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第一部隊その3


希望崎学園を襲った未曾有の事態――
“魚沼産コシヒカリ”の拡散の危機。

立ち向かうは、緑化防止委員。
一人は、さっさと死ぬために。
一人は、死から逃げるために。
一人は、復讐に生きるために。
それぞれ三者三様の生き様を抱えて、挑む。

捕食者さえ食い尽くす穀物と、
園芸の修羅を止める為に。








【AM 0:45 希望崎学園部室棟 園芸部・部室】

「……」

もぬけの殻、という表現が似合う部屋の中。
十数名の『子苗』を引き連れた道明寺が、辺りを見回し――溜息をついた。

「ほう、先手を打たれたか」

かつての同級生や後輩らの腕前は、部長である道明寺も十分に知っている。
彼らの腕前が自分に及ばないことも把握している。
僅かながら、園芸で繋がった者としての情がないとは言わないが――魚沼産コシヒカリとの絆に比べれば、小さいものだ。
だが、それでも確実に潰す為に、道明寺は『子苗』を増やした上での人海戦術を選んだ。
魚沼産コシヒカリの繁殖欲の影響かもしれないが―― ともあれ。
『子苗』の充実と引き替えに、道明寺は己への脅威を間引く機会を逸したのだった。

「ウイルスは当然持ち出されているとして……幾つか他の植物も消えているな。
 ……くく。だが、まあいい」

しかし。それでも、道明寺に焦りの色はない。
ウイルスの早期撲滅と、部員への『子苗』の植え付けが出来なかったのは痛手だが――致命傷ではない。

「流石に『アレ』は持ち出せなかったようだし、な」

道明寺は不敵に笑むと、『子苗』らに命じ『目的の物』を運ばせる。
ちょっとした保険程度だが――進化の為には、十分役に立つだろう。

「我らは、病害虫如きに負けるわけにはいかんのだ――その為には」

姑息であろうとも、小手先であろうとも出来ることは全てやる――
その呟きを聞いていたのは、忠実な『子苗』達だけだった。


【AM 1:00 希望崎学園 生徒会室】

「すみません……!ウイルスの培養が間に合わなかったのは私達の責任です」

部室から間一髪で脱出した園芸部員達が、緑化防止委員の三人に頭を下げる。
三人は出撃準備を整え、持ち物を整理しているところである。

「いいさ。あんたらはあんたらなりに、やれることをしたんだ。
 それに、ウイルスの“培養の知識”を失うほうが損失は大きいからな」
「あとは、その……僕たちが、なんとかしますから!」
「そのための緑化防止委員だからね、私達」
「ありがとうございます……こちらが、ウイルスになります。
 瓶の先端を突き立てれば、そのまま中の液体が即座に注入されます」

三人の言葉に目を潤ませながら、副部長がウイルスを差し出す。
一見どこにでもありそうな植物用栄養剤のアンプル瓶に入れられているそれを、甘葛が受け取る。

「これね。オッケー、任せておいて」
「あとは……役に立つかわかりませんが、これも持っていって下さい」

続けて、色々な種が入った小袋を靴精に渡す。

「園芸部にあった薬草や希少植物の種です。園芸の心得がない方でも扱えるものを選びました」
「あ、ありがとうございます……その、すいません」
「いえ、謝るべきなのは――私達です。
 私達が、部長を止められなかったからこそ……今回の事件は起きたんですから」
「悔やむのは後だ。あんたらは手筈通り、希望崎大橋を渡って学園の外に出ろ。
 会長、生徒の避難が済んだら大橋はぶっ壊してくれ。『子苗』の討ち漏らしを防ぐ為だ」
「分かった。……コシヒカリに覆われることを考えれば、橋の一つや二つ惜しくはない」

同席している生徒会長、須能・ジョン・雪成は逝谷の言葉に頷く。
彼の性格を、生徒会役員である逝谷は知っている――おそらく、雪成は最後まで残るだろう。
だが、彼を説得するような時間はない。生徒会の長という責任を、彼なりに取ろうとしている。
その結果が、命を捨てることになる可能性が高いとしても――逝谷には止められない。

「道明寺羅門は“希望の泉”にいると報告があった。噴水という水の供給源があるからかもしれん。
 ここを拠点に『子苗』を使って、残存する魔人を襲撃させているようだ」
雪成からの連絡に、三人が頷く。
「OK。……とりあえずは『子苗』を減らす。
 それじゃあ行くぞ、モリ、靴精。……作戦は、頭に叩き込んだよな?」
「あ、は、はい!大丈夫です! “ガツン”と叩き込みました!」
「そうそう、私も“スコーン”と叩き込んだから大丈夫!」
「……擬音コントは緑化防止した後でたっぷり聞いてやる。しくじんなよ、頼むから」

