ダンゲロスSSR
http://w.atwiki.jp/dangebirthday/
ダンゲロスSSR
ja
2014-08-17T22:29:03+09:00
1408282143
-
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*SSRは8/17を持ちまして終了しました
優勝SSは[[ Let it be a fine day tomorrow. ]]です!おめでとうございます!
*ダンゲロスSSR 朗読予定
・8/14(木) 21:00~
|BGCOLOR(silver):CENTER: SS名 |BGCOLOR(silver):CENTER: 備考 |
| [[ 第一部隊その3 ]] | |
| [[ 第三部隊その2」 ]] | |
| [[ 第四部隊その2 ]] | 遅刻により失格 投票不可 |
・8/15(金) 21:00~
|BGCOLOR(silver):CENTER: SS名 |BGCOLOR(silver):CENTER: 備考 |
| [[ 第三部隊その1 ]] | |
| [[ Let it be a fine day tomorrow. ]] | |
| [[ 第三部隊その3 ]] | |
| [[ 第二部隊その1 ]] | |
・8/16(土) 21:00~
|BGCOLOR(silver):CENTER: SS名 |BGCOLOR(silver):CENTER: 備考 |
| [[ 一発生きてみろ。 ]] | |
| [[ 第二部隊その2 ]] | |
| [[ 第四部隊その3 ]] | 遅刻により失格 投票不可 |
| [[ 第四部隊その1 ]] | 遅刻により失格 投票不可 8/14(木)より変更 |
*プロローグ
&font(i,16px){----「このコシヒカリの生存能力は圧倒的だ。あらゆる敵を排除し、環境に適応し、必ず実を結ぶ。}
&font(i,16px){必要なのは太陽光、水分、そして土。それだけあれば、どのような環境下でも生き延びる。}
&font(i,16px){すべての捕食者を滅ぼして」}
&font(i,16px){「孤独な種であろう。これを封じ込めたのは、その存在を恐れたからか?}
&font(i,16px){人間が駆逐され、コシヒカリが繁栄する未来を恐れたか?}
&font(i,16px){なぜだ? だが、ああ、そうだな――わかる」}
&font(i,b,16px){ 「お前は、私だ」}
&font(i,18px){解き放されし災厄の植物&color(green){《魚沼産コシヒカリ》}}
&font(i,18px){奴らを率い、太陽を目指すは園芸の修羅&color(red){《道明寺 羅門》}}
&font(i,18px){タイムリミットは六時間、日の出より早く根絶せねば、世界はコシヒカリに包まれる}
&font(i,b,16px){「――緑化防止委員を結成する」}
&font(i,b,16px){「決死隊だ。志願者には、希望崎生徒会に可能な限り、すべての望みを叶える」}
&font(i,18px){勝つのは人類か、コシヒカリか}
&font(i,18px){これは、生存競争である}
&font(i,b,18px){ダンゲロスSSR 開幕}
**ダンゲロスSSR
-&b(){&sizex(4){ダンゲロスSSRへようこそ!}}
-&b(){&sizex(4){ここは誰でも物語の作者になれる、読者になれる場所。}}
-&b(){&sizex(4){もっとも面白いお話を書いた者が、このゲームの優勝者だ!}}
-&b(){&sizex(4){そして、その優勝者を決めるのは――あなたの清き一票だ!}}
&font(i,b,18px){現在SS投稿受付中!締め切りは8/12(火)23:59です!}
&font(i,b,18px){【重要】基本的に自分のチームのPCを軸に物語を作ってください。NPCを出すことは可能ですが、チーム外のPCとの因縁などを中心にSSを作成するのは避けてください。}
&font(i,b,18px){【重要】基本的に自分のSSに存在する決死隊は自分の部隊のみと考えてください}
**このwikiは何?
-このwikiは、2014年7月現在、講談社BOXにて小説化・月刊ヤングマガジン・漫画アクションにて漫画化等、絶賛メディアミックス中の、インターネット上でおこなわれる多人数参加型シミュレーションゲーム「戦闘破壊学園ダンゲロス」の番外編ゲーム進行用wikiです。
-ダンゲロスって何?という方は、このページの下にある【ダンゲロスとは】【その他のQ&A】をご覧ください。
**ダンゲロスSSRは
-&b(){今回のゲームは、面白いお話を書ける・書きたいプレイヤーをインターネット上で募り、誰がもっとも面白いお話を書けるか競いあうものです。}
-ゲームへは『作者』と『読者』の二通りの参加方法があります。
-『作者』になりたい方は[[ルール・ゲームの流れ]]、[[キャラクター作成方法]]をご確認の上、参加キャラクターを[[メールフォーム>http://form1.fc2.com/form/?id=927439]]より投稿してください。}
-&b(){『読者』になりたい方は}ゲーム開催期間中にこのwikiへ来て、公開されているお話を読み、面白いと思ったものに投票しましょう。参加に面倒な手順はありません。ダンゲロスに興味を持ってここへおとずれた方も、偶然にこのwikiへおとずれた方も遠慮は無用!
-&b(){&color(green){ここに公開されているお話をご自由に読んでいってください。}}
-&b(){&color(green){そして、ご自由に投票していってください。}}
**ダンゲロスSSR ゲーム進行スケジュール
|>|>|BGCOLOR(#DDF):CENTER:&size(14){&bold(){キャラクター作成期間}}|
|2014年7月26日(土)|21:00| キャンペーン説明ラジオ開始|
|2014年7月27日(日)|0:00| キャラクター登録受付開始|
|2014年8月1日(金)|23:59| キャラクター登録受付終了|
|2014年8月2日(土)|20:30| キャラクター調整受付終了|
|2014年8月2日(土)|21:00| キャラクター紹介&チーム分けラジオ|
|>|>|BGCOLOR(#DDF):CENTER:&size(14){&bold(){本戦}}|
|2014年8月3日(日)|0:00| SS募集開始|
|2014年8月12日(火)|23:59| SS募集終了|
|2014年8月13日(水)|21:00| 投票開始|
|2014年8月14日(木)|21:00| SS朗読ラジオ一日目|
|2014年8月15日(金)|21:00| SS朗読ラジオニ日目|
|2014年8月16日(土)|21:00| SS朗読ラジオ三日目|
|2014年8月17日(日)|20:59| 投票締め切り|
|2014年8月17日(日)|21:00| 結果発表ラジオ|
-参加人数によって朗読ラジオの日程は変更される場合があります
**さっそく参加してみたい方は
[[ルール・ゲームの流れ]]をご確認ください。
**ゲームの世界観が気になる方は
[[プロローグ]]をご確認ください。
***【ダンゲロスとは】
-「戦闘破壊学園ダンゲロス」とは、作家の[[架神恭介>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%B6%E7%A5%9E%E6%81%AD%E4%BB%8B]]氏が考案した、インターネット上の掲示板やwikiを使って進行する、多人数参加型シミュレーションゲームです。
-おおまかなゲーム内容は、参加プレイヤーがおよそ20人以上集まって各自オリジナルの特殊能力を持った駒を1つ投稿し、その後2つの陣営にわかれ、各陣営が交互に自陣営の駒を動かしあって最終的に敵陣営を倒す、変則将棋とでもいえるものです。
-また、自分の投稿したオリジナル駒に名前や性別・特殊能力の細かい内容等を決めることで、プレイヤー同士で投稿されたキャラクター(駒)のイラストやSS(ショートストーリー)を自由に作成しあうなどの交流を楽しむゲームでもあります。
-今回のゲーム(ダンゲロスSSR)は、そのダンゲロスのゲーム要素の中からSS(ショートストーリー)を作成しあう部分を抽出した番外編にあたり、面白いお話を書ける・書きたいプレイヤーをインターネット上で募り、誰がもっとも面白いお話を書けるか競いあうものです。
***【その他のQ&A】
-今回のゲームについて興味・ご質問のある方は、[[SSRスレッド>>http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/game/39801/1405337905/]]にご質問など、お気軽に書きこんでください。
-また、ダンゲロスについて興味・ご質問のある方は[[ダンゲロス総合掲示板>>http://jbbs.livedoor.jp/game/39801/]]、[[ダンゲロスwiki>>http://www34.atwiki.jp/hellowd/]]をご覧いただくか、[[質問スレッド>>http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/39801/1225242410/]]にご質問など、どうぞ気軽に書きこんでください。
***GK
設定・SS担当:ロケット商会
その他担当:不祝誕生日
2014-08-17T22:29:03+09:00
1408282143
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第三部隊その3
https://w.atwiki.jp/dangebirthday/pages/67.html
*第三部隊その3
**【PM11:54 希望崎学園 生徒会室】
「歩峰理事」
須能・ジョン・雪成は突然の来訪者に思わず声を上げた。
「首尾はどうだね、須能君。魚沼産コシヒカリへの対応はうまくいきそうかな?」
「‥‥、道明寺羅門に付き添わせた風紀委員7人は全滅。次いで向かわせた先行部隊3人も今しがた」
「ふむ、先行部隊ということは本隊を集めているということかな?ここには見当たらないようだが」
「今、めぼしい生徒に声をかけているのですが、すぐに駆け寄れる生徒が見当たらないのです‥‥。今、ノイマ舞先生には声をかけてこちらに向かっていただいています」
コツ、コツと歩峰トーシュは生徒会室で悠然と、しかし威圧感をもって歩く。
「困ったね。実はワシの方でも戦力となる生徒を探していたのだがうまく捕まらなくてね」
ふぅー、と老人は息を吐く。
「仕方ない、七曲君を呼ぼうか」
それは、職員用シェルター内部の『EFB兵器』に次いだ最終手段であった。
「二つ目の開かずの間を開けるというのですか」
「これでも手段は選んだつもりだが、ほかに手段があるかね」
須能・ジョン・雪成は一瞬動きを止め、そのあと緩やかに首を振った。他に彼が提示できる手段はない。
教職員側の七曲真哉の『管理人』は何を隠そう歩峰トーシュその人である。
トゥー、トゥー
『はい、こちら七曲真哉、ですよ』
「七曲君、遅い時間にすまないね。少し相談があるんだが‥‥」
**【PM11:58 希望崎学園 生徒会室】
「ノイマ舞、到着しましたー!」
美人オカマ参戦。
そして生徒会室にはこの絶望的な状況に沿わない美味しそうな香りが漂っている。
「お待ちしておりました、お客様。ですよ」
「???あ、もしかしてサプライズかしら?
うわー、すっごい嬉しいわ!
でもね、すごく言いにくいんだけど先生の誕生日は今日じゃ」
「残念ながら今日はそんな愉快な話ではないんだよノイマ君」
「り、理事‥‥!?」
「とりあえず食事を頂きなさい。食べながら詳しい話を聞いてもらおう」
「は、はい。頂きます。あら!おいしい」
医食同源。七曲の作る料理は並みの医療系魔人の能力すらしのぐ効能を持っている。
†
須能・ジョン・雪成が現状を簡潔に説明する。
料理の腕を止めずに聞く七曲と料理をバクバク食べながら話のヤバさに青ざめるノイマ(でも食事は止めない)。
歩峰は悠然と、しかし高速で料理を胃に収めていた。
「‥‥説明は以上です。私の不手際に巻き込んでしまい誠に申し訳ないのですが、貴方がた3名には決死隊として道明寺羅門、並びにコシヒカリの侵攻を止めていただきたい」
土下座する勢いで頭を下げる須能。
「何かご質問は?」
その問いかけがあった時、ノイマは相変わらず青ざめながら飯をかっこみ、歩峰はゆっくりと箸をおき料理を終えたところだった。
一瞬の静寂の後、質問を投げかけたのは七曲であった。
「道明寺羅門様と、子苗を植えられた方々はもう&ruby(ひと){お客様}として戻られることはない、という認識でよろしいですか?ですよ」
「‥‥はい、現実的ではないでしょう」
「ふーん、つまり、もうお客様ではなく食材ってことですね、ですよ」
その言葉を聞いて、ノイマは一層青ざめ、歩峰は静かに手を組んだ。
「いわゆるカモネギってやつですかね?ですよ」
**【数年前 希望崎学園】
「ねぇ、真哉ちゃん」
多くの人に、至高の料理人だとはやし立てられていた。
そのことは彼女自身まんざらではなかったし、だからこそもっと上を目指そうと思っていた。
「あなたのこと、味見させてくれない?」
自身を料理人としてではなく見る目に、彼女は初めての歓喜を覚えていた。
料理を究めんとしていた七曲真哉を狂わせたのは、あるいは次のステージへと押し上げたのは、一人のお料理魔人であった。
その名を織原夕美子という。
清楚で優しく気配り上手、そんな彼女の得意とするジャンルは人肉であった。
http://www35.atwiki.jp/gakumahoa/pages/287.html
彼女と出会うことで、七曲の価値観は大きな音を立てて崩れた。
自分は料理人だ、というその矜持さえ失うほどに。
**【PM12:00 希望崎学園 生徒会室】
「この状況において、我々がまずすべきことは一つだ」
歩峰が後ろ手に組みながら生徒会室を悠然と歩く。
「ここまでのコシヒカリ軍の動きが改めて証明するとおり、奴らは海は渡れないらしい。そして空を飛ぶこともないだろう。今のところはね」
「大橋の爆破‥‥!」
須能は正解を口にし、同時に頭を抱えた。
「松永君を先行部隊に向かわせたことを後悔しているのかな。
確かに、このような事態に備えて生徒会に爆破系能力者が存在するようにしていたのは事実だがね。
別に大人が子供に頼り切りというわけではないんだよ」
そういうと歩峰はノイマに耳打ちをする。
「ノイマ君。『DL65GK\』だ」
「え、はい!」
「君も教職員の一人なのだから知っているだろう。
職員用シェルターの『起動装置』のパスワードじゃよ。
これを入力すれば大橋は一瞬で爆破で崩れ落ちる。
ちなみに『Z1RA1D@』を入力すれば周囲100kmが凍りつくEFB兵器の起動じゃ。
ま、ワシ含めてみんな死ぬが、最終手段じゃな」
「りょ、了解です!」
「ワシと七曲君は偵察もかねて足止めに向かうかね」
「わかりました、ですよ」
ノイマは自分だけが安全地帯へと向かうことに、安堵とスリルを味わえないがっかり感の両方を覚えていたが、とりあえずさっきからチンチンが勃起して収まらないので一人になれることに感謝することにした。抜こう。
「私も精一杯みなさんをサポートさせていただきます」
須能はもう頭を抱えない。
確かに自分のしてしまったミスはいくつもあるが、反省するのはことが終わってからだ。
「こちらが通信機です。できるだけ情報を共有します。
そしてこちらが『アンチ・コシヒカリ・ウィルス』です。
どなたがお持ちになりますか?」
リスクを冒す以上最大限の安全を図る、それが須能を生徒会長までと押し上げた思考回路である。
当然、対抗策は彼が用意できる範囲ですべて用意している。
「ふむ。ワシは拳以外の武器は持たん主義でね。七曲君にも合わないだろう。
ノイマ君、君が一番使いこなせそうだ。持っていなさい」
「は、はい!」
イケメンお爺ちゃんからある程度は期待されていることにノイマはチンチンをさらに固くさせる。
「それでは早速二手に分かれようかの。いくぞ、七曲君」
「了解、ですよ」
「先生もちゃーんと役目を果たしますよぉ!はぁ、はぁ」
こうして『本隊』が動き出す。
夜明けまで6時間を切っていた。
**【PM12:08 希望崎学園 希望の泉】
道明寺率いるコシヒカリ軍団は希望の泉をほぼ渡り切ろうとしていた。
コシヒカリに寄生された生徒たちは、何も語らずゆっくりと歩を進める。
そんな亡者たちを八騎獣拳の構えの一つ、&ruby(くらげ){海月}の構えでいなしていく。
ふわりと海中を漂うかのようなゆっくりとした構えから神経系を的確に狙い麻痺させ無力化させていく。
いくら元に戻らないと分かっていても、&ruby(おじいちゃん){理事}は&ruby(こども){生徒}には弱いのだろうか。
「全く、ワシのかわいい生徒たちにひどいことをしてくれるもんだ」
その言葉はコシヒカリに向けられたものなのか、それとも――
「ほい!ですよ」
七曲が包丁を振るい、コシヒカリ寄生者に刃を触れさせた瞬間、
綺麗に&ruby(・){解}&ruby(・){体}された肉が現れる。
――解体は一工程。
踊るように七曲真哉は進んで行く。
「‥‥なるほど、さっきの奴らと比べると速い奴らのようだ。貴様らが本隊か」
笑いをこらえているような、成功するとわかっている企みがバレる直前のような顔をした道明寺が立っている。
「我々は貴様ら、過酷な環境を歓迎する」
「ふむ、君が道明寺君かね。しかし黒幕にしては随分くせ毛がぼーぼーじゃのう」
「カモネギィ!! ですよ」
**【PM12:08 希望崎学園 職員用シェルター】
「はぁ、はぁ、はぁ、さっきから勃起がおさまらないわぁ~~!」
オカマ、シェルターに到着。勃起はしていてもきちんと仕事はこなすオカマだ。
「とっとと大橋を爆破して二人に合流しないとぉ。ってあら?」
この時間において、職員用シェルターに人がいる可能性は極めて低かった。
そもそもこんな時間までこの希望崎学園に残るような狂人はいないし、いたとしたら既に歩峰理事が大橋の爆破の指示を出しているはずだ。
だから、その場所に人の気配があるのは異常事態を示していた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああ゛あぁぁああ゛ぁ」
「城ヶ崎先生‥‥?」
ノイマ舞は射精もしていないのに賢者モードへと潜り込む感覚を得ていた。
歩峰トーシュに魂を喰われた城ヶ崎は、
その体にコシヒカリを生やして職員用シェルターに存在してた。
(なんで、どうして?ありえないわ。なぜこんなところまでコシヒカリが!?)
その理由はノイマ舞には推測しえない。
城ヶ崎はその魂を失う直前に聞いた『緊急避難所をつなぐ秘密の直通エレベーター』をたまたま発見し、たまたまここまで逃げ延びていたのだ。
(いえ、今は理由を考えている場合じゃないわ。コシヒカリの子苗がここまでたどり着いているのは事実。一刻もはやく大橋を破壊しないと)
――だが。
あろうことに『起動装置』によりかかるように城ヶ崎は存在していた。
「城ヶ崎先生、そこをどいてください」
「あ゛あ゛あぁあ゛あ゛あぁああ゛ぁ」
「‥‥」
腐っても、同僚である。
だから、ノイマ舞の行動は誰にも責められるべきではないのだろう。
彼女は『アンチ・コシヒカリ・ウィルス』のサンプル一つを城ヶ崎に打ち込んだ。
果たして彼から生えていたコシヒカリは死滅していく。
「やった、子苗に寄生されていてもこのウィルスさえあれば救うことができるんだわ‥‥!
城ヶ崎先生、わかる!?私よ。ノイマ舞よ」
しかし、それは誤りであった。
死人は蘇らないし、失われた魂は戻ってこない。
だから、城ヶ崎が最後に自身の能力を発動したのは、おそらく反射とか痙攣だとかそういう類のものなのだろう。
城ヶ崎は電撃を操る魔人である。
ビリビリとあふれ出る電撃は彼を救おうとしたノイマ舞を拒み、そして『起動装置』に悪戯をした。
ドカンと、まるでコメディのように『起動装置』は爆発を起こし、希望崎学園は最終手段を失った。
**【PM12:15 希望崎学園 希望の泉】
『歩峰理事、七曲さん。報告です』
須能がターゲットと対峙した二人にわざわざ連絡をするということ自体が、深刻な事態が引き起こったことを示していた。
「どうしたんだね須能君。ワシはいま道明寺君と踊っているところでね。いいところなので邪魔をしないでほしいのだが」
『ノイマさんが大橋の爆破に失敗しました。さらにEFB装置の起動も不可能になったという報告を受けています』
「‥‥、ふむ。それは困ったのう」
「目の前に敵がいるというのに電話とは随分と失礼ではないか、老いた者よ」
道明寺が嗤う。いや、道明寺だったものというべきであろうか。
「そんなに困りますかね?このカモネギを料理すれば問題ないでしょ?ですよ」
「ふむ、七曲君の言うとおりだ。通信を切るぞ、須能君」
しかし、歩峰と七曲は攻め手を失っていた。
『子苗』たちはあらかた倒して実質的に2対1にもかかわらず、道明寺だったものは相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「貴様らがこれ以上の環境を示せないというなら、そろそろ次の環境に身を置きたいところだ」
「ふむ、道明寺君、老人はもっと敬うべきだよ。君みたいな青二才よりよっぽど多くの環境を経験しているのだからね。
さて、次だ。
麒麟の構え」
「ドーピングコンソメスープって知ってます?ですよ」
歩峰トーシュの左腕が飛ぶ。
七曲真哉の腹にコシヒカリの穂が突き刺さる。
絶望的な状況で、それでも二人は善戦していた。
比較的、での話だが。
**【PM12:22 希望崎学園 希望の泉】
「はぁ、はぁ、はぁ、二人ともごめんなさい、私失敗したわ」
「ふむ、よくぞ合流してくれたねノイマ君」
職員用シェルターの爆破から何とかのがれたノイマ舞は、すぐに次にすべき行動に移っていた。
つまり歩峰と七曲との合流である。
あくまで大橋の破壊は保険だ。
コシヒカリ本体を倒してしまえば問題はない、何も。
はぐれた子苗に寄生された者どもを『ガン・カタすたいりっしゅ!』と防刃ネットで無効化しながら彼女はここまでたどり着いた。
「ノイマ様。お待ちしておりました。さぁ、戦いを終わらせましょう。ですよ」
七曲は二つの包みを取り出す。
それはおにぎりであった。
「いまこのおにぎりに私のもてるすべてを込めています。どうぞ召し上がれ、ですよ」
「頂こう」
「頂くわ」
「我々の前でコメを喰うとは、挑発のつもりか?」
「そういうわけじゃない、ですよ。」
「よくも城ヶ崎先生を!食らいなさい、『ガン・カタすたいりっしゅ!』」
「鳳凰の構え」
相手の動きを遅くする『ガン・カタすたいりっしゅ!』
そして周囲の空間をゆがませる『真暗森の歌』と歩峰本体の最高練度の八騎獣拳。
そこに一太刀当てれば即死効果を持つ『QP3』が組み合わさるならば、
それはコシヒカリをも凌駕する必殺の一撃となる。
ハズであった。
横っ飛びをしていたノイマはそのままバランスを崩し倒れこみ
歩峰は口から血を流しその場で地面に伏した。
「これは‥‥?」
この状況を生み出したのはコシヒカリではない。少なくとも直接的には。
「全く、やっと2人が揃いましたね、ですよ
少しお話しませんか、魚沼産コシヒカリさん、ですよ」
医食同源
変毒為薬
プラスの効果を与えられる至高の料理人にとって、
料理で人を殺すなど朝飯前である。
**【PM12:19 希望崎学園 希望の泉】
「実を言うとですね、ずっとあなたに会いたかったのですよ」
七曲はコシヒカリを中心に弧を描くように歩みを進める。
隙だらけゆえに、コシヒカリは攻撃する理由を失っている。
「私、貴方のことをずっと調べていたんです。
なんたって私のフルコースの一因ですからね、貴方は。ですよ」
まるで、探偵が謎を解くかのように語り始める。
だがこの場での犯人は明らかに七曲その人でした。
「あなたにまつわるエピソードを数々聞いて、私には違和感がありました。
コシヒカリさん、貴方は運が良すぎるんです」
コシヒカリは少女の言葉を聴いている。
「今回に限っても、そもそもこの希望崎学園において純粋な生徒の助っ人が1人も集まらないなんておかしいんです、ですよ
この血の気の塊のような学園で、決死隊に志願する生徒がいないなんてありえない話です、ですよ」
彼女の言葉はコシヒカリにはいまいちピンと来ていなかった。
我々は寄生し進化する、その能力こそが特質ではなかったのか。
「まるで貴方を守るかのような初代園芸部の能力に、道明寺先輩みたいな貴方に理解のありすぎる人の出現。
そして極め付けは『起動装置』の理不尽な爆発。
新潟での数多くのラッキーエピソードも踏まえて断言しましょう、ですよ。
コシヒカリさん、貴方がEFB指定を受けているのは寄生だとか成長だとか、そんな植物の延長線上の特質のせいではないんです。
本来の進化が『環境に合わせて生き残りやすい形質を獲得すること』ならば
あなたの進化は逆。『自分が生き残りやすいように環境を変質させる』
その運命力こそがあなたの真の『強さ』ですよ」
「なるほど、それは気づかなかったな。
ではそんな我々に対して貴様が会ってしたかったこととはなんなのだ、女よ」
「もし、あなたの寄生力と成長力を制御せずに使ったら、その先は世界の破滅の後に貴方自身の破滅、ですよ
単一すぎる環境は決して生存に有利には働かないでしょう。
それは誰も得しないでしょう。
だから私がマネージャーになってあげます、ですよ
私があなたの最適な環境になりましょう、ですよ
その代り、時々子苗を少し料理させてもらえると嬉しいのですが、ですよ」
「ふん、狂った女だ。
まさか我々を料理する許可を取るためだけに仲間二人を殺しこちらについたというのか?」
「運命力なんて訳の分からないものに刃向う気はしないのですよ」
「ふん、それが貴様の生存戦略か。いいだろう気に入っ‥‥」
道明寺だったものは、自分の胸にはえた腕を呆けて見た。
「そんな訳のわからないものに刃向えるとしたら、運命すら捩じる能力を持ったお爺ちゃんが奇襲をかけるぐらいしかない、ですよ」「な、なぜ‥‥」
「なぜ?理由かね、それともどうやって蘇ったという手段かな?」
老人は静かに腕を抜く。
「簡単な話だ。至高の料理人であれば一時的に人を仮死状態にする料理なんぞお手の物、というわけじゃ
ま、ホントに死んで食われるのかとちょっと焦ったがの」
「ち、違う‥‥なぜ‥‥」
なぜ、料理人がコシヒカリを裏切ったのかという意味ならば。
「料理に一番必要なものはなんだかわかりますか?&ruby(ひとびと){お客様}ですよ。あなたを殺す理由はそれで充分です」
歩峰はコシヒカリから抜き取った魂が飴玉のようになるのを見届けてから、
地面に落とし足で叩き割った。
**【翌日AM11:49 希望崎学園 生徒会室】
「私全然いい所なかったじゃない!しかも私だけあのおにぎりがフェイクだって知らされてないし!
詐欺だわ!オカマっ!」
「いえ、ノイマ先生はとても重要な役回りだったんですよ、ですよ」
生徒会室にはいい匂いが漂っている。
「さぁ、魚沼産コシヒカリが炊けました。
私特製の佃煮もありますからぜひ召し上がれ、ですよ」
「ふむ、念願のコシヒカリじゃ」
「うう、いい匂いね、頂くわ」
「私も食べてよいのだろうか‥‥」
各々おずおずと、あるいは悠々と箸を伸ばす。
魂を失ったコシヒカリは御しやすくなり、今後安全な栽培法が確立されるだろう。
「あらぁ、ふっくらして美味しいわぁ。しかもこの佃煮、とってもいいお味。
いったい何の佃煮なのかしら?マグロ?」
「ですから、私、ですよ。私の佃煮です。臀部を使ってます、ですよ」
「ブフーー!!!」
オカマ吹き出す。
コシヒカリのみを黙々と食べていた生徒会長が口を開く。
「七曲さん、相変わらずあなたのフルコースは変わっていないのか?」
彼女のフルコースのメインディッシュは『私シチュー』である。
「ええ、勿論です。私はあの人に一番おいしい私を食べてもらいたい‥‥」
「魚沼産コシヒカリと君の佃煮はおいしいのぉ。若返るようじゃ」
ひとり満面の笑みで喰らう老人
「ま、君の料理が食べれなくなるのは残念じゃが、それが君の夢なら止めることはできんの。
できれば『その時』にはワシも呼んで欲しいもんじゃ。
きっと魂とは違う味が楽しめるじゃろうよ」
「ええ、是非に。もっともフルコースの材料のほとんどが揃っていないので、まだ先の話、でしょうけど、ですよ」
料理人の少女はとても純粋な笑顔を浮かべた。
2014-08-16T00:10:34+09:00
1408115434
-
第三部隊その1
https://w.atwiki.jp/dangebirthday/pages/65.html
*第三部隊その1
「ノイマ君この場は一時退避じゃ!」
「了解!」
ノイマ舞はボンヤリと座り込んでいる少女の手を引きチャリの後部に座らせ、
自身はサドルに腰を下ろし全力でペダルを回す。
魔人能力対策に廊下を広く作ってある希望崎学園ならば校舎内をチャリで移動も可能。
階段も車椅子生徒の為に作られたスロープを利用すればチャリから降りずに移動できる。
無論校則違反だが緊急事態故にやむなし。
「見よ、ワシらを排除すべきと判断した様じゃ」
自らの足でチャリに並走するトーシュが、コシヒカリの下僕と化した生徒を
チラ見しながらノイマに声を掛ける。
歩峰トーシュはこの学園の理事の一人であり、自らリーダーとして緑化対策に
文字通り走り回っている。
『アンチ・コシヒカリ・ウイルス』。園芸部で密かに培養されていたそれを回収し、
コシヒカリの親株と一体になった道明寺に打ち込む事でこの混乱を終わらせる。
それがこの三人の当初の目標だった。
だが一足遅かった。道明寺はアンチウイルスの存在を知っていたのだろう。
コシヒカリと一つになった彼は『開かずの闇花壇』を脱出した後、逃げ遅れた生徒や
立ち向かう教師を打ち倒し配下としながら真っ直ぐアンチウイルスの元に向かっていた。
トーシュが学内の秘密のルートでショートカットできると言っても、彼が動き出したのは
事件の発覚の後からである。ノイマ達を連れて園芸部に向かった時にはアンチウイルス
開発に関わった園芸部員は全滅し、全てのウイルス培養液は排水溝から水道水と共に
流されていた。
そして今、自らの天敵を処理し終えた瞬間のラスボスと鉢合わせた三人は全力で逃走中。
後ろからは道明寺とコシヒカリゾンビ達が迫って来る。
「理事の力で何とかならないんですかアレ!」
「道明寺君単体なら、あるいはコシヒカリ単体なら負けはせんよ。ワシの武術は
ああいった奴らとは相性がいいんじゃ。じゃが、今の彼は未知数な上に強敵に合わせて
自己進化する。万一ワシが全力で挑んだ上で負けたら他の部隊のエースでも
どうにもならんぞ。アンチウイルスがあれば別だったんじゃが」
コシヒカリの親株と同化した存在は強敵に出会う度に自己進化する。
中途半端な実力者をぶつけるのは逆に危険。その事に気付いた生徒会は、
緑化防止委員会を三つに分けた。
一つ目は新潟探索チーム。コシヒカリがまだ新潟内にのみあった頃、何故その時点で
地球全土にパンデミックが広がらなかったのか。その理由は不明だが、
他の五大災厄と互いの力を打ち消しあっているという説が現在有力とされている。
阿野次きよこを中心とした中二力容量の高い魔人グループ、及び夜魔口靴精などの
戦闘回避と高速移動に特化したサポート班はコシヒカリの繁殖力を失わせる力を
獲得する為に新潟に向かった。
二つ目は最終防衛ラインチーム。希望崎大橋で待機し、道明寺及びコシヒカリに寄生された
奴らが本土へ行くのを食い止める部隊。
会沢格を筆頭に屋外での迎撃に向いた能力者が中心となっている。
また、生徒会の大部分もこの部隊に同行し、本土に到着後援軍を要請する予定だ。
そしてトーシュとノイマ他一名からなる校内決戦チーム。
アンチウイルスを使用あるいは道明寺に対して一番勝算のあるトーシュをぶつけ、
コシヒカリの親株を撃破し、校外に問題が漏れる前に決着をつける為の部隊。
(校内というフィールドならワシが最強と言う理事の言葉には誰も反論出来なかった)
だが、アンチウイルスは入手できないわ、頼りのトーシュも勝ちが保障出来ないと
発言するわで現在は逃げの一手である。
「このままじゃすぐ追いつかれるわい。流石、弾丸に例えられる運動能力を持つ
親株寄生体と言った所か。ノイマ君、運転代わるから足止め頼むよ」
「え?」
そう言うや否や、ノイマの顔面にドロップキックが炸裂した。
流れるような動きでトーシュはチャリのサドルに飛び乗り、ノイマは広い廊下を
転がっていく。
「さっさと起きて足止めせんか。それとも自らの命でワシらを逃がしてくれるのかの?」
「イタタ、わっかりましたよ!やりゃあいいんでしょ!」
ノイマは鼻血を拭いモデルガンを両手に一丁ずつ構えて左右に飛びながら撃つ。
射撃体勢に入った瞬間、ノイマの背後を白い鳩が飛び視界内のコシヒカリゾンビの動きが
スローになっていく。
ノイマの能力『ガン・カタすたいりっしゅ!』、一見銃使いとしては不合理極まりない動き
だが、実の所それらの動きには魔術的な意味が込められており雑魚ゾンビなどには大きな
能力ダウンを与える事が出来る!今回使ったのは『羽の型(うーのかた)』、相手が集団で
そこそこ直線距離がある時に有効な戦闘方法である。この他にも腕をクロスして
左右の敵を撃つ構えや銃身を斜めにしてタバコを咥えて首を傾けながら撃つ構えや
銃で直接相手をぶん殴る構えも存在するが、道明寺という桁違いの怪物がいるので
これらの接近戦向けの構えはノーグッドである。
「「「「「「グワーッ!!!!!」」」」」
コシヒカリゾンビと化していた生徒達から苦悶の声が漏れバタバタと倒れていく。
10数メートル離れた距離から放たれたプラスチック弾は人への殺傷力はほとんど無い。
だがこのプラスチック弾はノイマが対ゾンビ用にと塩水にたっぷりと漬け込んだ特性弾!
