七曲真哉プロローグ

【数ヵ月前 希望崎学園 生徒会室】


「さすがに疲れただろう。少しお腹を満たそうか」
「助かります」

須能・ジョン・雪成は小さく長く溜息を吐いた。
新たな生徒会長となった彼は、前会長から七つの『開かずの間』の詳細を引き継いでいた。
六つ目の『開かずの闇花壇』の説明が終わり、この学園には制御不能な世界滅亡因子が六もあることを知ったところである。

トゥー・トゥー
「すまないが、軽食を頼むよ」
『わかりました、ですよ。何かご希望はありますか?ですよ』
「そうだなぁ、マグロでも食べたいね」
『了解、ですよ』
前会長はモニター付きの通信機で少女にオーダーをした。

「残りの一つ、『開かずの監獄厨房』の話をしてしまおうか。と言っても、君も毎日のようにお世話になっているから他の開かずの間よりは親しみやすいだろう」
「ええ、むしろ今までの六つの間の話を聞くと、彼女がそこまでの危険因子にはとても思えないのですが。」

モニターの中で、監獄厨房に収容されている少女がマグロに包丁を当てた。
と、思うとその次の瞬間には『解体済み』のマグロが姿を現した。

「ああ、雪成君の見立ては正しいよ。彼女は外道に踏み入ったとはいえ、その本質は至高の料理人だ。だからこそ我々は彼女を収容しながらも、料理人として働いてもらっているのさ」

そう前会長がセリフを一つ吐いている間に、彼女は包丁一振りずつであらゆる野菜をいちょう切りに、輪切りに、みじん切りにしていく。
一般生徒には知らされていないが、生徒会および一部の教職員は彼女に注文をする権利が与えられている。
前会長も毎日三食彼女の料理を食すだけでなく、秘密裏に彼女の料理を用いていくつかの騒動を収めていた。

「監獄の本質がなんだかわかるか、雪成君。それはね、囚人の『保護』さ。」

そういいながら、前会長は雪成にひらりと一つの『レシピ』を手渡す。

「それは彼女が目標としていた、いや今もしているであろうフルコースのレシピだよ。」

須能・ジョン・雪成は一瞬めまいを覚えた。
メインディッシュ()()すべての主材料に危険度B+以上がついている。
そのなかには当たり前のように先ほど聞いたばかりの『魚沼産コシヒカリ』も並んでいた。

「そのフルコースを本気でつくろうものなら、当然彼女は死ぬ。ついでに言えば試作の段階でも何人も死ぬだろう。
 そんなわけで彼女には全力を出してもらわないために監獄厨房にぶち込ませてもらっているのさ。
 ま、はんぶん冗談にしろ『彼女の損失は世界滅亡にも匹敵する』なんて言ってる人もいるしね。
 彼女のファンは教職員にも何人もいるからね、そういう意味でも死なせるわけにはいかないのさ。
 まぁ、彼女も不満はあるようだが、きちんと食べてくれる人と料理する環境と料理の感想があればこれでいいと言っている。今のところはね」

トゥー・トゥーと通信機が鳴る。
「もうできたのか。相変わらず早いな」
『いえいえ、お待たせいたしました。マグロのフルコース、ですよ』
モニターにはスープ、海鮮サラダ、から揚げ、寿司、ステーキ、鍋と様々な料理が並んでいる。
「ありがたい。転出を『許可』する」
『はーい、送りまーす、ですよ』

監獄厨房は『管理人』の許可したものを転入・転出することができる仕組みとなっている。
生徒会室にマグロのフルコースが並ぶ。

「さて、冷めないうちに頂こうか」
「……いただきましょう。」
須能・ジョン・雪成は軽食ではなかったのかと突っ込みたかったが、それほどの気力は残っていなかったし、事実彼女の料理ならぺろりとおいしく食べれてしまうことも分かっていたのでやめておいた。

「まぁ、そんなわけで『監獄厨房』はうまいこと使ってくれよ。
 生徒会側の『管理人』は君になるわけだから、きちんと注文や食材の調達もするんだよ。
 この前は熊料理を究めたいと言っていたから、熊を送ってやってくれ」
「……了解です」
須能・ジョン・雪成はまた小さく長い溜息をつきかけたが、それを飲み込むように食事に手を付ける。
その行為は、溜息を止めるという意味では失敗であった。

「ふぅぅーー、うまい」
一瞬で体に染み込んでいくマグロスープは彼に大海を想起させる。
生徒会長、頑張ろう。須能・ジョン・雪成はそう心の中で誓った。
最終更新:2014年08月03日 21:05