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第三部隊その1」(2014/08/15 (金) 21:13:33) の最新版変更点

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*第三部隊その2 「ノイマ君この場は一時退避じゃ!」 「了解!」 ノイマ舞はボンヤリと座り込んでいる少女の手を引きチャリの後部に座らせ、 自身はサドルに腰を下ろし全力でペダルを回す。 魔人能力対策に廊下を広く作ってある希望崎学園ならば校舎内をチャリで移動も可能。 階段も車椅子生徒の為に作られたスロープを利用すればチャリから降りずに移動できる。 無論校則違反だが緊急事態故にやむなし。 「見よ、ワシらを排除すべきと判断した様じゃ」 自らの足でチャリに並走するトーシュが、コシヒカリの下僕と化した生徒を チラ見しながらノイマに声を掛ける。 歩峰トーシュはこの学園の理事の一人であり、自らリーダーとして緑化対策に 文字通り走り回っている。 『アンチ・コシヒカリ・ウイルス』。園芸部で密かに培養されていたそれを回収し、 コシヒカリの親株と一体になった道明寺に打ち込む事でこの混乱を終わらせる。 それがこの三人の当初の目標だった。 だが一足遅かった。道明寺はアンチウイルスの存在を知っていたのだろう。 コシヒカリと一つになった彼は『開かずの闇花壇』を脱出した後、逃げ遅れた生徒や 立ち向かう教師を打ち倒し配下としながら真っ直ぐアンチウイルスの元に向かっていた。 トーシュが学内の秘密のルートでショートカットできると言っても、彼が動き出したのは 事件の発覚の後からである。ノイマ達を連れて園芸部に向かった時にはアンチウイルス 開発に関わった園芸部員は全滅し、全てのウイルス培養液は排水溝から水道水と共に 流されていた。 そして今、自らの天敵を処理し終えた瞬間のラスボスと鉢合わせた三人は全力で逃走中。 後ろからは道明寺とコシヒカリゾンビ達が迫って来る。 「理事の力で何とかならないんですかアレ!」 「道明寺君単体なら、あるいはコシヒカリ単体なら負けはせんよ。ワシの武術は ああいった奴らとは相性がいいんじゃ。じゃが、今の彼は未知数な上に強敵に合わせて 自己進化する。万一ワシが全力で挑んだ上で負けたら他の部隊のエースでも どうにもならんぞ。アンチウイルスがあれば別だったんじゃが」 コシヒカリの親株と同化した存在は強敵に出会う度に自己進化する。 中途半端な実力者をぶつけるのは逆に危険。その事に気付いた生徒会は、 緑化防止委員会を三つに分けた。 一つ目は新潟探索チーム。コシヒカリがまだ新潟内にのみあった頃、何故その時点で 地球全土にパンデミックが広がらなかったのか。その理由は不明だが、 他の五大災厄と互いの力を打ち消しあっているという説が現在有力とされている。 阿野次きよこを中心とした中二力容量の高い魔人グループ、及び夜魔口靴精などの 戦闘回避と高速移動に特化したサポート班はコシヒカリの繁殖力を失わせる力を 獲得する為に新潟に向かった。 二つ目は最終防衛ラインチーム。希望崎大橋で待機し、道明寺及びコシヒカリに寄生された 奴らが本土へ行くのを食い止める部隊。 会沢格を筆頭に屋外での迎撃に向いた能力者が中心となっている。 また、生徒会の大部分もこの部隊に同行し、本土に到着後援軍を要請する予定だ。 そしてトーシュとノイマ他一名からなる校内決戦チーム。 アンチウイルスを使用あるいは道明寺に対して一番勝算のあるトーシュをぶつけ、 コシヒカリの親株を撃破し、校外に問題が漏れる前に決着をつける為の部隊。 (校内というフィールドならワシが最強と言う理事の言葉には誰も反論出来なかった) だが、アンチウイルスは入手できないわ、頼りのトーシュも勝ちが保障出来ないと 発言するわで現在は逃げの一手である。 「このままじゃすぐ追いつかれるわい。流石、弾丸に例えられる運動能力を持つ 親株寄生体と言った所か。ノイマ君、運転代わるから足止め頼むよ」 「え?」 そう言うや否や、ノイマの顔面にドロップキックが炸裂した。 流れるような動きでトーシュはチャリのサドルに飛び乗り、ノイマは広い廊下を 転がっていく。 「さっさと起きて足止めせんか。それとも自らの命でワシらを逃がしてくれるのかの?」 「イタタ、わっかりましたよ!やりゃあいいんでしょ!」 ノイマは鼻血を拭いモデルガンを両手に一丁ずつ構えて左右に飛びながら撃つ。 射撃体勢に入った瞬間、ノイマの背後を白い鳩が飛び視界内のコシヒカリゾンビの動きが スローになっていく。 ノイマの能力『ガン・カタすたいりっしゅ!』、一見銃使いとしては不合理極まりない動き だが、実の所それらの動きには魔術的な意味が込められており雑魚ゾンビなどには大きな 能力ダウンを与える事が出来る!今回使ったのは『羽の型(うーのかた)』、相手が集団で そこそこ直線距離がある時に有効な戦闘方法である。この他にも腕をクロスして 左右の敵を撃つ構えや銃身を斜めにしてタバコを咥えて首を傾けながら撃つ構えや 銃で直接相手をぶん殴る構えも存在するが、道明寺という桁違いの怪物がいるので これらの接近戦向けの構えはノーグッドである。 「「「「「「グワーッ!!!!!」」」」」 コシヒカリゾンビと化していた生徒達から苦悶の声が漏れバタバタと倒れていく。 10数メートル離れた距離から放たれたプラスチック弾は人への殺傷力はほとんど無い。 だがこのプラスチック弾はノイマが対ゾンビ用にと塩水にたっぷりと漬け込んだ特性弾! ゾンビ的なモノには大ダメージ!さらに『ガン・カタすたいりっしゅ!』で動きが鈍った 所に撃たれたので防御無視でダメージ!さらにさらにコシヒカリはモンスター分類で 植物族に分類される!植物は塩に弱い! つまるところ、あくタイプでくさタイプなコシヒカリゾンビ相手には魔力の込められた 動きから繰り出される塩弾は推定16倍ダメージ! こうかはばつぐんだ! 「お前達、しっかりするんだ・・・」 道明寺は倒れたコシヒカリゾンビ一人一人に手をかざしていくと彼らはゆっくりと 起き上がり道明寺の後に続く。恐らくはゾンビに蓄積された塩分と魔力を自分に 移し替えているのだろう。