第一回戦SS・サバンナその1


「わあ…凄い……本当にサバンナに来たんだな…」

一面の草原、まばらな木、遠くに見える動物達
初めて目にする広大な自然を前に美弥子はしばし呆然とした。

「眞雪もこうやって色んな場所へ行って戦ってたのかな…」

左腕に巻かれた腕時計をじっと見る。

どんな武器でも生み出す能力を持った―――
とても騒がしかったけど一番の友人だった―――
目の前でトラックに撥ねられた―――

―――眞雪。彼女が遺した欠片の時計と呼ばれる不思議な時計をじっと見る。

「待っててね、私頑張るから……」

美弥子はそう呟くとランドセルを下ろす。
その中にはノートや雑誌、防犯ブザー、水筒等など様々な品が入っている。

「もしかして眞雪はこんな時の為にこれを遺したのかな…」

美弥子はそこから一つ、ランドセルの容量の殆どを占めていた黒くて大きな物体を取り出した。
それは眞雪の死後、彼女の部屋で見つけた箱に入った遺留品のうちの一つであった。

「ま、ジメジメしてても仕方ないし、早いとこ準備しないと対戦相手どころか
そこら辺の野生動物に食べられかねないしね、張り切って行こう!」


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「あれが対戦相手みたいだな…見えるか?」
「えーと、赤いランドセル背負ってるね…」

美弥子の位置から離れた場所の木の陰から遊世は双眼鏡を覗きながらそう呟く
遊世が覗く双眼鏡には横から生える様に小さなミニチュアのような双眼鏡が付いた特注の物である。
小さな双眼鏡はイオが覗く事で遊世と同じものが見えるようになっている。

「見たところ小学生っぽいね」
「名前が分かった時点で女だって事はわかってたけど、まさか小学生とはな…」
「ねえ、遊世。相手が小学生だとしても戦える?」

イオの言葉に対して遊世は少し唸ってから答える

「…どっちかというと戦いたくはない。しかし、戦えるか戦えないかで言えば『戦える』
少なくとも相手に戦う気があるなら、子供を殴りたくないから戦えないなんて甘っちょろい事は言いたくないな。
しかし…勝つ為には殺すしかない、なんて状態になったとして、殺せるかどうかは怪しいな…
いや、まあ相手が強くて殺る気まんまんで、殺すか殺されるかなんて状況になったら
殺してでも生き残るつもりだけど、実際にできるかどうかってなると別だし……」

遊世が監視をしながら真剣なトーンで語るのをイオはしばし双眼鏡から目を離し眺めていた。

「珍しいね、遊世がそんな神妙な顔するなんて」
「いやそりゃだって、イオが真面目な話するから真面目に答えたんだろ?俺だってそういう時は真面目に考えるさ。」
「まあアタシはその考えが良いと思うよ、女の子は大事にしないとね」
「女の子は大事に…ね……。」
(またイオの謎のレディファースト論が始まったか)
「あ、あともしかしたら相手が小学生のフリした大人の魔人とかって可能性とかもあるよな、それならそこまで気にせず戦えるな」
「その場合、相手はわざわざ小学生の格好までしてるんだから滅多な事じゃバレないようにすると思うけどね」

イオはそう言うと双眼鏡から離れて周囲を見回し始めた。
当然、美弥子の監視に夢中な遊世が肉食獣に襲われない為にもこういった警戒が常に必要なのだ。

「ま、まずは相手がどのくらいやりあう気なのかとか、どのくらい戦えるのかとかをまず確認しておきたいな」
その方が心情的にも戦いやすいし、当然ながら単純に戦闘の有利不利に関わってくるからな
その面でこっちに来て割と直ぐに一方的に相手を発見できたのは本当にギョーコーだよな」

遊世は相棒に警戒を任せて、笑いながら監視を続ける。

「でも確認ってどうするの?もしかして肉食獣が襲い掛かって来るのを待つとか?」
「まあ、あとはこっちをどうやって見つけてくるかとかかな、もし肉食獣に負けるようだったら
急いで助けてやって恩を着せてなんとか降参してもらおう!」
「降参したらここに残されるからまた肉食獣に襲われる事になりそうだけどね。
あと実はこっちが見てる事に気づいてて、助けたところを不意打ちしてくる可能性も気を付けてよ」
「分かってる分かってる」

