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第一回戦SS・大都市その2


「Abunai!(あぶない!)」
 英字看板の街で黒人が叫んだ。
 悲鳴に反応して、白人が、なにが危ないんだ? と立ち止まり周囲を確認する。車道を見ると、刀を持った東洋人が左を見ながら横断している。
 彼の左に車はない。だが、右から猛スピードのトラックが来ている!
「Gaki! KURUMA dazo!(ガキ! 車だぞ!)」
 かわす間があるはずもない。
「Jiizasu!!(ジーザス!!)」
 白人は、一瞬後に訪れる惨劇に、目を閉じた。Aamenと念じた。そうすれば、きっと彼は天国へ行けるだろう、と。
 だが、ざわめきと絶叫が聞こえるばかりで、致命的衝撃音(ぶつかったメロディ)は聞こえない。
 そっと目を開き、ガッと目を見開いた。
 少年とぶつかったはずのトラックが、空中に浮き、彼の面前で、どんどんと姿を大きく――落下してきている。
「Jiiiiiiiiiiiiizasu!!!!!!!!!!!!!」
 白人はトマトのように弾け、赤色の血を撒き散らせた。
 殺人トラックは勢いそのままに高級紳士服店(ラニフィシオ デ・トレーニョ)のショーウィンドウをぶち破った。
 轢かれたはずの少年は、持っていた刀をパッと放す。
 すると、刀は地につくこと無く消え去った。彼はひとりごつ。
「研無刀……見た目は真剣とほとんど変わらないがあえて斬れない様に鋭く研がない分、硬度と重量をかなり増加させて斬るより破壊を目的とした玄人好みの刀だ」
 少年の名は、時ヶ峰健一。迷宮時計のバトルロイヤルが始まって2秒でトラックに轢かれた不運な男だ。
 だが幸運なことに、彼の剣技は凄まじい。自身への衝撃を完全に殺し、ベクトルを側方に変えた。結果、何人かの犠牲者が出たようだが、迷宮時計のフィールドは彼がいた基準世界とは異なる(パラレル)。その上、もともと他人の生死に関心はない。
「うっかり目立ったな……。まあ、ツラが割れてる前提だ。誤差の範囲(どうにかなる)だろう」
 時ヶ峰は跳躍し、災禍により人があふれる歩道(いしだたみ)に紛れこんだ。
 ――外国で、範囲は五〇〇m四方(せまい)とは言え、文化圏か。長期戦もありうる。老衰勝ち(ワン・センチュリー)も視野にいれるか――
 まるで自分は不死不滅だとでも言うかのような口ぶりだ。
『英雄の下で剣は舞う』
 あらゆる剣を召喚できる彼の魔人能力であっても、自身の器を超える剣を呼び出すことはできない。今の彼に不老不死の(さや)は、ちょっと、荷が重い。
 ちょっとしか荷が重くないのか?
 ちょっとしか荷が重くないのだ。
 奥ゆかしくない日本人。それが時ヶ峰健一であり、また、彼の実力を如実にあらわしている。急に来たトラックをやり過ごせるくらいには。
 学生服はあまりに目立つと気付き、時ヶ峰は、ガラスが散乱するバリアフリーな紳士服屋に足を向けた。すれ違う人がKureiji-Boyなどと声を荒げる。
「Oo Torakku-Fakku-Kureiji-Boy!!」
「Kureiji-Torakku-Boy!!」
「Torakku-Boy!」
「Torakku-yaro!!」
「Torakku――」インド人とタイ人のハーフで、16歳までニューメキシコで育ち、温和でしわのない顔の、三人の愛人を囲う、奇妙な(げてもの)果物を専門に扱う商人海賊団員の声色が高まる。「Jiizasu!!」
「Mata Kita!!!!」「Jiiiizasu!!!」「Mata!!」「Jiiiiizasu!!!!!」「Mata...」「Jiiii!ii!iii!ii!i!i!i!!...」
 時ヶ峰は、片言(Kata-Koto)異国語知識(ヒアリング)から、背後のトラブルに気付く。自分に対する非難罵倒ではない。もっと、なんというか、危機感のある、トラックが飛んできた白人のような絶叫――。
 トラッ、トラッ、トラッ、
 トラッ、トラッ、
 トラッ……
 ――また?――
 時ヶ峰は振り返る。
 そして驚く。
 彼の眼前には、六色の龍が、真白の牙を光らせていた。
「トラッ――ドラゴン!」
 DORAGONN!
 時ヶ峰は即座に龍殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)を召喚する。――龍属性に対して有効な接触系石化魔法が表面魔術処理(コーティング)されている。大剣としては軽く、物理より魔法重視。剣の形をした記憶魔石とも言える。おもに、龍の懐に忍び込んで鱗の隙間に刺しこみ倒せるらしいが、武器屋の売り文句(セールストーク)でしか活躍は語られない。吸魂の呪詛(キャッチコピー)は「非力なあなたこそ、龍殺し!」 ある地方では戸口に龍殺しの剣を寝かせ龍を遠ざける風習(いわれ)もあるが、それらは偽造品or魔法の剥げ落ちた嗜好品であるため、気休めの域を出ない。
 六色に輝き咆哮する龍に、龍殺しの剣を向け、手から放ち、言う。
「俺の下で舞え、無限の龍殺しの剣よ!」
 たて続けざまに召喚される龍殺しの剣。
 隊列(ファランクス)を組むように、龍口を迎え撃つ。
 ――腹の底から石になれ――
 その龍は――龍のかたちをしたものは、石にならなかった。
 無数の龍殺しの剣を飲み込み噛み砕き、そして時ヶ峰をも飲み込んだ。
 飲み込まれたのは時ヶ峰のみではない。白人黒人別け隔てなく、その大地・道・街ごとをえぐり、噛み砕いて全てを飲み込んだ。
 街をも――
 国をも――
 星をも食い散らかさんという勢いである。

