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プロローグ


◇キャラクター情報◇
○名前:上毛糸音(じょうもう いとね)
○性別:女
○出自:元上毛衆の一員。グンマー捕虜収容所の所長を兼任していた。
○外見:手足が長い。目が切れ長。
○内面:常にどんな相手に対しても敬語だが、慇懃無礼な雰囲気が感じられる。格下と判断した相手は徹底的に見下し、格上と判断した相手に対してはとことん恐れる。頭は良い。だが感情的になることがしばしばあり、その状態では持ち前の頭脳の良さもあまり活かせない。
○呪符:上毛カルタ「け」の札、「県都前橋 生糸の市(けんとまえばし いとのまち)」。体から無数の生糸を出せる。
○呪術
・放呪の「矢」伍の段
呪力を直接飛び道具として扱う。クロスボウと同程度の威力。
・造呪の「成」陸の段
物質を創造、操作する。触れた物の成分を変質させ、耐久性・切断性を上昇させたり変色させたりすることができる。糸音は体から生み出す生糸をこの呪法で強化し、黒く変色させている。
・造呪の「天」拾の段
環境を創造、操作する。一定範囲内を強引に夜に変えることが出来る。


◇◇◇

「――まさか、貴方が来るとは思いませんでしたよ、早百合。やはり上毛衆は質が悪いですねぇ」

落ち始めた日の赤い陽光が眩しい。
一番この場で会いたくなった相手だと、上毛糸音は歯噛みする。
上毛早百合と糸音は上毛衆の中でも同年齢、そして孤児として拾われた者同士であったため交流も多かった。
そのかつての仲間を、当て付けのように送り込んでくる辺り、上毛衆頭領は性格が悪い。

「……糸音はなんで上毛衆を裏切ったのだ?」

「~のだ」という語尾をよく使う彼女は、まさしく糸音の知る早百合そのものだ。だからこそ、この場で早百合と戦わなければならないこの状況が口惜しい。

そう、彼女らは今から戦わなければならない。
糸音は迷宮時計についての調査任務を請け負っていたが、欠片の時計を入手した途端、欠片の時計を持ったまま上毛衆から脱走。その後、希望崎に潜伏していたのだ。
そんな裏切り者をみすみす放置しておく上毛衆ではない。
そこで、糸音を討伐する者として早百合が派遣されてきたのだ。

「上毛衆はグンマーの野望の為、迷宮時計を使おうとしています。私は、自分の望みの為に、この迷宮時計を使いたいのです」
「なんでなのだ? グンマーの望みはグンマー人皆の望みだろう?」
「……そう考えるよう皆思考誘導されているのですよ。グンマーでは確固たる自我が必要とされず、グンマー全体の利益が優先される。おかしいと思わないのですか! 外の世界では、そのような全体主義は蔓延っていない!」
「糸音は難しいことを言うのだな……アタシにはよく分からないのだ」

その言葉を聞いて、糸音は激昂する。

「それこそが、唾棄すべき思考停止なのですよッ! よく考えてください! 今ならまだ間に合います! 私と手を組みませんか? あなたの力をお借りできれば、共に永劫の自由を獲得することも夢ではない。私が迷宮時計を完成させるまでの間に、貴方が上毛衆を滅ぼす。いや、追手を防ぐだけでもいい。そうすれば私は上毛衆からの追手を受けずに万全の態勢で戦闘空間に臨めるし、完成した迷宮時計で叶える私の願いは貴方も救うはず。なぜなら私の願いは、グンマー人を、グンマーという呪縛から解き放つことなのですから!」
「呪縛から解き放つ……? グンマー人は今皆幸せだ。一体何から解き放つというのだ。やはり糸音の言っていることはよく分からない――」
「なぜ分からないのですかッ!! グンマーの全体主義は異常だ! 皆生活を犠牲にしてでもグンマーに奉仕しようとする……私達は奴隷ではないのです! 目を覚まして下さいよ、早百合!」

「――だが、ひとつ分かることがあるのだ」
早百合は、糸音の言葉を無視してぽつりと呟いた。

「糸音はもはや敵だ。グンマーの望みに背く者は誅殺せねばならぬのだ」

早百合の全身から殺気が、否、呪力が噴き出す。
これは、呪術使いにとっての宣戦布告だ。
こうなっては、糸音も戦わずにはいられない。

「キ、ヒヒ……いいでしょう、交渉決裂だ。あなたには、今ここで死んでいただく!」

糸音も戦う覚悟は既にできている。元々、糸音は好戦的な人物でもある。
糸音は後ろに大きく飛び退けて、懐から呪符「上毛歌留多」を取り出す。
ここは希望崎学園の裏に位置する公園。表側の公園と違い、ここは日当たりが悪く周りも閑散としている為、人は近寄らない。戦場としては申し分ない。

