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*裏第二回戦SS・港湾その1
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*裏第二回戦SS・港湾その1
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青と白と黒を塗り混ぜたかのような、陰鬱な色の塗り込められた空。
それを反射する海面もまた、暗く濁った色を湛えている。
その水面を押し分け、どろどろと巡航するコンテナ船が、灰色の岸辺に接岸する。
錆び付いたクレーンが始動し、ぎいいと不快な軋みを上げたその時が、戦闘開始の合図。
迷宮時計に選ばれた三人が、ぶつかり合うための戦いを告げる音だ。
|>|BGCOLOR(cornsilk):対戦レギュレーション|
|【戦場】|港湾|
|【時代】|過去|
|【戦闘領域】|1km四方|
|【勝利条件】|対戦相手の殺害、戦闘不能、降参、または戦闘領域離脱|
***折笠ネル 裏第二回戦SS『おお、なんと素晴らしきこと、巨人の力を得たり。なれど、そを巨人のごとく用いるは、なんと専横なること』
クレーンの突端。最も高いその場所に、一つの人影がある。
軍人然としたつば付き帽、僅かな金色の装飾のみを備えた、無骨なコート。
畏まった上半身に反し、短いスカートの裾からはすらりと白い肌を覗かせ、コントラストが曇天に映える。
眼下を見下ろす、冷悧な瞳の主は、対戦者の一人。魔人集団“手折結党”の、折笠ネル。
|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|BGCOLOR(cornsilk):対戦キャラクター:折笠ネル|
|【破壊力】|B+|【運動能力】|B|【攻撃射程】|A|【耐久力】|C+|【知力】|B+|【精神性】|B+|
|>|【特殊能力】|>|>|>|>|>|>|>|>|>|『廬斉夢蝶折据』:折紙で折った造形の具現化|
風に煽られ、帽子を取り落としかける。
慌てて押さえようと上体を反らし、危うく落ちかけて体勢を立て直した。
馬鹿と煙は高いところを好む。
煙ならぬ彼女は、つまるところ、その前者であった。
ただ、彼女の名誉のために付け加えておくと、この布陣は決して道楽のためのみではない。
折笠ネルの視線の先の人影、港の水際を歩くそれは、筋肉質で輪郭(タッチ)の濃い青年だ。
万年筆を咥えて歩く彼の名は、漫拳使い――対戦者の一人、ペンネーム:梶原恵介。
|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|BGCOLOR(cornsilk):対戦キャラクター:梶原恵介|
|【破壊力】|A|【運動能力】|A-|【攻撃射程】|C|【耐久力】|A-|【知力】|C-|【精神性】|B-|
|>|【特殊能力】|>|>|>|>|>|>|>|>|>|『G戦場ヘブンズドア』:漫画的演出を現実化|
彼女は何も、見得を切るためにクレーンに陣取っているわけではない。
殺すための算段を整え、既に折形『&ruby(しらなみ){白浪}』を展開している。
白浪は奴(やっこ)の折り紙。
その名の通り、奴婢(ぬひ)を象るそれは、指示通りに作業をこなす忠実な下僕だ。
元々の折り紙の形状上、上半身のみの小人としてしか具現化されないのが扱いづらいところだが、
その場で軽い作業をさせるには十分である。
クレーンの操作室。奴(やっこ)どもは指示の通りに作業を遂行していく。
コンテナを吊り上げたクレーンが横方向に速度を与えられながら、把持を解かれる。
大質量砲弾と化した射出コンテナは、そのまま無抵抗の梶原を押し潰す――ことはなかった。
射出の刹那、キュピーンという音と共に、梶原の額に走る光条のビジョン。
距離の離れているはずの梶原に対し、折笠ネルは確かにそのイメージを感じた。
エスパー的な第六感発揮演出。
梶原恵介の能力『G戦場ヘブンズドア』による、探知・察知エフェクトであった。
だが、気づいたところで対応できなければ意味がない。
梶原の頭上には、既に大質量コンテナ弾が到達している。
港全体に響き渡る轟音。おびただしいまでの噴煙が舞い上がる。
その勢いよく上る噴煙に、折笠ネルは思わず口許を押さえた。
「やれやれ、ひどいもんだ……巻き込まれないように陣取ったってのに、どうしてまた、こんな」
――どうしてこんな、過剰に煙が巻き上がってくるんだい。
もうもうと上がっていた煙が晴れる。そこに立っているのは、梶原恵介。
彼は体の所々に擦り痕めいた軽傷を残すだけで、ほとんど無傷と言っていい状態だった。
これも、『G戦場ヘブンズドア』の能力によるもの。砂煙で覆った範囲でのダメージを軽微に抑える、
八方を荒鷹に囲まれようとも切り抜けると称される漫画技法“八ツ鷹”であった。
「おいおい、勘弁してくれよ。僕は――」
カンカンカンカン!
