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第二回戦SS・駅その2


『答えは初めから此処に』



「はっ……はっ……はぁっ……」

毒々しい光を放つ電飾とネオンの明かりが曇天の空を紫紺に染める虚飾の街、代々木の路地裏に悲壮な表情で走る少年の姿があった。
痩せこけ、実年齢と乖離した白髪を振り乱して走る少年の口から漏れる戸惑い、恐怖、怒りが凝って音となった悲嘆の吐息は、表通りで我が世を謳歌する者達の耳に届く事はない。

「はっ……はぁっ……はぁっ……」

外面を飾る代償に腐り果てた臓腑か、ドス黒い血管の如く配管がビルの壁面を這いずり、路面は泥と汚物でぬかるんでいる。灰褐色の内臓の、ビルとビルの隙間から覗く紫の空は少年の苦悶を省みない。
死に瀕した重病人さながらのスラム街の袋小路に、とうとう少年は追い詰められた。ビシャリと跳ね上げた泥水の下には半ば朽ちた鼠の死骸が転がっている。少年はそれに己の未来を幻視した。

カツカツと硬質な革靴の足音が近付いてくる。それも一人や二人の足音ではない。この街の死神はスーツにサングラスを着こなした姿をしている。英国系ヤクザだ。
少年が彼らに目をつけられた理由はきっと軽いものだったろう。ただ、この街ではそれ以上に路上孤児の命が軽いというだけの事であった。法治の光も塵溜めの底にまでは届かない。
袋小路で息を切らす少年の前途を塞ぐよう、一様にスーツとサングラスで身を固めたヤクザ達が道に並んだ。それぞれの手には青白い刃物の光が握られていた。

ヤクザ達が少年に迫り来る直前、少年は全力で叫び声を挙げた。恐怖と、怒りと、哀しみとを全て込めたその悲鳴は、代々木六丁目スラムの路地裏に木霊した。

後のミスター・チャンプである。




○Side レストラン『お花の天国』

PCのディスプレイから流れていたミスター・チャンプのプロモーションビデオが終わりを迎えた。
それと同時に、日頃、感受性の豊かさを自負している女店主は止めていた息を吐き出し感嘆していた。
重々しい音楽と演出で彩られた内容は実に真に迫るものであった。

昨日の試合、ミスター・チャンプ vs キュア・エフォート vs シシキリの興奮も冷めない今では、
余計に強くそう感じてしまうのかもしれない。
女店主は昨日から今日にかけて、影響されて新しい創作料理まで作り上げていた。

「あら、お花に水をやらないと」

壁掛け時計に目をやり、時間に驚いた女店主はPCをそのままにカウンターから客席へ出た。
名前の通りに店内のいたるところを飾る色鮮やかな花達に笑顔で挨拶をし、まずは奥の特等席へ。
一つだけ他と離れ、一際艶やかに花で飾られた席の前で足を止めた。

蔦を絡ませ花開くフラワーアレンジメントの花弁の中に鼻を埋め、微かな土の香りと甘い芳香を楽しむ。
四十歳を過ぎてこんな子供っぽい事をしているのは、いくら知人からいつも若いだとか、
いつまでも美人でうらやましいなどと言われている身でも他人様には見せられない姿だろう。

こんなお花畑のレストランを開く程に花を愛でるこの熱中ぶりには、昔から幼馴染も苦笑いしていた。
女店主から見れば、その幼馴染も自分の同類としか思えなかったのだが。

「さあ、この席も16年ぶりに使ってあげないとね。――流石ね。――綺麗よ」

しばらく、レストランには女店主の陽気な声と、花や葉が水の雫をはじく音が響き続けた。
そしてカウンターの裏では、放置されたままのPCのスピーカーから勇ましい音楽が流され始めていた。
『H.M.P』によって作られた昨日の試合の映像が、今まさに始まろうとしているのであった。




***




『世界の強者』

●Side キュア・エフォート

「まほ!」「かつ!」「まほ!」「かつ!」「まほ!」「かつ!」「まほ!」「かつ!」

迷宮時計の次なる戦いの対戦相手が判明してから12時間。戦闘開始の12時間前。
青空羽美――キュア・エフォートは変わらず日課のランニングを続け、3000m峰の頂、
万年雪に囲まれた青空と白い雲の世界、一人だけの世界を目指して翔けていた。

魔法使いでなければ辿りつけぬ峻峰の頂上に立ち、一人、眼下の雲海を眺める。
それがいつも通りの日課であった。しかし、その日は違った。
そこに、先客がいたのだ。

「やあ、青空さん。相変わらず素晴らしい魔法の素養で」
「……一輪」

山頂のさらに上空2m程のところに、ひょろりと痩せ型の長身に含みを感じる笑顔を貼り付けた男が、
スーツ姿でふわりと浮いて、空中に立っていた。
魔法使い、小林一輪。エフォートがかつて魔法少女チームの一員であった頃の顔見知りであり――

「こんなところに何の御用ですか。まさかチャンプの助太刀に来たなんて言いませんよね?
 ……代々木ドワーフ採掘団のエルフ小林さん!」

エフォートの次の対戦相手、ミスター・チャンプが所属するプロレス団体、『代々木ドワーフ採掘団』に
所属するプロレスラーの一人であった。

「いやいやまさか。私は派遣先のビジネスパートナーのために青空さんを敵にまわすなんて非効率、
 やりはしませんよ。私じゃ青空さんにはとても敵いっこありませんからね」