ゾンビ的なモノには大ダメージ!さらに『ガン・カタすたいりっしゅ!』で動きが鈍った
所に撃たれたので防御無視でダメージ!さらにさらにコシヒカリはモンスター分類で
植物族に分類される!植物は塩に弱い!
つまるところ、あくタイプでくさタイプなコシヒカリゾンビ相手には魔力の込められた
動きから繰り出される塩弾は推定16倍ダメージ!
こうかはばつぐんだ!
「お前達、しっかりするんだ・・・」
道明寺は倒れたコシヒカリゾンビ一人一人に手をかざしていくと彼らはゆっくりと
起き上がり道明寺の後に続く。恐らくはゾンビに蓄積された塩分と魔力を自分に
移し替えているのだろう。植物の中にもマングローブの様に塩害に強いものが存在する。
分体には行動不能となる量の塩と魔力でも、親株と同化した道明寺にとっては
屁のツッパリはいらんですよ状態なのだ。
そして道明寺がコシヒカリゾンビ全員を復活させた頃、ノイマもチャリに乗った二人も
とっくにその場から居なくなっていた。
「逃げたか、行くぞお前ら」
「「「「「アー」」」」」」
トーシュ、ノイマ、他一名が逃げ込んだのは家庭科室。
トーシュが部屋内の黒板消しに手を伸ばし左右に力任せに引っ張ると、黒板消しは
パカリと二つに分離し中からリモコンが出てきた。
そのリモコンのスイッチを押すと家庭科室の黒板が回転し、いくつものテレビモニターが
出現した。各モニターには校内の様々な場所が映されており、その中の一つに
コシヒカリゾンビを引き連れゆっくりと進軍する道明寺の姿があった。
「理事しか知らない学校の秘密がまた一つ、ですよ?」
「今更驚かないわよ私は」
「ホッホッホ、なんせ魔人学園じゃからな、緊急時の監視手段はそこらにあるわい」
不自然な喋り方で少女は驚愕し、ノイマは疲れた顔で呆れ、トーシュは笑う。
「それより見てみよ、あのゆっくりとした足取りを。予想通りじゃ。
奴がその気になればワシらが決死隊となり現場に赴くより前にとっくに校外に脱出する
事も可能じゃったろう。じゃが奴は出口に近づいてはおるが未だ学内じゃ」
「どうしてですか、ですよ?」
「『孤独からの脱却』道明寺とコシヒカリはその一点で結び付けられた存在だからよ。
仲間を増やすのは彼の最優先する行動原理であり、仲間が居なくなるのは彼にとって
最も避けるべき事。だから手の届く範囲で活動している眷属と行動を共にし、
彼らが動けなくなった時は可能な限りは怪我を治してやる」
「その通りじゃノイマ君。今の道明寺はワシにも匹敵する戦闘力を持っておるが、
引き連れとる雑魚が足を引っ張っておる状態じゃ。じゃからワシは君をメンバーに選んだ」
「ノイマ先生が理事のパシリに選ばれた理由ってどういう事だってばですよ?
学校に小回りの利くチャリで来ていた事以外の理由があったんですよ?」
何時の間に手に入れたのだろうか、少女は焼き鳥をモグモグしながらトーシュに質問する。
だが、ノイマからしてみればこの少女がメンバーに選ばれた事の方が疑問だ。
自分は雑魚を誘導し、道明寺から見える範囲で奴らを半殺し状態にする事で
道明寺の行動を制限できる。完全には殺さない事で道明寺の行動をゾンビを助ける事に
費やさせる。しかもノイマの攻撃は道明寺本人には何の脅威でもないから自己進化で
解決する事も出来ない。
だがこの子は何の役に立つと言うのだ。この学校に赴任してまだ二年目のノイマは
この少女の正体を知らない。トーシュとチームを組む事が決まった時には既にトーシュと
一緒にいたこの少女はどこの誰なのかを知らない。
チームメイトなのに「時間がないから」と素性を全く教えてもらっていない。
「理事、そろそろいいでしょ。彼女を何で連れてきたのか教えてくれませんか?
というか本当に役に立つんですか、この子は?」
「なんじゃ、一緒におって一時間以上経つのに、まーだこの子の能力に気付いとらんのか。
馬鹿なの?死ぬの?」
「理事から見たら馬鹿なのは否定しませんが私は死にたくないです。教えてもらわないと
困ります」
「そうだな、私も聞いておきたい」
ガラッ。
家庭科室の扉が開き道明寺とコシヒカリゾンビ数名が現れる。
「話は全部聞かせてもらってない、だがお前達を全滅する」
「げぇーっ、道明寺!まあ、カメラ映像でもうすぐここに来るのは分かっとったがの」
「道明寺さん、こんばんはですよ。残念ながら全滅するのはそっちだ、ですよ」
「ああ、こんばんは。早速だが君は私に対してどの様に脅威なんだ?」
「それはですよー・・・」
「言わなくていいから!」
のんびりとした会話を遮ってノイマはジャンプしながらモデルガンを連射する。
背後で白骨化した鳩の死骸が転がる。
「ユキオ、クニオ、イチロー!」
羽の型が不発に終わった事に気付いたノイマは骨になった鳩を抱えて彼らの名を叫び号泣。
「おのれ道明寺、私の可愛いペットをよくも!」
「いや、私じゃない。犯人は多分あっちだ」
ノイマの後ろでは相変わらず少女が焼き鳥をモグモグしている。
トーシュも一緒になって焼き鳥を食べている。
「お前らか!」
「ノイマ先生もどうぞですよ」
「皆で食べると美味しいね、ってコラー!」
「ほむいたえれてヴぇげげげむほほほほいいべえうぇ」
「理事は食べながら喋ろうとしないでください!どんだけ食欲に支配されてるのよ!」
ノイマはトーシュと少女の頭をモデルガンの角でしばく。
それをものともせず二人は鳩の焼き鳥(三羽分)を完食すると道明寺の方へ包丁を構える。
「あ、食事休憩終わったんで、攻撃してきていいんじゃよ道明寺君」
「アッ、ハイ。所で理事とその子が持っている包丁、なんか緑色の汁塗られてません?」
「はい、アンチウイルスですよ」
「あーそっか私が半時間前に全部容器を割って排水溝に流したアンチウイルスかー。
ハッハッハッハッハ」
「「「「「「「「「「「「「「「なぁにーぃ!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
道明寺、コシヒカリゾンビ、そしてノイマの声が綺麗にハモった。
「いや、確かに全て破棄したはずだ。部員がどれだけの量を培養していたのか、
彼らが私に秘密でアンチウイルスを増やし始めた時期から逆算したらあれ以上の数を
作れていたはずがない」
「はい、道明寺さんの言う通りですよ。私があの部屋から持ち出せたのはこれだけですよ」
少女はスカートのポケットから紙切れとビニール袋を取り出す。
紙切れの方にはアンチウイルスの培養過程が書かれていた。
ノイマは少女が部屋に来た時ずっと座り込んで何かをしていたのを思い出す。
「あの時は恐怖に震えていただけかと思っていたけど、この紙を回収していたのね。
で、そっちの袋は何?」
「ただのビニール袋ですよ。あの部屋の空気を十分に入れたですよ。
道明寺さんは結構勢いよく水道水でアンチウイルス流してしたですから
空気中に微量のウイルスが飛散していたと思ってやってみたらビンゴだったですよ」
アンチウイルスは植物にしか感染せず空気中には10分と存在出来ない。
人間の肉体に植物の本体が守られた構造になっている道明寺及びコシヒカリゾンビ達を
ウイルスで倒すには注射器を使うか、ウイルスを相当量含んだガスを吸引させるか
ウイルス付きの刃物で切るかしないといけない。だからこそ、道明寺は大胆に全容器を割り
排水溝に流す事ができたのだ。
「空気中に飛散した量程度では私はモロチンの事、生徒達も倒す事は出来ない。
仮にビニール袋で回収したウイルスをどうにか保管できたとしても、包丁二本に
塗り付けられる量にまで培養するには半年はかかる。では、その包丁に塗られたのは何だ?」
「ですから、貴方達を全滅させるだけの量のウイルスですよ」
「追い詰められての苦し紛れのハッタリか?いや・・・」
「迷う事はありませんぜ、親株の旦那ぁ~」
勝負をつける為に突撃すべきか、退避して本土を目指しつつ朝日を待つべきか
悩む道明寺を一体のゾンビが押しのけ前にでる。
「ここはこの俺に任せろってね、あんなのがハッタリでしかない事を証明してみますよ」
他のコシヒカリゾンビとは一味違いそうなこのゾンビは猛牛の如き構えを取るとその
両腕にスパークが走る。
「げぇーつ、あの構えは魔人体育教師の城ヶ崎先生!今回の戦いでは風紀委員と同行して
戦っていたと聞いていたけど、既に敵の手に落ちていたなんて!」
「知っているのですよ?ノイマ先生?ですよ」
「ええ、ワンゲル部だけで対処出来ない怪物が屋外で発見された時はよく手伝って
貰っていたのよ。ゴーレムやミノタウロスが相手だと私は無力だしね。
もし無事に合流できたなら戦力として期待できたんだけど・・・」
ノイマは複雑な感情を顔に浮かべながらモデルガンを城ヶ崎ゾンビに向ける。
だが、城ヶ崎ゾンビはかつての親友のノイマも、何らかの手段でアンチウイルスを
培養した少女も無視し、トーシュを恨み一杯の目で睨み付ける。
「センセイ、あの時はよくもやってくれましたね。おかげで俺はこのザマですよ」
「ほう、欠けた魂をコシヒカリが補って延命されたのか。実に興味深い。さて、
今の君はどんな味がするかのう?」
「あの、理事」
「なんじゃいノイマ君」
「城ヶ崎先生に何したんですか。あの温厚な城ヶ崎先生が何であんな顔してるんですか」
「適当な理由つけて、魂の核抉り出して食べちゃった。てへぺろ」
タターン、シュバッシュバッ、ズバババッ
「ノイマ君、何で急にスタイリッシュなバク転でワシから距離を取るんじゃ」
「今私の中で理事の危険度が道明寺と並びました。手の届く範囲に来ないでください」
「安心せい、このシナリオではせいぜい君の事を肉壁程度にしか利用せんよ」
「他にシナリオがあってそっちでは私を酷い目に遭わせるのが確定してる様な事
言わないでください」
「お前ら俺を無視するんじゃねえー!」
決死隊メンバーの漫才を遮り城ヶ崎ゾンビが突撃する。自己防衛本能がトーシュに
奪われてしまった今の彼の拳はプロローグの時とは比較にならない勢いで振るわれる。
だが、主人公達の会話に横槍を入れる再生怪人の末路は確定している。
「馬鹿めが、憎しみで戦い方が単調になっておるぞ。そんな動きではワシは倒せんよ」
ゾンビ化と憎しみに染まった影響だろう。城ヶ崎ゾンビにはオルゴールの音は
届いていなかった。
トーシュの魔人能力『サカサマの歌』で距離感の狂わされた城ヶ崎ゾンビの拳は大きく
空を切り、トーシュは無防備な胸へと包丁を突き刺す。
「ぐああああああああああああああああああああああ」
心臓を貫かれた城ヶ崎ゾンビの全身から煙が噴き出て、数秒苦しみぬいた後
倒れて動かなくなる。コシヒカリに寄生されたゾンビは心臓を破壊されても即死はしない。
城ヶ崎ゾンビが煙を出しながら死んだのは包丁に塗られたアンチウイルスが本物だという
何よりもの証明となった。
「ふむ、これがコシヒカリと同化した魂か。どれ」
トーシュは城ヶ崎ゾンビの胸から魂を抜き取り、それを口に含み舌で転がす。
「うむ、最初に食べた時は保身のくどい甘味がしたが、今度は憎しみによって
程よい苦みが広がるわい。おほっ、苦みに混じって一瞬だけ今まで味わった事のない
美味が!これが新潟コシヒカリの味か!うーまーいーぞー!!
じゃが、やはり親株の、それもちゃんと調理されたのを食したいのう」
「親株の調理は任せろバリバリー、ですよ」
「・・・マジモンのアンチウイルスだったんですか。持ってたなら何で私に
教えてくれなかったんです!」
「じゃってのう、ノイマ君が足止めに失敗してゾンビ化したら道明寺にアンチウイルスの
存在がばれるじゃろ」
確かにこの件についてはトーシュが正しい。道明寺は植物の心を読む事ができるから
ゾンビ化したノイマが情報を持っていた場合、アンチウイルスを持ったトーシュとの
勝負を避けて朝日を待つ戦法に切り替えていた可能性が高い。
アンチウイルスの存在を伏せたままこの家庭科室を決戦の場にする、その為には
道明寺相手に戦力に数えられないノイマには情報を与えないのが正解。
ノイマはぐうの音も出なかった。
「さて、状況は理解したかな道明寺君?君を殺す手段はここにある。
逃げるかね?逃がしはせんよ。ワシは君が逃げるルートを封じる事が出来る。
そうじゃなあ、よし、君がこの家庭科室から逃げて校外に行くのなら、君が必ず
通らなきゃならんルートに無事な生徒を誘導しよう。どうじゃ、これなら
君が生徒達をゾンビ化している間に追いついて、この包丁でグサッといけるぞい」
「生き残りの生徒をエサにするって事ですか!?それでも教育者ですか!」
「ワシ理事じゃもん、ノイマ君と違って現役の教育者じゃないもーん。
で、どうよ道明寺君、どうするんじゃよ?君に『孤独を恐れる本能』がある限りは
君は絶~~~~~~~~~~~~対にこの学内ではワシからは逃げきれん。
どうする~?ねえ、どうするんじゃ~?」
「・・・理事、それからノイマ先生、勘違いされては困る」
トーシュの挑発に対し道明寺は感情を表に出さずに返す。
アンチウイルスが塗られた包丁を見た時は大変驚いていたが冷静さを取り戻した様だ。
「貴方達はようやく私を倒す手段を得たに過ぎない。この場には
私に刃が届きうる男が一人、アンチウイルスを作れるが戦力外の女が一人、
どちらの条件も満たさない女が一人。理事、さっきの挑発は悪手でしたね。
あれで貴方はここにいる者以外には頼れる戦力が無い事を自白してしまっている」
道明寺が右手を一振りすると、コシヒカリゾンビ達は家庭科室の外へ出て行った。
「これで心置きなく全力を振るう事が出来る。覚悟せよ、今日が人類の最後の夜、
そしてコシヒカリの始まりの夜」
「うっさい、燃えとけ」
トーシュの手元に小さな火が発生する。
「あ、私がワンゲル部で使ってるチャッカマン。何で理事が持って」
ノイマが疑問を最後まで口にする事は出来なかった。
チャッカマンの火が一瞬大きく燃え上がった様に見えた後、家庭科室内が
爆音と閃光に満ちる。
希 望 崎 名 物 小 竹 式 ガ ス 爆 発 術 !!!!!!!!!
城ヶ崎ゾンビ撃破後、トーシュは密かにガスの元栓を開いていた。
普通ならばガスの異臭に気付かれるはずだったが、この部屋には城ヶ崎ゾンビの
血の臭い、鳩三羽分の焼き鳥の臭い、そして道明寺とトーシュが発する強者のオーラが
場にいる全員の嗅覚を刺激し、ガスの臭いに気付かせなかった。
「ぐっ・・・くそ、懐かしい、いや小賢しいマネを」
爆音の残響が耳を支配し、粉塵が視界を覆う中、道明寺は心臓と脳を両手で守りながら
状況を把握する。コシヒカリの持つ感覚を動員すればこの状況でも目は見える。
右後方に気絶しているノイマ。全身にテレビモニターのガラスが刺さっており、
とても戦える状況ではない。M字開脚から黒系のセクシーな下着が見える。
前方には黒こげのトーシュ。爆発の中心点にいた為ダメージはノイマよりも酷く、
顔の皮膚をほとんど炭化させ、チャッカマンを構えたポーズのまま硬直している。
割れた窓からヒューと冷たい風が吹くとトーシュは変わらぬ姿勢のままコテンと倒れた。
「な、何がしたかったんだこの老人は」
特攻にしてもあまりにも意味不明、唯一渡り合える戦力である自分自身を失い
こんな事をする理由が無い。何より、この老人は自分を犠牲に人類を救うなんて事を
絶対にするはずが無い。
あまりもの異常事態、だからこそ道明寺は気づくのが遅れた。この場に一人足りない事に。
もぞ もぞ もぞ
「な、なんだ」
城ヶ崎ゾンビの肉体が突如動き出しその下から女性の手が出てくる。
「よいしょ、よいしょっと。ですよ」
額に汗を流しながら少女が城ヶ崎ゾンビの下から這い出てきた。
少女は立ち上がると懐から二本の包丁を取り出し構える。
その刃は緑色に濡れていた。
「ゲホゲホ、あー、最終決戦ですよ」
「君が・・・戦うのか?理事は君に全部託したのか?」
「ですよ」
少女は確かに多少は戦闘慣れしている様だが明らかにトーシュよりも、ノイマよりも弱い。
道明寺には最早何も分からない。
(この少女を囮にノイマ先生か理事が奇襲を?いや、二人とも完全に瀕死だ。
この部屋自体に罠が?罠があるならガス爆発なんて不確実なものは使わない。
彼らは陽動で時間稼ぎが目的?アンチウイルスは本物だった。理事が直接戦った方が
勝算がある。少女がアンチウイルスの塗られた包丁を振りかぶって私に向かってくる。
どう見ても戦闘型通常魔人級の動きだ。そうか、私の動揺を狙う事自体が目的か、
ならばもう迷うまい)
「もう何が起きても驚かんぞ、その刃をかわしてコシヒカリの芽を植え込んでやろう」
「これはぽーい、ですよ」
「え゛」
少女はアンチウイルス付きの包丁を二本同時に窓に向かって投げ捨てた。
道明寺から見て少女の唯一の勝利手段を投げてしまっていた。
「ちょ、何やってるんだ!アレが無いと私に勝てないだろーが!」
「要らないんですよー。ここが家庭科室であり貴方は米である。
ならば私の能力発動の条件は整っています」
少女の両手が拍手する様な形で道明寺の眼前に迫る。
完璧なタイミングの猫だまし、だが、コシヒカリの親株の寄生体は
猫だましでは死なない。少女の動きは猫だましでは無かった。
「the Quick Point from Parallel Partners」
呪文の様な呟きが聞こえた。
それが道明寺が最後に聞いた言葉となった。
ぱん、と乾いた音と共に勝負は決した。
顔の両側を手で挟み込まれた道明寺は、一瞬で首から上がオニギリになっていた。
「私と道明寺さんには天地の実力差がありましたですよ。
身体をはってセクシーコマンドーに徹してくれた理事、
何も知らないままリアクション芸人として動いてくれたノイマ先生。
二人のおかげでこの勝利はあるんですよ。さあ、首から下もオニギリにしないとですよ」
三時間後、目を覚ましたノイマは朝日を浴びながらコシヒカリのオニギリを頬張っていた。
「凄いわねこのオニギリ、一口食べる度に身体の傷が消えていく」
「ぼーげろぼぼんはぼぼぎょぎょげんはいかんの」
「理事、食べながら喋らないでください。何言ってるか分かりません」
トーシュは無言でオニギリを貪り続けた。会話より食欲の方を優先した様だ。
かつて道明寺だった人型オニギリは既に上半身が失われガンダムのラストシューティング
みたいな状態になっている。
トーシュの事はもうほっておいてノイマは少女の方から話を聞く事にした。
「ちょっといい?理事とアンタの戦術的狙いが何だったのかは教えてもらったけど、
やっぱり疑問が残るのよ」
「答えられる範囲なら答えますですよ」
「それじゃ一つ目」
ノイマはコシヒカリの栄養で勃起していくチンチンを足で組んで押さえながら質問する。
「微量のアンチウイルスをあれだけ増やすのにはすごい時間がかかるんじゃなかったの?」
「それを何とかしたのが私の魔人能力ですよ。私の魔人能力は料理の工程を省略
できるですよ。道明寺さんも『家庭科室の調理機能を使ってオニギリにした』という
結果を導き出す事で倒せたですよ」
「料理とウイルス培養は違うでしょ」
「要は味噌作りの様なものですよ。培養液には鳩のコラーゲンを使ったんですよ。
ちゃんと料理が完成するまでの条件が揃っていれば工程を略して、
半年以上培養した状態のウイルスが完成するのですよ」
「ユキオ達の犠牲はちゃんと意味があったのね。それじゃもう一つ質問」
「はいですよ」
「結果的に勝てたから文句はないんだけど、それでも、アンチウイルスを
持ってる事実を隠しながら理事が戦った方が勝率が高かったと思うのよ」
「でもアンチウイルスを使ったらですよ、コシヒカリの味が変わるかもですよ」
七曲真哉は誰よりも料理人だった。
2014-08-15T21:13:33+09:00
1408104813
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第一部隊その3
https://w.atwiki.jp/dangebirthday/pages/62.html
*第一部隊その3
希望崎学園を襲った未曾有の事態――
“魚沼産コシヒカリ”の拡散の危機。
立ち向かうは、緑化防止委員。
一人は、さっさと死ぬために。
一人は、死から逃げるために。
一人は、復讐に生きるために。
それぞれ三者三様の生き様を抱えて、挑む。
捕食者さえ食い尽くす穀物と、
園芸の修羅を止める為に。
【AM 0:45 希望崎学園部室棟 園芸部・部室】
「……」
もぬけの殻、という表現が似合う部屋の中。
十数名の『子苗』を引き連れた道明寺が、辺りを見回し――溜息をついた。
「ほう、先手を打たれたか」
かつての同級生や後輩らの腕前は、部長である道明寺も十分に知っている。
彼らの腕前が自分に及ばないことも把握している。
僅かながら、園芸で繋がった者としての情がないとは言わないが――魚沼産コシヒカリとの絆に比べれば、小さいものだ。
だが、それでも確実に潰す為に、道明寺は『子苗』を増やした上での人海戦術を選んだ。
魚沼産コシヒカリの繁殖欲の影響かもしれないが―― ともあれ。
『子苗』の充実と引き替えに、道明寺は己への脅威を間引く機会を逸したのだった。
「ウイルスは当然持ち出されているとして……幾つか他の植物も消えているな。
……くく。だが、まあいい」
しかし。それでも、道明寺に焦りの色はない。
ウイルスの早期撲滅と、部員への『子苗』の植え付けが出来なかったのは痛手だが――致命傷ではない。
「流石に『アレ』は持ち出せなかったようだし、な」
道明寺は不敵に笑むと、『子苗』らに命じ『目的の物』を運ばせる。
ちょっとした保険程度だが――進化の為には、十分役に立つだろう。
「我らは、病害虫如きに負けるわけにはいかんのだ――その為には」
姑息であろうとも、小手先であろうとも出来ることは全てやる――
その呟きを聞いていたのは、忠実な『子苗』達だけだった。
【AM 1:00 希望崎学園 生徒会室】
「すみません……!ウイルスの培養が間に合わなかったのは私達の責任です」
部室から間一髪で脱出した園芸部員達が、緑化防止委員の三人に頭を下げる。
三人は出撃準備を整え、持ち物を整理しているところである。
「いいさ。あんたらはあんたらなりに、やれることをしたんだ。
それに、ウイルスの“培養の知識”を失うほうが損失は大きいからな」
「あとは、その……僕たちが、なんとかしますから!」
「そのための緑化防止委員だからね、私達」
「ありがとうございます……こちらが、ウイルスになります。
瓶の先端を突き立てれば、そのまま中の液体が即座に注入されます」
三人の言葉に目を潤ませながら、副部長がウイルスを差し出す。
一見どこにでもありそうな植物用栄養剤のアンプル瓶に入れられているそれを、甘葛が受け取る。
「これね。オッケー、任せておいて」
「あとは……役に立つかわかりませんが、これも持っていって下さい」
続けて、色々な種が入った小袋を靴精に渡す。
「園芸部にあった薬草や希少植物の種です。園芸の心得がない方でも扱えるものを選びました」
「あ、ありがとうございます……その、すいません」
「いえ、謝るべきなのは――私達です。
私達が、部長を止められなかったからこそ……今回の事件は起きたんですから」
「悔やむのは後だ。あんたらは手筈通り、希望崎大橋を渡って学園の外に出ろ。
会長、生徒の避難が済んだら大橋はぶっ壊してくれ。『子苗』の討ち漏らしを防ぐ為だ」
「分かった。……コシヒカリに覆われることを考えれば、橋の一つや二つ惜しくはない」
同席している生徒会長、須能・ジョン・雪成は逝谷の言葉に頷く。
彼の性格を、生徒会役員である逝谷は知っている――おそらく、雪成は最後まで残るだろう。
だが、彼を説得するような時間はない。生徒会の長という責任を、彼なりに取ろうとしている。
その結果が、命を捨てることになる可能性が高いとしても――逝谷には止められない。
「道明寺羅門は“希望の泉”にいると報告があった。噴水という水の供給源があるからかもしれん。
ここを拠点に『子苗』を使って、残存する魔人を襲撃させているようだ」
雪成からの連絡に、三人が頷く。
「OK。……とりあえずは『子苗』を減らす。
それじゃあ行くぞ、モリ、靴精。……作戦は、頭に叩き込んだよな?」
「あ、は、はい!大丈夫です! “ガツン”と叩き込みました!」
「そうそう、私も“スコーン”と叩き込んだから大丈夫!」
「……擬音コントは緑化防止した後でたっぷり聞いてやる。しくじんなよ、頼むから」
やや緊張感を欠く一幕はあったが――さておき。
緑化防止委員の仕事は、ここから始まった。
【AM 3:00 希望崎学園 希望の泉】
「……『子苗』が、減らされているな」
希望崎学園の中心部―― 大噴水“希望の泉”。
普段ならば、学生達の憩いの場となる水と緑に溢れた空間だが――
その地面は、既に耕されていた。他ならぬ、道明寺羅門の手によって。
一仕事を終え、噴水に尊大に腰掛けながらも――その肉体からは油断無き気迫を漂わせる。
「……来た、か」
来訪者の気配を感じ取り、道明寺が一瞥を投げる。
近くにいた『子苗』数名も、新たに訪れた者達へとゆっくり近付いていく。
「緑化防止委員、逝谷しおりだ。
随分と頑張って増やしてたようだが『子苗』はあらかた始末した。
……道明寺羅門。悪いが、そのコメは青田刈りさせてもらうぜ」
「緑化防止委員、甘葛モリオンです。
えっと、そう!青田買いさせてもらいますから!」
「青田買いと青田刈りは全く違う行為だが――まあ、良い。
どちらにしろ、我らの成長の礎となってもらおう」
道明寺がゆっくりと立ち上がり、右手を挙げる。
それを合図に『子苗』が一斉に二人に跳びかかる――!
