ファタ・モルガーナ プロローグSS


「読みが甘かった……」
ファタ・モルガーナは夜を迎えた教室の壁に身を預けながら、頭を抱えて今回の依頼を受けた事を真剣に後悔していた。
希望崎学園生徒会から魔人討伐を打診された時は、事前に説明されていたスペックから見て
自分の能力と相性の良い、楽に勝てる相手だと感じていた。おいしい仕事にありつけてラッキーだとすら思った。
だが、この状況はどうした事か。かの魔人に対して、ファタの『天蓋魔鏡』は確かに相性は良かった。
ファタは能力によって生み出した幻影を巧みに用いて標的を惑わし、猛烈な勢いで突進してくる標的を
数度に渡って壁に激突させ、金属バットで後頭部を殴打し、更には屋上から突き落とした。
しかして目標はまだ生きている。いや、殆どまともなダメージすら負っていないのでは無いか。
そう考えざるを得ない程、敵の動きは俊敏かつ精確であった。
驚異的なタフネスとスピード、そして破壊力……いかに能力上の相性差があろうとも、攻撃がまるで通じないとあっては意味が無い。
作戦を練り直す必要があった。
改めて行動を開始しようとしたその時、ポケットの携帯端末が振動した。
着信である。表示されている名は、希望崎学園生徒会。
ファタはいぶかしんだ。依頼主がこのタイミングで連絡を寄越す理由は限られる。
例えば、何らかの事情で討伐任務を撤回したい、というような場合だ。
その可能性に思い当たってしまった以上、ファタとしてはリスクを犯してでも応答ざるを得ない。
あの魔人から逃げられるなら、報酬を放り出しても良い……標的はそれ程の脅威であった。
「……もしもし」
極力小さな声で応える。
「生徒会の雪成だ。任務中に済まないが、緊急の案件が立ち上がった」
「ほう」
声色には出さぬものの、ファタは内心でガッツポーズを決めていた。
「現在の任務は一旦中止し、直ちに生徒会室まで戻ってくれ。詳しい事はそこで改めて話そう」
「そうか……残念だな。もう少しで仕留められたんだが、依頼主直々の命令とあらば仕方ない。
 では今から帰還し」
ファタの言葉はそこで遮られた。
強烈な衝突音が耳を聾し、彼を瞬間的なパニック状態に追いやったからだ。
教室のドア側の壁――分厚いコンクリートの壁を打ち砕いて現れたのは、ソフトボール大の赤黒い亀頭である。
そそり立つ逸物が壁をそのまま横薙ぎに破砕しながら、鋼鉄製の引き戸を強かに叩いた。
男子最大の急所として有るまじき強度。しかしその非常識も、その男の肩書きの前では納得せざるを得まい。
希望崎学園ブリッツファック部主将、一文字剛直(たけなお)。
創部僅か2年目でブリッツファック部全国大会において個人戦・チーム戦の両部門制覇という偉業を成し遂げた傑物。
八尺を優に超える巨体に比して尚異様と形容するしかない逸物は、ヘビー級ボクサーの前腕を思わせる逞しさを湛え
禍々しく屹立している。希望崎学園史上でも稀に見るハードコアファッカーである。
猛獣の咆哮と聞き紛う雄叫びを上げながら、剛直は鉄の門戸を頭突きによって容易く打ち破った。
ヒンジは飴細工のように捻じ曲がっている。しかし真に恐るべきは、常識を超えた硬度を誇るあの猛肉。
フルボンテージ姿の剛直は目隠し・ギャグボール・鼻フック・ラバー製イヤーカップという
五感の殆どを封じる装束を纏っている上、両腕をもハイカーボンワイヤーによって後ろ手に戒めている。
股間にも同様の拘束具が装着されていた筈だが、慮外の勃起力を備えた剛直の前には無意味な代物であったと見える。
発情期(剛直はこれをおとこのこの日と呼んでいる)を迎えた彼に菊門をブチ抜かれ、再起不能に陥った男子は数知れず。
剛直が純粋なホモセクシュアルであった事は不幸中の幸いか、それとも。
兎にも角にも、鈴木はこの怪物の性欲をなんとしてもかわさねばならぬ。
さもなくばあの悪夢めいたサイズのペニスに尻穴を貫かれ、悪ければ即死、良くても一生人工肛門の世話となる事は免れぬだろう。
「――どうした?ファタ、交戦中か?おい――」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!奴が……!」
「GURRRAAAAAAAA!!!!」
野太い叫び声を上げながら、己が欲望を全開にした剛直が机と椅子を蹴散らしつつ猛然と迫る。
