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*第一回戦SS・戦場跡その1 #divid(ss_area){{{  [[このページのトップに戻る>#atwiki-jp-bg2]]|&spanclass(backlink){[[トップページに戻る>http://www49.atwiki.jp/dangerousss4/]]}}}} #javascript(){{ <!-- $(document).ready(function(){ $("#contents").css("width","900px"); $("#menubar").css("display","none"); $(".backlink a").text("前のページに戻る"); $(".backlink").click(function(e){ e.preventDefault(); history.back(); }); }); // --> }}
*第一回戦SS・戦場跡その1 #divid(ss_area){{{  ■ 『わたしには好きなひとがいます』 こざっぱりとした、最低限の家具しか残っていないワンルーム。 ドアに掲げられた表札には"馴染"の姓――&ruby(なじみおさな){&bold(){馴染おさな}}の部屋。 冷蔵庫も食器棚もベッドも、もうなくなった。 一脚の椅子と勉強机だけが処分されずに残っていた。 それだけはどうしても捨てることができなかったというかのように。 勉強机の一番上の引き出しには、思い出が詰まっている。 幼馴染であった彼ら、彼女との記憶の品。 それはさながらタイムトンネル。 開ければ過去へと戻れるのだと信じているかのように。 写真、キーホルダー、ストラップ、カードケース、手帳、 シャープペンシル、折り鶴、ガラス玉の指輪、そして手紙。 手紙。それだけが他とは明確に区別され、 いつでも取り出せるように、他とは混ざらないように保管されていた。 宛て先の名前は、馴染おさな。 ――差出人の名前は、馴染おさな。自分から自分へ宛てた贈り物。 幼い筆跡で綴られた言の葉。 『     馴染おさな さんへ   元気にくらしていますか?   この手紙をかいているわたしのことを、おぼえていてくれていますか?   わたしには好きなひとがいます。   ちかくに住んでいる   くんです。      くんは、わたしのヒーローです。   いつまでたっても、それだけはゼッタイのゼッタイです。 』 今一度、この文字列を心に刻み込み、手紙を引き出しに戻す。 思い出は思い出のままに。 左腕に巻いた可愛いデザインのアナログ時計をそっと撫でる。 命を懸けた戦いに一歩踏み出すために必要な――&bold(){愛}の記憶。 ■(馴染おさな1) そして&bold(){最後の}戦いを告げるベルが鳴る。 馴染おさなはその知らせを、 いくつか所持している"自室"のリクライニングチェアの上で聞いた。 左腕に巻いたアナログの腕時計。 おさなの&bold(){迷宮時計}が告げる最後の対戦相手は、確認するまでもなく既に判明している。 直前まで眺めていた手紙を、引き出しに戻す。 立ち上がる。 一歩を踏み出す。 死地へ。 24時間後の幸せへ。 【欠片の残存数】 ――&bold(){2} 【対戦カード】 「馴染 おさな」 VS 「&bold(){ミスター・チャンプ}」 【対戦開始時刻】 2014年10月27日20:00 【戦闘空間】 戦場跡 ………… …… 西暦1797年、イタリアはリヴォリ。 後にイタリア戦役と呼ばれる、フランス軍とオーストリア軍の激突。 大砲飛び交い、人の血が流れる戦場跡。 馴染おさなは、そこで生暖かい鮮血を浴びた。 手に持つ短剣は、 ミスター・チャンプの背後から肋骨を砕き、確かに心臓へと届いていた。 「ゴッ…ふ」 重要な臓器を凶刃にて傷つけられ、血を吐くミスター・チャンプ。 しかし、刻々と迫る死を前にしても彼の顔は穏やかなままだった。 「こうなってしまっては致し方なし。これが吾輩の運命か」 ミスター・チャンプの右腕にはまだあと一匙ほどの力が残っていたが、 これは勝敗の決した戦い。彼は敗北を認め、握りこぶしを解いた。 短剣を握る両手が力を失い、おさなは膝から崩れ落ちた。 「悲しむことはない、お嬢さん」チャンプが掠れた声を掛ける。 「悲しんでなんかいませんっ」俯いたままのおさな。 「いいや。お嬢さんは、&bold(){幼馴染}を失うたびに泣いている」 「ミスター・チャンプ、あなたはもう私の幼馴染なんかじゃ……」 「果たしてそうかなぁ……?」曇り空を見上げる。 昔を懐かしむかのように目を細め、儚い記憶をたどっていく。 「お嬢さんの能力を脱してなお、吾輩にはボンヤリとその記憶が残っている。  ひととき幼馴染となったものたちは皆、同じことを感じたはず。  幼馴染だからこそ、自然と伝わってくる、お嬢さんの気持ちってやつを」 「ミスター・チャンプ、もしかしてわざと――」 「しかし――」ミスター・チャンプはおさなの言葉を遮り、正面を見遣る。 「――まさか&bold(){ナポレオン・ボナパルト}とはな」 そこに屹立するは、フランスの名高き将軍ナポレオン・ボナパルトに他ならない。 リヴォリの戦いを勝利に導いた27歳の若き俊英――&bold(){砲兵使い}である。 馴染おさなの魔人能力、 "名前を呼ぶことにより対象の記憶を改ざんし、 『&bold(){久しぶりに出会った、かつてほのかに恋心を抱いていた幼馴染}』であると思い込ませる" その発展形。 フランス語も自在に操る今のおさなにとって、 過去の偉人を幼馴染へと変貌させることは容易だ。 「吾輩の人生最後の興行の相手が、このような、花形であって、――」 言葉は途切れ、瞳から光が失われる。 ダラリと垂れ下がる両肩。 懐からこぼれ落ちる懐中時計――ミスター・チャンプが所持する迷宮時計。 勝者。馴染おさな。 ■ 勝った。私は勝った。 