植物の中にもマングローブの様に塩害に強いものが存在する。 分体には行動不能となる量の塩と魔力でも、親株と同化した道明寺にとっては 屁のツッパリはいらんですよ状態なのだ。 そして道明寺がコシヒカリゾンビ全員を復活させた頃、ノイマもチャリに乗った二人も とっくにその場から居なくなっていた。 「逃げたか、行くぞお前ら」 「「「「「アー」」」」」」 トーシュ、ノイマ、他一名が逃げ込んだのは家庭科室。 トーシュが部屋内の黒板消しに手を伸ばし左右に力任せに引っ張ると、黒板消しは パカリと二つに分離し中からリモコンが出てきた。 そのリモコンのスイッチを押すと家庭科室の黒板が回転し、いくつものテレビモニターが 出現した。各モニターには校内の様々な場所が映されており、その中の一つに コシヒカリゾンビを引き連れゆっくりと進軍する道明寺の姿があった。 「理事しか知らない学校の秘密がまた一つ、ですよ?」 「今更驚かないわよ私は」 「ホッホッホ、なんせ魔人学園じゃからな、緊急時の監視手段はそこらにあるわい」 不自然な喋り方で少女は驚愕し、ノイマは疲れた顔で呆れ、トーシュは笑う。 「それより見てみよ、あのゆっくりとした足取りを。予想通りじゃ。 奴がその気になればワシらが決死隊となり現場に赴くより前にとっくに校外に脱出する 事も可能じゃったろう。じゃが奴は出口に近づいてはおるが未だ学内じゃ」 「どうしてですか、ですよ?」 「『孤独からの脱却』道明寺とコシヒカリはその一点で結び付けられた存在だからよ。 仲間を増やすのは彼の最優先する行動原理であり、仲間が居なくなるのは彼にとって 最も避けるべき事。だから手の届く範囲で活動している眷属と行動を共にし、 彼らが動けなくなった時は可能な限りは怪我を治してやる」 「その通りじゃノイマ君。今の道明寺はワシにも匹敵する戦闘力を持っておるが、 引き連れとる雑魚が足を引っ張っておる状態じゃ。じゃからワシは君をメンバーに選んだ」 「ノイマ先生が理事のパシリに選ばれた理由ってどういう事だってばですよ? 学校に小回りの利くチャリで来ていた事以外の理由があったんですよ?」 何時の間に手に入れたのだろうか、少女は焼き鳥をモグモグしながらトーシュに質問する。 だが、ノイマからしてみればこの少女がメンバーに選ばれた事の方が疑問だ。 自分は雑魚を誘導し、道明寺から見える範囲で奴らを半殺し状態にする事で 道明寺の行動を制限できる。完全には殺さない事で道明寺の行動をゾンビを助ける事に 費やさせる。しかもノイマの攻撃は道明寺本人には何の脅威でもないから自己進化で 解決する事も出来ない。 だがこの子は何の役に立つと言うのだ。この学校に赴任してまだ二年目のノイマは この少女の正体を知らない。トーシュとチームを組む事が決まった時には既にトーシュと 一緒にいたこの少女はどこの誰なのかを知らない。 チームメイトなのに「時間がないから」と素性を全く教えてもらっていない。 「理事、そろそろいいでしょ。彼女を何で連れてきたのか教えてくれませんか? というか本当に役に立つんですか、この子は?」 「なんじゃ、一緒におって一時間以上経つのに、まーだこの子の能力に気付いとらんのか。 馬鹿なの?死ぬの?」 「理事から見たら馬鹿なのは否定しませんが私は死にたくないです。教えてもらわないと 困ります」 「そうだな、私も聞いておきたい」 ガラッ。 家庭科室の扉が開き道明寺とコシヒカリゾンビ数名が現れる。 「話は全部聞かせてもらってない、だがお前達を全滅する」 「げぇーっ、道明寺!まあ、カメラ映像でもうすぐここに来るのは分かっとったがの」 「道明寺さん、こんばんはですよ。残念ながら全滅するのはそっちだ、ですよ」 「ああ、こんばんは。早速だが君は私に対してどの様に脅威なんだ?」 「それはですよー・・・」 「言わなくていいから!」 のんびりとした会話を遮ってノイマはジャンプしながらモデルガンを連射する。 背後で白骨化した鳩の死骸が転がる。 「ユキオ、クニオ、イチロー!」 羽の型が不発に終わった事に気付いたノイマは骨になった鳩を抱えて彼らの名を叫び号泣。 「おのれ道明寺、私の可愛いペットをよくも!」 「いや、私じゃない。犯人は多分あっちだ」 ノイマの後ろでは相変わらず少女が焼き鳥をモグモグしている。 トーシュも一緒になって焼き鳥を食べている。 「お前らか!」 「ノイマ先生もどうぞですよ」 「皆で食べると美味しいね、ってコラー!」 「ほむいたえれてヴぇげげげむほほほほいいべえうぇ」 「理事は食べながら喋ろうとしないでください!どんだけ食欲に支配されてるのよ!」 ノイマはトーシュと少女の頭をモデルガンの角でしばく。 それをものともせず二人は鳩の焼き鳥(三羽分)を完食すると道明寺の方へ包丁を構える。 「あ、食事休憩終わったんで、攻撃してきていいんじゃよ道明寺君」 「アッ、ハイ。所で理事とその子が持っている包丁、なんか緑色の汁塗られてません?」 「はい、アンチウイルスですよ」 「あーそっか私が半時間前に全部容器を割って排水溝に流したアンチウイルスかー。 ハッハッハッハッハ」 「「「「「「「「「「「「「「「なぁにーぃ!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」 道明寺、コシヒカリゾンビ、そしてノイマの声が綺麗にハモった。 「いや、確かに全て破棄したはずだ。部員がどれだけの量を培養していたのか、 彼らが私に秘密でアンチウイルスを増やし始めた時期から逆算したらあれ以上の数を 作れていたはずがない」 「はい、道明寺さんの言う通りですよ。私があの部屋から持ち出せたのはこれだけですよ」 少女はスカートのポケットから紙切れとビニール袋を取り出す。 紙切れの方にはアンチウイルスの培養過程が書かれていた。 ノイマは少女が部屋に来た時ずっと座り込んで何かをしていたのを思い出す。 「あの時は恐怖に震えていただけかと思っていたけど、この紙を回収していたのね。 で、そっちの袋は何?」 「ただのビニール袋ですよ。あの部屋の空気を十分に入れたですよ。 道明寺さんは結構勢いよく水道水でアンチウイルス流してしたですから 空気中に微量のウイルスが飛散していたと思ってやってみたらビンゴだったですよ」 アンチウイルスは植物にしか感染せず空気中には10分と存在出来ない。 