やや緊張感を欠く一幕はあったが――さておき。
緑化防止委員の仕事は、ここから始まった。

【AM 3:00 希望崎学園 希望の泉】

「……『子苗』が、減らされているな」

希望崎学園の中心部―― 大噴水“希望の泉”。
普段ならば、学生達の憩いの場となる水と緑に溢れた空間だが――
その地面は、既に耕されていた。他ならぬ、道明寺羅門の手によって。
一仕事を終え、噴水に尊大に腰掛けながらも――その肉体からは油断無き気迫を漂わせる。

「……来た、か」

来訪者の気配を感じ取り、道明寺が一瞥を投げる。
近くにいた『子苗』数名も、新たに訪れた者達へとゆっくり近付いていく。

「緑化防止委員、逝谷しおりだ。
 随分と頑張って増やしてたようだが『子苗』はあらかた始末した。
 ……道明寺羅門。悪いが、そのコメは青田刈りさせてもらうぜ」
「緑化防止委員、甘葛モリオンです。
 えっと、そう!青田買いさせてもらいますから!」
「青田買いと青田刈りは全く違う行為だが――まあ、良い。
 どちらにしろ、我らの成長の礎となってもらおう」

道明寺がゆっくりと立ち上がり、右手を挙げる。
それを合図に『子苗』が一斉に二人に跳びかかる――!

「……報告よりも随分素早いじゃねーか」
「でも、今の私よりは遅い……よねっ!」

言うやいなや、甘葛が履いているブーツに“速”の文字が浮かぶ。
事前に刻んでおいた、靴精の“キック・THE・シューズ”による、特異なる性能である。
瞬間、甘葛が弾丸のごとき速さで駆け出し――
襲い来る『子苗』に、超速度の蹴りを叩き込む。


「ガァッ!」
「ギャッ!」
「グワッ!」
「ゲハッ!」
「ゴボッ!」

次々に『子苗』は蹴り飛ばされ――動かなくなる。
「ほう。少しは、やるようだな」

周囲の『子苗』が倒れるのを見て、道明寺がゆっくりと動く。
――ここからが、本番だ。
緑化防止委員に、緊張が走る。

「あとは、大将のあなただけ……覚悟しなさい、ラッちゃん!」
「……ラッちゃん……?」
(あの馬鹿……何で敵を愛称で呼ぶかね)

逝谷の心中の呆れと、道明寺の微かな困惑をよそに、甘葛が飛び込む。
先程よりも一段階速く、相手が反応するよりも先に懐へ。狙いは、胸元。
手にアンプル瓶を構え、速度を乗せた突きを放つ!

「真っ直ぐ育つ若木はいいものだ。だが、真っ直ぐすぎる」

だが、流石は“園芸の修羅”と言うべきか。
甘葛の加速に即座に対応し、突きを右腕一凪ぎで弾く。
常人ならばこの一撃で腕がヘシ折れる、恐るべき園芸者の膂力!

だが、甘葛の腕は――折れなかった。
叩き付けられた右腕に沿って、くにゃりと曲がっていた。

「“柔”(フニャ)――身体を柔らかくしたのよん」

攻撃力の高さは調べがついている。ならば、受け流す。
その為に、予め甘葛の右靴に“速”(ビュン)・左靴に“柔”。
二つの異なる“性能”を、靴精が刻んでいたのだ!

「それじゃ、打ち込ませて貰うわよ!」

人体の骨格をも無視した柔軟性と、道明寺自身が放った腕薙ぎの勢いを利用して。
その反動で、手にしたアンプル瓶を今度こそ道明寺の胸元に――

「モリ、退け!」
「!」

逝谷の警告に、即座に反応して一歩引いた――それが結果的に彼女の命を救った。
道明寺の腕からコシヒカリの苗が勢い良く生え、甘葛のいた空間を貫いたからだ。

「ほう、よく見ていたな」

だが、急回避の勢いで――甘葛の手から、アンプル瓶がこぼれ落ちる。
くるくると宙を舞うアンプル瓶を見ながら、甘葛が間合いを取る。

「ふん、ウイルスか――悪いが、処分させて貰おう」

突き出した右腕を、そのまま空中のアンプルに向ける。
直後、実った稲穂から種籾が銃弾のように放たれ…… 

アンプル瓶を、打ち砕いた。

「い、いいわよ、そんなの壊されたって、まだあるから……」
「いいや。あの短時間で、二本以上ウイルスは殖やせない……
 勿論、今から殖やすのも無理だ。既に培養器は破壊した」

甘葛の強がりを、道明寺があっさりと打ち砕く。
だが、同時に道明寺が気付く。

――こいつらに、絶望の色が浮かんでいないのは、なぜだ?
目の前の男装した少女は、相変わらず空中に視線を泳がせている……空中?

