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*第二回戦SS・動物園その2
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*第二回戦SS・動物園その2
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ベッドの上。手を伸ばす。
デジタル時計の赤色光を、金属針が鈍く照らし返す。
取り込まれた欠片の時計。迷宮時計の一針が義手から僅かに覗く。
勝利に感慨はない。
たった一歩だ。遥かに遠い所に居るあいつには、決して届きそうにない。
おもむろに、能力を発動する。『ふたりきりの戦争(ハイ・タイド)』。
能力対象は、おれとあいつ。
だけど、赤い線はどこにも現れない。
これは、ただの儀式だ。
あいつが居ないことを、再確認するだけの儀式だ。
あいつの温度を忘れないようにするための、未練がましい儀式だ。
時計が輝く。
次の戦いだ。
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真沼陽赫第2回戦SS『偽りの心、死へ』
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闇夜の中、動物園は静まり返っていた。
獣のいびきさえ響かない静寂の中、対戦者の1人、真沼陽赫がこつ、こつ、と靴音を立てる。
動物園での三つ巴と聞いた時には、動物でも解放して、混戦状態で『ふたりきりの戦争』をふんだんに活かしての立ち回りこそが一番の上策と、彼は考えていた。しかし、状況はどうだ。
辺り一帯、生命の様子などまるで感じられない。そこに広がるのは、喉笛を喰いちぎられた無残な動物たちの姿。
異常なのは、地表だけではない。真沼は空を見上げる。
もう一つの地表が、上空を覆っている。馬鹿げた話だ。
それが“北海道”であることは、真沼には知る由もなかったが、目の前の現実が異常であることは理解できる。
北海道は、うっすらと光っている。月光を取り入れて、明かりとしているためだ。
魔人能力でしかありえない、この天上の大地。
彼にとって気がかりにはなるが、気にしたところでどうしようもない。上空を攻撃する手段など彼にはない。
スラスターを全開にすれば短時間の飛翔は可能だが、およそ現実的な手ではない。
推進剤の貯蔵量は決して多いとは言えないからだ。
普段の戦闘でさえ、極度推進格闘術理論に基づき、最小限の噴射量を意識して運用しているというのに。
それよりも憂慮すべきは、この動物群を惨殺した存在。まだ近くに潜んでいるのだろうか?
飼育箱が倒され、中身が散らばっている。
足元に転がる、餌用と思しき林檎を拾う。
それを引っ掴んだまま能力を起動する。『&ruby(ハイ・タイド){ふたりきりの戦争}』。
世界がしばし解体され、格子模様の世界となる。
外形を失った世界は、隠された真実の一部を透かし通す。
能力発動の瞬間は、真沼陽赫の集中が最も研ぎ澄まされる瞬間だ。
暗転の一瞬間を、奇襲に生かせるかどうか。
ワイヤーフレーム状態での一瞬間に、敵をどれだけ見透かせるか。
伸びゆく赤い糸の方向から、対象が何処にいるのか。
彼の決闘能力は、防御能力であり、奇襲能力であり、偵察能力であり、索敵能力である。
ワイヤーフレームが透かし取ったのは、地面に伏せりこちらを伺う獣の姿。姿を消しているのか。
目では察知できなくても、ワイヤーフレームの一瞬ならば姿形を捉えられる。
『ふたりきりの戦争』が、真沼と林檎とを赤い輝線で結ぶ。
即座に林檎を握りつぶす。能力解除。
能力を再発動。対象は自分と、隠れ潜む獣。
真沼から赤い線が伸び、先端は虚空で留まる。
何者も存在しないかのように見えるそこに、確かに潜むは一匹の獣――エゾオコジョだ。
我々の知るようなオコジョは元来、雪に溶け込むための白い体表を有す動物である。
しかし、北海道の雪は宇宙線の影響により大きく変質し、色も特性も、時間とともに無数に変化する。
それに適応するため、宇宙線による進化が導き出した答えが、完全光学迷彩であった。
エゾオコジョは、視覚では絶対に捉えることのできない、残忍なる雪上のハンターである。
赤線の先端が動き出す。高速無音で向かってきている。
直線上から身を逸らし、横合いから殴りつける。
何も見えないはずの空間がわずかに歪み、呻き声のようなものが漏れる。
インパクトの感触もある。完全に入ったか。
赤い端点は地面に落ちて動かなかったが、しばらく経つと猛烈な勢いで離れていく。
一旦態勢を建て直して、再奇襲するつもりか。
仲間を呼ぶのかもしれない。そうであれば失敗だったか、と真沼は後悔する。
『ふたりきりの戦争』は、解除条件を満たさぬ限り自分からも解除できない。
能力対象が遠く逃げ去ってしまっては、柔軟に運用することは不可能だ。
「そういう時に限って、不運は重なる……ふざけやがって」
真沼は吐き捨てる。
こちらに接近(アデプト)してくる人影を認めたからだ。
----
「波浪(Hell-O)!」
それは真沼の回避よりも疾い、心臓狙いの一突き。
咄嗟に身体をよじり、左手で防ぐ!
