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第一回戦SS・地下駐車場その2


『 朔 』

朔(さく:new moon)とは、月と太陽の視黄経が等しくなること、その時刻のことである。

地球から見て月と太陽が同じ方向となり、月から反射した太陽光が地球にほとんど
届かないことと強い太陽光の影響とで地上からは月が見にくい。
黄道と白道が極めて近いか重なる地点(月の交点)で”朔”となった場合に食である
日食が起こる。要は黒い月である。



【10月24日(金)am00:01】

『ウィッキ―さん』

刻訪朔(ときとう はじめ)は腕時計に映った対戦相手の名を無表情に読みとると自室
のパソコンのキーボードの上で指を素早く走らせた。
もしこれが彼以外、例えば撫津 美弥子といった存在であれば確実に「ウィッキーさん
かよ!」とツッコミの手刀が宙を舞うところであっただろう。だが、生憎と彼の手刀と
嗜好はその手のことに向いていなかった。空ぶれば代わり空間が裂ける。
そういった能力だったからだ。

―ウィッキーさんか…
朔もその名前は知っている。朝の長寿番組で英会話の果たし合い一本勝負をしていた人物だ。
彼の心酔したカラテチョップほどではないが子ども心にやたら強い人と言う印象がある。
何ぶん子供の頃の話なので記憶的にはかなり曖昧だったが、WWWでネット検索して
みたら見覚えのある顔がずらずらと出てきた。
OK大丈夫、これなら絶対見間違えることはないだろう。

念のためMr Wickyで検索をかけてみると、こちらは外国のキャンディー、匿名サイト
の通称、アメリカの陽気なおじさんのプログ等が出てきた。何れも人間ではない。
彼以外の著名人の可能性という線も除外してよさそうだ。陽気なアメリカンは
ともかく流石に対戦相手として世界規模の匿名サイトが電子世界からコンチチワして
きたり、外国キャンディーのマスコットがらんらんるー♪してくる可能性はないと思う
(思いたい)が、吹田市がラピュタのごとく浮上し、北海道は実は昔からコロニーで
元々ずーと浮いていたという世知辛い世の中だ。油断はできなかった。
もう誰も何も信用できない。特に薄暗い地下通路でらんらんるー♪とかには絶対会いたくない。

「…は嫌だ。…は嫌だ。…スリザリンはもう嫌だ」

頭の中を嫌な記憶が過った。朔は何かを避けるかのように不意に魔よけの呪文を呟く。
彼は全てに関して平均的ジョブナイル然とした彼の唯一の特徴ともいえる黒い眼に
不可思議な色を浮かべ(巡真実曰く「全てを引き込まずにはいられないオニキスの輝き」
ポエット)同じ言を三度繰り返すと再び対戦相手の情報収集に注力する作業に戻る。
するとオアツライ向きの情報を扱っているファンサイトがあった。

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☆☆ ウィッキーさんの一撃離脱英会話 ☆☆

講談テレビ「ズルムケイン!!朝!」の1コーナーで、1999年3月の番組開始と同時に
スタート。以降5年間、朝の中継の下集まった全国各地の猛者と一本試合するという
内容で、朝オハ界のジュードウズと呼ばれていたよ。

ウィッキーさんの一撃脱英会話の通算成績:1024勝2敗1引き分け。勝率は99.8%
その全試合を網羅♪

詳細はここをクリック→(。。)

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押すとエラー表示が出る。
何回か試すとファイル形式でダウンロードに10分ほど時間がかかると表示が出た。
更新履歴を見ると5年前から更新が止まっている。
「ちっ、ロートルめ」
使ってるソフトやファイルが古すぎて今と規格があってないのだろう。

朔はそこでパソコンから一度、目を離すと待ち時間を使い、携帯から一本の電話を
かけた。深夜だというのに通信相手は即座に出てくれた。

「俺だ。サク、このタイミングでかけてきたってことは、いよいよか」
「ええ、初戦の相手の名前が判りました。相手はウィッキーさんです。」

こういうときの会長はやたら頼もしく感じる。
電話口の相手は刻訪匠。彼の後見人にあたる人物だ。
幾つもの死線を潜ったナイスガイ。今が一番油に乗っている不惑のミドルだ。