クレーンを一気に駆け下る。鉄骨に靴音が反響し、軽快な音を響かせる。
並みの人間にはスリリングすぎるその疾走劇は、そのまま攻撃の威力へと転じるためのもの。
「直接やるのは得意じゃないってのに、さ!」
駆け降りながら、手裏剣を投擲する。
「折形――『&ruby(まさかど){将門}』!」
両手から無数の折り紙が放たれる。
手裏剣を象ったそれは本物の刃片へと変じ、梶原恵介に殺到する。
――おお、見よ。その中の一つは、まばゆく黄金に輝いている。金色の折紙である!
PTA圧政下の時代を経験している読者諸兄は、当然御存知であろう。
金の折紙は強い。ものすごく強い。
なにせ、折り紙一パックの中に、一枚しか入っていないのだ。他の折り紙とは格が違う。王者の証だ。
魔人の能力は、周囲の認識に拠る。折り紙もだいたいそんなところだ。
そのように価値ある扱いを受ける金の折紙は、当然、スペックにおいても他とは桁が違う。
“手折結党”においても、金の折紙は希少。上級構成員でなければ触れることさえ許されていない。
折笠ネルの具現化に際しても、それは同様。
金の折紙による被造物は例外的に、具現化先の本来のスペックをも凌駕する。
その至高の金の折り紙を、梶原は抜き身のGペン“雷”で受けた。
他の手裏剣を凌ぎきれず、いくつか身体に切り傷を作るが、軽微なものだ。
そして梶原の“雷”とネルの金色手裏剣が、激しく交錯する。
手裏剣は軌道を大きく逸らされると、コンクリートの地面を削りながら勢い良く埋まっていった。
梶原に“雷”を譲った画材屋の店主曰く、この“雷”の使い手は誰も、生涯筆を折らなかったという。
そのジンクスは、呪いにまで昇華されている。
“雷”は筆を折らせない。そればかりか物理的にも、折れることは決してない。
「……止めろよそういうの、このお馬鹿!」
着地した折笠ネルが、肩をすくめる。
「手裏剣の折り方くらい、知ってるだろ……“二枚も”使っちゃってるんだよ、僕は!
ちゃんと致命傷をバキッと折ってくれなきゃ、折角の金ぴか丸が勿体無いじゃないか」
彼女の言葉に、梶原は思わず呟く。
「僕っ子……だと……」
彼の頭によぎる可能性は、男の娘だった。
ファッション変態アピールに飽き飽きするタイプのオタクである彼の性嗜好はノーマルな異性愛者であり、
男の娘はストライクゾーンを逸していた。むしろ、表紙買いした同人誌に絶望したことも何度かある。
その経験が告げている。
こんなコスプレじみた風体の僕っ子は、大体男だ。乳も無いし間違いあるまい。
「俺は騙されねえ! オタクの観察力を舐めるな!」
「……何の話だよ。僕に興味があるのかい、君は」
「冗談。オカマに興味は無いね」
「お前いい加減にしろよ殺すぞ」
再びネルが手裏剣を生成する。
しかしそれらの投擲よりも、スピード線の乗った梶原の方が先んじる。
繰り出されるのは、“雷”による突き!
