日常


「日常の向こう側の非日常」

 日常というものは人それぞれである。
 傍から見れば非日常でも、本人達にとって日常であればそれが日常なのである。
 それは魔人という非日常の象徴でありながら、小学生という日常の象徴でもある彼女達には特に言えることだ。

「ピクニックだ!!」
「ピクニックでしたか!!」

 やや茶色がかった髪の見るからに頭の悪そうな少女と
 金髪碧眼の見るからに頭の悪そうな少女が、多くの木々を目の前に大声で叫ぶ。

「……」
「……」
「どこだここ!!」
「わかりかねたです!」

 再び大声で叫ぶ少女達を、黒髪のツインテールの少女と前髪を綺麗に揃えた黒髪ロングの少女がじっとりと睨む。
 ここはどこであろう……樹海の真ん中であった。

「ねえ、道わかってるって言ってなかった?眞雪」
「わかってたつもりになってました!!」
「……本当に眞雪はおばかさんなの……」

 ピクニックに来ていた四人の小学生。
 撫津美弥子、森久保眞雪、読小路麗華、シェルロッタ・ロマルティア。
 眞雪の先導により穏やかな草原を歩いていた彼女達は
 どこをどうしたのかいつのまにか樹海に迷い込んでいた。

「まあでもな!れいれいがいるから大丈夫だよな!」
「……無理」
「えー……そういうと思ってたけど」

 何故麗華がいれば大丈夫なのか、そして即答で無理と言ったのか。
 それは、麗華の魔人能力にある。

 麗華の能力は「好きな所にワープ出来る能力」だ。
 しかしこの能力は距離が離れている程、そして一緒に送る物が多いほど多くの体力を使う。
 さらに、出来うる限りワープする場所は詳細に思い浮かべなければならない。
 どこかもわからない場所から簡単に思い浮かべられる安全な場所まで
 自分以外に三人の少女と荷物を同時にワープさせる事がどれだけ自殺行為なのかを彼女はよく知っている。

 当然一度に運ぼうとしなければ全員を運ぶ事は出来ない事もない。
 写真さえあれば詳細を思い浮かべるという点もクリア出来る。
 しかし、麗華はそういう面倒な事はとても嫌いであった。
 そもそもこの能力も学校と家の行き来が面倒だという気持ちから生まれた能力である。
 故に、何故こんな事の為に自分が疲れなければならないのか。何故苦労しなければならないのか。
 そう考えるタイプである事を、ここにいる全員は知っている。
 故に彼女が普段この能力を使うのはせいぜい家と学校の行き来。あとは美弥子の部屋に侵入する時ぐらいだ。

「ま……れいかと美弥子だけなら帰れるの……
 眞雪とタロマルがどうなってもれいか的にはどうでもいい些細な事だし……」

 そう言って麗華は美弥子にぎゅっと抱きつく。
 頬を赤らめすりすりと美弥子の腕に頬ずりをする。
 ちなみにタロマルとは主に眞雪と麗華が使うシェルロッタのあだ名である。

「も、もー、くすぐったいよ……まあ、シェルロッタはまだしも眞雪は帰れなくても文句ないよね」
「なんで!私も帰るぞ!みんなで一緒に帰る方法を考えるぞ!」
「おー」

シェルロッタが間抜けな声を出したのをきっかけに樹海脱出作戦の案を練る事となった。
 まず四人の能力を確認する。
 美弥子の能力。異常な現象をツッコミでなかったことにする能力……これは論外だ。
 歩いているうちに樹海に迷い込むなど異常以外の何物でもない気もするが辿り着いてしまったものは仕方ないし
 何より既にツッコミの機会を失ってしまっているのでどちらにしても無駄だろう。

 次に眞雪の能力。どんな武器でも出せる能力。これも論外だ。
 確かに樹海の樹を全部なぎ倒せば道は開けるかもしれないが
 そんな事をすれば当然彼女達はただちに魔人警察のお世話になるだろう。

 さて、最後に残るはシェルロッタの能力だ。
 シェルロッタの能力は「体の形を作りかえる能力」。
 硬さ等もある程度、大体鉄程度の硬さから原形をとどめる程度の柔らかさまでなら変わる事が出来る。
 大きさはあまり極端には変えられないものの、多少の変型なら可能。
 現状で役に立ちそうな能力はこれくらいだろう。

「というわけでシェルロッタ、とりあえず上からどっちに向かって歩けばいいのか調べてくれない?」
「任されたるのです!」

 そう言うとシェルロッタは下半身を棒のような形に変え、それをさらに螺旋状に巻く。
 すなわちバネの形状だ。
 そのままぴょんと一度小さく飛び跳ねると、ぐっと力を込め……強く飛び出す!