遊世は後ろに向けて手をひらひらと動かす。

「………ところでさっきからアイツ、ランドセルから取り出した何か機械みたいなのを組み立ててるんだが」
「えっ!何それ!?そういうのは早く言ってよ!」

イオが小さな双眼鏡の元へと急いで飛ぶ。

「なんだろうあれ、なんか縦長で……あ、肩に担いだ…大きめなスコープみたいなのも付いてるね…」
「…何かを探すようにキョロキョロと動かしてるな…なんというかまるで大型のカメラというか…
ロケットランチャーというか……なんだかこっちの方を向いてきて……ってイオ頼む!!」

遊世がそう叫んだとき、既に美弥子の構えた兵器から発せられた高速飛来物は
白い軌跡を残しながら遊世の姿を捉えていた。


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ミサイルの爆炎を眺めながら美弥子は思い出に浸っていた。
昔、家に眞雪や他の友達たちを呼んだときに観たアクション映画のワンシーンで
一般市民がロケットランチャーを撃てた事の説明を「説明書を読んだのよ!」で済ませていたのに対して
「それだけで使える物なの!?」っとタイミングよくツッコミを入れてみんなを笑わせたりしたものだ。

しかし、今実際に自分は眞雪の遺した索敵機能搭載対魔人誘導小型ミサイルランチャーを
説明書を読んだだけで使用しており、「案外撃てるもんなんだね」と感心していた。

(ここで『やったか!?』とか言ったら確実にやってない事になるよね…)

尤も美弥子はそんな事を言わずとも今ので相手を仕留めれていない事をなんとなく分かってはいた。
まず第一に美弥子が発射したミサイルは最初は真っ直ぐ標的へと飛んでいったのだが
途中で急激に下へと軌道を変えて地面に衝突したのだ。
恐らく敵の魔人能力か何かで軌道を変えたのだろう。ツッコミを入れれば軌道を戻せたかもしれない
しかし、元々そういう精度の悪いミサイルであるのではという考えが頭の中に若干あったためツッコミは入れれなかった。

第二の理由は更に決定的な物である。先ほど使用したミサイルランチャーのスコープの索敵機能は
煙の向こうに魔人の生体反応があることを示していた。

「できればあまり相手の姿が確認出来ない遠くで終わらせたかったなー
……でも、大丈夫。眞雪の為なら私はやれる」

美弥子は、ミサイルランチャーのスコープを切り離しながらランドセルから
別の武器を取り出す、先ほど使用したミサイルランチャーは弾を一発しか持って来ていなかった。
素人の自分が迂闊に沢山持ち歩いていると予備の弾を暴発させてしまいかねないし
弾の装填はかなり面倒な動きが必要であり、とても戦闘中の再装填ができそうになかったからだ。

美弥子が新たに取り出した武器は大量の小さな釘のガンベルトをぶら下げたネイルガンである。

「どうせならもっと普通の銃とか遺してくれれば良かったのに…」

そう愚痴を零しながら美弥子は左手でスコープを構え、右手に持ったネイルガンを正面に向ける。
スコープの索敵機能が前方の遊世と思われる物に対して付けたロックオンマーカーは美弥子の方へと徐々に接近してきている。

しかし妙だ、遊世は結構な距離を前進しているのに煙の中から未だ抜け出さない…
いやそもそも煙が全く晴れる気配がない、というよりも徐々に煙が球状に集まっている!
そう、これは重力妖精イオの能力により煙をやや弱めの引力で集めながら前進しているのだ!

「いやー、なかなか煙が晴れないなあ、相手がどうなったか見えないなあ
しかも球状に渦巻くような動きしてるしサバンナの自然は凄いなあ…って煙が自然にこんな動き方してたまるかあ!」

勿論これを見逃す美弥子ではなかった!異変に気づいた瞬間に華麗なツッコミを入れる!
美弥子の魔人能力によって煙は一瞬で後方のミサイルの着弾点へと流れていく。

「くそっ!?折角目くらましに使った煙を消された!」
「見て!相手はランチャーを地面に置いてる、少なくともミサイルは飛んでこなさそうだよ!」

美弥子の視界内に駆け足で急接近してくる遊世とイオの姿が露になる。

「は? 妖精? いや、サバンナだもんね。妖精くらいいるよね……ってそんな訳あるかぁああっ!」

イオを視界に捕らえた瞬間に美弥子は再び鋭いノリツッコミ!
能力によりなんとイオの姿が消滅!!

