第一回戦SS・病院その2


―――

「勝てるわけがないッ!」
 謎の異世界に飛ばされた羽白は吐き捨てるように叫んだ。
 頭のなかに直接送られたと思われる声にて軽いルールは把握したものの、対戦相手の綾島聖という名前には全く聞き覚えがないのであった。
「名前も知らない相手なんかに勝てるかっつーの!」
 羽白は病院内に設置されているソファを蹴って壊す。
 彼が発狂するのも当然で、普段出場している地下の魔人格闘大会はアングラなだけあって対戦者の総人口も新規参入者も少ないため、それで長く食い扶持を稼いでいる彼にはほぼぼ顔見知りしかいないのだ。
 そうして内輪の戦いに慣れきってしまった彼にとって、未知の相手との戦闘は不安と恐怖しか存在しないのだ。
「おやおや、荒れていらっしゃいますね」
 声がした方向に身体を向けると、いかにも神父という格好をした男がニコニコ顔で語りかけた。
「なんだあんた……そうか、綾島聖ってやつだな」
 羽白は綾島に対し背を向け、ファイティングポーズをとる。
「いかにも……しかし羽白さん、私はあなたと戦いに来たのではありません。神の代理人としてあなたを救いに来たのです」
「救いに?」
「ええ……少しお話をしましょう」
 綾島は羽白に距離を取りながらその周りを歩きつつ説明を始めた。
「あなたも知っての通り、この戦いはどちらか一方が死亡もしくは戦闘不能になるまで続きます。そして敗北した者はこの異世界に取り残されます。ここまではよろしいですね?」
「ああ……大体さっき聞いた」
「敗者は元の世界に戻ることはできない……このルールには穴があります」
「なんだと?」
 羽白は驚愕の表情を見せる。
「それは所持品の扱いに穴があるのです。我々がいま着用している服のように、現実世界からものを持ち込めます。そして同時に、この世界からも物を持ってくることが出来ます」
「待て待て待て。時間経過は元の世界に持ち込まれないんだろ?だったらこっちの世界のものを元の世界に持ち込むことなんて出来ないんじゃないか?」
「たしかにそういう考えも出来ます。しかし、それでは現実世界で消えていなければならない物があります。それは、こちらの世界で戦ったという『記憶』です。もしも記憶ほどの重要な情報が現実世界に持ち込めないとなれば、それがアナウンスされないとは到底考えられません」
「うう……た、確かに」
「ですから当然こちらの世界のものも持ち帰られると考えられます。そしてもう一つ。こちらの世界には人間を連れてくることが出来ません。とすれば当然、こちらの世界から元の世界に連れて行くことも出来ないと考えるのが妥当でしょう」
「そうだな。それが普通だろう」
「『人間』ならそうでしょう。では『人間』と認識出来ないほど変形させてしまえばどうでしょうか」
 羽白は「人間」と思えないほど変形した「人間の姿」を想像して、吐き気を催した。
「……あんた、正気か……? いや、それにも無理がある。どんだけ変形しようが、変形した後のものが敗者であるかぎり元の世界に持ち込むことなんて……」
「できます」
「何を根拠に」
「この時計……元は魔人能力の端くれです。我々の持つ魔人能力と同様に認識が元となっています。おおまかなルールは同じですが、その細部は個々の魔人の認識によって変化します。有り体に知ってしまえば『私ができると思っているからできる』のです。いかがでしょう」
「確かにあんたの言うとおりかもしれないが、それだと片方は死んだままじゃないか。どうすんだよ」
「それもご心配なく。私の知り合いに誤診率100%というとても腕の悪い医者がおりましてね。彼にかかれば例え死者であっても『死亡したと誤診され』蘇ります」
「なんか胡散臭いな、その医者……」
「あなたの想像する胡散臭さの20倍は胡散臭い医者ですよ。ですから、信用できます」
 歩き回っていた綾島は足を止めた。
「このようにして神はあなたを救うつもりです。あなたもこのような戦いに巻き込まれさぞ迷惑していることでしょう。あなたにとって悪い話ではないと思います。さて、なにか質問はございますか?」