勝って、勝って、勝って、勝って、 勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、 勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、 勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、 勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、 そうしてひとり生き残った。 ■(馴染おさな2) バトルロイヤルに生き残り、すべての迷宮時計の欠片を統合すると、 時計の&bold(){真の名前}とともに、時空を操る力を得るという。 「本当にそんな力があるのなら、&bold(){私の願いを叶えて!} 迷宮時計!」 転がり落ちた懐中時計と、おさなの腕時計がにわかに発光を始める。 迷宮時計の統合現象だ。 光の粒が両者を行き交い、やがておさなの腕時計に吸収される。 『我が名は――『我が――『我が『我が『我『我がナ『名『名名名名――――――――――――――――――― 光が溢れ出す。 「な、何!? こんなことって今まで一度もっ……」           &bold(){使ったな?} 迷宮時計の発光は止まらない。 光を媒介にした情報体。 溢れ出す。 完成された迷宮時計を基点に、空間が裏返る。 表と裏が。中と外を切り分けていた境界が崩壊する。 時計が裏返る。 反転する。 プリズムによる分光のように。 &ruby(わか){頒}たれていく。 戦場跡を覆い尽くすように広がっていく。 やがてそれらはひとつの形を成す。 オベリスクである。 戦場跡の戦闘空間を取り囲むように、 光が、全長3mはあるだろう&bold(){石柱}へと姿を変えていく。 &ruby(つきたつ){衝き立つ}。 &ruby(そびえたつ){聳え立つ}。 光が物質として存在感を持つ。 その数、&bold(){34}。 そしてその石柱の表面に、次第に浮き上がってくるものがある。 人だ。 人の顔。 凍りついたように固まった。人の顔だった。 次第に首、肩、胸の辺りまでを露わにする。 馴染おさなは、その顔に見覚えがある。 ――異なる世界に取り残された因子を。 ――迷宮時計の所持者たちを。 ――&bold(){優勝候補者たちを!} ――&bold(){その手で殺してきたものたちを!} ――&bold(){32人を!} 《&ruby(あおじなき){蒿雀ナキ}》《&ruby(あさおたつみ){浅尾龍導}》《&ruby(あまきそら){天樹ソラ}》《&ruby(あやしまひじり){綾島聖}》 《&ruby(いいだかおる){飯田カオル}》《&ruby(いっさいくう){一切空}》《リークス・ウィキ》《&ruby(うりゅういんかさかさ){雨竜院暈々}》 《&ruby(かきざきゆうすけ){蛎崎裕輔}》《&ruby(きくちてつこ){菊池徹子}》《&ruby(きぼしゆうせい){希保志遊世}》《&ruby(くぐるいかれん){潜衣花恋}》 《&ruby(さいとうはじめ){斎藤一女}》《&ruby(さんぜんじしょうこ){山禅寺ショウ子}》《ストル・デューン》《シシキリ》 《&ruby(ぜんつうじまお){善通寺眞魚}》《&ruby(たがねびいどろ){飴びいどろ}》《&ruby(ときがみねけんいち){時ヶ峰健一}》《&ruby(ときとうはじめ){刻訪朔}》 《&ruby(なできりれんごく){撫霧煉國}》《&ruby(なでつみやこ){撫津美弥子}》《&ruby(はねしろいくや){羽白幾也}》《&ruby(まぬまひあか){真沼陽赫}》 《&ruby(ひいらぎとけいそう){柊時計草}/&ruby(かぜつきふじわらきょう){風月藤原京}》《&ruby(みぎのざんこ){右野斬子}》《&ruby(もじしゅうじ){門司秀次}》 《&ruby(もとやふみ){本屋文}》《&ruby(やまぐちよしかつ){山口祥勝}》《&ruby(りょうきおんせんなまこ){猟奇温泉ナマ子}》《&ruby(あおぞらうみ){青空羽美}》 光に包まれた《ミスター・チャンプ》もまた、石柱と化す。 仁王立ちのままのミスター・チャンプ。 石柱と化した彼の顔は、時間が凍結し、 最後の一瞬をいつまでも繋ぎ留めていた。 穏やかな顔のまま。 馴染おさなは、理解する。 これは迷宮時計がやったことなのだと。 時間と空間を飛び越えて、彼らをこのフィールドへ&ruby(よ){喚}んだのだ。 空白のまま衝き立つ一柱が、他ならぬ私――馴染おさなを表わすとするなら。 最後の一柱の意味するものは―― 「よくもわたしを喚んでくれたな――&bold(){許さない}  迷宮時計の使用者を/バトルロイヤルの優勝者を――&bold(){許さない}  おまえを殺して、迷宮時計はこのわたしが――&bold(){支配する}/&bold(){破壊する}」 最後の石柱を砕き、 時を越え、 空間を越え、 &bold(){遙か果ての未来}より、異形の&ruby(てんし){天翅}が舞い降りる。 銀の髪。灰の瞳。 身体に巻き付くように締め上げる、どこか宇宙服を思わせる衣装。 右手に持つのは、長大な槍のようなもの。 何よりも、その背の――『&ruby(はね){翅}』。 コウモリや鳩のツバサではない。 透けるような、&bold(){昆虫の翅}。 翅を震わせ、天翅は宙へと浮き上がる。 空を飛んでいる。 この異様な光景。 これはまるで―― 「これは最後の審判か」 絶句するおさなを代弁し、傍らに立つ&ruby(ナポレオン){幼馴染}が異形の天翅を仰ぎ見る。 ――ザリザリザリ おさなの左腕に巻かれた腕時計から、砂を噛んたような異様な音。 迷宮時計が、戦いを告げるベルを鳴らす。 【対戦カー【対戦【対【対戦カード【対戦【対戦【対戦【対対対対戦対戦カ―――――――――――――――― 「馴染 おさな」 VS 「&bold(){メリー・ジョエル}」  &bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS&bold(){VS}VS 【対戦開始時刻】 2014年10月27日20:00 【戦闘空間】 戦場跡希望崎学園大都市ショッピングモール地下駐車場病院水族館テーマパーク変電所サバンナ軍用列車市街豪華客船遊郭教会孤島田園工場闘技場大浴場原生林氷河寺院湿地 「こ、壊れた?!」 