『ふたりきりの戦争』による防御が十全に為されているはずの真沼の身体が、打突の衝撃に大きくよろめく。
たたらを踏みながら、倒れることだけは免れる。
「ドーモ、マヌマ=サン。ウィッキーです」
色黒の壮年男性が、片手を上げて挨拶する。
迷宮時計所有者。対戦者の1人である、リークス・ウィキ。
「こいつはお前の仕業か?」
周囲を見渡しながら、真沼が問いかける。
「No、こちらはミスター・蛎崎の能力でしょうね。『The Green, Green Grass Of Home』」
赤い糸がはらりとほつれて消えた。あの不可視の獣が死んだのか?
都合のいいことだ。あれを殺した存在が居るという事実に目を瞑れば。
「……おれが真沼の方だって、どうして知ってるんだ?」
ウィッキーさんは、大げさに肩をすくめてみせる。
「それはCheapな質問ですね。よくここまで生き延びられましたね?
決まってるじゃないですか、貴方のProfileを調べあげたからですよ。いつでも倒せる状態にまで。
おっと、じゃあ何故現実世界で奇襲(イントロデュース)しなかったのかって顔ですね?
そういう手を使うのは&ruby(クズ){悪}に対してだけですので。
何より、こっちの世界である程度動いてみないと、迷宮時計を調べ尽くせませんからね」
真沼の表情は動かない。耳を貸さず、隙を慎重に伺うかのような姿勢。
ウィッキーさんは尚も続ける。
「真沼陽赫。希望崎学園3年生。現在不登校。一年留年していますね?
バトルスタイルはスラスターによる高速近接格闘。能力は『ふたりきりの戦争』、自称決闘能力。
迷宮時計の入手経緯。神敷由智というナジミ・オサナ――前保有者よりの継承。
彼女、一年ほど前にスーサイドしていますね?御愁傷様です」
神敷由智の名が出ると、ぴくりと眉が動く。
分かりやすい返答そのものだ。リークス・ウィキは看取している。
「愛しの彼女を蘇らせる!それが貴方の望みですね?」
「だったら?勝ちでも譲ってくれるのか?」
「そんな訳がありまセン」
大仰に首を振る。
いちいちのオーバーリアクションに、真沼は不快感を覚えつつあった。
「貴方の望みは、本当にそれですか?」
真沼に向けて、ウィッキーさんが指をさす。
「先程私が攻撃(ナイストゥーミーチュー)した際、どう防御しました貴方?
あからさまな心臓狙いの突きを、貴方左手で防御しましたよね?
Free! だった右手も使わず、狙われている心臓をこちらに近づけるように。
咄嗟に貴方、“心臓よりも右手を庇った”んですよね。迷宮時計となった右手を。
時計が絶対に壊れないことくらい、知っていますよね? それでも命よりも優先した」
「……何が言いたい」
「貴方、勝利して望みを叶えたいわけじゃないんでしょう。
愛する者のための復讐鬼は、ただのモチベーションを保つだけの“設定”。
実際は、その玩具を手放したくないだけの駄々っ子(ジュブナイラー)だ」
「黙れ……!」
真沼が動く。スラスターによる直線的な加速突き。
リークス・ウィキはそれを、軽々といなす。
「調べあげたと言ったでしょう!