代々木に本拠地を置く『代々木ドワーフ採掘団』と双璧を成す、原宿のプロレス団体『ラ・リベルテ』。
剣の技に重きを置いたプロレスをする採掘団に対し、魔法を主体としたプロレスをするその団体は、
『魔のリベルテ』とあだ名され、耳目を集めている。

しかし、裏では原宿を根城とする大陸系マフィアとつながり、闇の世界の利権を操っているなどという
悪い噂も絶えない団体でもある。

そこの出身のエルフ小林は、実際、噂通りに裏の世界の住人であり、必要悪を行使しているだけと言う
彼の事が、エフォートは昔から苦手であった。

そんな人物が、なぜ今日という日にエフォートの前に姿を見せたのか。

「チャンプとの戦いが決まった事は知っているようですね。
 世捨て人になっていないようで結構結構。
 では、それなのに未だ『H.M.P』による試合アナウンスが流れていない事にはお気づきですか?」
「……ランニング前に調べて、まだ誰も試合の話をしていないのには……。
 それが、何か?」
「なぜ、チャンプが今回の戦いで能力を使っていないか、分かりませんか?」
「……分かりません。何が言いたいんです?」
「実は、もう『H.M.P』は発動しているんです。ええ、我々も社会性のある団体ですからね。
 流血沙汰もあればもっと酷い事もよく起こる、そんなプロレスの試合を誰にでも垂れ流していたら、
 すぐにしょっぴかれてしまいますでしょう?
 成人専用、プレミアム会員専用、あと有事の際の警察専用回線などなど、
 用途に応じて能力対象を切り替えられる訳ですよ。今回は一般向けに放送出来ない訳がありまして」

エルフ小林はスーツの胸ポケットから写真を取り出し、エフォートに見せた。

「青空さんも魔法少女という都市伝説仲間をしていましたから知ってはいるでしょう?
 こちらが近ごろの世間を賑わしている都市伝説、シシキリの正体です。連続殺人犯ですね。
 健全な社会的団体である代々木ドワーフ採掘団としては、犯罪者との戦いを放送するのは……、
 まあ、ちょっと厳しいものがありますから。生真面目なチャンプらしいといいますか」

だから、エフォートにこれを持っていって欲しいと、エルフ小林が小脇に浮かべていた
大きなキャリーバッグを差し出してきた。
エフォートがそれを掴むと、ずしりと重量がある。腕力を強化した魔法使いでなければ持てない程だ。

「それを向こうの世界に行ったらチャンプに渡してください」
「これ、ものすごく重いんですけれど」
「ああ、中身は金の延べ板がぎっしり詰まっています。異世界でも通用するよう、紙幣はやめました」
「どういう事です? これを何に使うんですか?」
「青空さんには不利になりませんからご安心ください。
 ただ、次の戦場がなんでも駅だそうじゃないですか。
 駅と言えば公共交通機関。多くの人が集まる場所。
 そこで魔人と魔法使いの試合なんてやろうと思ったら……ね?
 まあ、今、向こうの世界の、駅に当日駆けつけられる特定の人達相手にアナウンサーが色々と、ええ、
 語っている訳ですよ。相手が条件をのんでくれたかはチャンプが現地に行かないと分かりませんが。
 ああ、後こちらの手紙もチャンプに渡してください。
 お得意様の探偵の身体がどうやらシシキリの手に渡っているようでしてね。
 出来れば取り返して欲しいという依頼と、細かい事が書いてありまして」

エフォートは、核心をはぐらかして語るエルフ小林の語り口に眉をひそめるしかなかった。
しかし、信用第一とよく謳うこの男は、嘘は滅多につかない――とは、御剣緋赤の言葉だった。

なぜ自分にそんな情報を教えたのかという問いに、試合がまったく成り立たなかったら赤字になるから、
そんなビジネスライクな答えが返ってきたところで、エフォートは深く気にするのをやめた。
この男にとっては、きっとエフォートが勝とうが、チャンプが勝とうが、どちらでも良いのだ。

「そうそう、試合場には危険物の類は持ち込まない方が良いですよ。
 どうしても持ち込みたい場合は青空さんの魔法で見た目や質感を変えて、
 それと分からないようにしておく事をお勧めします」

しかし、別れ際にエルフ小林が残した言葉は――

「それと、共に『世界の敵』と戦った仲間を異世界に置き去りにしてきたそうですね。
 今のご気分はいかがですか? 仲間想いの青空さん?
 ……ああ、失敬失敬。そんな顔でにらまないでくださいよ。
 可愛い女の子を見かけたらつい虐めてみたくなる性分でしてね。私は」
「……悪趣味ですッ!」

エフォートの剥き出しの傷跡を、ザクリと上から切りつけていった。




●Side シシキリ

「オ、俺は……やるゥ……やってやるぞォウ……ア、あと……1個……」

迷宮時計の戦いの直前。シシキリは酷く興奮していた。
その理由は、彼の手元にあるダルマ達の総数が、とうとう12個に達したからであった。

迷宮時計の戦いに巻き込まれる原因となった『金満寺グループ』の有力者を殺した後。
工場の戦いから元の世界へ舞い戻ってきたシシキリに、殺し屋が襲いかかって来るようになったのだ。
一人目を殺し、二人目を殺し、三人目は先の殺し屋二人の様子を伺いに来た男だった。

これでダルマは12個。求めるダルマの数はあと1個。四人目の殺し屋を待ちわびたシシキリであったが、
それ以降は誰も襲って来ないまま、次の迷宮時計の戦いが始まる事になったのだ。

三人目の男を能力で蘇らせ、幾度も殺しながら得た情報では、
シシキリが殺した『金満寺グループ』の有力者は、原宿のマフィアにとって関西の上客であり、
その関係で報復に出向いてきたのが今回の三人の殺し屋だったのだそうだ。