迷宮時計が示す対戦告知はメチャクチャであった。 辛うじて、天翅の名前――この争いの乱入者の名前だけは読み取れる。 迷宮時計に名前が表示される存在。 すなわちこの乱入者は、バトルロイヤルの参加者。 迷宮時計保持者。 倒すべき敵。 &bold(){戦いは、まだ終わっていなかったのだ。} ■(メリー・ジョエル1) メリー・ジョエルは、上空から戦場跡を見下ろしていた。 未だ煙&ruby(くす){燻}ぶる戦禍の様相。 迷宮時計に誘われしものたちの争い。 彼女もまた、導かれるままにここへやってきた。 「&ruby(hört!){聞け}、バトルロイヤル優勝者よ。迷宮時計の使い手よ。  そしてすべての審判者たちよ!   この胸に宿る&bold(){もう一つの完成された}迷宮時計に導かれ、わたしはこの地へ来た」 胸に宿る鼓動。 脈打つ心臓。 時を刻み、知性を生み出した時間感覚の源。 時計とは心臓。 時計とは知性。 "迷宮時計のあるべき姿とは、&bold(){人の姿に違いない}" そういった妄執に取り憑かれた人間の手により造られた、迷宮時計の生ける器。 それこそが、彼女。 メリー・ジョエル。 その胸の&ruby(なかみ){内側}は、 今、馴染おさなの左腕に収まる優勝者の証、完成された迷宮時計に限りなく等しい。 共鳴現象だ。 限りなく同一であるものがお互いを喚び寄せ、引かれ合い、 &bold(){どちらがより正しいか}を決めようとしている! 「これは、どちらが迷宮時計の支配者/破壊者に相応しいかを決める審判の儀である」 審判者は、喚び出された石柱。 迷宮時計の所持者たち。 優勝候補者、34人。 34人が認めるものこそが、真の支配者/破壊者である。 「より多くの承認を得たものが、生き残る」 メリー・ジョエルの灰の瞳が、馴染おさなを見下ろす。 高みから。 傲慢に、宣言する。 「おまえがそれを、理解する必要はない」 何故ならば、わたしが 『支配せよ――』胸奥から響く声。 『破壊せよ――』脳裏で囁やく声。 「――では始める」 「ま、待――」制止の声は無視する。 相手の声を聞く必要など一切ない。 第一に、 「&bold(){承認要求}――メリー・ジョエル!」 己の内側にある迷宮時計へと要求する。 『&ruby(Anerkennung){是認}』右手に持つ槍に積んだ副脳からの返答。 わたしはわたしに認められた。 &ruby(わたし){迷宮時計}が認める&ruby(わたし){迷宮時計}の主。 回路形成。 迷宮時計から吸い上げた&ruby(エネルギー){情報体}を槍の推進器へ回す。 即座の実行。高鳴る鼓動。 全力稼働。 推進器が吸気を開始。 コンプレッサーがそれを圧縮。 ブレイトンサイクルに従い燃焼。 ジェット噴流を排出。 =爆進。 高速の飛翔。 強烈なG。 脳の血液が移動。 視界が暗転。 副脳が異常を感知。 戦闘人格からの矯正提案。 人造心肺が血流を操作。 再精査――異常なし。 視界を確保。 目指すは、第二の迷宮時計《蒿雀ナキ》のオベリスク。 風防ゴーグル越しにルート設定。 戦闘人格へのルート承認要求。返答『&ruby(Anerkennung){是認}』 実行。 500m四方の戦闘領域など、 自在に飛行可能な昆虫の翅と 激烈な直進性能を誇る&bold(){突撃槍}を持つメリー・ジョエルにとってみれば、 たった3秒で横断できる距離。 到達。 ラダーペダルを足で操作/噴出ノズルを強引に蹴り下ろす。 衝角が上へ向く。 推力を制御。 翅で姿勢を安定させる。 アクセルを緩める。 すべてを自然に、そして高速に行なう。 副脳による電子制御の補助があってこその早業。 空いた左手で、石柱に触れる。 「承認要求――蒿雀ナキ!」 石柱に接続。人造心肺との直通回路を形成。 強引な支配。 副脳からの返答『&ruby(Anerkennung){是認}』 迷宮時計を&bold(){奪い取る}。 ■(馴染おさな3) 馴染おさなは、それを、ただ、見ていることしかできなかった。 呆然としていた。 いったいなにが起こっているのか。『おまえがそれを、理解する必要はない』 そんなことはない。 そんなことはない!! メリー・ジョエルの左手がオベリスクに触れ、 「承認要求――蒿雀ナキ!」と叫ぶ。 喪失感。 失われていく。 自分のなかから、何かが。 奪われていく。 「そんな――あり得ない」 あり得ない。あり得ない! 迷宮時計を奪われた。 私の迷宮時計。その欠片のひとつを。 私が手に入れ、統合したはずの迷宮時計を。 蒿雀ナキを&bold(){殺して}ようやく手に入れた―― 願いを叶えるための―― 「許さない」 スイッチが入る。 理由なんてわからない。 突然始まった戦い。 最後の審判? なんだそれは。 「許さない」 そんな勝手を見逃すわけにはいかない。 好きにさせるわけにはいかない。 瞬間、視界からメリー・ジョエルの姿が消える。 高速の飛翔で次のオベリスクへ向かったのだということを理解する。 「ボナパルト」おさなは、幼馴染へ呼びかける。「あの空飛ぶ女の子を撃ち落とすのよ!」 「なんだって?!」 困惑するナポレオン・ボナパルト。 「あれは天からの使いではないのか?」 彼は根っからのカトリック信者である。 背に翅を持ち、空を飛び回る女の子を見てそう思うのも無理はない。 「あなたは&ruby(ドイツ){ゲルマン}語を話す天使がお好み?」 おさなが問いかけると、彼は思案気な顔になる。 「すると、彼女も先程の巨漢の男と同じく、オーストリアの尖兵だと?」 「……そうよ」一瞬の逡巡。「私と、そしてフランスを危機から救って。ボナパルト」 「ふぅ。キミがそういうならそうなんだろうね。&ruby(おさな){かわいい幼馴染}さん」 ナポレオン・ボナパルトは根っからのカトリック信者であったが、 それと同時に、祖国と、同郷人の行く末を担う将軍でもあった。 「我が栄光あるフランス国のために」 振り返る。 そして彼は、&bold(){戦闘領域の外側}へ声を張り上げ、告げる。 「聞こえるか、皆の者。――我が自慢の砲兵たちよ!」 