「悪いさっきまで寝てたんで寝ぼけて聞き損じまったようだ。誰とだって?」
朔はもう一度名前を繰り返す。
「表示上はそうです。仕様上カタリは難しいでしょうから恐らく『本物』かと」
向うから寝起きのグリズリーの様な呻き声が聞こえてきた。
「ひでぇ冗談だ…まあ相手の顔が割れているだけ良しとするべきなのか。
こちらでできることはあるか?」
「戦闘区域となる『日本橋地下駐車場』という駐車場の見取り図と彼の魔人能力
の詳細をまず最優先でお願いします。それから彼の所在地や最近の活動等も
出来る限り全部。あと用意してほしいものは後でまとめメールします。」
匠は快諾した。
「対戦相手の所在地と最近の活動、魔人能力だな。わかった全力で当たる。
情報は判り次第、指定された物品は昼までにはそっちに届けさせる。それでいいな。」

朔は頷いた。
彼の今の一番の強みはここだった。
彼の所属する魔人商工會「刻訪」は豊富な人材ネットワークを持っている。
魔人同士の横の繋がりは極めて強いため、その互助会の会長である彼が強権を
発動させれば、当日の当日という急な用立てでもかなりの無理が効くのだ。
職権乱用との批判も内部にあるようだが彼は目的のために手段を選ぶつもりはなかった。

「あと、と…会長」
「なんだ。」
「深夜、お休みのところすいませんでした。」
「ん、ハハ気にするな。丁度、深酒してたところだ。じゃじゃあな。頑張れよ」

何故か向う側から切ってしまった。
―さっき寝てたっていってたじゃないか。
乱用はともかく自分に対して会長と副会長は甘すぎるという周囲の批判は割と的を得ているように思えた。

【同日am8:30~】
常磐 一(ときわ はじめ)は彼が希望崎学園に通う際の一般生徒としての名だ。
登校時、大きなあくびを周囲に見せつけるようわざとして見た。学生とはそういうものらしいから。

結局ファイルをダウンロードして判ったのは過去の対戦相手とその戦歴だけだった。
IKEMATU MURAKUMOという謎の人物と戦い1勝2敗で負け越しているという以外然したる
情報はなかった。彼はその後、幾つか動画サイトを巡って過去の番組映像を確保すると
明け方まで対戦相手の戦闘能力の分析と戦場となる駐車場での予測戦術に費やした。

教室の扉を潜ると高気圧と低気圧がぶつかったような微妙な空気に出迎えられる。
彼の表情もそれに合わせ強張った深刻メイタ装いのモノとなる。
理由はいくつかあるが、最大の理由の一つは1週間ほど前から彼の恋人巡真実が、
消息不明のまま行方が判らなくなっていることがあげられる。
クラスメイトの態度もどこか余所余所しい。

「ういーす」
「お、おう。おはようハジメ」
「おはよう常磐くん」
「…。」
「…。」
「今日もいい天気だな!」
「曇りだよ。」
「あー。」
「もう」
「…」
「…」
「あ、そうだ。悪いんだけど今日オレ早退するから、適当にごまかしといてくれないか?」
「そうかそうだよな。俺達も心当たり当たって見る。ハジメよ。出来ることが
あれば何でも言ってくれよ。俺達ずっ友だよな!」

ハジメはその励ましに応えるよう堅くした顔を崩し微笑した。
「ああ、よろしく頼むよ。」

全く心温まる話だった。


【同日pm1:30~】
彼の自宅の庭には分解された二輪バイクと乗用車が転がっていた。
中古とはいえ届けられ、即分解とはついてない連中だよなとタイムウォッチ片手に思う。

なお今回が彼が自分に課した課題は「車両のロックの解除とエンジンキーなしでの
エンジン作動。これを如何にスムーズに出来るか」であった。
それが今回の作戦の鍵だった。

その名もファイヤーカウカウ作戦。

名前だけでやろうとしていることにおおまか想像はつくあたり素晴らしい作戦――
といえるだろう。ネーミングセンスへの異論は認める。ただし実物でやってみないこと
には判らないことは色々あるようで車からガソリンを抜き取るなどの作業も作業自体は
ともかく時間はかなりかかることが判った。
その都度、作戦修正を入れ、より精度を高めていく。
マスターキーを作れる魔人いなかったの?そう聞かれれば彼はこう答えただろう。
互助会は助け合いが基本だ。ドラえもんのポケットじゃない。そんな便利なものじゃないさ。
まあ、もしいたら使い倒すにきまっているけどね。