「……そこか!」

視線の先を辿る。何もない空間――否。
芸術校舎2階の窓、そこにいるフードを被った人物!

「ああっ! バ、バレた!」

芸術校舎の2階にいた夜魔口靴精が、情けない声をあげた。
“静”(シーン)でギリギリまで“気配を消し”、“撃”(ズドン)で遠隔射撃を行う。
その弾を甘葛の“テレアート”で、夜景を“常時印刷”して隠す――
そちらから意識をそらすため、甘葛が肉弾戦闘を請け負う。手に持ったのは、水の入った偽アンプル瓶。
二段構えの作戦だったが――“園芸の修羅”の目は、誤魔化しきれなかった。

ここまでは。

「え、ええいっ、“撃”(ズドン)!」

既に発射態勢に入っていた靴精は、その動きを止められない。
見えざる弾を蹴り、道明寺目掛けて蹴るしかない!

「無益な」

だが、無情にも種籾の弾丸が靴精の蹴った弾目掛け、放たれる――
見えずとも、当たりはつく。所詮は真っ直ぐな弾道である以上、同じ射線の反対側から撃てば迎撃できる。

だが、その直後。勢い良く放たれた筈の種籾は、急激に速度を落とす。
そう、まるで「手でふわっと物を投げた」ときのように――

「!」

種籾の速度低下に気付いたときには、既に。

道明寺の胸元に、アンプル瓶が深々と刺さっていた。

「残念、本命はあたしさ――」
深く咳き込みながら、逝谷が道明寺に言い放つ。

“命知らずの悪戯部屋”――逝谷の周囲の物体の速度を、交換する能力によって
『半病人が手で投げた』アンプル瓶の速度と、道明寺が放った種籾の『弾丸の如き』速度が交換された結果。
逝谷が投げた本物のアンプル瓶が、弾丸の速度で。
道明寺の胸元へと、飛び込んだのだった。
つまりは、靴精が蹴ったのも――欺く弾。

「ぐ、お、おおお、おおおっ!?」

身体中に走る不快感に、道明寺が膝をついて悶絶する。
ビシビシと音を立て、道明寺の鍛え上げられた胸筋が、乾いた大地のようにひび割れる。

勝った――!
誰もが、そう確信した。

「……くく、く。ハハァッハハハハ!」

だが、その確信は甘いものだったことを――思い知らされる。

道明寺の身体から突き出ていた苗が枯れ、胸元が土くれの如く崩れ去った次の瞬間。
突如、道明寺が巨大な光で照らされる!

「! これは……」

逝谷が、光の先を見る。部活棟の屋上。
そこから照射されているのは――大型のライト。

「温室用の照射ライトか……!」
「如何にも。部室から『子苗』に運ばせた」

「無論、所詮は紛い物の光だが――
 ――ウイルスを克服する時間を稼ぐくらいは、できる」

人工光による『光の使徒』の強制発動――
道明寺が言う通り、その力は歪で弱い。しかし、その増殖速度はウイルスを打ち込む前とほぼ同等。
『親株』が道明寺の身体から突き出ては枯れ、また新たな苗が突き出ては枯れ。
しかし徐々に、枯れる速度は遅くなっていく……!

「あのライトを止めればいいのよね!?だったら……!」

咄嗟に、甘葛が“テレアート”を使う。
その直後、ライトからの光が大きく弱まる。
『ライトの表面』に『校舎の壁』の図柄を印刷し、光を遮断したのだ。

「モリさん、ナイスです! 後は僕に任せて!」

直後、窓から飛び降りて着地した靴精が足元の小石を蹴る。
蹴った物体を超速度で撃ち出す“撃”(ズドン)の力を受けた小石は真っ直ぐに飛んでいき――
ライトを粉砕し、後ろにいた『子苗』も吹き飛ばした。

「一足、遅かったな」

ぞくり。緑化防止委員の背筋に、寒気が走る。
声の主は――道明寺羅門。

「……やっぱ、量が足りなかったか……!!」
逝谷が苦々しく舌打ちをする。その口元からは、血が一筋流れる。

今のままじゃ、マズい。一旦退いて、もう一度策を練るしかない――
逝谷が撤退の判断を下そうとした、その時だった。

「……貴様。 どこで、それを」

甘葛が、道明寺に言葉を投げかける。
その様子は、明らかに――異様だった。
恐怖ではなく、憤怒を感じさせる声色。

「靴精! モリ引っ掴んで逃げろ!」
逝谷が咄嗟に命令する。しかし、一つ誤算があった。
夜魔口靴精は臆病者であり、事態の急変に対処しきれるほどの精神性がないことを、逝谷は失念していた。
逝谷が感知できるほどの怒気を受ければ、靴精は――狼狽え、戸惑う。

