HUNTER×CENTER
――0時2分。生徒会室。
「ふっざけんなーーーー!!」
ファタ=モルガーナは須能=ジョン=雪成を怒鳴りつける。
魔人討伐の依頼をどうにか達成して生徒会室へ戻り、雪成から次なる依頼の全容を聞かされたところだった。
その案件というのが、《新潟》の五大災厄が一、魚沼産コシヒカリのパンデミックを阻止すること。
「無理だっつーの! 禿げるわ!」
一文字剛直も怪物だと思ったが、道明寺withコシヒカリに比べると師団長と王程の差がある。
しかもゼノのようにちょっと手伝ってハイ終わりでは済まない。
がっつり対道明寺の戦力に組み込まれているのだ。
「会長だろぉーー? アンタが観音像と貧者の薔薇抱えて特攻でもしろよ!!」
「……そんなモノがあるならそうするさ……」
雪成の苦々しげな返答に黙りこむ。
「割に合わないなら断ればいいじゃないか。
プロってのは、そういうものだろう」
背中越しに会沢格の冷えた声がした。
侮蔑や挑発の意図は感じられない。ただ率直に発した言葉だった。
全くの正論で、普段ならファタもそうしていただろう。
だがここでそうするということは、自分の、世界の運命を他者に丸投げすることを意味する。
重大な戦力になり得る自分が逃げて、どうか他の人達が世界を救ってくれますようにと祈るのだ。
「……ちっ、受ける。受けるよ」
元からわかっていたことだった。ただあまりに理不尽な状況に噛み付かずにはいられなかった。
「希望崎生徒会ある限り、君の一族の永禄を約束しよう」
「……ある限り、ね」
ファタは苦々しく笑う。ラストミッションになりませんように、アーサー王にそう祈った。
「これが連絡用のインカム、そしてこちらはハルマゲドンやその他有事に備えての物資だが、どれでも持って行ってくれ」
生徒会の倉庫に保管されていた保存食や水、医薬品、簡単な武器、防具等を見せて雪成が言う。
ファタが先の戦闘でベコベコになったバットに代わって棍棒を選び、董花は瓶にガソリンで火炎瓶を作った。
「……では、健闘を祈る」
雪成に敬礼で見送られ、3人は死地へ旅立った。
1人になった生徒会室で、雪成は溜息を吐く。
――これで良かったのか、と。
「真相」を知れば、ファタあたりは間違いなく引き受けなかったろう。
「雪成君、済んだかね?」
天井のスピーカーから嗄れた声が室内に響いた。
「ええ、滞り無く送り出しました」
「うんうん、ご苦労」
声の主は学園理事の1人、地下シェルターからの直通だった。他の教師達と共に退避しているのだ。
「後は、その3人が『緑化』を防いでくれるかどうか、だね」
そう言う声音は不安げではある。だが、真に迫ったものは無い。
「……やってくれるでしょう、彼らなら」
「そうだね、そう祈ろう」
雪成は舌打ちした。マイクが拾うには小さな音だった。
この老人、そして地下に引き篭もっている教師達が憂うのは、世界の運命などでは決して無い。
自分達の立場、それだけだ。
「僕もね、出来れば使わず済ませたいからね。EFB兵器なんて。
若い子達が死ぬのはね。やっぱりね」
道明寺のパンデミックの目論見は成功しない。
決死隊が全滅する、道明寺が希望崎大橋を渡る、道明寺が存命のまま夜明けを迎える。
世界滅亡のデッドラインと緑化防止委員に伝えたそれらは、実のところ希望崎地下に存在するEFB兵器が起動される基準でしか無い。
エターナルフォースブリザードの中、喩え《新潟》の産んだコシヒカリといえど生存可能性は絶無。
その使用を躊躇わせるのは、学校にEFB兵器が存在する事実が学園自治法、そして日本の世界的立場に如何に影響するかという、つまり政治的な憂慮のみ。
決死隊が本当に守ろうとしているのは希望崎学園と、その背後にいる老人達だった。
「道明寺君、だったっけ? 本当にねえ、けしからんよ。思い上がって。
百姓が、作物が畑から出ようなんてねえ。なあ雪成君?」
立場を脅かす者への苛立ちと嘲りの混じった問いを、雪成は無視した。
(「貧者の薔薇」か……。同じだな、結局)
道明寺羅門は詰んでいる。
決死隊に詰まれるか。知り得ない駒に詰まれるか。それだけの違い。
畑の中から、盤上から出ること敵わず死ぬのだ。
「それで、本当にいいんだね雪成君?
考えなおさないかい? 君は悪いわけじゃあ無いし、命を張ったって何の意味も無いだろう」
「……ありがとうございます。ですが、決めましたので――」
地下シェルターに来ないか、という誘いだったが、雪成は固辞した。
元々EFB兵器の存在を知らされる生徒は生徒会長ただ1人。
万が一EFB兵器を起動する事態が迫った時、生徒会長だけは安全を確保する権利があるのに、だ。
「わかった。
それじゃあね、彼らの健闘を祈っているよ」
それだけ言い残して、シェルターとの接続はブツリと切れた。
「フゥー」
また溜息を吐いた。
老人の言葉は忌々しいが正論だった。元々、起動前に寄生されていない生徒だけを選別して退避させるなど出来なかったろう。
(自己満足、だな……)
それでも残らずにはいられなかった。
せめて彼らと同じ盤上に、いつでも取られる場にいることが、最低限尽くせる誠意のように思ったから。
本編SSへ続く