呪符に呪力を通し、呪符の効力を発揮させる。
全身から生糸が生み出された。生糸は糸音の周囲を覆うように展開していく。

「さぁ、どうしました? 呪術師同士の戦いなら、呪符をまず見せるのが礼儀でしょう」

呪術師やは掟によって、例え身内だろうが自分の呪符や呪術を明かさない。その為、早百合と糸音もお互いの呪術がどのような物かは知らない。
だが実際に戦う際、呪術使いは自分の呪符を見せるのが慣例とされている。それは「呪符を誰にも見せてはならない」という掟を破るものではなく、守ろうとするからこその行動だ。すなわち「この呪符を見た者は生かして帰さない」という勝利への抱負であり宣誓なのである。

「あぁ、呪符か。呪符なら既に使っている。いや、アタシは常時使っているのだ」
早百合は呪符をすっと取り出した。
「呪符を常時使用、ですか……? 馬鹿な……いや、なるほど。『ち』の札、『力
合わせる二百万』ですか。貴方は呪符を呪力の補給のために使っているのですね」
「そうなのだ。そういう糸音の札は『県都前橋 生糸の市』なのだな。生糸精製呪術といったところか」

県都前橋とは、県庁所在地「マエバシ」のことを表している。全盛期には500程の生糸工場があったという栄えぶりからこの札が書かれたと言われている。しかし如何に県庁所在地といえど、現在の「マエバシ」は繁栄度で言ったらもう一つの主要都市「タカサキ」に負けている! 「マエバシ」は交通の便が悪く、また、教科書に載るレベルで商店街の「シャッター街」問題が発生しているのだ! しかも県庁所在地の中で唯一新幹線が通ってない都市なのだ! 「タカサキ」には新幹線が通っているというのに! それでも落ちぶれているはずの「マエバシ」市民は過去の権威に驕って、周りの地方都市を見下したりするのだ! ……ちくしょう!
……。もちろんグンマー民は皆善良なのでマエバシ市民だって、本気で周りを見下しているわけではない事を追記しておこう。

「ええ。そしてこれは呪符の差で私の勝利は確信されたようなものですね。足りない呪力を補う為に貴重な呪符を使ってしまっている早百合と、既に呪術師として平均な呪力を元から備え、かつ呪符を武器精製として使っている私。わかりますか、貴方は片手落ちの状態で戦っているようなものなのですよ」
「糸音、それはフラグというものなのだ。戦闘前に大口を叩く者は総じて小物だと我が師は言っていたぞ」
「――こ、この小娘がッ!」
「アタシを小娘というなら、背も年齢も同じ糸音だって小娘なのだ――っとと!」

早百合の言葉の途中で、糸音が右手から呪弾を連続射出した。放呪の「矢」による呪術である。
必然、早百合は回避が迎撃のどちらかを迫られる。ステップで躱せるものは躱し、躱しきれない呪弾は、呪力を纏った白い棍を振るい、弾いていく。

「ふふんっ! アタシを相手に伍の段程度の呪弾で勝てると思うことなかれなのだ!」
「私が、仮にも元上毛衆の一員が、伍の段止まりの技しか持ち得ないと思うのですか!」

業を煮やした糸音は、呪弾を打っている間に精製していた黒い生糸を早百合に向かって放つ。

早百合は無地のカルタに呪力を載せ、投擲した。
しかし、敢え無くカルタは生糸に弾かれる。

「無駄ですよ。基礎呪術を使った程度の武器でそれは切れない。」
「む。造呪の『成』による強化か!」
「そう。これが私の武器。グンマー捕虜収容所で数限りない異郷の者らを縊り殺した代物です。これに捕らえられたが最後、かの上毛衆頭領といえでも、脱出できぬ逸品であると自負していますよ――っと! 逃がしませんよォ!」

防げないとみて、回避しようとする早百合の足を狙い、生糸が蛇のように絡み付こうとする。

――しかし。

糸音が捕えたと思ったその足は、膝から下が消え失せており、生糸はむなしく空を捕えた。

「なッ――」

馬鹿な、と思いもう一度早百合の足を見ると何事も無かったかのように、膝から下もちゃんと存在していた。

「まさか、透過呪術ですか!?」

透過呪術。
それは、外呪の「虚」と呼ばれる呪術。
糸音が驚愕するのも無理は無い。外呪は外法とも言われる特殊な呪術挙動を可能とする呪法で、適正や熟練度が高い者はかなり珍しい。また、「虚」の等級が高い者でも効力が高い透過呪術を扱うのは極めて難しく、実戦で透過呪術を使用する者は数限られている。
このように外呪の扱いが難しい理由は単純明快だ。他の呪法が身体や物質の強化や創造という正の方向に働きかけるものであるのに対して、外呪は物理的な干渉を受けなくする「虚」と敵の力を打ち消す「壊」という系統からもわかるように、負の方向に働きかける呪法であるからだ。