「え、で、でも――」

そのタイムラグが、逝谷の命を縮めた。

「どこで、 その石をおおおおおおおあああああアアアアッ!!!」

道明寺の崩れた胸元から覗く、石のようなものを見た瞬間。

甘葛モリオンの“地雷”が炸裂した。

靴の“速”を最大速度で発揮して突撃する。
向かう先は――ウイルスを克服した、道明寺の正面。

「石? 何のことだ」
「とぼけるなあああアァァアァっ!!!」

感情のままに、激情のままに。思考を停止させたまま、道明寺に殴りかかろうとする甘葛。
それを無感情に、無情にも道明寺の拳が捉える――

その直前。またも道明寺の拳が速度を落とした。

「……またか」

まあいい。身体に触れたが最後、そこから『子苗』を植え付ければ済む。
道明寺は緩慢に動く己の拳を止めることなく、急速度で突っ込んでくる“苗床”に当てようとした。

「……あああああああぁぁぁぁぁっ!!」


道明寺の拳が、空を切った。

「……きさ、ま、 離せええええええええっ!!!」
「ダメです!逃げるんです!逃げるんですってばああああああ!!!」

道明寺が顔を上げ、見たものは。

自分に背中を向け、一目散に逃げる夜魔口靴精と。
靴精に首根っこを掴まれ、引きずられる甘葛モリオンと。
靴精に同じく引きずられるように運ばれる逝谷しおりの後ろ姿だった。


残されたのは、逝谷が吐いた大量の血の跡だけだった。

「逃げたか」

道明寺羅門は、追おうとはしなかった。

破れかぶれで突っ込んでくる愚か者。
逃げ場のない恐怖から逃げようとする臆病者。
奪う栄養すらろくになさそうな死に損ない。

どれも、彼ら――魚沼産コシヒカリにとっては。
『克服すべき』ような環境ではなかったからだ。

もはや『子苗』の護りも不要。
あとは、夜明けを待てばいい――


~~~~~~~~~~~~

【AM 4:44 希望崎学園 番長小屋】


「ゲホッ、モリ、お前何してんだ、よ……」

口を押さえる逝谷。だが、溢れる血は止まらない。

「…………」
「し、しおりさん……もう、喋らないほうが……!!」

瀕死の逝谷を、悲痛な表情で二人が見下ろす。


あの瞬間。
撤退に逝谷が能力を使い、自分の『速度』と道明寺の『速度』を入れ替えた。
その隙があったことで、辛うじて指示に気付いた靴精が、自分も“速”で加速し
暴走した甘葛を間一髪で押さえ、無理矢理引っ張ってきたのだ。

しかし、その代償に――逝谷の寿命は、残り一桁まで減った。
身体にかかった負荷も大きく、やむなく番長小屋に隠れることとなったのだった。

「……お前の事情は、最初に聞いてた、けどな。
 道明寺が“父親の敵”なワケ……ねえだろ」

「ごめん、なさい…… 本当に、ごめんなさい……!!」

ぼろぼろと涙を流す甘葛は、今は落ち着いている――
『履いた相手の身体を冷やす』“冷”(ヒヤリ)と、『気配を消して静かになる』“静”(シーン)
二つを組み合わせて、“冷静”にさせたのだ。
蛇足ながら、このアイデアの発案も逝谷のものである。

「……ウイルスはもうねえ、しかも克服された……
 チェックメイト、かな」
「あ、諦めるのはダメですよ……! と、とにかく、何かしないと……」
「いや……多分、もうじき兵器が出てくる。
 そうなりゃあたしらも道明寺もみんなまとめて終わりだ」
「え……兵、器? なに、それ……」
「ま、待ってください!最初から、僕たちは……?」
「だよな? 会長…… 多分あたしらが、しくじったら……
 最終手段で封じ込める手筈になってる、そうだろう?」

呆然とする二人をよそに、逝谷が通信機に話しかける。
連絡先は、生徒会長。

「……逝谷君。どこで、知った?」
「推測だ。 ……学園の、お偉方が絶対どっかで、自分らは安全なところで。
 最終防衛策撃てるようにしてるだろうってのは、思ったさ……
 でなきゃ、あたしら3人だけじゃなく、もっと増援が来てる筈だ」

しばしの、沈黙。
それが暗に肯定を示すものだと、誰もが理解した。

「……ってーわけだ。 靴精。甘葛。
 お前らだけでも逃げろ」
「「!」」
「死ぬのが怖いなら、逃げていいんだ。生きてればなんとかなる、んだろ?
 生きてればそのうち、復讐の機会だって掴めるかも、しんねーんだ。
 ま、あたしは大人しく犬死にす」

その言葉に、俯いていた二人が顔を上げて、同時に叫ぶ。

「「冗談じゃない(わよ!!)(です!!)」」
「……おめーら、余命数日の、耳元で、叫ぶな」
「ここで僕たちが逃げたら!! 逝谷さんも、生徒会長も!
 道明寺さんだって死ぬでしょうが!!」
「まだ私、アイツから何も聞いてないのよ!
 答えを聞くまで、私も引き下がれないわよ!!」

「……お前ら」

「僕は臆病です、死ぬのが怖いです!
 でも一番怖いのは、僕の目の前で、僕のすぐ側で! 誰かが死ぬことです!!」
「私だってね、父さんの復讐のことばっか考えてたけど!
 敵以外を踏み台になんかしたくないわよ!!」
「……」
「……だが、どうするんだ。ウイルスは破られた。
 他に有効な手立ては――」
「会長。……兵器の起動とやらを、なんとか引き延ばしてくれ。
 夜明けから10分待ってくれると有り難い」
「逝谷君!? 何を言っている!夜明けが来たら、そもそも終わりなんだ」
「頼む! ……あたしが、あたし達が。パンデミックは絶対に止める」
「……! わかった。なんとか、交渉する!」

通信終了。

「……良く言ったじゃねーか。お前ら。
 そんじゃ、あたしも応えてやらねーとなあ……

 逝谷しおり、最後の頭脳戦だ。頑張ってガツンとスコーンと叩き込め、お前ら」


