※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

プロローグ



【PM11:30 希望崎学園 生徒会直轄管理区『開かずの闇花壇』】


それは、闇の中ではじまった。

禍々しい金属音を響かせて、門が開け放たれる。
静かに吹き出すのは、鋭利な冷気。
続いて、乾ききった死の匂いであった。

(まるで合戦の痕か)
ひとりの女が、開かずの花壇の土を踏みしめる。
道着装束の女生徒であった。右腕には、『風紀委員』の立場を表す、青い腕章。
希望崎学園2年、鬼無瀬 晴観(きなせ はるみ)という。

その区画の空気は、魔人風紀委員として活動してきた彼女にとってすら、
あまりにも異質なものとして感じられた。
片手の懐中電灯も、この花壇の闇を照らすにはあまりにも頼りない。

(ここが、生徒会直轄管理区――『開かずの闇花壇』)
晴観は、その背に負った長大な木剣を無意識に握り締めた。
これだけ冷えた空気の中でも、手のひらに汗が滲んでいる。

生徒会が直接管理する『開かずの間』は、七つある。
いずれも、その過剰な危険性ゆえに封じられた、《何か》を収容する施設であるという。

例えば、この『開かずの闇花壇』。
魔人能力で鍛えられた鉄の壁で四方を覆われ、赤錆た天蓋で蓋をされている。
外観は、希望崎の広大な中庭にぽつりと出現した、異様な立方体のようであった。

そうした話を、晴観は完全に信じていたわけではなかった。
だが、この骨まで染み込むような冷気と死の匂いは――何かが――

「――この花壇」

不意に、傍らから声が発せられた。
静かだが、無色透明な圧力を感じさせる声だった。

晴観は木刀を握る手に、かすかに緊張をこめる。
いや、晴観だけではない。彼女に続いて花壇に踏み込んだ、六名の風紀委員も同様であった。
『開かずの間』に足を踏み入れるときは、立ち入りを許可された魔人一名につき、
七名の魔人風紀委員が同行せねばならぬ習わしだった。

「この花壇を耕したのは――初代園芸部長だったといわれている」

晴観の傍らをすり抜け、その男が夜の花壇へとさらに一歩を踏み出す。
大柄な男だ。
恐らくは農作業によるものであろう、鬼無瀬時限流の免許皆伝剣士に匹敵するほどの筋肉質な肉体。
頭に乗せられた麦わら帽子の損傷、そして眼光が、その男の歴戦の園芸歴を語っている。

晴観は彼の名を知っている。
道明寺 羅門。
希望崎学園三年生、園芸部部長。
春の全国園芸大会において並み居る強豪を鏖殺し、希望崎学園を優勝へと導いたことから、
その報奨としてこの『開かずの闇花壇』への立ち入りを許された人物。

(何を考えているか、わからぬ輩だ)
道明寺羅門という男について、晴観はそう断ずる。

たしかに彼は強い。さらには園芸部長として、圧倒的なカリスマ性があるのだろう。
だが、園芸部内にすら、部長の過去を知る者は少なく、他者と園芸以外の点で関わりを持とうとしない。
このような男に立ち入り許可を出した職員会は、報告書と成績だけで物事を判断しているとしか思えなかった。

「初代園芸部長は」
道明寺 羅門は喋りながら、ゆっくりと身をかがめた。
「強力な園芸者であった。72の死霊王を従え、園芸王国を築いたという。
 また、禁足地《新潟県》へ探索者として立ち入り、帰還した者の一人でもある」
花壇の土に指を触れる。
まるで舌で味わうように、土を指で弄ぶ。

「死んだ土だ。冷たく、命なき土――おそらくこれは、初代園芸部長の能力。
 こうして、あれをこの花壇に封じたのだ」
「待て、道明寺殿」
不吉な予感が、背筋を走った。
武芸者としての勘であろうか。

晴観は、瞬時に背から抜き放った木剣を、道明寺の首筋に向けている。
他の六名の風紀委員も同様――思い思いの武器を、あるいは魔人能力の発動を準備し、
道明寺羅門の一挙手一投足を警戒しているのがわかった。

「不穏な動きはやめてもらいましょう。
 立ち入りを許可されたとはいえ、この部屋からは何一つ持ち出すことは許されていない。
 その指先の土の一片でさえ、見過ごすことは出来兼ねる」
「――さて」
道明寺は向けられた木剣に対して、身動ぎすらしなかった。