「俺がもし帰らなかったらリーダーは作戦を変えるって言っていたからな。待ってももう誰も来ねえ」

その言葉に、シシキリは返事の代わりにグシャリと男の頭をかち割った。
そんな流れがあり、シシキリは今回の迷宮時計の戦いを最後のダルマを得る絶好の機会と捉えていた。

シシキリは間違いなく狂人として認識される存在であろう。
だが、狂人である事と思考が働かない事とは別問題である。
シシキリはあくまでクレバーであった。

次の戦場はおよそ80年前の東京駅。当時の人々に溶け込めるよう化繊の服は選ばない。
服の中のいたるところに毒草や劇物を仕込み、武器の大ナタをコートの裾に隠す。
対戦相手の一人であるミスター・チャンプは知っている。群衆に紛れれば、無茶はしてこない性格だ。

事前に出来うるあらゆる準備を終えて、シシキリは意気込んでいた。
気になる事といえば、普通ならば既にチャンプの『H.M.P』による放送が始まっているはずが、
ダルマを使って確認しても、誰にも放送されていない事くらいか。

しかし、その程度の不確定要素は排除しきれないものだ。
もう一人の対戦相手である青空羽美に関しては、どんな人間か分かりもしないのだ。

時間が来た。シシキリの腕時計が時を刻み、シシキリの身体を異世界へと飛ばす。

「盛華……アァ……」

元の世界に愛しい人の名を残して、シシキリの姿は掻き消えた。



――シシキリはあくまでクレバーであった。
だから、過去の東京駅に着いた時点で異変を察知していた。
なぜか駅に人がいない。いや、いることはいた。ただ、それは皆、屈強な魔人警察官であった。

「そこの男! 時計に転送された魔人ってのはお前だな! 身体検査をさせてもらうぞ!」

放送のなかった『H.M.P』。異世界で待ち構える魔人警察官。
自分は罠にかかったのだと、この時点でシシキリは気付いていた。
このままおとなしくしていては、自分は戦わずして警察に捕まり、死なずとも場外負けとなる。

「ァアアアッ!!」

盛華の魂がない世界に取り残される訳にはいかない。
シシキリは抵抗した。ナタを振り回し、毒草を投げつけ、奮戦した。
しかし、数の力には及ばない。魔人警察官達に揉まれ、押さえつけられ、手錠をかけられた。

「ア、アアア、アアアーーーッ!!」

レンガ造りの駅舎内を警察官に囲まれ連行されながら、シシキリは呻き声をあげ続けていた。



裏の世界のこぼれ話として知識にあったシシキリという犯罪者とのマッチング。
それが分かった時点で、チャンプは『H.M.P』を身内と現地の警察関係者にのみ送信していた。
『H.M.P』が絡む対犯罪者の場合の行動は代々木ドワーフ採掘団内でマニュアル化されていた。

採掘団の実況と解説は、現地の警察に向かってこれから魔人同士による戦闘が行われる事、
危険な犯罪者がそこに現れるであろう事、その犯罪者の捕縛に協力してもらいたい事、
その見返りとしての、金品の用意――それらの情報が、既に現地へと伝えられていた。

そして、突然の魔人能力による情報提供に対し、現地の警察は少なくとも駅を対象にした
テロ予告が行われた程度の事態と見なし、現場を封鎖し――
結果的に、チャンプに助力する形となったのであった。

魔人は強い。戦闘魔人の魔人能力は大抵において確かに強い。
だが、この世界では同じように銃器は強く、数の力は強く、つまり、警察もまた強いのであった。




***




『~~ H.M.P ~~』

●Side キュア・エフォート

「ではこれは頂くが、あまり派手に暴れるなよ」
「ちと保証はしかねるが、なるべく善処しよう」
「気をつけてくれ。まったく……最近、この辺はおかしな事ばかり起こる……でかい妖怪を見たとか」

身体検査を終え、エルフ小林から預かった金塊も警察官達が荷台で運んでいき、
上司らしき警察官が気になる事をチャンプに語ったりなどして――
エフォートとチャンプ、両者共に戦闘をせずに身を引くつもりはないという互いの意思確認を経て――

こうして戦闘開始早々にシシキリを一人抜いた状態で、今度こそエフォートの戦いは始まりを迎えた。
だが、その戦いは――およそ戦いと呼べる内容にはならなかった。

「“錬鉄の魔法使い”キュア・エフォート! 行きますッ!」
「“双頭のバズーカ”ミスター・チャンプ! 行くぞッ!」

チャンプに感化されて、尋常でもない名乗りを互いに叫び、
二人共が接近戦、肉弾戦を得意とするパワーファイタータイプである事もあり、
戦闘は真っ向からの技のぶつけあいになった。

チャンプは流石に魔法を扱う団体との戦いの経験値があるだけに、
圧倒的な筋肉量に魔法耐性も備えた頑健な身体をしていた。
チャンプが振るう竹刀の切っ先は鋭く、積まれた研鑽による多彩な動きは目を見張るものがあった。

それら全て、エフォートにとっては無関係だった。
いかに相手が少々の魔法耐性を持っていようとも、いかに相手が少々の武を修めていようとも、
エフォートの極まった魔法の前には、無視しても構わない程度の誤差でしかなかった。

「キュア・コレクト」

魔力を集めた拳を握り、突き出す。
それだけで、その拳を受けたチャンプの対魔人戦闘用竹刀『覇者の竹刀』は砕け散り、
チャンプの巨躯が軽々と吹き飛び、駅舎の壁にめり込んでいた。



