第一回戦SS・軍用列車その1


――『迷宮時計』。

この時計がいつからあるのか、覚えてはいない。
気がついた時にはこれはアタシの左手にあった。

この『時計』を持つ者達は、お互い戦う宿命にある。

冗談じゃない。
アタシが戦わなきゃいけない相手はアタシの心が決める。
こんなくだらない時計なんかにアタシの進む道を決められてたまるものか。

この時計のことはすべて頭に入っている。そういう能力らしい。
術者はすでに死亡。かけらを全て集めたら願いが叶う。
この欠片によっていくつの人生が歪められただろうか。

じゃあアタシのすることは一つだ。
シンプルだ。アタシはいつだってシンプル。

欠片を集めて、すべての歪みの元を断つ。

少なくとも『こいつ』は一発ぶん殴ってやらないと気がすまない。


――そんなことを考えていると、デジタル時計の文字盤に文字が表示された。

『アト24:00 タイセンアイテ:クグルイ カレン』

……かわいい名前だな、と。そう思った。

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第一回戦 第7試合 潜衣花恋 VS 菊地徹子

『女の戦い』

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「おいおいおいおい……マジかよ、こりゃ……」

がたんがたんと、走る電車の中。
黒髪に銀眼の少女、潜衣花恋はその中に居た。

窓から外の景色を見ると、見知らぬ場所。
そもそも窓が少ないし、なんだか鉄板みたいなもので覆われている。
よく見たら銃器のようなものまで備え付けてある。物騒極まりない。

どうやら、ここが「戦闘空間」というものらしい。

花恋は壁に手を当てる。

(……魔人に対して有効とは思わねーが、無いよりマシだろ)

電車から装甲板を『奪い』、盾にする。

――触れたものから『奪う』能力。それが彼女の能力。

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装甲列車の反対側の先頭車両にはもう一人の対戦者。
金髪に切れ長の目の少女、菊地徹子。

「電車かぁ」

徹子はドアに手を当てる。

「嫌いじゃないよ、電車は」
「目的地までまっすぐ進むからね」

電車の連結部の装甲ドアを『貫き』、破壊する。

――あらゆるものを『貫く』能力。それが彼女の能力。

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装甲列車に、ドカンドカンと響き渡る轟音。

(おいおいおいおい、まさかドアを全部ブチ抜きながらこっちに向かってるのか……?)

音は迷いなく花恋の元へと近づいてくる。

(私の対戦相手はゴリラか何かかよ……こんな鉄板じゃ不安だな……)

花恋は手に持った鉄板を装甲列車に『返す』。
……だが、そのまま戻すのではなく、連結部に鉄板でフタをするように戻す。

(これで多少は時間が稼げるか、あとは……)

その直後。
まるで鉄板に障子のように穴が空き、外側から破壊される。

鉄板が、粉砕する!

(ま、マジかよ!本当にゴリラかヒグマか何かか……!?)

鉄板が崩れ、侵入者の姿が現れる。
その細い体、長い金髪、白い肌。
……少なくともゴリラではない。

(女……?)
「……やっぱり、可愛い子じゃん。よろしく、花恋」

破壊者の姿を見上げつつ、花恋は思い出す。
菊地徹子。対戦者の名前。

「……私を、花恋って呼ぶな」

思考を切り替える。
この女は、敵だ。倒さなくては帰れない。

列車の床板を『奪い』、敵に投げつける。
その影に隠れて敵に跳びかかり、攻撃!
攻防一体の奇襲攻撃だ!
防いでも叩き落としても隙ができる!そこを狙う!

……だが、その女はどちらも選ばず、そのまま真っ直ぐ進んできた。
床板を蹴り貫き、前方にジャンプ。

「……やるってわけね、花恋。アンタみたいな娘とは戦いたくないけど」
「そういう戦いだろ?これは。何あんた。ビビってんの?」
「ビビってる……そうかもね。でもアタシも勝ちたい理由があるから。頑張るよ。」
「だからってハイそうですかとやられてあげるわけにはいかねーよ」

奪われて穴の空いた床板を飛び越え、花恋が飛びかかる。
徹子はその拳を受け止め、反撃に移ろうとする。が。

「かかった」

花恋がにやりと笑う。
その拳を通じて、徹子の『攻撃力』を奪う!

(あのドアをぶち破った『攻撃力』が無ければ……!)
(何かされた!?でも……)「カンケーない、よッ!」

花恋の脇腹に徹子の拳が突き刺さる。
『攻撃力』を奪われたパンチは大したダメージではない!
……かに思えた。

「か……はッ!?」
「ごめんねぇ。何したかわかんないケド、このまま決めるよ」

『貫く』力。『攻撃力』を奪われようとも内蔵に衝撃を与える。

(能力!?しまった……!)
「あ、あれ?あんまり手応えがない……じゃんっ!」

本来なら衝撃で気絶するほどの一撃だが、『攻撃力』を奪われているため効果は薄い。
だが内臓に直接衝撃を与えられ、一瞬動きが止まる。
その隙をつき、徹子は空中でバランスを崩した花恋を肩で突き飛ばす。
やはり威力はない。1mほど押されただけの花恋が再び襲い掛かる。

「ちょっと、どーゆーことよこれ」
「教えねーよ!」

奪った『攻撃力』による拳が徹子の顔面を狙う!
その拳を振り向きざま額で受ける!衝撃ではじけ飛ぶ両者!