「ぐっ…!?」

遊世は自分の前方を先行していた相棒が突如音も無く消え去ったのを見て大きく動揺する

「っていうかそこのあなたも何でインディ・ジョーンズみたいな格好!してるのよ!
サバンナで探検でもするつもりかぁああ!」

美弥子はダメ押しで遊世の姿にもツッコミを入れるがこれに関しては何も起きない。

(うん、まあそうだよね、相手の能力はとにかく消したいからって勢いでツッコんでみたけど
何もおかしい事なんて無いよね、ツッコミとして全く機能してないよね
っていうかサバンナに探検家が居るのは至極当たり前な事だよね!!)

美弥子は、心の中で自分の勢いに任せた低レベルツッコミを猛省!!

「あれ…?おい、イオ!?なあ、どうしたんだよ?なんで召んでも来ないんだよ!?」

そんな美弥子をよそに、遊世は美弥子への接近を続けながらも辺りを見渡し、声を荒げてイオを呼び続ける。

しかしその声に応えるものは無い。

まるでそんなものは存在しないのが当たり前であるかのように―――

「おい!応えろイオ!?どうしたんだ!!………お前か!お前がイオに何かしたのか!?」

遊世は更に声を荒げ、鬼のような形相を作り美弥子を睨みつけ指差す。
そしてもう片方の手では鞭を強く握り、自らの怒りを表すように振り回し地面を打ち付ける。
フュンフュンと音を立てしなり、地面にぶつかる度に鋭い音を発するそれはまるでそれ自体が獰猛な猛獣のようだ!

(先手を取って相手の仲間みたいな妖精を消せたけど、怒らせちゃったみたいだなあ
どうしよう、相手の質問…っていうか怒号にも何か返事とかした方が良いかな…
こういう時、眞雪ちゃんだったらきっと何か軽口でデタラメやハッタリをかますんだろうな…)

美弥子はゴクリと唾を飲み込む。

(……でも、私は私だ、眞雪ちゃんとは違う!)

「そんなの対戦相手であるあなたに教える訳無いでしょ!!」

美弥子はスコープを地面に投げ捨て左手をネイルガンに添える。
ネイルガン射撃開始!

ズパズパズパと音を立てながらネイルガンから数発の釘が遊世目掛けて射出される!
しかしまだ距離が遠い!遊世は発射される釘を充分に視認後余裕回避可能でありサイドステップでかわす!

「クソ…てめえ、俺のイオをよくも消してくれやがったな…!!
……いや、落ち着け遊世…熱くなり過ぎるな。無闇に飛び込むんじゃない…」

遊世は体勢を立て直し、帽子のズレを直しながらブツブツと独り言を呟き始める。
先ほどに比べて表情から険しさは少なくなったが美弥子を捉える瞳は未だ憎悪に満ちている!

「なに突然独り言なんて始めてるのよ!」

美弥子はやや前進しながらネイルガン射撃を再開、更に多くの釘が遊世目掛けて飛ぶ
しかしまだまだ距離は遠い、遊世はサイドステップ回避する!

「くっやっぱりこれ当てにくい!なんでわざわざこんな武器を遺したのよ!」

美弥子は遊世の動きを抑制する為に狙いを左右にばらけさせながらネイルガン射撃継続!

「…遊世、イオは大丈夫だ……恐らくこの試合に勝利すれば…きっとイオの消滅も負傷と同じ扱いで復活する…
…いや、そんな都合の良いことがあるか……?…可能性は否定できないが……確実じゃない…」

遊世はまるで居なくなったイオの分を自分で埋め合わせるかのようにブツブツと
自分自身との会話を続けながら黙々と射出されるネイルガンの釘を避け続ける。
しかし美弥子が距離を詰めて来た事と、ネイルガンの狙いが遊世の回避を阻害する様に
なった事により徐々に遊世の回避は危ういものになりつつある!