~~~~~~~~~~~~

【AM 5:34 希望崎学園 希望の泉】

「どういう風の吹き回しか、知らないが」

希望の泉――
甘葛と逝谷は、再び“園芸の修羅”の前に立っていた。

「もうじき、世界はコシヒカリで満ちる。
 わざわざそれを待たず、堆肥になりにきたか?」

「いいや。あんたを止めに来たんだ……ゲホッ……」
「……」
「一人、逃げたようだな」
「ああ。あいつは死ぬのが怖いらしいからな……」

朝靄が、三者を包む。
どこかで、もうじき訪れる朝を告げる鶏の声がした。

それを合図に、甘葛が踏み込む。

――遅い。さっきのほうが、まだ速かった。

ウイルスによって一度崩れかけたとはいえ、今やそれを克服した肉体にもう油断も弱点もない。
だが、あの後ろにいる女――もはや立っているだけでやっとだが、奴の力は厄介だ。
素早く対応しようとも、その速さを『取り替えられる』。
ならば、ここは受けて――反撃すればいい。

道明寺は熟練の園芸者として、冷静に戦いをシミュレートする。
栽培計画を立てるのは、園芸の基本だ。

霧の中、甘葛が放った跳び蹴りが――道明寺のガードに刺さる。

「! これは!」

道明寺の腕が、ピキピキと凍り付く。

「“冷・凍”(ヒヤリカチーン)……私の身体は今、氷の様に冷たいのよ。
 攻撃を当てれば、あなたを凍らせられる」
「……なるほど。理に適っている」

冷気。
それは、あらゆる環境を克服してきた魚沼産コシヒカリにとって、今や唯一ともいえる『弱点』だった。
厳寒の“新潟県”で育ったとはいえ、そこから下界に出るために“寄生”せねばならなかったのも。
全ては、冷気に『打ち克っていない』からである――!

「だが、お前の肉体。いつまで耐えられる?」
「……さあ。試してみれば?」

頭が“冷えている”甘葛は、落ち着いてヒット&アウェイで対抗する。
しばし耐えていた道明寺だったが、埒が明かぬとばかりに動く。

「苗を植えられぬなら、耕すまでだ」

道明寺の反撃――苗による寄生よりも、純粋な腕力を選んだ。

「!?」

だが、それこそ狙い。
腕を振り下ろそうとした刹那、道明寺の視界が暗転する!

「目潰し……いや、さっきライトを暗くした技か」

道明寺の『目』に、先程の『暗闇』を貼り付ける――
“テレアート”によって視覚を奪い、攻撃を空振らせる。
そして、また一撃を当てて離れる。

「だが……もうそろそろ、身体がもつまい」
「ええ。だから……これで決着よ」

冷気は既に、甘葛の皮膚を苛んでいる。
次の一撃が――最後だ。

「……はっ!」
「来い。貴様に克ったとき、我らは――最強となる!」

お互いに渾身の一撃を、ぶつけ合う――筈だった。
だが、道明寺の身体が不意に止まる。渾身の力を込めようとした、無防備な姿勢で。

――また、速度を入れ替えたか!? いや、『全く動けない』……!?