――しかし、戦闘は長引いた。

エフォートの拳は幾度もチャンプの身体を弾き飛ばした。
だが、チャンプは幾度でも立ち上がってきた。
なぜ戦闘においてはるかに力量差のあるエフォートが、いつまでもチャンプを倒せないのか。

「どうした、キュア・エフォート。拳の力が弱まっているぞ……!」
「もう、寝ていてくださいよ!」
「そんな軟弱な拳で倒れてしまっては情けないではないか! その拳には覚悟が足りぬ!
 魔法使いなのだろう! 必殺技のビームの一つでも撃ってきたらどうだ!」
「ビームなんて人に向けて撃ったら危ないじゃないですか!」

原因は、エフォートの迷いであった。
迷宮時計の戦いにおいて、無敵の魔法使いの最大の弱点。それはエフォートの優しさであった。

自らが『悪』と断じた存在を相手でなければ本気で攻撃する事など出来ない。
ましてや人を殺す事などもってのほかである。

ならばせめて相手を掴んで放り投げ、場外負けにでもしてしまえば話は早い――そのはずだった。
元々、エフォート自身も悪人でない対戦相手はそうやって倒す気でいた。

それすらためらわせるようになったのは、前回の戦い、撫霧煉國との共闘が原因だった。

優しすぎるエフォートは、戦闘時は努めて相手に情を寄せないよう、敬称も付けず、
意識して呼び捨てにして、それくらい自分の心をコントロールしてやっと戦ってきた。

全ては失った仲間達を取り戻すため。そのために、新しく得た戦友を一人、異世界に置いてきた。

先の戦いで自分の戦闘意義に傷を抱えてしまったエフォートは、
煉國と似た巨大な体躯を持つチャンプを見て、どう戦えば良いのかを見失ってしまったのだ。

チャンプは未だ威風堂々と立っている。だが、あと一撃も喰らえば死んでしまうかもしれない。
それくらいに、全身にダメージを負っているのが目に見えた。

「君はどうしたいのだ。吾輩を倒すつもりがないのか?」

――私はどうすればいいんでしょう?

魔法使いはどんな極限状態にあっても冷静さを失ってはならない。エフォートもそうだ。
だが、仲間の事を考える時だけは、その冷静さを保てないのであった。

「吾輩は、吾輩を待つファンとライバルのために帰らねばならないのだ!
 そのために胸を張って命を懸けている!」

――私は何のために戦っているのか?

「キュア・エフォート!」

駅のホームに近づいてくる列車が黒い煙を噴き上げる音と、チャンプの声が重なった。
ハッと、エフォートは顔をあげた。
即座に両手に魔力を集め、射撃の体勢を取る。

「キュア・コレクト アンド ヴァルキリー・キュア・バースト!」

その動きに一切の迷いはなかった。
全ての魔力を掌から放出し、猛烈な光芒となって迸る光の弾は狙いを外すことなくチャンプの――
後ろからこちらへ迫る列車へと命中した。だが、列車は吹き飛ぶ事もなく、近づいてくる。

なぜ警察によって封鎖されている駅に列車が入ってくるというのだ。
あの黒煙を吐いているものは列車ではない。あれは――

列車がのそりと立ち上がった。
いや、列車に見えていたのは黒一色の細長い巨体が地を這って進んできていたからだ。
それは巨大な人の形をした、細長い影法師。

魔力を栄養とし、魔力の元となる人の命を貪り尽くす、貪欲な影。

『世界の敵』、人喰みの陽炎であった。




●Side 旧東京駅『vs世界の敵』

巨大な東京駅が一瞬で半壊し、辺りは瓦礫の山となっていた。
長い手足を伸ばし、墨のような黒煙を身体中から噴き出し、建物を蹂躙する。
警察官が既に幾人も影に飲み込まれ、喰われていた。

「キュア・エフォート!」

エフォートはチャンプを残し、駅構内に侵入してきた陽炎へと戦いを挑んでいた。

「何が起きたか分からんが、アレを止めねばならない事は吾輩にも分かるぞ!」

伸び縮みする手足に阻まれ、エフォートが弾き返されてきたところを、チャンプが引き止めた。

「吾輩にも魔力の強化を施してくれ! そういった使い方も出来るだろう!」

煉國との共闘と別れを思い出し、渋るエフォートの決意を固めさせたのは、
かつて仲間達四人で見た、御剣緋赤が持ち込んできたチャンプのプロモーションビデオであった。



昔、代々木のスラム街に貧相な少年がいた。
少年は英国系ヤクザに命を狙われ、その命は風前の灯となった。
その時に少年は叫んだ――「Help Me Please!」と。

その時、少年は魔人となり、自分の命の危機を知人や周囲の人間に知らせる能力に目覚めた。
そしてその助けを求める声にその時応えたのが、彼のプロレスの師となり、後にライバルとなる
アークエンジェル平井であった。



『世界の敵』はチャンプの投げつけた列車に埋まり、両腕を苛立たしく振り回していた。
肉体の治癒力を強化されて怪我もある程度回復し、身体能力も向上したチャンプが剣を振る。
砕けた竹刀に代わり、エフォートの仲間の形見である刀、『鬼丸・頂』の剣閃が影法師を足を切り刻む。

的の動きが止まったその瞬間、エフォートは跳躍して手に持った銃を構えた。
この時を待っていた。
自身の最大威力を誇る技、「アルティメット・キュア・バースト」を、周囲への被害を最小限に放つため。