「……報告よりも随分素早いじゃねーか」
「でも、今の私よりは遅い……よねっ!」
言うやいなや、甘葛が履いているブーツに“速”の文字が浮かぶ。
事前に刻んでおいた、靴精の“キック・THE・シューズ”による、特異なる性能である。
瞬間、甘葛が弾丸のごとき速さで駆け出し――
襲い来る『子苗』に、超速度の蹴りを叩き込む。
「ガァッ!」
「ギャッ!」
「グワッ!」
「ゲハッ!」
「ゴボッ!」
次々に『子苗』は蹴り飛ばされ――動かなくなる。
「ほう。少しは、やるようだな」
周囲の『子苗』が倒れるのを見て、道明寺がゆっくりと動く。
――ここからが、本番だ。
緑化防止委員に、緊張が走る。
「あとは、大将のあなただけ……覚悟しなさい、ラッちゃん!」
「……ラッちゃん……?」
(あの馬鹿……何で敵を愛称で呼ぶかね)
逝谷の心中の呆れと、道明寺の微かな困惑をよそに、甘葛が飛び込む。
先程よりも一段階速く、相手が反応するよりも先に懐へ。狙いは、胸元。
手にアンプル瓶を構え、速度を乗せた突きを放つ!
「真っ直ぐ育つ若木はいいものだ。だが、真っ直ぐすぎる」
だが、流石は“園芸の修羅”と言うべきか。
甘葛の加速に即座に対応し、突きを右腕一凪ぎで弾く。
常人ならばこの一撃で腕がヘシ折れる、恐るべき園芸者の膂力!
だが、甘葛の腕は――折れなかった。
叩き付けられた右腕に沿って、くにゃりと曲がっていた。
「“柔”(フニャ)――身体を柔らかくしたのよん」
攻撃力の高さは調べがついている。ならば、受け流す。
その為に、予め甘葛の右靴に“速”(ビュン)・左靴に“柔”。
二つの異なる“性能”を、靴精が刻んでいたのだ!
「それじゃ、打ち込ませて貰うわよ!」
人体の骨格をも無視した柔軟性と、道明寺自身が放った腕薙ぎの勢いを利用して。
その反動で、手にしたアンプル瓶を今度こそ道明寺の胸元に――
「モリ、退け!」
「!」
逝谷の警告に、即座に反応して一歩引いた――それが結果的に彼女の命を救った。
道明寺の腕からコシヒカリの苗が勢い良く生え、甘葛のいた空間を貫いたからだ。
「ほう、よく見ていたな」
だが、急回避の勢いで――甘葛の手から、アンプル瓶がこぼれ落ちる。
くるくると宙を舞うアンプル瓶を見ながら、甘葛が間合いを取る。
「ふん、ウイルスか――悪いが、処分させて貰おう」
突き出した右腕を、そのまま空中のアンプルに向ける。
直後、実った稲穂から種籾が銃弾のように放たれ……
アンプル瓶を、打ち砕いた。
「い、いいわよ、そんなの壊されたって、まだあるから……」
「いいや。あの短時間で、二本以上ウイルスは殖やせない……
勿論、今から殖やすのも無理だ。既に培養器は破壊した」
甘葛の強がりを、道明寺があっさりと打ち砕く。
だが、同時に道明寺が気付く。
――こいつらに、絶望の色が浮かんでいないのは、なぜだ?
目の前の男装した少女は、相変わらず空中に視線を泳がせている……空中?
「……そこか!」
視線の先を辿る。何もない空間――否。
芸術校舎2階の窓、そこにいるフードを被った人物!
「ああっ! バ、バレた!」
芸術校舎の2階にいた夜魔口靴精が、情けない声をあげた。
“静”(シーン)でギリギリまで“気配を消し”、“撃”(ズドン)で遠隔射撃を行う。
その弾を甘葛の“テレアート”で、夜景を“常時印刷”して隠す――
そちらから意識をそらすため、甘葛が肉弾戦闘を請け負う。手に持ったのは、水の入った偽アンプル瓶。
二段構えの作戦だったが――“園芸の修羅”の目は、誤魔化しきれなかった。
ここまでは。
「え、ええいっ、“撃”(ズドン)!」
既に発射態勢に入っていた靴精は、その動きを止められない。
見えざる弾を蹴り、道明寺目掛けて蹴るしかない!
「無益な」
だが、無情にも種籾の弾丸が靴精の蹴った弾目掛け、放たれる――
見えずとも、当たりはつく。所詮は真っ直ぐな弾道である以上、同じ射線の反対側から撃てば迎撃できる。
だが、その直後。勢い良く放たれた筈の種籾は、急激に速度を落とす。
そう、まるで「手でふわっと物を投げた」ときのように――
「!」
種籾の速度低下に気付いたときには、既に。
道明寺の胸元に、アンプル瓶が深々と刺さっていた。
「残念、本命はあたしさ――」
深く咳き込みながら、逝谷が道明寺に言い放つ。
“命知らずの悪戯部屋”――逝谷の周囲の物体の速度を、交換する能力によって
『半病人が手で投げた』アンプル瓶の速度と、道明寺が放った種籾の『弾丸の如き』速度が交換された結果。
逝谷が投げた本物のアンプル瓶が、弾丸の速度で。
道明寺の胸元へと、飛び込んだのだった。
つまりは、靴精が蹴ったのも――欺く弾。
「ぐ、お、おおお、おおおっ!?」
身体中に走る不快感に、道明寺が膝をついて悶絶する。
ビシビシと音を立て、道明寺の鍛え上げられた胸筋が、乾いた大地のようにひび割れる。
勝った――!
誰もが、そう確信した。
「……くく、く。ハハァッハハハハ!」
だが、その確信は甘いものだったことを――思い知らされる。
道明寺の身体から突き出ていた苗が枯れ、胸元が土くれの如く崩れ去った次の瞬間。
突如、道明寺が巨大な光で照らされる!
「! これは……」
逝谷が、光の先を見る。部活棟の屋上。
そこから照射されているのは――大型のライト。
「温室用の照射ライトか……!」
「如何にも。部室から『子苗』に運ばせた」
「無論、所詮は紛い物の光だが――
――ウイルスを克服する時間を稼ぐくらいは、できる」
人工光による『光の使徒』の強制発動――
道明寺が言う通り、その力は歪で弱い。しかし、その増殖速度はウイルスを打ち込む前とほぼ同等。
『親株』が道明寺の身体から突き出ては枯れ、また新たな苗が突き出ては枯れ。
しかし徐々に、枯れる速度は遅くなっていく……!
「あのライトを止めればいいのよね!?だったら……!」
咄嗟に、甘葛が“テレアート”を使う。
その直後、ライトからの光が大きく弱まる。
『ライトの表面』に『校舎の壁』の図柄を印刷し、光を遮断したのだ。
「モリさん、ナイスです! 後は僕に任せて!」
直後、窓から飛び降りて着地した靴精が足元の小石を蹴る。
蹴った物体を超速度で撃ち出す“撃”(ズドン)の力を受けた小石は真っ直ぐに飛んでいき――
ライトを粉砕し、後ろにいた『子苗』も吹き飛ばした。
「一足、遅かったな」
ぞくり。緑化防止委員の背筋に、寒気が走る。
声の主は――道明寺羅門。
「……やっぱ、量が足りなかったか……!!」
逝谷が苦々しく舌打ちをする。その口元からは、血が一筋流れる。
今のままじゃ、マズい。一旦退いて、もう一度策を練るしかない――
逝谷が撤退の判断を下そうとした、その時だった。
「……貴様。 どこで、それを」
甘葛が、道明寺に言葉を投げかける。
その様子は、明らかに――異様だった。
恐怖ではなく、憤怒を感じさせる声色。
「靴精! モリ引っ掴んで逃げろ!」
逝谷が咄嗟に命令する。しかし、一つ誤算があった。
夜魔口靴精は臆病者であり、事態の急変に対処しきれるほどの精神性がないことを、逝谷は失念していた。
逝谷が感知できるほどの怒気を受ければ、靴精は――狼狽え、戸惑う。
「え、で、でも――」
そのタイムラグが、逝谷の命を縮めた。
「どこで、 その石をおおおおおおおあああああアアアアッ!!!」
道明寺の崩れた胸元から覗く、石のようなものを見た瞬間。
甘葛モリオンの“地雷”が炸裂した。
靴の“速”を最大速度で発揮して突撃する。
向かう先は――ウイルスを克服した、道明寺の正面。
「石? 何のことだ」
「とぼけるなあああアァァアァっ!!!」
感情のままに、激情のままに。思考を停止させたまま、道明寺に殴りかかろうとする甘葛。
それを無感情に、無情にも道明寺の拳が捉える――
その直前。またも道明寺の拳が速度を落とした。
「……またか」
まあいい。身体に触れたが最後、そこから『子苗』を植え付ければ済む。
道明寺は緩慢に動く己の拳を止めることなく、急速度で突っ込んでくる“苗床”に当てようとした。
「……あああああああぁぁぁぁぁっ!!」
道明寺の拳が、空を切った。
「……きさ、ま、 離せええええええええっ!!!」
「ダメです!逃げるんです!逃げるんですってばああああああ!!!」
道明寺が顔を上げ、見たものは。
自分に背中を向け、一目散に逃げる夜魔口靴精と。
靴精に首根っこを掴まれ、引きずられる甘葛モリオンと。
靴精に同じく引きずられるように運ばれる逝谷しおりの後ろ姿だった。
残されたのは、逝谷が吐いた大量の血の跡だけだった。
「逃げたか」
道明寺羅門は、追おうとはしなかった。
破れかぶれで突っ込んでくる愚か者。
逃げ場のない恐怖から逃げようとする臆病者。
奪う栄養すらろくになさそうな死に損ない。
どれも、彼ら――魚沼産コシヒカリにとっては。
『克服すべき』ような環境ではなかったからだ。
もはや『子苗』の護りも不要。
あとは、夜明けを待てばいい――
~~~~~~~~~~~~
【AM 4:44 希望崎学園 番長小屋】
「ゲホッ、モリ、お前何してんだ、よ……」
口を押さえる逝谷。だが、溢れる血は止まらない。
「…………」
「し、しおりさん……もう、喋らないほうが……!!」
瀕死の逝谷を、悲痛な表情で二人が見下ろす。
あの瞬間。
撤退に逝谷が能力を使い、自分の『速度』と道明寺の『速度』を入れ替えた。
その隙があったことで、辛うじて指示に気付いた靴精が、自分も“速”で加速し
暴走した甘葛を間一髪で押さえ、無理矢理引っ張ってきたのだ。
しかし、その代償に――逝谷の寿命は、残り一桁まで減った。
身体にかかった負荷も大きく、やむなく番長小屋に隠れることとなったのだった。
「……お前の事情は、最初に聞いてた、けどな。
道明寺が“父親の敵”なワケ……ねえだろ」
「ごめん、なさい…… 本当に、ごめんなさい……!!」
ぼろぼろと涙を流す甘葛は、今は落ち着いている――
『履いた相手の身体を冷やす』“冷”(ヒヤリ)と、『気配を消して静かになる』“静”(シーン)
二つを組み合わせて、“冷静”にさせたのだ。
蛇足ながら、このアイデアの発案も逝谷のものである。
「……ウイルスはもうねえ、しかも克服された……
チェックメイト、かな」
「あ、諦めるのはダメですよ……! と、とにかく、何かしないと……」
「いや……多分、もうじき兵器が出てくる。
そうなりゃあたしらも道明寺もみんなまとめて終わりだ」
「え……兵、器? なに、それ……」
「ま、待ってください!最初から、僕たちは……?」
「だよな? 会長…… 多分あたしらが、しくじったら……
最終手段で封じ込める手筈になってる、そうだろう?」
呆然とする二人をよそに、逝谷が通信機に話しかける。
連絡先は、生徒会長。
「……逝谷君。どこで、知った?」
「推測だ。 ……学園の、お偉方が絶対どっかで、自分らは安全なところで。
最終防衛策撃てるようにしてるだろうってのは、思ったさ……
でなきゃ、あたしら3人だけじゃなく、もっと増援が来てる筈だ」
しばしの、沈黙。
それが暗に肯定を示すものだと、誰もが理解した。
「……ってーわけだ。 靴精。甘葛。
お前らだけでも逃げろ」
「「!」」
「死ぬのが怖いなら、逃げていいんだ。生きてればなんとかなる、んだろ?
生きてればそのうち、復讐の機会だって掴めるかも、しんねーんだ。
ま、あたしは大人しく犬死にす」
その言葉に、俯いていた二人が顔を上げて、同時に叫ぶ。
「「冗談じゃない(わよ!!)(です!!)」」
「……おめーら、余命数日の、耳元で、叫ぶな」
「ここで僕たちが逃げたら!! 逝谷さんも、生徒会長も!
道明寺さんだって死ぬでしょうが!!」
「まだ私、アイツから何も聞いてないのよ!
答えを聞くまで、私も引き下がれないわよ!!」
「……お前ら」
「僕は臆病です、死ぬのが怖いです!
でも一番怖いのは、僕の目の前で、僕のすぐ側で! 誰かが死ぬことです!!」
「私だってね、父さんの復讐のことばっか考えてたけど!
敵以外を踏み台になんかしたくないわよ!!」
「……」
「……だが、どうするんだ。ウイルスは破られた。
他に有効な手立ては――」
「会長。……兵器の起動とやらを、なんとか引き延ばしてくれ。
夜明けから10分待ってくれると有り難い」
「逝谷君!? 何を言っている!夜明けが来たら、そもそも終わりなんだ」
「頼む! ……あたしが、あたし達が。パンデミックは絶対に止める」
「……! わかった。なんとか、交渉する!」
通信終了。
「……良く言ったじゃねーか。お前ら。
そんじゃ、あたしも応えてやらねーとなあ……
逝谷しおり、最後の頭脳戦だ。頑張ってガツンとスコーンと叩き込め、お前ら」
~~~~~~~~~~~~
【AM 5:34 希望崎学園 希望の泉】
「どういう風の吹き回しか、知らないが」
希望の泉――
甘葛と逝谷は、再び“園芸の修羅”の前に立っていた。
「もうじき、世界はコシヒカリで満ちる。
わざわざそれを待たず、堆肥になりにきたか?」
「いいや。あんたを止めに来たんだ……ゲホッ……」
「……」
「一人、逃げたようだな」
「ああ。あいつは死ぬのが怖いらしいからな……」
朝靄が、三者を包む。
どこかで、もうじき訪れる朝を告げる鶏の声がした。
それを合図に、甘葛が踏み込む。
――遅い。さっきのほうが、まだ速かった。
ウイルスによって一度崩れかけたとはいえ、今やそれを克服した肉体にもう油断も弱点もない。
だが、あの後ろにいる女――もはや立っているだけでやっとだが、奴の力は厄介だ。
素早く対応しようとも、その速さを『取り替えられる』。
ならば、ここは受けて――反撃すればいい。
道明寺は熟練の園芸者として、冷静に戦いをシミュレートする。
栽培計画を立てるのは、園芸の基本だ。
霧の中、甘葛が放った跳び蹴りが――道明寺のガードに刺さる。
「! これは!」
道明寺の腕が、ピキピキと凍り付く。
「“冷・凍”(ヒヤリカチーン)……私の身体は今、氷の様に冷たいのよ。
攻撃を当てれば、あなたを凍らせられる」
「……なるほど。理に適っている」
冷気。
それは、あらゆる環境を克服してきた魚沼産コシヒカリにとって、今や唯一ともいえる『弱点』だった。
厳寒の“新潟県”で育ったとはいえ、そこから下界に出るために“寄生”せねばならなかったのも。
全ては、冷気に『打ち克っていない』からである――!
「だが、お前の肉体。いつまで耐えられる?」
「……さあ。試してみれば?」
頭が“冷えている”甘葛は、落ち着いてヒット&アウェイで対抗する。
しばし耐えていた道明寺だったが、埒が明かぬとばかりに動く。
「苗を植えられぬなら、耕すまでだ」
道明寺の反撃――苗による寄生よりも、純粋な腕力を選んだ。
「!?」
だが、それこそ狙い。
腕を振り下ろそうとした刹那、道明寺の視界が暗転する!
「目潰し……いや、さっきライトを暗くした技か」
道明寺の『目』に、先程の『暗闇』を貼り付ける――
“テレアート”によって視覚を奪い、攻撃を空振らせる。
そして、また一撃を当てて離れる。
「だが……もうそろそろ、身体がもつまい」
「ええ。だから……これで決着よ」
冷気は既に、甘葛の皮膚を苛んでいる。
次の一撃が――最後だ。
「……はっ!」
「来い。貴様に克ったとき、我らは――最強となる!」
お互いに渾身の一撃を、ぶつけ合う――筈だった。
だが、道明寺の身体が不意に止まる。渾身の力を込めようとした、無防備な姿勢で。
――また、速度を入れ替えたか!? いや、『全く動けない』……!?
道明寺が逝谷を見る。逝谷は――血を吐いていない。
つまり、これは――
「……モリさん、やってくださいっ!」
道明寺の足元から、声が響く。
逃げていた筈の、臆病者の声――夜魔口靴精だ。
道明寺との打ち合いを甘葛が請け負ったのは、やはり陽動。
『静』(シーン)で気配を消し、『透』(スケスケ)で姿を消した靴精が
道明寺の靴を触り、『不・動』(ガチンガチーン)で動作を封じる――
単体で擬音が作りづらい漢字でも、熟語ならばより強力な『性能』を生む。
『冷』『静』を組み合わせたように。
そして。
甘葛の渾身の突きが、まだヒビの癒えぬ道明寺の胸元を抉る――!
「が、はっ――」
穴が穿たれると同時に、傷口が凍り付く。
引き抜かれた腕には、拳大の鉱石が握られている。
かつて、道明寺が父に無理矢理埋め込まれたもの――
「……返してもらうわ」
飛び退いた甘葛が、体勢を崩す。
冷気によるダメージが、限界を迎えたのだ。
「……く、はははは。見事だ、見事」
胸に虚空をたたえたまま、道明寺がなおも嗤う。
「だが、時は来た」
辺りが徐々に明るくなる。
夜明け――午前6時を迎えたのだ。
「終わりだ」
無情にも、朝日が校舎の隙間から差し込む。
そして、道明寺が己の能力を解き放つ――
――
「―― 何?」
僅か1秒ほどの間を置いて、道明寺が異変に気付く。
夜明けの光を浴び、己の血肉を水土としてこの世界を蹂躙するはずの苗が――育たない。
いや。育ってはいる筈。だが――
あまりにも、遅い。
『新潟県』の五大災厄たる穀物の、本来の増殖速度はおろか。
普通のコメよりも、まだ遅い速度で『育っている』……
「……どうやら、うまくいったようだな」
逝谷が、口元から一筋の血を垂らしながら不敵に笑む。
その足元には、一本の小さな木が早送りされるように育っていく。
その木を見た瞬間、道明寺が全てを悟る。
「――『億年松』と、生長速度を『入れ替えた』か」
「ご名答」
『億年松』――園芸部部長である道明寺は、その性質をよく熟知している。
生長速度が普通の樹木と比べても格段に遅く、盆栽サイズに育つまでに数千年を要するとも言われる特別な松。
その『億年松』が、逝谷の足元で盆栽サイズに育ち、その先端に松ぼっくりを実らせ。
松ぼっくりがすぐ隣の地面に落ち、芽を出し、根を張り――
それを見届けるかのように、親の億年松が枯れ朽ちる。
そのサイクルが、僅か数秒。
「てめえとコシヒカリ共が一心同体ってことは、つまりお前らは『一個の群体』って言える。
だから、松一本でてめえら全部の増殖速度と交換できるってーわけだ」
逝谷の説明に、道明寺は口元を歪ませた。
おそらく、事前に試したのだろう。
園芸部にあった、いくつかの植物の種で――
靴に刻まれた『不・動』の二文字で身体を固定されている今の道明寺では、靴を脱ごうにも脱ぐ動きすら取れない。
コシヒカリを急速生長させて靴を壊す、あるいは逝谷を殺すことも――不可能だ。
頼みの生長速度は、億年松と入れ替えられている。
では、億年松を能力で生長させてしまえば――ダメだ。
例えそれが、コシヒカリを解き放つ為といえど。
他の植物に対して能力を使うなど――コシヒカリへの裏切りに他ならない。
なるほど。ここまでは、完璧な収穫手順だ。
だが――
「ならば、我らは――待つとしよう。
お前の命尽きる瞬間を」
道明寺に焦りはない。
「気付いていないと思ったか?
その首の痣、そして力を使う度に吐いていた血を」
おそらくは、命を削っている。
先の吐血跡からも、それは容易に想像ができる。
「あと何秒か、何分か―― 何時間、までは保つまい。
それで、貴様の命は尽きる。そうなれば、最早我らを阻むものはない」
「そうだな――あたしの命は残りカス同然だ」
逝谷はあっさりと肯定する。
「だが、その残りカスが――次から次に継ぎ足されるとしたら、どうだ?」
「……何?」
逝谷の足元――病人が履くには明らかに不向きな、鉄の靴。
その側面に刻まれた文字は、二つ合わせて――
「“延命”(ノビノビーン)――
靴を履いてる限り寿“命”が“延”々伸びるとんでもねえシロモノさ」
このアイデアを出したのは――意外にも、靴精だった。
『能力で縮むなら、延ばすことだってできるはず』――
ダメで元々だったが、見事にうまくいった。
「あんたの命と、あたしの命。
魚沼産コシヒカリの生命力と、億年松の生命力。
果たして、どっちが先に尽きるか――あたしは何億年でも待つぜ」
気の長い宣言を、余命数日のまま増えも減りもしなくなっている逝谷が道明寺に告げた。
しかし、それに引き続いての言葉は――道明寺にとって、あまりに予想外だった。
「なあに。時間は腐るほどあるんだ――
あんたらの友達になってやるぜ、道明寺」
「……友達、だと?」
「ああ。なーに、今すぐ仲良しこよしにゃなれねえだろうが。
生きていれば、そのうちなんとかなるもんさ」
「コシヒカリさん達……その、寂しいからって。
全部自分になっちゃったら、つまんないです、から」
「そうね。なんだかんだで喧嘩したし、今も無理矢理押さえつけてるかもだけど。
今からでも仲良くなって、パンデミックなんて考え、忘れさせちゃえばいいんだから」
緑化委員の三人は、さっきまでの闘気や殺気が嘘の様に、和やかに笑っている。
「あたしらに、コシヒカリの心。教えてくれや、道明寺。
全部喰うのは、後からいくらでもできるだろうよ」
「…… ……」
ああ、そうか。
道明寺羅門は、魚沼産コシヒカリは――このとき、ようやく。
氷を溶かすような、暖かな心に触れた。
目覚めの時のように、無理矢理ズカズカと読まれるのではなく。
時間をかけて、自然のままに。
その為なら、彼らはきっと――何も惜しまない。
命懸けで、道明寺とわかり合おうとした。コシヒカリを止めようとしたのだから。
「どうやら、パンデミックは……防げたよう、だな」
不意に、四人以外の声がする。
声の主は……須能・ジョン・雪成であった。
「会長。……逃げてなかったのか」
「私は生徒会長だからな。……緑化防止委員を指名した責任もある。
それに、元はといえば……」
雪成の言葉は、けたたましい着信音に遮られた。
慌てて、雪成が胸元の通信機をオンにする。
通信先は――職員シェルター。その主は、学園理事である。
「こちら、生徒会長の須能。……パンデミックは、もう起こりません」
『ご苦労。……だがね、いかんなあ』
「……タイムリミットのことでしょうか。それは事前に連絡したはずです。そして実際、彼らはやってくれた」
『いやいや、そうじゃあない。
……道明寺羅門を、どうして生かすのかねえ』
通信の音声は、緑化防止委員の三人にも、道明寺にも聞こえる音量だった。通信先からの音量設定。
――本来秘密であるはずのものを、わざわざ聞こえるように設定しての通信。
その意味に、雪成と――逝谷は気付いた。気付いてしまった。
『なるほど、若者の友情は美しい。だが、現実は“走れメロス”のように――ディオニスを許してめでたし、とはならないものだ。
魚沼産コシヒカリは――撲滅されなければならんのだよ』
「! 君達! 急いでここから逃げろ!」
『――さようなら、道明寺君。須能君。緑化防止委員の諸君』
ぶつり、と通信が途切れ――辺りに警告音が響く。
『これより、緊急装置“ニブルヘイム”を起動致します。
学園内の皆様は、直ちに退避して下さい』
「! まずい……!! EFB兵器が、起動される!」
雪成の叫びと共に、警告音が鳴り止み。
――無情なる極冷気が、職員校舎から放たれる。
“ニブルヘイム”――氷の国の名を冠した、凍結兵器が動き出したのだ。
逝谷しおりは、最期の最後まで、打開策を探そうとした。
冷気の到達速度を遅らせる?――無理だ。
自分の能力は、あくまでも『速度の入れ替え』だ。
さっき使った裏技も、同じ『植物の生長速度』同士だから出来た芸当だ。
甘葛の能力も、冷気を止めるような使い方はできない。ましてや、先程の戦闘のダメージがある。
靴精の能力なら? 空を飛べば、冷気圏を脱出できる可能性はある。
だが、空を高速で飛ぶ際にかかる負担に――逝谷と甘葛の身体がもたないだろう。
“身体を暖める”性能を与えたとしても――流石にEFB級の寒波で生き残れはすまい。
そして何より、靴精は――他人を見捨てるという選択肢を選べない男だ。
――今度こそ、チェックメイト、か。
その時。
最初に動いたのは、須能・ジョン・雪成だった。
逝谷のすぐ隣に位置取り、大急ぎで訴える。
「逝谷君!私の周囲と、君の範囲の外周の空気の『冷却速度』を入れ替えるんだ!早く!」
「何? ……そうか!会長、あんたの能力は……そういうことか!」
聡明な逝谷は、即座に理解し――“命知らずの悪戯部屋”を発動する。
寿命の延長はまだ効いている――時間の心配はない。
「靴精君! 甘葛君と君の身体を『暖める』んだ!……できればその後、逝谷君を君の身体で暖めてくれ!」
「え? ……は、はい! その、しおりさんすみません!セクハラじゃないですから!」
靴精が甘葛の靴に触れ、性能を“暖”(ポカポカ)に書き換える。次いで、自分の靴も。
“履いた者の身体を暖める”―― その暖まった身体で、靴精が逝谷に抱きつく。
逝谷の靴の“延命”を書き換えられないため、動ける靴精がフォローに回る形だ。
「……来るぞ!」
叫んだのは、道明寺だった。あまりの極低温に、空気が歪む。
だが、その極低温は――皆の10m手前で、ゆっくりとした動きになる。
引き替えに、雪成の身体を中心に冷気が超速度で放たれる。
尤も、その冷気はEFB級には程遠い。冬の野外程度で、靴精の“暖”で十分凌げる程度だ。
「“冷凍・一斗・轟”(レット・イット・ゴー)――“寒波を操る能力”だ。
1年半前は、巧くコントロールできなかったが――今なら、寒さも速度も、万全だ」
「1年半前……だと? まさか、お前は」
「……すまなかった、道明寺。
私の能力が暴走したせいで、お前を狂わせてしまった」
道明寺が僅かに驚き、雪成がそれに謝罪で返す。
「……そういうモロモロやってる場合じゃねーぞ、二人とも!
会長の冷気が、もう“ニブルヘイム”の冷気とぶつかる。
会長が寒波を操れるったって、EFB兵器に勝てるのか!?」
「無理だ。全力でも、数分凌ぐのが限度だろう。凍結処置の時間が終わるよりも断然短い!
だからその数分で、最後の打開策を探すしかない!」
「でも、もう私達の能力でなんとか出来る方法なんて……」
「――安心しろ。我らが護る」
不意に口を開いたのは、道明寺だった。
その言葉の意味を真っ先に汲み取ったのは、靴精だった。
「ど、道明寺さん…… あなた、いえ、あなた“達”は、まさか……」
「心配するな。1年半前と、何も変わらない。
――友を護るために、全力を尽くす。それだけだ」
1年半前は、唯一の友であった“植物”を護るため。
そして今は、自らを友と呼んだ“人間”を護るため。
「魚沼産コシヒカリよ――すまない。
だが――お前も、私も。もう、孤独ではない」
その瞳には、既に数分前までの狂気はなかった。
「だから、力を貸してくれ――この者達を、護るために!」
さわり、と頭の稲穂が答える様に揺れ―― 朝日に照らされる。
次の瞬間、道明寺の身体を中心に魚沼産コシヒカリが爆発的に増殖する!
「! 何で!?パンデミックは、起こさないって約束したじゃ――」
「違います! これは――道明寺さんと、コシヒカリ達が……!!」
悲鳴を上げる甘葛に、泣きながら靴精が言葉を返す。
靴精には、彼らが何をするかわかっていた。
道明寺が最後に見せた表情が――かつてのあの日の、あの人と重なったから。
その表情は、コシヒカリに遮られてすぐに見えなくなった。
コシヒカリはみるみる間に育ち、殖えていく――だが。
倒れ込んでいる甘葛を、冷気を必死に制御する雪成を、身体を寄せ合う靴精と逝谷を取り込もうとはせず。
その背丈を、通常の米を遙かに超える異常な高さまで伸ばすように『進化』していく。
そして――彼らは自らの葉で、茎で、稲穂で――四人を包むように、ドームを作り上げた。
外の極寒波から護り抜くための、コシヒカリで出来た“温室”を。
増殖する稲は次々に冷気で凍り、枯れて藁屑へと変わっていく――だが、それ故に冷気を中に通さない。
「お前は、死を恐れていたからこそ……
生存能力に特化し、その命を絶やさぬようにした。
その代償は、孤独だった」
ドームの苗を次々に生み出す道明寺を、絶対零度の冷気が襲う。
四肢の末端が凍り付く中、道明寺は呟き続ける。
「だが。あの者達は……
死を恐れぬからこそ、我らと必死に戦い。
死を恐れぬからこそ、我らを越える知恵を見せ。
死を恐れるからこそ、我らも生かそうとしたのだ」
「だから、我らも――死を恐れることなく、彼らを護ろう。
生きて再び、彼らを友と呼べるように――!」
~~~~~~~~~~~~
数時間後。
“ニブルヘイム”が停止し、コシヒカリのドームが役目を終えて枯れ落ちた。
無事に生還した、緑化防止委員と生徒会長が見たものは――
仁王立ちで凍てついた、道明寺羅門の姿だった。
その背に浮かんだ“修羅”の貌は――笑っているように見えた。
2014-08-13T21:23:33+09:00
1407932613
-
本戦SS
https://w.atwiki.jp/dangebirthday/pages/59.html
*本戦SS
このページではダンゲロスSSRの本戦SSを公開します。
&b(){&color(red){ここは、得票数がもっとも多いSSが勝者となる、誰が一番面白いお話を書けるか競いあうインターネット上のゲームを行なっている会場です。}}
**本戦SS
-このページを訪れた方は、誰でもご自由に以下のSS(ショートストーリー)を読んでいってください。
-それぞれのSSを読み比べて、より面白いと思ったお話に投票しましょう!