道明寺が逝谷を見る。逝谷は――血を吐いていない。
つまり、これは――

「……モリさん、やってくださいっ!」

道明寺の足元から、声が響く。
逃げていた筈の、臆病者の声――夜魔口靴精だ。

道明寺との打ち合いを甘葛が請け負ったのは、やはり陽動。
『静』(シーン)で気配を消し、『透』(スケスケ)で姿を消した靴精が
道明寺の靴を触り、『不・動』(ガチンガチーン)で動作を封じる――

単体で擬音が作りづらい漢字でも、熟語ならばより強力な『性能』を生む。
『冷』『静』を組み合わせたように。

そして。
甘葛の渾身の突きが、まだヒビの癒えぬ道明寺の胸元を抉る――!

「が、はっ――」

穴が穿たれると同時に、傷口が凍り付く。
引き抜かれた腕には、拳大の鉱石が握られている。
かつて、道明寺が父に無理矢理埋め込まれたもの――

「……返してもらうわ」

飛び退いた甘葛が、体勢を崩す。
冷気によるダメージが、限界を迎えたのだ。

「……く、はははは。見事だ、見事」

胸に虚空をたたえたまま、道明寺がなおも嗤う。

「だが、時は来た」

辺りが徐々に明るくなる。
夜明け――午前6時を迎えたのだ。

「終わりだ」

無情にも、朝日が校舎の隙間から差し込む。
そして、道明寺が己の能力を解き放つ――

――

「―― 何?」

僅か1秒ほどの間を置いて、道明寺が異変に気付く。
夜明けの光を浴び、己の血肉を水土としてこの世界を蹂躙するはずの苗が――育たない。
いや。育ってはいる筈。だが――

あまりにも、遅い。
『新潟県』の五大災厄たる穀物の、本来の増殖速度はおろか。
普通のコメよりも、まだ遅い速度で『育っている』……

「……どうやら、うまくいったようだな」

逝谷が、口元から一筋の血を垂らしながら不敵に笑む。
その足元には、一本の小さな木が早送りされるように育っていく。
その木を見た瞬間、道明寺が全てを悟る。

「――『億年松』と、生長速度を『入れ替えた』か」
「ご名答」

『億年松』――園芸部部長である道明寺は、その性質をよく熟知している。
生長速度が普通の樹木と比べても格段に遅く、盆栽サイズに育つまでに数千年を要するとも言われる特別な松。

その『億年松』が、逝谷の足元で盆栽サイズに育ち、その先端に松ぼっくりを実らせ。
松ぼっくりがすぐ隣の地面に落ち、芽を出し、根を張り――
それを見届けるかのように、親の億年松が枯れ朽ちる。
そのサイクルが、僅か数秒。

「てめえとコシヒカリ共が一心同体ってことは、つまりお前らは『一個の群体』って言える。
 だから、松一本でてめえら全部の増殖速度と交換できるってーわけだ」

逝谷の説明に、道明寺は口元を歪ませた。
おそらく、事前に試したのだろう。
園芸部にあった、いくつかの植物の種で――

靴に刻まれた『不・動』の二文字で身体を固定されている今の道明寺では、靴を脱ごうにも脱ぐ動きすら取れない。
コシヒカリを急速生長させて靴を壊す、あるいは逝谷を殺すことも――不可能だ。
頼みの生長速度は、億年松と入れ替えられている。
では、億年松を能力で生長させてしまえば――ダメだ。
例えそれが、コシヒカリを解き放つ為といえど。
他の植物に対して能力を使うなど――コシヒカリへの裏切りに他ならない。


なるほど。ここまでは、完璧な収穫手順だ。
だが――

「ならば、我らは――待つとしよう。
 お前の命尽きる瞬間を」

道明寺に焦りはない。

「気付いていないと思ったか?
 その首の痣、そして力を使う度に吐いていた血を」

おそらくは、命を削っている。
先の吐血跡からも、それは容易に想像ができる。

「あと何秒か、何分か―― 何時間、までは保つまい。
 それで、貴様の命は尽きる。そうなれば、最早我らを阻むものはない」
「そうだな――あたしの命は残りカス同然だ」
逝谷はあっさりと肯定する。
「だが、その残りカスが――次から次に継ぎ足されるとしたら、どうだ?」
「……何?」

