プロローグ


『なあ、子供なんて拾ってどうするつもりなんだよ』
『だってさ、放っておくわけにも行かないじゃない』
『つってもよ、私達はこの世界の人間じゃないんだ。過度の干渉は避けるべきだ』
『だからだよ花恋。アタシたちがいなくなったら、誰がこの世界を守るんだ?』
『その答えがあの組織、か。……徹子。あんた、どれだけお人好しなのよ』
『今更ねえ』
『今更だな』
『……それに、さ。アタシたち、もういい年じゃない。子育ての経験をしておくのも悪く無いなって』
『……歳の話はやめろ』

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――菊地徹子と潜衣花恋が戦いを終えて60年後。

「ふーっ、疲れたー!」
『お疲れ様です、菊池一文字様』
「いやはや、お疲れ様でございます」

銀のマントに赤い髪の少年、菊池一文字がどさっと椅子に腰掛けると、
横からヒューマノイドサポートデバイス『ツカサ』がお茶を出す。
その後ろから現れた糸目の男はこの組織の参謀、ウラギールである。

……組織の名は、『ガーベラ・ストレート』。
40年ほど前に菊地徹子が創設した、『世界の敵』と戦うための組織である。

「今日のでだいたい今回の『敵』は片付いたかな?」
『ええ。あれだけ戦力を削げばしばらくは大丈夫でしょう』
「……ところで、母さんたちの具合はどう?」
『……正直に申し上げますと、今夜が峠でしょう。特に菊地徹子様は――』
「……」

一文字は無言のまま立ち上がると、二人のいる病室に向かった。

「徹子母さん、花恋母さん、帰ったよ」
「イチ、お帰り。……悪いね、こんな格好で」
「またあんたは無茶したんじゃないだろうね、そんなところばかり徹子に似て」
「大丈夫だよ、ツカサもついてるし、ウラギールさんもいるから」
「ふふ、そうかい」
「……」
「……」
「ねえイチ、もし――アタシたちがいなくなっても。あんたはあんたの人生を生きるんだよ」
「そんなこと言うなよ。そんなこと、オレが子供のことからずっと言われてたことだろ」
「はは、そうだったね……」
「私の作ったシールドマントも役に立ってるみたいだね。あんたはこのバカに似てすぐ突っ込んでいくから」
「そんな、人をイノシシみたいに言わないでよ」
「あらイチ、それじゃアタシがイノシシみたいじゃない」
「間違ってないじゃない」
「ハハハ……じゃあ、母さん。今日は遅いからもうお休み」
「ああ、お休み」
「うん、お休み」

その日、一文字は疲れていたので泥のように眠った。
朝起きると、母は亡くなっていた。
もう一人の母は、姿を消していた。

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「なあツカサ、母さんは幸せだったのかな」

海の見える小高い丘に作られた母の墓碑に手を合わせ、少年は傍らの機械人形に尋ねる。

『私の『限定全知』では人の感情はわかりません。
……が、菊地徹子様も、潜衣花恋様も、幸せだったと思いますよ』
「そっか。じゃあ、よかった」

少年は立ち上がり、歩き出そうとする。

「おやおや、この度はご愁傷さまでございました」
「……ウラギールさん」

そこに現れたのは糸目の参謀・ウラギールである。

「まったく、惜しい人を亡くしました。残念です」
『ウラギール・オン・シラーズ様……あなたは』

その瞬間、ツカサを縛る鋼線!

『!!』
「残念ですよォ……この私の手で始末できなかったんですからねェ~~~~~!」
「てッ……てめえ!」
「おおっとォ~~~~~、動いたらこのデク人形がバラバラ殺人事件ですよォ~~~~!」
「くっ……」

今やウラギールの糸目は大きく見開かれ、血走っている!
右手から伸びる鋼線に舌なめずりをしながら、一文字を睨みつける!

「私があんなよそ者共の下に甘んじていたのもすべてはこの日のため……
奴らさえ死ねばこの私が組織の一番手なんだ~~~~!
菊池一文字ィィィィィ……!その為には貴様が邪魔なんだよォォォォォ!」
「……呆れたぜ、結局てめーは母さんが怖かっただけなんじゃねえのか」
「怖い?怖いだとォ~~~~~?
あんなババアが怖いわけねえだろ~~~~~~ッ!
黙らねえとこのポンコツを鉄屑にしちまうぜェ~~~~~~~!」
「黙るのはてめーだ、恩知らずのクソ野郎」

一文字は構えず、ウラギールを見据えたまま動かない。

「そ、そうだ、そのまま動くなよ!お前の能力もわかってるんだ!
お前と私の間には鋼線が張り巡らせてある!突っ込んで来ればバラバラだギャバアアアア!」

次の瞬間にはウラギールは海へと転落していた。

「アホめ。花恋母さんの科学力の結晶であるシールドマントにそんな細っこいワイヤーが通じるかよ」
『結局、正面突破なのですね。まったく誰に似たのだか』
「誰に似たかって、母親だよ」
『どちらのでしょうかねえ』
「両方さ……と、なんか落ちてるな、時計?」
『時計?……!それは――』
「ん?お、うおおおおおおお!?」

ツカサの忠告も虚しく、その『時計』を手にとってしまう一文字。
いかなる偶然か、その時計は、彼の母親を苦しめた時計――

『迷宮時計』。

「……うっげえええええ、何だこりゃ……」
『……『迷宮時計』。潜衣花恋様より最重要警戒対象と言われておりましたが』
「いや、おかげでわかったよ。倒すべき『世界の敵』が」

彼の時計は、大きめのデジタル時計。
この世界では古い型であるが……
これまた偶然か、彼の母親と同様の時計であった。

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「……というわけで、組織はツカサに任せてオレは旅に出ようと思う」
『どういうわけでしょう菊池一文字様。ご説明を』
「オレはまだまだ未熟だ。人の上に立つ器じゃあないよ」
『なるほど。ではさようなら』
「……止めないの?」
『止めても無駄だと分かっておりますので』
「うんまあそうなんだろうけどさ、せめてポーズだけでも」
『ワタシハロボナノデニンゲンノカンジョウハワカリマセン』
「……わかったよ、もういいよ」
『……お気をつけて菊池一文字様。あなたが野垂れ死にでもしようものなら菊地徹子様と潜衣花恋様に呪われてしまいます』
「ああ、行ってくる」

――『世界の敵』を倒すため、少年はまっすぐ歩き出す。
その先に待つのは、天国か地獄か……

最終更新:2014年11月09日 21:19