シャワーを浴び、汗とオイルの匂いを洗い流す。
そして刻訪朔は取り外し机の上に置いておいた左手の義手に向かい合うと、
最終調整(メンテナンス)に入った。30分ほどその作業に没頭しただろうか、ふと
時計を見やると時間は午後4時を回っていた。

―残り8時間か。あらかた準備は整った。そろそろ仮眠をとっておくべきだろうか、
会長からの連絡は昼からないから、一度連絡を取ってみるか…やはり魔人能力は
押えておきたい、傾向によって戦闘開始からファーストコンタクトまでの時間が
大幅に変わる。
なにせ神出鬼没が代名詞となっている対戦相手だ。動画でも見たが大抵の相手が

「Excuse me.(ちょっと失礼)」
そう、そんな感じで、ふと声に振り向くと既に胸元に潜り込まれ、彼の拳(マイク)
を突き付けられているという―――――――――――――――――――――――――



声に       振り向くと


「How (把。つかむという意味の英語)」

左手で顔ごと鷲掴みにされ、反射的にデスクから”起立”させられる朔。そして次の瞬間、

「Do (胴 !You! (有 Do! (胴。―胴体に有効打!そしてもう一回胴!と言う意味の英語)」

音速のボディブローが2発、生意気盛りのjuvenile小僧の腹に捻じ込まれていた。



●迷宮時計第13試合開始(の6時間前)

まるでマグナムを打ち込まれたみたいな一撃だった。灼熱の痛みを彼は感じ、
声にならない声で悶絶する。胃液が食道を逆流し、彼の部屋を汚した。

乱入者は手を大きく振りかぶると、そのまま彼を自室の壁に叩きつける。
彼は受け身も取れず衝撃をそのまま背に受け、大きくせき込む。そして吐き出されかけた
胃液をまた吸い込む形になり、更に悶絶を繰り返した。

吐き出された吐液には血が混じっていた。肺か内臓か或いは両方かをやられた。

「うげぐははは」
霞む眼で前方をみやる。揺れる視界の中で仕立てのよさそうな皮靴とスーツのズボンが映る。
情けない話だが、刻訪朔はまだ対戦相手の姿すらまともに捉えることができていなかった。
それほどに鮮やかな”アデプト”だったのだ。


―内臓がやられた。  嘘だろ”同調”してたはずなのに
            ――目は…潰されてない…大丈夫だ   
    ―義手は机の上。 マズイ、動けるか ―  回復にどれだけかかる


ブラインドの隙間から差し込んだ夕日が、紺色のスーツを不気味に照らす
温和な笑みを浮かべた初老の紳士が、足元で転がる少年に丁寧な口調で言葉を紡いだ。

「マイネーム・イズ・ウィキ 。Mr Tokito ハジメまして。
お互い準備も整ったようですし、そろそろ戦いを始めることにしましょうか?」

「ななん…ゲホッガハ」

なんでここにいるんだよ!!少年の抗議と憤慨の怒声は途中から咳き込みに代わり、
全く意味をなさないものとなった。
それでも『質問』の意味は通じたようで、対戦相手は片手で1本指を立て答えた。

「『Why』『なんでここにいるのか』と聞かれているのでしたら、寧ろお聞きたい
のは私のほうですよ。自分でいうのもなんですが貴方の対戦相手”ウィッキーさん”
ですよ。何故、不意打ち想定してないのですか?

まさか、まさかの、まさかですがワタシが有名人だから立場的に闇打ちなんかするはずがない、
登場シーンは戦闘区域からとか、そのように思いこんでいましたか?
いけません、それはあまりにも甘い、スイーツ脳すぎます。少年。」

グレーの紳士はひと指しだけたてた指をゆっくり左右に降る。

――くそー思ってました。無茶苦茶思ってましたよ。全然欠片も奇襲想定してなかった。
考えてみたらこのひと毎日野試合してたって情報入手してるのに何で警戒してないの。
やらかしちまったー恥かしー超恥かし。
少年は悶絶の陰で一人赤面した。

「なるほど現れた強敵を練りに練った策で迎撃するオレカッコイイとかちょっと
酔ってた最中なわけですね。暗殺教室のカルマくんですね。お気持ちはよく判ります。
大丈夫それ若いころ皆が通る麻疹の様なものですから」

