第一回戦SS・サバンナその2


 その場所は、小学生が大した準備もなしに来るにはあまりにも過酷な環境だった。
 舗装もされてない大草原、獣の臭い、灼熱の如く降り注ぐ太陽の光。
 そんな環境に撫津 美弥子は一戦目から既にくじけそうになっていた。
 今は岩の陰に隠れているものの、体力の消費は尋常ではない。

 対戦相手も様子を伺っているのか姿が見えない。
 いや、もしくは……今の美弥子と同じように、出てくることが出来ないのかもしれない。
 今回の対戦で"迷宮時計"を持った魔人に許された空間は500m四方という
 この広大なサバンナに比べればそれほど広くはない空間である。
 実際、美弥子の視界の先、やや遠く離れた所に戦闘空間の"限界"を感じ取れている。

 そして今。この付近には、巨大なライオンが闊歩している。
 ……ライオンは一般的に必要な時以外には狩りをしないといい、人間を襲う事は極まれであるという。
 だが美弥子にそのような動物図鑑めいた知識はなく、実物の野生のライオンには強い恐怖感を抱いてしまう。
 なにより、ライオンに襲われ殺されるなどという状況は
 近代社会では非常識的かもしれないがこのサバンナの真ん中では常識的と言えてしまう。
 つまり、美弥子のツッコミなど通用しない。ライオンに襲われたら一巻の終わりだ。

 先ほどまでは、このサバンナに来るまでの美弥子は、負ける事など微塵も考えていなかった。
 眞雪と再び会う為には必ず勝たなくてはならない。
 その気持ちだけで対戦相手が発表されてからの24時間を過ごした。
 だが実際のところはどうだ。
 対戦相手と出会う前に既にサバンナの気候と百獣の王に心を折られかけてしまっている。
 ――眞雪と同じだ。所詮は小学生なのである。
 このような暴力的な環境に出てくるだけであっという間に命の危険に晒されてしまうのだ。

 もし、この場で負けてしまったら。
 戦いで命を取られなかったとして、サバンナの過酷な環境で長く生き続けることは難しいだろう。
 そうなればワクワク動画生放送で発言された「置き去りになった参加者の救助」が間に合うかどうかも怪しい。

 美弥子はランドセルを開けようとする。
 金具の部分が非常に熱い。うっかり触れば火傷してしまうだろう。
 細心の注意を払ってランドセルから水筒を取り出すと、中の冷たいお茶を一杯……我慢できずにもう一杯飲む。
 もう一杯飲みたい気持ちはなんとかこらえ、水筒を再びランドセルの中にしまう。

 少しだけ頭に冷静さが戻った気がした。
 勝ちさえすればいい。
 負けてしまったら、それこそ両親にも、友達にも、もう二度と会えなくなってしまうだろう。
 それは、眞雪を助けると決めた時にも十分に覚悟したことのはずだった。
 だが、いざその状況が訪れるとやはり美弥子の心は次第に恐怖に支配されてしまうのだ。

「……でも、勝たなきゃ。勝たなきゃ、いけないんだ……絶対に……」

 そんな気持ちで凝り固まった美弥子の耳に飛び込んできたのは、ライオンの咆哮と足音だった。




「……いやしかし、まいったな」

 サバンナの木陰。
 カウボーイハットを被りワイシャツの上から革のジャケットを羽織った若い男がそう独り言をつぶやく。
 ……独り言?いや、違う。彼にはその独り言に返答する存在がいた。

「まだ言ってるの?そろそろどうするか考えたら?」

 その存在は、男の周りをふわりと飛びまわると、皮のジャケットのやや上の辺りで飛びながらも一休みした。
 幼い少女(ガール)のようでもあり、小さな女性(レディ)とも言えるそれは、まさに妖精と言える存在であった。

「それを今考えてるんじゃないか、いくらサバンナって言ったって突然ライオンとは思わないだろ?」
「遊世お得意の勘は冴えなかったってわけね」
「それは違うなイオ、ライオンが出てくるという予感はあったんだ。
 ただもうちょっと段取りがある物と思っていただけさ!」

 その男、希保志 遊世は、ライオンが闊歩するそのすぐ近くの大樹の影にいた。
 遊世はこのサバンナに召喚された際、ライオンの目と鼻の先に現れてしまい
 慌ててこの場に身を隠したというわけだ。

