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津神董花プロローグSS


 無機質な廊下に焦りの滲む靴音が響く。
 ここは生徒会特別監獄。学園自治法下の希望崎にあって司法機関でもある生徒会がその権限の下、通常の罰則で済む範囲を越えた重校則違反者を収容する施設である。
 そこを今、ジョン・雪成は訪れていた。刑吏担当の役員と共に目的の独房へと向かう。そしてその前に辿り着くと、二人はピタと足を止めた。
「なんだよ会長さん? 刑の執行ってのはこんな夜中にすんのか?」
 檻の向こうから軽口が飛ぶが、横の役員もそれを咎めようとしない。会長への不敬故では無い。そんな場合では無いとわかっているからだ。
 そこには腕の無い少女が一人、ベッドに腰を下ろしていた。囚人服の袖をダラリとさせ、足の指で器用に『さそり』を読む彼女こそが、今の雪成が必要とする人材の一人だった。
「刑の執行じゃない。そして恐らく、今後も執行されることは無いだろう、津神」
「おいおいなんだよそりゃあ」
 津神――津神董花が声をあげた。現在の希望崎で唯一の囚人にして死刑囚でもある。本来なら、彼女の死刑執行は一週間後に決まっていた。
「鬼無瀬ちゃんが余計なこと言ったのか? 俺なんかすぐシメてくれていいっつーのに……」
「鬼無瀬君は死んだ」
「……は?」
 雪成がピシャリと言うと董花は色を失い、コミックスをドサリと落とす。
 風紀委員・鬼無瀬晴観は殺人を犯した董花を逮捕した人物だが、彼女の動機には理解を示し、毎日生徒会室で減刑を訴えていたのだ。
「死んだって、鬼無瀬ちゃん、なんで……」
「つい先程、殺された。いや、厳密なところはわからないが、『元のまま』生存している可能性は極めて低いだろう。
 園芸部部長・道明寺羅門。その男が鬼無瀬君を始めとする風紀委員七名を手にかけ、そして今も動いている」
 役員は雪成の指示で檻の鍵を開け、呆然とした董花を解放してやると、抱えてきた大きなジュラルミンケースを渡す。
 中に収まっていたのは、鈍色に光る一対の義腕だった。医療用のサイバネ義肢など昨今珍しいもので無い。しかし主目的が日常生活の補助などでは決して無いことを、その凶悪なフォルムが物語っていた。
 この異形の双腕は言うまでもなく、津神董花が収監される以前、その両腕の不在を埋めていたものだった。
「いいのかよ……俺を出した上、こいつを返して。アンタら二人殺して逃げるなんざ簡単だぜ?」
「……鬼無瀬君の死の真相も半ばに、君はそんなことをしないだろう」
 そう言われて董花は言葉に詰まる。雪成は晴観ほど目の前の少女を買っていなかったし、だから死刑判決を覆しもしなかったのだが、しかしその人間性、且つ危険性にある種の信を置いてはいた。
「話の続きは道中だ。しっかり訊いてくれ。どうして鬼無瀬君が殺されたのか、君に何をして欲しいのかを」
 来る時よりも足早に、董花を加えた三人は生徒会室へ向かった。そこには既に他の2人が「緑化防止委員」の腕章をつけて待機しているはずだ。歩きながら義腕を肩口に接続する董花に、雪成は事のあらましを語り始めた。



「殺してやる……」
「いけませんよ、女の子がそんな言葉を遣っては」
 殺意を滾らせる董花を、相手の少女は高みから淑やかに咎める。
 水玉のワンピースに身を包み、布の無い、骨組みだけの傘を手にした彼女は、ふわふわと浮遊していた。そして大小の球を成した水が多数、同じく彼女の周りを漂っている。シャボン玉のように、星のように。
 魔人能力によるのが明らかな、異様な幻想美がそこにあった。
(こいつでゆうちゃんを……)
 董花はその光景に見惚れもせず、ただただ殺意を燃やす。彼女の友人は先日、校内で死体で発見された。全身が水に濡れた溺死体で、しかし発見された場所は水場から離れた陸の上。同じような変死事件は彼女で三人目、全員が女子生徒だった。
「土左衛門はガスが溜まって醜いって言われますけど、人が溺れ死ぬ様って、凄く綺麗なんですよ。
 この大きいの、色んな角度からそれを観察できてね、お気に入りなんです」
 少女は頭上を指して微笑んだ。浮いている中で最大の、大人一人呑み込めそうな程の巨大な水玉。三人の少女はあの中で溺死させられたのだ。あの中で董花の親友は死んだのだ。
「殺す……」
 二度目の宣言と共に、董花は右腕を振り上げた。長くゆったりとした袖が垂れて、隠れていた腕が顕になる。獣じみた異形の指先が太陽光にギラリと輝いた。
「まあ……物騒」
 少女が右手を見た刹那、董花の左手は袖に仕込んだ(ひょう)をノーモーションで投げていた。
 魔人能力『クイックスロー』発動。
 加速された鏢が投げると同時に額を射抜く。その速度の前に、回避も防御も以って不可能――董花必中必殺の暗技“夜鷹”。