人間の肉体に植物の本体が守られた構造になっている道明寺及びコシヒカリゾンビ達を ウイルスで倒すには注射器を使うか、ウイルスを相当量含んだガスを吸引させるか ウイルス付きの刃物で切るかしないといけない。だからこそ、道明寺は大胆に全容器を割り 排水溝に流す事ができたのだ。 「空気中に飛散した量程度では私はモロチンの事、生徒達も倒す事は出来ない。 仮にビニール袋で回収したウイルスをどうにか保管できたとしても、包丁二本に 塗り付けられる量にまで培養するには半年はかかる。では、その包丁に塗られたのは何だ?」 「ですから、貴方達を全滅させるだけの量のウイルスですよ」 「追い詰められての苦し紛れのハッタリか?いや・・・」 「迷う事はありませんぜ、親株の旦那ぁ~」 勝負をつける為に突撃すべきか、退避して本土を目指しつつ朝日を待つべきか 悩む道明寺を一体のゾンビが押しのけ前にでる。 「ここはこの俺に任せろってね、あんなのがハッタリでしかない事を証明してみますよ」 他のコシヒカリゾンビとは一味違いそうなこのゾンビは猛牛の如き構えを取るとその 両腕にスパークが走る。 「げぇーつ、あの構えは魔人体育教師の城ヶ崎先生!今回の戦いでは風紀委員と同行して 戦っていたと聞いていたけど、既に敵の手に落ちていたなんて!」 「知っているのですよ?ノイマ先生?ですよ」 「ええ、ワンゲル部だけで対処出来ない怪物が屋外で発見された時はよく手伝って 貰っていたのよ。ゴーレムやミノタウロスが相手だと私は無力だしね。 もし無事に合流できたなら戦力として期待できたんだけど・・・」 ノイマは複雑な感情を顔に浮かべながらモデルガンを城ヶ崎ゾンビに向ける。 だが、城ヶ崎ゾンビはかつての親友のノイマも、何らかの手段でアンチウイルスを 培養した少女も無視し、トーシュを恨み一杯の目で睨み付ける。 「センセイ、あの時はよくもやってくれましたね。おかげで俺はこのザマですよ」 「ほう、欠けた魂をコシヒカリが補って延命されたのか。実に興味深い。さて、 今の君はどんな味がするかのう?」 「あの、理事」 「なんじゃいノイマ君」 「城ヶ崎先生に何したんですか。あの温厚な城ヶ崎先生が何であんな顔してるんですか」 「適当な理由つけて、魂の核抉り出して食べちゃった。てへぺろ」 タターン、シュバッシュバッ、ズバババッ 「ノイマ君、何で急にスタイリッシュなバク転でワシから距離を取るんじゃ」 「今私の中で理事の危険度が道明寺と並びました。手の届く範囲に来ないでください」 「安心せい、このシナリオではせいぜい君の事を肉壁程度にしか利用せんよ」 「他にシナリオがあってそっちでは私を酷い目に遭わせるのが確定してる様な事 言わないでください」 「お前ら俺を無視するんじゃねえー!」 決死隊メンバーの漫才を遮り城ヶ崎ゾンビが突撃する。自己防衛本能がトーシュに 奪われてしまった今の彼の拳はプロローグの時とは比較にならない勢いで振るわれる。 だが、主人公達の会話に横槍を入れる再生怪人の末路は確定している。 「馬鹿めが、憎しみで戦い方が単調になっておるぞ。そんな動きではワシは倒せんよ」 ゾンビ化と憎しみに染まった影響だろう。城ヶ崎ゾンビにはオルゴールの音は 届いていなかった。 トーシュの魔人能力『サカサマの歌』で距離感の狂わされた城ヶ崎ゾンビの拳は大きく 空を切り、トーシュは無防備な胸へと包丁を突き刺す。 「ぐああああああああああああああああああああああ」 心臓を貫かれた城ヶ崎ゾンビの全身から煙が噴き出て、数秒苦しみぬいた後 倒れて動かなくなる。コシヒカリに寄生されたゾンビは心臓を破壊されても即死はしない。 城ヶ崎ゾンビが煙を出しながら死んだのは包丁に塗られたアンチウイルスが本物だという 何よりもの証明となった。 「ふむ、これがコシヒカリと同化した魂か。どれ」 トーシュは城ヶ崎ゾンビの胸から魂を抜き取り、それを口に含み舌で転がす。 「うむ、最初に食べた時は保身のくどい甘味がしたが、今度は憎しみによって 程よい苦みが広がるわい。おほっ、苦みに混じって一瞬だけ今まで味わった事のない 美味が!これが新潟コシヒカリの味か!うーまーいーぞー!! じゃが、やはり親株の、それもちゃんと調理されたのを食したいのう」 「親株の調理は任せろバリバリー、ですよ」 「・・・マジモンのアンチウイルスだったんですか。持ってたなら何で私に 教えてくれなかったんです!」 「じゃってのう、ノイマ君が足止めに失敗してゾンビ化したら道明寺にアンチウイルスの 存在がばれるじゃろ」 確かにこの件についてはトーシュが正しい。道明寺は植物の心を読む事ができるから ゾンビ化したノイマが情報を持っていた場合、アンチウイルスを持ったトーシュとの 勝負を避けて朝日を待つ戦法に切り替えていた可能性が高い。 アンチウイルスの存在を伏せたままこの家庭科室を決戦の場にする、その為には 道明寺相手に戦力に数えられないノイマには情報を与えないのが正解。 ノイマはぐうの音も出なかった。 「さて、状況は理解したかな道明寺君?君を殺す手段はここにある。 逃げるかね?逃がしはせんよ。ワシは君が逃げるルートを封じる事が出来る。 そうじゃなあ、よし、君がこの家庭科室から逃げて校外に行くのなら、君が必ず 通らなきゃならんルートに無事な生徒を誘導しよう。どうじゃ、これなら 君が生徒達をゾンビ化している間に追いついて、この包丁でグサッといけるぞい」 「生き残りの生徒をエサにするって事ですか!?それでも教育者ですか!」 「ワシ理事じゃもん、ノイマ君と違って現役の教育者じゃないもーん。 で、どうよ道明寺君、どうするんじゃよ?君に『孤独を恐れる本能』がある限りは 君は絶~~~~~~~~~~~~対にこの学内ではワシからは逃げきれん。 どうする~?ねえ、どうするんじゃ~?」 「・・・理事、それからノイマ先生、勘違いされては困る」 トーシュの挑発に対し道明寺は感情を表に出さずに返す。 アンチウイルスが塗られた包丁を見た時は大変驚いていたが冷静さを取り戻した様だ。 「貴方達はようやく私を倒す手段を得たに過ぎない。この場には 私に刃が届きうる男が一人、アンチウイルスを作れるが戦力外の女が一人、 どちらの条件も満たさない女が一人。