“雷”のペン先は、金属加工用のダイヤモンド芯へと変わっている。
刺突に関しては、槍をも超える威力を誇る一撃だ。
その筆撃を、折笠ネルは腰に佩いた刀で迎え撃つ。
“加州折笠真文”の柔軟性が、超硬度を誇るペン先をいなし切った。
「俺程ではないが、いいペン筋だ……だが!」
梶原は間髪容れずに電撃を流し込もうとするが、その電流は刀身を流れない。
直後、彼はこの“加州折笠真文”の素材に気付く。
金属刃であれば十全に伝わったであろう電流も、紙によって拵えられたこの長巻ではそうそう上手くは行かない。
――俺の筆圧が負けている……?なんて強靭な紙だ!
それはある種の屈辱でもあった。漫画家が紙を前にして&ruby(インク){攻撃}を通せないのだから。
――読者諸兄は、カリフォルニアロールという物を御存知だろうか。
巻き寿司に付けられたその名は、元は刀剣を表す名前であった。
アメリカの一大木材生産地域である、加州(カリフォルニア州)産の長巻は、当時から粘りの剣筋に
評判の高い逸品であり、現在知られているカリフォルニアロールは、その名刀にあやかった名前だ。
「だが、こういう相手こそ、俺は燃え上がる!燃え上がるぜ!」
気焔を上げる梶原の背景が、実際に炎圧を伴って燃え始める。
紙であるから雷撃が通り辛い。
紙であるならば火で焼けばいい。
彼がそう結論づけ、攻撃動作に入ろうとした瞬間。
眉間に閃光が奔った。
----
爆音が港湾一帯に響き渡る。
コンテナの一つが過剰に膨張し、そのまま一気に破裂した。
周囲が噴煙に塗れる。
「――ガキが居たら、どうすっか迷ってたとこだけどな」
黒いメッシュの入った赤髪の少年が、その爆炎の中から現れる。
「いい年こいて子供ぶった趣味に興じるだけの&ruby(ピーター・パン){子ども大人}どもにゃあ、興味はない。
時空乱気流下で子供になって運ばれる事でも祈るんだな」
『学童、減点です。年上には相応の言葉遣いををををを減点減点減点』
「くたばれ」
黒煙を吐き出し続ける異形の装置を腕に付けるその少年こそ、3人目の対戦者。雲類鷲ジュウだ。
|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|BGCOLOR(cornsilk):対戦キャラクター:PTA少年・雲類鷲ジュウ|
|【破壊力】|B|【運動能力】|A-|【攻撃射程】|D|【耐久力】|A+|【知力】|A|【精神性】|A-|
|>|【特殊能力】|>|>|>|>|>|>|>|>|>|『くたばれPTA(キング・メイカー)』:物理・精神両面への内圧操作|
破裂したコンテナには、圧力メータのようなオブジェが大量に張り付いていた。
戦闘を観察しながら、雲類鷲ジュウが殴り続け、圧力を貯めていたためだ。
同様の仕込みは、いくつか準備ができている。
――戦場の支配者は、この雲類鷲ジュウである。
彼は当然のようにそう考えている。
戦場のルールを押し付ける事ができるのは雲類鷲ジュウのみだ。他の何者でもない。
----
「くそ、ミスったな……今の最善演出は“八ツ鷹”じゃあなかった」
梶原恵介は格好つけの馬鹿ではある。
しかしであるからこそ、反省する。成長する。
失敗は格好悪いからだ。特に同じ失敗は最悪だ。
今回は防御に走るのではなく、迎撃に出るべきだった。おかげで格好いい乱入を許してしまった。
自分は二番煎じの手を使った上、ついでに折笠だか雲類鷲だかへの被害さえも消してしまった。
一番目立つのは、主人公は俺だ。そして主人公は勝たなければならない。
----
折笠ネルは、冷たいコンクリートの地面に寝そべったまま震えていた。
寒さによるものでも、恐怖によるものでもない。怒りであった。恥辱への怒り。
第三者の乱入に気づかず、あまつさえ(ついでとはいえ)、敵に助けられた。
それは屈辱以外の何物でもなかった。
右脚は吹き飛んでいた。噴煙に入りきらなかった部位。
それはつまり、梶原の守りがなければ、自分がその場で死んでいたことを意味している。
痛みはない。ただ、恥辱だけがある。
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(あっちはもう動けねーか)
雲類鷲ジュウは、折笠ネルの方を見やる。むしろ、全くの奇襲によく脚だけで済んだものだ。
続いて、梶原恵介の方を見やりため息をつく。あれでほぼ無傷だと?