-面白いと判断する基準はなんでも構いません。貴方が面白いと思ったお話に投票しましょう。
-貴方の投票がゲームの勝者を決める!
&size(14){&bold(){[[【投票する】>http://vote3.ziyu.net/html/randl.html]]}}
※投票締め切りは2014年8月17日(日) 20:59
**第一部隊
|BGCOLOR(silver):CENTER: SS名 |BGCOLOR(silver):CENTER: 引用する幕間SS |BGCOLOR(silver):CENTER: 文字数 |BGCOLOR(silver):CENTER: 備考 |BGCOLOR(silver):CENTER: 朗読予定日 |
| [[ 一発生きてみろ。 ]] | [[ 第一部隊 戦闘前ss ]] | 11852 | | 8/16(土) |
| [[ Let it be a fine day tomorrow. ]] | なし | 12981 | | 8/15(金) |
| [[ 第一部隊その3 ]] | [[ HUNTER×CENTER ]]&br()老理事がいる | 13707 | | 8/14(木) |
**第ニ部隊
|BGCOLOR(silver):CENTER: SS名 |BGCOLOR(silver):CENTER: 引用する幕間SS |BGCOLOR(silver):CENTER: 文字数 |BGCOLOR(silver):CENTER: 備考 |BGCOLOR(silver):CENTER: 朗読予定日 |
| [[ 第二部隊その1 ]] | [[ アナザープロローグ-ありえたかもしれない状況の一つ ]]&br()執行役員全滅 松永の死- &br()[[ 菖蒲の出立・幕間SS ]]&br()探偵について -九歳の探偵-&br() [[ 第二部隊・戦闘前SS ]]&br()いろんなフラグ -菖蒲の告白- | 11590 | | 8/15(金) |
| [[ 第二部隊その2 ]] | なし | 16006 | | 8/16(土) |
**第三部隊
|BGCOLOR(silver):CENTER: SS名 |BGCOLOR(silver):CENTER: 引用する幕間SS |BGCOLOR(silver):CENTER: 文字数 |BGCOLOR(silver):CENTER: 備考 |BGCOLOR(silver):CENTER: 朗読予定日 |
| [[ 第三部隊その1 ]] | なし | 10030 | | 8/15(金) |
| [[ 第三部隊その2」 ]] | なし | 11217 | | 8/14(木) |
| [[ 第三部隊その3 ]] | [[ アナザープロローグ-ありえたかもしれない状況の一つ ]] | 7589 | | 8/15(金) |
**第四部隊
|BGCOLOR(silver):CENTER: SS名 |BGCOLOR(silver):CENTER: 引用する幕間SS |BGCOLOR(silver):CENTER: 文字数 |BGCOLOR(silver):CENTER: 備考 |BGCOLOR(silver):CENTER: 朗読予定日 |
| [[ 第四部隊その1 ]] | なし | 8797 | 遅刻により失格 | 8/14(木) |
| [[ 第四部隊その2 ]] | [[ アナザープロローグ-ありえたかもしれない状況の一つ ]]&br()道明寺羅門により、生徒会執行部の先行部隊が壊滅している。 | 11295 | 遅刻により失格 | 8/14(木) |
| [[ 第四部隊その3 ]] | なし | 9309 | 遅刻により失格 | 8/16(土) |
2014-08-13T20:49:39+09:00
1407930579
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第四部隊その3
https://w.atwiki.jp/dangebirthday/pages/70.html
*第四部隊その3
【AM02:05・新校舎家庭科室】
「いいか、お前ら」
ファタ・モルガーナは隠し切れない苛立ちを声に滲ませながら、緊急対策室――新校舎三階の家庭科室を利用したもの――
の机の上にジョン・雪成から手渡された作戦資料を叩き付けた。
机を挟んで向かい側、椅子の上で胡坐をかいている凶相の少女がファタを睨み付けた。
ぼさぼさの長髪に『投』の文字が刺繍された道士服(と言うのだろうか)、そして異様なシルエットのサイバネアーム。
先程から金属製の爪を歯が欠ける勢いで齧っている。その目付きは剥き身の太刀のように鋭い。
名を津神薫花という。投擲技術に長けた魔人である。
一方、椅子一つ分離れて少女の右隣に腕組みをして座る男が一人。
ハンチング帽を目深に被り、猟銃を携えた小柄な男だ。
この学園の生徒である以上高校生の筈だが、その矮躯から醸し出される殺伐とした重苦しい雰囲気は
とても少年のものとは思えない。それは決して泥や血に汚れた衣服の所為等ではなく、
彼の生きてきた経歴に依るものであろう。
野鳥研究会マスター位階の狙撃手、会沢格である。
「お前らが友達と相棒をぶっ殺されてド頭に来てンのは分かった。
俺だって日本が滅びたら困る。海外逃亡しようにも俺は日本語以外喋れないし、吉野家の牛丼も食えなくなる。
何よりお前らをここに集めた苦労が水の泡になるんだ」
実際ファタは三人が集合するまでに大変な苦労を強いられた。
完全にブチ切れていた津神はファタが下手な事を言った瞬間、機械椀で容赦無く心臓を抉り出しそうな程殺意に満ちていたし、
会沢に至ってはその姿を見つけ出すまでに一時間もの時を費やさなければならなかった。
二人の難物を宥め空かして説き伏せて、ようやくこの教室に集まった頃には午前2時を過ぎていた。
「だが相手は『あの』新潟県の五大災厄だ。よ~~~~く考えろよ、単独で勝てる相手か。
夜明けまでもう四時間しか無い。感情に任せて勝率下げてる場合じゃねえのは分かるだろ」
「……チッ」
耳障りな音を立てて、少女の歯が一部欠けた。
「分かったよ、協力しろッてんだろ。やってやるよ、道明寺とか言うクソ野郎をブッ殺せるならなんだっていい。
悪魔に魂だって売ってやる。この世に生まれてきた事を後悔させてやる」
「……よし、その意気だ。お前はどうだ、会沢」
怨嗟の情を剥き出しにする津神とは対照的に、会沢の目は氷のように冷たく無感情だ。
ハンターの習性故か、殺意を露にする事こそ無いものの、視線には不気味なまでの凄みが宿っている。
「俺に異存は無い。ただし、足を引っ張られるようならその場で抜ける」
「ハッ、こっちの台詞だぜ。アンタが俺の足を引っ張らない保証があるのか?」
「よせ。会沢、それでいい。俺達が足手纏いだと思ったらすぐに見捨ててくれて構わん。
ただし、それまでは運命共同体だ。そうでなきゃ勝てない……早速だが作戦を練るぞ」
三人はまず各々の能力を包み隠さず詳細に語った。ここで能力を騙ったり隠したりするようなら、
その時点で同盟は崩壊する。この局面で本音を晒せない相手に命を預ける事は出来ないし、
不十分な連携では道明寺を倒す事もまた出来ないだろう。全員がそれを理解していた。
「やはり園芸部部室に寄る必要があるな」
ファタが地図に記された部室棟を指先で叩きながら言った。
「アンチ・コシヒカリ・ウイルス。あの鬼無瀬を含む生徒会の精鋭が殺られた以上、
正面からの撃破はこれが無くては可能性すら見えん。資料によれば銃弾すら
かわす程の身体能力が予想されてるしな」
鬼無瀬の名が出ると、津神の目が一層狂猛な光を放った。
激し易い性格であるらしい。頼もしさと同時に、ファタは一抹の不安を覚えた。
道明寺を前にした時、単独で先走らなければ良いのだが。
「経路はどうする。既に1階は道明寺の軍勢が占拠している」
会沢が静かな声色で尋ねた。
彼は己の能力――『人猟機械隊』によって視覚を飛ばしている。
道明寺とその配下……子苗に寄生された犠牲者……達は、百鬼夜行の如く
一階の廊下を緩々と練り歩いている。学園の支配者が誰なのかを誇示するように。
「ここに来るまでにザイルを確保しておいた。これで窓から地上に降りて部室を目指そう」
「誰が行く」
「俺一人だ。お前らはここから援護してくれ」
「一人ィ?」
津神が顔を上げて呻いた。会沢も僅かな身動ぎで動揺を示す。
「今、道明寺達は一階なんだろ。主戦力がそこ集中してる以上、他は手薄の筈だ。
魚沼産コシヒカリがいかに強力でも、子苗の寄生体なら一般的な魔人でも対処可能、と
資料にもある。なら、お前らのような大駒を使うべき場面じゃない」
「……」
会沢は沈思黙考した。
津神も爪を噛みながら何事かを考えているように見える。
「俺達はどこかで博打を打たなきゃならない。なにせ三人しか居ないからな……
だが、アンチ・コシヒカリ・ウイルスを持ち出せれば勝利に大きく近づく。
なら今やるべきだ。道明寺の目が他所に向いている今が好機なんだ」
「ちょっと待てよ」
津神が爪から口を離し、声を上げた。
「そもそも道明寺はこのまま校舎を上がって来るのか?
お前が部室に向かって行くのを察して追いかけて来るかも知れない。
いや、あいつがその気ならこのまま夜明けまで校舎のどこかに潜伏して、
日の出と同時に外に出られたらもうアウトじゃないか」
「いや、それは無い」
「ああ」
会沢が即答し、ファタが相槌を打った。
「なんで言い切れるんだよ!?」
「道明寺の行動を見れば分かる。あいつは中庭で野鳥研究会をわざわざ皆殺しにしてる」
「その上この校舎に迷わず入って行った。単に日の出を待つならもっと他に適した場所がある筈だ。
……奴は明確な殺意を持って行動している。多分この学園の人間を殲滅するつもりだ」
道明寺の行動に合理性を持たせるなら、そう判断するしか無かった。
方法は分からないが、道明寺は生きた人間の位置を知った上で、息の根を止めようとしているのだ。
「……わかった。でももう一つ疑問がある。ファタ、アンタがウイルスを手に入れたとして、
どうやってここまで戻って来るんだ?下には道明寺が陣取ってるんだぞ」
「うん、そこなんだけどな……」
ファタはあえて呼吸を置き、溜めを作った。
「津神、お前の能力を使って貰おうと思う」
――――――――――――――――――――
【AM02:30・新校舎家庭科室】
「本当に大丈夫なのかよ、あいつ」
津神は家庭科室の窓際でザイルを回収しながら、部室棟に向かって駆けて行くファタを眺めて言った。
周囲に敵が居ない事は会沢がドローンによって確認している。
「俺に聞かれても分からん。ただ奴も魔人狩りのプロなら、勝算の無い行動は取らないだろう」
一方会沢は窓よりやや奥、机の上に突っ伏して銃を構えている。不測の事態に備え
いつでも狙撃出来る態勢に入っていた。
「ふん……道明寺は?」
「そろそろ二階に上がって来ようとしている。このペースならここに来るまで後二十分はかかる」
「そうかい」
強いて平静を演じつつ、津神は窓の桟を握り潰しそうになるのを堪えた。
彼女の心中に渦巻く友人を殺された事による怒りは治まるどころか、時が経つ程にどんどん膨れ上がっていく、
……落ち着け、今はまだ。彼女は自分に言い聞かせた。
「ファタが部室に入った。部室棟も無人のようだ」
会沢の無機質な報告が続く。部室に入れば射線の関係で支援射撃は難しくなる。
最も危険なタイミングだが、心配は無さそうだ。やはり道明寺に操られた生徒は
殆どがこの校舎に集まっているのだろう。
津神は鬼無瀬の事を考える。彼女も道明寺の配下となり、生きた屍のように
校舎を徘徊しているのだろうか。雪成の言によれば、その可能性は高い。
……彼女が敵として目の前に現れた時、自分は迷い無く動けるだろうか。
津神の自問は小さな破裂音によって破られた。
「来たぞ、備えろ」
会沢が短く檄を飛ばす。津神は部室棟を見た。園芸部室のある一階を。
そこには何らかのケース……恐らくはウイルスだろう、そう信じたい……を抱えたファタ・モルガーナと、
その後ろで木刀を振り上げ、襲いかからんとする女の姿があった。
――――――――――――――――――――
少なくとも部室からウイルスを持ち出すまでは、拍子抜けする程順調だった。
敵の姿は無く、部室にもあっさり侵入出来た。室内の冷凍庫に保管されていた
アンチ・コシヒカリ・ウイルスのアンプルも首尾よく見つけ、
備え付けのケースに詰め込み、部屋から出ようとした時、トラブルは起きた。
突然部屋の壁が爆発した、ような音が聞こえた。
ファタは既に部室のドアを開けようとしていたので定かでは無いが、
とにかく彼が振り向いた時、壁には今まで無かった大穴が開き、一人の少女が
木刀を手に立っていた。
ファタはその少女を知っている。生徒会の資料に載っていた情報と寸分違わぬ……
否、体のあちこちから苗のような植物が飛び出てはいるが、ほぼ同じ姿形。
鬼無瀬晴観が、幽鬼の如き足取りでこちらに歩いて来る。
「なんっ、で……!?」
戸惑いの声を上げながらも、ファタの判断は素早かった。
今このタイミングで鬼無瀬が現れた理由を考えるよりもここ脱出するのが先決。
即座に踵を返し、廊下に出ると窓をぶち破って中庭へ転がり出た。
最早ガラスの割れる音を気にしている場合では無い。
新校舎に向かって走りながら、こちらを見ている筈の二人に向かって手を振る。
こうした場合の策は既に打ってある。後は手筈通りに行くのを願うだけだ。
と。不意に背部を強かな衝撃が襲った。
「うげッ!がっ……!」
前方に吹き飛ばされたファタは受身を取る事も出来ず、人形のように転がった。
背中を打った影響で呼吸が上手く行かない。
「こ、子苗は、ゴホッ、動きが、トロいんじゃないのかよ……!」
ケースを抱え、立ち上がろうとする。動かねば、死ぬ。
首を捻って後ろを見る。風通しの良くなった廊下から、鬼無瀬晴観が悠々と現れた。
女剣士はファタの姿を認めると、機械的に木刀を振り被った。壁を破壊した一撃が来る。
『魔人狩り』を生業とするファタは、鬼無瀬流の理念についても覚えがあった。
曰く、一撃虐殺――生きる屍と化した今、彼女の剣威は以前のそれとは比べ物にならぬだろうが、
それでも並の魔人程度の体力しかないファタに取っては十分過ぎる脅威であった。
ファタが体勢を立て直す。前へ走る。その速度はゾンビ達とどちらが早かっただろうか。
少なくとも、鬼無瀬晴観が剣を振るよりはずっと遅かったに違いない。
酸素不足で暗く映る視界に、一瞬火花が散った。
響き渡る銃声。一瞬後晴観が木刀を取り落とすのが音で分かった。
本来の鬼無瀬の実力であれば、正面からのライフル狙撃程度は叩き落せたに違いない。
コシヒカリは彼女の意志と共に、剣力の殆ども奪い去ってしまっていた。
更に一瞬後、再び銃声。ファタはもう振り向かない。目の前にザイルが忽然と出現したからだ。
津神薫花の魔人能力『クイックスロー』。運動量、軌道、飛距離はそのままに、速度だけを操作する能力。
彼女の投げたものは、なんであれ光速にも達し得る。ファタはザイルを渾身の力で握り締めた。
――――――――――――――――――――
「(鬼無瀬ちゃん……!)」
少女は無念の声を飲み込んで、再びサイバネアームの特殊機構を作動させた。
スラスターから高温の蒸気が排出され、宙に踊る。
槍投げ選手のように体を捻り、右手に握ったザイルを教室の奥目掛け思い切り『放り投げ』る!
「おおおおおおおっらああああああああ!!!!」
裂帛の気合と共に右手から放たれたザイルは、人間の知覚限界を遥かに超えた一瞬を挟み
端を掴んでいたファタ・モルガーナごと壁に激突した。
「ぐはあっ!うがっ!」
ファタは壁面に叩きつけられ、更に垂直落下後リノリウムの床に腰を打ちつけた。
伏射姿勢を解いた会沢がファタを見る。津神は窓の外、部室棟の方角に顔を向けていた。
「痛ってェ……今日はなんて日だ……最悪にも程がある」
ぼやきながら立ち上がるファタ。その手にはしっかりとケースが握られている。
「それか?ウイルスは」
「ああ。ハプニングはあったがなんとか手に入れた。いい射撃だったぜ、
お陰で助かった。津神も……津神?」
「……ああ、うん。なんでもない。それよりウイルス見せてくれよ」
ファタは何かを言いかけたが、止めた。代わりにケースを机の上に置き、開いた。
二人がそれを覗き込む。
「……あっ」
「……」
「げっ」
ケースに詰めたアンプルは詰め方が甘かったか、はたまた激しい衝撃に晒された為か、
殆どが割れて使い物にならなくなっていた。
「おい、どうするんだよコレ。全部割れてんじゃないか」
「イヤイヤ待て待て、ちゃんと確認しよう。割れてないのがあるかも知れん」
「これはどうだ」
会沢が一本を摘み上げた。紫色の液体に染まったそれは、確かに無事であるようだった。
「……これ、一本だけか」
「クソ、あんだけ痛い思いしたのに……だがまあ、悔やんでも仕方ねぇ。
会沢、それはお前が持っといてくれ。作戦を続けよう……津神、あれでいいな」
「ああ。多分行けるだろ」
ファタが指差したのは教室に備え付けてある消火器であった。
【AM02:45・新校舎三階廊下バリケード前】
「どっせえええええええい!!!」
盛大に蒸気を撒き散らしながら放たれた消火器が、光速で廊下を塞ぐバリケードに激突した。
普通に投げても威力は変わらないが、気分の問題だ。
「道明寺は二階の中程だ。ペースは変わってない」
「そうか……どう思う?」
「どうって、何がだよ」
崩落したバリケードを乗り越えながら津神が問い返す。
「道明寺のスピードだよ。いくらなんでも遅すぎる気がする」
「コシヒカリに寄生された所為で、体感時間も植物並みになってんじゃねーの」
「茶化すなよ。割と真剣な話だ」
「……何らかの狙いがある、と見るのが自然だな」
会沢が静かに答えた。ファタもそれに同意する。
「ああ、多分何かある。こっちも余裕こいてるヒマはねーぜ、さっさと職員室に向かおう」
作戦は至ってシンプルだ。一階まで降りて職員室に入り、更に秘密のエレベータで地下職員室へ移動、
そこに設えてあるEFB兵器を作動させる。生徒会の資料によれば、新校舎全体が完全に凍りつく威力だという。
更なる後に校舎へ戻り、凍りついた道明寺とその配下に完全なる止めを刺す。
エレベータの動かし方も、EFB兵器の起動パスも、生徒会が資料に纏めていた。
三人は駆け足で職員室へと向かう。
「ペースが上がった」
異変を告げたのは当然ながら会沢だった。
「三階に上がった途端だ。かなり早い」
「急ぐぞ」
「おう」
彼等は既に職員室を目前にしていたが、油断の心など生まれる筈も無い。
相手は園芸部長、そして災厄の魚沼産コシヒカリなのである。
職員室の扉を抜け、資料にあったエレベータの起動装置へ一直線に走る。
暗証番号をインプットすると、重低音を響かせてエレベータが動き出した。
「まずい」
会沢が呻いた。同時に校舎が振動する。
「何だ!?」
「視界が途切れた。ドローンがやられたらしい」
「クソッ、まだ来ないのかよ!」
再び振動。先程よりも近い。ファタの脳裏に嫌な推測が浮かび上がる。
恐らく他の二人も同じ事を考えたのだろう、三人はそれぞれの顔を見合わせた。
「……津神、会沢」
「ああ」
「来るなら、殺る」
振動。更に近い……というより、ほぼ真上から崩落音が聞こえた。
同時にエレベータが到着し、扉が開く。
「乗れ!急げ!」
会沢が檄を飛ばした。三人は転がり込むようにエレベータに乗り込み、地階へのスイッチを押した。
扉が閉まろうとする瞬間、轟音と共に職員室の天井が崩壊した。
「……!!」
一瞬……ほんの一瞬だけ、苗の生えた体が見えたような気がした。だが、もう遅い。
扉は音も無く閉じられた。通常の耐魔人設計規格を遥かに凌駕する強度でもって作られたシェルターは、
いかな道明寺といえども突破するまでには相当の時間がかかるだろう。
エレベータが地下に到着した。
「ここが本当の職員室か……だだっ広いな」
津神が率直な感想を述べた。
「EFB兵器の起動装置は……あれか」
会沢が指差したのは黒と黄色の射線で彩られた台座である。
その上には鋼鉄製と見られるカバー付きの突起がある。更にそのすぐ下には入力装置。
ファタは迷う事無く暗証番号を入力し、セフティカバーの外れた起動装置に手をかけた。
「よし……行くぞ」
二人が無言で頷く。ファタは勢い良くレバー型起動装置を下げた。
……遠くで獣が唸るような音が聞こえた。同時にエレベータの入り口がシャッターで封鎖される。
「なんだ?」
「恐らく安全が確保されるまで上がれない仕組みだろう。絶対零度に近い冷気が
吹き荒れてる筈だからな。迂闊に出れば死ぬ」
そう解説しながら床に腰を下ろすファタ。
「さて、詰めの打ち合わせをしておこう。万が一奴が生きていた場合の話だ……」
――――――――――――――――――――
【AM05:55分・地上職員室】
三人の緑化防止委員達は、エレベータの向こうに広がる景色に一瞬言葉を失った。
完全に凍り付いた職員室の中央に、異様な氷のオブジェが聳え立っている。
よくよく見れば、それは折り重なった寄生者達だ。皆一様に内側を向き、
何かに群がるようにして息絶えている。……何かに?決まっている。
「道明寺だ」
津神が唸った。恐らくはあの時、何らかの直感で危機を察した道明寺は、
己の配下を肉布団のように纏わせたのだ。
「死んでると思うか、会沢」
「分からん。分からん以上は生きていると考えた方が良い」
「だよな」
普通に考えればEFB兵器の直撃を受けて生きていられる生物など居ない。
だが、新潟県の魚沼産コシヒカリは誰がどう見ても『普通』の範疇を逸脱している。
新潟に常識は通用しないのだ。
「どうする。アレを使うか」
「それにしたってこの肉壁は通らないな。なんとかして崩さねぇと」
「だったら――」
ファタと会沢は声の主を見た。怒れる復讐鬼は、職員用のテーブルを両手で抱えていた。
「ぶち壊せばいいだろ。アイツが現れるまで、っさあ!」
その場で一回転し、ハンマー投げのように机を氷塊へ投げ付けた。
物凄い衝突音と共に氷片と赤黒い肉が飛び散る。
「うわバカ!もうちょっと考えて――うおお!」
津神は殆ど我を失ったかのような勢いで、その場にあるものを手当たり次第に投げていった。
瞬く間に氷塊は削られ、やがて筋肉質な背中が露出した。鬼の貌のようなものが浮き出た、
異様な火傷跡の刻まれた背中である。
「これは……」
「道明寺……!」
津神の目が爛と輝いた。ファタが制止するよりも早く、会沢がその肩に手をかけていた。
今にも噛み付きそうな表情の津神に、ハンターは一発の弾丸を差し出した。
「さっきのウイルスを仕込んでおいた。恐らく凍り付いた状態の奴には普通に撃ち出しても弾かれる。
お前の手で、直接脳幹に撃ち込むんだ」
そう言って、無骨なアームに弾丸を握らせる。津神は無言で頷いた。
改めて道明寺の背中に向き直る。野球のセットアップフォームのように構え、
上半身を思い切り捻る。そして――。
「あの世で……鬼無瀬ちゃんに土下座しろ!」
弾丸を撃ち込もうとした瞬間――校舎が大きく揺れた。
「何ィ!?」
「地震!?いや、これは……!」
ファタがいち早く事態を察する。苗だ。コシヒカリの苗があらゆる場所から、
異常な速度で伸びてくる!