「…そうだ遊世、もしイオが戻らなくても……勝ち続ければ時空を操り願い事を叶えれるんだ…
その為には…まずは今の勝負にも確実に勝つんだ…その為にはどんな手段も選ぶな……!!
……いや、違う…か?………そうだもっと別な事な何か…大事な事が…もっともっと冷静になれ…」

その時、遊世は突如横移動回避をやめ、前方に向かって飛び込み前転を行った!
そして距離を詰め素早く投げナイフを投擲!

「うわっ!危ない!!…ってそんな突然ナイフが飛んでくるなんておかしいでしょ!!」

美弥子は自分へ向けて飛来したナイフをかろうじで回避しながらツッコミを入れる。
しかし当然ながらナイフは消えない、遊世が自分で用意し、自分の技術で投げたナイフだからだ。

(ってやっぱさっきのは投げただけか、避けてなかったら危なかったな…)

そして遊世は無謀な急接近により背中と左肩に釘を被弾!

「くそっ思った以上に痛えじゃねえかよ……だがこれで捕らえたぜ!」

そう叫ぶと遊世は低姿勢でスプリントし美弥子に接近し鞭を振う
美弥子はネイルガンを構えなおして再度射撃を開始しようとする。
しかし遊世の狙いはそのネイルガンにあった!

遊世の振るった鞭は構えられたネイルガンを打ち付ける!
更にその衝撃がネイルガンから手へ、手へから腕へと伝わり、美弥子は腕を大きく上に打ち上げられる形で仰け反った。

「くぅっ!」
「そらよ!」

更にネイルガンに対して鞭を打ちつける!美弥子はネイルガンを構え直そうとするが
執拗な鞭の連打によって前方にネイルガンを向ける事すらままならない。

「これでどうだ!」
「っっっくぁあああっ!!」

よりスナップの効いた強烈な一撃!
ついに美弥子の手からネイルガンが弾かれてしまう!

「すぅ………フゥー………そうだ…大事にしないとな……」

遊世は深呼吸しながら武器を失った美弥子へとじりじりと近づいて行く
瞳は美弥子を真っ直ぐ突き刺したままだが、先ほどの様な不安定さは消えていた。

「さあ、観念したらどうだ?魔人だとしてもこれだけの痛みを耐えるのはお前みたいなガキにはキツいだろ?」
「こんなの…」

美弥子がうずくまりながら呟き、遊世は一度歩みを止め、鞭を構え警戒する。

「こんなの……爆弾で吹き飛ばされたり!戦車砲でお腹に穴を開けたり!衛星レーザーに灰にされたり!
羊に変身させられたり!謎の細菌兵器に感染して緑色の液体を吐いてゾンビになったりとか!
とにかく眞雪が起こすありとあらゆるトラブルの巻き添えに比べたら屁でもないわよ!!」

美弥子は叫びながらスカートのポケットから10cm程の棒状の物体を取り出す
遊世はすかさずそれ目掛けて鞭を振るう!

しかし突如遊世の振るった鞭は二つに分断!先端部分は彼方へと飛んでいく!
何が起こった!?なんと、美弥子が手にした棒は
その端から光の剣を発生させておりその刀身で向かい来る遊世の鞭を焼ききったのだ!

「何ィッ!?」

美弥子が光の剣を振うとそれに合わせてブォンと大気を振動させる音が鳴り響く。

「いやぁああああああ!!」

美弥子は光の剣を構えて突撃!

「くそっ!まさかまだそんなモン隠してるとはなっ!!」

遊世は鞭の残骸を捨ててホルスターからクロックワークブランダーバスを引き抜く!

「なかなか悪くなかったぜ!」

クイックドロウからの発砲!
銃弾は美弥子の左足を打ち抜く!
美弥子は体勢を崩す!
クロックワークブランダーバスが場違いに穏やかなバッハの「主よ人の望みの喜びよ」の演奏を開始する!!

「なんでオルゴールから本物の銃弾が出てくるのよ!!」

美弥子は感覚を研ぎ澄まし即座にクロックワークブランダーバスがオルゴールである事を瞬時に見抜く
そして素早いツッコミを入れる!その反応速度は演奏開始から僅か0.8秒!!