姿勢制御も全て捨てて、全魔力を攻撃に注げば、撃った反動で自分はきっと駅の外へ飛ばされるだろう。
だが、それでも撃つのが勝利の魔法少女と、友情の魔法少女と、打ち切りの魔法少女から想いを受け継いだ
自分の、一番らしい仕事なのだろうと、エフォートは狙いを定めながら思った。

どれだけ頭を使っても、どれだけ悩んでも答えの出なかった答え。
それは『世界の敵』が現れたあの瞬間に、自分の身体が教えてくれた。
あの時、迷いなく選んだ道こそ、エフォートの原点にしてこれからの道標。

『未来・過去、亜空間を含むすべての多次元並行宇宙に存在する善良な人々を助けたい』
『だから、私達魔法少女の成すべき事は一つ』
『世界の敵を打ち倒す』

照準は定まっていた。魔力の充填も完了していた。
眼下の黒い影法師を全て残らず消し飛ばすため、エフォートは銃の引き金を引いた。

「アルティメット・キュア・バースト!!!」

最大出力にして最高威力の極太ビームが、周囲の大気を巻き込み渦を作り、
『世界の敵』の身体を欠片一つ残さず消し飛ばし――は、しなかった。

狙いのそれたビームは影法師の身体を半分ほど蒸発させたが、しかしとどめを刺すには至らず。
大地を薙ぐように射線のぶれたビームが、駅の脇に深い堀を作った。

なぜ狙いがそれたのか、エフォートは咄嗟に分からなかった。
照準は定まっていた。正確に撃ちだしたはずなのに――そこまで考えて、やっと気付いた。
自分の左腕が無くなっている事に。

『エフォート・モア』によって痛覚が臨界点に達しているエフォートは、
ただ呆然と無くなった腕が眼下に落ちていくのを見送った。

そして、その視界の先に、空中を駆ける影がある事に気付いた。
シシキリであった。




●Side キュア・エフォート

エフォートは戦闘領域の外側へと落下しながら、見ていた。
シシキリの左腕は手首から先がなくなっている。
おそらく手錠から腕を引きちぎり、周囲の警察官達の不意をついて逃走していたのだろう。

そして『世界の敵』が現れ、その混乱を隠れ蓑にエフォートとチャンプの隙を伺っていたのだ。
全力で戦うために索敵能力の「キュア・サークル」の範囲を絞っていたのが仇となった。
「アルティメット・キュア・バースト」を放つ体勢に入ってからは、背中は完全に捨てていた。

赤レンガの丸屋根から跳び出したシシキリに、そこを狙い打たれてしまったのだった。

だが、シシキリは腕を切り飛ばしたエフォートに気を配る事もなく、
そのまま真っすぐ前だけを見ていた。
その視線の先には――人喰みの陽炎。『世界の敵』。

身体の半分を失った『世界の敵』だが、最後に残った黒い腕を伸ばしてシシキリを打ち据えた。
血反吐を吐きながら、シシキリはその腕にすがりつき、よじ登り、腕を駆け、そしてナタを振るった。

布袋から泥水を絞り出すような、不快な断末魔をあげて『世界の敵』の腕は切り落とされていた。
そして、その黒い巨体はみるみる縮み、瓦礫の中に1個のダルマとして残された。

「ア、ハハァ! コロンダァ!!」

地面に落下し、血まみれのまま瓦礫の中から立ち上がったシシキリはその手に黒いダルマを握り。

「シシキリィッ! 待てェッ!」

チャンプが大音声をあげた。
エフォートはその大量の血を地面にこぼしながら、その光景を戦闘領域の外から眺めるしかなかった。




***




『天国への階段』

○Side シシキリ

「ア、アア、アア……盛華……俺はやったぞ……ア、集めた! だ、達磨ァ!」

『世界の敵』をダルマに加え、13個のダルマを集めたシシキリはボロボロの身体を意にも介さず、
人目に触れそうにもない、駅舎内の倉庫に目をつけてその中へと駆けこんでいた。

床にダルマを一つ一つ、16年間のドス黒い記憶を辿りつつ、自分を中心に円形に並べる。
惨たらしく殺された盛華に送る、殺人鬼達の鎮魂の輪。
シシキリにとっては迷宮時計の戦いも、他のあらゆる物事もどうでも良い。

己の心を殺し、人間性を殺し、殺人鬼を殺し、仕方なしに向かってきた探偵を殺し、世界の敵を殺し。
この日、この時のためにずっと死にきれずに生きてきたのだ。

「どうか、盛華……この達磨を昇って……天国に……」

シシキリは一心不乱に祈り続けた。
正常な判断力を持つ人間であれば、その行為に意味などないと吐き捨てるような行為だ。
だが、シシキリは祈った。16年間の復讐と懺悔の念に凝り固まった頭で祈りを捧げていた。

「ウ……?」

その時、シシキリの正面のダルマの目が光を放った。

「オ、オオ……」

正面だけではない。周囲に並ぶダルマ達の目が、一様に光っている。
シシキリは目を見開き、光るダルマの目を覗きこんだ。

突然、シシキリの目に、嘆き悲しむ人々の姿が亡霊のように浮かび上がった。

『お優しかった私共のお館様が、あんな無残な……手足だけを残して……』
『私の夫はまだ帰ってこない……葬式も出せやしない……』
『どうか、どうかその化け物を殺してください! 誰か! チャンプ!』

「ア、アアアアアアア!!!」

それは、シシキリの望むような奇跡の発現ではなかった。

それは、チャンプの『H.M.P』による声援メッセージの映像であった。
チャンプの能力を受け取ったダルマ達が、シシキリの瞳に映像を投影しているのであった。
シシキリに殺された人の家族が、友人が、親しかった人々の悲鳴がシシキリへ罵倒の言葉を投げる。

