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氷河での戦い、その24時間前


『駄目だ、警備が固いよ』『見つかりそう、ヤバいって』
 ティアドロップサングラスを流れる白い文字列の群れが、芳しくないフィードバックを告げる。
「撤収だ」
 白いワゴン車の後部座席で、山口祥勝は顔を顰めつつ運転手に指示を出した。それを受けてコンビニの駐車場からワゴンが発進する。
 しばらくして、開けっ放しの窓からソフトボール大の浮遊物体が車内へと飛び込んできた。それは祥勝の掌に収まると、一瞬にして消滅した。

『ハイライトサテライト』で他の『時計所有者』の動向を探るべく動き出して、数日が経つ。収穫はほぼ皆無。分かったことといえばせいぜい、飯田カオルの周囲に張り巡らされた警備の厳重さぐらいだった。

『そういえばさ、祥勝は「時計の所有者でーす」って名乗りあげないの?』『あの議員とかミスター・チャンプみたく』
視聴者の一人である“風天”が尋ねてきた。彼はコミュニティでも年少者で、他のメンバーと比較すると思慮が浅い。

「名乗り出ることのメリットは?」
『ほら、アレじゃん? あいつらに媚び売っておけば、負けても助けてもらえるかもしれないじゃん?』『それに、他の参加者が表立って祥勝を狙いにくくなるじゃん?』
「違うよ。まずあいつらの救済策は信用ならない。それに、俺にはあいつらみたいな公的な後ろ盾がないから、警備を増やせるわけでもない。心証的には狙いにくくなるかもしれないけど、ある程度吹っ切れた魔人相手じゃ効果は無い」

『デメリットはなんかあんの?』
「飯田やチャンプの方が俺より声がデカい。そういう相手に協力するような素振りを見せたら、骨の髄までしゃぶられるぞ」
『ミスターチャンプは絶対そんな奴じゃねェよ!!』
『風天はあさはかだなあ』『風天はおろかだ』『かわいい』
『ウィー!アー!!チャンプ!!!』
「A子もかよ」

「あいつらの行動のキモは、現実世界での警護を固めることでもなければ、対戦相手に社会的圧力を掛けることでもない。もっと別の部分だよ」
『その別の部分ってのは何なの?』
「宿題だ、”風天”」
「俺から手を打つとしたら、今はこれだけだ」
 携帯端末を弄る。表示された『ブラストシュート』のホームページを、新たに生み出した衛星で映す。
最近プロフィール欄に追記された、『本名:山口祥勝』という情報。

「俺の対戦相手の時計に表示される名前は『山口祥勝』だ。『魔人ヒーロー・ブラストシュート』じゃない。こうしておけば検索にかかって、相手が俺の動画を見る。そこからいつもみたく能力を勘違いしてくれれば御の字ってやつだ」
「身元特定されて襲われないの?」
「ウィッシュリストはじめ、居場所につながるページは凍結した。それから、今は拠点を”無糖”の貸してくれた部屋に移してる」

 ブラフを張るときは、タネが割れても何も困らない、引っかかれば儲けものぐらいのやり方が理想的である。できることなら、それを幾つも用意する。ばらまいたノイズが蓄積すれば、普通に戦うだけでも優位を取れるようになるからだ。そこを勘違いして策に溺れる奴は得てして弱い。それが祥勝の考えだった。

「どうやら、たった今決まったみたいだ。二十四時間後に戦う相手ってやつが」
ヒーロースーツから取り外してきたアイグラス部品を翳す。対戦相手の名と決戦の舞台が綴られる。
『戦闘空間:古代・氷河   対戦相手:浅尾龍導』

「まず、場所は古代の氷河。範囲は1km四方。相手は、あさお……なんて読むんだ? これ。あさおりゅうどう? タツの方の龍の字に、導くって字だ」
『龍導?』『浅尾龍導かな』『知ってる名前だ』
「その字で合ってるよ……”闇神”、本当か?」
『昔、希望崎学園で同級生だった奴だ。アサオ タツミ。俺とタメだから25ぐらいの男だよ』

「魔人能力は?」
『知らん』
『使えねーな、闇神』『闇神、無能。』
『生徒会役員だったからなあ。一般生徒にとって生徒会の能力なんてトップシークレットだよ。ただ、噂には聞いたことある』『浅尾龍導は、恐ろしい切れ味の剣を使う魔人だって話だ』

「ふーん……なら、距離を取って戦うことになるな。”メタリカ”」
『ライフルか?』
「もちろん、他にも色々。戦った後に全部戻ってくるから、ツケといてくれ。あと、とにかく早く。24時間以内に」
『戻って来なかったら、お前のスーツの予備を売っぱらってやる』

欠片の時計は、其々が異なる特徴を持つ。あるいは持ち主となった魔人の『認識』と混ざり合うことで、新たな性質を発現させることもある。
祥勝の時計が備える主な特徴は二つ。一つは、矛盾の解消。
戦闘空間での時間経過は、現実世界への帰還時に無かったことになる。例えば0時ちょうどから一時間戦ったとしても、勝者が戻ってくるのは0時ちょうどのままだ。しかしそこからの一時間、視聴者達は祥勝とその対戦者の戦いを観ているはずである。もしもその一時間の間に、勝者が視聴者や生放送に何らかの干渉を行った場合、タイムパラドックスが発生してしまう。
祥勝の持つ欠片の時計は、この矛盾を解消してくれる。詳しくは実際に事が起こるまで定かでないが、能力が不発に終わる可能性などは考える必要がないらしい。
もう一つは、ルール認識の深さ。時計を奪い合う戦いに巻き込まれ、最初に祥勝が考えたのは『ルールの抜け穴の有無』である。彼の時計は疑問に対して十分な回答を示した。『表示される名前』や『矛盾の解消』について事前に知ることが出来たのもそのおかげだ。

視聴者たちとルールを考察し、仮説を吟味した結果、分かった事。
この『欠片の時計を巡る戦い』には、圧倒的に有利な勝ちパターンが存在する。そして、祥勝にはそれを実行することは出来ない。
ならば、飯田カオルやミスター・チャンプに頭を下げて、命だけでも助けてもらう? 冗談ではない。

「どこまでやれるもんかね。雷炎の魔人ヒーロー・ブラストシュートさんよ」

山口祥勝の戦いが、こうして始まった。いずれ敗北することが、初めから分かりきった戦いだった。