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第一回戦SS・工場その1


燃える。燃える。真っ赤に燃える。咲き誇る無数のグロリオサ。
さようなら愛しき孤児院(オーファネージ)。そして、こんにちは新しい自分(ぼくたち)。
紅蓮の夜に僕の身を包んだ耐火服は、それでも業火に耐えかねて、白くて長い髪となる。
だけど素敵な髪だろう? 実はとってもお気に入り。二人で一人も悪くない。

時逆順が僕(ら)を執拗に狙い続ける理由は簡単。
僕(ら)は時逆順を滅する定めを持つ者だから。
僕(ら)が時逆順を滅ぼしたい理由も簡単。
愛しき孤児院を焼かれた恨み、殺された父の仇、生まれてこれなかった姉妹の怨嗟。
卵と鶏、どっちが先かなんて考えても意味はない。
風月藤原京と柊時計草は、時逆順を滅し去る。
そうすればパラドックスはおしまい。結論は、シンプル。



シシキリは殺した。何度も殺した。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も殺した。
そうすることで、祝薗盛華を天国に送れると信じていたから殺した。何度も何度も。
それでも一向に天国に行く気配がしないので、更に何度も殺した何度も殺した。
思い付く限りの恥辱を与えながら殺した。
考えうる限りの苦痛を与えながら殺した。
何度も殺した何度も殺した何度も何度も何度も殺した何度も殺した殺した何度も何度も殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した。



「つまり、祝薗盛華を殺したのは時逆順ってことだね」
『手を下したのは本人じゃないけど。私達の孤児院を焼いたつまらない放火魔と同じ、自分の意思で動いてると思ってる狂人』
「時逆順は“花”を恐れている? あるいはシシキリに僕らを殺させるつもり?」
『たった一日で調べられるのはこれが限界。――花刑には処せそう?』
「証拠不十分。五分五分ってとこかな」

1998年11月。千葉のニュータウンを震撼させた猟奇殺人事件。
シシキリとは何者なのか。過去を紐解き、時計草と藤原京はこの事件に辿り着いた。
被害者は、堀町臨次(ほりまち・りんじ)24歳と、その婚約者、祝薗盛華(ほうその・せいか)25歳。
堀町は自宅で全身を拘束された状態で衰弱死。その側には斬り落とされた祝薗の四肢があった。
シシキリの都市伝説が成立する元となったと考えられている一連の未解決事件のうち、最も古い物のひとつである。

――時間だ。
柊時計草と風月藤原京を白い光が包む。転送開始。



到着した戦闘空間は、造船所だった。
真新しいデリック型クレーンのプレートには「造製年元和昭」と刻印されている。昭和初期のようだ。
机の上に置かれた図面には「部作工鶴舞」の文字。すると、吊られている二隻の特II型駆逐艦は二番艦と四番艦だろう。

柊時計草は『オリカミ』で姿を変え、髪を織り成し造船所に馴染む作業着姿となった。
小柄なアルビノ少女の風月藤原京だから明らかに場違いな存在ではあるものの、少なくとも遠目には風景に溶け込むことができるだろう。
二人で一人の人工探偵は、隠密裡に行動を開始。勝利のための“伏線”を張り始めた。
さいわいなことに探偵にとって親しみ深い“花”を咲かせるための材料は、軍事工場では事欠かない。



あらかた“伏線”の配置を終えた頃、時計草と藤原京は戦闘領域内に入ってはじめて他者と遭遇した。
造船所の作業員だろうか、清潔な作業着を身に付け、大きな消火器のような形をしたボンベを台車に載せて運んでいる。
異常に体格の良い作業員はシシキリの変装である可能性があるため遠距離攻撃で仕留めておきたいところだが、藤原京はやむなく近づいていった。

対象まで残り数メートルの距離。時計草が判断を下し、精神感応で藤原京に伝える。
((こいつはシシキリだ!))
居合い斬り! 藤原京の探偵刀が白刃を煌めかせ、シシキリが化けた作業員の腹を横一文字に切り裂く!
更に居合い二閃目! シシキリは隠し持っていたナタで受け止める!
ギシィッ! 耳障りな金属音! 両者の距離が開く!