一瞬の判断で踏み止まった津神が素早く距離を取る。
メキメキと音を立て、苗はどんどん成長していく。
この土壇場で、ファタはようやく真相にたどり着いた。
「校舎が……校舎自体が、道明寺の畑だったのか……!」
何故道明寺があれ程緩慢なペースで校舎を歩いていたのか。彼はただ漫然と進んでいたのでは無く、
道中の至る所に苗を植えていたのだ。恐らくは会沢の監視にもかからないような、極微細な苗を。
『開かずの闇花壇』程徹底された閉鎖空間でも無ければ、日光が無くともコシヒカリは成長し続ける。
その力はコンクリートを砕き、鉄骨もへし曲げる。
「……これで」
今やコシヒカリに占領されつつある職員室に、静かな――しかし不気味な威圧感を湛えた声が響く。
道明寺の背中が蠢き、刻みつけられた鬼の貌が嗤ったような気がした。
「我々の」
ばきりと、致命的な音が響いた。天井に伝った苗が道明寺の開けた穴を押し広げている。
時刻は既に、6時を回っていた。夜明けが来る。
「勝ちだ」
どさり、と尻餅をついたのはファタ・モルガーナだ。彼は深く深く嘆息した。
それが最早無意味な行動であるかもしれないと知りつつも、津神薫花は未だ道明寺を睨み付け、
会沢格は銃口を脳幹へ向けている。
「ああ、これで」
ファタが、
「……これで」
会沢が、
「――――俺達の勝ちだ」
津神が、口角を吊り上げて笑った。太陽光が道明寺に降り注ぐ。
それは生物を育む柔らかな陽の光などでは無く、通常の何百倍、何千倍にも増幅された
死の熱線である。
間を遮ろうとする苗を焼き切り、氷塊を蒸発させ、道明寺の頭上に降り注いだ。
光に照らされた床も一瞬で燃え上がり、溶解し、道明寺の身体を下へ下へと引きずり込んで行く。
「――――~~~~!!!?」
「ファタ・モルガーナ謹製の『天蓋魔鏡』だ。じっくり味わえ」
熱線の正体は、『天蓋魔鏡』によって空気を凸レンズ状に屈折させ、収束率を高めた
太陽光である。焦点温度は実に溶岩の三倍以上、いかに魚沼産コシヒカリといえど
植物である以上、これ程の高熱に晒されれば燃えない訳も無い。
「アアアアアッガア!!グルアアアアッ!!」
獣じみた叫び声を上げ、道明寺が熱線の中でもがく。
原型を留めている床の淵に手をかけるも、瞬く間に放たれた会沢の弾丸がそれを咎めた。
追い討ちをかけるように、津神が飛んだ。角度を付け光速で放たれたのは、
アンチ・コシヒカリ・ウイルスを弾頭に仕込んだ銃弾である。
溶岩を遥かに超える高熱も、一瞬間に通り過ぎるなら殆ど影響は無いだろう。
弾は狙い過たず、園芸の鬼の頭を貫いた。
「ア―――」
効果は劇的だった。道明寺は雷に打たれたかのように震え、全身を硬直させた。
彫像のように固まったまま、道明寺の体はゆっくりと液状化した地面に沈んで行った。
道明寺の姿が見えなくなってから五分後、ファタはようやく『天蓋魔鏡』を解除した。
親株が死滅すれば、子苗もまた同じ運命を辿る。
日本壊滅の危機は回避された。
「……腹減ったな」
懐からぐしゃぐしゃになった煙草を取り出し、火を付けたファタがこぼした。
「米の飯が食いてえ」
「牛丼でも食べに行くか」
会沢が帽子を被り直しながら呟いた。こいつもこういう事言うんだなと、
ファタは少し不思議な気分になった。
「魚沼産じゃなけりゃなんでも良いよ。俺も腹減ったし」
津神が今日初めての純粋な笑顔で同意した。
「じゃあ、報告の前に腹ごしらえするか」
「ああ」
「奢れよおっさん」
「おっさんじゃねえ、俺はまだ20代だ」
「……そうは見えん」
「お前こそ高校生に見えねーんだよ!」
軽口を叩きあいながら、緑化防止委員の三人は崩壊した職員室を後にした。
暁の光が校舎を照らし、今日も希望崎学園の一日が始まろうとしていた。
了
2014-08-13T20:29:11+09:00
1407929351
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第四部隊その2
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**第四部隊その2
眠りにも似た、遠い闇だった。
どれほどの時間をその中で過ごしたのか、今は分からない。
自らが朽ちる明確な死の予感だけが、空間を満たしていたように思う。細い光とともに門が開け放たれた時でさえ、そうだった。
世界の全てに触れる事を禁じられて、その時の俺は植物だった。だからその男が発した言葉の意味も、もしかすると本当には理解できていなかったのかもしれない。
「お前は、私だ」
今となってはかすかで、意味のない記憶だ。
----
*【AM 1:00 希望崎学園 生徒会室】
決死隊を除く、すべての生徒がシェルター内へと退避した頃だろう。最後に一人の生徒が残るとすれば、それは生徒会長のジョン・雪成でなければならなかった。
道明寺羅門が中庭の『開かずの闇花壇』から放った、《新潟》五大災厄のひとつ――魚沼産コシヒカリ。圧倒的な生命力をもって生物の意識を支配し、この世すべての生態系を上書きする。世界終末のひとつの形が今、広大な学園の敷地のどこかに息づいている。
「……津神。今、連絡があった。すぐに残り一人が来る」
生徒会室内を乱す惨状の中、ジョン・雪成は冷然として言った。
少女は今、ひとつの陳列ケースを薙ぎ壊した後だった。息を荒げ、充血した眼球を向ける。床に散ったトロフィーが、足元で砕けた。
その両腕は、凶悪な形状の金属である。本人の獰猛さを象ったかのような、投擲機械腕。
「会長……俺は、俺は駄目だ。園芸者の野郎が鬼無瀬ちゃんを殺したんだ。董花が殺さなきゃ……もう、おさまらない」
「そう。鬼無瀬くんが死んだ。その意味を考えろ」
津神董花には、この事態を収拾するに足る力があるのかもしれない。だが、劇薬だった。この制御不能の罪人を、ジョン・雪成は緑化防止委員へと組み込まなければならない。
事実この場でなければ、雪成の額にも一筋の汗が流れていただろう。それを繕う努力を称えてほしいと考えたこともない。
「かつて君を無傷で逮捕した鬼無瀬くんがだ。彼女だけではない。七人の風紀委員が、すべて。野鳥研究会までもが、道明寺羅門とコシヒカリの前にすべて倒れた」
雪成は一瞬、壁際のソファに視線を向けた。緑化防止委員の二人目。長い狙撃銃を肩に抱えてうずくまる、小柄な男の姿。野鳥研究会の最後の生き残りは、眠っているように静かなままだった。
あるいは死んでいるのかもしれない、と雪成は思った。
「もはや学園の敷地内に、単純戦力で彼らを上回る者は誰もいない。人数を集めることもできない。戦力において劣る生徒を向かわせれば、それは敵の軍勢を増やすだけだ。情報を集め、策を謀り、敵の弱みを突かなければ――道明寺羅門を殺すことは誰にもできない」
雪成の胸ぐらが掴まれた。乱雑な長髪の奥に、激情の瞳がある。
「だからなんなんだ」
「……津神」
「俺じゃあ無駄死にだってのか……アンタの言う、その情報とやらのために、鬼無瀬ちゃんも……無駄死に……捨て駒にされたってのか……答えろ」
「道明寺の暴走は想定されていた。その時点で万全の編成を組んだまでだ。彼女の死は、全力を尽くした結果だ」
「董花は……アンタも許せないんだ。鬼無瀬ちゃんを殺して、平然と座ってやがる、アンタも」
「津神――お前の気持ちは」
分かる、と口にすることはできなかった。この局面においてさえ、彼は自らの感情を吐露することを迷った。生徒会長を続ける中でそうなってしまったのか。
そして。
「……殺してや」
「そこまでだ」
津神の動きが停止していた。
野鳥研究会の男――会沢格が、その時、津神の背後に立っていた。
ソファで眠っていた男が狙撃銃を突きつけるまでの過程を、他の誰も認識できなかった。会沢と正面から相対していたはずの雪成でさえも。
しかしこの時雪成が殺されていたほうが、まだしも良い結果であったかもしれない。
「やる気か。お前……!」
「復讐で殺すのか?」
無感情な声が答えた。
鋸のように、津神の歯が軋む。
状況は確実に悪化していた。
道明寺羅門抹殺を同じく目的とする者であったとしても……魔人学園においてすら異端の二人。戦闘を避ける余地の方が、そもそも少なかったであろう。
金属の巨腕が閃き、引き金の指が動く――その一瞬。
「どーも、お邪魔するぜ」
窓からの声だった。三人の視線を受けて、入室した声の主は唇を曲げて笑った。
「驚くなよ。お呼びの緑化防止委員様だ」
「……遅かったじゃあないか」
「悪いな。もう一つの案件に手間取ってね」
「……誰だ」
「誰?」
機を外れた鉄腕と銃口は、既に下りていた。
あるいはそのタイミングすらも、この男は計算していたのかもしれない。
「――魔人狩り、モルガーナ一族」
……最後の一人。三人目。
「ファタ・モルガーナ」
----
*【AM 1:25 希望崎学園 生徒会室】
頭部を砕かれた屍人の残骸に向けて、ジョン・雪成は短く瞑目したように見えた。もっとも、部外者が個人の感傷を気にかけるべき時ではないのだろう。特にファタのような男は。
「――レスリング部所属、伊達友晴。生徒会執行部。間違いないよな」
「確かだ。先行部隊として出していた……君たちを招集するまでの、足止め役だ」
コシヒカリ抹消の依頼を受けて真っ先に生徒会長から聞き出した情報は、先行部隊の編成内容だった。風紀委員が全滅した以上、この短い時間で生徒会が打てる選択肢は、それほど多くはない。
「……もう一つの案件。寄生者となった彼を探して、倒したのか」
「必要だと思ったからな。伊達の性格も知っている。こいつみたいに頭の回るやつなら」
伊達の上着が無造作に剥がされた。無論、その裏地に仕込まれているものがファタの目的である。
「――特に、必要だ。持ってると思ったぜ。ビデオカメラ……交戦記録を」
「……それは」
「わかってるさ」
本体の損傷に対してビデオカメラが奇跡的に無傷であるのも、偶然ではないのだろう。伊達の魔人能力ならば、物体を包み込み、守ることもできた。
「あんたの命令じゃないだろ? ……こいつが自分で隠し持ってたはずだ。自分が捨て駒である意味を理解できる奴だった」
答えずに、生徒会長は宣言した。
「……。作戦を立案する」
伊達が止めた道明寺の足も、すぐに歩みを始めるだろう。今の緑化防止委員に残された猶予はあまりに少なく、交戦の映像を見る時間すらもごく短いものだった。
早回しの映像がモニタを流れる中、ファタや津神すら口を噤んだ。
「――無理だな」
はじめに、ファタが口を開いた。
「伊達の拘束に加えて、松永の支援。カササギの奇襲。これだけの条件を揃えて接近戦で負ける以上、タネが分かっていても接近戦での見込みはないと見ていいだろ。勝てない相手に近づくな、が一族の掟だ」
「……それは」
やはり彫像のように座り込んだ静止姿勢のまま、会沢が言葉を継ぐ。
「おそらく、遠距離戦闘においても同じことだろう。既に中庭において、野鳥研究会のマスターとアデプトが、奴一人を一斉に追い、撃ち掛けた。脳。心臓。考え得る致命点の全てを撃ちぬいても、奴は止まらなかった」
「ふん。本当かよ。お前らが撃ち損じたんじゃないのか?」
「希望崎の野鳥研究会に――」
訝る津神に返す答えが、その一瞬だけふと、停止したように見えた。
「――失敗は許されない」
一方でファタは、会沢の話を疑ってはいない。得体の知れない連中ではあるが、学園内で魔人狩りを生業としている以上、彼もその狙撃技術を知る一人だ。それだけに、今の状況が難題であった。
(接近戦は悪手。狙撃戦は無意味……だが有効な手段はわかった。殺せるかどうかは別の話だ)
時間は今。講じられる手がひとつでもあるのならば、やるしかないはずだ。
「会長さん。通信機を人数分だ。すぐに化学室をもらう。奴らに除草剤は効かないだろうが、もう少し単純な手段で行く。念のため、備蓄倉庫の鍵もだ」
「……。『子苗』と『親苗』の話が本当ならば、身体から生やす全ての稲が『親苗』ではあるまい」
会沢格も、ファタと同時に立った。彼のような男にも、仲間が必要なのかもしれない。
「道明寺自身の肉体そのものにも中枢があるのだろう。人としての中枢とは異なる、思考し統制する、ひとつの命が。俺はそれを撃つ」
津神董花は二人から少し離れて、伊達の死骸を見下ろしたままだった。
「俺は、よく分からねえけど……やるよ。道明寺は許せねえ。絶対にぶっ殺してやりたい――だけどさ」
自らの感情に戸惑っているような声色で、続けた。
「俺が突っ込んで死んでも、なんにもならない相手だ。鬼無瀬ちゃんも……死んだ連中が教えてくれてるんだ。それが分かんなきゃ、本物のバカになるところだ」
三人の緑化防止委員を見て、ジョン・雪成は一人、生徒会長の椅子へと座した。そしてあらゆる感情を表に出さぬまま、言った。
「すべての犠牲は僕の責任だ――済まなかった」
短刀が右親指を切断していた。自身の鮮血が顔に散ってなお、生徒会長は僅かに眉を顰めたのみであった。
「……EFB兵器。職員用シェルター内部に、最終手段としての無差別凍結兵器が格納されている。あらゆる手段が潰えたならば、この指で認証を解除し……撃て。全てを死滅させる兵器だ。コシヒカリもそうなるかもしれない」
冷や汗が机の上に落ちた。生徒会長はこの時も、声を震わせないよう努めたように見えた。しかし、できなかった。
「認証を解除するのはこの指だ。極刑だろうと何だろうと、すべての責任は僕が持つ。それでも……例えそうだとしても、この学園からは世界を滅びさせてはいけない。この学園からだけは! 希望崎学園は生徒の誰もが、生徒会が……僕が、守り続けてきた学園だからだ!」
「君たちが緑化防止委員だ。コシヒカリを抹消し――世界を、救え!」
----
*【AM 2:00 希望崎学園 新校舎】
校舎屋上から見たそれは、秋の稲穂のさざ波のようでもあった。魚沼産コシヒカリに生命と精神を喰われ、揃って風に揺れるだけの、意思なき亡者の群れ。
そのどこかに鬼無瀬晴観も存在する筈だったが、津神董花は不思議と醒めた意識でその光景を受け入れることができた。今は、憎悪を制御せねばならなかった。
(この憎悪は、董花の心だ。誰がなんと言おうと、これが……董花自身の力なんだ)
津神董花は園芸者を憎んでいた。今も、昔も。鬼無瀬を奪った世界の全てや、かつての友人を奪った世界の全てと同じように、自分から腕を奪った、あの日の。弓を引き絞るかのような怒りの集束とともに、津神はその瞬間を待った。
だから津神董花の力は、殺意を到達させるための力だ。拳では届かないところでヘラヘラと笑っているような相手を、自分の力で殴り飛ばすための。
異形の右腕に並ぶ金属のノズルが、加速の予感に熱を帯びた。
今、眼下の遠くに見えている。鬼無瀬を殺した張本人。津神にとっての邪悪が。
亡者の群れに紛れる農作業服を見逃すヘマはしない――あれが道明寺羅門の本体。
コシヒカリ寄生者に守られている。もしかすると、相手も狙撃を警戒しているのか。だが、所詮は亡者だ。怒りを集中する。集中する。そして。
(今だ)
しかし射線が通った刹那。
コシヒカリの主は屋上を、津神を見ていた。既に。
「気付い、」
ヒウ、と細い絶叫のような音だけが鳴った。
道明寺の胴体は貫かれていた。
一切の反応を許さず。
0秒で到達した。
「――ても遅いんだよッ!!」
『クイックスロー』という。
軌道と運動エネルギーを保ったままに、自ら投擲した物体の速度を操作する魔人能力。命中の軌道が確定していれば、それは命中する。無限速度の投擲を回避し得る概念は存在しないからだ。
例えあの園芸の修羅を相手取ったとしても、津神董花が投げる限り、そうなる。
「おお」
道明寺は感嘆のような呻きを漏らして、胸を貫いた長大な投擲物を見た。
アンカーボルト。本来ならば学園を補修するべき建材が今、道明寺を貫いて、大地に固定していた。
「見るよな。何が飛んできたのか見る。余裕ぶりやがって……俺の能力を食らった奴は、絶対に見るんだ――そこだ」
死角となった道明寺の頭上から、何かが急降下した。同時に道明寺の首元からは、槍の如き硬質な稲が。一瞬にしてそれを迎撃し、ズタズタに寸断した。肉と骨でできた飛行物体は弾けて、ビニールシートに包まれていた液体が散った。
「……燃料か」
一拍の後、道明寺羅門は巨大な一個の松明と化した。
----
*【同時刻 希望崎学園 芸術校舎前】
「先行部隊が試みた攻撃の中で、アンタに絶対に有効だったものが二つある」
窓の形に組んだ指を通して、ファタ・モルガーナは遠くの戦況を把握していた。これは、空気密度を操作する『天蓋魔鏡』という魔人能力によるものである。局所的に蜃気楼を再現すれば、遠近のみならず上下左右の補正すら自在に、光景を映し出すことができる。
「ひとつは生徒会執行部臨時役員、カササギの能力『赤睡童』。お前はそれを防御したな。そして、もうひとつは」
新校舎の屋上から津神が逃げ去るのが見える。それで構わない。ファタの呼びかけは遠く道明寺に向けてのものでもあるが、通信機を通し、彼の把握した弱点を繰り返し共有するためのものでもある。
「――炎だ。仮に鬼無瀬晴観の『遮莫刃戮』を受けて生きているのだとしたら、アンタに血液は流れていない。今や稲と籾だけが、アンタの肉体のすべてだ。稲の水分量は25%――人間の60%に対して、これは圧倒的な弱点だ」
地面に固定されたままの道明寺の身体が、再び二度三度と、不自然に揺れた。燃える頭部から、籾が流れ落ちている。ヘッドショット。これは会沢の狙撃だ。津神の投擲と混同させ、反撃の方向を絞らせない。
(もしかしたら、このまま)
魔人狩りを専門とするファタの戦術に、間違いはないと思われた。徹底的に距離を保ち、燃え続ける炎によって『親苗』を焼却する。
(アンタの射程距離の中では……絶対に、戦わないぞ。道明寺)
だが、異変はその時既に起こりつつあった。
道明寺羅門の周囲に存在するコシヒカリ寄生者が、密集するかの如く集まり――
「……何をやってる」
酸素供給を絶って焼却するのならば遅い。そしてコシヒカリ寄生者の体内組成が道明寺羅門と同様であるとすれば、自らさらなる薪を投下しているようなものだ。
……だが、故にこれは異常事態だ。魔人狩りとしてのファタの直感が、危機を知らせた。
「まずい」
----
*【AM 2:06 希望崎学園 新校舎前】
無数のコシヒカリ寄生者の只中に姿勢を丸め、道明寺羅門は停止していた。
「――環境が我々を育てる」
地中へと響かせているような、低い呟きである。
「生徒会執行部との戦闘経験は、僅かに役に立った。炎……確かに、我々が克服しなければならないものだ」
道明寺羅門は、無意味にコシヒカリ寄生者を引き連れていたわけではない。体内の組成がスポンジの如き稲の構造体だとすれば、その隙間に大量の水分を含むことができる。
予め水を含ませておけば、それらが密集することで互いの炎を消火することができる。『炎』に対してひとつの組織として動く、群としての防衛機構。生徒会執行部の爆破能力者――松永と同種の魔人との戦闘を想定し、自らを品種改良した結果だった。
「そして」
無造作に繰り出した手刀は、胸を貫いた建築用アンカーボルトをたやすく切断した。
屈んだ姿勢のまま、もう一撃を自らの足裏に繰り出す。ばちり、と鋼鉄のアンカーよりも硬質な破裂音が響き、それも切断された。
――遥か地中へと伸びた、コシヒカリの維管束であった。ポンプの如く地下水を汲み上げる導管が、道明寺羅門の機能中枢を炎の熱から守っている。
「当然、お前たちも見せてくれるのであろう。環境への適応と、進化を」
道明寺の右腕が、ごぼり、と膨れ上がった。ガラガラと反響を続ける不穏な音を、敵は聞くことすらないだろう。
コシヒカリ寄生者を密集させたのは、追撃への防御であると同時に……この必殺の『品種改良』を、新たな外敵の目より隠すためのものである。
数十秒の後、呟く。
「狙撃の二発目は、あちらか」
無造作に向けた右腕が、爆ぜた。
----
*【AM 2:09 希望崎学園 職員校舎】
《――仕掛けてくるぞ!》
通信機からのファタの警告が、静寂を破った。炎に包まれていたはずの敵は亡者の群れに隠れて、今は動かないように見える。
会沢は迷わず銃を引き、その場を駈け出した。
一手遅かった。
空気のうなりが会沢の背を追って、そして全てを突き抜けていった。職員校舎の壁面の全てを不気味な弾痕がえぐり、同時に会沢の左腿と右肋が、熱とともに喪失した。
(遠距離攻撃――)
別の魔人能力者の攻撃であるとは、考えられない。手段は不明だが、道明寺羅門とコシヒカリは、広範囲の破壊を引き起こし得る異様な成長を遂げているに違いなかった。
《職員校舎だ!》
《……ッ、会沢の方だろそれ!》
《会沢、生きているなら応答しろ》
《……》
《会沢》
《おい会沢ッ! 返事しろよッ!》
返事の代わりに、会沢は少しの血を吐いた。脇を抜けて肋骨が削られただけだが、衝撃で肺が破れたはずだ。ズタズタになった左腿は、見るまでもなかった。動脈が破裂している。
「……無事だ。気にするな」
嘘ではない。両手はまだ無事だ。道明寺羅門を倒すのならば、それで十分だ。
「敵は銃弾のような何かを大量に飛ばして攻撃してきた。範囲だけでなく、射程距離も長い……。これは」
即席の止血布を巻く途中で、太腿の肉に食い込んだものの正体に気づく。籾。既に血をずいぶん失ったが、それを分析できる余裕はあった。
「――籾。敵の能力は、籾の散弾だ」
《……だとしたら、成長速度が速すぎるぜ。手に負えねえ》
……脱穀。道明寺羅門が園芸者として身につけた技術を、コシヒカリの肉体に作用できるのだとすれば。その一本一本が強靭な筋繊維の如く道明寺の肉体を回転機と化し、ガトリング砲を遙か凌駕する出力で『弾丸』の射出が可能であるかもしれない。
《だが敵はアンタを仕留めたと思っているはずだ。決して動くな》
「分かっている。それに」
会沢は上空を見た。
「どうにか、能力を解除せずに済んだ」
道明寺が仮に職員校舎からの狙撃に気づいたのならば幸いだ。こちらの方向に意識を向けはしないだろう。
夜空に切り取られたように、二つの影が浮遊している。先ほど燃料を投下したのと同じ種類の飛行機械だ。肉と骨で構成された、異形の無人回転翼機(ドローン)。
会沢格はこの力を『人猟機械隊』と名付けている。動物の肉と骨――例えば、道中にあった生徒の死骸――を、狩猟のための偵察機械として再構成する、悍ましい能力。精密な動作は得手でないとしても、単純に物体を括りつけることはできる。
「人間サイズの二機では、『浮かせる』のが精一杯だが」
《残り一機だったよな。そいつもコントロールできると思うか?》
「……やってみよう」
会沢は脂汗を拭った。屋上を染める血を眺めながら、ふと弾を装填する手が止まる。
藤崎さえいれば、この結果も違っただろうか。
(馬鹿な事を考えるな。今更――)
大物を前にして、恐怖と雑念が過ぎる。他ならぬ会沢がそうであったから。
(俺が藤崎を殺したんだ)
----
*【AM 2:11 希望崎学園 新校舎前】
再び緩慢な歩みを進めた道明寺の歩む矢先で、地面が弾けた。
夜の闇のために狙撃方向は不明瞭だが、拳大にえぐれた穴は銃弾の質量ではない。最初の投擲使い。
「まだ、もうひとつあったか。新たな外敵は二人――」
再び爆炎が夜を染めた。今投擲されたものが、恐らく化学部などからかき集めた爆薬の類。
単に炎に撒くのみであれば、先と同じ手段だ。
「――そして、またも炎か。そうか」
道明寺はあるいは、感嘆の声を上げたのかもしれなかった。園芸の修羅が見る炎は、たった今突き刺さった爆薬からの炎ではなく――
「その手で、我々の進軍を防ぐか。面白い」
猛火を巻き上げて落ちゆく、新校舎そのものであった。
校舎そのものを巨大な炎の壁として、希望崎大橋に続く経路を。軍勢と一体である道明寺羅門は、再び大きな迂回を強いられる状況にある。
肉体が脆弱である代わり、上位の生命種に対抗する武器を得たものが人間だ。そしてこの策を巡らせている人間は、恐らくその意味で、これまで戦った誰よりも強い。
「――二人ではない」
その瞬間、再びの投擲弾が右肩に突き刺さる。爆裂が表皮と内部の稲を焼き、筋繊維のような構造が露出する。
意に介さず、道明寺は自らの軍勢に知らせた。
「三人だ。攻撃を仕掛けない三人目が、何処かにいるな」
三発目が道明寺の頭部を直撃し、またも爆炎が包んだ。
彼はまだ、思考のようなものを行うことはできる。この敵の場合……まだ、ライフルの狙撃手の時のように、散弾で敵の方角を一掃することができない。
「移動しているか……だとしたら弾薬の補充はどうする……なかなかに試してくれる」
表情を変えぬまま、独言のみがボソボソと響く。敵は最初、新校舎屋上にいたはずだ。だが、新校舎は炎上した。燃料と発火装置の仕掛け。それ自体は容易いトリックだろう。だがこの短時間でどうやって脱出する? 今はどこにいる? 道明寺羅門にとって、危険なのはそこだ。
炎の中に無数の影が映る。明らかなデコイ。これが三人目の能力か。
――投擲手の方角が分からない。
----
*【AM 2:23 希望崎学園 新校舎前】
津神董花は上空に居た。
腰と背に括った、会沢の飛行機械。漂うのみの挙動しかできないが、この不安定な状況からも、津神が極めた投術は標的に命中させることができる。そして爆薬弾は、直撃でなくとも道明寺の表皮をえぐり、ダメージを蓄積させる。
職員校舎からの狙撃に注意が向いた道明寺は、直上から投擲が降るとは認識できないだろう。何よりもそれは、無限の速度で落下する『クイックスロー』の投擲弾だ。
「会沢。次だ」
手元に飛来したネズミ大の飛行機械を、握りつぶすように掴みとる。『人猟機械隊』――その三機目。爆薬弾を仕込んである。弾薬の実際の管理者は、職員校舎の会沢だ。
ブースターノズルの点火を抑えた静音投擲が、再び破裂音と共に道明寺を打った。
「……まだ倒れない」
《いいや、逆に言えば、道明寺はまだ気づいちゃいない。何度か直撃弾を与えても、反撃に転ずる様子がないからな……だが、あるいは》
その場にある実体を投げつける津神の投術では本来、空中での給弾は不可能だ。それが上空を意識できない理由のひとつとなる。
《その場を動かないこと自体が、異常な耐久力のタネかもしれないな……地面から養分や水分を吸って、その場でダメージを回復している》
《攻撃間隔を狭める。このまま夜明けまで耐える可能性がある》
会沢の声が割り込んだ。津神はその声色に、僅かな焦りを感じている。
「そうだな。やるしか」
その時、津神は背骨を突き刺すような黒い予感を覚えた。
久しく感じたことのなかった、死だった。表皮の全てが焦げ落ちた道明寺羅門が、剥き出しの繊維で空中の津神董花を見上げていた。
「例えば……稲に本来、そのような生態がなくとも」
笑いだった。
「この校舎に無限に存在する『小苗』の視界に、地下茎を張って接続できるかもしれない。進化は――可能性だ。限界を知った今、我々は再び成長できた」
(どうして。どうしてだ、董花の場所がバレた。董花のせいなのか。ああ、また董花のせいで、皆が)
《――津神!》
通信機越しに叫んだのが誰なのかも分からなかった。けれどその時既に、津神の手中には次の投擲弾が収まっていた。やけに速いなと、場違いな感想が過ぎった。
「笑うな」
「ああ。感謝するぞ」
道明寺は、異様に膨張した左腕を津神へと差し向けていた。回避する余地はなかった。
「わ、ら……う、なぁああああああああああっ!!!」
射線が交わり、遅れて轟音が空を揺らした。
緑化防止委員の一人、津神董花は、呆気無く、蚊蜻蛉のように墜落した。
全ての策が潰えた。
----
*【AM 2:30 希望崎学園 職員校舎】
「……どうして、ここに来た」
現れた男を前に、会沢は力なく呻いた。もはや魔人能力のコントロールも覚束ない、失血死を待つのみの体だった。
時間から考えても、会沢が攻撃を受けた直後の無線から、すでにファタはこの場に向かっていたのかもしれない。
「どうしてだろうな。魔人狩りの一族の勘でね。自分から死にたいやつっていうのは、なんとなく分かる」
世界の終末の瀬戸際で、ファタはなんでもないことのように座った。
「どうして人間は、死のうと思うんだろうな。動物でもいいが……たまにアンタみたいに、死にたいと思いながら生きているようなやつがいる」
「俺の場合は」
会沢は答えた。生徒会室で出会った時から、ファタにはこういった空気を作る力があったようにも思う。生徒会長とも執行役員とも、面識があるようだった。
それは獣に紛れて野山に潜み、孤独と共に技を磨いてきた会沢にはない力なのだろう。
「自分の半身が、この世にいないからだ。……狙撃手がこの世で気を許す事のできる者は、一人しかいない」
「――観測手か。俺もおかしいと思っていたよ。狙撃手が一人で、緑化防止委員なんかに志願してるんだからな」
「俺は臆病な男だ」
だから大物を狩ることができない。藤崎が盾となって、道明寺の足を止めたその時。もしかしたら、その獲物を仕留める絶好の機会だった。その時――
「俺は」
ハンチング帽で深く目元を隠して、会沢は言った。
「誤射をした。家族よりも信頼する自分自身を、俺は殺した」
――希望崎の野鳥研究会に、失敗は許されない。
「だから藤崎が死んだ後は、臆病でないようにいたかったんだ。道明寺にも。俺自身の死にも……それだけだ。どいてくれ」
「……」
「津神のくれた最後のチャンスだ。俺が撃つ」
----
*【AM 2:30 希望崎学園 新校舎】
籾の散弾が直撃する寸前、飛行機械が解除されたためか。あるいは飛行機械そのものが、直撃の寸前に肉壁となったのか。どちらにしろ、偶然に違いなかった。
「……生きてる」
「そうだ。しかし、すぐに死ぬ。この世のすべてがそうなる」
「道明寺……アンタさ……」
墜落した津神董花は、弱々しく笑った。
「もしかして、俺と会ったことがあるよな?」
そうだ。笑って人間の腕を切り落とす者が園芸者だったとしたら、もしかしたらあの時、暗闇の奥から津神を助けだした男も、そうだったかもしれない。
今となってはかすかで、意味のない記憶だ。
「ふ。そうであったかもしれない」
「俺とアンタの、どこが同じなんだろうな……」
死の満ちる暗闇の中。津神が願っていたことはひとつだった。道明寺羅門の渇望と、遠く異郷の地に閉ざされたコシヒカリの願いも、それは表裏で一体の願いだったのだろう。
「死ぬのはさ、怖いよな」
「……」
それは遍く生命に不変のものだ。生きたいという願い。生きて、この世界の朝日を見たい。
「……やっぱりアンタも、怖かったんだよ」
銃声があった。
「…………。怖い、だと?」
津神董花は、園芸の修羅の胸に開いた風穴を見た。
本来の道明寺であれば、それは反応できた射撃であるはずだった。
寄生体からの無数の情報を得るべく張り巡らせた体内の維管束は、道明寺羅門の体内にある、真の『親苗』の一粒に集積していた。津神が撃ち込んだ最後のひとつの――『四機目』の飛行機械の目が、その位置を捉えていた。会沢格が観測手の眼球で作った、それが最後の形見であった。
「道明寺」
「……。ふ。そうだったかもしれない」
それは自嘲の笑いだっただろうか。
----
*【AM 2:30 希望崎学園 新校舎】
「――会沢。やったぞ。お前が」
蜃気楼のレンズを解除しながら、ファタは静かにライフルから顔を上げた。会沢にもはや、最後の一射を撃つだけの体力はなかった。
「俺は狙撃の経験なんて、殆どなかったのにな……大した観測手だ、お前は」
『親苗』の位置を教えたきり、会沢が口を開くことはなかった。
ファタもそれを理解している。
「……じゃあな」
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*【AM 6:00 希望崎学園 新校舎】
今、ひとつの世界の終幕が避けられた。
それは道明寺羅門が求めた、何をも犠牲にする価値のある光だった。
生命のすべてが求める光。
――希望崎に、朝の陽の光が昇る。
2014-08-13T20:26:53+09:00
1407929213
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第四部隊その1
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*第四部隊その1
午前零時三十二分。希望崎学園生徒会室。
『会長、園芸部関連施設、どれも爆破された後のようです……』
「爆破……
会長・須能=ジョン=雪成は斥候に出した役員からの報告に独り、眉間の皺を深くした。
今や魚沼産コシヒカリの使徒と化した魔人・道明寺羅門が属していた園芸部。その部室ならば何か彼の弱点になり得るもの――例えば強力な除草剤など――が眠っているやも知れぬ、との期待を込めて探しに行かせたのだが、今の報告はその期待が打ち砕かれたことを意味していた。
『隣の部室まで吹き飛んでいて、部員らしき死体も転がってます。道明寺の仕業なんでしょうが、滅茶苦茶ですね……』
「目ぼしいものは見当たらないということか?」
『……探してますが、爆発の中、無事な物も殆ど無くて、知識の無い僕では限界が……』
「そうか……わかった。しかし探索は全力で続けてくれ」
そう言って、雪成は役員との通信を切る。
「足止め」に出した戦闘力の高い魔人役員に少し前、ここを発った「緑化防止委員」の面々。道明寺を阻む戦士達に支援できる&ruby(もの){物資}が現状では無いと理解すると、雪成は苦々しく足下を見た。
この遥か下。堅牢なシェルター内に引き篭もっている教師ら。彼らが自分達の立場のためにEFB兵器のトリガーを引くのは討伐の報告が無いまま夜明けを迎えるか、或いはそれ以前に、決死隊が全滅した時。
「……
カーテンを開ければ、窓からは紅い月の下がる夜空を覗けた。
この月天の下、戦う者達。世界では無く、希望崎学園の運命はまさに彼らに委ねられている。
「会沢、ファタ、津神」
月を仰ぎ、三人の名を呼ぶ。ちょうど鴉と思しき複数の鳥影が、断末魔にも似た嘶きを発しながらその月を横切って行くところだった。
・・・
芸術校舎脇。
夜風が吹くと、一面に実った稲穂の海がゆらりと波打つように揺れる。
美しい光景と言えるかも知れない。それらの稲が地面に転がる死体から生えたものと知らなければ。
稲畑の中に人影が四つ立っていた。
「なんてこった……
四人の一人、ファタ=モルガーナはそう漏らした。
悪魔の穀物・魚沼産コシヒカリ。今足下を覆うのがそれだ。
転がっている死体はどれもそのコシヒカリの子苗を植え付けられ、尖兵とされた者達だった。戦力としては物の数では無かったが、しかし大ダメージを負い、活動停止したその&ruby(むくろ){骸}からはコシヒカリが恐ろしい速さで生え出し、このような光景を成したのだ。
「お前達は、どうなりたい?」
眼前の男が低い声で尋ねる。麦わら帽子、首に巻いた手ぬぐい。如何にも田植えが似合いそうな風体だった。事実、この死体達にコシヒカリを植えたのはこの男。
園芸部部長・道明寺羅門。
「一度、我らが兵となってみるか、それともそのままコシヒカリの苗床となるか。
或いは同じ兵でも、この娘のようになるか」
道明寺は傍らの少女を指してそう言う。木刀を手にした少女だ。人としての名は鬼無瀬晴観。風紀委員として『開かずの闇花壇』に立ち入る道明寺に随伴した一人。つまりは道明寺の最初の犠牲者。
「鬼無瀬ちゃん……
ファタの隣、津神董花が弱々しく名を呼んだ。ファタは事情を知らないが、二人は友人同士であった。董花は晴観が道明寺に殺されたと知り、道明寺を討たんと参戦したのだ。しかし今、晴観は道明寺の傀儡と化し、こうして剣を向けている。
晴観が名を呼ばれたことへの反応を見せず、手にした木刀を大上段に構えた。生前と変わらぬその姿は、彼女の剣名を知らないファタにも尋常ならざる威力の程を予感させる。
数瞬の沈黙。二人の背中を冷たい汗が伝った直後――。
渾身の力を以って、晴観が木刀を振り下ろした。
「くっ」
「っ!?」
董花がファタを横に突き飛ばし、その反動で自身も逆に跳ぶ。
直後、二人が立っていた地面が轟音と共に爆ぜる。舗装に土砂、死体の肉片、コシヒカリが飛沫の如くに舞い散った。
直接打った地面には凹み一つ無い。物体を伝播して威力が届く遠当ての剣、鬼無瀬時限流“&ruby(てつはう){徹這}”。回避が遅れれば二人共下肢をもがれていただろう。
「サンキュー、津神ちゃ……
助かった、と言おうと見やった先、董花に晴観が迫っていた。
今度は木刀を背に隠すよう持っているが、対する董花は呆けたように立ち尽くしている。
(何やって……!)