理事、さっきの挑発は悪手でしたね。 あれで貴方はここにいる者以外には頼れる戦力が無い事を自白してしまっている」 道明寺が右手を一振りすると、コシヒカリゾンビ達は家庭科室の外へ出て行った。 「これで心置きなく全力を振るう事が出来る。覚悟せよ、今日が人類の最後の夜、 そしてコシヒカリの始まりの夜」 「うっさい、燃えとけ」 トーシュの手元に小さな火が発生する。 「あ、私がワンゲル部で使ってるチャッカマン。何で理事が持って」 ノイマが疑問を最後まで口にする事は出来なかった。 チャッカマンの火が一瞬大きく燃え上がった様に見えた後、家庭科室内が 爆音と閃光に満ちる。 希 望 崎 名 物 小 竹 式 ガ ス 爆 発 術 !!!!!!!!! 城ヶ崎ゾンビ撃破後、トーシュは密かにガスの元栓を開いていた。 普通ならばガスの異臭に気付かれるはずだったが、この部屋には城ヶ崎ゾンビの 血の臭い、鳩三羽分の焼き鳥の臭い、そして道明寺とトーシュが発する強者のオーラが 場にいる全員の嗅覚を刺激し、ガスの臭いに気付かせなかった。 「ぐっ・・・くそ、懐かしい、いや小賢しいマネを」 爆音の残響が耳を支配し、粉塵が視界を覆う中、道明寺は心臓と脳を両手で守りながら 状況を把握する。コシヒカリの持つ感覚を動員すればこの状況でも目は見える。 右後方に気絶しているノイマ。全身にテレビモニターのガラスが刺さっており、 とても戦える状況ではない。M字開脚から黒系のセクシーな下着が見える。 前方には黒こげのトーシュ。爆発の中心点にいた為ダメージはノイマよりも酷く、 顔の皮膚をほとんど炭化させ、チャッカマンを構えたポーズのまま硬直している。 割れた窓からヒューと冷たい風が吹くとトーシュは変わらぬ姿勢のままコテンと倒れた。 「な、何がしたかったんだこの老人は」 特攻にしてもあまりにも意味不明、唯一渡り合える戦力である自分自身を失い こんな事をする理由が無い。何より、この老人は自分を犠牲に人類を救うなんて事を 絶対にするはずが無い。 あまりもの異常事態、だからこそ道明寺は気づくのが遅れた。この場に一人足りない事に。 もぞ もぞ もぞ 「な、なんだ」 城ヶ崎ゾンビの肉体が突如動き出しその下から女性の手が出てくる。 「よいしょ、よいしょっと。ですよ」 額に汗を流しながら少女が城ヶ崎ゾンビの下から這い出てきた。 少女は立ち上がると懐から二本の包丁を取り出し構える。 その刃は緑色に濡れていた。 「ゲホゲホ、あー、最終決戦ですよ」 「君が・・・戦うのか?理事は君に全部託したのか?」 「ですよ」 少女は確かに多少は戦闘慣れしている様だが明らかにトーシュよりも、ノイマよりも弱い。 道明寺には最早何も分からない。 (この少女を囮にノイマ先生か理事が奇襲を?いや、二人とも完全に瀕死だ。 この部屋自体に罠が?罠があるならガス爆発なんて不確実なものは使わない。 彼らは陽動で時間稼ぎが目的?アンチウイルスは本物だった。理事が直接戦った方が 勝算がある。少女がアンチウイルスの塗られた包丁を振りかぶって私に向かってくる。 どう見ても戦闘型通常魔人級の動きだ。そうか、私の動揺を狙う事自体が目的か、 ならばもう迷うまい) 「もう何が起きても驚かんぞ、その刃をかわしてコシヒカリの芽を植え込んでやろう」 「これはぽーい、ですよ」 「え゛」 少女はアンチウイルス付きの包丁を二本同時に窓に向かって投げ捨てた。 道明寺から見て少女の唯一の勝利手段を投げてしまっていた。 「ちょ、何やってるんだ!アレが無いと私に勝てないだろーが!」 「要らないんですよー。ここが家庭科室であり貴方は米である。 ならば私の能力発動の条件は整っています」 少女の両手が拍手する様な形で道明寺の眼前に迫る。 完璧なタイミングの猫だまし、だが、コシヒカリの親株の寄生体は 猫だましでは死なない。少女の動きは猫だましでは無かった。 「the Quick Point from Parallel Partners」 呪文の様な呟きが聞こえた。 それが道明寺が最後に聞いた言葉となった。 ぱん、と乾いた音と共に勝負は決した。 顔の両側を手で挟み込まれた道明寺は、一瞬で首から上がオニギリになっていた。 「私と道明寺さんには天地の実力差がありましたですよ。 身体をはってセクシーコマンドーに徹してくれた理事、 何も知らないままリアクション芸人として動いてくれたノイマ先生。 二人のおかげでこの勝利はあるんですよ。さあ、首から下もオニギリにしないとですよ」 三時間後、目を覚ましたノイマは朝日を浴びながらコシヒカリのオニギリを頬張っていた。 「凄いわねこのオニギリ、一口食べる度に身体の傷が消えていく」 「ぼーげろぼぼんはぼぼぎょぎょげんはいかんの」 「理事、食べながら喋らないでください。何言ってるか分かりません」 トーシュは無言でオニギリを貪り続けた。会話より食欲の方を優先した様だ。 かつて道明寺だった人型オニギリは既に上半身が失われガンダムのラストシューティング みたいな状態になっている。 トーシュの事はもうほっておいてノイマは少女の方から話を聞く事にした。 「ちょっといい?理事とアンタの戦術的狙いが何だったのかは教えてもらったけど、 やっぱり疑問が残るのよ」 「答えられる範囲なら答えますですよ」 「それじゃ一つ目」 ノイマはコシヒカリの栄養で勃起していくチンチンを足で組んで押さえながら質問する。 「微量のアンチウイルスをあれだけ増やすのにはすごい時間がかかるんじゃなかったの?」 「それを何とかしたのが私の魔人能力ですよ。私の魔人能力は料理の工程を省略 できるですよ。道明寺さんも『家庭科室の調理機能を使ってオニギリにした』という 結果を導き出す事で倒せたですよ」 「料理とウイルス培養は違うでしょ」 「要は味噌作りの様なものですよ。培養液には鳩のコラーゲンを使ったんですよ。 ちゃんと料理が完成するまでの条件が揃っていれば工程を略して、 半年以上培養した状態のウイルスが完成するのですよ」 「ユキオ達の犠牲はちゃんと意味があったのね。それじゃもう一つ質問」 「はいですよ」 「結果的に勝てたから文句はないんだけど、それでも、アンチウイルスを 持ってる事実を隠しながら理事が戦った方が勝率が高かったと思うのよ」 「でもアンチウイルスを使ったらですよ、コシヒカリの味が変わるかもですよ」 七曲真哉は誰よりも料理人だった。