「「「オオオオオオオオォォォォォォォォォォ……!!」」」 地鳴りのような返答。 幾十、幾百。 いや、幾千、幾万という人間たちの雄叫びが戦場跡に&ruby(こだま){谺}する。 リヴォリの戦いに勝利したナポレオン・ボナパルト。 彼が率いた兵の総数は二万人。 一万を超える歩兵。五千を数える&ruby(ドラグーン){携銃重騎兵}。二十門もの移動大砲。 と、云われている。 が、それは真実の一片に過ぎない。 知らないものも多かろう。 ここで改めて説明する。 ナポレオン・ボナパルト。 彼もまた、稀代の軍才を持った&bold(){魔人能力者}であるということを。 能力名『全市民大砲革命』 彼が指揮し彼を信じる、武器を持たぬ人間の手に、大砲を具現化する能力。 大砲は、 ナポレオン・ボナパルト直々の号令において、無類の被害をまき散らす凶器となる。 27歳という若さで将軍職にまで辿り着いた、 これこそ彼の真実の姿――"砲兵使い"である。 「  今一度、手に砲を持て兵たちよ!  我がかわいい幼馴染と対峙するあの&ruby(aile){翅}は、  祖国フランスを害するオーストリアの尖兵である。  祖国フランスに勝利を捧げよ。  繰り返せ、兵よ!  祖国フランスに勝利を捧げよ! 」 「「「&bold(){祖国フランスに勝利を捧げよォォォォォオオオオオオ……!!}」」」 「一番隊、三番隊、構えー! 放て!」 「続いて五番隊、八番隊構え! 放て!」 「「「ワアアアアアアアアァァァァァァ……!!」」」兵たちの歓声。 この時代の大砲は、 現代の砲とは異なり、破壊力も射程も、命中精度、連射速度も劣る。 しかし、ここは500m四方に区切られた戦闘領域。 それをグルリと取り囲み、配置された兵たち。 メリー・ジョエルは領域の外へ出て彼らを誅することもできず。 ただただ、砲火のなかを飛び回るしかない! 二十門の大砲なら気に留めるまでもない。 しかし百門ならどうだろう。彼女の進行方向へ先回りすることも可能では? 五百門になれば。一千門になれば? 五千では。一万では。 ――ここはもう既に戦場跡などではない。 ――戦場、そのものだ。 地獄が降る戦場だ。 しかし、そんな砲火の雨のなかでさえ、 「承認要求――浅尾龍導」是認「承認要求――天樹ソラ」是認。 メリー・ジョエルによる略奪は続いていた。 「どうして……」おさなの声が少しずつ、少しずつ悲鳴になっていく。 大砲が轟くなかでさえ、 迷宮時計の共鳴現象は正確にメリー・ジョエルの声をおさなへと届ける。 第五の迷宮時計。 「承認要求――綾島聖」 石柱に接続。 人造心肺との直通回路を形成。 強引な支配。 副脳からの返答 『&ruby(Anerkennung){是認}』 迷宮時計を奪い取る。 ■(メリー・ジョエル2) 第五の迷宮時計との接続を無事果たした。 推進器の出力が上昇する。 第六の迷宮時計へと向かう。 「承認要求――飯田カオル」是認。 完了。 推進器の出力が上昇する。 第七の迷宮時計へと向かう。 「承認要求―― 一切空」是認。 完了。 推進器の出力が上昇する。 なぜ出力が上昇するのか。 メリー・ジョエルの人造心肺が、迷宮時計を据える器であるからだ。 「承認要求―― リークス・ウィキ」是認。 完了。 推進器の出力が上昇する。 器には初めから、迷宮時計の統合を受け入れるための穴が空いている。 心の穴だ。 迷宮時計を受け入れるたびにその穴が埋まっていく? 否。逆である。 穴は広がっていく。 迷宮時計を統合するたびに、心の穴は大きくなっていく。 そして、心の大きさよりも穴の大きさが上回ったとき、 その穴の奥底に、異界への扉は開かれる。 第九の迷宮時計。 「承認要求――雨竜院暈々」 副脳からの返答。『是認』 異界の扉から漏れだす&ruby(エネルギー){情報体}を 推進器の出力へと変換するのが人造心肺の役目。 ドクン、ドクンと一定のリズムを刻み続け、汲み上げる。 第十の迷宮時計。 「承認要求――蛎崎裕輔」 もっと早く。『是認』 なお速く。 加速していく。 砲火の雨が、砲火の&ruby(あられ){霰}に、そして砲火の嵐に変わろうとも。 加速していく天翅は誰にも止められない。 推進器の全力稼働。 吸気。 圧縮。 燃焼。 排出。 爆進。 第十一の迷宮時計。 「承認要求――菊池徹子」 オベリスク接触の瞬間、唯一静止せざるを得ない瞬間を大砲に狙われる。 翅による精密飛行制御――後退回避。 再接触。『是認』 推進器の全力稼働。 吸気。 圧縮。 燃焼。 排出。 爆進。 第十二の迷宮時計。 「承認要求――希保志遊世」 オベリスク接触の瞬間、唯一静止する瞬間を狙われる。 翅による精密飛行制御――下降回避。 再接触。『是認』 吸気。 圧縮。 燃焼。 排出。 爆進。 第十三の迷宮時計 「承認要求――潜衣花恋」 狙われる。――軸移動回避。 戦闘人格からの警告――『再回避を提案』 回避の先を読まれた。 迫り来る砲弾。 副脳への再加速承認要求。『是認』 突撃槍のアクセルを絞る――緊急回避。 再接触。『是認』 次へ。 第十四の迷宮時計。 移動ルートを先読みされる。 迫り来るいくつもの砲弾の嵐。 戦闘人格からの警告――「ルート再構築を提案」 視界を広げる。 弾幕の薄い箇所を探す。 ルート策定。 副脳への承認要求。『是認』 実行。 メリー・ジョエルは行動のたびに、 必ず自らの行ないの&bold(){承認を要求}する。 認めてもらえるまで実行しない。 できない。 彼女はそういうふうに育てられた。 幼少期からの思考誘導のたまもの。 正しい道筋を決めてもらうまでは、 動けない。 そういうロックが掛けられている。 オベリスクへ接触。 「承認要求――斎藤一女」 迷宮時計を奪い取る。 胸の鼓動が意識を支配する。 人造心肺が心を支配している。 『迷宮時計を欲せよ』 『迷宮時計を制御せよ』 『迷宮時計を支配せよ』 心が求めるままに従う。 それだけのために生きる。 母さま。 わたしは必ず成し遂げます。 ――&bold(){だからわたしを認めて!} 第十五の迷宮時計 「承認要求――山禅寺ショウ子」『是認』 飛び交う砲火。 吸気。 圧縮。 燃焼。 排出。 爆進。 承認要求。 