割と傷口に塩な発言してくる人だった。
――うるせぇ。っていうかウィッキーさん、ジャンプ読んでるのかよ。
しかもなんかコロ先生ぽい台詞吐いてるよ。その上でカルマくん方面に人をキャラ
付けするのヤメロー、テクニカルだなコノヤロー。全く勝てる気がなくなるだろうー
とと、まずは落ち付け、状況を整理しろオレ。ここでトチると本当に即アウトだ。
考えろ何より欲しいのは「回復の時間」「立て直し策」だ。…ってアレ。

彼は硬直した姿勢のまま、けれどできるだけハッキリと主張した。

「違う。」
「はい?」
「違うって、何で…判ったか…をききた…わけで」

ウィッキーさんは目を丸くした。そして自身の不徳を詫びた。
「ソリ―。何でこの居場所が判ったかとお聞きしたかったのですか?
それは失礼しました。
私も一つお聞きしたいことありましたし、では、ちょと小休憩ということで
お互いに情報交換といきましょう。それで、よいですか?」

そういうと朔が今まで座っていた椅子に軽快に腰かけると足を組むんだ。
「Lesson1です。」

朔は安堵の息を吐く。どうやら時間を稼げそうだ。
危ない危ない危うく勝手に突っかかって自滅するところだった。目の前の男は
先ほどこういったのだ「そろそろ始めませんか?」と。そう提案してきた。
つまり、さっきのはあくまで彼にとって攻撃にも満たない挨拶代りに
過ぎなかったてことだ。(「先生その挨拶で半死半生の人がいます」「黙ってろよ委員長」)


「ハハァ別に場所だけでなく貴方の行動もだいたい把握していますよ。
例えば今日の深夜time、貴方は迷宮時計から名前の会った後、まずwikiで私の
プロフィールを確認した後、次に陽気なアメリカ人のプログ読んでましたよね。
そして私のファンサイトにいって対戦表をダウンロード。そしてダウンロード中に
お父上―匠さんに電話されていますね。」

いきなりの暴露に唖然とする朔。

「何で判るかですって?そりゃわかりますよ。
だってアメリカ人プログとファンサイト、両方とも私が仕掛けたトラップサイトなんですから」

ぱちんとウィッキーさんが指を鳴らした、触りもしないのにパソコンが作動しはじめ
デスク上のPC画面に朔がダウンロードをしたファンサイトが表示される。

――ああ、くそそういうことか…無理ゲーだろ…ソレ。

「正確には元々あったモノを買い取って”情報収集しにきた参加者”を割りだす罠として
使ってます。ダメですよ―幾ら昔のサイトだからって気を許して10分間も目を離しちゃ。
それではハッキングしてくれといっているようなものです。

え、何で相手が対戦者だと特定できるかですって?
わかりますよ。だって手を入れる前のファンサイトのアクセス数とか月6件とかだったんです。

そんな閑古鳥に迷宮時計に名前が表示された途端、真夜中にも関わらず飛び込んでくるん
ですから、最低でも名前を見れる関係者なんだと判ります。
チャンプさんとか人気サイトではアクセス数多すぎて使えない手ですが、こちとらローカルですから」

どうやら、彼の「気配を悟らせず対象にアデプトし、速やかにイントロデュースする」
という才はサイバネ世界でも健在の様だった。

「point1,wwwは情報収集の場ではありません、今回のような設定条件では情報戦の舞台です。
次にpoint2,周囲の状況変化に気を付けてください。

飯田カオルさんが動画で迷宮時計の存在を公開(リーク)しました。
貴方に殺害されたと思われるgirlfurendの真美さんはその時点で既に行方が判らなくなって
いましたが御自身の日記で時計のこと不思議な声を聞いたこと書き遺していました。

それを見たお母様は娘はこれに巻き込まれたのではないかと疑い、情報提供を行いました。
これらの人々の情報は一般には公開されていませんが、マスコミには協力要請と言う形で
出回っています。そこで私は入手した情報のうち『事件の犠牲になった』と思われる方
から優先に調べていくことにしました。巡真美さんの名は、その過程で知りました。