「グ……ナ、何故……判った……?」
シシキリは作業帽を脱ぎ捨てる。乱れ髪がバサリと広がる。

『貴方の作業着、ポリエステル製ですね。ポリエステル繊維が実用化されたのは1950年代。この時代には存在しないものです』
人工探偵五原則の制約により、時計草達は対象が「被害者」である可能性を完全に排除できない限り攻撃を加えることができない。
ゆえに「犯人」である証拠を掴むために接近する必要があったのだ。

「というわけさ! 油断したなシシキリぃー!」
藤原京の連続探偵斬撃! シシキリはナタで巧妙に受けるが先制攻撃のダメージでその動きは鈍い。
本人は非力な藤原京だが、身を包んだ時計草のパワーアシストを受けることで、その膂力はシシキリと同じ領域まで高まっている。
そして父に刻み込まれた探偵術!
「ヤアアーッ!」
千葉流探偵術『蟹牡丹(カニボタン)』! 瞬間二連撃の高速推理居合いがシシキリの胸を裂く!

((駄目……藤原京、いったん引こう! こいつ、さっき“完全に油断してた”!))
(意味わかんないよ! だからチャンスなんでしょ!)

「ヤアアアアーッ!」
居合いの連撃速度を更に高める!
赤いナタが軋む! シシキリの非致命的裂傷が数を増す!

((金満寺相楽殺人事件! 私達は生存者の証言を完全に読み間違えていたの!))
(どういうこと!?)

「グオオオオーッ!」
シシキリが反撃のナタを振るう!
藤原京は探偵刀の上を滑らせるようにナタを受け流し、返す刀で逆袈裟に斬り上げる!
深く入った! シシキリの脇腹から血が噴き出す!

((こいつは私達が人工探偵だと知っていた! こいつは人工探偵五原則を知っていた! それゆえ油断した!))
(だからどういうことなの!?)

シシキリは藤原京たちに背を向けた。
先ほど運搬していたボンベ状の物体に対してナタを振り上げる!
藤原京の居合いが三撃、シシキリの背に深々と赤い線を刻み込む!

((こいつの戦法は考えなしの力押しなんかじゃない! 相手を調べ上げ、対策を練ってくるタイプ!))

シシキリのナタが降り下ろされる!
ボンベが裂けて中の液体が吹き出し全員の身体に降りかかる!

『ギャアアアアーッ!』
全身を焼かれたような悲鳴を時計草が上げる!

「アハハァ、いっぽん目ェ……!」
シシキリのナタが、藤原京の右腕を斬り落とす!
時計草のアシストを突然失った風月藤原京は避けられなかった!

((やられた……ビピリジニウム系の禁止除草剤パラコートの一種……現代から持ち込んできたのか……逃げて……クラブトロリ……))
イネを元に作られた人工探偵である柊時計草にとって、非選択性除草剤のパラコートは効果絶大である。
藤原京は天井からぶら下がるクラブトロリ型クレーンに左腕で掴まる。
時計草は身を焼く除草剤の激痛を堪えながら電源を操作する。
工場内の設備のほとんどは既に、長く張り巡らされた時計草の有線制御下にあるのだ。
過負荷リミッターをあらかじめ解除しておいたクラブトロリの横走行装置と巻上装置が定格を遥かに越える速度で藤原京達を引き飛ばす!
六本の大型アームで吊られた建造中の船体を藤原京達は飛び越えて遠方に落下した。

シシキリもすぐに追撃を開始する。
周囲に罠が仕掛けられていないことを確認し、吊られた軍船の下を駆けて藤原京達に迫る!

戦闘開始直後におけるシシキリの戦略は明らかに失策だった。
シシキリは相手の戦略が『探索』であると予想して、『待ち伏せ』を選択したのだ。
ゆえに、最初の数十分を潜伏して無為に過ごし、『罠設置』を選んだ藤原京達に大規模なトラップ構築を許してしまった。

工場内上方で、六輪の爆発の“花”が同時に咲いた。
支えを失った巨大な船が、シシキリの上に落ちてくる。
大質量攻撃! 帝國海軍特II型駆逐艦弐番艦『敷波』! 総排水量壱千九百八拾瓲!