*第三部隊その1 「ノイマ君この場は一時退避じゃ!」 「了解!」 ノイマ舞はボンヤリと座り込んでいる少女の手を引きチャリの後部に座らせ、 自身はサドルに腰を下ろし全力でペダルを回す。 魔人能力対策に廊下を広く作ってある希望崎学園ならば校舎内をチャリで移動も可能。 階段も車椅子生徒の為に作られたスロープを利用すればチャリから降りずに移動できる。 無論校則違反だが緊急事態故にやむなし。 「見よ、ワシらを排除すべきと判断した様じゃ」 自らの足でチャリに並走するトーシュが、コシヒカリの下僕と化した生徒を チラ見しながらノイマに声を掛ける。 歩峰トーシュはこの学園の理事の一人であり、自らリーダーとして緑化対策に 文字通り走り回っている。 『アンチ・コシヒカリ・ウイルス』。園芸部で密かに培養されていたそれを回収し、 コシヒカリの親株と一体になった道明寺に打ち込む事でこの混乱を終わらせる。 それがこの三人の当初の目標だった。 だが一足遅かった。道明寺はアンチウイルスの存在を知っていたのだろう。 コシヒカリと一つになった彼は『開かずの闇花壇』を脱出した後、逃げ遅れた生徒や 立ち向かう教師を打ち倒し配下としながら真っ直ぐアンチウイルスの元に向かっていた。 トーシュが学内の秘密のルートでショートカットできると言っても、彼が動き出したのは 事件の発覚の後からである。ノイマ達を連れて園芸部に向かった時にはアンチウイルス 開発に関わった園芸部員は全滅し、全てのウイルス培養液は排水溝から水道水と共に 流されていた。 そして今、自らの天敵を処理し終えた瞬間のラスボスと鉢合わせた三人は全力で逃走中。 後ろからは道明寺とコシヒカリゾンビ達が迫って来る。 「理事の力で何とかならないんですかアレ!」 「道明寺君単体なら、あるいはコシヒカリ単体なら負けはせんよ。ワシの武術は ああいった奴らとは相性がいいんじゃ。じゃが、今の彼は未知数な上に強敵に合わせて 自己進化する。万一ワシが全力で挑んだ上で負けたら他の部隊のエースでも どうにもならんぞ。アンチウイルスがあれば別だったんじゃが」 コシヒカリの親株と同化した存在は強敵に出会う度に自己進化する。 中途半端な実力者をぶつけるのは逆に危険。その事に気付いた生徒会は、 緑化防止委員会を三つに分けた。 一つ目は新潟探索チーム。コシヒカリがまだ新潟内にのみあった頃、何故その時点で 地球全土にパンデミックが広がらなかったのか。その理由は不明だが、 他の五大災厄と互いの力を打ち消しあっているという説が現在有力とされている。 阿野次きよこを中心とした中二力容量の高い魔人グループ、及び夜魔口靴精などの 戦闘回避と高速移動に特化したサポート班はコシヒカリの繁殖力を失わせる力を 獲得する為に新潟に向かった。 二つ目は最終防衛ラインチーム。希望崎大橋で待機し、道明寺及びコシヒカリに寄生された 奴らが本土へ行くのを食い止める部隊。 会沢格を筆頭に屋外での迎撃に向いた能力者が中心となっている。 また、生徒会の大部分もこの部隊に同行し、本土に到着後援軍を要請する予定だ。 そしてトーシュとノイマ他一名からなる校内決戦チーム。 アンチウイルスを使用あるいは道明寺に対して一番勝算のあるトーシュをぶつけ、 コシヒカリの親株を撃破し、校外に問題が漏れる前に決着をつける為の部隊。 (校内というフィールドならワシが最強と言う理事の言葉には誰も反論出来なかった) だが、アンチウイルスは入手できないわ、頼りのトーシュも勝ちが保障出来ないと 発言するわで現在は逃げの一手である。 「このままじゃすぐ追いつかれるわい。流石、弾丸に例えられる運動能力を持つ 親株寄生体と言った所か。ノイマ君、運転代わるから足止め頼むよ」 「え?」 そう言うや否や、ノイマの顔面にドロップキックが炸裂した。 流れるような動きでトーシュはチャリのサドルに飛び乗り、ノイマは広い廊下を 転がっていく。 「さっさと起きて足止めせんか。それとも自らの命でワシらを逃がしてくれるのかの?」 「イタタ、わっかりましたよ!やりゃあいいんでしょ!」 ノイマは鼻血を拭いモデルガンを両手に一丁ずつ構えて左右に飛びながら撃つ。 射撃体勢に入った瞬間、ノイマの背後を白い鳩が飛び視界内のコシヒカリゾンビの動きが スローになっていく。 ノイマの能力『ガン・カタすたいりっしゅ!』、一見銃使いとしては不合理極まりない動き だが、実の所それらの動きには魔術的な意味が込められており雑魚ゾンビなどには大きな 能力ダウンを与える事が出来る!今回使ったのは『羽の型(うーのかた)』、相手が集団で そこそこ直線距離がある時に有効な戦闘方法である。この他にも腕をクロスして 左右の敵を撃つ構えや銃身を斜めにしてタバコを咥えて首を傾けながら撃つ構えや 銃で直接相手をぶん殴る構えも存在するが、道明寺という桁違いの怪物がいるので これらの接近戦向けの構えはノーグッドである。 「「「「「「グワーッ!!!!!」」」」」 コシヒカリゾンビと化していた生徒達から苦悶の声が漏れバタバタと倒れていく。 10数メートル離れた距離から放たれたプラスチック弾は人への殺傷力はほとんど無い。 だがこのプラスチック弾はノイマが対ゾンビ用にと塩水にたっぷりと漬け込んだ特性弾! ゾンビ的なモノには大ダメージ!さらに『ガン・カタすたいりっしゅ!』で動きが鈍った 所に撃たれたので防御無視でダメージ!さらにさらにコシヒカリはモンスター分類で 植物族に分類される!植物は塩に弱い! つまるところ、あくタイプでくさタイプなコシヒカリゾンビ相手には魔力の込められた 動きから繰り出される塩弾は推定16倍ダメージ! こうかはばつぐんだ! 「お前達、しっかりするんだ・・・」 道明寺は倒れたコシヒカリゾンビ一人一人に手をかざしていくと彼らはゆっくりと 起き上がり道明寺の後に続く。恐らくはゾンビに蓄積された塩分と魔力を自分に 移し替えているのだろう。植物の中にもマングローブの様に塩害に強いものが存在する。 分体には行動不能となる量の塩と魔力でも、親株と同化した道明寺にとっては 屁のツッパリはいらんですよ状態なのだ。 