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2.崎々亭主人の悲恋


<登場人物>
蒿雀ナキ
雀の妖怪。修行不足を痛感し、崎々亭の主人である空海に師事する事となった。

ツクモガミの親分
天地宇宙を創造した天帝(創造神)を自称する。今はその力のほとんどが失われたらしい。
表裏を自在に入れ替える事の出来る小銭の宝貝「黄渾幣」を持つ。

崎々亭の主人
海と同化し崎々亭をその背に乗せる竜神さま。なぜか親分に頭が上がらない。
意識を人の姿に具現化し、空海と名乗って崎々亭の主人として振舞う。


 ツクモガミの親分はかつて仙人を目指す道士だった。しかし、その才能はどんな水も漏らさぬ手厚い指導にも必ず隙間を見つけて落ちこぼれるほどに細い。あまりの見込みのなさに「どちらかと言えば仙人骨がある」と言われる有様であった。
 教えた事は何一つ満足にできないくせに、教えてもいない不遜で傲岸で気ままな振る舞いは一丁前である。師匠から絶えずいただく小言に腹を立てた彼は、あろうことか師匠に恥をかかせてやろうと出鱈目な宝貝を開発し、企みの内にあえなくばれて破門を言い渡される事になった。
 破門を受けたとはいえ、親分には天賦に授かる唯我独尊、分を弁えず師匠に噛みつく傲岸不遜の意気がある。勝手に仙人を名乗り、乾坤一擲を掲げて術の研究に勤しんだ。仙人の名を騙っても何のお咎めも無かったあたり、如何に彼が仙人界に相手にされていなかったかが伺える。
 しかし、親分は最後には最高峰の術である「転化の術」に至る事となる。
 似非仙人は世界をめくるめく縛る因果の鎖について考えた。全く何も分からなかった。
 仕方が無いので、風とは何か、火とは何かを考えたが、これも分からなかった。水、土も同様、千年かけて九割まで理解できても残りの一割が分からない。その一割のうち九分を千年かけて埋めても最後の一分が未解決であるから、分かったつもりの九割九分も本当に真理に有るのか判然としない。九厘、九毛、九糸……どこまで行っても最後の一が分からないので元素について考える事もひとまず止めた。
 そうやって考えて、考えるのを止めて、考えて、考えるのを止めてを繰り返すうちに「考える事も無いのに考えている」境地に近づいていく。広がりきった宇宙がしぼんで彼の周囲一畳まで狭まった時、彼はとうとう因果を脱却し「転化の術」を見出したのである。
 せっかく「転化の術」に至ったのに、光の速さで収縮する宇宙はもはや一畳の広さしか残っていない。やむなく親分は新たな宇宙に転化した。
 その宇宙で生まれ、仙人を目指し、落ちこぼれ、破門にあい、術の研究をしているのが今の親分なのだという。
 何の事は無い。つまり仙人を騙るに飽き足らず、今度は天帝を自称しようと言うのである。
 聞いたところで損した気分にしかならない話だが、親分は数多のツクモガミを誑かす希代の詐欺師である。その口が紡ぐ言葉は誰しもに「信じても信じなくても結局のところ大差ない」と思わせる妖力を含んでいる。そうやって気分だけでなく実損を被る破目になった者は多くはないが少なくもなかった。