糸音が生糸で早百合を捕らえ切断しようとするも、早百合は透過呪術で体の一部を透過してそれをすり抜ける。

「どこから来るか、どこを狙ってくるかが分かっている攻撃など、私の『虚』の前では無意味なのだ!」

透過呪術を駆使し生糸を躱しつづける早百合に、しかし糸音はその姿を見て笑っていた。

「……ククク、アハハハハ」
「? 何がおかしいのだ?」
「いえ、透過呪術などという宴会芸のようなものを振りかざして悦に浸っている貴方がおかしくってですね。いいでしょう、ならば今度は生糸を見えなくして差し上げましょう――造呪の『天』拾の段。見るがいい!これが私の力ですよォ!」

謡うように糸音が両手を広げると、世界は黒色に包まれた。
落ちかかっていた太陽が急激な速度で地平線へと隠れ、代わりと言わんばかりに月が出る。
『天』は環境の創造と操作を行う呪術。
それも拾の段、すなわち最高効力となれば、強引に昼から夜に変えることも可能なのだ。

「キ、キヒヒ……ハハハハハハ、アハハハハハハハハハ――」
「これが、拾の段の効力……!」
「ええ。その驚いた顔を見れただけでも収穫ですよ。まぁ、拾の段といえどもこの地区一帯という限られた範囲内しか夜に変えられませんがね。だが、私の生糸が及ぶ範囲を夜に変えられればそれでいい……! 食らうがいいです、我が不可視の生糸をォ! ヒャアッ!」
ッ!」

生糸が迫ってくると判断し、横に大きく跳ぶ早百合。

「生糸が闇に紛れて見えない……! 生糸を黒く染めていたのはこの為だったのだな!」
「おっとォ? お喋りして暇などあるのですかぁ?」

糸音が笑みを浮かべたその瞬間、早百合は左腕に痛みを感じた。
慌てて左腕を透過。そして解除。
早百合が左手を改めて見ると、血の筋が数本残っていた。もし透過が遅かったら、左腕は切断されていたかもしれない。それだけ呪法で強化された生糸の切断力は凄まじい。
そして、生糸による乱舞が始まった。
早百合は痛みを感じた瞬間にその部位を透過させることでなんとか致命的な負傷は避けているが、完全に後手に回ってしまっている。
合間合間にカルタを投擲するが、糸音の周りに張り巡らされた生糸に弾かれてしまう。

「ハハハ、無駄ですよそんなものでは。あなたはこの状況において有効な飛び道具を持ち得ていない。そんなことで、私に勝つことなどできませんよッ!」
「ぐっ。なかなかやるようなのだ……!だが、これならどうだ……!」

バックステップと見せかけて、前への跳躍。
早百合はあえて前進することで糸音の虚を突き、同時に糸音に近づくことでなんとか有効打を与えようとする算段だったのだが――

「違いますねぇ、すでに王手ですよ早百合。貴方がどこに逃げようが、この私の生糸は容易く捕らえる」

確かに早百合に向かっていった生糸は当たらなくなったが、今度は糸音の周囲の生糸が牙を向く。

「うわ、わぁ……!」

全方位から生糸が絡み、あっという間に宙に吊るされる。

「そぉら」
「ぐっ……!がはっ――!」

そのまま早百合は、糸音の頭上に編まれた蜘蛛の巣状の生糸にぶつけられる。
いわば、鋼鉄のフェンスに叩きつけられたようなもので、早百合の背中を激しい痛みが襲う。

「部位を透過する程度の実力ならば、同時に全身を捕らえてしまえばこともない、とまぁそういうわけでして。――それで早百合、どうされます?」
「どうするとはどういうことなのだ」
「ですからもう一度訊きましょう。あなた、私と手を組みませんか? 了解してくださるのなら、命は保証致しましょう」
「……」
早百合が無言で睨んだが、糸音は気にせずに続ける。
「今、私の指先にほんの少しでも力がこもれば、あなたの五体はバラバラだ。ここで死を選びますか?……いいや違う。そんなはずはない。死に瀕して恐怖を覚えない人間など、私はみたことがありません。ゆえにそういう局面に立たされれば、大概の主義や尊厳、まして遺恨など消し飛んでいく。どうでしょう。それでもまだ、グンマーに尽くすなどと戯言を言いますか?」
「……アタシは、糸音の言うような訳の分からない望みを叶えたいとは思わないのだ。私の全てはグンマーのもの。だから、糸音を倒して欠片の時計を手に入れ、グンマーの野望を叶える為に使うのだ! 誰がお前なんかと組むかバーカ。ぺっ!」
「こ、この小娘が……!」