貴方、私のことをウェッブで調べたでしょう、自らの論文を保管しているPCをそのまま使って!」
次なる連続攻撃をも、すべて打ち払う。
初速が付く前に出だしで迎撃し、威力を増させない。
「Extreme Thruster Combateについて、丸っと学習(リーク)させて頂きましたよ。
技術用語が多いデスねー。もう少し万人に分かりやすく書くことを勧めます。先生としてね」
変幻自在に見える攻撃も、理論的裏付けにより緻密にコントロールされている。それ故の精密性。
ただ単に闘うだけでは、その法則を理解することは困難だったかもしれない。
だが、その論文に触れ、自らの組織力を持って解析させていれば別だ。
基本を理解すれば、どうとでも立ち回れる。
「そして今ここが隙!」
額への軽いノック攻撃が、真沼の脳を揺らす。視界が真っ暗になる。
「からの――Kick(菊の花を手向けよう、という意味の英語)!」
英語の十分に乗った強烈な蹴りが、真沼の胴を捉えた。
「まだ死んではいませんよね?All Right?」
損傷はない。『ふたりきりの戦争』を土壇場で発動させていた。
能力対象は真沼自身と、傍らの木杭。赤い線が伸びている。
「Hum......それが件のハイ・タイド。ダメージが全く通りませんね」
思案顔のウィッキーさんを捨て置き、真沼はすぐに離脱態勢に入る。
ウィッキーさんは能力を全く無視して、膝打ちをかまして来る。
着弾。威力はないに等しい。しかし、ウィッキーさんの狙いは直接攻撃ではない。
特殊能力『TAI-Kansoku』による、五感操作。接触により、相手の五感全てを半分程度にまで抑え込む狙い。
しかし、それも発生しない。真沼は意に介せず、建物の中へと逃れようとする。小動物用の展示ブースだ。
「……Bad Statusも効きまセンか。なれば」
離脱する出足を掴もうと手を伸ばす。
掴み切ることこそ叶わなかったが、指先が真沼の足先を掠めた。
真沼はそのまま離脱しようとするが、その場でスラスターを止め、頭を押さえる。
感覚が急激に鋭敏化しており、脳の処理が追いついていないのだ。
少なくとも、複雑な演算が必須のETCを戦闘利用するには重すぎる負荷だ。
「Yeah!Hurry! ヤ・ハリ! Good Statusなら効く!つまり――」
ウィッキーさんが何かを取り出す。
真沼は咄嗟に視線を向けると、視界が真っ白に消えた。
「LED Flashlightデス。Warning!目に当てると失明の危険があります――」
懐から取り出した、LED電灯を放り捨てる。
この用意は、この間に閃光弾を使われたことに対する意趣返しのようなものだ。
「――ま、It's too lateですケド」
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対戦相手二人の戦いを、僕は草陰に潜みながらつぶさに見ていた。
北海道は既に、動きを始めている。自分で出す動物を選んだりが出来ないのは少し辛いけど、
まあ何が出てもそれなりに頑張ってくれるだろう。北海道の生き物だから。
ターゲットを二人のままにしようかは、少し迷った。
ここで目の前のウィッキーさん一人に敵意を絞ってしまうと、真沼陽赫という対戦相手への対応が鈍ってしまう。
だけど、二人をターゲットにして一人も倒せないのが一番まずい。
動物たちに対しては、僕はあくまで攻撃目標を誘導しているだけだ。
指揮をしているわけじゃないから、ターゲットが散るとどう動くかわかったものじゃない。
だから一人に絞った、それは正解だった。
リークス・ウィキは、北海道に対して互角に渡り合っていたのだ。
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薄明かりの中、遠景にエゾヒグマのシルエットがぼんやりと浮かび上がる。
遠く向こう。地鳴りのような、鳴き声が聞こえる。
距離が離れていてもその強大さが伝わるような、不吉な咆哮。
それを耳にしつつも、リークス・ウィキに動揺はない。
北海道、確かに驚異的な進化だ。自分の正面のタンチョウ(エゾヅル)と相対しながら彼は思う。
しかしAustraliaの&ruby(カン・ガルー){Kangaroo}(名状しがたきもの、の意)に比べれば、宇宙線の影響は知れている。