「あれが漫画使いの力か――能力は悪くねえが」
彼はPTAを憎むとともに、彼自身が一級のPTAだ。
戦いを観察しただけで、PTAの圧政下を、どう切り抜けてきたかが分かる。
シャープペンシルが禁止される中で、堂々とGペンを持ち込んで漫画を書いていた少年と、
一切の遊び道具の持ち込みを禁止された中で、それをあざ笑い連絡帳で折り紙を続けていた少女。
今の彼らは、その末路だろう。
圧政に抵抗したという意味では、『ウルワシ兄弟』の敵対存在ではない。PTAに与することはないからだ。
だが、彼らの取った術は、自分が逃れるだけの術だ。他を生かすものではない。
雲類鷲ジュウの描く新たなPTAに、必要な人材ではない。今は。
自身の体内に溜め込んだ内圧を、背後方向にのみ解放。
一方向に一気に増速し、彼我の距離を詰める。
梶原もそれに対し、全く臆せず突っ込んだ。逃げては男がすたる。
濃密なスピード線を書き込み、加速!
「引き出してやるぜ……テメーの『ACT2』ッ!」
減速一つすること無く、二者は正面から衝突した。
----
「痛っ……」
梶原は頭を押さえた。そこにはデフォルメされたタンコブがある。
逆に言えば、それ以外には傷ひとつ負っていない。『G戦場のヘブンズドア』による緊急攻撃転嫁。
「なんて硬さだよ、アイツの頭……」
梶原とジュウは、頭から正面衝突していた。
感触からして、相当堅固な頭をしていた。向こうは無傷だったようだ。
そして攻撃が効かなかったことを確認するやいなや、赤髪の少年はすぐに離れてしまった。
こちらの能力を警戒して、一旦様子見に入ったのか?
海の方をちらりと確認し、梶原は何気なく、水面に映る自分の姿を見た。
自分の額から何か、メータのようなものが生えていた。
慌てて頭を押さえるが、感触はない。叩き潰そうと試みたが、拳は虚しくすり抜けた。
“雷”で何かを書き込むのも不可能であった。ただのイメージ体。
そしてそのメータが及ぼす効果も、メータ自身が梶原にはっきりと伝えていく。
くだらない重圧――それは例えば、原稿の締め切りであったり、
くだらない悩み――それは例えば、対戦相手の性別であったり、
くだらないコンプレックス――それは例えば、素人童貞であることだったり。
そういったものから、精神は解放された。それは魔人能力に進化をもたらす。
赤髪の少年の姿は見えない。隠れたか、それとも更に離れたか。
どうでもよかった。その場に対戦者は、もう一人居るのだから。
その相手――折笠ネルは、両脚で大地を踏みしめていた。
----
折笠ネルの魔人能力『廬斉夢蝶折据』は、折り紙を実体化させる能力である。
しかし、実際には折り紙と呼べなくとも、モチーフが相手に認識できるものであれば、実体化が可能である。
(例として、折り目の存在しない、紙吹雪の吹雪への変換が挙げられる)
ネルの手先の器用さは折り紙つきだ。
折り紙とは言えない、紙を用いたハリボテ細工でも、真横にお手本を並べた状態からならば精密再現できる。
つまり彼女は、無事な左脚を見ながら、右脚を紙張り工作で作り込み。
『廬斉夢蝶折据』により、これを生身の脚として具現化したのだ。
もっとも、梶原にその理屈を解せということ自体が無理な話だ。
彼はそれを緩慢な再生能力くらいにしか考えていない。実際それで十分ではあった。
――相手の能力どうこうよりも、自分の能力顕示が先だ! 『ACT2』に進化した、俺の能力の!
『G戦場のヘブンズドア』は、漫画演出を具現化する。しかし、これは無制限というわけではない。
彼が専ら使用する演出は、自分自身をデフォルメするものと、もしくは周囲の空間に演出を添えるものだ。
他者の現実を漫画で侵蝕するまでの強大な改変能力は、持ち合わせていない。
もとい、持ち合わせていなかった。今までは。
集中線を纏った超速の拳打!