「い、いったた!やるじゃない花恋!さっきのより良かったよ!」
(……あの扉をぶち破る『攻撃力』を奪ったのに、大した威力じゃない?
 って事は、アレは『能力』の方か……!)

「アタシとしては大人しく時計を渡してくれると嬉しいんだけどさァ」
「おいおいおいおい、フザけてんのか?私だって勝って帰らなきゃいけねーんだ」
「そっか。花恋には待ってる人がいるんだ。」
「……ちっ」

待ってる人?
決まってる。お姉ちゃんが待ってるんだ。

待ってる?お姉ちゃんが?
あの人がいるのに?

私を?

待ってる?

待ってる……?

本当に?本当に?


「どしたの?花恋」

対戦相手の場違いにも思える素っ頓狂な声で現実に帰る。

「だから。……花恋って呼ぶなッ!」

怒りに身を任せた一撃が徹子の顔面に突き刺さる。
……避けなかった?何故?

「花恋。あんた。まっすぐじゃあないね。
――そんな拳じゃア、アタシを『貫けない』よ」

花恋の左頬に衝撃が走る。徹子の平手が花恋の顔を張り飛ばす。
『攻撃力』は奪っている。痛くない。
……でも、痛い。心が、痛い。

「花恋。アタシを見てよ。後ろばっかり見て戦っててもつまんないよ。」

徹子の真っ直ぐな心が。私の心を『貫く』。
その場にへたり込む。

時計。時計。こんなものがあるから……
私は、お姉ちゃんのところに帰れない。
戦って、勝たないと。お姉ちゃんのところに帰れない。

(本当に?)

……時計があってもなくっても。もうお姉ちゃんと一緒にはいられない。
欠片を集めて、時間を戻して、ずっとお姉ちゃんといっしょにいたかった。
でもそれは、お姉ちゃんの幸せじゃない。私のエゴ。

きっと、能力を使ってあの人からお姉ちゃんを『奪って』も。
私の大好きなお姉ちゃんは、私のものじゃないんだ。

「……うっ。ううううう……」

涙が出てきた。
なんで私はこんなところで戦っているんだろう。
なんで私の隣にはお姉ちゃんがいないんだろう。

「あ、あれ?痛かった?ご、ごめんね?」

こちらを見て困惑する対戦相手。
あの人は何故、こんな戦いに巻き込まれて。それでも何故。

「……ねえ、あんたはなんで戦うの」
「え?なんでって……それがアタシだから。」
「え?」
「アタシの『徹子』って名前は、とーちゃんが『一つのことをやり徹すように』って付けてくれたんだ」
「それで?」
「この時計を拾った時さ、ぶわーっていろんなことがわかったの。
 それで、こんなつまんないことで人生を狂わせられる人もいるのがムカついて」
「……」
「だからさァ、この時計を作ったやつをぶん殴って。能力を解除させてやるの」

呆気にとられる。
この人は単純だ。だから強い。

「……バッカみてー。答えになってねーよ」
「ば、バカって何よ!」
「あんたって悩みなさそうだよな」
「悩みくらいあるわよ!……たぶん」
「……」

そうだ、バカみたいだ。
お姉ちゃんが幸せになるなんてそれ以上の幸せはないのに。

「……私の負け。時計はあげる」
「え!?いいの?」
「ケンカじゃ多分あんたには勝てないし。もういいんだ」
「……そっか。ごめんね。」

両親の形見の時計から不思議な力が失われる。
ああ、これで。もうお姉ちゃんのところには戻れない。
そう思うとまた涙が出てきた。
ゆっくり体を起こし、対戦相手の元へと歩く。

「ねえ、代わりにお願いがあるんだけど」
「なあに?時計ちょうだい、はナシよ」
「ううん、欲しいのはあんたの強さ」
「?」

花恋は徹子の手を握り、そのまま抱き寄せる。

「わわっ」

『奪う』のではなく、この人の強さを『分けて』もらおう。
ぎゅっと徹子を抱きしめる。この真っ直ぐな心の奥底から無限に湧き出る強さを、少しだけ。
私が強くなって、お姉ちゃんの幸せを守ろう。
そして私もいつか。

「……勝てよ」
「もちろん!……ちょっと待っててね。すぐ終わらせるからさァ」

しばらくそのまま、徹子の肩を借りてまた少し泣いた。

不意に、電車が止まる。
終着駅に着いたようだ。

「じゃあね」
「またね」

短い言葉を交わした時、徹子の姿はもうなかった。
元の世界に戻ったのだろう。

「……新聞の日付は2014年、か」

もしかしたら時間軸が同じ平行世界かもしれない。
でも、また会えると信じて真っ直ぐ歩き出す。

「まずは、場所を把握しねーと」

帰ったら、もう一度二人の幸せを祝福しよう。
そんで、もしもあの人がお姉ちゃんを泣かせるようなら、ぶん殴ってやるんだ。

きっとそうはならないだろう。
お姉ちゃんの選んだ人だから、間違いはない。

幸せな二人を見守るために、家に帰ろう。

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第一回戦 第7試合 勝者:菊地徹子

最終更新:2014年10月19日 15:34