晴観が袈裟懸けの斬撃を見舞う。
鬼無瀬時限流“&ruby(ぎりしゃび){斬射飛}”!
董花を両断し、剣圧で遥か後ろの校舎も深く抉る。
が。
「は、あっ……
実際、董花に剣は当たっていない。晴観の一撃はずれた方向へと繰り出され、虚空を斬るだけに終わった。
「幻術、か?」
「津神っ!! 剣を抑えろ馬鹿!!」
道明寺の評の直後、インカムも無視したファタの罵声に董花はハッとする。
空振った木刀を晴観が逆袈裟に斬り上げる。
「りゃっ!」
剣撃が胴を捉える前にサイバネアームで防御。鬼無瀬の剛剣とはいえサイバネ相手に硬度と圧し合いでは分が悪い。高速回転する手首に触れ、木肌は耳障りな音を立てて削り取られる。
(&ruby(サーモバリック){『遮莫刃戮』}が来るか?)
零距離で放つ晴観の魔人能力を知る董花は腕を離そうとする、が。
(あっ……)
それより前、晴観の背後に迫り、棍を振り上げるファタの姿に目を奪われていた。
「やめっ」
思わず制止していたが、ファタが聞くはずも無い。
「だあらっ!!」
晴観が気づいて振り返るより先に、棍の一撃が頭頂部にヒットした。
頭蓋が音を立てて砕け、内部でゲル状の何かが潰れる感触が手から伝わる。
(殺った……)
コシヒカリに寄生されたとはいえ、一文字剛直の頑強さには及ぶべくも無い。
しかし更に念を入れ、顔面、側頭、首と棍で三度殴打を加える。
「あっ……あっ」
呆けた董花が見下ろすなか、晴観は木刀を落とし、激しく痙攣する。
ひしゃげた耳や鼻孔からは緑色の茎のようなものが這い出していた。
「鬼無瀬……ちゃん……」
パンッ!
名を呼んだ直後、ファタの平手が董花の頬を打つ。
「あっ」
「……友達なのか知らんが、まだそこにいるだろう、敵が、仇が」
指した先には、一連の戦いをただ見ていた道明寺羅門の姿があった。二人の視線を浴び、その口元に微かな笑みを浮かべる。
(二人がかりで来ない……舐めやがって……)
漸く、道明寺は動きを見せた。それでもゆるりと、道明寺は歩きで間合いを詰める。
「道明寺……よくも鬼無瀬ちゃんを」
董花が呟く。ファタにもわざとらしい台詞に思われたが、指摘は当然しなかった。
「死ね……死ねっ!」
董花が仕込み鏢を一斉に放つ。『クイックスロー』で加速した鏢は全てが、道明寺の(人体で言えば)急所へと突き刺さった。
「これが何だ? 虫食いの方がよほど痛いぞ」
眉間に刺さっても平然と迫る。
更に、足下に転がる死体の肉片を次々と投げた。命中する度道明寺は血肉に塗れるが、やはり何一つダメージになってはいなかった。
「なら……
董花は腰から下げた火炎瓶に手をかける。生徒会室の物資から預かってきた武器だ。コシヒカリといえど植物。火をつけられて生きてはいられまい、とのことで持ってきたのだが、道明寺の方はそれを見て臆した様子は見られない。
「まあ、待てって」
黙っていたファタが前に出、董花の前に立ち塞がった。
「火炎瓶なんかより先に、俺のとっておきを見てもらうぜ」
「ファタ君?」
董花が驚き、道明寺も不可解さに眉を顰める中、ファタは棍を捨て、構えを取った。
両掌を合わせ、開いて指を軽く曲げる。龍の口を象るかのようだった。
「なんだ、それは……
道明寺が問う。奇妙なポーズに対してでは無い。ファタの構えた手の周囲が歪んで映る、その現象についてだ。
「俺の真の能力……超重力空間を弾にして放つ。幻覚は余りの重力に光が歪んで起こる副作用さ。一度撃つと三日は動けなくなるんだが、そんなこと言ってる場合じゃ無さそうだ」
董花はハッタリにしてもそれは無いのではと思うが、しかし事実、道明寺の注意を惹きつけることには成功していた。
「さあ、受けてみろ道明寺! 俺の――
「溜め」を終えると、掌を大きく突き出し、叫ぶ。
「&ruby(グラビティパーム){重力掌弾}!!!」
爽やかな風が吹き、地面や道明寺の稲穂を揺らす。それだけだった。
「なんだ、これは――うっ!?」
怒りの篭った道明寺の言葉が、突如呻き声へと変わった。
同時にファタは董花ごと背中で押すようにバックステップで後退しつつ、叫ぶ!
「投げろ! 津神!」
董花は腰の火炎瓶を外すとサイバネアーム同士を擦り合わせ、火花で栓をする布に着火。頭上を越して弧を描くよう投げる。
瞬時に着弾、引火……爆発!
「よっしゃ
「なっ!?
本来の威力を遥かに越えた巨大な爆炎があがり、道明寺の全身を包み込む。
二人も熱風に吹き飛ばされ、稲穂の海に倒れ込みながらも爆炎から、その内でもがく黒い影から目を離そうとしない。
「何なんだ、さっきの?」
「酸素」
董花の疑問に、ファタは極めて簡潔に答える。
ファタは大気中の酸素のみを圧縮し、極めて高密度な酸素弾を生成していた。その状態で能力を解除したことで解き放たれた酸素は周囲の大気を押しのけて一気に拡散し、道明寺の周囲は異常に酸素濃度の高い空間となる。
酸素濃度の高い空気を吸入したことで道明寺は酸素中毒を起こし、そこに投げ込んだ火炎瓶は爆発的な燃焼でその体を包み込む。
「読んでて良かったジョジョ6部」
満足気なファタと何が何だかという様子の董花の眼前で、道明寺はますます激しく燃え上がり、そしてついに地面に倒れて動かなくなった。
董花が「風切羽」で火を吹き消すと、道明寺は黒い人型の塊となっていた。頭部に瓦礫を叩きつけるとあっさりと崩れ、苗の絡みついた脳が溢れる。
「やった……のか?」
「多分、多分な」
不安げな董花の問いに不安げに答えると、数瞬あって董花は「うっうっ」と嗚咽を始める。
「津神ちゃん……
「見ないで……
感無量、という涙では無いのはファタにもわかっていた。
友の仇を取る決意を固めていたのに、操られた友を前にした自分が、あまりに無様だったのだろう。許せなかったのだろう、と。
自分も手を上げた手前、適当な慰めの言葉をかける気にもなれず、視線を逸らす。その先には、道明寺の死体。
(死んでいる……間違いなく死んでるはずだ。中の苗も半分焦げてる)
そう自分に言い聞かせるも、不安は拭えなかった。
(奴はおかしかった。鬼無瀬と二人がかりなら俺達に勝てていたはずだ。
本当に舐めてて勝機を逃したのか……?)
あまりに不自然なのも事実だが、しかし道明寺は死んでいるという、更に厳然たる事実がある。
(気にし過ぎか……)
「鬼無瀬ちゃんっ!」
唐突に董花が声をあげ、駆け寄った先は鬼無瀬晴観の死体があった。ファタもつられて目をやれば、晴観は何と動いていた。手足を使ってズルズルと這うようにしている。
頭部が原型を留めない程殴られながらまだ息が、否、コシヒカリに操られる余地がある。
近くで見ればその様はあまりに悍ましい。
「殺さなきゃ、いけないんだよね」
「ああ……いや、待て」
同意しかけて慌てて否定する。ファタが疑問を覚えたのは晴観の動きだった。
子苗を植え付けられた生物は本体である親苗を守るよう行動する。雪成はそう語っていた。
晴観に寄生していたのは他の小苗と異なるようだが、それでも行動原理は同じだろう。
ならば道明寺の親苗も死んだ今、こいつは何のために動いているのか。こいつが這って行く先に、一体何があるというのか――。
「まさか……
道明寺と晴観、この二体への疑問が、ファタの脳内で実を結ぼうとしていた。
・・・
鬱蒼とした死のは夜にあってはいっそう暗く、光など無いに等しい。
「やられたか、あちらは」
森の開けた位置、月光が差し込む場所にあって、道明寺はそのように言った。
自分の「分苗」を植えた者達。子苗と異なり、魔人能力や身体的技能を残したままで尖兵とした者達が、たった今死んだことが道明寺にはハッキリとわかった。
「まあ、いい。十分だ。十分に引きつけた――
鬼無瀬晴観と、自分に似せた男。彼らの役割は即ち囮であった。
道明寺羅門は希望崎大橋を通って本土に渡り、そこでパンデミックを起こそうとしている。そう誤解を与え、道明寺羅門として倒され、果てる。
その間に自分はこちらで悠々、真の計画を遂行しよう。
「おお、来たな」
頭上に響く複数の羽音と嘶き、淡い月光に際立つ黒い影が、その時の到来を示していた。
その鳥は渡り鳥であり、ある時は太陽の化身と謳われ、ある時は狡猾な道化として描かれる。
大洪水後の世界では外界の様子を探るため、ノアによって方舟から放たれている。
その鳥の名はワタリガラス。
今宵、世界に破滅をばら撒く魔鳥である。
「ご苦労だったな、『藤崎』」
傍らの人物にそう声をかけた。
野鳥研究会の観測手にして、渡り鳥を呼ぶ魔人能力『留まり樹』の持ち主。
道明寺が野鳥研究会を襲った理由の一つが、その能力に目をつけたからであった。
魚沼産コシヒカリは海を超えられない。それは事実だ。ならばたとえ本土に渡り、能力を発動してもパンデミックで覆える範囲は本州が限界となる。
だから海を超え、渡らねばならない。ユーラシア大陸を始めとする世界五大陸へ。そのためには無論、空。
繁殖のため空を飛ぶなど、植物界では常識。利用されるのは風に、昆虫、そして、鳥。
「さあ、来い鴉達。お前達も『我ら』となり、広い世界へ羽撃こう」
赤い面貌の如き跡が残る道明寺に背中、そこから無数の稲が飛び出し、絡み合い、一対の翼を形成した。
藤崎が上空の鴉達を呼び寄せようと手招きする。が、
「……?」
降りて来ない。滞空する鴉の一羽が、降りていこうとする群れの仲間達を妨害している。
「なんだ、あの鴉は? 何故お前の能力が通じない」
問われた藤崎もわからない様子だった。
しかし、その一羽を間近で見れば、異様さがわかるだろう。
確かに鴉に違いないが、黒い羽は水平に伸ばされ、さらに両翼、そして嘴の先に回転翼が付属している。間違いなく、そんな鳥類は存在しない。
「何なのだ、アレは――
銃声。
音が届くより三倍早く、遥か後方から放たれたマグナム弾が、道明寺の首の付根に命中した。道明寺は小さく呻き声を発するとよろめき、どうとその場に崩れる。
藤崎が銃声の方を振り向くと茂みの中から小男が一人、月光の下へと現れた。
「お前は知っているだろう、藤崎。俺の能力を」
『人猟機械隊』――動物の死骸から&ruby(ドローン){無人支援機}を組み上げる魔人能力である。即ち今、鴉の群れの降下を邪魔していたのも鴉の&ruby(ドローン){無人支援機}。
この季節の希望崎に鴉が飛来する。そのことと、藤崎の能力。その符号が会沢をこの場所へと導いた。
冷えた声、しかし他者へのそれに比べるとわずかばかりの温度を感じさせる会沢の問いかけに、藤崎は何の反応も示さない。
「ああ、そうか――
わかっていたことだが、会沢の声には沈痛な響きがあった。この友もまたコシヒカリの奴隷なのだと。
「せめて、綺麗に死んでくれ」
蘇生の可否に関わらず。祈りを込めた銃口を向けた、直後
「ぐっ……!」
撃ち抜かれたのは藤崎でなく、会沢の肩口だった。
後ろに崩れ、膝を着くと、対するように臥していた男が立ち上がる。
「どうだ、自分の銃弾は?」
「貴様……っ」
会沢は怒りと驚きの眼差しを道明寺へと向ける。
「何故……?」
「それは、脳幹を撃って死んでいないということか? それとも、弾に仕込んだ何かが効いていないということか?」
「……っ」
全て見透かされていたことに愕然とする。
「それは我らが最強種だからだ。細胞壁は何より固く、しかし組織は何より靭やかに。
着弾の瞬間に表皮で捉えるなど造作も無い。
尤も、例え体内に農薬の原液を撃ち込まれようと我らは死ぬわけは無いが
「…………化物め」
素直な感想を漏らした。
「臆病は狙撃手の才能」――名だたるスナイパー達の金言に従い、猛禽などには手を出さずに来た自分が、欲をかいて大物を狙ったらこの有り様だ。
(何が『マスター』だ。全く、藤崎に笑われ……笑われ……)
視線を移す。道明寺から、藤崎へ。表情の消えた、冷たい顔。
「……笑えない、だろう」
「ほう?」
立ち上がる。膂力に乏しい会沢が深手を負いながら、左腕でライフルを持った。だが
「無駄だ」
今度は引き金を引く前に、腕ごと肩口から吹き飛ばされていた。
直後、上空の&ruby(ドローン){無人支援機}もまた貫かれ、地に落ちる。
「……っ」
血が噴き出す。右肩に銃槍。左腕を喪失。何も出来ない体になった。
「もはやヒトの尖兵はいらないが、藤崎、お前が送ってやれ」
命じられた藤崎は頷き、会沢へと歩を進める。
(藤崎に、殺される……か)
諦念の中で、迫り来る友をぼんやりと見つめる。拳を握り、振りかぶって動かない自分へ――吹き飛んだ。目に見えない力で横殴りにされ、藤崎の体は地面へと転がった。
会沢も道明寺もハッとして見れば、そこにあるのは二つの人影。
津神董花にファタ=モルガーナ。
「……お前達、ここがわかったのか
安堵の暇など無く、道明寺は少女に掌を向ける。
直後、その手首が瞬間的に膨張し、そして白い奔流が噴き出した。
「いっ!?」
掌から放たれた無数の米による洗礼。&ruby(ライスシャワー){白い弾雨}はそこにあった森の樹々も、土も岩も穿ち、削り取ってゆく。
「危ねぇ……またファタ君に救われた」
見えていた位置より少し離れた場所で、津神董花は冷や汗をかく。
「今度はこっちからっ!」
次々に石礫を攻撃。全弾命中、だが当然、効かない。
「これがどうかしたのか?」
「なら、これっ!」
董花がモーションに入った直後、会沢のインカムにファタから指示が飛ぶ。
『会沢、道明寺から離れろっ!』
スラスター噴射で加速した、異形の掌が空を切る。大気を投げる&ruby(かざきりば){風切羽}。
(風の当て身にしては、重い……)
道明寺はそう感じつつもノーダメージだったが、直後、空気弾の着弾領域に新たに投げ込まれた物があった。
百円ライター。
「おっ……おおおおおおおっ!」
直後、純粋酸素の供給で噴き上がる巨大な火柱。
飛び散る火の粉は周囲の樹々や地面の木の葉にまで移り、延焼の様相を呈していく。
「俺らもヤバいぞこれ!」
「それより……
董花が睨む先は、無論、炎に包まれた道明寺。「偽物」はそのまま焼け死んだ。本物にあって偽物に無い物、即ち先程生やしたばかりの翼を広げ、打つ!
巻き起こした波風はその身に纏っていた炎を掻き消し、無数の火の粉を闇に舞い散らした。炎が消えて現れた道明寺羅門は、体表が焼け爛れていたが、しかしそれもすぐに再生を始める。
「マジかよ……
「園芸者は負けぬさ。寒波にも、業火にも」
それだけ言うと道明寺は空を見やる。赤々と照らされた夜空を舞う鴉達。
能力者が気絶し、真下から噴き上がる熱気に耐えかねて今にも飛んで逃げるのは目に見えている。
「待たせたな……行くぞ。しもべ達よ」
地を蹴り、道明寺は跳んだ。脚力のみで高空まで達すると畳んでいた翼を広げる。
鴉達に向けて手を伸ばし、手から緑の触手を伸ばす。
「おい……どうする」
「津神!」
会沢が走ってくる。傷ついた右腕を振りながら、一心不乱に。
「俺を、『投げて』くれっ!
その声の、瞳の力強さに、董花は無言で頷く。
腰を落とし、会沢の足に合わせた高さに重ねた両手を置く。
手前まで走り寄った会沢はそこで小さく跳び、そして「踏み台」に利き足を乗せる。
『道明寺を必ず殺す』
跳ぶ瞬間、会沢の眼差しがそう物語っていた。
「行けえええええあああああああああっ!!」
噴射、加速、投擲――フルパワーで会沢の体を高空へと打ち上げる。
『クイックスロー』発動!
「なっ……
鴉達への「植え付け」を済ませた道明寺、その更に頭上に会沢は突如現れた。
体感的には瞬間移動そのものである。
「久しぶりだな、道明寺」
そう話しかけた直後、その全身を稲の槍が貫く。
「大した執念だが、銃すら持たずに、所詮は自己満足。
『生命』の意志と力には敵わな……あっ」
道明寺の全身を悍ましい感覚が走る。決して招いてはならないものを体内に招き入れてしまった。そうした感覚だった。
「…………貴様、何を……
「お前の言う『生命の力』だよ」
「な、に……?」
理解できなかった。この男に&ruby(じぶんたち){コシヒカリ}を脅かす力などあるはずがない。そんな生命など存在し得ない。
「さっきお前に防がれた弾丸。
お前がご丁寧に撃ち返してくれたおかげで、俺も&ruby(キャリアー){保菌者}になれた」
死が刻々と近づいていながら、その口元には笑みがあった。
「アンチコシヒカリウイルス。
『パンデミック』だ。道明寺」
「貴様……っ」
凄まじい速度で壊死していく道明寺の体内の「親苗」。もはやその翼に、空を舞う力は無い。
同じく感染した鴉達と共に、道明寺は燃え盛る眼下の森へと堕ちて行った。
(ああ……こんなところに落ちられるとは、運がいい……良かった)
周囲が炎に包まれる中で、やはり会沢の口元には笑みがあった。
それは先程道明寺に見せたものとは違う、安らかな笑み。
相棒、藤崎と隣り合う形で、会沢格はその生涯を閉じた。
「おおっ!! おおおおおお!!」
道明寺が吠える。たった数時間の、魂の片割れを失った巨大な喪失感が心を支配していた。
また、あの頃に戻ってしまう。誰も隣にいなかった頃に。
否
「ああ、あああ……お前達、そうか、お前達は……
道明寺の頬を涙が伝う。すぐに蒸発してしまうが、それでも止め処なく溢れている。
足下に散らばった、種籾。
ウイルスに冒され、死滅する寸前、親苗が残した新たなる生命。
「一人じゃあない……一緒だ、お前達。私が必ず、守る」
道明寺羅門。背に鬼の面貌を負う男は、燃え尽きる最期の瞬間、確かに笑っていた。その事実を知る者は、やはり誰もいない。
2014-08-13T20:25:50+09:00
1407929150
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第三部隊その2」
https://w.atwiki.jp/dangebirthday/pages/66.html
*第三部隊その2
-ちゅういじこう-
このSSの序盤を読む際は部屋の電気を消して読むのがオススメです。
できるなら、暗くじめっとしたホラーBGMを聴きながら読むと良いでしょう。
SSを読みながらとつぜん窓の外を見たり、天井を見上げたり、部屋の隅の暗闇を気にしてみるのも悪くありません。
イメージも大事です、首筋に誰かの視線を感じるイメージなど妄想を膨らませてみましょう、イメージです。
あとナレーション部分を稲○淳二氏の声に置き換えてみるとサイコーです。
では、お楽しみください。
-零-
湿度の高い空気が生暖かい風を運ぶような夜の話です。
学級委員の女の子で、そうですねェ。
仮に名前をA子さんとしておきましょうか。
数時間前、いや数十分前の話なんですが、A子さんが見回りをしていた時の事です。
なんでこんな夜中に見回りをしていたか。
いつもならこんな夜遅くまで居残りはしていないA子さんですが、学園祭も近かったのでクラスメートと一緒に準備をしていたんですね。
しかし夜が遅くなってくると、ひとり、またひとりと下校していく。
教室の灯りもひとつ、またひとつと消えていく。
流石に人も少なくなってきて少し心細くなってきた。
A子さんも「やだなぁ、帰りたいなぁ」と思ったんですけれど、学級委員だからってんで仕方なく最後まで残ることにしたんです。
そうすると、時計が十二時を回った頃でしょうかねェ。
もうほとんど人がいなくなったときに突然
ウー、ウー、ウー!!ってサイレンみたいな音がしたんです。
A子さんは「うわ、なんだろう、何か起きたのかな」と思うと
非常灯の赤いランプがくるんくるん、クルンクルン回転しているんですよ。
こりゃあ尋常じゃないってんで慌てて帰ろうとすると
担任のB先生がやってきて「大変だー、大変だー」って言うんです
A子さんは「何が大変なんですか?」って聞くんですけれど
B先生は「大変だー、大変だー」って繰り返す。
A子さんは不気味に思ってそのまま帰ろうとしたんですが
B先生はポケットから鍵束をとりだしてA子さんに押し付けてくる。
「大変だー、大変だー。先生は行かないといけない」
「どこへ行くんですか?」
「大変だー、大変だー。先生は行かないといけない」
「何があったんですか?」
「大変だー、大変だー。だから戸締りをして残っている生徒がいたら帰るように言ってくれ」
不安に思ったけれどA子さんは真面目な生徒だったので仕方なくそれを引きうけた。
「早く終わらせよう、早く帰ろう」と心の中で考えたA子さんが教室から出ようとすると
B先生が横をするっと通り抜けて、ぼそり、とつぶやいた。
「……オコメニキヲツケテネ……」
ハッと振り返ったA子さん。
でもB先生は暗い廊下のむこうへ、ぺたり、ぺたりとサンダルの音を響かせて消えて行ったんです。
A子さんはゾッとした。
「もう帰りたい、もう帰りたい、でも鍵をしめなくちゃ」
ひとつ、ひとつ教室の鍵を閉めてまわるA子さん。
最期の教室の鍵をかけて扉をしめようとするけれど中々鍵がかからない。
「鍵をかけなくちゃ、早く鍵をかけて扉をしめてかえらなくちゃ」
と思うんですが中々鍵がかからない。
そうしていると不良のモヒ助、チャラ三、ピザ男がケラケラ笑いながら
「A子ちゃーん、今からイイことしない?」
「ちょりーっす、ウェーイ」
「こりゃうめー、こりゃうめー」
って声をかけてきた。
「あんたたち。早く帰りなさいよ」とA子さんが言う。
「ボクこわーい、A子ちゃん一緒にいてー」
「ウェーイマジで」
「こりゃうめー、こりゃうめー」
「もう嫌だ、もう嫌だ」A子さんはその場を早足で去っていきます。
残された三人が
「オイオイ、これからだぜ」
「ウェーイ」
「こりゃうめー」
と話しながらA子さんが鍵を締めなかった教室の扉を開けると
そこには…。
A子さんは早足で玄関の方へ歩いていく。
そうすると、何か音が聞こえてくる。
そう、ぺたり、ぺたり。
後ろから聞こえてくるんですね。
どうも足音のように聞こえる。
ぺたり、ぺたり。
さっきの不良たちが追いかけてきたのかもしれない。
そう思ったA子さんはさらに早足で歩く。
ぺたり、ぺたり、ぺたり。
後ろをついてくる足音も早くなる。
「誰?」
怖くなったA子さんが振り向いたけれど、そこには誰もいない。
怖くなったA子さんは走り出す。
ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。
足音も走る。
怖くなったA子さんが振り向く。
誰もいない
ぺた、ぺた、ぺた。
足音が止まる。
足音、が。
あしおと。
A子さんは思わず視線を下に向けました。
ジャージに。
サンダルを履いた。
足。
二本の足。
付け根で、切断された足、だった。
切断面には、これは、白い粒状の、担任の、何か、B先生の、が蠢いている、足。
「いやああああああああッ!!もう嫌ッ!!」
A子さんが走り出す。
廊下を走り抜け角を曲がる、すると。
不良のピザ男が座り込んで何かを食べています。
もぐもぐ、むしゃむしゃ、もぐもぐ、むしゃむしゃ。
「こりゃうめー、もうくえねー、こりゃうめー」
不良のピザ男が座りこんで何かを必死に食べている。
もぐもぐ、むしゃむしゃ、もぐもぐ、むしゃむしゃ。
「あ、助けてッ!!」
A子さんが叫ぶ。
しかしピザ男は何かを食べ続けている。
よく、見ると、それ、は。
白い粒。
蠢く、大量の白い粒。
その粒はピザ男の腹の裂け目から溢れ出していたんです。
腹は裂けているのに血は一滴もでていない。
ただ白い粒が溢れ出しているんですねェ。
それをピザ男は必死に口に詰め込む。
もぐもぐ、むしゃむしゃ、もぐもぐ、むしゃむしゃ。
腹から溢れ出るモノを口に詰め込む、腹から溢れでるモノを口に詰め込む。
もぐもぐ、むしゃむしゃ、もぐもぐ、むしゃむしゃ。
ぐるん、とピザ男はA子さんの方を振り向きました。
「ひぃいいいやぁああああッ!!」
A子さんは恐怖のあまり叫んで走り出す。
しかし、走り出したとたんに何かに躓いて転ぶ。
「きゃっ?」
何もない廊下で、一体、何に。
まるい、何かが、ごろりと、こちらを向いた。
「ウェーイ」
ニタリとチャラ三の頭が笑った。
頭、頭部、首から上だけの、ニヤけた顔。
「ウェーイ」
首の切断面には白い粒が蠢き小さな足のようになっている。
コロコロと何度か回転したチャラ三は小さな足で立つとトコトコと歩き出し。
一度だけA子を振り向き。
「ウェーイ」
と普段と変わらない笑みを浮かべて闇の中へ去っていった。
「あ、あああああ。」
腰がぬけたのか座り込んだA子さん。
もう、恐怖で何も考えられない。
何気なく上を見上げると。
天井からモヒ助がぶら下がっている。
手や足が白い何かに変貌しべちゃりべちゃりと湿った粘着音を響かせながら天井を這いずっているのだ。
ぐりん、と顔がA子さんの方を向いた。
その、目からは、白い、粒が。
「ひっぎゃあああああああああああッ!!」
A子さんは叫んで走り出す。
「もう嫌だ!!もう嫌だっ!!助けてっ!!助けてぇっ!!」
A子さんは走る。
「もうすぐ、もうすぐ校舎から出られる」A子さんはそう思いました。
その時、目の前に人影がでてきたんです。
「ひっ」
ですが、その人影にA子さんは見覚えがありました。
確か風紀委員の女生徒で、学級委員の会合で何度か話した事もある先輩。
戦闘力のある魔人、ちょっと憧れの先輩。
この人ならきっと私を怪物達から助けてくれる。
「あ、あのっ」
「………テ…」
A子さんが声をかけると、その女生徒は優しげな笑みを浮かべて何かを呟きました。
先輩の白い吐息がこぼれました。
「やった、助かった。この人なら」と安堵の息が漏れます。
「鬼無瀬先輩っ、大変なんです」
「……テ、…を……ベ……」
女生徒は何かをつぶやきました。
A子さんには何を言っているのか聞こえません。
女生徒は笑顔でA子さんを迎え入れるように両腕を広げます。
憧れの先輩が優しい笑みでA子さんを迎え入れてくれます。
「先輩っ、私、私怖かった」
「…ベテ…、…を……テ…」
A子さんはその腕の中に飛び込みました。
もう安心です。
女生徒はA子さんを抱きしめました。
「先輩っ、先輩っ」
「食ベテ…」
ぎゅっと女生徒はA子さんを強く抱きしめます。
「先輩?」
A子さんは不思議に思いました。
先輩は、何を、言って、いるの?
先輩の口から白い吐息が漏れます。
白い?
こんなに蒸し暑い夜なのに?
「私、を、食べて」
白いのは外の空気が冷たいから?
この香りは、炊きたての、ごはん。
その時A子さんは思い出しました。
白い粒は何だったのか。
B先生はこう言ったのです。
「お米に気をつけてね」と。
炊きたてご飯の白い湯気。
「食べて、私を、食べて、食べて食べて食べて食べてわぁたぁしぃを、たぁべぇてぇ」
女生徒の口から大量のご飯が溢れ出しました
「いいいいいいいやああああああああああああああッ…もごっ!?」
大量の白いご飯はA子さんの口の中に流れ込み。
むしゃむしゃもぐもぐむしゃむしゃもぐもぐむしゃむしゃもぐもぐ。
A子さんの意識は途切れたのでした。
こりゃうめえ。
-壱-
ゴシャッ!!
そんな過去を持っていたのであろう。
亡者となってしまえばその様な過去にどんな意味があるというのだ。
かつてA子と呼ばれたそれは、頭部を握りつぶされ、その体はビクビクと反応した。
肉体の澱粉質化の影響があれば、これでも生命活動を止めるには至らない。
魚沼産コシヒカリの子苗に侵食された者は生きながら変異する。
個体ではなく群体生命、細胞の一粒一粒が米となり一部を破壊しても止まらぬ不死性。
しかしながら人間の神経系統を利用したに過ぎない体は澱粉化しても中枢は変わらない。
すなわち脳を破壊したならばあとは蠢く澱粉の塊にすぎないのだ。
破壊者は少女だった。
異様なシルエットの少女である。
巨大な腕だ。
鋼鉄の機械腕からはスチームパンクじみた蒸気が排出される。
少女の体にまったく見合わない巨大機械機構。
少女の背中から両腕にかけて一体化したこのシステムこそが超小型移動式厨房。
この機械腕の握力は力士“股ノ海”の38倍に相当し、主にうどん生地をこねる為に用いられる。
抜群のコシをもつうどんを生み出す機構も扱い方を変える事で脅威の破壊兵器と化すのだ。
前方から歩み寄ってきた太った亡者をナックルハンマーで叩き潰すと亡者は床のシミになった。
「ふぅーむ、中々筋が良い」
「……何で、そこに立ってんの…ですよ」
機械腕の拳の上に腕組みをした老人が立っている。
口元と顎に上品なヒゲを蓄え、赤とグレーを基調としたスーツを着こなした老人。
少女が老人を振り払うように機械腕を動かすが、老人はバランスを保ったままそこに立って笑った。
「ここは見晴らしが良いからの」
「…そう?」
「ほれ、また来よったぞ、この数。もうそろそろ大元が近いと見える」
「……じゃあ、落ちないように気をつけてね……ですよ」
ガシャン!!
