プロローグ


「どうしてあなたがそんなものを……!?」

アリマンヌ教会のシスターセシルは帰宅後、突然告げられたその事実を信じられなかった。
目の前の少女―――リュネット・アンジュドローが迷宮時計の所持者だというのだ。
迷宮時計のことは彼女も知っている。
国会議員の飯田カオルがワクワク動画で迷宮時計に関するマニフェストを発表したのは有名な話だ。
その他にも随時発信されるMr.チャンプの動画。
迷宮時計をめぐる争奪戦が実在することは疑いようがない事実。
だが、それは自分には無関係な話だと思っていた。
それなのに。

「セシルは私に優しくしてくれたの」

研究所がなくなって、彷徨っていたリュネットを拾って家に入れてくれた。
薄汚れたリュネットをお風呂に入れて綺麗にしてくれた。
リュネットと一緒に買い物をしてくれた。
リュネットのために新しいかわいらしい服を買ってくれた。
働いている教会へ連れて行ってくれた。
シスターたちに紹介してくれた。
あのマリーやエルザっていうシスターも優しかったけど、一番好きなのはやっぱりセシル。

児童館の子供達と一緒に遊ばせてくれた。
リュネットのために本を読んでくれた。
リュネットのためにピアノを弾いてくれた。
リュネットと一緒にいっぱい遊んでくれた。
…etc.etc.

「私はセシルのことが好き。だから、私はセシルの願いを叶えるの」

幼い頃に両親に捨てられて孤児院で過ごしたセシル。
そして今も今も実の両親のことを知りたいと言っていたセシル。
リュネットは彼女の願いを叶えたいと思った。
そんな彼女の前に迷宮時計は現れた。
セシルの願いが叶えられると思った。
だからリュネットは迷わず迷宮時計の所持者となった

「セシルどうしてそんな悲しそうな顔をするの?」

リュネットはセシルの願いを叶えようとしてるのに。
悲しむことなんて何もないのに。
ひょっとしたら彼女がなすすべなく殺されると思っているのかもしれない。
きっとそうだ。
セシルはリュネットが兵器であることを知らないのだから。

「大丈夫なの。私はセシルが思ってるよりも強いの。私は兵器だから」
「あなたが……兵……器……?」
「そう。私は兵器なの。この眼鏡の性能を十二分に発揮する為に作られた兵器。だから大丈夫なの」

だから、セシルは心配する事なんて何もない。
すぐに戻ってくる。そのあとの戦いも勝ち続ける。
それはとても簡単なことだ。

「私には家族がいないから、心配する人もいないし、どこかに家族がいるセシルが羨ましいの。だから優しくしてくれたセシルのために戦いたいの」
「リュネット……」

リュネットが告げた兵器だという事実はセシルに衝撃を与えていた。
だが、そんなことはどうでもいい。セシルにとって重要なことではない。
重要なことは―――

その時、突然、部屋に時計のアラームが鳴り響いた。

「もう時間なの」

リュネットのアームカバーにはめられた時計は試合の開始時刻を指し示していた。リュネットの姿がセシルの前から消えていく。

「待って、リュネット!!」

「私頑張るの。だから待っててね。セシル」

リュネットの姿が完全に消える。
部屋に残されたのは、一人の修道服のシスターだけ。

「リュネット……」

たしかに両親のことは知りたい。会いたい。
それは偽りのないセシルの気持ちだ。
でも、そのためにリュネットに傷ついて欲しくない。
できれば人を殺して欲しくない。
まして、その過程で死んでしまったら。
彼女は強いといったが、戦闘はそれほど甘いものではないだろう。
だからリュネットが死なないなんて言い切れない。
もしそんなことになったら。

「心配する人がいないって、あなたが死んだら私はとても悲しいじゃない」

家族が欲しいならいくらでも家族になってあげたのに。
リュネットともっと遊んであげたのに。
それと比べたらセシルの願いなんて。


「私の願いなんて叶わなくてもいい。
 だから、だからお願い、無事に帰ってきてよ、リュネット……」

最終更新:2014年11月09日 20:30