『盛華はとても良い子でした。いつも明るくて元気で、お花の面倒を見るのが大好きな子でした』

そんな人々の幻影の中から、一人、シシキリの記憶の残滓に、僅か面影を残す女性が姿を表した。

『あの子の能力は調整が効かないから、街の人達は彼女を疎ましく思っていたかもしれません。
 けれど、私の店はあの子のお陰でいつでも綺麗な花がいっぱいで、いつも感謝していました。
 あの日から16年……時間はかかったけれど、やっと私の店もあの子が生きていた頃と同じくらい、
 綺麗な花いっぱいの店にする事が出来ました』

その女性は、シシキリがかつて堀町臨次だった時、盛華と一緒に記念日を過ごした店の女店主。
盛華の幼馴染で、何かと世話を焼かれた、生前の恩人であった。

『臨次君……なんでしょう?
 見て。あの日と同じくらい、私の店はお花でいっぱいになったでしょう? 綺麗でしょう?
 あの子は、こんな花に囲まれた生活を望む子だったでしょう?
 だから、どうかもう安らかに……あの子を安らかに眠らせてあげて。
 貴方も安らかに眠って。私を安らかに眠らせて。こんなにも綺麗なお花が咲いたのだもの』

「オ……オォ……オォォォ……」

目の前に広がる百花繚乱が、シシキリの幸せだった記憶を残酷に洗い出す。
シシキリの双眸から涙が溢れ、止めどなくこぼれ落ちた。
ポツ、ポツと、その雫がダルマの目に降り注ぎ、『H.M.P』の映像を屈曲させ、拡散させる。

色のなかった倉庫の天井に、壁に、床に、涙で広がった花々の映像が投影される。
今やシシキリは、四方を美しい花々に囲まれ、その中央で膝をつき涙していた。

ここは花刑法庭の第二審。シシキリへの花刑は、まだ終わってなどいない。

アサガオ、アイリス、スイカズラ。八重咲きストック、ホリホック。
ネリネ、カラタチ、カンパニュラ。ムラサキツユクサ、クリサンセマム。
エキナケア……ネモフィラ。シシキリがあの時に見た花刑法庭の景色が視界に被って見える。

正面を彩る花々に、突如、黒い切れ目が走った。
その切れ目は四角く広がり、満開の花の中にぽっかりと口を開けた。倉庫のドアが開けられたのだ。

「シシキリよ――決着の時だ」

暗闇の奥から、巨体が花の部屋へと滑りこむ。

「君にも祈る神がいる事を願っているぞ」

そこに現れたのは裁判官ではない。探偵でもない。プロレスラー、ミスター・チャンプであった。




○Side 祝薗盛華

普段は何かと抜けているとか、とぼけているとか言われがちであり、悔しいながら強くその言葉に
反論する事も出来ないと実感する時も多々ある盛華ではあったが、今日ばかりは流石に違った。
長く付き合ってきた恋人の堀町臨次が、緊張した面持ちでこの店を予約したと言ってきたのだから。

レストラン『お花の天国』は盛華の幼馴染が店主を務めるこじんまりとした店で、
しかし店内を飾る沢山の花々と、厳選された素材を元に作られる創作料理がちょっとした名物で、
ちょっとお高く、でも気取り過ぎず、ムード満点の店としてカップルが記念日を過ごすのに人気の店だ。

そんな場所に改まって呼び出されれば、いかな盛華といえどもそれが何を意味しているかの予想はつく。
予約していた席は、この店の一番奥の、一番綺麗に花を飾りつけられた特等席。

食事をテーブルに並べた後、にっこりと意味深な笑顔を幼馴染の女店主から向けられた時は、
顔から火が噴くかというくらいの心持ちだった。

テーブルの向こうでは臨次が明らかに緊張した面持ちでギクシャクとフォークを動かしていて、
盛華もつられてますます緊張してしまう。

「美味しいな」
「う、うん。美味しいね」

カチコチの声に、ガチガチの声が返事をする。
普段なら絶対に美味しい美味しいと舌鼓を打つだろう料理の数々も、さっぱり味が分からなかった。

食事を終え、座席を囲む花の事だとか、益体もない話をなんとかつなぎ、それでもとうとう話題が尽きた。
一瞬の無音の間。そしてようやく、臨次は意を決したようにその言葉を紡いだ。

「なあ盛華。またこの店に一緒に来ないか。十年後も、二十年後も一緒に」
「り、臨次君……! あのあの、それって!」
「結婚しよう!」

テーブルの下から出てきたのは情熱の赤い薔薇の花束。
予想していたとはいえ、こうして実際に愛の告白を受けるのは思っていた以上に幸せで、
思い切り笑いたいような、今すぐにでも泣き出したいような、とにかく体中が燃えるようで――。

あまりにも嬉しくて、盛華の魔人能力『花いっぱいの街』の出力がとんでもない事になって、
テーブルを囲う花壇の花々がニョキニョキと伸び、ジャングルクルーズでもしているかのような有様に
なってしまった。盛華が魔人能力に目覚めてこの方、過去最高の効きっぷりであった。

二人は身を寄せ、そっと顔を近づける。
その姿は、元気一杯に伸びてきた胡蝶草に覆われ、花弁の向こう側へと隠されていった。

胡蝶草――花言葉は、いつまでもいっしょに。




○Side シシキリ

「ア、アッ、アアーーーッ!!」
「応ッ!」

天井に、壁に、床に映し出された満開の花々の中で、シシキリとチャンプの最後の応酬が始まった。
跳びかかってきたシシキリのナタを、チャンプの剣が弾き返す。
倉庫の闇に、無数の火花が舞い散った。