そして道明寺がコシヒカリゾンビ全員を復活させた頃、ノイマもチャリに乗った二人も とっくにその場から居なくなっていた。 「逃げたか、行くぞお前ら」 「「「「「アー」」」」」」 トーシュ、ノイマ、他一名が逃げ込んだのは家庭科室。 トーシュが部屋内の黒板消しに手を伸ばし左右に力任せに引っ張ると、黒板消しは パカリと二つに分離し中からリモコンが出てきた。 そのリモコンのスイッチを押すと家庭科室の黒板が回転し、いくつものテレビモニターが 出現した。各モニターには校内の様々な場所が映されており、その中の一つに コシヒカリゾンビを引き連れゆっくりと進軍する道明寺の姿があった。 「理事しか知らない学校の秘密がまた一つ、ですよ?」 「今更驚かないわよ私は」 「ホッホッホ、なんせ魔人学園じゃからな、緊急時の監視手段はそこらにあるわい」 不自然な喋り方で少女は驚愕し、ノイマは疲れた顔で呆れ、トーシュは笑う。 「それより見てみよ、あのゆっくりとした足取りを。予想通りじゃ。 奴がその気になればワシらが決死隊となり現場に赴くより前にとっくに校外に脱出する 事も可能じゃったろう。じゃが奴は出口に近づいてはおるが未だ学内じゃ」 「どうしてですか、ですよ?」 「『孤独からの脱却』道明寺とコシヒカリはその一点で結び付けられた存在だからよ。 仲間を増やすのは彼の最優先する行動原理であり、仲間が居なくなるのは彼にとって 最も避けるべき事。だから手の届く範囲で活動している眷属と行動を共にし、 彼らが動けなくなった時は可能な限りは怪我を治してやる」 「その通りじゃノイマ君。今の道明寺はワシにも匹敵する戦闘力を持っておるが、 引き連れとる雑魚が足を引っ張っておる状態じゃ。じゃからワシは君をメンバーに選んだ」 「ノイマ先生が理事のパシリに選ばれた理由ってどういう事だってばですよ? 学校に小回りの利くチャリで来ていた事以外の理由があったんですよ?」 何時の間に手に入れたのだろうか、少女は焼き鳥をモグモグしながらトーシュに質問する。 だが、ノイマからしてみればこの少女がメンバーに選ばれた事の方が疑問だ。 自分は雑魚を誘導し、道明寺から見える範囲で奴らを半殺し状態にする事で 道明寺の行動を制限できる。完全には殺さない事で道明寺の行動をゾンビを助ける事に 費やさせる。しかもノイマの攻撃は道明寺本人には何の脅威でもないから自己進化で 解決する事も出来ない。 だがこの子は何の役に立つと言うのだ。この学校に赴任してまだ二年目のノイマは この少女の正体を知らない。トーシュとチームを組む事が決まった時には既にトーシュと 一緒にいたこの少女はどこの誰なのかを知らない。 チームメイトなのに「時間がないから」と素性を全く教えてもらっていない。 「理事、そろそろいいでしょ。彼女を何で連れてきたのか教えてくれませんか? というか本当に役に立つんですか、この子は?」 「なんじゃ、一緒におって一時間以上経つのに、まーだこの子の能力に気付いとらんのか。 馬鹿なの?死ぬの?」 「理事から見たら馬鹿なのは否定しませんが私は死にたくないです。教えてもらわないと 困ります」 「そうだな、私も聞いておきたい」 ガラッ。 家庭科室の扉が開き道明寺とコシヒカリゾンビ数名が現れる。 「話は全部聞かせてもらってない、だがお前達を全滅する」 「げぇーっ、道明寺!まあ、カメラ映像でもうすぐここに来るのは分かっとったがの」 「道明寺さん、こんばんはですよ。残念ながら全滅するのはそっちだ、ですよ」 「ああ、こんばんは。早速だが君は私に対してどの様に脅威なんだ?」 「それはですよー・・・」 「言わなくていいから!」 のんびりとした会話を遮ってノイマはジャンプしながらモデルガンを連射する。 背後で白骨化した鳩の死骸が転がる。 「ユキオ、クニオ、イチロー!」 羽の型が不発に終わった事に気付いたノイマは骨になった鳩を抱えて彼らの名を叫び号泣。 「おのれ道明寺、私の可愛いペットをよくも!」 「いや、私じゃない。犯人は多分あっちだ」 ノイマの後ろでは相変わらず少女が焼き鳥をモグモグしている。 トーシュも一緒になって焼き鳥を食べている。 「お前らか!」 「ノイマ先生もどうぞですよ」 「皆で食べると美味しいね、ってコラー!」 「ほむいたえれてヴぇげげげむほほほほいいべえうぇ」 「理事は食べながら喋ろうとしないでください!どんだけ食欲に支配されてるのよ!」 ノイマはトーシュと少女の頭をモデルガンの角でしばく。 それをものともせず二人は鳩の焼き鳥(三羽分)を完食すると道明寺の方へ包丁を構える。 「あ、食事休憩終わったんで、攻撃してきていいんじゃよ道明寺君」 「アッ、ハイ。所で理事とその子が持っている包丁、なんか緑色の汁塗られてません?」 「はい、アンチウイルスですよ」 「あーそっか私が半時間前に全部容器を割って排水溝に流したアンチウイルスかー。 ハッハッハッハッハ」 「「「「「「「「「「「「「「「なぁにーぃ!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」 道明寺、コシヒカリゾンビ、そしてノイマの声が綺麗にハモった。 「いや、確かに全て破棄したはずだ。部員がどれだけの量を培養していたのか、 彼らが私に秘密でアンチウイルスを増やし始めた時期から逆算したらあれ以上の数を 作れていたはずがない」 「はい、道明寺さんの言う通りですよ。私があの部屋から持ち出せたのはこれだけですよ」 少女はスカートのポケットから紙切れとビニール袋を取り出す。 紙切れの方にはアンチウイルスの培養過程が書かれていた。 ノイマは少女が部屋に来た時ずっと座り込んで何かをしていたのを思い出す。 「あの時は恐怖に震えていただけかと思っていたけど、この紙を回収していたのね。 で、そっちの袋は何?」 「ただのビニール袋ですよ。あの部屋の空気を十分に入れたですよ。 道明寺さんは結構勢いよく水道水でアンチウイルス流してしたですから 空気中に微量のウイルスが飛散していたと思ってやってみたらビンゴだったですよ」 アンチウイルスは植物にしか感染せず空気中には10分と存在出来ない。 人間の肉体に植物の本体が守られた構造になっている道明寺及びコシヒカリゾンビ達を ウイルスで倒すには注射器を使うか、ウイルスを相当量含んだガスを吸引させるか ウイルス付きの刃物で切るかしないといけない。