 このとき、ストル・デューンはなにをしていたか――



 そういえばストル・デューンは何してたっけ。時を冒頭へと戻す。

「Abunai!(あぶない!)」
 英字看板の街で黒人が叫んだ。
 その黒人から20歩ほど下がったところに、ストル・デューンは居た。彼は、国籍不明性別不明の顔立ちとブランド・スーツ(グァベロ)のため、周囲にうまく溶け込んでいた――わけもなく、白と黒のみで構成された衣服と目を隠さない異様な眼帯は不気味がられていた。けれど、旅行客も多いため、大げさなことをしないかぎり目立つことはない――たとえば剣一本でトラックをいなす、とか。
 ストル・デューンは、「時ヶ峰健一」という個体を認識して、目を閉じた。
『赤×黒白 (Red × Black and White)』
 目を閉じると、赤色の運命が見える。目を開けば、視界を白黒に塗りつぶすことができる。それが色盲画家ストル・デューンの魔人能力であった。
 時ヶ峰健一の輪郭は、煮詰めた紅花のような赤が巡っており、その流れは緩と急を繰り返す。それは、生命の危機が近いことを表していた。
「存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の消滅を生み出す……」
 などと宣う彼の右手は震えており、意志と筋力でなんとか抑えつけていた。
 彼のスーツの内には、龍が描かれている。
 色盲の彼が、日毎、色を選ばずに描く龍。魔人能力とは一切関係のない、そのイラストが暴れまわり、訴える。
 あの男を喰わせろ、と。

 いつ、龍を解き放つか。
 トラックがウィンドウに突っ込み、時ヶ峰が歩道にやってきて背を向けた瞬間、ストル・デューンは枷を外した。
 ――ゆけ、彼ら(ゼイ)――
 ストル・デューンの右腕から放たれる六色の、龍のかたちを模した、何かの複合体。星から星へと渡り、かつ、星を食い散らかす存在。
 ストル・デューンは、彼らを使役していた。否、彼らが活動することに非を唱えなかった。それだけのことだ。彼らはストル・デューンを母星と呼び、ストル・デューンは彼らをゼイと呼んだ。
 ゼイが命を喰らい、力を増すたびに、ストル・デューンの世界は広がり始めた。盲目の彼は黒白の世界を得、そして赤を得た。『赤×黒白』の『×』には、次は何の色が入るだろうか。青か黄か、はたまた緑か。
 平時のストル・デューンには時折、ゼイの声が聞こえる。扉はまだ開かない、と。
 扉を開くと如何なる色彩が見えるか。迷宮時計に挑む動機は、まさにそれ1つに尽きる。
 色を得る。
 目的のためには、時ヶ峰健一を殺さなくてはならない。
「喰らい尽くせ、色彩のついた龍(Colorful They)よ」
 ストル・デューンの右腕から弾け飛んだゼイは、六色の光を放ちながら、有象無象を巻き込みつつ時ヶ峰を喰らう。光り輝く口腔に吸い込まれた時ヶ峰は、無数の剣を召喚したが、ゼイには無意味であった。
 黄土色の――ストル・デューンには薄灰色に見える腹に、時ヶ峰は消えた。時ヶ峰を喰らっても、ゼイは暴食を止めない。道から道へ、街から街へ、国から国へと喰らい尽くすつもりだ。それが、星から星へと喰らい尽くしてきた彼らの流儀らしい。
 ゼイが、新たな餌場へと飛び立とうとしたとき、異変が起きた。
 飴細工のような鱗に覆われた腹が、膨れ上がる。
 こんな事態は、いままで一度もなかった。いつも毅然として存在しており、ストル・デューンもまた、彼らにならって毅然としていた。
 水風船のように膨らみ続けるゼイ。水風船――そう、ストル・デューンは水風船を連想した。水嵩を増し続ける水風船の末路は――
 ゼイの腹部が裂け、そこから、無数の色を帯びた光が放射された。光と、六色(いろいろ)な体液。それと、菜種のような影が飛び出た。食い散らかされた無残な都市に、色鮮やかな雨が降る。混沌としたパレットの海へ、ゼイは静かに墜落した。
 ストル・デューンは、視覚で、直感・実感で、ゼイの死を確信した。
 だが理解ができない。
 星さえをも喰らい尽くす彼ら。
 星さえをも食らい尽くしてきた彼らを殺したのは、一体、だれ?
「全く、不意打ちばかりで、口上を垂れるひまもない」
 人の群れが失せた今、その声は、ストル・デューンの耳にもはっきりと聞こえた。
「お前を殺すために時空を越えてやってきた」
 その声の主は、曇りのない日本刀を、非常にしっくりくる自然体でだらりと構えていた。
「俺の力で呼び寄せられる最強の剣――」