美弥子の左足の傷が塞がり先ほどの銃撃が無かった事になる!
そして……美弥子の顔面にクロックワークブランダーバスが直撃する!!

「っぐぅう!?」

何が起こったのかを理解しようとする美弥子に更に遊世がタックルを仕掛け
そのまま光の剣を持つ右腕を押さえ込み、美弥子を組み伏せる!

「やっぱりお前はツッコミを入れてくれるって信じてたぜ!」

そう、遊世は美弥子がクロックワークブランターバスの特異性を見抜くことを予測し
射撃直後にそれに対するツッコミの隙を狙うようにクロックワークブランダーバス本体を思いっきり投げつけたのだ!

遊世がすばやく美弥子の右手から光の剣を奪うとひとりでに刀身を引っ込めて柄だけの状態に戻った。
美弥子は必死にもがくが小学六年生女子の体格では最早この状況をひっくり返す事は出来ない。

遊世は懐から結束バンドを取り出し素早い動作で美弥子の両手両足を拘束する。

「今度こそお終いだな?お前とは色々と話したいことが―――」
「なんで!?」

美弥子を睨みつけながら喋る遊世の言葉を美弥子の大きな叫びが遮った。

「なんで…なんで私がこんな目に遭うのよ!これも全部眞雪のせいだわ!」

美弥子は鼻血を出しながらも首を左右に振りながら叫ぶ。

「いつもいつも訳の分かんない兵器を出してきて、『みやちゃんみやちゃん、これ見て!』とか言って
トラブル起こして私にツッコミさせて、『みやちゃんがツッコんでくれるから良いかなって』じゃないわよ
もし私がツッコミを思いつかなかったりしたらどうするのよ!ツッコミ入れる方の身にもなってよ…!」

美弥子の突然の吐露に遊世は少々驚きながらも無言のまま
殆ど身動きの取れない美弥子をじっと睨み続ける。

「それに『わたし、みやちゃんの事信頼してるから!』じゃないわよ、信頼の意味は
【都合の良い勝手な期待をして相手に無茶振りする】じゃないのよ!
大体私の能力で無かった事にしてもその瞬間の痛かったり熱かったりとかは
完全に無かった事にはならないのよ!そんなの眞雪自身も巻き添え食らったりしてるんだから知ってるでしょ!?」

美弥子の目に少しずつ涙が浮かび始める

「本当にいつも自分勝手で私を振り回して!大切な事も相談なしで勝手に決めたりして…
…大体こんな戦いに巻き込まれてるならどうしてそれを教えてくれないのよ!
私だって…眞雪の力になりたがったのに、…っ私達友達でしょ………
私はそう思ってたじっ…眞雪だって『みやちゃんとはズッ友だよ』…とか言ってぐれたじゃない…
…あれは…うぐっ…冗談で……ふざけて言った事だから…ひっ…ノーカンだっで言うの…?」

美弥子は大粒の涙を流しながらも吐露を続ける。

「………ひぐっ…………う……ごめんね眞雪……助けられなくて…友達なのに……」

「………………。」

遊世は険しい目つきで美弥子をじっと見つめた。

「………………ふっ」

そして目を閉じ口の端から僅かに息を漏らす。

「………フッ……ブふっ…ふぶっフ、ふふふふ、あははははははっ!!」

遊世は突如、まるで先ほどまでの真剣な眼差しで押し黙っていたのがウソの様に
朗らかな大きな声で笑い出した。

「な、なんで…ひぐっ…突然笑ってるのよ!」

「ふ、ふふ……いや…っ実はずっと…ヒヒっ…お前のツッコミを可笑しいと思って…たんだが…ヒっ
こっちはキレてる手前……ふふっ……笑う訳にもいかなくて……っずっと堪えてたんだが………
突然ひとりでっ…フヒッ……自分の言った事にツッコミ入れたり…ぶふっ……するかと思ったら…っマジ泣きしだすからさ…」