だからこそ、道明寺は大胆に全容器を割り 排水溝に流す事ができたのだ。 「空気中に飛散した量程度では私はモロチンの事、生徒達も倒す事は出来ない。 仮にビニール袋で回収したウイルスをどうにか保管できたとしても、包丁二本に 塗り付けられる量にまで培養するには半年はかかる。では、その包丁に塗られたのは何だ?」 「ですから、貴方達を全滅させるだけの量のウイルスですよ」 「追い詰められての苦し紛れのハッタリか?いや・・・」 「迷う事はありませんぜ、親株の旦那ぁ~」 勝負をつける為に突撃すべきか、退避して本土を目指しつつ朝日を待つべきか 悩む道明寺を一体のゾンビが押しのけ前にでる。 「ここはこの俺に任せろってね、あんなのがハッタリでしかない事を証明してみますよ」 他のコシヒカリゾンビとは一味違いそうなこのゾンビは猛牛の如き構えを取るとその 両腕にスパークが走る。 「げぇーつ、あの構えは魔人体育教師の城ヶ崎先生!今回の戦いでは風紀委員と同行して 戦っていたと聞いていたけど、既に敵の手に落ちていたなんて!」 「知っているのですよ?ノイマ先生?ですよ」 「ええ、ワンゲル部だけで対処出来ない怪物が屋外で発見された時はよく手伝って 貰っていたのよ。ゴーレムやミノタウロスが相手だと私は無力だしね。 もし無事に合流できたなら戦力として期待できたんだけど・・・」 ノイマは複雑な感情を顔に浮かべながらモデルガンを城ヶ崎ゾンビに向ける。 だが、城ヶ崎ゾンビはかつての親友のノイマも、何らかの手段でアンチウイルスを 培養した少女も無視し、トーシュを恨み一杯の目で睨み付ける。 「センセイ、あの時はよくもやってくれましたね。おかげで俺はこのザマですよ」 「ほう、欠けた魂をコシヒカリが補って延命されたのか。実に興味深い。さて、 今の君はどんな味がするかのう?」 「あの、理事」 「なんじゃいノイマ君」 「城ヶ崎先生に何したんですか。あの温厚な城ヶ崎先生が何であんな顔してるんですか」 「適当な理由つけて、魂の核抉り出して食べちゃった。てへぺろ」 タターン、シュバッシュバッ、ズバババッ 「ノイマ君、何で急にスタイリッシュなバク転でワシから距離を取るんじゃ」 「今私の中で理事の危険度が道明寺と並びました。手の届く範囲に来ないでください」 「安心せい、このシナリオではせいぜい君の事を肉壁程度にしか利用せんよ」 「他にシナリオがあってそっちでは私を酷い目に遭わせるのが確定してる様な事 言わないでください」 「お前ら俺を無視するんじゃねえー!」 決死隊メンバーの漫才を遮り城ヶ崎ゾンビが突撃する。自己防衛本能がトーシュに 奪われてしまった今の彼の拳はプロローグの時とは比較にならない勢いで振るわれる。 だが、主人公達の会話に横槍を入れる再生怪人の末路は確定している。 「馬鹿めが、憎しみで戦い方が単調になっておるぞ。そんな動きではワシは倒せんよ」 ゾンビ化と憎しみに染まった影響だろう。城ヶ崎ゾンビにはオルゴールの音は 届いていなかった。 トーシュの魔人能力『サカサマの歌』で距離感の狂わされた城ヶ崎ゾンビの拳は大きく 空を切り、トーシュは無防備な胸へと包丁を突き刺す。 「ぐああああああああああああああああああああああ」 心臓を貫かれた城ヶ崎ゾンビの全身から煙が噴き出て、数秒苦しみぬいた後 倒れて動かなくなる。コシヒカリに寄生されたゾンビは心臓を破壊されても即死はしない。 城ヶ崎ゾンビが煙を出しながら死んだのは包丁に塗られたアンチウイルスが本物だという 何よりもの証明となった。 「ふむ、これがコシヒカリと同化した魂か。どれ」 トーシュは城ヶ崎ゾンビの胸から魂を抜き取り、それを口に含み舌で転がす。 「うむ、最初に食べた時は保身のくどい甘味がしたが、今度は憎しみによって 程よい苦みが広がるわい。おほっ、苦みに混じって一瞬だけ今まで味わった事のない 美味が!これが新潟コシヒカリの味か!うーまーいーぞー!! じゃが、やはり親株の、それもちゃんと調理されたのを食したいのう」 「親株の調理は任せろバリバリー、ですよ」 「・・・マジモンのアンチウイルスだったんですか。持ってたなら何で私に 教えてくれなかったんです!」 「じゃってのう、ノイマ君が足止めに失敗してゾンビ化したら道明寺にアンチウイルスの 存在がばれるじゃろ」 確かにこの件についてはトーシュが正しい。道明寺は植物の心を読む事ができるから ゾンビ化したノイマが情報を持っていた場合、アンチウイルスを持ったトーシュとの 勝負を避けて朝日を待つ戦法に切り替えていた可能性が高い。 アンチウイルスの存在を伏せたままこの家庭科室を決戦の場にする、その為には 道明寺相手に戦力に数えられないノイマには情報を与えないのが正解。 ノイマはぐうの音も出なかった。 「さて、状況は理解したかな道明寺君?君を殺す手段はここにある。 逃げるかね?逃がしはせんよ。ワシは君が逃げるルートを封じる事が出来る。 そうじゃなあ、よし、君がこの家庭科室から逃げて校外に行くのなら、君が必ず 通らなきゃならんルートに無事な生徒を誘導しよう。どうじゃ、これなら 君が生徒達をゾンビ化している間に追いついて、この包丁でグサッといけるぞい」 「生き残りの生徒をエサにするって事ですか!?それでも教育者ですか!」 「ワシ理事じゃもん、ノイマ君と違って現役の教育者じゃないもーん。 で、どうよ道明寺君、どうするんじゃよ?君に『孤独を恐れる本能』がある限りは 君は絶~~~~~~~~~~~~対にこの学内ではワシからは逃げきれん。 どうする~?ねえ、どうするんじゃ~?」 「・・・理事、それからノイマ先生、勘違いされては困る」 トーシュの挑発に対し道明寺は感情を表に出さずに返す。 アンチウイルスが塗られた包丁を見た時は大変驚いていたが冷静さを取り戻した様だ。 「貴方達はようやく私を倒す手段を得たに過ぎない。この場には 私に刃が届きうる男が一人、アンチウイルスを作れるが戦力外の女が一人、 どちらの条件も満たさない女が一人。理事、さっきの挑発は悪手でしたね。 あれで貴方はここにいる者以外には頼れる戦力が無い事を自白してしまっている」 道明寺が右手を一振りすると、コシヒカリゾンビ達は家庭科室の外へ出て行った。 