「アアーーーッ!!」
「ヌゥッ!」

拳のない左腕による拳撃がチャンプの脇腹にめり込む。
間合いを取るための足が動いていなかった。チャンプもまた満身創痍。
だが、この場にその程度のダメージで怖気づく者など居はしない。

「鋭ッ!」
「アガッ! アアーッ!」

チャンプの峰打ちがシシキリの右腕を打ち据え、一撃で骨を粉砕する。
それでもナタを離さぬシシキリが、鞭のように腕をしならせ打ちかかる。
チャンプの左肩にナタの刃が喰い込む。しかし腕を切断するには至らない。お互いに僅かに身を離す。

「エイィィィィッ!!!」

その瞬間をチャンプは逃さなかった。
高速で振られたチャンプの剣が、三連撃がシシキリの左腕と、両足の骨を粉砕していた。
チャンプの持つ最速の技、ウィーアーチャンプ・ノー声援バージョンであった。

四肢を砕かれたシシキリは呻き声と共に床へと倒れこんだ。
衝撃で床の上をダルマ達がコロコロと転がる。
それでもナタは執念で離さず、しかし身動きもままならず、シシキリは花の絨毯の上で藻掻いた。

「まだやるかね」

チャンプは剣を下ろし、肩で息をしながら倒れ伏すシシキリに歩み寄って言った。
決着はついた。いや、これが並みの戦闘魔人相手であれば、決まっていただろう。

「吾輩はプロレスラーであり、裁判官ではない。
 犯罪者を裁くのは吾輩の為す事ではない。
 出来れば君には法の裁きを受けてもらいたいと思っている」

シシキリは床に突っ伏したまま、肩を震わせ泣いていた。
その涙は、その口から漏れる嗚咽は自らの不甲斐なさを呪う呪詛。
永遠に己を赦す事の出来ないシシキリは、だからこそ最後まで止まれない。

「ア……アア……チ……チャンプ……」
「む」

チャンプが身をかがめ、シシキリのかすれた言葉を聞き取ろうと顔を寄せた。

「ァアーーーッ!!」

その瞬間、シシキリは全身のバネを使って跳ね上がり、チャンプの喉笛めがけて牙を剥いた。
次の瞬間、チャンプの右拳がシシキリの頭上へ唸りと共に振り下ろされた。
巨大な赤銅色の拳は容赦なく、シシキリの頭部は跡形もなく消し飛び、倉庫の床の血の染みとなっていた。

死闘は終わりを迎え、花の映像は途切れ、倉庫には再び静かな暗闇が戻った。
頭部を失い、沈黙したシシキリの亡骸を前にしてチャンプは長い時間押し黙っていた。
しかし、やがて口を開くと、

「……その執念に、敬意を表する」

ぽつりと呟き、倉庫の床に転がっているダルマの中から白い物を一つ拾い上げ、その場を後にした。

倉庫から出る直前。
振り返ってシシキリをもう一度見据えたチャンプは、再度口を開いた。

「……君のヒーローになれなくて済まなかった」

今度こそチャンプは振り返る事なく、倉庫を立ち去った。










○Side 堀町臨次

倉庫に残されたのは12個のダルマと首のないシシキリの亡骸。
動くものの何もない空間で、コトリと小さな物音がした。
死んだシシキリが、頭部を失い確実に事切れたはずのシシキリの身体が再び動きだしたのだ。

それはいかなる執念か。執着か。執心か。
あるいは既に一度死を乗り越えてきた者の力なのか。

首のないシシキリの右手が、握られたナタがゆっくりと持ち上がり、
薄暗い倉庫の中に、錆色の光りが煌く。

――ゴトリ。

振り下ろされたナタがシシキリ自身の左腕を切り落としていた。

――ゴトリ。ゴトリ。

次いでシシキリの両足が切り落とされる。

――ゴトリ。

最後にナタを持つ右腕も、自ら切り落とした。
直後、四肢を失ったシシキリの身体は顔の描かれていない赤茶けたダルマへと変じていた。
そこに残されたのは13個の、堀町臨次が認識する連続殺人者のダルマであった。

これが、堀町臨次が最期に選んだ行動であった。

果たしてここに揃ったダルマは何者かの願いを叶える事が出来たのであろうか。
堀町臨次が祈る、祝薗盛華の魂の安らぎは得られたのか。

それを知る事の出来る者は最早この世界に残されてはいなかった。
ダルマ達は、ただただ無言で虚空をにらみ続けているばかりであった。




***




『ディア・マイ・フレンド』

○Side キュア・エフォート

戦いが終わり、駅を象徴する赤レンガの屋根も半壊した東京駅の、瓦礫の山のかたわらで、
キュア・エフォートは切られた左腕の切断面を合わせ、治癒能力の強化によって回復を試みていた。
酷い怪我ではあったが、なんとか元通りにつながるだろう。と、思う。

傷を治しながらぼんやりと瓦礫の奥へ沈む赤い夕陽を眺めていると、
巌のような巨体の影がこちらへ歩いてくるのが見えた。ミスター・チャンプである。
シシキリを追ったチャンプは、どうやら無事に目的を果たしてきたらしい。

「シシキリとの決着はつけてきたぞ」
「そうですか……」
「怪我は大事ないかな?」
「ええ、おかげさまでと言いますかなんと言いますか……」

シシキリの居場所をチャンプが知っていたのは、エフォートの索敵能力のお陰であった。
世界の敵が居なくなった後、治療に専念するエフォートに代わりシシキリの後を追ったのが
チャンプであったのだ。