左腕で弾くように逸らした瞬間、折笠ネルはX線写真めいた光景を幻視する。
骨が軋み、折れる光景を!
「俺は戦いの中で進化する――主人公のように!『G戦場のノッキン・オン・ヘブンズ・ドア ――!』」
遅れて、痛烈な激痛!
実際に骨が折れているのだろう。
掠めることが即座に骨折に繋がる一撃。
バイタルエリアに喰らってどうなるかは、想像に難くない。
――もう少しだけ、距離を取るべきだろう。
懐の切り札、黄金の紙鉄砲は未だ見せていない。
彼の肉体強度は、能力を抜きにすれば高くとも格闘魔人程度だろう。
サンプル太郎みたいな堅物野郎よりはふにゃけている筈だ。
能力を始動させる間もなく、隙をついて撃ち殺す。そのために必要なのは誘いだ。隙を引き出す。
あいつは明らかに女慣れしていない。
ならばちょろいものだ。少し煽ってやればいい。
服の一枚でも脱いでやろうか。
____________________________________________ノ
○
о
。
梶原の視界には、その思考すべてが可視化されている。
フキダシが、折笠ネルの頭上に浮かんでいる。ACT2に進展した梶原の能力は、モノローグをも窃取する。
相手の思考が、策が、文字情報として全て得られる。
童貞と思われ、舐めきられていることにも怒りはない。
この女は自分の考えが丸裸にされている事にも気づかぬまま、ここで俺に負けるのだから。
「そんなモンか――『ACT2』でも」
嘲るような少年の声に、梶原は振り向いた。
「じゃあテメーはもういい」
梶原の足元、コンクリートの地面が大きく隆起した。内圧操作による急速膨張。
予測を働かせることは出来なかった。
額に張り付いた圧力メータ。
それが自分への予知閃光の視認を、阻害していた。
身体が持ち上がり、一気に海上へと吹き飛ばされる。
だが、梶原は復帰の方法を算段している。
幸い、この戦場は海側にも戦闘領域が広い。海上に飛ばされて即エリアオーバーにはならない。
空中で足をばたつかせる。ギャグ漫画補正で一時的にその場にとどまることが出来る。
あとは体感を整えたまま、海面を走り抜ければいい。漫画的には造作も無い。
その空中静止は、致命的だった。
折笠ネルが、黄金銃を構えていた。
ぱんっ、と乾いた軽い音がなる。梶原の胸に銃口が穿たれた。
「ふざけんなっ……!」
助けてやったろうが。彼の言葉はそこまで発されなかった。
――最期も書けずに終わるのか。
海面に叩きつけられる。そこも地獄だった。
水面には既に雲類鷲ジュウが、何重にも能力効果を適用していた。
彼の『くたばれPTA』は、液体にも適応できる。そもそも水分70%程度の相手が主対象の能力であるためだ。
埒外に高められた水圧が、瞬く間に梶原の身体を圧し潰した。
「……ふう」
折笠ネルは、安堵の溜息をついた。
――恥ずかしい行いも、観測するものがいなければそうではない。
ネルはそう思っている。それを知るものを速やかに排除すれば、自らの恥辱は濯げるのだから。
「女が僕と名乗って、そんなに悪いかい。そういうジェンダー意識は御免だね」
そして彼女は、恨みも人一倍に深かった。
----
寒風吹きすさぶ、曇天の港湾地帯。
1人目の対戦者が排除された空間で、残る2人が対峙する。
煙吹き上げる赤髪の少年は、PTA少年・雲類鷲ジュウ。
紙束を佩く軍服の女性は、折笠ネル。
「テメー、そいつは嫌味かよ」
――俺は射撃が苦手なんだ。ジュウはそう続けた。
「そうかい、それは――いいことを聞いた!」
ネルは黄金銃を右手に持ったまま、折れたままの左手で手裏剣を構える。
「折形『&ruby(ちんぜい){椿説}』+『&ruby(まさかど){将門}』!」
銃撃しながらの手裏剣投擲。
それはジュウを殺すには足りない手段だ。ネルは知らないが、手裏剣の刃はジュウの皮膚を通さない。
ジュウはコンテナを遠隔噴射射出して迎撃する。見当外れの方向に飛び交うコンテナだが、