エゾヒグマも所詮、本場Alaskaのそれにも一歩及ばぬ劣化版(デミ・グリズリー)だ。
「日本は宇宙線後進国……」
リークス・ウィキはそう断言する。
目の前の獣は、白い大翼を威圧的に広げている。
「とはいえ、気は進みまセン。私はZoophilist(動物愛護家)ですから」
馬鹿にしているのか。蛎崎裕輔はそう思った。
この戦力に対して、手心を加える余裕があると言っている。
「キキイィィィィィ!」
いななきと共に羽撃くエゾヅル。空中に舞い上がり、無数の白羽が飛び散る。
その一つ一つが、高速振動機構を備えたナイフのように襲い来る。これがエゾヅルの恐ろしさだ。
夥しい数の高速振動羽ナイフ。その全てを軽々と躱す。
「人類のほとんどは、英語を少しでも齧ってしまっている。闘うだけなら獣相手がやりやすい。
獣は英語を使いませんから」
尚も連続で降りかかる白羽を躱す。流れ羽が地面に突き刺さり、ギニャア!と呻き声があがる。
身を隠していたエゾオコジョが振動羽に貫かれ、絶命していた。
「今のは私が避けたせいですけど、直接やってないですからしょうがないデスね。自然淘汰です。
貴方もそう思いますよね?ミスター・蛎崎裕輔?」
思わず受け答えそうになってしまい、唾を飲み込む。
あれは鎌かけだろう。見つかっていないはずだ。
自分で手を下していないから仕方がない。
自らの欺瞞を見透かされているようで、気味が悪かった。
「あ、黙っていても分かりますよ。はっきりと呼吸音と匂いが伝わりマスから」
リークス・ウィキは、五感を日頃より強化して生活している。
強化状態が日常ならば、それに慣れる。
慣れるとそちらが普段のパフォーマンスとなる。
その状態で、改めて『TAI-Kansoku』で五感を強化する。
再びそのまま、日常を過ごす。
そうして長年培われた彼の感覚器官は、もはや人のそれとはかけ離れている。
中堅以上の英語話者には、身体操作能力者の割合が顕著に高い。
三十段相当の英検段位を保持するには、強力な感受機能が不可欠であるためだ。
再びの羽攻撃。ウィッキーさんは難なく躱していく。
だが、この人はエゾヅルの恐ろしさを分かっていない。蛎崎は思う。
あの羽からは、神経毒が分泌される。振動によって周囲に蔓延し、直ぐに手遅れになるはず。
そのはずなのに、何故倒れない!
「匂いから察していましたが……『TAI-Kansoku』に神経毒など効きまセン」
感覚器機能を一倍に固定すれば、少なくとも、その場においては全く支障なく戦闘に移れるのだ。
男は樹を蹴り上がり、宙空のエゾヅルに飛び乗る。
そのまま羽を毟って、地上へと投げ降ろそうとする。
狙いは草むら。僕の隠れる場所を、正確に捉えている。
まずい。
その時、白い光線が煌めいた。
闇夜を過剰な明かりが包む。逆に目を開けられないほどに眩しい。
まばゆい光源の中、蒸発するエゾヅルの姿が目に焼きつく。
エゾヒグマの炎だ。僕は思わず目を逸らしてしまう。思い出してしまうから。
また一人、僕は手にかけたのだ。
「Damn!(何だよもう、を意味する英語)」
――違う。
光の中から、ウィッキーさんは飛び出してきていた。
片腕が焼け落ちて、グロテスクな焦げ跡を晒している。あれをギリギリで避けたのか。
呆けている暇はない。
一目散に逃げ出した。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げる。それでいい。
手を下すのは僕じゃない。北海道だ。僕は悪くない。
逃げなければ、死ぬのは僕だ。
----
リークス・ウィキとて、エゾヒグマと相対して撃破することはとても不可能である。
彼もまた、息を潜める。
熱により歪む視界の中、イオン化した周囲の臭気を感じ取りながら、静かにエゾヒグマが去るのを待つ。
「Still,Still,Still,Still......」
英語によるバイタルサイン操作の甲斐あってか、エゾヒグマは気づかず去りつつある。
――まだだ。もう少し待たねばリスクが大きい。
その時彼は、考えては居なかった。
この状況で、まさか自分を狙いに来る馬鹿が居るとは。
ウィッキーさんの頭上に、真沼の姿があった。意識外からの奇襲!