二人は互いの健闘を無言で讃えあう。エフォートの腕が健在であればハイタッチを交わしたところだろう。
チャンプは懐中時計を――エフォートとシシキリの物を吸収した迷宮時計を取り出し、言った。

「君と吾輩の戦いはまだ途中だったな。思わぬ横槍が入ったものだ。
 吾輩が次の戦いに向けて異世界へ飛ばされるまでまだしばらく時間があるだろう。
 この間に吾輩が死ぬ事があれば、迷宮時計の所有権は君が取り返せる。
 再戦はいつでも受け付けているぞ。キュア・エフォート」

チャンプがこう言い出す事は予想していた。
そして、それに対する返答もエフォートは既に用意していた。
先の『世界の敵』との戦いで、もう答えは出ていたのだから。

「いえ、結構です」
「……そうか」
「……この世界はまだまだ危ない臭いがプンプンしていますし、私がしばらく見守ってあげなくちゃ!」

キュア・ビクトリーと、キュア・フレンドシップと、キュア・テンカウントの分まで、
三人から残された想いを全て達成するため。

「なるほど――『未来・過去、亜空間を含むすべての多次元並行宇宙に存在する善良な人々を』」
「助けたいッ!!」

だから、迷宮時計を持つチャンプには、代わりに一つだけ――

「一つだけ、お願いしちゃってもいいですか?」
「おお、いいぞ! 何でも言ってみたまえ!」
「私達の住んでいた世界でもここでもない別の世界に、撫霧煉國……君という人が取り残されています。
 迷宮時計の力が異世界を渡る効果を発揮するようでしたら――どうか、その人の事を――」



「助けてください。お願いします」




――――――




○Side レストラン『お花の天国』

今日、何度目かのミスター・チャンプ vs キュア・エフォート vs シシキリの試合映像を見終えて、
女店主はまたため息を吐いていた。

犯罪者との試合を公にする訳にもいかないのか、あまりにも凄惨な試合だったのか、
シシキリとの戦い部分は再現映像やアニメーション、演出で仕上げられたものであったが、
それでもシシキリという怪物がこの日に打ち倒された事は確かなのだ。

忘れもしない、あの日に亡くなった幼馴染の祝薗盛華と、その婚約者の堀町臨次。
その後にインターネットのオカルト系掲示板を中心に広まった都市伝説『シシキリ』の話。
盛華の婚約者が未だこの世をさまよっているのだと、すぐに察せられた。

あれからの16年間は悪夢を見続けているような気分であった。
小さな頃から何かと面倒を見たり、他の誰よりも盛華の面倒は自分が見てきた。その盛華が死に。
盛華が他の誰よりも好きだと語っていた、あの好青年の臨次が死に。

そして広まるシシキリの噂話。ずっと気が滅入るばかりであった。
花を愛でる事でしか心安らぐ時はなかった。

けれど、そんな私をどうか助けて欲しいという願いを、チャンプは叶えてくれた。

PCを操作し、オカルト掲示板の書き込みを眺める。
そこには都市伝説のシシキリを笑い話のように吹き飛ばすプロレスラーの話で溢れていた。
試合映像を見たチャンプのファン達のしわざだろうか。

畏れを失った都市伝説はその時に死を迎える。
シシキリという実在の殺人鬼は居なくなり、そして同時に都市伝説のシシキリももう死んだのだ。

「やっと全部終わったのね……盛華」

店を開ける直前、最後に店内の内装が乱れていないかチェックをする。
元気のない花はないか、泥汚れなど床にないか。
特等席のフラワーアレンジメントは一番の見せ物だ。花弁の陰から骨組みが見えたりしないか確認する。

「それにしても……」

臨次は13個のダルマを集めれば願いが叶うと信じて殺人を続けていたと聞く。
あの好青年が何を願っていたのか、確実な事は永遠に闇の中だろう。
けれど、彼の生前を知る女店主には、彼はきっと盛華の魂の安らぎを願っていたのだろうと思えた。

16年間。死んでも死にきれない程に盛華を想い、盛華の事だけを想って生き続けてきた臨次。
そう思うと、盛華への想いに関しては自分ですら一歩及ばないものがあるかもしれないと感じる。
けれど、彼は自分を赦せないあまり、盛華の魂の安らぎすらを信じられなくなっていたのではないか。

「それが臨次君らしいのかもしれないけど、馬鹿よね……」

女店主は少し声を大きく、独りごちた。

あんなに花を愛でるのが好きで、いつも脳内がお花畑で、土いじりばかりしていて、
身体から微かな土の匂いを漂わせている、可憐な一本の花そのもののような彼女が。
私のような女が救いを求めて助けられるようなこの世界で、死んで天国に行けない訳がないではないか。

「盛華はあの日からずっと、最初から天国に居るに決まっているじゃない。
 大好きなお花に囲まれて、幸せに過ごしているわ。絶対に」



入口の鈴が軽やかな音を鳴らし、今日はじめての客がやってきた。
若い男女の二人組が、仲睦まじく腕を組んで笑いあっている。
二人をあの日以来、ずっと使ってこなかった特等席へと誘う。今日は記念日なのだ。

メニューを見せて、今日のおすすめとして新メニューの紹介をする。
店の名前からするとちょっと力強過ぎる印象のその名前に、女性は小さく笑っていた。
料理の内容を簡単に説明したところで男性がそれじゃあと目配せして、女性も頷いた。

「じゃあ二人共、この、『ウィーアーチャンプ』を」
「かしこまりました」