当たればネルの身体などはひとたまりもない。付かず離れずの戦闘機動を、大きく制限される。
「ならばこんなのはどうだい……折形『&ruby(らくげつ){落月}』!」
懐から取り出した紙飛行機を飛ばす。ミニチュアの飛行機が現出され、雲類鷲ジュウへ向けて発進していった。
とはいえ、戦闘機などという高尚なものではない。
再現できるのは木の骨組みに羽布張りと言った風情の、黎明期の飛行機――そのサイズ相応の模型だ。
更に単独では自律飛行してくれないため、ネルは奴(やっこ)の折り紙をパイロットとして登用している。
ジュウはそれに対し、フィルムケースのような小さな円筒を投げた。
飛行機に直接当たる様子はなかったが、近くを掠める直前、円筒は急激に巨大化。飛行機をはじき返した。
円筒の正体は、事前に超高圧縮してあったドラム缶だ。ジュウはいくつか確保している。
破裂による攻性防御。ミニチュア飛行機は耐え切れず粉砕される。
紙飛行機は実のところ、ネルがあまり使用することはない。
遠距離攻撃に使うなら、鉄砲や手裏剣のほうが使いやすいからだ。
――つまりわざわざ使うならば、荷を懸架することが主だ。
懸架されていた折り紙の箱がばらばらに崩れ、中身がぶち撒けられる。
中身はただの白い紙片。
だが『廬斉夢蝶折据』により、折形『関扉(せきのと)』は本物の吹雪へと化す!
視界が吹雪に遮られる。
ジュウはネルを一瞬見失った。彼女はどこへ――
『学童、頭上注意です。防災頭巾を――』真上!抜刀姿勢の折笠ネル!
鉄鋼以上の強度とペーパーナイフの切れ味を兼ねる“加州折笠新文”を、雲類鷲ジュウはあろうことか額で受けた。
無傷!少しばかり痛いがそれだけだ。肉体強度は刀をはるかに上回る。
ネルの胴が空いた。ジュウは両手での掌打を叩き込む。
「『くたばれ!P・T・Aーッ!』」
ネルは得物を取り落とし、大きく吹き飛ぶ。
攻撃を受けた腹部に、圧力メータが浮かび上がった。
ジュウはネルの取り落とした“加州折笠真文”を拾い上げると、それを握り潰した。
「『くたばれくたばれくたばれ……くたばれ』」
限界まで圧縮されたはずの紙の剣は更に無理矢理に圧縮を推し進められ、小さな紙くずとなってその場に転がった。
『学童、ポイ捨ては特二級犯罪です。今すぐ所定のクズかごへ移送しなければ、十年の反省文懲役刑が課――』
声を無視し、吸い殻のような残骸となった“加州折笠真文”を足ですり潰しながら、雲類鷲ジュウは推測する。
この年増女は遠距離攻撃力を有すが、本分は近接型だろう。
手裏剣こそメインウェポンに据えているものの、距離は自分から詰めていくスタイルだ。
近いほうが当たりやすいということもあろうが、豊富な飛び道具で闘う魔人の戦闘形態ではない。
しかし今の交錯、剣術が一流というわけでもなさそうだ。何かを隠している。
「テメーがそのみみっちい隠匿から解放されて、『ACT2』でどこまで変わるか……」
彼のネルへの興味はそれだけだ。庇護対象である年下でも、PTAでもない連中に、思考を割くべき余地は多くない。
「成程、ね。いい気分だよ、君のお陰で」
腹に受けた一撃は軽くはない。押さえながらネルが喋り出す。
「君の期待に答えたくなったよ、少年! 隠してた部分を見せてあげようか?」
ネルはコートを脱いだ。投げ捨てる。コートがばさばさと風音を建てた。
裏地に仕込まれた折り紙が、風に乗ってひらひらと舞う。
軍帽を取った。投げ捨てる。ショートカットの髪が風にはためいた。
裏地に仕込まれた折り紙が、風に乗ってひらひらと舞う。
軍服を脱いだ。投げ捨てる。カッターシャツ姿は寒風に少し堪える。
表裏に仕込まれた折り紙が、風に乗ってひらひらと舞う。
スカートに手をかけた。脱ぎ捨て――ない。ベルトから折り紙を抜き撃ち。
舞い散る折り紙と共に、大量の折り紙による攻撃動作に入っていた。
『廬斉夢蝶折据』では、折られていない折り紙は、何として具現化出来るだろうか?