 親分に大損を押し付けられている一人が崎々亭の主人、空海である。彼は親分に対して全く頭が上がらない。どんな借りがあるかは分からないが、タダより高いものは無いというから、案外何も借りていないのだろう。
 崎々亭は創業二百年を超える老舗旅館である。
 江戸時代の中期から末、東京湾には「希望崎」という海上都市が浮かんでいた。そのほとんどは取り壊されて残っていないが、崎々亭とその一角だけが文化財として保存されている。この海上都市の名残が二百年以上も沈まずに堪えているのは、ひとえにこの空海のおかげであるが、彼はかつて希望崎を襲った大災害でもあった。
 竜神である彼はかつて、崎々亭に暮らす人間の女と恋に落ちた。彼は道ならぬ恋の許しを得るため恋人を地上に残し天界へ上った。急いでいた彼は宴をも辞して、とくとくと一族が与える試練に取りかかる。体重の三倍はあろうかという酒をぐびぐび飲み干すと、今度はさっきの三倍の酒が出てきた。やがて竜神の力が酔いによって封じられ、人の一生分は使い物にならないと判断されたら釈放となり、人間と交わる事が許されるのだった。
 しかし、天界から戻った竜神を恋人は待ってくれてはいなかった。誰に聞いてもその行方はようとして知れない。酔いは竜神の力を抑えるどころか、悲しみと混然となって手がつけられないものにした。竜の尾に叩かれ、鼻息にさらされ、顎に噛まれて希望崎はみるみる傷んでいく。堪りかねた住人たちは彼の恋人を探し、とうとう見つけ出した。
 竜神が天界からの帰り、ついつい微睡む間に、恋人は天寿を全うしてしまっていた。
 真っ青に酔いのさめた竜神は自分の行いを悔い、背に希望崎を乗せて今日も東京湾にぷかぷか浮かんでいるのだった。

 崎々亭2階のありふれた部屋で、空海は客人の相手をしていた。空海はその意識を人の姿に変え、今日まで希望崎の復旧から商売の手助けに至るまで、慌ただしく二百年余りを過ごしてきた。
「蒿雀ナキは巧くやってるかい?」
 今や崎々亭の主人としてその繁盛を支える空海が自ら相手をする客、それはツクモガミの親分だった。善通寺との戦いで修行不足を痛感したナキに、親分は崎々亭の主人にして偉大な竜神である空海を師として紹介した。
「親分さんの言う通り、厨房で下働きをさせていますよ」
 ふぅん。と呟いて親分は料理に箸を伸ばす。崎々亭の料理と言えば凝ったものとして知れている。
「私などに頼まずとも、親分さんが鍛錬をつけてあげればよろしいのに」
「今の私は力なき仙人崩れだ。それに術の鍛錬も宝貝の開発も時間がかかり過ぎる。君の竜精でも吸っていた方が幾らか実りがあるだろう」
 崎々亭をその背に支える竜神は水の神である。その強大な霊気を浴びるのは霊界に生きる者にとって覿面に効果がある。三十三日も竜精を体に取りこめば、変化の術が竜の一息で解けてしまうようなヤワな事にはならないくらいの力がつく。
 そんな強い竜神が仙人界で落ちこぼれ破門を受けた男に、こうも頭を低くするのだから何気に愉快である。
「竜精を浴びるだけなら下働きなどさせずとも、座っているだけで十分でしょう?」
 実のところ、空海はナキに少々手を焼いていた。呑気なもののけの手際は悪い。メキメキ音を鳴らしているのは鍛錬の成果ではなく、仕事の段取りの方である。
「何もせず座っていろ、か。そんな事だから君は恋人との逢瀬を五十年も寝過ごすんだ」
「これは手厳しい」
 歯に衣着せない親分の言葉に空海は苦笑した。彼は人間と交わる許しを頂こうと天界へ上り、その帰りに五十年ほど転寝してしまった過去がある。
「彼は自分が人と共に生きられる時間の短さを悲観している。変化で姿だけ人の寿命に似せて繕うのはその悲観と弱さの表れだ」
「命の長さが違うもの同士、その恋の果ては悲劇しかないのかもしれませんね」
「命儚き人が、飽くほどの命があるもののけに寄り添う場合はそうだろう。だが、もののけが人に添う事だって出来る」
 人と同じ忙しさの中を生き、春のひとつひとつを同じように愛でる。それが出来れば例え命の長さが違うもの同士の恋でも、その結末が悲劇になるとは限らない。親分はそう考えを述べた。
「私にも、そのような生き方が出来たでしょうか」
「出来る。君がこの旅館を支えてきた二百年は楽しかったはずだ」
 大切な事ほど事もなげに、親分は言う。