つまり私は今回の試合とは関係なく別ルートで貴方の近くまで結構迫っていたのですよ。」

朔の目がすーと糸目の神父のようにほそまる。

「point3.今回の戦いは情報戦であり同時に総力戦です。
貴方のバックアップから情報が途絶えていることに気づいていますか?
先ほど貴方の所属する会と私の組織との間で話が付きました。
地域相互会という特質上の私的運用は厳禁のはずです、自分の家族を甦らせるという
目的だけに会を利用しようとした貴方を会は見限りました。
貴方のご両親は頑張られましたが、元々反発が多かったためでしょう、押し切られましたよ。

無論、私的利用を彼らにリークしたのは私ですがね。」

ハイハイそういうことですか、道理でペラペラと内情喋ると思った―暗殺者は心の中で
次の行動に備え、準備運動を始める。次のウィッキーさんの台詞は予想通りのものだった。

「その上でお聞きしまーす。貴方、巡真美さんの遺体どこに埋められましたか?
会の人も御存じなくて、しょうがないのでご本人の身体に直接お聞きすることにしました。
あの空間、降参すると速攻で逃げれるので『インタビュー』には凄く向かないんですよ。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
懸命な貴方なら、この言葉の意味おわかりになりますね?」

ウィッキーさんがフフっと笑った。朔もハハっと笑った。
「フフフフフ
「ハハハハハハ
「「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」」

互いに笑いあった後、少年は態とらしく頭をかきため息をついた。
「まあ色々ご教授いただいたし、そりゃ先生にもおかえしもしないとな。」

ハイハイハイいきますよ

「しるかよ、『くそくらえ』だ!」

次の瞬間、ウィキーさんのすぐ脇、机上で閃光弾(スタングルネード)が炸裂した。

††

閃光と轟音。
次いで発せられたのは銃の発砲音、そして窓ガラスが割れる音…。

その全てが過ぎ去ったあと部屋に残ったのは正眼に両手を構えた男、唯一人だった。
男はショットガンの銃弾を構えた両手から払いのけながら、感心したように呟いた。

「Hot!(ほっとする、やれやれという意味の英語)
成程『順応』させているからいざとなればあの義手は遠隔操作も可能であると―。

話を引き出すだけ引きだして逃げる姿勢、非常にクレバーで良いですね。
切り札の一つをここで惜しげもなく使ってくるあたり、思いっきりも良い。惜しむらくは
それでも『一手遅い』ことでしょうか」

ウィッキーはそこで改めて荒れ果てた部屋を見渡した。

「…やはりありませんね。
来た時から、気になってはいましたが、本来あってしかるべきものが”ない”。

さてさて、これは一体どういうことなのでしょうかネ。」


●迷宮時計第13試合開始――本当にするのだろうか(弱気)

夕暮れ時の街並みに映る影法師、貴方は一体どこ行くの?
私は帰る。おうちに帰る。帰る居場所のない貴方はどうするの?

盗んだバイクで走り出すさ、銃後の夜~っとやれやれ。
辛くもウィッキーさんの魔の手から脱出した朔はアケードを駆け抜ける。


朔は対戦相手からの逃走、全力での退避を選択した。
幸運にも追撃はかからなかった。周囲の人間を巻き込むのを避けたのかあるいは
日中以外のアンブッシュは不味いと考えたのか(普通は逆だろうに)ともかく僥倖だった。

手傷を負ったので手控えているという可能性もあるが、あの相手の馬鹿げた力量
を考えると過度の期待は禁物だった。

まずは優先して確認すべきことがあった。朔にとって戦いは全てにおいて目の前の敵に
勝てばいいというものではなかった。全ては生存するため生き残るための手段なのだ。
路地裏に入ったところで奪還してきた左手を装着すると携帯を取り出した。
相手はすぐに出た。

「…サクか」
「…。」
朔は無言のまま、促す。

「とある組織から会に通達があった。巡真実さん殺害のGESYUNINとしてお前を出頭させる用にと。
拒否すれば商工会の非合法活動内容の全てを公開すると付け加えてな。」

「…。」
「商工会は賛成多数でお前の放免を決めた。そして、私はあの男に会った。」

「…。」
「彼は『本物』だった。そこでようやく気づいたよ…俺達はどうかしていた。
何が『ご苦労だった』『私たちは、朔さんの力になるからね』だ。
真実さんの殺害を仄めかされた時点で本来は殴ってでもお前を止めるべきだったんだ。
『何バカなこと言ってるんだ。死んだあいつらがそんなことされて喜ぶとでも思ってるのか』ってな」