必ず返ってくる『是認』。 メリー・ジョエルを全肯定する言葉。 それが彼女を縛り続ける。 第十六の迷宮時計 「承認要求――ストル・デューン」是認。 飛び交う砲火。 そのたびに繰り返される承認要求と是認の応酬。 「ねぇ父さま。わたしは飛べる?」 『是認』 「わたしはあいつに勝てる?」 『是認』 戦闘人格からの提案。 それに応えるメリー・ジョエル。 思考誘導。 操られるままに。 第十七の迷宮時計 「承認要求――シシキリ」 奪っていく。 是認。その言葉を聞きたくて。 ■(馴染おさな4) 馴染おさなの心を絶望が支配していく。 第十八の迷宮時計 「承認要求――善通寺眞魚」是認。 善通寺眞魚。 彼は馴染おさなの幼馴染だ。 魔人能力で、ひとときそのように変貌させた。 彼はおさなのことを幼馴染であると信じたまま、彼女に殺された。 第十九の迷宮時計 「承認要求――飴びいどろ」是認。 彼女も馴染おさなの幼馴染だ。 魔人能力で、ひとときそのように変貌させた。 そして殺された。馴染おさなの手によって。 第二十の迷宮時計 「承認要求――時ヶ峰健一」是認。 殴殺した。 第二十一の迷宮時計 「承認要求――刻訪朔」是認。 感電死させた。 第二十二の迷宮時計 「承認要求――撫霧煉國」是認。 毒殺した。 第二十三の迷宮時計 「承認要求――撫津美弥子」是認。 圧殺した。 小さな女の子。 どうしても死の瞬間を目の当たりにしたくなかった。 なので瓦礫の下敷きに。 第二十四の迷宮時計 「承認要求――羽白幾也」是認。 爆殺した。 ワープするという己の切り札を、事前に私に教えてしまった。 なので範囲攻撃した。 第二十五の迷宮時計 「承認要求――真沼陽赫」是認。 彼には女の子の幼馴染がいた。 なので記憶を上書きして、わたしがその幼馴染だと思い込ませた。 そして後ろから不意打って殺した。――『ごめんなさい』 第二十六の迷宮時計 「承認要求――柊時計草/風月藤原京」是認。 探偵は、迷宮時計を破壊したがっていた。 とても認めるわけにはいかなかった。 花刑台ごと焼殺。――『ごめんなさい』 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 そうするしかなかった。 叶えたい願いがあった。 戦いのたびに幼馴染を失っていく。 『お嬢さんは、幼馴染を失うたびに泣いている』 本当にそうだろうか。 私は本当に悲しんでいる? そうかもしれない。 &bold(){『わたしには好きなひとがいます』} 捨てられない手紙。 私から私に宛てた贈り物。 第二十七の迷宮時計 「承認要求――右野斬子」是認。 ひととき幼馴染であったものたちが奪われていく。 失っていく。 ――ごめんなさい。 私は最初から絶望していた。 本当は、幼馴染を殺すたびに泣いていた。 &bold(){『わたしには好きなひとがいます』} 私は、幼馴染を失うことが一番悲しかった。 第二十八の迷宮時計 「承認要求――門司秀次」是認。 だから私は迷宮時計に願いをかける。 幼馴染を失う前の、最初の自分に立ち戻る。 『わたしには好きなひとがいます』 『ちかくに住んでいる   くんです』 空白の名前。 もう呼ぶことも叶わぬ誰か。 &bold(){――失われた最初の幼馴染を取り戻す。} それが私の願い。 第二十九の迷宮時計 「承認要求――本屋文」是認。 何か。何か私にできることはないか。 高速で飛翔する少女を止める&ruby(すべ){術}が、私に。 なんでもいい。 なんでもする。 第三十の迷宮時計 「承認要求――山口祥勝」是認。 誰でもいいから。 第三十一の迷宮時計 「承認要求――猟奇温泉ナマ子」是認。 あの少女を止める力を! 「まったく、仕方のないお嬢さんだな……」声が聞こえる。 今まで。 変わらず。 そこに。 馴染おさなのそばに。 屹立し続けた。 ミスター・チャンプのオベリスク。 なじみが駆け寄る。 右手でオベリスクへ触れる。 「この右手に残った最後の力の一欠片。今ここで使うときか」 &bold(){馴染おさなによる承認欲求。} 要求ではない。 ただの願い。 人間誰しも持っている。 認めてもらいたいという欲求。 それを――ミスター・チャンプは &bold(){「認めよう、お嬢さん。吾輩の迷宮時計は、お嬢さんのものだ」} 認めてくれた。 第三十二の迷宮時計 「承認要求――青空羽美」是認。 ほぼ、同時! ■(メリー・ジョエル3) 32対2 それが、この審判が出した結論だ。 いいや、違う。 『迷宮時計を支配せよ』 すべてだ。 すべてが欲しい。 迷宮時計の完全制御こそ、わたしの使命。 胸に宿る鼓動。 脈打つ心臓。 時を刻み、知性を生み出した時間感覚の源。 時計とは心臓。 時計とは知性。 "迷宮時計のあるべき姿とは、人の姿に違いない" そういった妄執に取り憑かれた人間の手により造られた、迷宮時計の生ける器。 それこそが、メリー・ジョエル。 その胸の&ruby(なかみ){内側}は、 今まさに、完成された迷宮時計に限りなく等しい。 迷宮時計から吸い上げた&ruby(エネルギー){情報体}を槍の推進器へ回す。 即座の実行。高鳴る鼓動。 &ruby(ハイパードライブ){&bold(){超過駆動}}。 求められる性能を遺憾なく発揮。 推進器が吸気を開始。 コンプレッサーがそれを圧縮。 ブレイトンサイクルに従い燃焼。 ジェット噴流を排出。 =爆進。 高速の飛翔。 強烈なG。 脳の血液が移動。 視界が暗転。 副脳が異常を感知。 戦闘人格からの矯正提案。 人造心肺が血流を操作。 再精査――異常なし。 視界を確保。 目指すは、第三十三の迷宮時計《ミスター・チャンプ》のオベリスク。 風防ゴーグル越しにルート設定。 戦闘人格へのルート承認要求。返答『&ruby(Anerkennung){是認}』 実行。 500m四方の戦闘領域など、 自在に飛行可能な昆虫の翅と 激烈な直進性能を誇る突撃槍を持つメリー・ジョエルにとってみれば、 たった3秒で横断できる距離。 ナポレオンによる猛火。 回避を選択――承認要求――是認。実行。  回避を選択――承認要求――是認。実行。   回避を選択――承認要求――是認。実行。 到達。 