轟音! 震動! 衝撃で造船所内の窓ガラスが全て割れる!
飛び散る破片を身に受けながら藤原京たちも転がる!
造船所全体がミシミシと二十秒ほど揺れ、やがて揺れは収まり、静寂が訪れた。

「は、ははは、やった……ざまみろ時逆順!」
藤原京が左手一本でガッツポーズ。
透き通るように白いアルビノの肌も、心なしかほんのりと上気して赤みが差している。

『安心するのは早いよ。船の下から“時逆順”を回収するのは結構骨ね』
除草剤のショックから回復した時計草は髪を織り成し、パートナーの欠損した右腕を覆って止血する。

……ぼとり。
何かが、地面に落ちた。

「ヒ、ヒヒヒ……にほん目ェ……!」
背後から――シシキリの声!

「な、何だってぇぇぇーっ!?」
『キャァアアァアー!』
両腕を失った藤原京と時計草が振り向き叫ぶ。
たち込める埃の中、全身の左半分をぐしゃぐしゃに磨り潰されたシシキリが、赤いナタを持ち笑って立っていた。

敷波の下敷きになったシシキリがなぜ生きていたのか。答えは簡単だ。
床面コンクリートの耐久力が、シシキリのそれよりも低かった。それだけだ。

『藤原京っ! 開庭っ! 開庭しなさいっ!』
「うわあああああっ!“花刑法庭 -フラワーコート-”開庭っ! 罪状、連続殺人! 被告人、シシキリこと――堀町臨次っ!!」



アサガオ、アイリス、スイカズラ。八重咲きストック、ホリホック。
ネリネ、カラタチ、カンパニュラ。ムラサキツユクサ、クリサンセマム。
エキナケア、……ネモフィラ。
色とりどりの四季の花が、際限なく天より舞い降り積もりゆく。
此処は花刑法庭(フラワーコート)。
罪人達を花刑に処す、美しき法治の庭園。

「オ、オオ……オオオ……」
シシキリは、その光景に涙した。
久しく失っていた、人間らしい感情をわずかに取り戻して涙を流した。
花降り注ぐ法の庭は、まるで祝薗盛華が思い描いた世界制覇後の理想世界そのものであったから。

「――祝薗盛華」
柊時計草が織り成した純白の法服に身を包んだ法偵・風月藤原京は、慎重にシシキリの様子を窺いながら言葉を発した。
シシキリの胸から赤い血が噴き出す。
ここは、言葉の力が物理攻撃に転換される論理法庭。
発する言葉が相手の心に響けば、それがそのまま外傷となるのだ。

「彼女は、花と緑をこよなく愛する女性でした」
藤原京が言葉を発する度に、シシキリが血を流す。
花々は静かに降り続ける。
時折花を舞い散らすそよ風に、中身のない法服の袖が揺れる。
ここまで追い詰められるまで花刑法庭を開庭しなかったのには理由がある。
言葉を誤れば自分自身が論破される危険のあるハイリスクな空間であること。
論破されないまでも、被告を仕留め損ねれば一事不再理の縛りによって二度と審理に付せないこと。
ゆえに、事前に万全の証拠固めを行い、必勝の構えで臨まなければならないのだ。

「彼女は心優しく、花を愛し、街を愛し、人々を愛していました」
シシキリの出血はいよいよ激しさを増す。
膝まで埋まった花の絨毯は、シシキリのまわりだけ血で赤く染め上げられている。

「しかし、結婚を間近に控えた1998年11月……彼女は何者かによって、惨たらしく殺されてしまいました」
シシキリが噴水の如く血を流す。
藤原京もまた、祝薗盛華の無念を思い、涙していた。
時計草は、咎なき者・神の子イエスの受難の花。
祝薗盛華の受難も、誰かの罪をあがなうためのものだったのだろうか。