「ひっ一人で喋りだしたのは……そ、そっちの方が先だしっ、そっちの方がずっとずっとキモかったじゃない…!」

「ふ、フフ…そう、いや悪い…くふっ…バカにしてるんじゃないだ……それなんだよ…結局、俺は…ふふ……
凄く真面目に真剣に…っ怒ってたなつもりだったのに…滑稽なお前の姿を見て……俺の方は
もっともっと…お前よりも滑稽だったろうなって思うと…くくっ…凄く恥ずかしく、バカバカしく思えて…
まあ…つまり…くふっ…親近感っていうか…俺とお前は同じなんだなって…思ったわけさ…くくっ」

遊世は笑いを堪えながら嬉しそうにそう言った。

「ど、どういう意味よそれ…」

遊世は、一呼吸置き、笑うのを止め落ち着いた穏やかな表情を作り美弥子に話しかける。

「こんなに小さいのに、こんなに一生懸命に、こんなにボロボロになっても戦うなんて
その眞雪?ってヤツがよっぽど大切なんだなって思ったら似たもの同士なのかもなって、ま、俺の勝手な思い込みかもだけど」

遊世の言葉を聞いた美弥子は、すうっと息を吸い込み、それに気づいた遊世は
美弥子が自分に何か言いたい事があるのだと察すると、それに合わせようとする。

「「ボロボロにしたのは―――」」
「あなたじゃない!!」
「俺だけどな!!」

二人の声が重なり、遊世はしたり顔で美弥子の方を見る

「どう?俺のセルフツッコミも悪くないんじゃない?」

美弥子はしたり顔の遊世を見て深くため息をつき
この人にまともなツッコミは入れるのは眞雪とはまた違った面倒臭さがあるな、と思った。

「ところで…トドメを刺したりしないの…?……まさかヘンな事とかしないよね?」

「失礼だな、俺がそんな血も涙もない鬼畜や変態野郎に見えるか?」
「少なくともブツブツ自分と会話してた時の見た目はそんなんだったよ!」
「うーん、そうかなあ。まあ一番の理由はさっきも言ったけどお前には話したい事があるからだ、それと―――」

遊世はニヤリと笑みを浮かべた

「俺の信条は『女の子は大事にしないとね』なんでね」
「…そう」

遊世の懇親のキメ台詞に対する美弥子の殆どスルーなリアクションが気まずい空気を作り出す!

「……あ、ああ…ゲフンゲフン…まあ話ってのはだなお前の能力を使ってある二つの事をして貰いたいんだ
一つは俺の為に、もう一つはお前の為に、悪い話じゃないと思うぜ?」
「……まあとりあえず聞かせてよ」

遊世は美弥子に自分の考えた二つの提案の内容を話した。

「なるほど、そっちにとって都合の良い一つ目のプランに乗ったら
後で私にとって都合のいい二つ目のプランを実行してくれるっていう交換条件みたいなものなのね」
「まあ、兎に角やるだけやってみようぜ、じゃあ打ち合わせどおりに準備オウケイ?」
「わかった、良いよ」

美弥子の返事を聞くと遊世は深呼吸をし、静かに目を閉じた。
そして数秒後―――

「我と契約を結びし小さきものよ、我が前に出でよ!サムォオオンッ!!イウォオオオオ!!」

遊世はカッと目を見開きポーズを決めながら大声でイオの召喚を試みた!

―――しかし何も起こらない。

やがて遊世の声の残響音が消え周囲が静寂に包まれようとしたその刹那!

「そんなに叫んで召喚したのに出てこないの!?おかしいでしょ!!」

――ツインテールが、鋭く揺れた。

美弥子の能力は異常な現象をなかったことにする能力だ。
しかし、この「異常な現象」とはどういう事を指すのだろうか?
異常な現象とは、普通ではない現象を指す。
普通の現象とは、基本的には本来起こりうる現象のことを指す。
つまり、本来起こりえない現象をなかったことにするのが、美弥子の能力だ。

ここで、遊世の召喚に当てはめて考えよう。
遊世が契約者として行使する召喚は、イオをその場に召喚するものだ。
それもただの召喚能力とは違う、時空を超越し本来は本人達でさえ
その繋がりを断ち切れない程の呪いじみた契約。
それは一種の物理法則に近い当然の現象である。
しかし今回の召喚ではイオは現われなかった。
それ即ち、本来起こりえない現象である。

