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**逝谷しおりプロローグ【365】 最初に泣き出したのはお姉ちゃんだった。 背が高く、スタイルが良くて髪もキレイ、顔も頭もいい自慢のお姉ちゃん。そのお姉ちゃんが。 もう二十歳をすぎてるいい大人だっていうのに、こんなに泣く事があるんだねえ。 いや、さすがに泣くものなのかな。 妹の余命があと1年と宣告されれば。 3年前から妙に体調を崩しがちになったあたしは、だんだんと入退院を繰り返すようになった。 今にして思えばこの頃から体力の低下も始まっていた気がする。 体育のマラソンを完走できなかったのもこの年が初めてだ。 2年前にはついに長期入院となり、まともに学校にも通えなくなった。 みるみるうちに衰弱する自分と向き合わなければならない辛い日々だったが、 お姉ちゃんが毎日見舞いに来てくれたのは覚えている。 そして、この謎の体調悪化の正体が、いまだ解明されぬ奇病《時が先か》に よるものだと判明したのが、今日である。 《時が先か》は発症者の運命に直接作用して余命を固定するというほとんど反則みたいな特性を持ち、 専門の研究者でも症状だけを見てそれと見抜くのは困難なのだという。 しかしそれが、はっきりと判明するタイミングがある。余命1年を切った日だ。 《時が先か》は、残り時間が1年を切った者の首筋から胴体にかけて、直線のアザを浮かび上がらせる。 その長さ、365ミリメートル。これがあたしに残された人生の長さというわけだ。 主治医はそんな事を神妙な面持ちで、あたしと家族に説明したのだった。 そしたらお姉ちゃんが泣き出して。続けて両親も涙したのだ。 特にお姉ちゃんの泣き方は悲惨で、綺麗な顔がもうグチャグチャで。あたしの涙がひっこんだくらいだ。 他人が泣いてるのを見ると逆に冷静になるとは言うけど。 命の瀬戸際でも、意外とそんなもんなんだねえ。 【365】 で、あたしは久しぶりに家に帰る事にしたのだった。 もはや入院する意味も無いし。最期の場所は好きに決めるといい、と主治医も言っていた。 車椅子を両親に押してもらって、ひさびさの外の空気だ。意外と嫌な気分ではない。 夕飯の材料を買ってから、あたし達は家路についていた。 未だ泣きじゃくるお姉ちゃんを、なぜかあたしが宥めながら。 「なんでしおりは落ち着いていられるの!? あっあと1年しか、たった1年しか、ないの゛に゛ぃぁskふじこfhxskfj……」 1年と口にしたことで改めてこみ上げるものがあったのか、お姉ちゃんは壊れてしまった。 「元々生きてる感じじゃなかったから、かなぁ」 あたしは思った事を言った。 「入院して2年も、全然治らなかったんだよ。正直、死ぬんだろうな、くらいは思ってた。 そこに具体的な日付がついただけ。前向きに考えようよ。1年経ったら、心霊スポットとして 我が家を売り出して大儲けふが」 前を歩いていたお姉ちゃんが振り返り、あたしの頬をつねっていた。痛い。 「それ以上は許さないよ」 その時のお姉ちゃんは、いつもの目に戻っていた。力のある目だ。相変わらず変な凄味がある。 「…………ゴメン」 「ばか」 そしてお姉ちゃんは再び振り返り、何かを振り切るように大股で歩き出した。 忘れもしない。その時だった。 前方の路上には猛スピードの鉄塊が見えた。トラック。明らかに制限速度を無視している。 そこにはお姉ちゃんもいる。慌てて踏み止まれば、道路に入らずに済んだかもしれない。 でもお姉ちゃんはまだ涙目で、前が見えていなかったのだ。まともに反応できていない。 背後から両親が飛び出そうとしているのが見えた。駄目だ。間に合わない。 車椅子のあたしに至っては論外だ。立ち上がる事すらままならない。 トラックがお姉ちゃんに迫る。365も残っているあたしの目の前で、 お姉ちゃんがゼロにされそうになっている。あたしはやっと腰を浮かせたところだ。 クッソ、なんでだ、なんであたしは、こんなに遅い! あたしが、あのトラックくらい、速ければ! その先の事はあまり覚えていない。 トラックが突然止まったようにスピードダウンし、壮絶な追突事故が起きたというのは 後で聞いた。そして、道路の反対側に人智を超えた速さで転がり込んだあたしが、 その腕にお姉ちゃんを抱きかかえていたらしいという事も。 【354】 やっぱり最初に泣いたのはお姉ちゃんだった。 本当に自慢のお姉ちゃんなのだけれど。普段はこんな事、まずないのだけれど。 いや、さすがに泣くものなのかな。 妹の余命がいきなり十日も縮んだら。 何度計っても、件のアザは354ミリに減っていた。まだ1日しか経っていないのに。 医者に聞くとアザの長さは絶対だそうで、やはりあたしの寿命は縮んでしまったのだ。 原因不明の奇病にすら干渉する、異能の力によって。 あたしは「魔人」になったらしかった。 