「あ、ちょ、待っ」
「待ってたらばなー!すぐ上見てくグェバッ!!」

 シェルロッタは呻き声と共に落下してくる。上にある木の枝に頭をぶつけて落ちたのだ。

「体がバネになるわけ、ないでしょッ!!」

 すかさず美弥子がツッコミをすると落下と同時にシェルロッタが起き上がる。なんとかツッコミが間に合った。
 美弥子の能力は「異常な事」を消すと同時にそれによって起こった出来事も基本的になかったことになる。
 つまり今回の場合、シェルロッタが木の枝に頭を打ち付けたという事もなかったことに出来るのだ。
 しかし場合によっては多少の名残が残る場合もあり
 今、シェルロッタの頭には痛みこそないものの巨大なコブが出来ている。

「こんな木ばっかりのとこで思いっきり跳んだら頭ぶつけるに決まってるでしょ!」
「おおー……盲点でありまして、びっくりしてあったです」
「でも上から見ろって言ったのみやちゃんだったじゃーん、ねータロマルー?」
「もっといろいろやりようがあるでしょって話してるの!」
「そうなの……タロマルもやっぱりおばかさんなの……」

 そんな会話を一通りした後、今度は体を紐状にして木の枝にひっかけて上に登る手を麗華が思いつき
 おかげでなんとか元々のピクニックの予定地への方向がわかった。

 そうやってたまに上から道を確認したり
 麗華がへばったり
 川に魚がたくさん跳ねていたり
 眞雪が武器を取りだしたり
 シェルロッタがまた跳んで頭をぶつけたり
 美弥子が転んだり
 眞雪がばんそうこうを持っていたり
 麗華が休憩を申し出たり
 眞雪がお菓子を盗んだり
 シェルロッタが道を間違えたり
 美弥子が虫に驚き騒いだり
 開けた場所に綺麗な花がたくさん咲いていたり
 麗華がその場で眠ってしまったり
 眞雪が武器を取りだしたり
 そんな、いろいろな事があった。

 そしてようやく元々のピクニック予定地に帰りついた時には
 もう辺りは暗くなりかけていたし四人ともボロボロであった。

「あー!もう暗くなってる!」
「全部眞雪のせいでしょー!もー!お母さんに怒られるじゃん!!」
「本当に……れいかと美弥子を巻きこまないでほしいの……」
「なんだよー!れいれいが最初からワープで送ってくれればよかったんじゃーん!」
「嫌なの」
「なー、でもでなー、あたしは楽しくでしたかなー!」

 そう言ったシェルロッタを三人が見る。
 屈託のない笑顔を浮かべるシェルロッタに、美弥子は思わず吹き出した。

「……そうかもね、結局これもピクニックみたいなもんだったしね」
「美弥子がそう言うなら、れいかも楽しかったの」
「よっしゃー!じゃあ主砲行こう!花火を打ち上げるんだ!ブラストファイアー!!」
「お前はちょっとは反省しろっ!」
「……本当におばかさんばっかりなの」

 四人は自然に笑っていた。
 非日常でもある日常、だが、例えこんな日常でも。
 あともうちょっとだけゆるくなってくれればずっと続いていくのも悪くないと、美弥子はそう思った。
 そして帰りが遅くなった事をどう両親達に言い訳したものか、それを再び四人で考え始めた……

「非日常の向こう側の日常」

 今まで信じて疑わなかった日常。
 それが大きく変わってしまった時、人がどうなるかというのはやはり人それぞれである。

 放課後の教室。黒く長い髪の少女と金髪碧眼のポニーテールの少女がいる。
 黒髪の少女は落ち込んでいるのか、彼女の周りの空気は非常に重い。
 一方金髪の少女の方はあっけらかんとした表情で黒髪の少女の様子と廊下の様子を交互にちらちらと見る。

「……」
「来ないでしたなー、みやタン」

 黒髪の少女はしかめっ面をしたまま、金髪の少女の方をじろりと睨む。
 金髪の少女は特に臆する事もなく話を続ける。

「やっぱりあれでしたかねー、まゆタンがいなくなってしまったのショックだったですかねー」
「…………」
「まゆタン、突然いなくなってしまったですからなー。
 あたしもショックだろうし、みやタンはもっとショックでしたかねー」
「…………」

 黒髪の少女は腹立たしそうな顔をしながら金髪の少女を小汚い物でも見るような目で睨みつけている。
 もはや一触即発といっても過言ではなく、重い空気は次第に危険な空気へと変わっていったが
 金髪の少女はなおも語り掛け続ける。

「れいタンもなー、やっぱりショックだったろうでしたな?いつも無口でしたが今日はさらに無口ですな?」
「…………」
「あたしも元気もないようなので、いつもより元気ないように見えかねないです」
「いい加減にして……」