「お前たちは、この花壇の死の匂いを警戒しているか?
 だが、この部屋に満ちる死は、あれを封じるものでしかない。
 そうして繁殖を防いでいるのだ。真に恐れるべきは、ほかにある」
「なんだと?」
「死んだ土。死んだ空気。水も光も届かぬ場所。
 なるほど、この土ならば――魚沼産コシヒカリでさえ、生き延びることしかできんな」

「魚沼産……コシヒカリだと」
聞き慣れぬ言葉、そして道明寺の無機質な対応に、晴観はいっそう不吉な予感を強める。
魚沼とは、たしか、《新潟県》にあるという地方の名だ。
禁足地《新潟県》から帰ってきた者は、ごくわずかでしかない――そのわずかな生還者ですら、
精神に異常をきたし、あるいは肉体に異変を生じさせ、もとの生活に戻れた者は絶無といわれる。

「この花壇に封じられている存在の名だ。魚沼産コシヒカリという」
道明寺は、わずかにうなずいた。
麦わら帽子のせいで、その表情が見えない。

「初代園芸部長の話をしよう。
 彼は禁足地《新潟県》から、ひとつの苗を持ち帰った。
 いや――持ち帰ることになってしまった、というべきであろう。
 彼はその苗に寄生されていたからだ」

道明寺が言葉を発するたびに、周囲の冷気が緩んでいくような気がした。
代わりに、不快な熱を感じ始める。邪悪な熱量であった。

「彼はその苗を、己自身ごと、この土地に封印することにした。
 苗の名は、魚沼産コシヒカリ。究極の穀物だ。
 栄養価は高く、風味に優れ、何より繁殖・生存能力に優れる――」

道明寺はしゃがんだまま、さらに土を指で撫でた。
晴観は能力の発動を準備しながら、道明寺の首筋に木剣を押し付けた。
「動くな、道明寺殿」

しかし、道明寺の声は止まらず、指は何かを探るように動き続ける。
「このコシヒカリの生存能力は圧倒的だ。あらゆる敵を排除し、環境に適応し、必ず実を結ぶ。
 必要なのは太陽光、水分、そして土。それだけあれば、どのような環境下でも生き延びる。
 すべての捕食者を滅ぼして」

不意に、道明寺の指の動きが止まった。
代わりに、かすかに腕が震える。
「孤独な種であろう。これを封じ込めたのは、その存在を恐れたからか?
 人間が駆逐され、コシヒカリが繁栄する未来を恐れたか?
 なぜだ? だが、ああ、そうだな――わかる」

道明寺は、天井を仰いだ。
「お前は、私だ」

(――涙?)
晴観は、道明寺の目を見た。
しかし躊躇はなかった。
この男は、明らかに警告を無視した。
殺さねばならない。
そのための能力が、晴観には、いや、この場の七人の風紀委員にはあった。

晴観の魔人能力の発動は一瞬である。
鬼無瀬時限流、『遮莫刃戮』という。

魔人にしか成し得ない、圧倒的身体能力が可能にする『ゼロ距離』からの斬撃。
木剣を触れさせること、それ自体が致命傷を意味する。
その破壊力と不可避性から、サーモバリック爆弾にも例えられる秘太刀であった。

(これは)
木剣が道明寺の首にくい込む。
晴観はその顛末を、奇妙に鈍化した感覚で見据えていた。

道明寺羅門を焦点に、他の風紀委員が放った何らかの魔人能力が襲いかかる。
炎が吹き上がり、強力な重力波の影が道明寺をとらえようとする。
ある者は額に手を添えて集中し、またある者はアナルバイブを己の肛門に挿入する。
それらはすべて必殺の魔人能力であっただろう。

だが、いずれも誤りであった。

(なんだ?)
道明寺の首を切断しようとした木剣は、ごくわずかな手応えを残して空をきった。
首の皮から、三寸ほど。
切り裂けたのはそれだけだった。

(こいつ、血が――)
道明寺は跳躍した。首筋から、血が噴き出さなかった。
首筋を三寸。人間が相手ならば、それで十分なはずだ。
晴観の繰り出す『遮莫刃戮』は、かすめただけで首の動脈を断ち、死に至らしめる剣である。
しかし、いまのこの手応えは。