ラダーペダルを足で操作/噴出ノズルを強引に蹴り下ろす。 衝角が上へ向く。 推力を制御。 翅で姿勢を安定させる。 アクセルを緩める。 すべてを自然に、そして高速に行なう。 副脳による電子制御の補助があってこその早業。 空いた左手で、石柱に触れる。 「承認要求――ミスター・チャンプ!」 石柱に接続。人造心肺との直通回路を形成。 強引な支配。 副脳からの返答――&bold(){なし} 「吾輩は認めんよ。横から割ってきた貴様などに」 ミスター・チャンプによる否認。 ――信じられない。 ――わたしの支配に抗った? 思考の停止。 戦闘人格からの回避提案――対応できず。 砲火が背の翅を貫く。 衝撃波。 続く第二撃。第三撃がメリー・ジョエルに着弾。 身体を弾き飛ばす。 転がり落ちる。 ――天翅の失墜。 ナポレオンによる高らかなる宣言。 「我々の勝利だ!」 「「「ウォオオオオオオオオオオオオ……!!」」」兵が&ruby(){勝鬨}をあげる。 地べたに這いつくばり、それを聞くメリー・ジョエル。 「  最後の力を振り絞り、  吾輩ミスター・チャンプが、審判者へと告げる!  思い出せ。  馴染おさなとひとときでも幼馴染であった吾輩らは、それを感じているはずだ!  彼女の本当の気持ちを。  幼馴染であるからこそ、自然と伝わってくるものを。  吾輩らは、だからこそ、彼女との戦いで敗北を認め、迷宮時計を差し出した。  たとえ命を奪われようともだ。  迷宮時計の主は、馴染おさなである。  吾輩らが認める優勝者は、馴染おさなである。  思い出せ。  思い出せ!  今こそ反逆のときだ!  あとからシャシャリ出てきた不届き者の支配を断ち切り、  迷宮時計の完成を!  」 ミスター・チャンプの呼びかけに応えるかのように、 オベリスクが、 審判者たちが発光する。 光を媒介にした情報体。 それらが、プリズムによる分光を逆再生するかのように、 再び馴染おさなの左腕に巻かれた迷宮時計へと集っていく。 「さぁ、お嬢さん。もう一度、迷宮時計に願いを」とミスター・チャンプ。 やめろ―― やめてください―― それだけは。 そんなことされたら、 わたしは。 メリー・ジョエルは、存在価値を失う。 父さまと母さまに認めてもらえなくなる。 &bold(){――未来世界が、荒廃する。} ■(馴染おさな5) 私の願いは、私の本当の幼馴染の名前を思い出すこと。 『わたしには好きなひとがいます』 空白の名前。思い出せない名前。 確かに。 確かに私には、 幼いころ、私を救ってくれたヒーローが、 近くに住む幼馴染が居たはずなのだ。 『思い出せ!』 『この手紙をかいているわたしのことを、おぼえていてくれていますか?』 覚えていない。 忘却。私には記憶の欠落があった。 『    くん!』 空白の名前を呼ぶ私。 私は調べた。 私の幼馴染であるかもしれない人たちのことを。 私は調べた。 私の幼馴染であるかもしれない人たちの名前を。 名前を呼んだ。 『    くん!』 空白の名前を呼ぶ私。 『いつまでたっても、それだけはゼッタイのゼッタイです』 幾度も繰り返した。 何度も調べては、名前を呼んだ。 「&ruby(あおじなき){蒿雀ナキ}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(あさおたつみ){浅尾龍導}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(あまきそら){天樹ソラ}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(あやしまひじり){綾島聖}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(いいだかおる){飯田カオル}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(いっさいくう){一切空}くん!」 違う。殺した。 「リークス・ウィキくん!」 違う。殺した。 「&ruby(うりゅういんかさかさ){雨竜院暈々}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(かきざきゆうすけ){蛎崎裕輔}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(きくちてつこ){菊池徹子}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(きぼしゆうせい){希保志遊世}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(くぐるいかれん){潜衣花恋}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(さいとうはじめ){斎藤一女}くん!」 違う。殺した。 「&ruby(さんぜんじしょうこ){山禅寺ショウ子}くん!」 違う。殺した。 「ストル・デューンくん!」 違う。殺した。 「シシキリくん!」 違う。殺した。 「&ruby(ぜんつうじまお){善通寺眞魚}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(たがねびいどろ){飴びいどろ}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(ときがみねけんいち){時ヶ峰健一}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(ときとうはじめ){刻訪朔}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(なできりれんごく){撫霧煉國}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(なでつみやこ){撫津美弥子}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(はねしろいくや){羽白幾也}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(まぬまひあか){真沼陽赫}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(ひいらぎとけいそう){柊時計草}くん!