その日、二人にして一人の探偵は朝の街並みを歩いていた。
まださほど照らしていない内だと言うのに、日差しを避けるためかひどく重装備である。
服装は白いマスクに、念のために眼帯を付け、帽子も白いパナマ。白いトレンチコートに、白手袋、白、白、白。
ニーソックスは黒い。
まるで病院から脱走してきたかのような風体だが、自分は探偵ではありませんと主張するには十分だった。
とは言え、人通り少ないとは言え、通行人の反応は気になるところだが、時勢も時勢であり咎める者はいなかった。
グルジア(ジョージア)の沿岸部から発見された新種の蟹ウィルス「アンフィサ(花咲)」の伝播を警戒する気の早さか、それとも日本人特有のお互いを庇いあう習性、それが最適に思える解(いいわけ)だろうか。
二人の服装、これは魔人能力「オリカミ」によって編んだ一例であるが、これだけの容積を割いてなおロングヘアーと言える分量を残している。複雑に編み込み、地に着かないように長さを絞った。
髪は人の倍長い。
肌寒さを感じるには過剰染みていたが、自分が人間だと思い込んでしまった人形(ピノッキオ)なら仕方ない。
そう――片割れに知らせず嗤(わら)った。
そんな風にして、探偵としての気配を押し殺した二人は街角に埋没するようにして、まだ無人の公園のベンチに座る。ノートパソコンを開く。
ある筋からの情報、隠す必要はないから言っておくが、「革命暦(カランドリエ)」とか言う胡乱な連中からだが、「時逆順」を持つ者についての情報があるらしく、特にネット配信を開くことにする。
彼女たちに気を許す気は全く無かったが、手間を割く暇を思えばこの程度は許容範囲だった。
放送が始まり、これを見る。
これも探偵としての基礎技能か、始まる放送を見逃すまいと目と花を開く。
結論を先に言えば、朝の公園で声を出さなかったのは奇跡と言うべきだろう。笑った嗤った哂った。
時逆順、貴様はそんなものに成り果てたのかと、笑った。服に、髪に、押し殺し、包んで、わらった。
その狂笑は音を吸収した髪にそのまま染み付いたのではないか? と自分で思わせるほどだった。
議員の提案は一顧だにしていない。
二人は別に日本国に関して悪感情を持っているわけではない。
一時は法の下に禄を食んでいたことを踏まえれば、多少思うことはあるが、おめでたい小娘だと切り捨てる。
「『馬鹿みたいな女が築く世界、その中で私達のような存在が生まれてくることはないだろう。
……、それを思えば、いやよそうか』」
「ん、時計草? どうしたの、消そうか?」
「『……、いや。議員と言う社会的影響力は侮れない。後ろ暗い事情を抱えた連中を引き寄せるのはまずないだろうが、有象無象の被害者たちを解放してくれるなら、手間が省けていいじゃないか』」
「いや、そうじゃなくて。放送の事、最後まで見てなくて途中上の空だったでしょ?」
「『ああ……、そっちか』」
そっちは、ね。ノーコメントだ。
「それより、この飯田カオルって議員。『そ、何の後ろ盾もないホームレスの娘が初当選ねぇ。怪しいとでも言って欲しいの?』いや、その。『欲しいの?』あ、その。『の?』はい」
「『それは怪しいよね』」
議員の略歴を見るだけで瞭然の事、わざわざ言わなくても。
だから、こんな意味の無いやり取りをしている。いつまで出来るのかはわからないけれど。
「『資金の流れを辿りましょう。交渉材料になるかも』」
常識の範疇で収まる連中への交渉材料はいくつか持っている。
ここまでの「時逆順」を巡る戦いで穏便にお引き取り願ったことも一度や二度ではない。
だが、「腹時計」と成り果てた「時逆順」を見て、一つの確信を得ると共にこれからは常軌を逸した信念や性癖の持ち主とぶつかるであろうと直感する。
四択のアンケートを無視し、ブラウザを消す。
ついでに壁紙も先の議員か、はたまた別のリフレインを想像したのでPCを折り閉じた。
探偵は立ち上がる。来る際と異なるのは片腕をポケットに縫い付けている点だ。
ああ、痛いな。脳に痛覚は無いと言うが、この不快さと屈辱感は二人で共有している。
やる瀬の無い怒りをアルコールで強制的に黙らせると、二人にして一人は歩き出した。
流石に一五歳が二人いるからと言って二倍の計算は、酒屋さんには通らないらしかった。
際限の無い力が何をもたらすと言うのか、そこまで思い悩んでいる者がいれば、会ってみよう。
そうでないなら容赦はしない。
二人が去って、かさりと茂みが動いた。
「っ、だーーーーーーーー! 尾行とかまどろっこしい! ふっくん、とっとと推理パートに移るよ!」
『ショウ子、私としては話がさっぱり読めないんだが……』
「『飯田カオル』と『時逆順』、さっきからブツブツ言ってたあの怪しい探偵も所有者に間違いないよっ! 私の推理(ゴースト)がそう囁いてるっ!」
『君の場合は叫んでいそうだな……、いや探偵同士は魅かれ合うんだったか」
やれやれと、身体があったら肩をすくめていわんとばかりな口振りだった。元気な探偵、山禅時ショウ子に続く、彼女の相棒ふっくんの声だった。
『で、彼女が何なんだい?』
「人工探偵はほっとけない! 三千字の敵はどの流派だろうとぶっ飛ばさないと!」
『また、それか……、君は?』「え?」
「『うわああーあーあーーーーーーあーーーーー!?』」
直後、次元のはざまっぽい裂け目に吸い込まれる二人であった。
まぁ、半転校生にはよくあることである。この場合だと、探偵を呼ぶ声なき声が探偵を引き寄せたと言うことだろう。転校生にはよくあること、半転校生には選べないというだけで。
さて、彼女が推理を開始する前にどこかに行ってしまったので地の文が代わりに申し上げておく。
そもそも事件は始まってないじゃん? 今、捜査パートですしおすし。
……と、言うわけで探偵達は図らずも邂逅せずに去っていった。
時計の破壊を目論む探偵と、全次元宇宙を破壊する危険性を孕んだ探偵、互いが互いの事を知るのは、止まる時間の果てか、忙しく時間の流れか、それは誰にもわからない。