「…。」
「悪い夢から褪めた気分だ。逃げろサク、お前はせめてあちらが―/」

サクと呼ばれた少年は舌打ちし、無表情のまま携帯を切る。
コイツガ何を言っているのか全く分かラナかったからだ。彼にトって家族の復活
以上に優先することなどあルはずもなかった。
自分ハ迷宮時計の戦イに勝ち、家族を取り戻す、そレが今の自分の全てだ。

少年は頭をふった。
今回の件で商工会のバックアップが期待できなくなったのは痛いが、もうここは
潮時だろう、見限ろう。時空時計の優位性は飯田カオルが大々的に宣伝してくれた。
”これ”さえもって売り込めば、もうどの組織にでも潜り込むことは可能だろう。
代替えは幾らでもある。

とりあえずは現状の打破が先決だった。幸いにも地の利はこちらにある。
相手が”こちら側で”襲ってくるというのなら迎撃するまでのこと。殺し合いなら自分のホームグラウンドだ。


そこで彼は不意に足を止めた。

そして自分ら先ほどホームグラウンドであると宣言した周囲の景色をゆっくりと見渡す。

「…オイ。」
どこだ…ここ
馴染みの風景はもはやどこにもなかった。彼は――いつのまにか独り迷子になっていた。

「!?」
リークス・ウィッキの魔人能力”TAI-kansoku”、その魔手がその時、既に彼ののど元を締め上げていたのである。

††

所在場所を見失うなどとは初めての経験だった。彼は目を疑った。
今、繁華街の路地裏を出たはずだ。だが、どうして自分は何故知らない場所に出る?


だが、異変はそれだけではなかった。

「よう、はじめじゃん」

彼の元、気やすく声をかけて来る人間がいた。
5-6人ほど連れだっていたグループだが、全く馴染みのない相手だった。

警戒心も露わで彼は鋭い視線を向ける。
「おいおいおいおい、どうしたんだよ。そんな怖い顔してよ」

相手はまるで頓着しなかった。まるで良く知っている相手かのように振る舞い、ずかずかと
”殺し”の間合いまで入ってきた。
朔はいらつき男を「邪魔だ。」と左手で軽く払いのけた。

「ぐわぁぁあああ」
刻訪戦器「繰磨威」の左手で、男の肩が軽い音を立てて砕ける。気づいた時には遅かった。

仲間内から上がる悲鳴。
「…ハジメお前、まさか魔人…」

その声に馴染みがあることを、その声は――――――――ずっ友か!?
日常と非日常の合間が今、崩れた。




その現象は総じて『視力失認』と呼ばれる。

人の顔や景色への認識は、普段思われているより遥かに高度な情報処理を必要とする。
それは視力の機能の一部、神経学的にいうところの『認識力』といわれる機能によって補われているが
その欠損や低下により様々な視力障害を起こすことがある。

・街並失認。
家、道、木など個々は認識できても一個の風景として認識できない状態。それゆえによく見知った
風景であってもそれと認識できず道に迷ってしまう。

・相貌失認。
鼻、眼、耳など各パーツを認識できてもそれを組み合わせ、顔として構成できない状態。
故によく知っている人の顔をみてもそれがだれかわからない。声を聞いたりすれば認識できる

彼に降りかかった現象はこの二つ
最初のアデプトの時、彼が朔から奪いとった視覚(sight)の認識力低下が原因だった。

蜘蛛の子を散らすようにいなくなった級友たちを朔は茫然とながめていた。
もはや魔人能力なのは疑いない、だが一体何をされているのか彼には全く見当がつかなかった。

そして、さきほど一件にざわつくアケード周囲。
それをかき分けるように別の人物が、ゆっくりと近づいてきた。
「ちょっといいかな。」
今度は慎重に相手の出方を伺う朔。
「希望崎の常磐一くんだね、実は巡真美さんの件で聞きたいことがあるんだけど」
「!?」
その台詞と共に朔は自分を取り囲む、複数の気配を感じた

―しまった。こいつらは魔人警察か。マズイ!コイツらの装備は…

次の瞬間、彼は特製スタンガンの一撃を喰らい、一瞬にして昏倒した。

その一部始終を見届け、ウィッキーは呟く。

「そうなんですよね、貴方の武装や魔人能力ではスタンガンの電撃までは受け切れない。
なので複数人で囲んで”棒”で叩いてしまえばそれで終わりです。
日本の警察は装備も対応も本当に優秀です。正しい情報伝えれば正しく対応してくれるのですから」