逝谷の足元――病人が履くには明らかに不向きな、鉄の靴。
その側面に刻まれた文字は、二つ合わせて――

「“延命”(ノビノビーン)――
 靴を履いてる限り寿“命”が“延”々伸びるとんでもねえシロモノさ」

このアイデアを出したのは――意外にも、靴精だった。
『能力で縮むなら、延ばすことだってできるはず』――
ダメで元々だったが、見事にうまくいった。

「あんたの命と、あたしの命。
 魚沼産コシヒカリの生命力と、億年松の生命力。
 果たして、どっちが先に尽きるか――あたしは何億年でも待つぜ」

気の長い宣言を、余命数日のまま増えも減りもしなくなっている逝谷が道明寺に告げた。
しかし、それに引き続いての言葉は――道明寺にとって、あまりに予想外だった。

「なあに。時間は腐るほどあるんだ――
 あんたらの友達になってやるぜ、道明寺」
「……友達、だと?」
「ああ。なーに、今すぐ仲良しこよしにゃなれねえだろうが。
 生きていれば、そのうちなんとかなるもんさ」
「コシヒカリさん達……その、寂しいからって。
 全部自分になっちゃったら、つまんないです、から」
「そうね。なんだかんだで喧嘩したし、今も無理矢理押さえつけてるかもだけど。
 今からでも仲良くなって、パンデミックなんて考え、忘れさせちゃえばいいんだから」

緑化委員の三人は、さっきまでの闘気や殺気が嘘の様に、和やかに笑っている。

「あたしらに、コシヒカリの心。教えてくれや、道明寺。
 全部喰うのは、後からいくらでもできるだろうよ」
「…… ……」

ああ、そうか。
道明寺羅門は、魚沼産コシヒカリは――このとき、ようやく。
氷を溶かすような、暖かな心に触れた。
目覚めの時のように、無理矢理ズカズカと読まれるのではなく。
時間をかけて、自然のままに。
その為なら、彼らはきっと――何も惜しまない。
命懸けで、道明寺とわかり合おうとした。コシヒカリを止めようとしたのだから。


「どうやら、パンデミックは……防げたよう、だな」

不意に、四人以外の声がする。
声の主は……須能・ジョン・雪成であった。

「会長。……逃げてなかったのか」
「私は生徒会長だからな。……緑化防止委員を指名した責任もある。
 それに、元はといえば……」

雪成の言葉は、けたたましい着信音に遮られた。
慌てて、雪成が胸元の通信機をオンにする。
通信先は――職員シェルター。その主は、学園理事である。

「こちら、生徒会長の須能。……パンデミックは、もう起こりません」
『ご苦労。……だがね、いかんなあ』
「……タイムリミットのことでしょうか。それは事前に連絡したはずです。そして実際、彼らはやってくれた」
『いやいや、そうじゃあない。
 ……道明寺羅門を、どうして生かすのかねえ』

通信の音声は、緑化防止委員の三人にも、道明寺にも聞こえる音量だった。通信先からの音量設定。
――本来秘密であるはずのものを、わざわざ聞こえるように設定しての通信。
その意味に、雪成と――逝谷は気付いた。気付いてしまった。

『なるほど、若者の友情は美しい。だが、現実は“走れメロス”のように――ディオニスを許してめでたし、とはならないものだ。
 魚沼産コシヒカリは――撲滅されなければならんのだよ』
「! 君達! 急いでここから逃げろ!」
『――さようなら、道明寺君。須能君。緑化防止委員の諸君』

ぶつり、と通信が途切れ――辺りに警告音が響く。

『これより、緊急装置“ニブルヘイム”を起動致します。
 学園内の皆様は、直ちに退避して下さい』

「! まずい……!! EFB兵器が、起動される!」

雪成の叫びと共に、警告音が鳴り止み。
――無情なる極冷気が、職員校舎から放たれる。
“ニブルヘイム”――氷の国の名を冠した、凍結兵器が動き出したのだ。

逝谷しおりは、最期の最後まで、打開策を探そうとした。
冷気の到達速度を遅らせる?――無理だ。
自分の能力は、あくまでも『速度の入れ替え』だ。
さっき使った裏技も、同じ『植物の生長速度』同士だから出来た芸当だ。
甘葛の能力も、冷気を止めるような使い方はできない。ましてや、先程の戦闘のダメージがある。
靴精の能力なら? 空を飛べば、冷気圏を脱出できる可能性はある。
だが、空を高速で飛ぶ際にかかる負担に――逝谷と甘葛の身体がもたないだろう。
“身体を暖める”性能を与えたとしても――流石にEFB級の寒波で生き残れはすまい。
そして何より、靴精は――他人を見捨てるという選択肢を選べない男だ。

――今度こそ、チェックメイト、か。


その時。
最初に動いたのは、須能・ジョン・雪成だった。
逝谷のすぐ隣に位置取り、大急ぎで訴える。

「逝谷君!私の周囲と、君の範囲の外周の空気の『冷却速度』を入れ替えるんだ!早く!」
「何? ……そうか!会長、あんたの能力は……そういうことか!」

聡明な逝谷は、即座に理解し――“命知らずの悪戯部屋”を発動する。
寿命の延長はまだ効いている――時間の心配はない。

「靴精君! 甘葛君と君の身体を『暖める』んだ!……できればその後、逝谷君を君の身体で暖めてくれ!」
「え? ……は、はい! その、しおりさんすみません!セクハラじゃないですから!」