 とうとう黒髪の少女が口を開く。
 非常にころころとしたかわいらしい声であるにも関わらず
 その時の声は、地獄の底から這い出てきた者を思わせるようだった。

「……れいかはね、落ち込んでいるの」
「そうですなー、まゆタンいないですもの」
「あんなのはどうでもいいの……れいかの美弥子が、学校に来ない事が辛いの」

 黒髪の少女はきっぱりとそう言いきる。
 金髪の少女がその様子に「おー」と感心すると、黒髪の少女はためいきをつく。

「……なんなの……いつもいつも……れいかの美弥子をずっとずっといつも独り占めして……
 ……いなくなっても独り占め……?……ふざけてるの、おかしいの……」
「れいタンはみやタンがいつも通り大好きなのでしたか」
「……そう……だからタロマル、あなたと話している精神的余裕はれいかにはないの……」

 そう言い終わると黒髪の少女……読小路麗華は再び暗い空気を漂わせはじめる。
 しかし金髪の少女は……シェルロッタ・ロマルティナは何も気にせず話を続ける。

「奇遇なのでしたが、あたしも精神的余裕がないのでもってれいタンとお話してみるがあるのですー」
「……れいかは一人で落ち込んでいたいの……」
「しかしのー、あたしは不安が押しつぶされてそうなのでれいタンとお話してたいですね?」
「…………」

 もはや小汚い物を見る目ですらなくなった麗華の視線すらシェルロッタは一向に気にする様子はない。
 普段ならば、きっと眞雪がボケを重ね、美弥子がツッコミをしてこの場が丸く収まるのだろう。
 余裕もバランスも失ったこの場は何かをしようとすればするほどただ雰囲気が悪くなるだけのように見えた。
 しかし、それでも。
 それでも、この二人は例え[眞雪(ボケ)]や[美弥子(ツッコミ)]がなくとも、仲が悪いわけではないのだ。

「……もう、やめて」
「しかしですが」
「……美弥子は、眞雪が撥ねられたのを目の前で見たって言うの……」
「そうでいたしましたな」
「そんなの、絶対辛かったに決まってるの……だから、学校に来れないほどショックでも、仕方ないの……
 ……眞雪、どうして……そんな美弥子が悲しむようなことばっかりするの……
 ……ひどいの……勝手に……いなくなって……これだから眞雪は……おばかさん……なの……」

 麗華はぽつりぽつりと、うつむいたまま呟く。黒く長い髪が目元を隠す。
 こういう状況に陥った時、麗華が一番重く背負いこんでしまうタイプなのをシェルロッタは知っている。
 そしてその事をよく知っている友人が、この場にはいないがあと二人いたことも、知っていた。
 しばらくの間、二人は何も喋らなかった。
 少しだけ声にならない声が聞こえた気がしたが、シェルロッタはそれを聞き流した。
 ……その後、しばらくしてシェルロッタは再び麗華に声をかける。

「なーれいタン、みやタンにな、会いに行かんとしますかー?」
「…………美弥子は、今はきっと落ち込んでるの……そっとしておくの……」
「でもですな?あたしは話したらば少し元気になるのでしたかな?」
「……れいかは元気になってないの」
「ですか?」
「そう」

 シェルロッタはうーんと悩んだポーズを取るが、再び麗華に話しかける。
 先ほどまでの重い空気は、消えていた。

「でもみやタンはもしや話せば元気になると思うのではないですか?」
「……そうかな」
「そうかなな気がするのです」
「……そうかも」
「ですかも!」

 麗華はランドセルを背負い、シェルロッタの手を握る。
 これは別に麗華がシェルロッタの手を握りたかったというわけではない。

「じゃあ……少しだけ、行ってみるの」
「だいじょぶだったでしたか?」
「……うん、今、この距離ならいけるの。問題ないの」

 それは、麗華の魔人能力。「好きな場所にワープ出来る能力」だ。
 ただし、行きたい場所を出来る限り詳細に思い浮かべる必要があり
 遠くに行こうとするほど、様々な物を連れて行こうとするほど体力を使う。
 麗華は自分の能力がとても未熟であり、多くの人間と共に飛んだり何度も往復で飛んだりする事が
 自分にとっても、共に飛ぶ者にとっても危険な行為であることを知っている。
 故に彼女が普段この能力を使うのはせいぜい家と学校の行き来。あとは美弥子の部屋に侵入する時ぐらいだ。

 ……あの日もそうだった。

 美弥子の部屋に自分の部屋から直接侵入した後、ツッコミをされ自分の部屋に戻されて……
 仕方なくそのまま歩いて学校に向かい、シェルロッタと共に登校したあの日、事故は起きた。
 ……もし、本当に些細な違いがあれば。あの場に自分がいて、美弥子と眞雪と共に登校していれば。
 もしかしたら、眞雪は事故に合わなかった可能性があったのではないか?
 麗華は、どうしてもその考えを捨てられずにいる。

「……れいタンが思い詰めるは、ダメです」
「……れいかが想ってるのは、いつも美弥子の事だけなの」

 シェルロッタは再び「おー」と感心する。
 教室から二人の姿は消え……美弥子の部屋へと飛んだ。
 そしてその時。既に撫津美弥子の一つ目の戦いは終わり、勝敗は決していたのであった……

最終更新:2014年10月23日 10:26