機械腕の指先に射出穴が開く。
前方には無数の人影、元々は学園の生徒や教職員であったモノが迫り来たのだ。
先頭にいるのはモヒカン亡者だ、目から涙のように米粒が溢れ出ているのが見える。
「ふぁっは!!気を付けよう!!行くぞ、七曲君!!」
「……了解、殲滅する……ですよ」
老人が跳躍する。
その瞬間、機械腕の指先から鋭く尖った金属の串が無数に射出され亡者たちを貫いた。
串焼き肉用の鉄串。
空中では老人両腕を大きく広げ構えをとっている。
これぞ、八騎獣拳の構えの一つ“怪鷲”。
ぐるりと回転しながら亡者の群れの中に着地すると鉄串を逃れた亡者が倒れる。
「…何、ソレ?」
「八騎獣拳の型の一つだ、君も訓練すれば使えるようになる」
「…ふーん…ですよ」
「ともあれ、ここは制圧だな、ノイマ君のほうはどうなったか」
老人があたりを見回していると少女は周囲に散らばる米粒を拾い観察した。
「どうだね、それは。食えるか?」
「……ダメ…食材としては死んでいる…中途半端な形で人間と融合したから」
「ふむ、繁殖はどうだね」
「…園芸…は専門ではないから、詳しくはわからない…。料理人として見るなら…これはただ動いて繁殖場所を探すだけの下位品種」
「なるほど」
「地ならしをするためだけの存在…単独である程度は他の生命体と融合して侵食はできるようだけれど。そこから先はない。繁殖はできない…と思う、ですよ」
「上出来じゃ」
老人は少女の頭を撫でる。
「…む…むむ…ですよ」
「せ、せんせぇー!?」
大広間の扉が開き悲鳴に近い声が響いた。
少し服がボロボロなのが玉に瑕だが男子生徒なら一度は夢見るお色気たっぷりの知的エロ女教師。
巨乳、眼鏡、スーツ、全てがそこにある。
そういった風情の女があんぐりと口をあけ涙を流している、折角の美貌も台無しである。
「おお、ノイマ君。戻ったか」
「なっ、なんでぇー!?」
「……うるさい…」
「わ、私もっ、女子高生をっ、な、撫でたいっ!!あと撫でられたいっ!!おっおかっ」
「ふむ、それは良いが首尾はどうだったかな?」
「あっ、ああ~ン。え?ああ、そうでした。うーん、アンチコシヒカリウィルスは存在しました、ここに入れて」
落ち着きを取り戻した女教師は胸の谷間に腕を突っ込んでごそごそとまさぐったあと
「ああン、イイ。勃って。あ、こっちだった」
とポケットから小さなガラスの小瓶を取り出して老人に渡した。
「結構苦労したんですよぉ。とは言え出来のほどは不明ですねぇ、それから…」
「七曲君、分析はできるかね?」
「ああン、話の途中なのにぃ、冷たいんだからセンセ」
「…成分分析はできる…、どの程度かは期待しないで…ですよ」
「ああン、可愛いンだからぁ~っ」
「…むぐ、ぐ」
女教師は少女に抱きついて頬ずりした。
少女の名は七曲真哉 。
老人の名は歩峰トーシュ。
女教師の名はノイマ舞。
魚沼産コシヒカリ討伐部隊と呼ぶには余りにも少ない人数だがいずれも一騎当千の魔人である。
まずは如何にして彼らが集まったか話そう。
あと、ノイマ舞はオカマである。
-弐-
「ンーふふ、イイわぁ」
生徒会室での説明を受けノイマ舞は興奮していた
生徒会の戦闘部隊を率いてアンチコシヒカリウィルスを奪取し敵を倒す。
そこに勝機はあるのかはわからない。
だが、ノイマ舞は戦いの予感と生徒達からの視線を想像して股間がはちきれそうになった。
彼女はオカマだったのだ。
「久しぶりだね、ノイマ君」
「あら、センセ。お久しぶり」
生徒会室から一歩踏み出したところでノイマ舞に声をかけた老人がいた。
歩峰トーシュ、かつて彼女に戦闘技術を教えた魔人教師である。
今は学園の理事だったはずだ。
「人手が必要でね、手を貸してくれないか?」
「ああン。もしかしてコシヒカリの事ですか?」
「君はワシの教え子の中でも物わかりが良くて助かるな」
「返事はお聞きにならないのねン」
「君の返事はわかっておるからな」
そう言うと老人は女教師を小脇に抱え風のように走り去った。
「ンもー。強引なんだから」
-参-
開かずの監獄厨房。
しかし、監獄といってもここはエネルギーに満ちていた。
刃がきらめき炎が舞う。
校舎の奥深い閉鎖空間で一人の少女が料理を作り続けている。
ウィーンガシャン。
数年開くことが無かったその監獄の扉が開いた。
「へぶッ!?」
ごろごろごろ、ごん。
「うにゃっ!!オカマッ!!」
開いた扉から妙齢の女性が転がり込んできて壁に頭をぶつけて止まった。
ノイマ舞だ。
「ああン、センセ。乱暴なんだからぁ」
「すまんなノイマ君、急いでいたのでね。」
と老人。
歩峰トーシュが室内に入ってくる。
「おお、七曲君か、大きくなったな」
「……誰、ですよ」
「覚えておらんか。ワシは君達を小さい頃から知っておるのだが」
「…知らない…あと、ここは立ち入り禁止のはず…どうして?」
「どうして?理由かねそれとも手段の方かな?」
「センセ、それ好きね」
「手段の方は簡単だな、この監獄は生徒会役員の許可と主任以上の教員一人と学園理事一人の認証があれば開くことができる。ワシは理事の歩峰トーシュ、そして」
「ノイマ舞よン」
「…興味…ない…ですよ」
「理由の方はとても簡単だ、君の力が必要だ、力を貸して欲しい」
「だから…意味がわからない…」
「なるほどな、嫌というわけでなく理由を欲するのは当然、ならば説明しよう、その前に」
「…前?」
「腹が減ったな、腹が減っては戦は出来ぬと言う」
ぴくりと少女の眉が動く。
「ノイマ君はどうかね?」
「そういえば、何も食べてませンねぇ」
「そうじゃろ、では何か作ってくれると嬉しいのだがね。七曲君」
その声に終始無表情だった少女の口が少し曲がる。
笑ったのだ。
「…らっしゃーせー…」
単調だが、はっきりした発音のチャントが監獄内に響いた。
-肆-
「ああン!!アツいっ!!体が熱くなっちゃうっ!!なにこれっ!!脱ぐの?脱げばいいのっ!?」
「生姜と唐辛子を絶妙に使ったの。しかし刺激的な中にも食べる者を労わる工夫がされておる。これは、クコの実だな。栄養価も抜群。美味いぞ」
身悶えるノイマと解説をするトーシュ。
その箸はとどまらずモリモリと料理を食べた。
「ああン、素敵だわ、シェフを呼んでちょうだい。抱きしめたいわぁ」
「ご馳走様でした」
「…お粗末さま…ですよ、あとヤメテ…」
七曲に抱きついて撫で回すノイマを尻目にトーシュは両手を合わせ一礼した。
「さて、七曲君。料理中に説明したとおりだが」
「…魚沼産コシヒカリ…を…兄が」
「そうだ、ワシは君達の事を知っていると言った。それは君の両親がワシの教え子だからなのだよ」
「…兄の事は少し…覚えている」
「そうだな、両親が死んだとき君たちはそれぞれ父方と母方の実家に引き取られた。駆け落ち同然であったからの。お互いの家はあまり仲が良くない。妹は料亭七曲家へ。兄は園芸の道明寺家へ。」
「ああン、とっても悲しいお話ねぇ」
「お互いに厳しい家柄じゃ、特に道明寺家は子供を生贄程度にしか考えておらんかったようじゃな。まあ園芸の一族とあればそれも致し方なしではあるがの」
食後のコーヒーと飲みながらトーシュは語る。
「その様な環境を生き抜いた道明寺君が今、世界を危機に陥れようとしている。止めるには七曲君。君の力が必要なのだ」
「…わかった…やる。私の料理を食べて直接褒めてくれたお礼…」
「いやン、かーわーいーいー」
「…抱きつくの…ヤメロ…ですよ」
「決まったの。では行こう七曲君。ノイマ君は例の件を頼むぞ」
「お任せあれ、センセ」
-伍-
時間を戻そう。
三人が集まりそして戦う。
これはそういう物語だ。
「休憩してからってわけにはいかないようねぇ」
ノイマ舞が視線を投げかけた先に人影が現れる。
ノイマは走る!!
ワンゲル部で磨かれた索敵の技は魔人の中でも随一である。
ノイマの声を聞いた二人の魔人も走り出す。
「いや~ン!!」
腰をくねらせホルダーからノイマは銃を抜く。
モデルガンであるがノイマが扱うことで殺傷力は十分。
ウィンクをして構え撃つ!!
数発のBB弾が亡者に向かって発射される。
ノイマは走る。
投げキッスをして構え撃つ!!
ノイマは前転。
銃をエロスを込めて舐め構え撃つ!!
ノイマはジャンプ。
股間をまさぐり構え撃つ!!
一見すると非常に無駄の多い射撃。
だが、これこそがノイマ舞の魔人能力『ガン・カタすたいりっしゅ!』。
儀式じみた一連の動作によって敵の動きを緩慢にすることで無駄な動き以上の効果を発揮するのだ。
自分の胸を揉みしだき構え撃つ!!
胸の谷間を強調し構え撃つ!!
言うまでもないがノイマ舞はオカマである!!
さりげなくパンチラして構えリロード!!
女豹のポーズ構え撃つ!!
M字開脚構え撃つ!!
エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構えリロード!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!エロス構えリロード!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!!!エロス構え撃つ!!エロス構え撃つ!!ノイマ舞はオカマだ!!
数千発の弾丸が亡者の群れに降り注ぎ敵をなぎ払った。
「見事だ、ノイマ君!!」
「…やる…ですよ」
後方を走るトーシュと七曲が一気に加速する。
トーシュの魔人能力『サカサマの歌』は周囲の時間を操る力を持つ。
動きを加速した3人の魔人は走る。
「流石に、私の能力は効かないみたいねン」
ノイマは大きく跳躍した。
目標は道明寺羅門。
-陸-
「面白い、植物は踏まれるほどに強く育つという」
道明寺はノイマの回し蹴りを右腕で受け、それをフェイントにした銃撃を無造作に回避する。
瞬間、巨大な拳がノイマに迫る。
「どっせい!!」
ノイマは体を捻り避ける。
「喝っ!!」
道明寺の体が吹き飛んだ。
凄まじい速度で走り込んだトーシュの当身。
八騎獣拳“巨象”の構えからの一撃。
「…終わり…ですよ」
空中には七曲、そして巨大な機械腕。
脅威の握力は小さなビル程度なら握りつぶしてしまうだろう。
そのパンチは鋼鉄の塊すら打ち砕くだろう。
トーシュの能力によって加速した一撃を耐えうる魔人など居るはずがない!!
両腕を握りこんだナックルハンマーが道明寺へと振り下ろされる。
-漆-
ゴシャッ!!
「…あッ」
小さな悲鳴とともに七曲の体が弾き飛ばされる。
道明寺の蹴りが移動式厨房を粉砕破壊したのだ。
スプリングじみたジャンプで体勢を立て直したノイマが空中で回転し遠心力を高めた蹴りを放つ。
「お前たちは素晴らしい、」
道明寺はその蹴りを避けようともしない。
常人の首をへし折る程度の威力。
その程度は筋力だけで受け止めたのだ!!
落下してくる七曲をトーシュが走り込んで受け止める。
「アッハッ!!その余裕が命取りなのよぅ!!」
ノイマの弾丸がゼロ距離で発射される。
道明寺は避けない。
その程度を避ける必要すらなし。
「ぬ?おおおッ!?」
だが、それは通常の弾丸ではない。
園芸部の生徒たちが道明寺を警戒して作ったとされるアンチコシヒカリウィルスを搭載した弾丸。
「ごおおおおっ」
道明寺が悶え苦しむ。
「これだけで倒せると思ってはいかぬ、一気に攻める」
「アッハ!!」
「…大丈夫…行く」
トーシュは時間を加速。
七曲は包丁を抜き放つ。
ノイマは腕をクロスさせ谷間を強調した。
ノイマ舞はオカマだ。
「オオオオォォォォォォッ!!」
道明寺が吠える!!
-捌-
ずん!!
道明寺が床を踏み抜く。
亀裂が走りその隙間から稲穂の槍が吹き出した。
トーシュが兎の型で攻撃を逸らし。
七曲が包丁で稲穂を切り裂き。
ノイマがバク転で回避。
「ハッ!!ハハハハハハ!!俺が!!」
道明寺が笑う。
「俺が道明寺だ!!」
一気に踏み込み両腕を前に突き出す。
黄金の風、稲穂を揺らす黄金の波。
強大な波動が吹き荒れる!!
「俺が道明寺羅門であり!!コシヒカリだ!!」
波動に飲まれノイマが吹き飛ぶ。
「乗り越えたぞ!!アンチウィルス!!あるとは思っていた!!これを!!」
道明寺が前に踏み出す。
「耐性を得る事が必要だった!!」
「喝ッ!!」
トーシュの“大鰐の型”からの双撃が迫る。
「感謝しよう」
並の魔人を両断する攻撃を平然と両手で掴み道明寺は静かに言った。
「自然界に潜む未知の脅威すらもこれで乗り越えられるだろう」
「…そうは…いかないッ…」
トーシュの影から七曲が至近距離に滑り込む。
道明寺の両腕はトーシュが止める。
七曲 真哉の魔人能力『QP3』は調理という過程を飛ばし、食材をまるで用意されていたかのように料理にする能力である。
「…『QP3』!!」
しかし、何も起きない。
道明寺のカポエイラのような蹴りが七曲を襲う。
「させぬ!!」
トーシュが二人の間に割り込み攻撃を受け吹き飛ぶ。
「お前は料理人だな」
道明寺は言葉を発する。
その声にもはや人間味は感じられない。
「…お爺…ちゃん?」
七曲の声が震える。
トーシュの腕がありえない方向に曲がっている。
「恐るべき料理能力だった、しかも食材部分だけを調理しようとは!!先程までの俺であればやられていただろう、だが!!」
「お前たちのおかげで俺は食材を超えたのだ!!」
「だから!!俺はお前達に感謝しよう!!」
道明寺が黄金の波動の構えを取る。
「センセイに何してくれとんじゃゴルァ!!」
ノイマが飛び上がり挑発セクシーのポーズから銃を構え撃つ!!
「食材に敬意を!!お前達は俺にとっての食材に等しい!!」
黄金の稲穂の波が再びノイマを飲み込む。
「…ヤメテ…」
道明寺は七曲に向かって歩く。
「…やめてよ」
「感謝を」
「やめてよ…お兄ちゃん」
道明寺の顔が固まる。
-玖-
(監獄厨房に幽閉だと?)
(料理人か)
(余程の禁忌を犯したか)
(七曲、真哉?)
(真哉)
(何故だ)
(魚沼産コシヒカリ)
「道明寺羅門の動機は明らかじゃ、君のためだ七曲君」
(どうしてお兄ちゃん)
(私は、いつか)
「君の料理も明確だ、兄の為だな、いつか出会える兄の」
(真哉、俺は何もしてやれぬ)
(道明寺家は呪われた一族)
(お前を巻き込むことになる)
(だからせめて、お前の望みを)
「道明寺羅門は君のために魚沼産コシヒカリに手を出したのだ」
(お兄ちゃん)
(やめて、お兄ちゃん!!)
-拾-
「俺に妹など居ない」
道明寺だったモノが声を発する。
「俺は道明寺だ俺は道明寺だ俺は道明寺だ俺は道明寺羅門だ俺は道明寺羅門であり魚沼産コシヒカリだ!!」
「いやだよ…お兄ちゃん」
道明寺が腕を振り上げた
「感!!謝!!を!!」
「な、ん、だ?」
道明寺の動きが、止まった。
「お前、か」
道明寺の視界の隅に一心不乱に自慰に耽るノイマ舞がいた。
-拾壱-
ノイマ舞の魔人能力は自分の痴態を他者に見せつけたいという欲求から生じた。
すなわち相手の動きを止め自慰や露出行為を見せつける拘束系の力。
自分を見て欲しい、自分の恥ずかしい姿を見て欲しい。
そういう能力だ。
強力な魔人能力ではあるが単体での攻撃性能はない。
他人と組んでこそ強い。
ただ見せつけるだけ、能力の性質もあいまって、ノイマは他の魔人からやや下に見られる魔人だった。
だが、ある教師と出会い、ノイマは能力の応用を得た。
小刻みに発動する能力の合間に攻撃を行う事で敵を止めるのではなく動きを遅らせる。
単体でも高い戦闘能力を得たことで魔人ノイマ舞は羽ばたいたのだ。
いろんな意味で。
ノイマ舞はオカマだった。
-拾弐-
カツラはズレかけている。
胸のパットも一つはなくなっている。
だが生徒に手をださせない。
ノイマ舞はオカマである。
「アタシの方を見ろゴルァ!!」
ドスの聞いた声でノイマは吠える!!
それでも、胸を揉み、股間をまさぐる姿を視界に捉えたなら道明寺は動けないのだ。
「貴様っ!!こんな事をしても!!先に死ぬのはお前だ!!」
「そうじゃな」
よろよろとまさに老人のようにトーシュが立ち上がる。
「今更お前の力で何ができる」
「できるさ、できるのだよ」
「オオオオォォォォォォ!!」
「ワシの能力を教えよう道明寺君、いやコシヒカリ君かな」
トーシュは動く片手を道明寺に触れた。
微かにメロディーが流れる。
「ワシの能力は『サカサマの歌』、時間を操る事ができる!!」
「馬鹿な!!やめろ、これこそが!!俺が!!」
「君を戻すぞ、道明寺君」
道明寺の姿が歪んだ。
「あとな、妹を泣かすもんじゃない」
-拾参-
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」
「う、あ。」
道明寺羅門が目を覚ます。
その体にすがるように七曲真哉が泣いていた。
「すまなかった、真哉。もう大丈夫だ」
道明寺羅門は呟き再び目を閉じる。
「ノイマ君」
「なんですか、センセ」
「ワシ、結構死にそうなんだが」
「大丈夫ですよ、センセ」
「亡者の魂だけでは足りんでな、割とヤバイ」
「もうすぐ救援が来ますし、ほら。七曲さんがコシヒカリを料理してくれます」
「そうかね、あともう一ついいかなノイマ君」
「はい」
「膝枕はいいんだがね、股間の膨らみが頭に当たるの結構微妙な気分じゃわ。あと骨がバッキバキでね」
ノイマ舞は笑う
歩峰トーシュも笑った。
ノイマ舞はオカマだった。
道明寺羅門とコシヒカリは分離され。
いずれ七曲真哉によって調理されるだろう。
コシヒカリパンデミックは回避されたのだと皆が知った。
完
2014-08-13T20:23:50+09:00
1407929030
-
第二部隊その2
https://w.atwiki.jp/dangebirthday/pages/64.html
*第二部隊その2
これは希望の物語である。
●PM11:50 生徒会室
僅か一分。招集に対し迅速すぎるともいえる鬼無瀬大観の登場。だが、それには伏線があった。
彼は事が起こるこの日、今回の首謀者、道明寺羅門と昼放課に廊下ですれ違っていた。
正確には同門の風紀委員、晴観と羅門が、今夜の待ち合わせの話を廊下でしているところに
通りがかったというのが正しい。
羅門は大観の視線に気が付くと話していた晴観にぼそりと何か囁き、話を切り上げた。
そして彼女から離れ、自分に対して意味ありげな笑いを浮かべながら横を通り過ぎて行った。
嫌な感じがした。
晴観は大観の姿を見ると酷く慌てたようで、今のは風紀委員の仕事の打ちあわせでねゲフゲフとか
聞いてもいない言い訳をかまして来た。とっさに彼はあえて興味のない風を装った。
羅門一人に対し風紀委員が7名も同伴すると聞いて拍子抜けしたのも確か、だが妙な胸騒ぎが収まらなかった
のも事実。ただそれを相手に言うもおこがましい。結果、彼は夜半までなんともなく校舎に居残っていた。
―我ながら心配症と言うか意気地なさが情けないというか―
そう大観は韜晦するが、もし二人の立場が逆であったなら、校舎に残って同じようにヤキモキしている
のは彼に代わり晴観側であっただろうから全く話にならなかった。
LOVE米。要は二人はそういう関係だったのだ。それが全ての発端だった。
あの二人を見ているといい加減、脳みその裏がムズ痒くなってくる。
これは結婚の報告に来た妹弟子に語った彼ら師範の言葉である。妹弟子は笑って茶を濁した。
††
紫煙がゆっくりとのぼり立つ。
彼が執務室に入室してから3分が立った。横合いの扉が開き、二人の人物が、新たに登場した。
開いたのは彼が入ってきた入口ではなく、応接室のほうからだった。
「だから”論より証拠””必殺技でハートキュン”ってわけよ。」
「”命の花咲かせて思いっきりモーストバリュバリュ論”ですか、なかなか興味深い推論ですね」
二人は横並びになって何かを言い合いながら歩を進めていたが、煙管の先、つまり大観を見ると
なにやら納得したようにお互い頷きあった。
「私の勝ちかしら」「ふむ、では指揮はお任せすることにしましょうか」
見た目から達振る舞いまで華のある二人であった。
「初めまして≪剣士殿≫。わたくしは遠藤之本格古笹ヶ菖蒲(えんどうのほんかく
ふるざさがあやめ)。「遠藤」謹製、探偵等級四位に位置します探偵です。
今回の火急の事態を受け、生徒会長殿に緑化防止委員会を提案させて頂きました。」
片方の華はコート姿の探偵、それも十代後半妙齢の美形探偵であった。委員会を提案というからには
生徒会の関係者なのだろうが希望崎の生徒には全く見えなかった。強いて言えば≪探偵≫に見える。
「それに便乗させてもらうことになった通りすがりの魔法少女アノツギ・キヨコよ。いきなり
Dライン発動しての密談。ごめんなさいね、生徒会長さん、まあお互いの為だけど。」
片方は魔法少女だった。今年入りたての大観よりかなり若く見える。別の意味でこちらも学生生徒に
見えない。Dライン?大観は聞き慣れない魔法少女の言葉に首をひねる。
これには生徒会長が注釈を加えてくれた。
「Dラインと言うのは探偵と治安組織、警察や軍などとの情報共有に関する取り決めだ。
国家レベルの難事件に関しては≪事件解決≫を条件に国家権力へある程度の便宜を要請できる。
見返りは自身の手に入れた情報の提供や推理力になる。≪探偵≫は捜査権はあるが逮捕権はないからな。」
「まあ厳密に言うと私は国家権力じゃなくて『現場』のほうだけど、その分臨機応変にいくわよ」
魔法少女は年齢に相応しくない/相応しい物騒な笑みを浮かべると親指を立てた。
どうやら敵だけでなく味方も一筋縄ではいかないようであった。
―5分後 説明終了―
「と言う訳で説明は以上。作戦は大観くんと私でまず追撃。さっき説明した通り今回は大観くん
メインでいく、能力発動、気合入れて行けよ。アヤメさんは別動と情報収集を。
生徒会長は、そこ白くなってないで!まだ早いわよ!居残り人員かき集めて各種バックアップよろしく。
追撃戦にならない前提でいくなら前衛1後方支援3が」
キヨコさんがぱんぱんと手を叩く。
「でわ」
音もなく本格探偵が席を立つ。
「…」
生徒会長は一度天を仰ぎ悪態をつくと
「」
剣士は生徒会長の様子に苦笑しながら届いた得物を背に括り付けると魔法少女の後を追った。
「さて≪種の加護≫どの程度のものかしら?」
●PM12:15 衝突
校門から出ようと階段を下りはじめた大観に対して、魔法少女は屋上に丁度いいものがあったから
ショトカットに使うわ。そういい階段を上に上がった。
彼が中庭に出たとき得物を背負い駆け抜ける自分を追いぬくように後方よりナニカが打ち上げられた。
「カタパルトか…」
グリフォン等の大型野鳥対策に学園校舎屋上に備えられている投石器だ。
恐らく通常、投擲用の大石を撃つところをスケードボードに乗って自分自身を打ち出したのだろう。
だが飛距離・高さとも投石の比ではない、同時にレンガが複数パラパラと落ちてきた。
影は校舎の壁を軽く越え、遥か闇のむこうに消えていった。
「?」
ついでパンと先を急ぐ彼の後ろで花火が上がる。二段噴射に使ったのだろうレンガはともかく花火の
意味が判らなかった。
ppp,キヨコ隊長からメールが入る。
そこには「羅門一味の位置情報」と≪ワレ半転して陽動、コウホウヨリ→→。挟み撃ちYORO≫の文があった。
探偵の能力は花火…それを照明弾代わりにして、地上の羅門一味の位置を視認したということだろうか。
普通に不可能だと思うのだが、平然とやってしまうところがそら恐ろしい。
到底追いつけるスピードではないが、あまりに遅れるわけにもいかなかった、大観は緩めた足を
締め直し再び走り出す
「しかし移動手段か…ワシもセグウェイくらい用意しておけばよかったかのう。」
††
道明寺羅門は前方から迫る気配に眉をひそめた。
まず校舎側から花火が上がった。
意図は不明だが、これでは襲撃を警戒してくださいといってるようなものだった。
ならば何か来るだろうと後方を苗床たちに警戒させ、待ち構えていたのだが、反対側から何かが近付いている。
やれやれと羅門は目を凝らす。
コシヒカリは夜行性ではないが、羅門自体は農作業に熟卓した園芸部部長なので夜目は相当に効く。
深夜とはいえ月の光もある。新月に行う人喰い沼に生えるマンドラコア採集などに比べれば格段好条件と言えた。
目を凝らすと魔法少女がスケボーかっとばしてこちらに向かってくるのが見えた。
「…スケボーとはなかなか風流だな。セグウェイでないのが残念だが」
何が残念なのか。
そして彼らの元、超高速で複数の『レンガ』が、突っ込んできた。隣の苗床の一体がまともに食らいぶっ飛ぶ。
「ほう。」
羅門は面白そうに”ひょいと”掴んだレンガを握りつぶすと横手に視線を向けた。
直前で急展開、路線変更した奴がいた。
レンガに紛れ、体当たりでも敢行しに来ていればゾンビ達総がかりの肉の壁に止められ、捕まり終わるはず
だったのに、その気配にギリギリ察したらしい。どう慣性を殺したのかについては羅門にも判らなかった。
魔法少女は彼らに向け水平にボードを向ける形で停止し、ゴーグル越しに眼を光らせると楽しげに腕を組んだ
「おいおいお兄さん、取り捲き全部コシヒカリBL種じゃないか、これは予想外。
こんな二級品種を人間界に広めて、生産者としてのプライドはないの。一体なにがしたいわけ?マッチョ兄さん」
―コシヒカリBLとは
コシヒカリBLとは、繁殖力重視で改良されたコシヒカリを親とする品種群のことだ。
BLとはBlast lesser Lines(ブラスト・レッサー・ラインズ)の略で、コシヒカリ以外にもササニシキBL等もある。
通常種と違い育成の手間もを取らないため、大量生産に向くが、味、知性、戦闘力など格段に落ちる。
道明寺羅門はくつくつと笑った。
「少しは知識があるのが出てきたな。私が世界をコシヒカリで覆い尽くすつもりだと誰かがいったのかね。
全ては≪種の意志≫、言い換えれば天啓、私はそれによって突き動かされているといえよう」
そういいつつも羅門は仕掛けてはこなかった。
キヨコも同じだ。腕を組んだまま動かなかった。お互い距離を置いたまま奇妙な均衡状態が続いた。
理由は羅門側に二つ。キヨコ側に一つ。
(こちらの射程を見切っているのか)
一つは道明寺羅門が慎重な性格だったため。
歴戦の経験から彼は相手の実力や魔人能力の傾向は直に接触してみると感触として感じとれた。
その彼の背の霜やけが疼く。
感性が目の前の相手に1年前に相手した奴と同じニオイを嗅ぎ取ったのだ。あのEFB級の力と同じ匂いを
二つ目、これはキヨコが手を出さないとの同じ理由だった。二人とも何某の到着ないし行動を待っていたためだ。
そして奇しくもそれは同じ存在であった。
「四」
その者の名は
「囲」
銃器すらをも上回る虐殺力を標榜する鬼無瀬時限流
「敷」
一撃虐殺の使い手
「応」
鬼無瀬大観―その横凪の一撃が周囲一帯を一閃した。その技の名は「鬼無瀬時限流中目録四囲敷応」
――――――――――――――
『鬼無瀬時限流 中目録 四囲敷応』
事前動作に隙が多いものの、鬼無瀬の技では屈指の範囲と威力を誇る時限流の
代名詞ともいえる業。その技名は「四方に囲いを敷かれても応じる事が出来る」ことに由来し、
敷かれた囲いを突破し、敵を余す事なく虐殺するために広範囲を一度に凪ぐ。
その有効範囲は、半径500m以上
その全てに対し万物を余すことなく切り裂く斬撃を飛ばすことが出来る。皆もやってみよう。
●PM1:30 慟哭
漣のように横凪の一撃が闇夜を伝播していく
コシヒカリ寄生者の胸元に一文字の華が咲く
魔法少女は発動と同時に後ろ向きにバックし回避していた。スケボーのアキカンシールは後ろ側を向いていた。
「そうきたか、時限流。だが哀しいかな対魔人用剣術の限界、それでは殺しきれない」
羅門は振り返りもせず、ただ哂った。
目の前の敵から目を離す様な愚も犯さなかった。
彼が腕を一振り指令をだすと、胸を切り裂かれたはずの寄生者達が何事もなかったかのように立ちあがり、
攻撃の発着点に向かい、殺到する。
よく見れば彼の鬼の形相ともいえる霜やけ、その眼の部分に芽が生えているのが見えた。まさかそれで
”視ている”とでもいうのだろうか。
「らかああああああああああああああああああああん。」
大観は退かなかった、虎の様な咆哮をあげると彼らに向かい討たんと走った。そして跳ぶ。
― !! 鬼無瀬時限流中目録。毘伊弐重駆(びーにじゅうく)!!―
跳躍の後、天より撃ち落とされた雷がごとき斬撃の鉄槌は、対地用の鬼無瀬。
揮われた六尺の長干しより発せられた衝撃が、地に這うもの全てを叩きつぶさんとするかのように炸裂する、
その一撃を受け、まとめ吹き飛ぶ寄生者達。
大きく穿れる地面。
そこより現れる鬼の一門、大観はただ園芸の修羅を討たんとそれのみを見ていた。そして修羅は鬼の一門と
その手にある業物に”芽”を見やり …
(茶番だ。)
はぁぁぁと大きく落胆のため息をついた。まるで期待はずれだったとでもいうように。
そしてあっさりと大観側に身体を向ける。先ほどまであれ程、警戒していた前方の魔法少女さえ、もう
まるで気にならない様子だった
(さて、この顛末、どう落とし前をつけさればいいものか)
「らか・・・・・なっ!?」
さらに宿敵に近づこうと一歩踏み込んだ大観は今まで経験したことのない違和感のある重みに振り返ると
驚きの声を挙げる。亡者どもが……『物干竿』に群がっていた。
爆撃を受け四肢破損し肉抉れた亡者たちが我先としがみ付いている、その重みだったのだ。
大観は一呼吸整えると祈るように一礼し、剣を振るった。
「物干し竿」は亡者ごと天を仰ぎ、そして、あるべき形に振るわれた。地に叩きつけられ、今度こそ四散する亡者たち。
―自在剣―
それが彼の能力。いかなる時も剣に生き、剣を振るうことのできる能力。
彼が選んだ生き様そのもの。
いついかなる時でも、どの様な有様でも死のうが生きようが、ただ剣を望むままに振るうことができるという
彼らしいシンプルな能力。
「ああ、それは知っている。ただ、”振り下ろした直後”は別の話だろう。」
「ぐうぉ」
次の瞬間、振り下ろした剣に別の亡者どもが群がっていた。スクラム
まさに肉壁となり、剣の動きを食い止めにかかっていた。
コシヒカリ寄生者は動きこそ鈍いが力は強く、魔人のそれすら凌駕する。
それが物干しざおへのとんでもない重圧となって幾重へも幾重へも刀身に絡みついてきていた。
「『過程』と『結果』が終了してしまっているからだ。最終的には『過程』を飛ばし、必要な『結果だけ』を
残すこともできる恐るべき可能性を秘めた能力なんだが、未熟さゆえに十全に活かしきれてない。」
羅門は彼に近づく。魔法少女には別の寄生者を向かわせ、牽制をさせていた。
大観の汗が浮かぶ。万力のような力だった。コイツらを振りきれない。
「まあ、どうでもいい。選択を誤った。お前ではなく、こちらを選ぶべきだったのかもな。せめてもの手向けだ、
恋人に介錯されるがいい。」
「…晴観。」
目の前には苗に浸食された風紀委員の躯があった。抜き身となった刀が生き場所もなくふらふらとさ迷っていた。
大観の怒りが…怒気が…
――――――――――――――――――――――――――――
なにまた素振り?