「とにかく、あのライオンをどうにかしないとな、危なっかしくてしょうがない。
 こっちの道具を俺らが使うわけにはいかないし……」
「アタシはいい方法を思いついたよ!」
「え、マジ?すごいな!そろそろトレジャーハンターのヒラメキがお前にも身に付いてきたってところか?」
「バカみたいな事言ってないで!鞭あるでしょ鞭!」

 そういうと妖精、イオは遊世のホルダーに収まっている鞭の周りを飛び回る。

「おいおい、俺は猛獣使いじゃないんだぜ?ライオンを操れって言われたって出来ないよ」
「違うよ!この鞭をアタシがライオンの前で不規則に操作してさ」
「猫じゃらしみたいに使うってことだな!本当は俺もわかってたさ、トレジャーハンターのヒラメキが……」
「はいはい、そういうことでイイよ、とにかくやってみよう」

 そんな言葉を交わしつつ、イオはライオンの近くまで飛んでいき、能力発動の準備をする。

「思ったんだけどさ、イオがそのままライオンを引きつけてくれればいいんじゃないか?
 ライオンはイオには触れないんだし」
「遊世はアタシをおとりにするつもりなの!?」
「いや、いや、鞭よりイオの方が俺は大事さ。じゃあ行くぜ!」

 そう言うと遊世は鞭をイオの方へと放り投げる。
 投げられた鞭は重力に従い次第に勢いを落として草原の上に……落ちない。
 鞭は途中で軌道を変え、そのまま上へと上昇する。
 鞭の軌道の先にいるのは……イオだ。
 イオの"重力妖精"としての力によって、鞭を引きよせているのである。

 そして鞭をライオンの前に落とすと、ライオンがわずかに反応する。
 イオは重力をこまめに操り、鞭は落下と上昇を小刻みに、かつ不規則に繰り返させる。
 鞭はひらひらとライオンの前を横切り、その動きを無視できなくなったライオンは鞭に向かって飛びかかる。

「それっ」

 イオはふわりと空を舞いながら鞭と踊り、ライオンを誘う(いざなう)

「ほらほらほらー!せいやー!」

 若干はしゃいだイオと共にライオンは唸りながら鞭を追いかけ、やがて遠ざかっていく。
 しばらくしてふわふわと戻ってきたイオはびしっとサムズアップした。

「流石だぜイオ!……で、鞭は?」
「ライオンがすごい勢いでじゃれついてるから置いてきたよ」
「……オウケイ、しょうがないな」

 遊世は頭をかきながら改めて広大なサバンナを眺める。

「さて、もうひとつの問題だな……あの岩場の影にいるんだよな?」
「うん、さっき空から確認したからね」



「な、何が起こったんだろ……?」

 ライオンの咆哮に驚いた美弥子は、岩場の影からそっと顔を出した。
 どんどん遠ざかるライオンは、何かを追いかけているようにも見えたが、よくわからない。
 とにかく、ライオンはいなくなった。それだけはわかった。

「……」

 どうしよう。出ていくべきなのか。それとも相手がこちらへ来るのを待つべきなのか。
 その判断も美弥子にはなかなか出来ないでいた。
 そして、手をこまねいている者は後手に回るものである。

「えーと、どうも、はじめまして」
「え……!?」

 突如、岩場の上から声をかけられた美弥子は思わず飛びのき、地に転がった。
 その様子に声の主の男もやや慌てる。

「おいおい、大丈夫か?」
「う、う、うううっ!」

 妙なうめき声と共に、美弥子はなんとなく臨戦態勢……のような、よくわからないポーズを取る。
 その姿に、男の傍らの妖精は思わず軽くふきだした。 

「少し落ち着いて、アタシ達はまず話をしたいと思ってるの」
「……!?よ、妖せ……!」

 美弥子はぱしんと手で口を塞いだ。
 男と妖精は不思議そうに顔を見合わせる。
 無理もない。これは美弥子独特の行動なのだ。

 『妖精なんているわけがない』

 そのような類のツッコミをすれば、妖精を消す事が美弥子には出来てしまうだろう。
 だがしかし、初めて見る本物の妖精。かわいらしい妖精。それを消してしまう事は彼女には出来なかった。
 故に彼女は口を塞ぐ。彼女の能力は目視してから大体5秒ほどの間にツッコミをしなければ発動しない。
 喋る事自体は特に問題がないのだが絶対になくなってほしくない時はこうやって口を塞ぎ、息まで止めるのだ。
 1、2、3、4、5、念の為に、6、7、8、9、10。