靴精が甘葛の靴に触れ、性能を“暖”(ポカポカ)に書き換える。次いで、自分の靴も。
“履いた者の身体を暖める”―― その暖まった身体で、靴精が逝谷に抱きつく。
逝谷の靴の“延命”を書き換えられないため、動ける靴精がフォローに回る形だ。


「……来るぞ!」
叫んだのは、道明寺だった。あまりの極低温に、空気が歪む。

だが、その極低温は――皆の10m手前で、ゆっくりとした動きになる。
引き替えに、雪成の身体を中心に冷気が超速度で放たれる。
尤も、その冷気はEFB級には程遠い。冬の野外程度で、靴精の“暖”で十分凌げる程度だ。

「“冷凍・一斗・轟”(レット・イット・ゴー)――“寒波を操る能力”だ。
 1年半前は、巧くコントロールできなかったが――今なら、寒さも速度も、万全だ」

「1年半前……だと? まさか、お前は」
「……すまなかった、道明寺。
 私の能力が暴走したせいで、お前を狂わせてしまった」

道明寺が僅かに驚き、雪成がそれに謝罪で返す。

「……そういうモロモロやってる場合じゃねーぞ、二人とも!
 会長の冷気が、もう“ニブルヘイム”の冷気とぶつかる。
 会長が寒波を操れるったって、EFB兵器に勝てるのか!?」
「無理だ。全力でも、数分凌ぐのが限度だろう。凍結処置の時間が終わるよりも断然短い!
 だからその数分で、最後の打開策を探すしかない!」
「でも、もう私達の能力でなんとか出来る方法なんて……」

「――安心しろ。我らが護る」

不意に口を開いたのは、道明寺だった。
その言葉の意味を真っ先に汲み取ったのは、靴精だった。

「ど、道明寺さん…… あなた、いえ、あなた“達”は、まさか……」
「心配するな。1年半前と、何も変わらない。
 ――友を護るために、全力を尽くす。それだけだ」

1年半前は、唯一の友であった“植物”を護るため。
そして今は、自らを友と呼んだ“人間”を護るため。 

「魚沼産コシヒカリよ――すまない。
 だが――お前も、私も。もう、孤独ではない」

その瞳には、既に数分前までの狂気はなかった。

「だから、力を貸してくれ――この者達を、護るために!」

さわり、と頭の稲穂が答える様に揺れ―― 朝日に照らされる。
次の瞬間、道明寺の身体を中心に魚沼産コシヒカリが爆発的に増殖する!

「! 何で!?パンデミックは、起こさないって約束したじゃ――」
「違います! これは――道明寺さんと、コシヒカリ達が……!!」
悲鳴を上げる甘葛に、泣きながら靴精が言葉を返す。
靴精には、彼らが何をするかわかっていた。
道明寺が最後に見せた表情が――かつてのあの日の、あの人と重なったから。
その表情は、コシヒカリに遮られてすぐに見えなくなった。

コシヒカリはみるみる間に育ち、殖えていく――だが。
倒れ込んでいる甘葛を、冷気を必死に制御する雪成を、身体を寄せ合う靴精と逝谷を取り込もうとはせず。
その背丈を、通常の米を遙かに超える異常な高さまで伸ばすように『進化』していく。
そして――彼らは自らの葉で、茎で、稲穂で――四人を包むように、ドームを作り上げた。
外の極寒波から護り抜くための、コシヒカリで出来た“温室”を。
増殖する稲は次々に冷気で凍り、枯れて藁屑へと変わっていく――だが、それ故に冷気を中に通さない。


「お前は、死を恐れていたからこそ……
 生存能力に特化し、その命を絶やさぬようにした。
 その代償は、孤独だった」

ドームの苗を次々に生み出す道明寺を、絶対零度の冷気が襲う。
四肢の末端が凍り付く中、道明寺は呟き続ける。

「だが。あの者達は……
 死を恐れぬからこそ、我らと必死に戦い。
 死を恐れぬからこそ、我らを越える知恵を見せ。
 死を恐れるからこそ、我らも生かそうとしたのだ」

「だから、我らも――死を恐れることなく、彼らを護ろう。
 生きて再び、彼らを友と呼べるように――!」


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数時間後。
“ニブルヘイム”が停止し、コシヒカリのドームが役目を終えて枯れ落ちた。
無事に生還した、緑化防止委員と生徒会長が見たものは――
仁王立ちで凍てついた、道明寺羅門の姿だった。
その背に浮かんだ“修羅”の貌は――笑っているように見えた。