プロローグ


 ――京都・中梅(なかうめ)工房製、第十一期醸造生「遠藤之本格中梅ヶ日車(えんどうのほんかくなかうめがひぐるま)」、第三等級認定。探偵として一定の水準に達したるを認む。以後、精進されたし。

 続き、汝の稲(いな)に蔵された魂(たま)に告げる。
 五箇条の誓文をもって、真実に辿り着くべし。

 一に、人工探偵は、被害者たる可能性のある全ての人間に危害を加えてはならない。
 二に、人工探偵は、可能な限り加害者の身命を擁護しなくてはならない。
 三に、人工探偵は、可能な限り自分の存在を保持しなくてはならない。
 四に――

 その第一声を理解したことは、今でも覚えている。
 相手は誰だったか、生みの親か、名付けの親か、探偵の家か――。

 「ねぇねぇ、向日葵(ひまわり)、ひまわり」
 ……! 白昼夢とは、自分らしくもない。肩を揺さ振られて目が覚めたようだった。
 ここは千葉の喫茶店。窓際で午睡する一時(ひととき)は何にも代えられない一時(いっとき)ではない。大切な友人と語らうことほどに大事なことがあるのだろうか、安心し過ぎた。

 「申し訳ない。それにつけても木身(きみ)くらいだよ、日車の事を向日葵と言うのは。
 もっと別の言い方はないのか?」
 呆れついでに言ってみたのだが、伝わらなかったようだ。
 「わかりましたよ、ひーちゃん。ちょっと太りましたか? 光合成のし過ぎかもしれませんね」
 この同期、菖蒲(あやめ)は少々この日車に甘え過ぎだ。それにしても察しが悪い。

 「幸せ太りとは言ってくれないんですね。はぁ……、何の用ですか? 日車には行かなければいけないところがあるのです。そこをどいてくだされ」
 「いいえ」
 いいえ、いいえ、いいえ――。
 ゆっくりと、ふわりと、頬を包み込むのは掌、ぷうと頬袋を膨らませてみても押しのけることは叶わない。

 「違いますよ。いえ、お相手の『伊藤迷路(いとう めいろ)と言う方について言っているのではありません。確かに彼の人は人間とは言え、同じく探偵。加えて人たらしと聞いております。
 飛鳥尽きて良弓蔵る(ひちょうつきてりょうきゅうかくる)……、探偵家に嫁ぐ以上、推理に携わる機会は今にもまして減ることでしょう。されど――」
 姉様(あねさま)には報告だけ伝えておきます。しばし、独り身をお楽しみなさい――。

 たたた、と駆け抜ける親友(あやめ)、その姿に感謝をすれど勘定は済ませず。ちくしょう。
 ただ、時間をもらった以上は決めていたことをしよう。そうしよう。

 これは償い――?
 日車は今はもう滅びた、完全に滅ぼした探偵家「千葉」の墓前に立っている。
 法廷派の名家、そこに供えるには、きっと相応しき花の持ち合わせは一つしかいない。けれど、肩を見てそうは出来ないと、思い直す。エゴと誹ってくれても構わないけれど、死ぬ覚悟もなかった。

 くるりと向日葵回し、二つ首回し、仰ぎ見る。
 ああ、あれはきっと相応しき花だなと、伊藤日車は野に生えた時計草に手を伸ばした――。

最終更新:2014年11月09日 21:18