これ程厳重に拘束され、度重なる打撃を受けながらも、その勢いが衰える様子は見えない。
仮に剛直が五体満足の状態であれば、とうの昔に捕えられ、貞操を失っていた可能性は高い。
「うおおおおおお!!!」
ファタは咄嗟に『天蓋魔鏡』を発動、突進して来る巨体と巨根を回避せんと試みる。
眼前の景色がぐにゃりと歪み、剛直の姿がぼやける。剛直からも同じように見えている筈だ。
一か八か、右か左か。その博打を打つ為の布石である。だが――。
「なっ……!?」
度重なる交戦で、知性無き野獣と思われた剛直も学習していた。
ファタが影響を及ぼせる範囲は……少なくとも極短時間においては……非常に限定的だ。
ならば、その範囲から外れた場所から攻撃すればよい。
例えば、空中から。
「GURRROOOOOOOOO!!!」
宙を舞う半裸の巨人!己のタフネスに物を言わせた、無慈悲なるフライングボディプレスだ。
ファタの眼前に剛直の剛直が迫る。
「ぎゃあああああ!!」
悲鳴を上げながらも、咄嗟の判断でファタは横っ跳びに飛んだ。
机の角や椅子の背に身体を打ち付けながら回避した直後、剛直の肉体がそれらを押し潰しながら床へ激突した。
轟音、衝撃。粉砕された木材や鉄の欠片が舞い上がる。そして――
魔人の戦闘にも耐え得るよう設計されていた筈の床は、300キロ超の自由落下と陰茎の貫通力を前に、いともあっさりと崩壊した。


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「……タ。おい、ファタ・モルガーナ!今の音はなんだ?応答せよ、ファタ!」
端末から響く雪成生徒会長の声によって、ファタは束の間の気絶から復帰した。
意識が戻ると同時に、彼の脳内は急速に冷え切っていく。どれぐらい気を失っていた?一文字は?
「……AAARRRRG……」
すぐ隣で唸り声が聞こえた。瓦礫の下、剛直の巨体が蠢いている。
落下した勢いが余って、階下の教室に頭から突っ込んだようだ。
ファタは痛む体を引き摺って教室の出口へ這い出る。
「あー……痛ってェ。もしもし、こちらファタ」
「雪成だ。状況を説明してくれ」
「一文字に襲われた」
奇跡的に無事であった端末を拾い上げ、雪成の問いに簡潔に答える。
廊下の窓に背を預け、床に突き刺さった頭を引き抜かんとする剛直を眺める。
「……で、急に依頼を取り下げた理由はなんだ?内容いかんによっては返答を考えなきゃならん」
「だからそれは生徒会室で話すと……おい、一文字はどうした?」
「ああ、それなら」
「AAAAARGHHH!!!」
剛直が体勢を復帰し、憤怒の雄叫びを上げた。殆ど迷う事も無く、廊下のファタへ顔を向ける。
目隠しを付けているにも関わらず精確に標的を探し出す方法は、恐らく嗅覚であろう。
雄の臭いか、はたまた菊門……ファタは最早その分析に思考のリソースを裂く気も無い。
「もう終わってる」
赤黒い肉棒をはち切れんばかりに滾らせ、一文字剛直が突進する。
あれ程の衝撃を受けてなお、やはりその動きに翳りは無い。
全く呆れた耐久力だ。
「AAAA、AA、ア……」
教室の扉を枠ごと吹き飛ばした所で剛直の様子が急変した。
勢いはそのままに、足元が覚束なくなり、声は虚ろと化し……廊下の窓を突き破った。
ファタが剛直を無力化する為に必要であった要素は二つ。
一つはある程度集中する為の時間。もう一つは、剛直が真っ直ぐこちらに向かって来ると確信出来る状況だ。
この二つが揃えば、ファタと剛直を結ぶ直線上に必殺の罠を仕掛ける事が出来る。
空気密度を操る事によって生じる、極端に酸素の欠乏した空間を。
僅か一呼吸の間に人体の循環機能を狂わせる、無色無臭の罠を避けるには、ルートを絞らせず遮二無二に突撃するしか無い。
それは奇しくも、剛直が無意識的に行っていた動作であった。だからこそファタはここまで苦戦を強いられたのである。
「中庭の方に落ちてったぜ……多分半日は動けない筈だ。後で適当に回収してくれ」
落下した剛直に一瞥をくれてから、ファタは服の埃を払い、服装を正した。
「依頼については生徒会室への道すがらに聞くぜ。急用なんだろ?俺の手に負えるヤマなら良いんだが」
最終更新:2014年08月03日 21:08