「ぷはっ……よ、妖精!妖精だよね!!」
「そうよ、アタシは重力妖精のイオっていうの!」
「す、すごい、私妖精って初めて見た!」
「まあ、こっちの物質世界ではあまり見ないわよね」
「そして俺が、トレジャーハンターの希保志 遊世だ。よろしく」
「……」
「あ、あれ?」

 遊世が話しかけた途端に、今まで和やかに話していた美弥子の反応が一気に敵意に満ちた物になる。
 "迷宮時計"に示された対戦相手と同じ名を名乗られれば、それは自然な反応と言えるだろう。

「遊世、話はアタシがするからアンタはあっちにいってて」
「オウケイオウケイ、任せたよ」

 遊世は首を若干傾けながら両手で軽く何かを押すようなジェスチャーをした後
 ゆっくりと後ろへ下がって元々いた大樹の下まで歩いていった。

「えーっとね、アタシ達はあなたを傷つけるつもりはないの。
 この戦いに巻き込まれたんだったら、今降参をしてくれれば安全に帰れるのよ。」

 遊世とイオが小学生相手に真剣に戦おうというつもりにならないのもごく自然な事であるだろう。
 さらに二人は対戦場所がサバンナであるとわかった時点で美弥子への救済の準備をしてからここに来ていた。
 もちろん、例え小学生相手であろうと油断は出来ないのがこの戦いではあるが
 先ほどの美弥子の反応からも強い戦意はないと判断したのだろう。

「あ、もちろん方法は考えてあるわ。食料とお水、それに獣避けの道具もいくらか持ってきてある。
 これを使えば、サバンナの真ん中でも何日かは生きていけるはず……その間にアタシ達は」
「……出来ない」

 美弥子がそうつぶやく。
 イオは言葉に詰まった。

「降参は……出来ない、よ……ごめんなさい」
「……そ、そうよね、不安なのはわかるけど……でも、戦い続けたらもっと危ない目に……」
「そうじゃ、ないの……私は……この戦いで、優勝しなきゃ、いけないから……」

 イオは再び言葉に詰まった。
 彼女の目は……本気だ。
 イオは気が付いた。彼女には、何かしらの退けない理由があるのだ。

「おーい?そろそろ話は終わったー?」

 大樹の方から遊世が声をかけてきた。
 イオは少し戸惑いながらも、遊世に現状を告げる。
 遊世は両手を頭の上まであげながら、美弥子にゆっくりと近付いていく。
 先ほどのような強い敵意はないが、それでも未だに体を強張らせる美弥子を見て
 そのままゆっくりと視線を美弥子に合わせる。

「あー、えと、美弥子ちゃん、でいいかい?頷いた?頷いたように見えたから話を続けるよ。
 イオが言った通り、俺達は出来れば君とは戦いたくない」
「でも、私は……私は、どうしても勝たなきゃいけない……!」
「どうしてもって言うんだったら、俺達も戦わないわけにはいかないな」
「ちょ、ちょっと遊世!?」

 遊世はイオの制止も聞かず、ホルスターから過剰なほどの歯車が取りつけられた銃のような物を取り出す。
 美弥子は、ひっと耳を澄まさなければ聞こえない程の声で叫んだ。
 しかし、それをじっくり見ていくにつれ、ただの装飾過多な細工物である事に気が付く。
 武器なら、本物の銃なら……今までの日常生活で、ありえない形で何度も見てきた。

「見た目はゴテゴテしてるがこいつは本物の銃だ。美弥子ちゃんに勝ち目はない。
 "クロックワークブランダーバス"って名前でな、こいつを手に入れたのは歯車の……」
「遊世!バカなこと言わないで!戦うなんて本気で言ってるの!?」
「……降参なんてしない!」
「……次も俺達みたいに優しい相手とは限らないんだ。
 容赦せずに本気で美弥子ちゃんの事を殺しに来る奴もいるかもしれないんだぜ?」

 遊世の顔はにこやかに笑ってはいるものの真剣そのものだった。
 その顔を見て、イオはやはり言葉に詰まり、何も言えなくなる。
 だがそれでもやはり……美弥子の心は変わらなかった。

「……私には……どうしても……叶えたい願い事があるんだ……
 ……だから、負けるわけにはいかないんだ」

 美弥子の顔もまた、真剣そのものであった。
 遊世はその顔を見ると厄介だな、と言いたげな顔をして立ちあがると
 "クロックワークブランダーバス"を大樹の方へ構えた。