両手に一つづつ携帯を持った男は穏やかに微笑んだ。

「善良な市民としては頼もしい限りですよ。凶悪犯の情報提供(リーク)は市民の義務ですしね。」


【10月22日(金)24:00 魔人留置所】


常磐一こと刻訪朔は
足錠で動きを封じられ、右手はご丁寧に魔人能力が発動しないよう手袋を
嵌めたあと後ろ手で縛られ、脱出不可能な状態で魔人留置場に転がされていた。

仰向けに寝転がり、見知らぬ天上を見上げる。
そして明日を思うと少しだけ愉快な気分に慣れた。なにせ明日には忽然とこの囚人は
ここから消え失せているだろうから。ちょっとした世紀の脱出ショーだった。

そして彼はこの状態のまま戦いの場へと転送される。



【2010年10月1日7:35:日本橋地下駐車場】

日本橋地下駐車場は首都高速の高架下に位置する。
地上に入り口がなく、交差点を避けるために地下を通るアンダーパス道路の途中に
入り口があるのが最大の特徴だ。
そのため、出入りは他の駐車場よりも長くどこかワープホールめいた印象を受ける。

利用客は日本橋の百貨店利用者もしくは周辺のビジネス関係が大きくライトバンや
大型の高級車が軒を連ねる。
彼はそんな中、拘束されたままアスファルトに地に耳をつけ、周囲の状況をうかがっていた。

さきほどから車の発射停止音、ドアを開け閉めする音などは全く聞こえない。
幸か不幸か、ここはどうやら無人タイプの戦場の様だった。

そして彼はカツーンカツーンと地下道に響く自らに近づく靴音を聞いていた。
その音が止まる。

少年は動かなかった。
先に声をあげたのは靴音の主リークス・ウィキだった。

「捕縛した状態でこちらに持ってこようかと考えたのですが、結局失敗しましたか。
察するに右手のどこかに糸のこか何か切る道具を忍ばせていましたね。
それで手袋の紐を削りきった…本当に優秀なおひとです。」

少年は、顔をしかめた。後ろ手に回した手をするりと前に回すと座ったまま体を反転させ、
ウィッキーと向かい合う。

「…たく、身動きしてないのになんで判ったんだ。音で有無、判別してるじゃないのかよ」
「さて、どうでしょう?なんなら情報交換の続きでもします」

「お真美の居場所そんなに知りたいのかよ。」
「ええ、マミサンのお母様と約束しましたので、私は提供して頂いた情報に対して
見合った『対価』を払う必要があるのですよ。それが私のポリシーなんです。」

巡真美の母親のことを告げられ、朔はバツが悪そうに頭を書いた。
「あー。まあそこはなー。
ペン貸してくれない、書くものは全部取りあげられちまったから」
そういって手帳をポケットからひっぱりだす。
その拍子に500円玉が零れ落ちウィッキーさんのほうにころころと転がっていった。

「おっと」
屈んで拾おうとして頭を下げる形になるウィーキーさん
朔はそこを狙い澄まし、頭をかいていた手を振り切る。手刀は空を切り、生まれた真空波が
頸筋を狙って飛び、そして、さっくり、かわされた。

「いやーーー本当に懲りないですね、貴方。」
「ぐわーーーーーー、やっぱりこれも駄目か。本当にコロセンじゃないか」

「断裂を利用し、カマイタチを飛ばせるなら実際の貴方の射程は相当長いことになります。
そこらへんまで計算して警戒している相手にはなかなか当たりませんよ。」

そしてふたりは見つめ合い、シニカルに笑いあった。

「降参~。流石にこれ以上はなにもでねぇ。殺せよ」
「それがこっちも殺せれないんですね。」
両手をあげた相手に合わせるように両手をあげるウィッキーさん。

「もう判ってると思いますが、最初はね、最初の一撃で仕留め、終わらせるつもりでいたのですよ。
自分の家族を甦らしたいという欲望の為に平気で他人を足蹴にする貴方に生きている価値は有りませんから。

