盛華ちゃんvs恐怖の訪問者


10月31日20時30分。千葉県某ニュータウン。
山あいに建てられた小さな木造ツーバイフォー住宅が、盛華が世界制覇を目論む拠点である。
もっとも、彼女はこの小さな城の城主ではない。家主は、彼女の婚約者である。

「ぐつぐーつ煮込んでー、お肉は柔らかー♪ お野菜たーっぷり、ビタミン摂ーってね♪」
即興で調子外れの歌をうたいながら遅い夕げのシチューを作る盛華。
役場でアルバイトしている彼女は、意外と帰りが遅くなることも多い。
そして、東京のIT企業に勤めてる婚約者の帰りは更に遅い。

最近開通した東京湾アクアラインを使って自家用車通勤している彼の部署はデスマーチに片足を突っ込みかけていて、
帰宅が深夜を回ることは普通、会社に泊まることも珍しくはない。
余談だが、アクアラインの中継地点「海ほたる」は甲殻類のウミホタルとは無関係に命名されたそうだ。

ピンポーン。チャイムの鳴る音。
「わぁ、今夜は随分早い!」
ぱぁっと笑顔になり、玄関に向かう盛華。
だが、途中で冷静になり足を止める。おかしい。帰ってくるのが早すぎる。
それに、あの人はチャイムなんか押さない。

「どちらさま、でしょうか?」
盛華はインターホンで慎重に話し掛けた。
「こんばんは!」
小さな女の子の声だった。
ふう、と安心のため息をついて、盛華は玄関の扉を開けた。完全に油断していた。
女の子の声が不自然にくぐもっていたことに気づいていれば、避けられた悲劇だったかも知れない。

扉の外に立っていたのは、恐ろしい仮面を着けた怪物だった。
大きく裂けた、血がしたたるような真っ赤な口。
吊り上がった三角形の目。そして、緑と黒の禍々しきストライプ。
そして、仮面の怪物は静かに呪文を唱えた。
「トリック・オア・トリート」

「うっぎゃあああああーっ!」
向こう三軒両隣に響く大声を上げて、盛華は腰を抜かした。
これは誰にも内緒だが、少しだけ失禁もした。
幸い、周囲の物件はまだ入居者募集中だったため、誰にも叫び声を聞かれることはなく、恥ずかしい思いをせずに済んだ。

「わ、わわ、大丈夫!? ごめんなさい!」
恐怖のスイカ怪物が、仮面を取って素顔を見せる。地元のスイカ農家の小学生、富里翠花ちゃんだった。
もし、普通にカボチャだったら全然平気だったはずだけど、盛華は魔人覚醒時のトラウマでスイカが凄く怖いのだ。

棚からキャンディやチョコを適当に選んで翠花ちゃんにあげて、
物騒だからこんな夜遅くに一人で出歩いちゃ駄目だよと軽くお説教して、
自転車の後ろに乗せて坂道を下り、家まで送って帰してあげた。
もちろん、スイカ仮面は怖いので厳重に袋にくるんで見えないようにして運んだ。

(それにしても……)
自転車のブレーキを握りしめながら、盛華は背中に当たる感触に憤慨していた。
(この子、まだ小学五年生なのに、なんでこんなに胸が大きいのかしらね!)
盛華の胸は、まあ、普通。やや小さめかもしれないけど断じて普通!
翠花ちゃんのほうがおかしいのです。

見送りの御礼にスイカを持たされそうになったのを全身全霊で拒否して、
息を切らしながら野望の城まで坂道を登り、
シチューが焦げる臭いに仰天して慌てて火を止め、
軽くシャワーを浴びて、ようやく夕食。
今日は……疲れた。

観葉植物を沢山たくさん配置してもまだなお広く感じるキッチンで、
焦げたシチューを独りですすりながら、愛しい婚約者の帰りを待ちわびる盛華であった。
「ううー、寂しいよう。早く帰ってきてよぉ」

(『盛華ちゃんvs恐怖の訪問者』おわり)

最終更新:2014年10月13日 10:19