「……じゃあ、試し撃ちだ。見ててみな」

 遊世はその細工物の撃鉄を起こし、ゆっくりと引き金を引いた。
 こんな作り物の銃に弾を込めた所で、弾丸が発射されるわけがない。美弥子はそう思った。
 だが火薬の音と共にオルゴールの音色が響き渡り、それと同時に発射された弾は大樹の枝に命中する。
 枝はかろうじて皮一枚で繋がって重力に従い地面へ向けて垂れ下がっていた。
 大樹の真ん中に当てるつもりだった遊世は頭を軽くかきながらも、再びしゃがみ美弥子に語りかける。

「……な?本物の銃だ、勝てるわけが……」
「こんなおもちゃから本物の弾丸が撃てるわけないじゃない!
 中にオルゴールが入ってる銃なんてありえないでしょ!絶対に機能するわけないじゃん!!」
「いやいや、確かに俺もその辺は不思議だが実際にちゃんと……」
「遊世!!」

 イオの声に遊世が振り返ると、大樹には異変が起こっていた。
 いや、違う。まるで撃たれた事などなかったかのように大樹の枝はみるみると撃たれる前の状態に戻っている。
 それどころか、今この瞬間に遊世の手に握られていたのは
 弾が撃たれた形跡すらない、ただの銃の形をしたオルゴールだった。

「……これが、美弥子ちゃんの能力ってわけか……」

 そう、"クロックワークブランダーバス"は内部構造的には完全に普通のオルゴールである。
 だが何故か実際に弾を込めれば撃つ事が出来る上
 形状的にはフリントロック式であるにも関わらず現在のハンドガン並みの威力、精度を持っているのだ。
 遊世ですらその仕組みがわからない古代のアイテム。
 ……これは当然「異常な物」(ツッコミでなかった事に出来るもの)だ。
 そして一瞬でも状況判断が遅れた者は後手に回るものである。

「……!」

 美弥子はランドセルを持ち上げ、遊世の顔に押し付けた。
 重量を利用して武器として扱おうとしたのか?いや、違う!

「……あっちぃいっ!!」

 美弥子はランドセルの金具を押しつけたのだ。
 サバンナの気候によって熱せられた金具は大の大人をも怯ませ、尻もちをつかせるのに十分な物であった。
 その隙に美弥子は遊世のカウボーイハットをひったくり、距離を取る。

「……あっ、おい!俺の帽子!」
「わ、私は戦う!絶対に負けられないから!」
「おいおいマジかよ!」

 全速力で逃げていく美弥子を目で追いながら、なんとか立ちあがった遊世はジャケットの中に手を入れる。

「ちょ、ちょっとどうするつもり遊世!」
「あの帽子は俺のトレードマークだぜ?取り返さないわけにはいかないだろ!」
「そうじゃなくて!いくらなんでもナイフは……!」
「あれは口で言っても簡単には聞かねえよ!俺のナイフの腕は知ってるだろ?
 それに……頼りにしてるぜ、相棒!」
「……もうっ!」

 先行して先に飛んだイオに続いて遊世も美弥子を追いかけ始める。
 遊世が投げたナイフは時にイオの誘導も手伝って的確に美弥子の走る先の地面へと突き刺さり
 そのナイフはイオの手によって一か所に集められ、再び遊世の手に戻る。
 そのようにして美弥子は少しずつルートを変えざるを得ず……
 つまり、遊世達に逃走のルートを完全に定められていた。

 走りながらも美弥子は思う。
 やっぱり怖い。こんな事が何度も続けば。遊世の言う通り容赦なく自分に殺意を向けてくる者が現れれば。
 また私はくじけてしまうのかもしれない。でも、それでも。

 眞雪とまた会いたい。

 またいつも通り、眞雪と、みんなと、遊べる日が来なくてはそれは自分の望んでいる日常ではないのだ。
 だから何度くじけかけたって絶対に勝ってみせる。
 どんなに説得されても。どんなに勝てる見込みが薄くても。
 絶対に、最後の最後まで諦めたりしない!

「……はあ……はあ……」

 最後に美弥子は、先ほどの物とは別の大樹を背にする形で追い詰められていた。
 さらにその後方少し先には巨大な水場もある。

「ふう……もう、逃げ場はないな。大人しく帽子を返してくれ」
「……」

 美弥子はゆっくりと前に出て、帽子を差し出す。

「よしよし……やっぱりこの帽子がなきゃ落ち着かなッ」

 その瞬間、美弥子は帽子の裏に隠していた水筒のお茶を思いっきり遊世の顔にぶちまけた!
 そしてその隙に、帽子を後ろの水場へ向かって思いっきり投げ飛ばす!