「……!?」
 乾いた音を立て、鏢は敵の遥か足下、地面に突き刺さっていた。
 董花にも見えぬ速度で、投げた次の瞬間に、だ。
 鏢の軌道に触れたのだろう。弾けた水玉の飛沫が舞う。
「ずいぶん大きく外れましたね」
「……ちっ」
 董花は驚きながらも怯まず、鏢を次々と投げ放った。
 左右から弧を描く“鳶旋(とびつむじ)”、足下からの “飛燕”、頭上からの “隼風(はやかぜ)”――軌道に見合わぬ超高速でそれぞれが急所へ飛んだ鏢の群れは、しかしどれもが水玉を散らして地に落ちるのみだった。
「あらあら、ぜーんぶ地面狙いだなんて、蟻でもいたのかしら。
 いけませんよ、命は大切にしなくては」
「黙れよ……」
 素なのか挑発なのか、不愉快極まる言葉に怒りを強めながらも、たった今の不可解な現象について董花は思考を巡らしていた。
 全てが、投げた手の動きからは到底あり得ない外れ方。明らかに外的な力で軌道を逸らされている。力とは当然、魔人能力だろう。ではどんな能力か。
(重力操作?)
 目の前の光景とも合わせて妥当な推測に思われた。無重力状態を作って浮遊し、高重力で飛び道具を落とす。速度は増しても運動量の変わらない自分の能力では、どれほど加速させようとも重力の壁を突破できない。相性は非常に悪いと言えた。
(けど、俺に重力で攻撃しない。射程距離の限界はあるはずだ。
 一番外側の水玉が浮いてる距離以上、そこから俺まで未満……)
 しかし射程の外にいて安心、などと董花は思わなかった。慎重なのでは無い。自分はこの女を殺しに来たのだ。親友の命を奪った女を万倍苦しめて殺してやるのだ。どうにかして届かせるか、或いは近づくかせねばならない。
「打ち止めですか? じゃあ今度は、こちらから行きましょうか」
「……!」
 外面的には動きを見せぬ董花に、少女はそう声をかけた。
 手にした骨だけの傘ですっと指すと、周囲を漂う水玉の半分ほどがそれに従い、董花めがけて飛ぶ。
(こんなことも……!)
 重力操作のイメージから外れた水玉の動きに虚を突かれるも、速度は対応可能な範囲だった。
 素早く身を屈め、足下の土砂をサイバネのパワーで宙に巻き上げる。
『クイックスロー』。「投げられた」土砂の動きは鏢と逆に極めて緩慢なものとなり、そのままの高さで滞空を続ける。飛来した水弾は土砂の壁に阻まれ、尽く空中に霧散した。
「そういう能力なんですか。お見事」
 パチパチと拍手をする。董花が一つ舌打ちして第二波に備えようとしたところ、少女は更に言葉を続けた。
「でもね……貴女、色々と勘違いをなさっていますよ」
「何? ……がっ!!」
 突如、凄まじい重圧が董花を襲った。体感したことの無い力で地面へ押しつけられ、膝を着いて這いつくばらぬよう耐えるのが精一杯だった。
(重力? けど、アイツは元の位置のまま…………そうか)
 「勘違い」が何を指すのか、董花は漸く思い至った。
(あの女じゃねえ! 重力は水から!)
 仮に董花が軌道を視認できる速さで鏢を投げていたなら、水玉にそれが吸い寄せられていることに気づいたかも知れない。
 星に見立てた水玉に引力・斥力を与え、自在に操る力。彼女が『わたしの宇宙』(アクアバイナリー)と呼ぶ能力である。能力の射程は有視界内、水のある場所全て。
(水を飛ばしたのも防がせるため……くそっ)
 生み出す力の大きさは各々の水量に比例する。
 董花が砕き、飛び散った水弾が成した霧のカーテン。その一滴一滴は問題にならないが、微弱な力が合わさって強大な圧力となり、董花を大地へ押さえつけていた。
「ぐっ……うう」
 脛骨が軋む音を聞きながら、董花は顔を上げ、宙を揺蕩う女を見た。先程と変わらぬ高みから無様に跪く自分を見下ろしている。その口元には笑みがあった。
(笑いやがって……。ゆうちゃんが死ぬところも、そんな風に見てたのかよ……)
 両肩の、サイバネアーム接続部に痛みが走った。強圧に悲鳴をあげているのではない。
 嘗て両腕を失った日から、時折董花を蝕む痛みだった。
 どれだけやめてと懇願してもやめなかった連中。あいつらもヘラヘラ笑っていた。取り返しのつかない事態になっても、汚い顔が青ざめたのは保身の感情からだった。転校先の学校で、あいつらはまたヘラヘラと同じようなことをしていた。
 悪戯に他を害する者は、きっとみんなヘラヘラとやっている。
 傷跡に苦痛が、網膜にあの顔が、心に憎しみが、強く焼きついて離れない。
(笑うな、笑うな……ゆうちゃんのこと、笑うな。董花のこと、笑うな)
 義憤でも、純粋な友情からでもない。董花にとってあらゆる悪徳への怒りは、あの日の憎しみの続きだった。
「貴女は溺れて死ぬところ、別に見たくないですから。
 そのまま潰れて、死になさいな」
 穏やかな口調で言う。ヘラヘラと微笑む。
 全身を押し潰さんと強まる重圧の中、董花は全身の力を絞り出し、叫んだ。
「わぁら……う、なぁああああああああああっ!!!!」
 野良犬のように吠える様に、少女の笑みに微かな驚きと怒りが混じった時、董花の両肩から生えた双頭の魔獣もまた、主に遅れて唸りをあげる。
「……っ」
 袖が引き裂き、剥き出しにした腕には幾つもの穴があった。唸り声の正体は、そこから大量の空気を取り込む際の吸気音。
 何のために取り込むのか、高圧で噴射するためだ。何のために噴射するのか。加速するためだ。
 手の甲と下腕、それぞれに設けられたブースターノズル。そこから噴射された高温高圧の気流は周囲を包む霧の静寂を乱し、調和して生じていた圧力を打ち消した。
 当然、周囲の水玉とその影響が何もかも消えたわけでは無い。動きを制限するには依然十分。しかしそれを押し破るだけの昂ぶりを、無様に這いつくばりながらも董花は内に育てていた。
「そんな……」
 見開かれた少女の瞳に、立ち上がった董花の姿が映る。
「おう…………ああああああああっ――」
 掴み、踏み込み、腕を振り上げる。サイバネの腕力とスラスターからの噴射が凄まじい腕の振りを可能にする。
(何を、投げ……?)
 魔人の動体視力が捉えた異形の掌に、投げるべきものは何も握られていなかった。否
「あああああらああああああああああああっ!!」
 投擲。
 星々を押しのけ、迫った目に見えぬ力に少女は気づく間もなく撃ち抜かれていた。
「う……あっ、何で……」
 激痛に喘ぎながらも重力のバランスを取り、体勢を立て直そうとした時、先程より間合いを詰めた董花の第二投が少女の腹に突き刺さった。
(ああ、そうか……投げたのは……)
 空気を投げる奥義――“風切羽(かざきりば)”。
 水玉(ほし)の浮かぶ空は少女にとって宇宙そのものであり、大気は能力では制御できないものだった。勿論、そんなことを董花が知るはずも無く、ただただ、殺意を、憎しみを届かせようとしたことが功を奏した。
 完全にバランスを崩した少女の真上に、重力の制御を失った巨大な水玉が砕けて降り注いだ。