/&ruby(かぜつきふじわらきょう){風月藤原京}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(みぎのざんこ){右野斬子}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(もじしゅうじ){門司秀次}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(もとやふみ){本屋文}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(やまぐちよしかつ){山口祥勝}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(りょうきおんせんなまこ){猟奇温泉ナマ子}くん!」 ちがう。ころした。 「&ruby(あおぞらうみ){青空羽美}くん!」 ちがう。ころした。 「ミスター・チャンプくん!」 ちがう。違う。ちがう! なんで見つからないの? 『いつまでたっても、それだけはゼッタイのゼッタイです』 どこまでも、どこまでも探しに行くしかない。 私の魔人能力は、 "名前を呼ぶことにより対象の記憶を改ざんし、 『久しぶりに出会った、かつてほのかに恋心を抱いていた幼馴染』であると思い込ませる"こと。 でもそれでは順序が逆さまだ。 名前を呼んだら幼馴染になるだなんて。 『    くん!』 空白の名前を呼ぶ私。 でも仕方ないのだ。 私には呼ぶべき幼馴染の名前がない。 ないなら作るしか。 記憶を改ざんしてでも、幼馴染を作らなければ。 そうでなければ。 誰が私のヒーローなのかわからない。 誰が私を認めてくれるというのかわからない。 ――承認欲求。 それこそ、私の魔人能力の原始にして源泉。 迷宮時計よ。私の願いを叶えなさい。 時間を越え、 空間を越え、 &bold(){すべての人間を私の幼馴染にするのだ――!!} ここではないどこか。 今まで戦場跡であった場所は、 迷宮時計の干渉により、どこかへ消し飛んだ。 ここは西暦1797年ではないどこか。 戦闘領域を取り囲んでいた兵たちも、 幼馴染であるナポレオンも置き去りにして。 何処かへ。 今、ここは空白の戦闘領域。 ■(メリー・ジョエル4) &bold(){――未来世界が、荒廃する。} わたしが、地に墜ちた? ――『是認』 そんなことは認められない。 ――『是認』 オベリスクとのリンクが断ち切られたことにより、 人造心肺が支配していたわたしの意識が解放される。 そして脳裏で囁やく声。 戦闘人格からの提案。 『迷宮時計を破壊せよ』 思考誘導。 わたしを無条件に認めてくれる存在。 だからこそ、そんな父さまに報いたい。 立ち上がる。 承認要求――『是認』 翅は傷ついてしまったが、問題ない。 傷はいつか治るもの。 歩き出す。 承認要求――『是認』 行動のたびに繰り返される承認要求と是認の応酬。 第三十三の迷宮時計のオベリスクへ到達。 『迷宮時計を破壊せよ』 左手を叩きつける。再接触。 「承認要求――ミスター・チャンプ」 副脳からの返答『&ruby(Anerkennung){是認}』 あんなにも光輝いていたオベリスクが、沈黙した。 第三十三の迷宮時計の沈黙を基点に、 すべてのオベリスクが次々と沈黙していく。 「  迷宮時計の使用者を/バトルロイヤルの優勝者を、わたしは許さない。  世界を荒廃へ導くものよ。  おまえを殺して、迷宮時計はこのわたしが破壊する。 」 「あああああああああああああああああ――――!!」 絶叫する馴染おさな。 馴染おさなに、もはや助けは存在しない。 彼女を救うヒーローは存在しない。 馴染おさなには、 ピンチのときに叫ぶ"大切な人の名前"が存在しない。 「だったら……」おさなの呟き。 接近するメリー・ジョエル。 馴染おさながメリー・ジョエルを見る。 メリー・ジョエルが馴染おさなを見る。 二人の目線が、このとき、初めて交わった。 『メリー・ジョエルくん、久しぶり! へへへ、なんだか懐かしいね。元気にしてた?』 &bold(){馴染おさなの、魔人能力が発動する――!} 「あ、アアアアアアアアアアアアアアア――――!!」今度はメリー・ジョエルの咆哮。 記憶が流れ込む。 精神を侵食する。 改ざんされていく。 『わたしには好きなひとがいます』――自然と伝わってくるもの。 『迷宮時計を支配せよ』――母さまの願い。 『迷宮時計を破壊せよ』――父さまの願い。 『わたしには好きなひとがいます』 捏造されていく。 メリー・ジョエルの表情が歪む。 確固たる自己意識を持たず、ただ操られるままに行動する彼女にとって、 馴染おさなの精神干渉能力こそ、一番の天敵。 『わたしには好きなひとがいます』 『迷宮時計を支配せよ』 『迷宮時計を破壊せよ』 ――うるさい。 うるさいうるさい。 頭の中で何度も叫ぶな。 &bold(){わたしに命令するな!} 痛い。 頭が痛い。 頭痛の源。 目の前の少女――馴染おさな。 「へ?」目の前の少女が発する、力なき疑問の声。 メリー・ジョエルの回し蹴り。 左足を軸にして、右足を振り回す。 右足の義肢に刻印された&ruby(ヒートソード){灼剣}の発生装置。 起動する。 肉の焼ける匂い。 プラズマの高温により、焼き切れる馴染おさなの左腕。 落下するアナログの腕時計。 馴染おさなの迷宮時計。 三十四番目。 それを、奪い取る。 ――承認要求はしなかった。 ――そんなものはもう必要なかった。 すべてを諦めた馴染おさなの表情は、 硬く、時間が凍りついたかのようだった。 「ごめんなさい……」 馴染おさなの嗚咽。 それは誰に向けた謝罪か。 殺してしまった幾多の人間に対してか。 最後まで思い出すことができなかった真の幼馴染へか。 