顔にツバを吐きかけられた糸音は、ビキビキと顔に青筋を浮かべ、憎悪に満ちた表情へと変化していく。

「……いいでしょう。これほど愚かな女だとは思わなかった。そんなに命が要らないなら、ここで輪切りになりなさい」

パチンと指を鳴らして、生糸で早百合の全身を切断しようとする糸音。
だが。
全ての生糸は空を切り。
次の瞬間、拘束から解かれた早百合が着地した。

「――アタシが、仮にも上毛衆の一員が、伍の段程度の技しか持ち得ないと思ったのか?」
「全身透過……だと!? 早百合、貴方の『虚』の等級は一体……!」
「玖の段なのだ。だがそれがどうしたのだ! 等級など関係ない! 大切なのは呪力の源なのだ。『足りない呪力を補う為に貴重な呪符を使ってしまっている』と言ったな? 私の呪力は、グンマー皆から譲ってもらったものなのだッ! つまり、私の呪力はグンマー民の総意! もはやグンマー神の加護を受けているといっても過言ではない! だから私は糸音に勝つ! グンマーに育てられながら、グンマーに背いた愚か者は制裁するのだ! 『力あわせる二百万』!」

呪力を纏った拳で糸音を殴る。
早百合の攻呪の「滅」は伍の段。平均的な戦闘魔人と同程度の攻撃力を持つ。そして、攻呪の「疾」は捌(はち)の段。「疾」は走る速度だけでなく殴打の速度を上げることもできる。故に拳の威力は並みの戦闘魔人程度では済まない。

「づォッ――」

糸音は吹き飛び、地面に仰向けの状態で倒れる。痛みに悶えながら起き上がろうとする糸音に近づいた早百合は、糸音の襟首を掴み拳を振り上げた。

「『力あわせる二百万』!」
「――ひっ、ぎゃ、ぐがぁァッ」

殴る。殴る。

「『力あわせる二百万』!!」
「あ、くッ――ひぎゃ、アァッ」

殴る。殴る。殴る。

「『力あわせる二百万』!!!」
「ぅ――げ、ぐぁ――」

殴る。殴る。殴る。殴る。

そして、早百合は透過した腕で糸音の頭に手を突っ込んだ。

「ま、待ちなさい、私はあなたを――」

何をされるか理解した糸音は恐怖に顔を歪ませ――もっとも、殴られまくって既に顔は歪んでいたが――命乞いをしようとするが、しかし。

「終わりなのだ。この――『小娘』」

透過解除。
音もなく、静かに上毛糸音は絶命した。
透過した状態で物体や生物を貫通し、透過状態を解除すると、透過していた物が優先して現れる。この状況でいうと、早百合の手の透過が解除されたことで手を突っ込まれた糸音の頭の部分が消失したということになる。

欠片の時計が、糸音の腕から早百合の腕へと移る。
早百合はそれを事も無げに見ながら、血に染まった手を引き抜く。

「グンマー民は来世でもグンマー民となる運命。グンマー神によって裁かれ、良い子となって転生してくるのだぞ、糸音」

目の前にあるかつての友の死体を見て、早百合は一瞬だけ哀悼するように目を閉じた。

「グンマーと共にあらんことを」

呟き、その場を去った。

【END】

◇おまけ・呪法の種類◇
・攻呪
呪力を用い身体能力を強化する。攻撃力を強化する「滅」と速度を強化する「疾」の二つに分かれる。
・防呪
呪力を用い耐久性や体力を強化する。防御力を上げる「護」と傷を回復する「癒」の二つに分かれる。
・放呪
呪力を直接飛び道具に使ったり、間合いを伸ばしたりする。線状に飛ばす「矢」と周囲に広げる「爆」の二つに分かれる。
・外呪
外法とも言われる、呪力によって特殊な挙動をする呪法。透過する「虚」と相手の力や感覚を解体する「壊」の二つに分かれる。
・造呪
イメージを具現化する。物質を生み出し操作する「成」と環境の創造と操作を司る「天」の二つに分かれる。