その答えは、当然折り紙である。
そして進化した『廬斉夢蝶折据』は、具現化出来る折り紙に指向性を与えることが出来る。
所持する折紙のほとんどが、既に空間に撒き放たれている。展開されたその折紙の軍勢が、同時に変質していく。
「『廬斉夢蝶折据――&ruby(くがねおほぎみ){黄金大君}』」
景色全てが金色に染まった。
----
ここに際して金色の折り紙は、切り札として折り交ぜる必要を失った。
全てが最強の札であり、全ての攻撃が必殺の威力であるからだ。
少ない切り札の振り分けにこまごまとリソースを割く必要はない。
より多く折ること、より確実に配置しぶつけていくことに専念できる。
金色の鶴が、金色の手裏剣が、金色の飛行機が、金色の風船が、金色の蛙が、金色の吹雪が。
一斉に襲いかかる。視界を金に埋める豪華絢爛な波状攻撃。
そのすべてを、ジュウは躱さない。受け止め、耐え、『キング・メイカー』で殴り付ける。
雲類鷲ジュウの受けた過酷な耐久試験は、それ自体が最強クラスの防御能力を保証する。
そして『くたばれPTA(キング・メイカー)』により精神解放の進んだ折り紙は、新たな&ruby(たましい){圧力循環器官}を吹き込まれる。
折り紙自体がパンクな意思を持って、&ruby(しはいしゃ){折笠ネル}に反撃を開始するのだ。
「全部が特別だと?下らねえ!」
かつてのPTAが望んだものだ。クラス全員が白雪姫。全員が金の折り紙になるための計画。
平等という名の停滞をもたらすそれと、やっていることは同じだ。
「そいつは緩慢な死だ……価値なんざねえ」
「君の思いも一理ある」
折笠ネルは楽しげだ。『ACT2』へ進んだ精神ステージは、彼女の道楽心を、探究心を強化している。
「だけどさ、一回くらいいいじゃない。そういう面白い試みもさ。
飽きたら止めればいいんだし――そら、『&ruby(おりかえし){折返}』」
視界の金色が、全て白へと反転した。
本来の折り紙は、表の色と、裏の白地を組み合わせてこそのものだ。
白地を活かすことで、陰陽のバランスを取ることが大いに推奨される。
ただし、金の折り紙については事情が異なる。
金の折り紙については、白地を少しでも覗かせることは悪とみなされる。
神聖性を乱すためだ。
わざわざ金の折り紙を用いながら、“裏地の白のみを用いて折紙を作る”というのは、
紙への、神への冒涜極まりない邪法であった。
“聖”から“邪”へ。特性を一挙に変えた攻撃は、動きも対応法もまるで異なってくる。
裏切りの折紙に取り付けられた擬似心肺も、内圧と外圧が裏返ればそのまま機能はさせられない。
対応に苦慮するその一瞬の隙をつき、懐に飛び込んだ折笠ネルは、雲類鷲ジュウへと手を伸ばす。
ネルの狙いは、いつでも隙を作ることであった。
理由は単純。接触距離に入ればケリがつくからだ。
※SSの途中ですが、誤記を訂正させて頂きます。
|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|BGCOLOR(cornsilk):対戦キャラクター:折笠ネル|
|【破壊力】|&s(){B+}→&color(red){S}|【運動能力】|B|【攻撃射程】|A|【耐久力】|C+|【知力】|B+|【精神性】|B+|
|>|【特殊能力】|>|>|>|>|>|>|>|>|>|『廬斉夢蝶折据・黄金大君』:折紙の変質+折紙で折った造形の具現化|
ジュウの首筋に、ネルの指先がそっと触れる。
花でも摘み取るかのように、そのまま雲類鷲ジュウの首は手折られ、赤髪がだらりと頭を垂れた。
----
折笠ネルの指は、折り鶴を片手で5羽同時に1秒足らずで折るほどの技巧を備えている。
“&ruby(ゆびきたす){指来す}者”――あらゆる折り技を極め、紙に神を招来する指技を持つ者。彼女に“手折結党”が付けた渾名だ。
鋼板であろうが指先で軽々と折り畳むだけの指圧力を備えるなど、“折る”ことに関して極め尽くした折笠ネルの指にとって、たかがタンパク質の円柱である人間の首を圧し折り畳むことなど、まるで造作も無いことである。
「ふう。エレガントな手じゃないから、嫌いだったんだけど」
そう独り言つネルの眼は、驚愕に見開かれた。
雲類鷲ジュウが、立ち上がり、こちらを睨みつけている。
首を痛めたかのように押さえる少年の姿は、中々様になっていたが、それどころではない。
「首折れた時点で死んどけっての、このお馬鹿……」
「神経と血管の働きがありゃあ、圧し折れてようがどうとでもなる……!