それとも自分自身へか。 「メリー・ジョエルさん」 馴染おさなが呼びかける。 名前を。 ひとときの幼馴染を呼んだ。 「ねぇ、お願いがあるの。手紙を、燃やして? 私はどうしても捨てられなかった……」 諦めきれなくて、こんなところまで来てしまった。 幼馴染であるのなら、この願いを叶えてくれると信じて。 「それが私の――」 最期の願い。 ――幼馴染であるがゆえに自然と伝わってくるもの。 彼女の本当の気持ちが、メリー・ジョエルには確かに伝わった。 勝者。メリー・ジョエル。 ■(メリー・ジョエル5) 果たして、迷宮時計の自動統合は発生したか? 否。統合は起こらない。 戦闘空間内では、勝利方法を問わず、敗北した時計所有者すべての時計所有権が1人の勝者に統合される。 この統合は自動的に行われ、勝利以外の特別な行動は必要ない。 &bold(){ルールの持つ意味が裏返っていく。} 時計所有者は最後の一人になるまで戦い続けなければならない。 戦闘空間からの帰還には、他の全ての時計所有者の排除が必要である。 そう、まだ、最後のひとりになっていない。 この場には、まだ他の迷宮時計所持者たち、 優勝候補者たち33人が存在している。 他の参加者たちには、まだ優勝の可能性が残っている! メリー・ジョエルは戦わねばならない。 この2014年という広大な戦闘領域に囚われ続けたまま。 すべての参加者の優勝を阻止するまで。 彼女の基準世界――果ての未来へは帰還できない。 今こそ、対戦カードの真の姿を明かそう。 【対戦カード】 メリー・ジョエルVS蒿雀ナキVS浅尾龍導VS天樹ソラVS綾島聖VS飯田カオルVS一切空VSウィッキーさんVS雨竜院暈々VS蛎崎裕輔VS菊池徹子VS希保志遊世VS潜衣花恋VS斎藤一女VS山禅寺ショウ子VS色盲画家ストル・デューンVSシシキリVS善通寺眞魚VS飴びいどろVS時ヶ峰健一VS刻訪朔VS撫霧煉國VS撫津美弥子VS羽白幾也VS柊時計草/風月藤原京VS真沼陽赫VS右野斬子VSミスター・チャンプ(Mr. Champ)VS門司秀次VS本屋文VS山口祥勝VS猟奇温泉ナマ子VS錬鉄の元・魔法少女キュア・エフォート 【戦闘空間】 希望崎学園大都市ショッピングモール地下駐車場病院水族館テーマパーク変電所サバンナ軍用列車市街豪華客船遊郭教会孤島田園工場闘技場大浴場原生林氷河寺院湿地 誰かが、どこかで 迷宮時計の完成を目指して戦うのならば。 メリー・ジョエルはどこへでも出向き、すべての参加者の優勝を阻止すべく行動する。 ………… …… 馴染おさなの迷宮時計は、統合されぬままこの世に残った。 それは今、メリー・ジョエルの手元にある。 2014年10月27日23:50 『わたしには好きなひとがいます』 こざっぱりとした、最低限の家具しか残っていないワンルーム。 ドアに掲げられた表札には"馴染"の姓――馴染おさなの部屋。 冷蔵庫も食器棚もベッドも、もうなくなった。 一脚の椅子と勉強机だけが処分されずに残っていた。 それだけはどうしても捨てることができなかったというかのように。 勉強机の一番上の引き出しには、思い出が詰まっている。 幼馴染であった彼ら、彼女との記憶の品。 それはさながらタイムトンネル。 開ければ過去へと戻れるのだと信じているかのように。 写真、キーホルダー、ストラップ、カードケース、手帳、 シャープペンシル、折り鶴、ガラス玉の指輪、そして手紙。 手紙。それだけが他とは明確に区別され、 いつでも取り出せるように、他とは混ざらないように保管されていた。 宛て先の名前は、馴染おさな。 ――差出人の名前は、馴染おさな。自分から自分へ宛てた贈り物。 幼い筆跡で綴られた言の葉。 『     馴染おさな さんへ   元気にくらしていますか?   この手紙をかいているわたしのことを、おぼえていてくれていますか?   わたしには好きなひとがいます。   ちかくに住んでいる   くんです。      くんは、わたしのヒーローです。   いつまでたっても、それだけはゼッタイのゼッタイです。 』 メリー・ジョエルは、今一度この文字列を心に刻み込み、手紙を引き出しに戻す。 思い出は思い出のままに。 左腕に巻いた可愛いデザインのアナログ時計をそっと撫でる。 馴染おさなが与えた『わたしには好きなひとがいます』――その気持ちは、 今もまだ、消えずにメリー・ジョエルのなかに残っている。 『迷宮時計を支配せよ』胸奥から響く声。 『迷宮時計を破壊せよ』脳裏で囁やく声。 それとは別の―― 命を懸けた戦いに一歩踏み出すために必要な――&bold(){愛}の記憶。 それが自分のなかに生まれたことを確かめて、 彼女は部屋を出た。 ■ 戦いは終わった。 馴染おさなが優勝するという可能性は、最初からなかったことになった。 故に、彼女と戦い、命を落としたものたちにはそれぞれの日常が戻ってくる。 しかしこの一連の戦いは、ミスター・チャンプの魔人能力 『ヒーローズ・ミラクル・パワー』によって、 すべてのバトルロイヤル参加者の知ることとなる。 ただし、審判者による過半数以上の承認を得られない限り、 メリー・ジョエルはそれを実行できず、 この戦いが正史になることはない。 [[このページのトップに戻る>#atwiki-jp-bg2]]|&spanclass(backlink){[[トップページに戻る>http://www49.atwiki.jp/dangerousss4/]]}}}} #javascript(){{ <!-- $(document).ready(function(){ $("#contents").css("width","900px"); $("#menubar").css("display","none"); $(".backlink a").text("前のページに戻る"); $(".backlink").click(function(e){ e.preventDefault(); history.back(); }); }); // --> }}

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