もう一度言おう。
本来起こりえない現象をなかったことにするのが、美弥子の能力だ。

――イオの召喚失敗が、覆る。

そしてそれはとてつも無い程あっけなく、それが当然の事の様に起こった。

「……あれ?これどういう事?さっきまでアタシ…」

「うおっしゃああらぁああ!」
「おお、本当にできた!」

遊世と美弥子の目の前にイオが現れ、二人は成功を喜んだ。
遊世は思わず美弥子の方を向き、ハイタッチしようと腕を上げる仕草をしたが
美弥子は当然ながら両手両足を縛られたままである為にそれは叶わなかった。

またしても気まずい空気が流れたが、遊世はイオに状況を説明する事によって誤魔化す事にした。
そして会話がひと段落着くと美弥子がこう言った

「これで一つ目の提案は完了したよね、それじゃあ約束どおり二つ目の提案ってのをやってくれるんだよね?」

一つ目の提案とはすなわち、先ほどのように美弥子の能力によってイオを元に戻す事であった。

そして二つ目の提案は―――


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「ねー遊世、本当にこれで良かったの?」

宝石を散りばめた様な満点の星が空に輝くサバンナで
イオは自分の隣を歩く遊世に訊く

「良かったも何も、これ以上の解決策があるか?
俺もイオも、撫津ちゃんも喜ぶ、見事なWIN-WIN関係を築く最善の選択じゃないか」
「うーん、まあ無難ではあると思うけど…ああ、でもこっちに居た方が都合の良い事もあるか」

イオは遊世の真意に気付き納得し頷く。

「え、何それ?」
「あ、別にそれ目的じゃなかったのね」

イオは遊世の真意なんて無かった事を知りあからさまに落胆する。

「っていうか私は別に喜んではないよ!?」

遊世の背後から少女のツッコミが入る。
背中におぶっている撫津 美弥子の声である。

「でも普通に負けてこの広大なサバンナに独り取り残されるよりかはずっと良かったろ?」
「……まあ、だからこそ提案に乗ったんだけどさ…」

遊世が出した二つ目の提案とはこのような物だった

『俺は出来る事ならお前を殺したく無いし、だからと言って勝ちを譲るつもりは無い。
そしてお前はもう状況的に降参するしかないよな?
だがしかし、もしお前が降参してもこのサバンナに取り残されたら日本に帰るのが難しいのは勿論
下手すりゃ猛獣に襲われたりメシにありつけずに飢え死にする可能性だって低くは無い、そうだろ?
違うなら別にお前をこのまま降参させるだけで良いんだがまあ難しいよな?だろ?
そしてそんな事になったら間接的とはいえ幼き少女の死の原因を作った俺は気分が悪い。
そこでだ、お前の能力を使うんだ。あ、そうだ一つ目の提案の時も話したけど
一応もう一度確認しておくけどお前の能力は何か超常現象的な物にツッコミを入れると
それを無かった事にするって解釈で良いよな?戦ってるうちになんとなく分かったぜ、まあ俺は見ての通りプロのトレジャーハンターだし
色んな秘境を探索するうちに超常現象や魔人とのトラブルに巻き込まれる事は多々あったから
こういう戦闘中の僅かな情報から状況を分析するのを常套とするスタイルでやってるワケで
お前がツッコミを入れた時にのツッコミに合った超常現象的事象のみが無かった事になり
常識的な現象は消えなかった事からこの答えを導き出せたわけだ。話を戻すと
お前が降参して俺がここから元の場所へと戻るときに俺が消えた事をツッコむんだ
そうしたらたぶん俺はここに戻ってくる。そしたら俺は戻ってきた後にアフターケアとして
お前を近くの町とか何か安全な場所に連れてってやる。もしも次の戦いまでに余裕があれば
日本への渡航手段を探すのも手伝ってやるよ。まあこの世界は元々居た世界の平行世界ってヤツらしいから
日本へ戻ってもお前の家にゃ既に別のお前、つまり【この世界の撫津 美弥子】がいる可能性が圧倒的に高いし
下手すりゃこの世界にはお前に該当する人物が存在しないかもしれないがまあこのサバンナよりはよっぽど生活しやすいだろう。
ただしさっきも言ったとおりまずは一つ目の提案に乗ってからだから!とりあえずやってくれたら成否問わずこれもやってやるからさ。
ああ、そうだ。もしも俺が最後まで勝ち抜いて時空を操作する力とやらを手に入れて俺の願いを叶えた後にまだ
そのスゴイ力が余ってたらお前を元の世界に戻したりお前の願いを叶えてやってもいいな、
但しあくまで最優先するのは俺の願いだからな!そこんところ重要だからな!

