ある日、ある掲示板の、ある書き込み


259:名無しさん@オカルト板:XXXX年XX月XX日

仕事の出張で東京からちょっと郊外の山間にある駅に行った時の話なんですがね、
そこは都市開発が始まったばかりの新興住宅地で、似たような見た目の住宅が綺麗に並んでいて、
だけどあんまりにも綺麗に整っちゃってるものだからどうもひと気って言うのかな、
人の生活臭が感じられない……
舗装されたばかりの黒いアスファルトの両側に積み木のオモチャみたいに新品の家が、
窓に明かりもなくズラ~って並んでいる、まあそんな場所に行ったんですね。

その日は打ち合わせが長引いて、もう駅の終電も間近って頃になって終わったんですけど、
「それじゃありがとう、よろしく」って挨拶をして仕事場を出て、
駅まで20分くらいかな? さっき言った住宅街の脇を早足で歩いていたんですよ。
そのまま大通りを歩いてれば良かったんだけどなぁ……その時は終電に間に合わないかもって焦っちゃって、
住宅街の中を突っ切る事にしたんですよ。
こう、大通りがね。住宅を囲うようにコの字型に走っていて、
その両端に駅と仕事場があるような位置関係だったものですから。

……ただねぇ。街灯も少ない、そこらの家に明かりもないその住宅街の路地に入ってすぐに、
「あっ、これやっちゃったなー」って思ったんですよ。
もうね、雰囲気がおかしい。ただ暗いだけじゃなくて、妙に空気がヒヤッとしてる。
それでいて首筋をブワーッて生暖かい風が撫でてきてね、
ここはこの世のものじゃない『何か』があるなって、そう直感した訳です。
ただ明日も仕事があるし、終電も逃す訳にもいかない。
とにかく「何も起きませんように何も起きませんように!」って念じながら、
早足でその一帯を抜けようとしたんです。

でもねぇ……やっぱり出ちゃったんですよ。
定規で線を引いたみたいに真っ直ぐで暗ーい道の先を見つめて一心に足を動かしていたんですけどね、
どうも前の暗い景色の中に白い何かがチラチラっと動いたんです。
それがどうも人っぽい。
「うわぁやだなぁ、おっかないなぁ!」って思いながらね、でもこの辺の家に住んでる人かもしれない、
そうならいいなぁって思って足は止めずにその白い人影に近づこうとしたんですけど……

ちょっと近づいたらもうね、これは明らかに普通じゃない。
ヨレヨレの作業服みたいなのを着て、頭もヒゲもボサボサの男がぬぅーって立っていて、
血の気の失せた白い顔と、真っ黒な瞳がこっちをジィーッと見つめているんです。
もうその時には「うわぁーっ!」って思って、もと来た道をUターンして駆け出していましたよ。
「あれは見ちゃダメだあれは見ちゃいけない」って、
……関わっちゃいけないものだってのがすぐに分かりましたから。
ええ、その男はね。手におっきなナタを持ってましてね。
しかもそのナタを持っている方の腕の、
ヨレヨレの作業服みたいなのの袖が真っ黒に汚れているのも見えちゃいましたからね。
あれは間違いなく返り血だって。ええ。

それからはもう必死でしたよ。終電なんか気にしちゃいられない。とにかく夢中で走ってね、
まばらにポツン、ポツン、って街灯が一本、二本、三本。
大通りまでに三本立っているのが見えたんですけど、
その時はとにかく心が焦って、幾ら足を動かしてもちっとも明かりが近づいている気がしませんでしたよ。

それで、最初は脇目も振らずに走ってましたけど、
一本目の街灯の下を走り抜ける時につい後ろを振り返ってみちゃったんですよ。
さっきの男は見間違いだったんじゃないかとか、自分の事は追っかけてきていないんじゃないかって。
でも振り返ったらやっぱり男がいる。こっちを追っかけるでもなくぬぅっと立ったままでしたけど、
こっちは結構走っていたのに全然男との距離が離せていないんです。
「うわぁナンマンダブナンマンダブ!」って念仏唱えながらまた前を見て走りましたね。

二本目の街灯の下まで来た時に、流石に息が切れて胸も苦しいって感じになっちゃいまして、
でも足を止めたらあの男に何をされるか分かったもんじゃないって、
いや何をされるかなんて分かりきっているって、そう思いながらまた振り返ったんですね。
そうしたら、やっぱり男は走ってくるでもなく道に突っ立っている。
ただ、さっきより明らかにこっちとの距離が縮んでるんです。
男の持ってるナタとか、袖の汚れとかがさっきよりハッキリ見えて、
男の血の気のない口が何か動いているのも見えた。
「聞いちゃいけない聞いたら持ってかれる!」って、もうぞぉ~っとしてね、
胸がぺちゃんこになるんじゃないかってくらい息を吐いて、必死にまた走ったんです。

でも全力で走ったのなんて学生の時以来でしょう、もう運動不足が祟って、
三本目の街灯に着く頃には足が思うように動かなくって、
喉からもヒーッヒーッて変な音が漏れてるような状態で、
「もう駄目ぁー!」ってよろめきながら振り返ったんですね。
そうしたら……「うわぁーっ!」って!
手を伸ばせば届くような距離に男が立っている!
走ってきたとかそんか感じも無いのに、目の前に突っ立っている!
「ああーっ!ナンマンダブナンマンダブナンマンダブナンマンダブ!」って、
念じる事しか出来ませんでしたよ。
そうしたらね、その男が真っ白な顔の口をニターッて歪ませてね、笑いながら私に言ったんですよ。

「ダルマサンガコロンダ」――って。

そしてナタを持ってない方の腕を伸ばして私の肩を掴んで、真っ黒な瞳を近づけてきて、

「ニラメッコシマショ」――って言ってきて。

それを聞いた瞬間にね。
あーこれダメだー、私はおしまいだーって、なんだか全身の力がスゥーッて抜けて、
目の前が白くなってきて、もうまともに立ってもいられなくなっちゃったんです。
その時でしたね。

「破ァァァ!」

プロレスラーのCさんが飛び込んできて、竹刀の一振りで男を吹き飛ばしたんです。
「危ないところだったな!だがもう大丈夫だ!」って、
Cさんは丸太のような腕を見せて私に笑いかけて安心させてくれました。

……後から聞いた話ですけれど、その住宅街の中の一軒で、
引っ越してきたばかりの新婚夫婦だか仲の良い兄妹だかが押し入り強盗に殺されるっていう、
それはもう痛ましい事件があったそうで……。
その時の旦那さんだかお兄さんが強盗に縛られたまま、大切な人の死ぬ所を見せつけられたって……。
それ以来、そこの住宅街では深夜にナタを持った男が現れて、
男の大切な人がされたように、
通りかかる人の手足を切り落として回ってるっていう噂があるんだそうです。

その話を聞いて私はね、
「ああ、無念だったんだろうなあ、悔しかったんだろうなあ」って思うのと一緒にね……

プロレスラーってすごい。改めてそう思いました。

最終更新:2014年11月12日 01:26