道理で、あんなムチャをしたのにも関わらず外傷がほとんどない。 ずいぶんマシな肉体になったようだった。杖を使えば、人並みに歩く事もできる。 正直、あたしは高揚していた。 お姉ちゃんの命を助けた。昨日まで動くことすらままならなかった、あたしがだ。 普通にしていればあと20000日以上は生きるであろうお姉ちゃんの命。 消費したあたしの10日なんかより、ずっと価値がある。 できた。あたしにも、できることがあった。 病気のために家族を無闇に奔走させるばかりだったクソ野郎のあたしにも。 いや、もしかすると、もっとある。この力を使えば、まだまだできる事がある。 それは素晴らしい事のように思えた。 なのに、お姉ちゃんは泣きながら怒っていた。 「なんで……なんで私のために、しおりの貴重な時間が減らなくちゃならないの」 あたしはそれが少し、気にくわなかった。自分は褒められるべきだと思った。 「お姉ちゃんの命に比べたら、たいしたモンじゃないよ」 事実だ。 「なっ……! っっ、でも、しおりにとっては、1秒だって大事なのに……」 このときのお姉ちゃんは、物凄く複雑な顔をしていた。 お姉ちゃんだって、わかってはいる筈なんだ。 妹の10日のために自分が死ねばよかったなんて、そんな事、あるわけがない。 ただそれに、全く納得がいっていないようだった。 【296】 希望崎学園に転入すると決めた。 どんな形であれ、あたしはもう一度学校生活がしたかったのだが、 魔人でしかも余命1年を切ってるとかいう、この色んな意味で危険な人物を 受け入れてくれるような学校は希望崎だけだった。 さらに、あたしは生徒会に入ると決めていた。 能力を使って人助けがしたかった。無価値に寝ているだけだったあたしに 何か意味が生まれるとすれば、それしかないと思えた。 それには生徒会はうってつけだ。かなり精力的に活動しているというし、生徒からの評価も高いらしい。 問題があるとすれば、まあ、ちょっと死んじゃったりするだけだ。 というわけで、やっぱりお姉ちゃんに大反対された。 「なんでわざわざ早く死ぬ必要があるのよ!」 「いやほら、逆に考えれば、どうせそのうち死んじゃうんだから多少早まっても問題ないわけで」 「しおり」 お姉ちゃんは一言であたしを黙らせた。 このところすっかり泣き癖がついていたお姉ちゃんだが、このときの目は、いつもあの目だった。 この目で見られると昔から、あたしはどうも逆らえない。 だから。あたしが学校に行くには、この目に勝つ必要があった。 「私は、しおりに、1日でも長く生きてほしいの。一緒に過ごせる時間が欲しいの。 だから軽々しく、私の前でそういう事を……」 「お姉ちゃん」 あたしはもう、覚悟を決めていた。 「やりたいことがあるんだ。今なら、できるんだよ。あたしにもできるんだ」 今のあたしは、お姉ちゃんと同じ目になれているかもしれないと思った。 「あたしは行くよ。それは、学校でしかできないんだ」 「……しおり」 今度はお姉ちゃんが黙る番だった。 その目はまだ強い光を保っていたけれど、同時に涙をこらえているのもわかった。 困った。そんな顔を見せられたら、あたしでも少しくらいは躊躇う気持ちになる。 でももちろん、立ち止まるわけにはいかなかった。あたしにはやりたい事がある。 そして、どうしても欲しいものがあった。 入学前の最後の夜、あたしはお姉ちゃんと一緒の布団で寝た。 小さい頃の、元気だった頃の思い出とか、いろんな事を話した。 そして夜が明けて、あたしは頬についていたお姉ちゃんの涙を拭って、 希望崎学園の生徒となった。 ――その夜。 ついに相応しい舞台が来た。そう思った。 以前は、隕石かなんかで人類が同時に滅んじゃえばいいのに、なんてよく考えたものだった。 あたしも両親も、お姉ちゃんも、ぜんぶ同時にいなくなってしまえば 寿命なんてささいな事はどうでもよくなる。 余命の長さなどというものは一切の意味を失い、あたしは皆と同じになれる。 でも、今は違う。 「志願者には、希望崎生徒会に可能な限り、すべての望みを叶える」 ジョン・雪成はそう宣言した。だからあたしは、こう条件を出したのだ。 『パンデミックを防げたらでいい。学園史に、永遠にあたしの名を残せ』 と。 あたしが欲しかったもの。それは、名誉だ。 それをもって、逝谷しおりは「皆と同じ」すら越えて、その先に行ける。 あたしは家族に迷惑ばかりかけてきたクズだ。だが、クズのまま死ぬのはごめんだ。 あたしは、あたしを誇ってから死にたい。 そして、願わくば、お姉ちゃんにもあたしを誇ってもらえたら―― だがそれも全て、この状況を乗り切れたらの話だ。 大丈夫。死ぬのは怖くない。だからあたしは、何だって出来るはずだ。何だってやろう。 残っているあたしの、全てをかけて。 【31】

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