「無いが……少し考えさせてくれ」
 確かに綾島の言うとおりだ。「魔人である綾島がそうできると認識している」という以上に説得力をもつ根拠は存在しない。こんな戦いに巻き込まれた羽白を救ってくれるというのであれば話に乗るのもありだ。
「残念だがその話には乗らない」
「……なぜですか?」
「理由を3つ説明してやろう。ひとつ、まずあんたが本当にそう認識しているという保証がない。ふたつ、仮に本当だとして、実行するという保証もない」
 羽白は角材を取り出し、綾島に背を向けそのまま後方へ跳躍する。
「みっつ、糸目でニコニコしてる野郎は腹黒だと相場が決まってんだよ!」
 角材を後ろに突き立て能力を使う。1メートルちょうど後方へワープした。このとき羽白の体や角材が綾島の体が重なっていれば、綾島の方が消失する。上手く心臓や頭部に重なっていれば余裕の勝利だ。だが現実はそうはうまくいかない。角材の先が壁に埋まっている。横に回避した綾島は手元にあったソファを掴むと、それを羽白に向かって投げつけた。
 避けることも背中で受ける時間もないと判断した羽白は再び能力を使って壁の向こう側へとワープした。
「あぶね……でも、今ので能力バレたかもしれねえな……クソ、やっちまった。こっちはあいつの能力なんて微塵もわかんえねえのにどう戦えってんだよ……それともさっきのはダメージ覚悟で受けたほうが良かったのか?」
 頭を抱えて悩みだす羽白。そして危惧通り、綾島が能力を推察するには充分の情報を与えてしまっていた。
「逃げられましたか……しかし、今ので能力の目処が付きました。後方へワープする能力、その移動先で物質と重なっていたら。その移動先の物質が消失する。移動幅も、おそらく1メートル程度で固定でしょう。そうでなければわざわざ跳躍する意味がありません。そして、その移動間では物体は消失しない、といったところでしょう。不用意に近づけば一瞬で昇天しかねませんね」
 綾島は智天使の形相で羽白が部屋にいることを確認し、表情を曇らせて告げる。
「神による救済を拒否してしまえばあなたには神罰が下されてしまいます。ですからそうなる前に、私の手で直々に『救済』して差し上げましょう」
 羽白はこの数瞬で考えた。相手の能力が物理攻撃の延長上もしくは身体強化の一種であれば勝ちの算段がある。彼の背筋による桁外れな防御力によるゴリ押しにしかならないが、この際勝ちを掴みに行くのであればもはや何でもいい。
 能力を使い、再び綾島のいる部屋に戻る部屋に戻る。
「もうこうなったら正面から……いや背面からテメーを叩き潰す!」
 背中を向けながら綾島に迫る羽白。綾島は力天使の形相で手元にあった花瓶を思い切り投げつけた。だが、効果はない。。
「食らいやがれ!俺のバックワード・アーツ―――」
 羽白が攻撃を加える直前、綾島はその正面にいた。権天使の形相で既に羽白の前に回りこんでいた。そしてその速度を保ったまま、体当たりをする。
 病院の壁に叩きつけられ、羽白は血反吐を吐いて倒れた。
「これで終わりです」
 狂戦士の形相になりすかさずトドメを刺そうとする綾島。しかし、その刹那羽白は綾島の足首をつかむ。
「これで終わりだ」
 そのまま能力を使用し―――数秒経って病院のはるか上空にいた。
 ネガティブムービングは羽白の背後に1メートル移動する能力。すなわち、うつ伏せで倒れていれば上空に移動する。そして彼が持っていた角材のように、持っているものもまた、彼とともに移動する。
「さすがにこの高さから落とされたらお前とてひとたまりもないだろうよ……ま、俺もだけどな」
「な……こんな手が……」
「じゃあな、神父様よ」
 掴んだ足をそのまま下に投げつけるように振り降ろし、綾島が頭から落下するのを見届けた。
 数秒差で羽白も腹ばいに地面に落下することになるが―――ともあれ勝利である。

最終更新:2014年10月27日 19:59