昏い努力が實を結ぶ。シシキリの鉈がエフォートの兩手首を斬り落とし、頭蓋の左三分の一を斬り落とし、左肩から入って股へと抜けた。縦二つに兩斷されたエフォートは腦と臓物を溢し絶命する。シシキリは倒れ乍らも水平に鉈を振るって兩脚を切斷し、エフォートを青い達磨に變へた。

「そんな! そんな馬鹿な! 立ってくれチャーーーンプ!」觀衆の一人が絶叫した。其の聲が、チャンプに届いた! 頭蓋を割られてなほ、英雄は立ち上がった! 命に代へても打ち倒すべき邪惡が其処にゐる。誇り有る戰ひを魅せるべき、時空を越へて應援に驅け附けてくれたファンがゐる。寝てゐる理由は何処にも無い!

胸を穿たれて倒れたシシキリに馬乘りになり、殘された左腕で毆る! 毆る! 毆る! 毆る! シシキリの上軆が熟れた柿のやうにぐづぐづと潰れてゆく! シシキリは殘り僅かな死力を振り絞り最期の抵抗! 鉈を振り上げてチャンプの左腕を斬り落とす! だが兩腕を喪った程度で英雄が止まるか? 否!! 斷ぢて否!!

チャンプ渾身のヘッドバッドが、心停止により蟲の息のシシキリへ豪然と叩き附けられる! 蒸氣機關車の直撃よりも遙かに遙かに遙かに重い一撃!! 激突!!! 大地を搖るがす轟音!!!

……其れが、致命傷と成った。シシキリの鉈で割られたチャンプの頭蓋は、自らの技に耐へ切れなかったのだ。頭蓋骨が碎け、チャンプの腦牆が飛び散る。

皮肉な話だが、若しチャンプが聲援に應へず横たわった侭であったなら、心臓を破壊されたシシキリの生命活動が先に停止してゐた事だらう。だが、最期まで勇猛に戰った誇り高き戰士の事を、私は讚へたいと思ふ。

此れが、彼の有名な『梅田驛幼女大炎上事件』の裏側にあった、語られざる眞實である。ミスター・チャンプ、キュア・エフォート、そしてシシキリの尽力により、此れ程の大事故であったにも拘わらず死者は五指に滿たなかった。

JR大阪驛の西側に、幼女を守って命を落とした勇敢なる者を記念する石碑が建ってゐる。諸兄も若し大阪驛に往く機會が有ったなら、少し足を伸ばして碑を訪れ、鐵道の安全と幼女の幸福について是非考へて呉れ給へ。
http://www.geocities.jp/yosh_3jp/oldosaka2/shimizu.html

最終更新:2014年11月17日 19:52