ただ懇願されたのです。お会いした貴方のもう一方のご両親に

”どうかサクにハジメにもう一度、生きるチャンスをくれないか”と
その時私は『対価』を頂いてしまった。その時から貴方のことは殺せなくなってしまったんですよ」

「…。」
「なので勝手ながら貴方にとってあちら側で未練になりそうなものをざっくり
削ぎ落とさせて貰いました。友人関係。仕事。事件後の後処理など全てね。

そして最後のお膳立て――それは迷宮時計がしてくれました。これです。」

カレンダーだった。恐らく管理室から持ってきただろう。朔は目を見張った。
2010年10月1日。奇しくも彼の御家族が殺された事件当日だった。

そして男はもう一つの荷物も投げて見せた―それは刻訪戦器「繰磨威」。

「…。」
「今から急げば間にあうかもしれません。どうされますか」

男は言っているのだ。
あの悲劇が、この世界ではリセットできるかもしれないと、そして全てを
白紙にして、この世界で生きていけと。

少年はその義手を茫然と途方に暮れていた。そしてゆっくり被りを振った。

「こういう場合はさ、迷わず「繰磨威」ひっつかんでさ、過去の家族を助けにいって
何も言わずカッコつけて颯爽とさっていくってのが定番だよな。
過去やった過ちを胸に強く生きていくとかいってっさ。」

少年は自らの手を見た。その手は彼には赤く染まって見えた。
「だけどさ、駄目なんだ。全然。全く心が動かないんだ。
俺にとっての『家族』は向うの世界で死んだ『家族』だけでそいつらじゃない。
そいつらが生きようが死のうが俺には関係ないって、そういう風にしか思えないんだ。

同じ家族で同じ俺のハズなのに
マミのときもそうだ。俺は―――――
なあ、教えてくれよ。何でも知ってるWiki先生よ。俺は一体ナンなんだ。」

彼は男に眼を向けた。
そこには嗚咽も悲しみも映っていなかった。
ただ、そこにあるのは底抜けの絶望だけだった。未来も意志も希望も全て吸いこんでいく底抜けの暗黒。


「私は貴方が何者であるは存じません。ただヒントは出せれると思いますよ。」

男は胸元から一枚の写真を取り出すと指で跳ね、彼のほうに飛ばした。
少年は片手で掴むと不思議そうにそれを見やった。

「匠さんからお借りしました。貴方のご家族の写真です」

「…。…。…。」
その写真には全く見覚えのない人間の顔が映っていた。

「妙だと思ったんですよ。貴方にはこの手のケースに陥った方特有のある動きが全然なかった。
それは『折りを見て、家族の写真を見るという動作』です。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
なぜ貴方、ご家族の写真もってないんですか?

貴方の様な死に分かれ方なら、写真をロケットとかに入れ肌身離さず持っているとかそういう
絆を求める行動が合っても可笑しくない。
家族を生き返らすことを行動の原動力にしているのなら、なおさらです。

自宅の時も同じ。貴方の部屋には何故か家族を映した写真立が、一つもなかった。
火事で全焼したとかではなく強盗に襲われたんでしょう。写真は何枚かは残っているはずでしょう」

ぐらり。と彼の身体が揺れた。

「くくくくく、」

「結局、貴方にとって家族とは、モチベーションを保つ『設定』だったんじゃないでしょうか。
そうしなければ生きる気力を保てない程の存在に貴方は出あってそして圧倒的に『敗れて』いたんでしょう」

「くくくくく、」
笑うしかなかった。なんだこれは
圧倒的に終わっている。単に終わっているという事実に気づくまでに
では何のために彼は全てを犠牲にしてきた。愛する者、見守ってくれた者、今まで対した者たちに
どう言い繕えばいいのか。
少年の黒い眼はやがて鉄の腕を眼に映す、そしてそれに右手をのばした。


それを見届けると男は少年に背を向け歩き出す。

少年は鉄の腕を愛おしいげに抱きしめると、それに手刀を打ちおろした。
鈍く響き渡る爆発音は彼の腹部に大穴をあける。それは即死ではない、酷く苦しい死に方であった。

「くくくはははははははは。」

けれども彼は笑うのをやめない、腹を抱え、笑って笑って
ナニカを抱えるように腹を抱きしめたまま やがて頭から地に倒れていった。





銀色の光が一条、ヘッドライトのように地下駐車場をひと際照らし、流れ、そして消えていった。



≪迷宮時計第一試合十六試合結果≫

「刻訪朔」:”抱腹絶刀”の後、死亡

「Leaks Wicky」:先生失格

                 (「Leaks Wickyの対価観測”Boys be ambitious with lostarm”」了)