真剣(ガチ)――転校生・時逆順(ときさかじゅん)だ」



時逆順!
無限の攻撃力と無限の防御力を持つ転校生!
 迷宮の時計職人(バトルロイヤルのしかけやく)
「全く、なにが『彼ら』は星を喰らう生き物だ。だよ。おちおち眠っちゃいられねえ」
 時ヶ峰健一の姿をした自称・時逆順(?)は、ニヤリと笑い、無個性の日本刀――イデアのような日本刀を、ストル・デューンにまっすぐ突きつける。
「まあ、いい。こいよ、画家。殺し合おうぜ。俺は、お前を、殺す」
 直接的な言葉通り、ストル・デューンへまっすぐ駆けた。
 六色龍の災禍により、戦闘領域にいた人々はみな食い殺された。隠れる意味もない。アスファルトが隆起し、左ハンドルたちが好き勝手にひっくり返る四車線を横断し、猛スピードで接近する。トラックはこない。
 ストル・デューンは懐から真っ黒な銃を取り出し、銃口を(てき)に向ける。魔人専用の大型拳銃(45口径)だ。魔人にしては力のないストル・デューンでは、両手で構える必要がある。左手首のデジタル時計がきらりと光る。
「……」
 時逆順(?)が一直線に走ってくる。距離にして100mほどはある。
 ストル・デューンは両目を見開き、
白化(アルベド)」視界に映るもの全てを白く染める。
黒化(ニグレド)」視界に映るもの全てに50cm四方の格子(グリッド)を引く。
 画家にとって距離把握は基礎中の基礎である。
 イメージ通りに筆を置く力もまた同様である。
 ストル・デューンは、魔人専用大型拳銃の固い引き金を二度引く。弾丸はまさに狙い通り――時逆順(?)の顔面と心臓を突く、はずであった。
 時逆順(?)は、木の棒で蜘蛛の巣を払うように、弾丸を叩き斬る。
 叩き斬ったとて、弾片がうまく身体を避けてくれるわけではない。
 1gの鉄片が、時逆順(?)の眉間へ。
 ストル・デューンは「運命」を見、それた弾片の軌道も、予見していた――その弾片が、無限の防御力を持つ時逆順(?)にとって、なんのダメージも与えないことも。
「ハッハッハッ!! さあ、さあ! さあさあさあさあ!!! ハッハッハッハッ!!!! 俺はお前を殺す! さあ、俺を殺してみろ! ハッハッハッハッハッ!!!」
 馬鹿笑いをしながらも、時逆順(?)は勢いを緩めない。
 ストル・デューンは、不自然なミステリアス・オーラを発して応える。
「存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の……一点の……」ストル・デューンは力なく笑う。「もう、いくらシリアスぶっても駄目だな」ストル・デューンは銃を懐にしまい、左手首の時計を外し、人差し指でぷらぷらと回しながら、両手を顔の横で広げてみせた。「転校生? 絶対勝てないじゃん(笑)」
 その一切を、罠かと警戒しながらも、時逆順(?)は自信満々に直進。
 ストル・デューンは腕をあげたまま、ぼけっと空を見上げている。
 その無防備な頸が、斬撃の間合いに入る。刹那、刀が振るわれ、首の皮一枚で止められる。
 ストル・デューンは、なんのカウンターもしない。
 無抵抗の頸に、刀をくりくりくりと押し付けると、赤色の血がつつつうーっと流れた。
「おいおいおいおい、諦めたのかァ? 殺すぞ? 殺しちゃうぞ?」
 ストル・デューンは、吹き出しそうな、だだっ子のようなおちょぼ口から、ぼそりとつぶやいた。
「だって、どぉー考えたって殺せないんだもん。無理だよ。これを差し上げます」
 と言って、指にひっかけていた時計を、ぽいっと時逆順(?)に投げる。
「きみ、時逆順なんだろ。勝てないから、それ、あげるよ」
 あっけなく放られた腕時計を、刀を持たない手でキャッチ。
「ふん、つまらん男だ……」
 と呟きながら、意識せず時計に目を落とす。ぎょっとする。
 ストル・デューンは左頬を吊り上げて笑った。
「受け取ったな?」
 ストル・デューンの迷宮時計に表示されている対戦相手は、時ヶ峰健一。
「僕は、時逆順に時計をあげたんだからな」
 時逆順(?)が受け取った迷宮時計は光り、分解され、またきらめきながら形作り、懐中時計として彼の頸にかかる。
 迷宮時計の所有者が代わった。
「きみが時逆順というんなら、きみ自身が、時ヶ峰健一と戦うべきなんじゃないかな?」
 その瞬間、時逆順(?)の体が弾け分かたれた!