 朦朧としていた意識が回復すると、倒れた少女を、董花が傍らに膝を着き、見下ろしていた。
「凄い、貴女……私の負……あっ!!」
 言葉を遮り、鋼の拳が少女の大腿骨を砕いた。
「ひゅっ……ひゃ、やめで……私、抵抗しません……生徒か……ひいっ!!」
 董花は少女の柔肌に爪を立てるとそのまま捲り上げ、剥き出しの神経を引き千切りながら言う。
「何言ってんだ。生徒会に渡すなら何で俺が独りで来るんだよ!」
 股ぐらに手を突っ込み、性器に尖った指を挿入し、恥丘まで縦に裂いた。
「えう……っもう……あっ……嫌、許……じっ! りゅっ!」
「お前がゆうちゃん殺すから悪いんだ! 董花のこと苛めるから悪いんだ!
 死ね! 死ね! 死ね!」
 少女の肢体を鋼の魔手で蹂躙する、その顔に笑みは無い。衣装を返り血に染め、「死ね」「死ね」と唱えながら何度も何度も董花は拳を打ち下ろす。
 董花が少女の死に気づくのは、死んで十分程過ぎてからだった。
 腹から大腸を引き摺り出し、口に突っ込んだ死体を董花が生徒会室に担いで来たのはその10分後。鬼無瀬晴観の弁護も虚しく、何一つ悪びれない彼女に生徒会長、ジョン・雪成が死刑判決を下したのは四日後のことだった。



 全てを話し終え、雪成達は無言のまま生徒会室へ向かっていた。
「鬼無瀬ちゃん……殺した……道明寺……死ね。死ね」
 歯が欠けるのも構わず爪を齧り、もう一方の手でガリガリと壁を削りながら歩く董花。
 さっと振り返りその姿を一瞥して以降、二人はどこか逃げるような歩調で道を急いだ。