「彼女の婚約者も激しい悲しみと憎悪の中で死を迎えました。そして彼は死してのち魔人として覚醒し――シシキリとなったのです」

シシキリは。堀町臨次は死後三日後、死体安置所で魔人となって蘇生し、人の世から姿を消した。

「これは憶測ですが、あなたの能力は盛華さんが味わった苦しみを、犯人に何度も与えるための能力、ではないのでしょうか」
シシキリは答えない。
だが、滝のごとく流れるシシキリの血が、藤原京の想像が正解であることを伝えていた。
シシキリは殺した。憎むべき仇を見つけ出して殺した。
達磨に変えて、何度も殺した。何度も何度も何度も何度も殺した。
己の所業に怯え、嫌悪し、精神を自壊させながらも、実直に、ひたすら怨敵の達磨を何度も何度も殺し続けた。
それが、祝薗盛華を天国に送るために必要だと信じていたから。
それが、愛する婚約者を守れなかった自分への罰であったから。
全身の血のほとんどを失い、シシキリは花の中に倒れた。

「その後あなたが手に掛けたのは、何人もの人間を殺した殺人鬼ばかり。これも、盛華さんへの贖罪なのでしょう」
シシキリが集めるべき達磨は13個。
無差別に殺せばよいのならば数日で達成できる数字だが、対象が連続殺人者限定となると難しい。
この16年で集めた達磨の数は、わずかに8個。

「でも、もういいんです。もう休んでもいいんです。あなたは、十分以上に復讐を果たしました。天国の盛華さんも、きっとあなたの平穏を望んでいるはずです」
花。花。花。天から降り注ぐ無数の花。
シシキリは、いや、堀町臨次は、その花が祝薗盛華からの赦しの言葉であるように感じた。
花が降り積もる。愛の言葉が積み重なる。
傷つき倒れた臨次の身体を、花が優しく覆い隠してゆく。
姿が完全に見えなくなれば、花刑完了だ。

「ア、ア……アリガトウ……」
花に埋もれながら、臨次は感謝の言葉を述べた。
「盛華のことを……知ってくれてありがとう……。盛華のために……泣いてくれてありとう……」
臨次は、心の底から柊時計草と風月藤原京、二人で一人の探偵に感謝していた。

「そして――」
花の絨毯の中から、赤いナタが飛び出し、藤原京の右脚を斬り落とす。
「三本目……盛華の為に、達磨になってくれてアリガトウ……」

「ぐああぁああぁあ!」
『藤原京っ!』
鮮血の花を咲かせて藤原京達が倒れる。

「盛華は俺のことを赦してくれてる……たぶん……そうだろう……」
ナタを支えにして、全身を己の血で染め上げたシシキリが立ち上がる。

「あいつは、そういう奴だから……自分をあんな目に遭わせた犯人すらも赦しかねない馬鹿だから……四本目」
藤原京の最後の四肢にナタが降り下ろされる。
時計草は盾を構築して防御しようとしたが、精神リンクした藤原京の激痛パルスに妨害されて十分な強度を得られなかった。
頭髪の盾もろとも藤原京の左脚が両断され、四肢切断が完了する。

「だから俺が赦しちゃいけないんだ……自分のことも、奴のことも……決して赦してはいけないんだ……」
降りしきるネモフィラの青い花。祝薗盛華の赦しの花。
だが、シシキリは止まらない。願いを叶えるまでは、殺すことを辞めない。

「盛華は天国に行かなければいけないんだ……だから俺は殺す……達磨にした連続殺人者を十三人積み上げて、盛華が天国に昇るための階段を作るんだ……」
シシキリのナタが、風月藤原京の頭部に降り下ろされる。
赤いナタが、藤原京の脳と、脳に宿る柊時計草の本体を破壊する。

――花刑法庭は消え失せる。
埃と鉄と油の匂いが漂う造船所の中、シシキリの前には白い達磨だけが転がっていた。




――これで僕らの戦いは終わりだって? 冗談!
僕は白い達磨になって、基準世界に戻る。
時計草はシシキリの“時逆順”に統合されて基準世界に戻る。
まだ何も終わっちゃいない。
風月藤原京と柊時計草は、時逆順を滅し去る。
それは何一つ変わらない。結論は、シンプル。