「これで心置きなく全力を振るう事が出来る。覚悟せよ、今日が人類の最後の夜、 そしてコシヒカリの始まりの夜」 「うっさい、燃えとけ」 トーシュの手元に小さな火が発生する。 「あ、私がワンゲル部で使ってるチャッカマン。何で理事が持って」 ノイマが疑問を最後まで口にする事は出来なかった。 チャッカマンの火が一瞬大きく燃え上がった様に見えた後、家庭科室内が 爆音と閃光に満ちる。 希 望 崎 名 物 小 竹 式 ガ ス 爆 発 術 !!!!!!!!! 城ヶ崎ゾンビ撃破後、トーシュは密かにガスの元栓を開いていた。 普通ならばガスの異臭に気付かれるはずだったが、この部屋には城ヶ崎ゾンビの 血の臭い、鳩三羽分の焼き鳥の臭い、そして道明寺とトーシュが発する強者のオーラが 場にいる全員の嗅覚を刺激し、ガスの臭いに気付かせなかった。 「ぐっ・・・くそ、懐かしい、いや小賢しいマネを」 爆音の残響が耳を支配し、粉塵が視界を覆う中、道明寺は心臓と脳を両手で守りながら 状況を把握する。コシヒカリの持つ感覚を動員すればこの状況でも目は見える。 右後方に気絶しているノイマ。全身にテレビモニターのガラスが刺さっており、 とても戦える状況ではない。M字開脚から黒系のセクシーな下着が見える。 前方には黒こげのトーシュ。爆発の中心点にいた為ダメージはノイマよりも酷く、 顔の皮膚をほとんど炭化させ、チャッカマンを構えたポーズのまま硬直している。 割れた窓からヒューと冷たい風が吹くとトーシュは変わらぬ姿勢のままコテンと倒れた。 「な、何がしたかったんだこの老人は」 特攻にしてもあまりにも意味不明、唯一渡り合える戦力である自分自身を失い こんな事をする理由が無い。何より、この老人は自分を犠牲に人類を救うなんて事を 絶対にするはずが無い。 あまりもの異常事態、だからこそ道明寺は気づくのが遅れた。この場に一人足りない事に。 もぞ もぞ もぞ 「な、なんだ」 城ヶ崎ゾンビの肉体が突如動き出しその下から女性の手が出てくる。 「よいしょ、よいしょっと。ですよ」 額に汗を流しながら少女が城ヶ崎ゾンビの下から這い出てきた。 少女は立ち上がると懐から二本の包丁を取り出し構える。 その刃は緑色に濡れていた。 「ゲホゲホ、あー、最終決戦ですよ」 「君が・・・戦うのか?理事は君に全部託したのか?」 「ですよ」 少女は確かに多少は戦闘慣れしている様だが明らかにトーシュよりも、ノイマよりも弱い。 道明寺には最早何も分からない。 (この少女を囮にノイマ先生か理事が奇襲を?いや、二人とも完全に瀕死だ。 この部屋自体に罠が?罠があるならガス爆発なんて不確実なものは使わない。 彼らは陽動で時間稼ぎが目的?アンチウイルスは本物だった。理事が直接戦った方が 勝算がある。少女がアンチウイルスの塗られた包丁を振りかぶって私に向かってくる。 どう見ても戦闘型通常魔人級の動きだ。そうか、私の動揺を狙う事自体が目的か、 ならばもう迷うまい) 「もう何が起きても驚かんぞ、その刃をかわしてコシヒカリの芽を植え込んでやろう」 「これはぽーい、ですよ」 「え゛」 少女はアンチウイルス付きの包丁を二本同時に窓に向かって投げ捨てた。 道明寺から見て少女の唯一の勝利手段を投げてしまっていた。 「ちょ、何やってるんだ!アレが無いと私に勝てないだろーが!」 「要らないんですよー。ここが家庭科室であり貴方は米である。 ならば私の能力発動の条件は整っています」 少女の両手が拍手する様な形で道明寺の眼前に迫る。 完璧なタイミングの猫だまし、だが、コシヒカリの親株の寄生体は 猫だましでは死なない。少女の動きは猫だましでは無かった。 「the Quick Point from Parallel Partners」 呪文の様な呟きが聞こえた。 それが道明寺が最後に聞いた言葉となった。 ぱん、と乾いた音と共に勝負は決した。 顔の両側を手で挟み込まれた道明寺は、一瞬で首から上がオニギリになっていた。 「私と道明寺さんには天地の実力差がありましたですよ。 身体をはってセクシーコマンドーに徹してくれた理事、 何も知らないままリアクション芸人として動いてくれたノイマ先生。 二人のおかげでこの勝利はあるんですよ。さあ、首から下もオニギリにしないとですよ」 三時間後、目を覚ましたノイマは朝日を浴びながらコシヒカリのオニギリを頬張っていた。 「凄いわねこのオニギリ、一口食べる度に身体の傷が消えていく」 「ぼーげろぼぼんはぼぼぎょぎょげんはいかんの」 「理事、食べながら喋らないでください。何言ってるか分かりません」 トーシュは無言でオニギリを貪り続けた。会話より食欲の方を優先した様だ。 かつて道明寺だった人型オニギリは既に上半身が失われガンダムのラストシューティング みたいな状態になっている。 トーシュの事はもうほっておいてノイマは少女の方から話を聞く事にした。 「ちょっといい?理事とアンタの戦術的狙いが何だったのかは教えてもらったけど、 やっぱり疑問が残るのよ」 「答えられる範囲なら答えますですよ」 「それじゃ一つ目」 ノイマはコシヒカリの栄養で勃起していくチンチンを足で組んで押さえながら質問する。 「微量のアンチウイルスをあれだけ増やすのにはすごい時間がかかるんじゃなかったの?」 「それを何とかしたのが私の魔人能力ですよ。私の魔人能力は料理の工程を省略 できるですよ。道明寺さんも『家庭科室の調理機能を使ってオニギリにした』という 結果を導き出す事で倒せたですよ」 「料理とウイルス培養は違うでしょ」 「要は味噌作りの様なものですよ。培養液には鳩のコラーゲンを使ったんですよ。 ちゃんと料理が完成するまでの条件が揃っていれば工程を略して、 半年以上培養した状態のウイルスが完成するのですよ」 「ユキオ達の犠牲はちゃんと意味があったのね。それじゃもう一つ質問」 「はいですよ」 「結果的に勝てたから文句はないんだけど、それでも、アンチウイルスを 持ってる事実を隠しながら理事が戦った方が勝率が高かったと思うのよ」 「でもアンチウイルスを使ったらですよ、コシヒカリの味が変わるかもですよ」 七曲真哉は誰よりも料理人だった。

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