「ああっ、イオ!頼む!」
「もうっ!」

 イオの重力操作によって投げられた帽子は途中で方向転換しイオの元へと引き寄せられ……

「あー……なんか、重力感じるなー、ってそんなわけないじゃん!
 じゅ、重力操るなんて、おかしいでしょ!
 げほっ……帽子は、っていうか、ブーメランでも、こんな戻り方しないよッ!」

 美弥子がぜえぜえ言いながらもツッコミをした瞬間
 一瞬引き寄せられた帽子は再び水場の方向へ鋭く方向転換し進んでいった。

「その戻り方の方がおかしいだろ!……くっそっ!」

 濡れた顔を拭いながら遊世は帽子を追いかける!
 水場へとゆるやかに落下していく帽子を追いかけ……

「……待って遊世!そっちは……ッ!」
「……よっ、とっ……ふー、危ないところだったぜ……。」

 間一髪、水場に落ちる前に帽子をキャッチする事に成功した遊世は帽子をかぶり直しながら辺りを見回す。
 ……何かがおかしい。
 戦闘空間の限界が自分の目の前にあり、その先にイオと、美弥子がいた。

「……あれ?」

 イオは自分のおでこを押さえて溜息をついた。
 帽子を奪ったのも、ここまで走って来たのも、お茶をかけたのも、帽子を湖に投げたのも全てこの為。
 逃げていたのでも、ルートを決められていたのでも、追い詰められたのでもない。
 最初から美弥子の勝利への道は……ここにあった。

「はあ……はあ……!」

 美弥子はその場に倒れ込み、息を整える事に専念しはじめた。
 遊世はゆっくりと戦闘空間内に戻ってくると、美弥子の隣に座り込む。

「……いや、まいったな。完全にしてやられたぜ」
「美弥子ちゃんのペースに乗せられた時点で遊世の負けだったってわけだね……アタシもか。
 さっき重力妖精って自己紹介しちゃったから、アタシが重力を操れるってばれちゃったんだもんね」
「はあ……はあ……」

 ツッコミをするのも相当苦しかったらしく、美弥子は返事をすることなくただただ息を整えていた。
 その様子を見て遊世は苦笑する。

「……美弥子ちゃん、これだけは忘れないでくれよ」
「……?」

 遊世は自分の懐中時計を手に持つと、それを美弥子の腕時計にそっと宛がう。
 一瞬時計同士がぼんやり光ったかと思うと
 その光は美弥子の腕時計へと吸い込まれるように移動し、やがて消えた。

「本当に危ないと思ったらすぐさま降参するんだ……命あっての物種って言ってな……
 ……残った友達まで悲しませるもんじゃないぜ」
「……!……なんで……」
「それは、トレジャーハンターのヒラメキってやつだ」

 そう言って遊世は不敵に笑った。
 美弥子は驚いた顔のままふっと消え、元の世界へと戻っていく。
 そしてサバンナには、一人の男と妖精が取り残された。

「……ねえ遊世、もしかして……わざと負けたの?」
「まさか、俺はいつだって全力だよ」
「うわ、アンタそれカッコつけてるつもりかもしれないけど、最高にカッコ悪いよ」
「あれえ?」

 遊世がゆっくりと立ち上がるとイオもそれに合わせて目の高さまで飛んでくる。
 ふと気になり"クロックワークブランダーバス"を眺めると、それは今まで通りの"異常な"銃に戻っていた。

「……あの子、大丈夫かな」
「案外勝ち上がっちゃうかもしれないぞ?小学生は怖い。俺は今、身を持って体験した」
「本当にね」

 ここまで来ると、イオも思わずくすりと笑ってしまった。
 すると遊世もにこりと笑い手を広げる。

「……それよりも見ろよこの広大なサバンナ!これは絶対になんかあるぜ!俺の勘がそう言ってる!」

 イオは、再び溜息をついて、遊世の次の言葉を予想した。
 そしてそれが絶対に当たるだろうという予感もあった。
 しかし、これは断じてトレジャーハンターのヒラメキなどではない。イオは心の中でひとりごちた。

「俺程のトレジャーハンターなら財宝を手にする運命が見えるのさ!」



●第一回戦第三試合 結果

  • 「"木瓜殺手刀"の美弥子」撫津 美弥子
勝利 (トレジャーハンターにちょっとだけ憧れを持ちつつ帰還)

  • 「重力妖精召喚「サモン・イオ」」希保志 遊世
場外負け (顔の火傷と鞭以外はほぼ無傷)

最終更新:2014年10月15日 16:50