…まあつまりお前が降参して俺が消えたらそれにツッコんで俺が戻ってきたら俺がお前を町まで送ってやる。
するとお前は死なずに済む可能性が圧倒的に高くなるし、そうなれば俺の気分が悪くなる心配も無いってワケだ』

『そんな長台詞いっぺんに言われても理解が追いつかないよ!っていうかたぶん最後のまとめだけで良かったよ!!』


「しかしまあ、思惑通りイオが戻ってこれて良かったよ
もし戻ってこなけりゃ撫津ちゃんを新しい相棒として雇わなけりゃいけない所だったな」

遊世はそう言うとわざとらしく横目でイオの方を見る

「ちょっと遊世、アタシってそんな簡単に替えが利く存在だったの?」
「別にそこまでは言ってないだろ……いや、でもまあ今回殆ど一人で戦った訳だし案外そうなのかもなー?」
「そもそも私、遊世さんの相棒とか絶対に嫌だから!!」

遊世がふざけてイオを軽く挑発すると、そこに美弥子が口を挟む。

「だいいち遊世さん、イオさんが消えたとき凄い取り乱してたよね、
なんか凄い形相で自分自身と会話するような独り言をブツブツと呟いてたし」
「んなっ!!」

美弥子の言葉を聞いた遊世は一瞬で顔を青くする。
その遊世を見たイオはニヤニヤしながら遊世の顔のすぐ近くを飛び回りだした。
形勢逆転!

「あれー?遊世くーん?もしかして強がってるけどアタシが居ないと不安なの?それで情緒不安定になってたのー?」
「不安っていうか、ま、まあそりゃ一応相棒がいなくなったんだから少し心配してしまって気が動転してたというか…」
「…っていうかそうだ思い出した!遊世ってアタシと初めて会ったときもさ
なんかブツブツ独り言喋りながら探検してたよね、もしかして結構寂しがりやとかなのかなー?」
「もしかして夜1人でトイレいけないタイプだったりするの?」
「だあっ!!この話はヤメヤメ!終わり!さっさと町を目指してくぞ!!」

遊世は今度は顔を真っ赤にさせながら話を打ち切ろうとする。

「そういえば本当に町まで辿り着けるの?ここがどこかとか方角とか分かるの?」
「おいおい、俺はプロのトレジャーハンターなんだぜ?ほら、あっちの星空を見てみろ」

遊世はそう言いながら星空を指差す

「あそこに4つの大きく輝く星が分かるか?あれが南十字星だ、名前くらい聞いたことあるだろ?
あれがあんくらいの高さに見えるって事はここは南半球で結構緯度が低いって事がわかるワケで他にも―――」
「ねえ遊世、遊世が指差してるのってニセ十字ってヤツだよ」

「あー…………。」
「………………。」
「……………ねえ、これで本当に―――」
「な!どうだ俺がわざと間違った事を言うと即座に指摘する頼もしい相棒イオ!勿論俺もわざと間違えたし
俺一人でも十分頼もしいがこいつが居ればその頼もしさは倍々ゲーム的に膨れ上がって正に天文学的―――」

心配そうに口を開いた美弥子の言葉をかき消そうと遊世は必死に言い訳を始め
それを見たイオは深いため息をつく。

「今回の戦いはアタシが居なくても大丈夫だったから、少しは進歩したのかと思ったけど。
たまたまうまくいっただけで、まだまだ先が思いやられそうね……」

「―――そしてサバンナの星達はそんな三人達の行く末を静かに見守るのであった。」
「ナレーションっぽく締めてごまかそうとしてる!?」

最終更新:2014年10月15日 16:46