「最強なる種こそが、この世を統べるにふさわしい」

道明寺羅門の目が、闇の中に爛々と輝く。
筋肉質な肉体は、異様な変化を遂げていた。
皮膚の下から、無数のコシヒカリの苗が突き出し――いままさに、めきめきと育っていく。
その植物は、道明寺の肉体を土とし、血を水分として、爆発的な成長を遂げていた。

「私が世に解き放ってやろう、魚沼産コシヒカリよ。そして――」

「あ、あ、ア――ア、アアアアアア――アアアア!」
晴観の傍らで悲鳴があがった。
額をおさえ、なんらかの魔人能力を行使しようとしていた風紀委員の一人であった。

「こいつの心――アアッ、なんだ――この――い、アアアア! ア、アッ!?」
悲鳴は途中で絶える。
白目を剥き、嘔吐しながら、その風紀委員が倒れた。
道明寺は、感情のない目でそれを一瞥する。

「恐らくは精神にはたらきかける魔人能力だな――コシヒカリの心に触れたか。哀れな。
 だが、光栄に思うがいい」

大きく両手を広げ、道明寺は一歩を踏み出す。

「お前たちも、我らがコシヒカリ世界の一部となる。『子苗』を植えてやろう」
その言葉に、晴観は言いようのない、無機質な絶望的を感じた。
相手は――植物。

「誰でもいい! 生徒会室へ急げ!」
気づけば、晴観は叫んでいた。

「私が時間を稼ぐ! 一刻もはやく生徒会長に報告しろ!」
「そうか? ……『時間を稼ぐ』か」
道明寺がさらに一歩、間合いを詰める。

「やってみろ。我々に対してな」
もしかしたら、彼は笑ったのかも知れない。
いずれにせよ、晴観は打ち込みの雄叫びをあげていた。


――そうして彼女が最後に見たものは、道明寺の背にある、鬼の顔のような凍傷の痕。
それから、己の体内に潜り込もうと蠢く、コシヒカリの苗であった。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

【PM11:45 希望崎学園 生徒会室】


生徒会長、須能・ジョン・雪成は、生徒会長の座でその報告を聞いた。
長い夜になる。あるいは、短すぎる夜か。

「夜明けまでに、彼らを止めなければならない」
ジョン・雪成は、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
生徒会室に揃う役員の顔を見回す。
誰の顔にも緊張と、かすかに忍び寄りつつある絶望の気配があった。

「太陽光を与えた場合、道明寺羅門の能力があれば、
 瞬く間に世界はコシヒカリに包まれる」
ジョン・雪成は、己の在籍中にこの危機が訪れたことを、心中で呪う。
しかし、義務は果たさねばならないだろう。
生徒会長ならば、恐怖も不安も絶望も、顔に出してはならない。

だから努めて平静に、ジョン・雪成生徒会長は左右に声をかける。
「彼らの動向は?」

「中庭から低速度で移動中」
「間もなく校舎入口へと到達します」
口々に答えがあった。ジョン・雪成は無言を保ってそれを聞く。

「その過程で、何名かの巡回の生徒を攻撃し、その結果――
 どういうわけか、殺害された生徒が起き上がり、奴らの軍勢にくわわっています」
「起き上がった者の動きは、きわめて緩慢。
 本体である道明寺羅門ほどの戦闘力はなく、一般魔人でも対処可能です」
「しかし、このまま増え続ければ、道明寺羅門自身への攻撃も困難になります」

「ああ」
ジョン・雪成はわずかな首の動作でうなずく。
「それはコシヒカリの『子苗』だ。繁殖のためのな。
 寄生されると、本体である『親苗』を守るために行動するようになる」

いま、やるしかない。
あの軍勢が、これ以上増える前に。
学校の敷地から、雪崩をうって解き放たれる前に。
夜明けが来る前に。

制約は多く、果たすべき義務は重い。
束の間、ジョン・雪成は瞑目し、風紀委員の死者のために、
あるいはこれからの死者のために祈った。
それから鋭く声をあげる。

「――緑化防止委員を結成する」
ジョン・雪成は、心中にある最後の希望をかき集めた。

「決死隊だ。
 志願者には、希望崎生徒会に可能な限り、すべての望みを叶える」



【AM0:00 緑化防止委員、設立。夜明けまで残り6時間】