だが、髪が風にはためく音でさえ、リークス・ウィキには検知できる!
『ふたりきりの戦争』。世界が暗転する。
彼の強化触覚はしかし、空気の流れを、熱源の位置を読み違えない。
ワイヤーフレームの義手を、隻腕が横払いにはたき落とす。
実体に戻りながら繰り出される、反撃の殴打。
インパクトの直前。ずん、と肚に響く音が鳴る。重い噴射音と共に、真沼の身体が後方に離れる。
ウィッキーさんの一撃は、真沼陽赫を捉えられない。
急転速により、地面に叩きつけられるように伏せる真沼を、リークス・ウィキが見下ろす。
真沼の手許からは、赤い線が伸びている。
先端が結ばれているのは、リークス・ウィキの喉元だ。
完全に一騎打ちの腹積もり。確実に狩らなければなるまいと、両者ともに認識している。
少年の目は死んでいない。立ち上がり、思い切りスラスターを吹き散らし、再び突撃してくる。
まだやる気か。リークス・ウィキは少々感嘆する。
捨て身の攻撃の構え。
防御を完全に捨てて、一撃必殺の超加速掌打に全てを費やすか。
迷宮時計の環境下だからこそ躊躇なく行える手だ。
先に当ててしまえば防御などせずとも即座に脱落するのだから。
悪くない、だが。
――甘い。彼は甘さの欠片もなく断ずる。
一撃離脱英会話は、高速飛来する真沼陽赫の先手を取る事ができる。
「Z(絶刀)!」
皮肉にも、刻訪朔のそれと相似の名を関す、同様の攻撃方法。
心臓を強かに撃ちぬく強襲狙撃手刀は、あやまたず真沼の胸部を一突きにした。はずだった。
しかし、それは胸元へ僅かに衝撃を与えるだけ。心臓を貫通しない。
疑問を呈す暇もなく、高速で叩きつけられるのは迷宮時計。
不壊の時計針が、リークス・ウィキの脳天を貫通していた。
----
リークス・ウィキの発言は、完全に的を射ていた。
真沼陽赫は、勝者が望みを叶えるという時計の妄言を、完全に信じているわけではない。
彼の妄執はただ一つ。
神敷由智の形見である迷宮時計。
彼女との最後の繋がりを、失いたくないという望み。それだけ。
それはつまり、彼はこの時計を、自分のものであるとは考えていないということ。
この時計は由智のもの。リークス・ウィキが、それを認識させた。
『ふたりきりの戦争』の指定対象は、リークス・ウィキと、この迷宮時計。
対象以外、すなわち真沼本体への攻撃は、威力を大きく減じられていた。
真沼は残心を終え、時計にちらりと目をやる。
目が霞む。視力が落ちている。
ウィッキーと名乗った彼は最後の手刀時、能力をも起動させていたのだろう。
あれで殺しきれなかった時のことまで考慮して。用意周到なことだ、と彼は思惟する。
視界はすぐに戻る。真沼は、これが死亡解除される能力と断ずる。
敵はあと一人。しかし一人ではない。
そびえ立つ黒き大質量の暴威、エゾヒグマ。
北海道における、最悪の大敵がそこに居た。
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真沼は全力でスラスター噴射を続ける。
『ふたりきりの戦争』を、自分の進路のオブジェクトに対して使用しながら。
発動後、ワイヤーフレーム状態で蛎崎の潜伏位置を索敵、即座に能力対象を破壊する。そして再使用。
始動エフェクトを引き出すためだけの、この作業の繰り返しだ。
全力で高速移動を行いながらという、厳しい状況下での行程。
真沼は理解している。『ふたりきりの戦争』でも、&ruby(エゾヒグマ){あのデカブツ}の放射熱線には耐え切れないであろうことを。