 右に吹き飛び、横転した電気自動車にぶつかったのは、刀を持った時ヶ峰健一。
 問題はもう一方。裾がマントのような長ランを着た、銀髪の少年。モノクルをかけ、紅さす頬には欧州一八〇〇時計の刺青シールが施されている。
 この姿こそが、まさに時逆順本来の姿であった。
「いてて……くそ、まさかこんな形で元に戻るとは」
 ――これが、時逆順の遺言となった。
 肉体の分割と、新たなバトルロイヤル開始に、いちはやく気付いた時ヶ峰健一。彼の動きは俊敏そのものであった。
 跳び、空中で新たな(つるぎ)を召喚。
 ストル・デューンは運命を見た。その剣は黒い運命を伸ばしていた。間合い全てを殺す真っ黒な闇。触れたものを必ず殺す。そのような運命を担う剣。
 時逆順がその剣の存在に気付いてもすでに間に合わない間合いにある。
 ひゅん、という風切音がした。剣はすでに振られてる。
「必中必殺の福本剣。威力は身を以てすでに知っているだろう。とくと味わえ」
 時逆順は、かっぴらいた目を閉じない。頭と頸とがさよなら(バイバイ)したから、もう、彼の顔は永遠に驚いたまんまだ。時が止まったみたいに。
 転校生を一撃で斬り伏せた時ヶ峰は、荒い息を混じらせ、言う。
「俺の身体も過去の記憶(プロローグ)も奪いやがって」血を払い、頬の返り血を拭う。「俺は必ず迷宮時計を……」
 時ヶ峰はちらりとストル・デューンを見た。彼は両手を股の間で重ね、微動だにしない。
 周囲一帯に、無機質な合成音声が響く。
「第十回戦、戦場、大都市、時逆順、vs、時ヶ峰健一。勝者――」
 両手を股の間で重ね、微動だにしないストル・デューン。
 その姿は、虚像である。
 ストル・デューンは能力を使い、空中に、自分の肖像をカンペキに再現した。もともと白と黒に身を固めているストル・デューン。よくよく注視しなければ、違和感を覚えることすらない。
 肖像の裏から、ストル・デューンは時ヶ峰の頭に照準を合わせていた。
 運命が、時ヶ峰の心臓で黒く光る。
 銃声。
 死体がふたつ重なる。頸から上が転がってった死体と、45口径に胸をあけられた死体。
「――勝者、時ヶ峰健一、おめでとうございます」

その勝者さん、いま死んじゃったんですけど。と突っ込むものはいない。
 ストル・デューンは遺体をまさぐり、学ランの裏から銀の腕時計を見つけた。剣技の邪魔で、身に着けなかったのだろう。
「存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の肖像を映し出す……」
 ストル・デューンは、ペロッと舌を出し、無垢に笑う。
「なんて、いまさら格好つけても遅いかな?」



 ストル・デューンは、大都市の世界から退出した。
 ふたつの死体のそば、『黒化(ニグレド)』による墓碑銘が銘記されていた。

 永遠なる死、ここにあり――と。



○色盲画家ストル・デューン
運命を見、視界を白黒に塗りつぶす能力者。
星を喰らう統合生命体「彼ら」の母星であったが、時逆順によって彼らは殺されてしまった。
シリアスなスタイルは、どうやらキャラ付けらしい。

●時ヶ峰健一
あらゆる剣を召喚する能力者。
転校生・時逆順に身体を乗っ取られていたようだ。時空を操る時ヶ峰一族の力のためか時逆順の力のためか、あるいは双方が影響し合ったのか――確かめる術は、もうない。