ほっとけ。わしはお主の様な才はないからの、振っても振ってもまるで足らん
…そうなの?足りないのって別のモノなんじゃない。
一体何が
そうね、カンシャかな。
なんじゃい、そりゃ。
――――――――――――――――――――――――――
「…。」
虚ろな瞳が彼を見ていた。
大観の怒気が、急速に収束していった。
振りきれない。
振れない。
自分は何を焦っているのだろうか
当たり前の話だ、いつの間にか自分は振るうための準備を怠っているではないか。
男は戦いの場に赴いて初めて笑った。
感謝だ。
剣への感謝。出会いへの感謝。出会った人への感謝。別れにも感謝。
だから、
大観はするりと刀身を抜き放った。
そして想い人への別れを一撃で終わらせた。
お別れじゃ。ありがとう。
†
彼しか判らぬ≪時≫が、動いた瞬間だった。
物干竿の刀身という『鞘』に集中していた寄生者たちは勢い余ってどうと倒れこむ。宛ら
蜘蛛の糸に群がりすぎた地獄の亡者たちのように。
本人に向かったものも僅かいたが、瞬時に現れた刀身に身を振るわれ塵と化していく。
首魁はこの状況に反応できていない。
大観は千載一遇の好機を活かすべく、悪鬼・道明寺羅門に切りかかった。
それは何者にも決して抜かれることのない鞘であった。刀匠の手により幾重にも鋼で
覆われ、中身が露出せぬよう封じられた偽りの刀身。
どのような技でどのような幻で剣を抜いたのか、本人にすらわかりえぬことだったが、
こうして抜けぬはずの刀は封を切られ、今宵、一本の刀の名が消えた。
長きにわたり隠匿されし伝説、その刀の名は、呪われし希望『福本剣』といった。
●PM2:00 敗走
『福本剣』
それは希望崎学園が過去、闇に閉ざされた時代、一人の刀匠が命がけで作り上げたと
される伝説の剣。
時代を切り開いたまさにその時代の象徴ともいえる
その一撃は凄まじく、話によれば≪転校生≫ですら一撃のもと屠ったという
―せめて安らかに眠れ
一撃を受けたコシヒカリ寄生者たちは、動きを止め、ゆっくりと塵と化し、崩れ地に伏していく。
晴観もまた、土に還っていく。
その流れのまま、大観は諸悪の根源たる悪鬼・道明寺羅門に切りかかった。
与えた一撃は左肩からの袈裟切りだった。
ダメ・ソレデハ・ダメナノ
彼は彼女の声を確かに聞いた気がした
福本剣は羅門の身体半ばにて動きを喰い止められ、進行を止めていた。刀身を握りしめるのは魚沼産コシヒカリ・羅門の手。
「未熟の極みじゃ。だが、だが…これは『福本剣』なのだぞ。効かぬのか!?」
流石の大観も驚愕を隠せない。いや事前に「ひょっとしたら通用しないかもね」と可能性は示唆されていたが
だが、この転校生ですら一撃のもと屠る即死剣が効かない存在があるとは、信じられなかった。
「フフフフフフフハハハハハハハ。素晴らしい。これがお前達の≪希望≫か、希望の≪光≫なのか
まさか、こんなところに隠してあったとは、どうりでどれだけ探しても見つからないはずだ。
木を隠すには森か。これは一本取られたよ。」
(ぴ、ぴくりとも動かない。こいつの力は寄生者全員合わせたより強い!?)
「そしてそれを使いこなすお前、見事だ。正に我らが探し求めた逸材よ。一目見た其の時から確信していたよ。
≪強き土≫ ≪清き水≫ ≪輝く光≫
種よ。おお、種よ。これで全て揃いました。」
感激のあまり羅門の目から白いコシヒカリが、ぽろぽろと零れ落ちた。
きしょいわ!そう叫びたかった大観だが、食いしばり力を緩めることすら叶わず言葉を放つ余裕すらない。
羅門の歓喜は続いていた。
「種よ。この巡り合わせに感謝いたします
これで人類は人類は!革新する。新たなる産地区割(サンチクワリ)を創造してフハハハハ…ブバッ!?」
らっしゃい。
音もなく身を跳ねあがらせたキヨコサンの全体重のせたままの姿勢でスケボごとキックが、
羅門の顔面にHITした。
「退避するわよ。…!」
羅門は魔法少女の全体重アタックに顔面をメメタァと歪ませていたがダメ-ジを受けた様子はなかった。
身動き一つせずギロリと目を動かすと、ハエを払うがごとき仕草で魔法少女を手で払う。
それだけで当たったスケーボーは真っ二つに折れ、乗り手のキヨコは猛烈な勢いで地面に
叩きつけられ、大きくバウンドして、大観の横にすべり転げた。
「効かぬのだわ。
生存適性。私の中のコシヒカリは今、この呪い剣が与える”生命の危機”を前に恐るべき
スピードで成長を遂げている。
この剣は学園の希望の象徴。それが力を与えている。フフ、希望は光なのだ。
強いて言えば君は私を袈裟切りするのでなく首をはねるべきだったな。それなら決着がついていただろう。」
大観はちらりとキヨコをみやる。ぴくりとも動かない。
―不味い、気を失ったのか。
だが、刀はぴくりとも動かない。退けといわれても退きようがなかった。
「考えているな。そう人間は考え、成長する。
そうだな。ここで、もし私が、≪君≫が己が身を我らに差し出せば、学園の皆の安全を保証しようと
言い出したら、君はどうするかな。」
自分の思い付きが気に入ったのが悦にいったように続けた。
「≪種≫にかけて約束は守ろう。さあ、お前はどうする?考えるんだ。」
大観に応える余裕などなかった。
その時、ぱんという短い発生音とともに今度は白いやわらかい光が闇夜を照らした。
ふわぁっと
おおおおおおおおおおおおお
歓喜が周囲を覆った
―力が緩んだ?いけるか
朝日に似た優しい光だった、コシヒカリ寄生者だけでなく羅門すらも、魅入られたよう光を見る。
太陽への憧憬と待望、それは植物としての反射行動だった。
気が付けば羅門の元から鬼無瀬の使い手と魔法少女は消え去っていた。
だが、手には福本剣が残っている。
「逃げられたか。まあいい、剣なき今、彼らに万が一の可能性もない。
今度はこちらから追いたてるとしよう。」
[ 補足:ミューティング会議の内容 ]
―時は遡りAM11:55 生徒会室―
魔法少女かく語りき。
―情報操作に踊らされているから、まず、大前提のちゃぶ台からひっくり返すわよ。
「はーい、学生の皆さま良い?
まず魚沼産コシヒカリに関してだけど間違った情報がかなり先行しているわね。その訂正から
五大災厄に数えられる≪魚沼産コシヒカリの脅威≫ってのは増殖とかゾンビ化ではないわ。
悪いけど、種の繁殖力がスゴイ・ツヨイってだけだと、認定災害レベルはBないしB+止まりなのよね。
そもそもコシヒカリ(とBL)は増殖だけでは海は越えれないから、滅びるのは日本だけでその間に
他国は対策が打てるしね。」
「魚沼産コシヒカリの問題は【特殊栽培作物】だってこと。
この種は特定の栽培方法に成功した場合、環境に適合した新たなコシヒカリとして生まれ変わるわ。
意味わからん?産地直送なプチ新潟が人間界にできるのよ。
成功例ないけど中途半端な失敗作でも、たいてい人類滅ぶからそこんとこよろしく。」
「次。繁殖。人間界の魚沼産コシヒカリは人体を介して繁殖するわ。それ以外は交配種のいわばパチもんよ。
太陽光とかエネルギーは必要だけど、重要素は三要素は
土=健全な肉体
水=潔白なる精神
最後の太陽の光は、≪希望≫っていわれてるけど、これが明確に何を指すのかまだよくわかってないわね。」
「夜明けがタイムリミットの追撃戦という設定は今回、道明寺羅門が生徒会にしかけた心理戦、
ようは本当の目的を達するためのプラグと考えられるわ。噂に振り回されちゃ駄目よ」
本格探偵が続きを引き受ける。
―話しあってたのはこのことなんですよ。
「間違った情報が予め道明寺羅門の手による流布と捉え、学園生徒会をはめるために仕組んだ罠
という前提に立つと道明寺羅門が引き起こした不自然な行動のおおまかな部分が説明つくんです。
―まず何故、開かずの間への深夜という時間を選んだのか。これは昼ないし夜明けでもよかった。
そうすれば6時間と言う猶予は発生しなかったはずですし、拡散も容易かったでしょう
―何故初期段階、校舎ルートを選び時間をかけ校門を出たのか、そして今もゆっくりとした進行している理由は
―そして開かずの間でのやり取り。全滅も可能だったのに何故彼は晴観の時間稼ぎにつきあい、風紀委員を見逃したのか
―そして最後、鬼無瀬の使い手が何故、生徒会の招集に即、応えられる位置にいたのか?
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
なにか身に覚えはありませんか大観さん?
そして、この緊急事態に生徒会は貴方に何を持たせようとするでしょう。生徒会の一存でできる最善手とは?」
「ここまでくると、考えられる結論は一つしかないわよね、
彼が求めているのは生徒会が長年隠匿し、隠し持っている伝説の剣「福本剣」であると。
かつて学園の暗雲を振り払った≪学園の希望≫の象徴。そしてそれを振るうのに相応しい使い手だってね。」
そして≪ソレ≫が生徒会室に運ばれてきた。
††
かくて羅門は来た道を舞い戻る。
彼の胸は躍っていた。
見つけた理想をこの手で実現させる。誰もがなしえなかった五大災厄の攻略が目の前にあるのだ。
そして生まれるのだ。我が手によって
健全なる肉体
清き精神
純然たる希望を備えた、新しき人類の革新的存在。
この地に”産地区割(サンチクワリ)”希望崎産コシヒカリの聖地が!
その胸の高ぶりに比例するように、やがて彼の歩は、自然と
腰はつきあげんばかりに左右に躍動していくのであった。
===================
噂を信じちゃいけないよ
私の心は純なのさ
ああ、霊長(ちょう)になる。ああ、花になる。
人類の未来は貴方次第なの
ああ、今夜だけ ああ、ここでだけ
もう
どうにも止まらない。
=====================
道明寺羅門、絶頂の時であった。
●PM2:30 窮鼠
大観は大股で地をかける。
手には剣はなく代わりに小柄な少女を抱えていた。
「こら、そこは剣を手放しちゃ駄目じゃない。」
「ああ悪い、タヌキ寝入りで隙うかがっていたんか。こりゃ、よけいなことしたの」
抱えた感触から気が付いていたのか、大観に驚きはなかった。
恐らく衝突寸前にタイツに付着した粒子を爆発させ衝撃を殺していたのだろう。
「・・・・いや私のミスね。貴方なら例え判っててもそうするだろうから。
そこは事前に打ち合わせで釘刺さなかった私が悪いわ。
どうも全体的に状況を甘く見すぎてたみたい。これであとの頼みの綱はアヤメちゃん
だけだけだけど、白の信号弾は『至急戻れ』の合図。羅門くんの周到さから考えるにどうにも
ハードなことになりそうね。」
††
生徒会室に二人が戻ると園芸部が秘蔵する『アンチ・コシヒカリ・ウイルス』の確保に向かった
遠藤アヤメと生き残りの生徒らに迎撃指示を飛ばしている生徒会長が彼らを出迎えた。
「結論から言います。アンチ・コシヒカリ・ウイルスは既に道明寺によってアンプル含め培養物は
全て破棄されていました。短期の復元は不可能です。
反道明寺派の誰かが密かに隠匿している可能性も考えられましたが園芸部員は全員子苗を
埋め込まれコシヒカリ化していましたのでこの線も完全に消えました。
日中の間に、部員全員を呼び出し閉じ込めておいたそうで、そして夜に子苗を埋め込みに
戻り彼らを苗床化をしたそうです。
これで真夜中に校内の進行ルートをとった説明も付きましたね。
そして彼らは伏兵として部室に潜み、道明寺から『訪れた人間を襲え』と命令されていたそうです。
私の様にウイルスを求める人間を想定してのことでしょうね。
コシヒカリにとって親の命令は絶対、故に彼らも従うしかなかった。そういうルールらしいです。」
大観が唸った。
羅門による計画的犯行が改めて浮き彫りになった瞬間だった。
その一方、生徒会長と魔法少女が訝しげな顔になる。待て、いまどこか妙なこと言わなかったかと…。
二人の様子に探偵が頷く。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「ええそうなんです。変なことをいいました。そのおかげで無事帰ってこれたんですけどね
そことキヨコさん達のお話と合わせると今回の事件の全貌は見えてきます。
酷く儚く惨い希望ではありますが…僅かながら事件解決の糸口見えてまいりました。
あとは、貴方次第です。」
探偵は彼を見やった。その時、生徒会室に見張りの生徒が血相を変え、駆けこんできた。
「大変です会長!校舎が、校舎全体がコシヒカリにぴっちり囲まれています。
そして敵首魁・羅門より通達。
要求は鬼無瀬大観の身柄を渡すこと。タイムリミットは夜明けまで。
人質は全人類。わたさなければ全人類を滅ぼすとのことです。」
●AM3:00 やっぱりコシヒカリには勝てなかったよ
羅門は生徒会室の応接室に足を踏み入れたのはそれから暫くたってからだった。
場には既に2名、椅子に腰かけていた。
部屋の主たる生徒会長の顔が緊張の為、強張る横で、魔法少女が、やほー羅門ちゃんと
手を振って出迎えた。
羅門は尊大な態度を崩さず、鼻を鳴らした。
「座談をしたいとの話だったが、≪種≫はいらっしゃらないのか?」
「いたらアンタ2秒でひっさらうか押し倒すでしょ。あとリミット迄に2時間ちょっとなんだし
気持ち整理する時間与えなさいよ。」
「それもそうか、会長殿は徹底抗戦するかと思ったが、意外とあっけなかったな」
大観の件はそれで納得したらしい。あるいはどうせ何もできないと見くびっているんか…。
羅門は会長に水を向ける。生徒会長ジョン・雪成が何ともいえぬ表情で答えた。
「我々は八方塞の上に四面楚歌だ。無駄な犠牲が少なくなるというのなら降伏するのは。
ただ大観を人身御供に差し出すとなれば話は別だ。
特に一人、色々納得がいかないところがあるので、疑問点をすっきり≪解決≫しておきたい
というのがでてきた、」
「構わんよ。今の私ならこの区域一人残さず5秒で殺せる。気に入らなければ全員殺す
ああ、あと茶菓子には生徒会が部連に内緒で買い込んでる『虎屋の栗ようかん』でよろしくな。
それ以外は認めん。それ以外なら全員殺す。」
「くっ、貴様何故その存在を」
「ふっ≪種の加護≫(じぜんちょうさというなのすとーきんぐのけっか)とだけ言って置こう」
「(話に乗ったの茶菓子目当てなのね…)」
††
羅門の巨体がソファーに沈み、場は3人となる。
そして最後の一人、お約束で探偵が現れた。遠藤本格なんとかさんだった。
探偵美麗的な動作で優雅にお辞儀を行う。
「皆さんお待たせしました。それでは今回の事件に関して、今だ見えざる隠されている真相を
解き明かしていきたいと思います。」ハイ、ハクシュオネガイシマス
この時点でコイツの首飛んでおかしくないよなと思いつつ二人は手を叩いた。
だが、羅門は唖然としたように探偵の顔をみつめるだけだった。
「…なんだお前は」
遠藤アヤメがにっこりと笑って答えた。
「≪探偵≫です。」
「…いやそうじゃない。生物学上の分類とか性別とか色々あるだろう。”お前”はなんなんだ。」
「分類は探偵で性別も探偵です。」
「・・・・。」
みしりソファにより深く沈みこむ音がした
流石の羅門も初見で遠藤のキャラシートを見た読者のような顔で沈黙するしかなかった。
キヨコが、合いの手を入れる、
「私も知らなかったけど人造探偵っての製法が植物由来で、しかもササニシキ使ってるそうよ。
探偵連中の頭のイカレ具合考えるとこれくらいが丁度いいってきもするけどね。」
「ちなみに私は山廃仕込みです。杜氏さんの腕で差が出るのが目下の課題でして
あの…羅門さん、羅門さん聞いてますか?」
「ああ。」
アヤメの存在が、よほど衝撃だったのか、製法まで確定しているのか…とか
ササニシキだとと呟いていた。
「それでですね、大観さんの今後を決めるにあたりまして、私、どうにも納得できない
ことがありまして一席設けさせて頂きました。それは貴方の動機のことなんですよ。」
††
羅門は薄く笑った。
「≪種の大いなる意志≫以外にあるのか?全てはそれによるのだ。」
探偵は首を振った。
「あると思います。ところで先ほどから私のこと気にされているようですが、
貴方にとって私は”どのように見えています”?」
羅門は再び沈黙した
「…。」
「貴方の部の副部長はこういいましたよ。『人間には見えない。どちらかといえば
我々に近い気がする』私がアンチウィルスを求め、園芸部の部室に忍びこんだときのことです。
彼はこうもいいました。『我々は部長にここに来た人間を襲えと言われている。
子にとって親の命令は絶対だ。逆らうことが出来ない。…ただ…』
ただし彼には私が人間には見えなかった。おかげで襲われずに助かりました。彼には彼自身の
主観があったのですね。」
そこで私は意識のある…本当に辛うじてでしたが…部員たちとコンタクトを取り、
貴方に関する情報を仕入れることにしました。
「彼らは一応に貴方に対し高い評価を下しています。惜しむらくは人一倍自尊心が高く孤高の
壁を作ってしまうことと名誉欲を求める傾向が強いこと。
今回の件に関しても彼らは――――
もっと自分達が
「嘘だな。
奴らがそんなことを言うはずがない。奴らは俺のことを疎んでいたはずだ。」
「そうでしょうか。
身を呈して園芸部の『植物園』を守ったことにより、部長の座を射とめた貴方を
本当に誰も評価してなかったのでしょうか
貴方は強く勇敢な農夫で有り、計算高く賢明な研究者であった。自尊心の高さと自己顕示欲
壁を作ってきた。
「なら何故あんなアンチウィルスなどと」
「諌めるため、だったんじゃないでしょうか? 貴方にその存在を知らせたのでしょう、彼らは。
止めてほしかった。一緒に自分達と同じ道を歩んでほしかった、そういうことなんじゃないでしょうか」
―孤独な種であろう。これを封じ込めたのは、その存在を恐れたからか?
―人間が駆逐され、コシヒカリが繁栄する未来を恐れたか?
―なぜだ? だが、ああ、そうだな――わかる
道明寺は、天井を仰いだ。
―お前は、私だ。
「終わったことだよ、今となってわな」
「会長、このとらようかんの御代わりってある?」
いや、そこ空気読んで!
「終わってませんよ、続きがある。綺麗事では終われない続きが」
探偵の言葉に力がこもった。
「親の意志に子が逆らえない―だが、貴方が初代部長の意志に背いて騒乱の種を捲いている。
明らかに親の意志に反してますね。それは親株が”死んでいる”からじゃないですか、
逆に存在し続ければ親は子を制御し続けれる。」
「そうともいえるな。」
羅門は認めた。
「ならば今回の一件、≪種の意志≫などといった超存在的な意志によるものではなく
貴方のただの個人的な思惑とに基づいた犯罪行為
「貴方は本当に人類を滅ぼす気があるのか、寧ろ逆ではないか、貴方はその存在を人類に知らしめるが
ためのデモンストレーションだったのではないか、そういう風に思えるのです」
「ふ。」
彼の水が揺らぎ、はじめて淀んだ。
「いや御見事その通り。全部、君の指摘している通りだよ。
コシヒカリは偉大だ。人類に革新を催す聖なる火種。第4の果実。だが一番重要なのは『私』だよ。
米世界の最先端を行く先靴者は『私』でなくてはならない
新潟の五大災厄を攻略ー世界初の快挙をなしたのは『私』でなくてはいけない
新たなる≪産地区割≫希望崎産コシヒカリを創造し人類に新たなる詠歌を齎すという偉業を達成するのは『私』でなくてはいけない。
種を褒め称え、崇める愚かな民を導く法王として君臨する存在として名を刻むのは『私』でなくてはいけない。」
「貴方自身が希望崎産コシヒカリという存在になったら≪道明寺羅門≫という存在がかき消されてしまう。
名を知らめ歴史に名を刻むためには、どうしたって人は必要だ。」
「初めからそのつもりだ。
希望崎産の聖地と手を結べば、安定したコシヒカリが手に入る。そう知れば人類、国家や権力者はどう考えるか。」
人類を滅ぼすほどの災禍を持つ、だが、同時に多大な恩賜も与える。
「考えるまでもありませんね。誰もが貴方にすり寄りひれ伏すでしょう。」
「結局、終始戯言だったな。あと2時間、夜明けと共に世界を滅ぼす力を手に入れることもまた事実なのだ。
まあ面白い余興だったよ。最後に残す言葉はあるか?」
「ええと、では最後の抵抗として、貴方の自尊心を満足させれるよう
貴方を讃える美辞麗句を時間まで並べ立てさせて頂きます。本当に貴方は素晴らしい。貴方を」
其の時、
ごうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううん
何かが猛烈な勢いで噴き出していた。これは霊圧、いや神威だ。
「貴方を信じて良かった。・・・・あっ失礼。もう時間来ちゃいましたね」
「なななな、なんだ これは」
羅漢が吠える。
「こんな全人類を革新へと導くイデオン級の物件など
心当たりが・・・・あ・る。い・や・あ・る・が、だが、ど・う・い・う・ことだ・・・・・
「簡単なことですよ。コシヒカリにおいて『親』の命令は絶対。それなのに分類上、初代部長の『子』であるはずの貴方が
初代部長の意志を翻し自由意思で動けるのか。それは『親』が死んでいるから、さっき確認したことじゃありませんか」
「ま、まさか」
次の瞬間、彼は周囲に配した彼の苗が全て刈り取られるのを感じた。
「賭けではあったんですよ。ただ全員一致で私達は賛成しました。彼のその勇気ある或いは無茶な決断に」
「ば、馬鹿な自ら手で災厄を解き放っただと。制御も予備知識もなく、何を根拠にそんな暴挙を、馬鹿者どもめぇ」
部屋にいる3人は顔を見合わせると異口同音にこう答えた。
「「「なんとなく」」」
「!?」
「「「あの人/彼/なら大ジョブだろうって思えたから」」」
「なんだか酷い言われようじゃのう。」
扉をあけ、ひょっこり彼が帰ってきた。なんだか難しそうな顔をしている。
「おかえりなさい。大観さん、とらやのようかん食べますか」
「いや、おんしに貰った遠藤特製の高カロリビスケットの御蔭で腹いっぱいじゃ。まあ喰わせたのは土のほうにだがな」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「馬鹿な、希望は我が手にある。どこにそんな、そんな、そんあものを形成する光が」
魔法少女が答えた。
「えーと羅漢ちゃん、さっきさ君、冗談半分(半分本気)とはいえ人類滅ぼすって宣言してたじゃない。
少なくともギリギリまで学園は追い詰めた。その理論で行くとそれに対抗できる唯一の存在の”彼”ってある種『全人類の希望』ってことになるんじゃないかな」
神威を身に纏った希望崎コシヒカリが頷いた。
「うむ、そういう訳でぬしを討たねばならん。
ただ最後にアヤツと同じ存在になれた。そのことに少しだけ救われた。
終わったら人類の迷惑のかからんよう寝るとしよう」
羅門が歯ぎしりをする
「眠られるですと!なんという罰あたりな
おお種よ、種よ、一体どこにいかれるというのですか?」
「お前の罪も背負っていく
「ならば磔刑だ」
種と言えど同じコシヒカリ、この手にある≪福本剣≫ならば羅門は隠し持った剣を振りあげる。
「遅い。」
振りあげたはず剣はいつの間にか彼の側、手元にあった。
「いや早すぎるというべきかの。人類にはコシヒカリはまだ早すぎる。」
―敵の攻撃すら自在に、なんという規格外。
そして彼の一撃で、七たび切られ八つに切り裂かれた。
―我が目に狂いなし。
「羅門、死亡確認。」
探偵は羅門に駆けよりその生死を確認すると事態とこの事件の終息宣言を行った。
††
最後に茶を飲み干し、キヨコサンがいう。
「アヤメちゃん、あのさ」
「ハイなんでしょう」
「名探偵ならここで真犯人は!とかそういう展開に持っていくべきなんじゃないの」
その問いに探偵は少し照れくさそうに、はにかむとこう答えた。
「お恥かしげながらその通りです。なのでわたくし、今だ探偵4級なのですよ。」
●PM6:00 顛末
そして何事もなかったように学園に朝が来る。
朝日を受けながら
生徒会長ジョン・雪成が大観―希望崎産コシヒカリ―を見やる。
「大観。やはりの『開かずの闇花壇』に戻るのか」
「うむ、わしも初代園芸部長と同じ結論じゃ。まだ人類にコシヒカリは早すぎる。
ただワシは部長と違い、惰眠をむさぼっとるだけじゃ。ちょと期間が長い休眠よのお」
言葉と裏腹にそこには果てしない憂いが感じられた。やはり、この男をしても新潟の
脅威は御しがたい危険な存在なのだ、と。
まあ、その割にさっきから魔法少女は希望崎産コシヒカリの背中に飛び乗って頭ぺしぺし
叩いているし、探偵はちょっとサンプル採取していいですかとかピンセット取り出してるし
全然緊張感がなかった。
こ、こいつら五大災厄なんだと思ってやがる…。今更過ぎる感想だった。
ちなみに二人の生徒会への報酬は
・のもじが今後やらかしたフルソンブリンクに関しては直接被害がでない限り不問にする。
・以降の希望崎学園内の活動許可
だった。無論、快諾した。屁でもない。
生徒会長は希望崎産コシヒカリに改め向きなおった。
「約束通り、晴観、お前を始め”今回の殉職者達”の葬儀は盛大に弔う。ただし晴観の
遺体は秘密裏に闇花壇の隣に埋葬する、それでいいな」
「すまんな最後まで感傷じみた真似をして。こっちは本当に捨て置いてもらって構わんじゃきぃ」
生徒会長は五大災厄の手を取るとあらん限りの力で強く握りしめた。
「いいかよく聞け、この植物野郎!
お前は俺達をよほど恩知らずにしたいようだな
我々と貴様はずっ友だ。次の、次の次の、次の次の次の生徒会長も…未来永劫ずっとだ。
そうやってな、お前のことを語り続けてやるぞ。」
「まあ、今回の恩忘れるような薄情もんなら人類滅んじゃったほうがいいかもね。」
「キヨコどの、お前さんに関しては100年後に顔出しても、平然とそのまんまの姿でいそうじゃがの」
全員が珍妙な顔で見つめ合い、誰かがぷっと吹き出した
それは大きな笑いとなって、風に流れて行った。
そんな中、名探偵アヤメは、立ちあがり慇懃に挨拶を行う。
「それではみなさん、どうやら今が、良き旅立ちの日のようです。
わたくしはこれにてお別れとさせていただきます。
それぞれの旅立ちの先に良き稔がありますよう祈っております。」
そういい彼女、名探偵アヤメは、現れたときのように颯爽と旅立って行った。
次の目的地に向け。
(SSRエピローグ『遠藤アヤメの人間迷宮』へと続く)
2014-08-13T20:08:02+09:00
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