今も自分は狙われ続けている。つまりは、脚を止めたらそこで終わる。
推進剤を切らすのが早いか、熱線に捕らえられるのが早いか、蛎崎を見つけるのが早いか。
何にせよ、自分は死ぬだろう。そう真沼は考えている。
『ふたりきりの戦争』。敵は見当たらない。能力を解除。
『ふたりきりの戦争』。敵は見当たらない。能力を解除。
『ふたりきりの戦争』。敵は見当たらない。能力を解除。熱線がすぐ近くを掠めた。
『ふたりきりの戦争』。敵は見当たらない。能力を解除。
『ふたりきりの戦争』。敵は見当たらない。緊急回避。能力を解除し損なう。全力で舞い戻る。能力を解除。
『ふたりきりの戦争』。敵は見当たらない。能力を解除。
『ふたりきりの戦争』。敵が見つかる。能力を解除!
向こうも気づかれたことを察したのだろう、全力で逃げ出す。
だが、機動力にはかなりの差がある。一気に距離が詰まる。
手を伸ばす。もう少しで手が届く。その時。
エゾオコジョが、真沼の横っ腹を喰いちぎっていた。
そのまま前のめりに倒れる。地面に激突する。
大きくダメージを受けたはずだ。それでもなお推進を止めない。
地面を半ば引きずるように進みゆく真沼が、再び手を伸ばす。
ついに、蛎崎は足首を掴まれる。
――それが何だ。その体勢相手なら僕にだってやれる。
蛎崎が護身用のナイフを取り出す。エゾヅルの羽を加工した高速振動ナイフ。
それを振り下ろす前に、蛎崎ははたと異変に気づく。
自分の心臓から、赤い糸が伸びていた。その先には、エゾヒグマの口腔。
『ふたりきりの戦争』。エゾヒグマに照準を教えるかのように、赤い線は真っ直ぐに張られていた。
蛎崎は自分の迂闊を悟る。だが遅い。
エゾヒグマに対して、狙いを誘導することは出来る。だが、蛎崎を狙わないように、という指示は出来ない。
北海道の自然は平等に過酷なのだ。誰かを殊更に害することはあれど、誰かを特別害さないことはありえない。
口元が白く輝く。
もうお終いだ。蛎崎は理解する。
猛烈な熱線が、2人を含む周囲一帯を巻き込んだ。
時間が鈍化する。全てがスローモーションに感じられる中、強く伝わるものがある。
熱い。灼ける。
体の中の物すべてを、吐き出しそうになる。
身体が自分を保てない。熱い。熱い。熱い。
こんなことのために、死ぬ間際の感覚はゆっくりとなるんだろうか。
冗談じゃない。早く終わらせてほしい。灼ける、灼ける、熱い。
苦しい、熱い。
&ruby(あのひと){本屋文}もこんな苦しみを味わったのだろうか。
母さんもこんな苦しみを味わったのだろうか。
痛みもなく逝ったとばかり思っていたけれど。
――ああ。
僕は納得していた。
僕は、北海道に帰りたかったんじゃない。
母さんと父さんのところに行きたかったんだ。
ああやって、圧倒的な力の前に理不尽に死んで行きたかったんだ。
これでもう、僕も立派な道民だ。母さんや父さんと同じ道民だ。
もう熱くない。苦しくもない。だけど、ひどく眠い。
----
【リークス・ウィキ】:死亡。真沼陽赫の迷宮時計により刺殺。
【蛎崎裕輔】:死亡。エゾヒグマの放射熱線により焼殺。
【真沼陽赫】:死亡。エゾヒグマの放射熱線により焼殺。※
※最終死亡者である真沼陽赫について、迷宮時計による蘇生効用を確認。
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