体内の『電圧』を調節して神経を、『浸透圧』を調節して血管を模擬すれば、ブチ切れたくらいでくたばらねえ!」
ジュウが吼える!
落ち着いた支配者としての表情は既に存在しない。あるのは支配を脅かす者への反骨心のみ!
「そしてくたばるのはテメーだ!俺はブチ切れてるぜ……『くたばれ!P・T・Aーッ!!』」
ジュウの取った行動は、体当たり。
攻撃自体の威力こそそこまで期待できないが、相手への接触面積を増やすことに意味がある。
その分メータを広範に設置できる。
ネルの全身から、小さな圧力メータがボコボコと吹き出す。
地面には既に圧力メータが設置されている。
足との接触圧を下げ、ネルの身体を地面にめり込ませる。
人体を破裂させるまでの条件は整っていないが、ネルの体の圧力自体は、確かに低下している。
そのままコンクリートに埋め込み、能力を解除すれば、生き埋め窒息殺が決まる。
ネルの下半身が、完全に埋まる。
ジュウはダメ押しとばかりにネルの頭を掴み、地面に押し付ける。
ネルの両手首も、既に埋没している。既に手は封じた。
ジュウはしかし、一抹の不安を覚えた。
ネルがにやりと笑っていた。
ネルの胴体が埋まり始めていた。
ネルはまだ笑っている。
ネルが舌をぺろりと出す。まつろわぬ意志の現れ――ではない。
「くたばれ」
言葉を紡いだ舌の上。唾液に塗れた、二羽の金の折り鶴が乗っていた。
それらは実体を得、小型の金の鶴へと変化する。
飛び立った二羽の鶴の鋭利な嘴が、ジュウの両眼に突き刺さる。そのまま脳までを抉り取った。
かつて、折り紙は&ruby(おりすえ){折据}と呼ばれていた。
これは元来、食物等が腐敗する、“&ruby(す){酸}える”という意味合いから取られており、
製紙技術のない時代、木の皮を口内でねぶり、噛み、そうして加工することを“折り酸え”と称したのだ。
後に“折り噛み”と変化していったのも、当然の帰結といえよう。
語源の真偽は別として、少なくとも折紙術師にとっては、口内で鶴を折り噛む業さえ容易である。
能力が手放された感覚がある。雲類鷲ジュウが確実に絶命した証か。
『学童のささ殺殺害は特一級犯罪です。終身給食居残り刑およ?び?????の適用がががが――』
主を失った迷宮時計が、煙と共にどす黒い呪詛を吐き出し続けている。
「やれやれ」
小うるさいあれを吸収するかと思うと、折笠ネルは少し憂鬱になる。
コンクリートに埋まった身体を引き起こせない。
それはひんやりと冷たく、火照った身体は急速に醒めていった。
***試合結果
&italic(){&bold(){折笠ネル――生存。勝者として基準世界へ転送。}}
&italic(){&bold(){梶原恵介――死亡。死後、同人誌は一部でカルト的人気を誇る。}}
&italic(){&bold(){雲類鷲ジュウ――死亡。『ウルワシ兄弟』は雲類鷲殻のワンマン組織として急成長。}}
&italic(){&bold(){&color(darkblue){世界終末時計――現在時刻&color(red){23:57}}}}
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