第二部隊・戦闘前SS


 《PM11:58 希望崎学園 生徒会室》

 「お母様、娘さんをわたくしにください!」

 唐突な求婚であった。
 娘さんはスマキにされている。
 お母様は「あらまぁ」と呟くや、あらあらうふふ系のモードに入ってしまう。

 生徒会長と鬼無瀬氏は驚いている。
 のもじさんはのびている。
 探偵・遠藤は胸を張り、今この場で主役を張ったことを確信した。

 《AM08:48 希望崎学園 希望崎大橋前》

 【魚沼産コシヒカリ】を追って、希望崎学園前に張り込んでから何日が経過しただろうか?
 一応生徒会に接触して調査の許可は得たものの、流石に園芸部はガードが堅く、直接踏み込むには準備が足りなかった。
 園芸者の田園とは文字通り彼らの塹壕陣地、もしくは宗教的聖地に等しく、押し入るには装備も人員も足りない。生徒会と言う学園自治法下での公的機関が強権を振るうには名分も立たない。

 本来なら時が来るまで待つという以前に、色々と問題があるように見えたが、大丈夫。
 観測用機材を揃えたために財布の中身は35円。ホテル代には足りないが、幸いにも人工探偵は光合成によって生存に必要な栄養素を賄うことが可能である。
 当然ながら水分と太陽光さえあれば、土壌はいらない。人目を避けるようにすると、帯を緩め落とす。

 張り込み・尾行は探偵の必須技能である。
 被害者・加害者に続く第三者が探偵であると考えれば、官憲もまた探偵の一種と拡大解釈することも可能だろう。 
 だが、ここで予感がするのは探偵の習性というより、いや同じ植物同士の共鳴とでもいうのだろうか。【はえぬき】ではなく、名探偵の称号には到底及ばない半端者と言えど、菖蒲はこれでもハイブリッドである。

 で、その日も定点観測を行っていた人工探偵・菖蒲はその姉妹らしき二人の動向を興味深く見つめていた。ちなみに全裸ではない。菅笠を取ることは就寝中であっても、極力これを避けている。
 なぜかと言うといい加減取っ掛かりを見出したかったというのもあるが、ぶっちゃけ暇だったからと言うか探偵以前の生物的な勘と言うか、つまりは【ひとめぼれ】である。

 阿野次のもじ……。
 色々残念なところはあるが、流離(さすら)いの”野に咲く可憐な花”(しんがーそんぐらいたー)を自称するだけあり、とりあえず美少女ではある。
 ついでに言うと、宇宙から舞い降りてきた者同士、相性というものがあったらそう悪くないと思う。
 まぁ、つまり、その、なんだ。そういうことである。

《PM11:13 希望崎学園 生徒会室》
 機材を置き去りにしてまで押っ取り刀で飛び出して、生徒会長、須能・ジョン・雪成に面会を求めたのには理由があった。
 「なぜ、わたくしに声をかけてくださらなかったのですか?」
 口調は丁寧でも、その口振りには堪え切れないような憤激があった。
 何らかの魔人能力によってか遮られたあの姉妹を目で追うのは限界があり、いい加減本題に戻ったところ、定点観測をしていたうち一つに変化があったことに気付けたのは幸いであった。
 「確かに、君は我々に【魚沼産コシヒカリ】に関する貴重な情報を幾つかもたらしてくれた。そのおかげで園芸の修羅・道明寺に先手を打てたのは事実だ。
 ……しかし、聞けば君は【ササニシキ】と言うじゃないか。鉄火場に当たってはたとえ君が戦力足り得るのだとしても、道明寺と【魚沼産コシヒカリ】を刺激させる愚は冒せなかった。
 風紀委員は我が生徒会が持ちうる中で最大の戦力だ。……連携も申し分ない」

 生徒会長は高慢さからくる嘲笑をその顔に薄く貼り付けた少女を極力視界に入れないようにして述べた。他の生徒会役員が口を開かずにいるのは遠慮か、深慮か、少女松永のそれは浅慮に他ならないが。
 「そもそもなんなのさー、一歳児が年上にそんな口利いていいと思ってんの? 」
 「松永様、訂正をされては? わたくしは一歳九ヶ月ですわ。人の歳を四割二分も割り引いてくれるとは……感謝を申し上げればいいのでしょうか? 齢(弱い)、薹(十)の立ったあなたは豊島園(年増園)でお遊びになられればよいのでは?」

 ところで風紀委員に随伴させる戦力と言う面で見れば、目の前で言い争いをしている探偵も吹奏楽少女も大差ないと生徒会長は見ている。
 ジョン・雪成は、駒だけ取られていくような下手な将棋を打つつもりはなかった。

 「あん? 馬鹿にしてんの、同じ爆破能力者だからって、たかが植物が私に楯突こうって?」
 「愚かですね……。わたくしは【魚沼産コシヒカリ】を誰よりも深く理解しているつもりです。おそらく、当の道明寺様よりも【魚沼産コシヒカリ】の謎に迫れる自信があります。
 【魚沼産コシヒカリ】は単に滅ぼせばいいというものではないのですよ? あれも所詮は一株に過ぎません。人類の未来の為にも【魚沼産コシヒカリ】は封じるのではなく、深く理解すべきなのです。
 あと、わたくしは植物や【ササニシキ】である以前に一人の探偵ですわ。訂正を要求します」

 「やめろ。
 すまないが、今回は探偵による謎解きを許す猶予が存在しないと見ている。だから、彼らには捕縛ではなく即座の処断を求めた。松永君には場合によっては後詰で出てもらうこともあるだろう。
 今は、その気合いをぶつける相手を選ぶことだ」

 正論である。
 生徒会長は目の前の二人、特に探偵に事件の発生を未然に防ごうと言う意志を見出さなかった。
 探偵と言う性(さが)に子を成せないのは自明のことであるが、通常人類の探偵は男女の区別を持つがゆえに、神代より続く探偵家系さえ存続しえてきたのである。

 探偵とは人の生死より謎の解決を望む性質を持つ。
 つまりは何よりも事件の発生を望む危険性を身の内に秘めていることになる。
 善き探偵はその誘惑を何らかの形で克己し、更なる推理の高みに身を置くが、時に欲求に負けて凶行に走る探偵も時には存在する。
 それを狂った探偵、もしくは堕偵(だんてい)と呼ぶが、もっとも世間に知れ渡り、かつ包み隠す意味で用いられる『真犯人』と呼べばわかりやすいだろう。
 堕偵は数いる真犯人のパターンの内でも相当の危険性を秘めていることでも知られている。

 そして、人工探偵は通常の探偵よりも堕ちる確率が高く、それに歯止めをかける意味で『ロボット三原則』に似た『人工探偵五原則』と言う自戒(自壊)装置が設けられている。
 人工探偵の寿命は未だわかっていないが、常に捜査の前線に立つ人工探偵が平均二歳と言う極めて若齢での婚姻に及ぶのはこの辺りに一因があると言われている――。

 「ふむ……、生徒会長の危惧はもっともじゃがのお。晴観は鬼無瀬一門の中でも屈指の兵(つわもの)、それが相手とならんと見ておるのか? 解せぬな、【魚沼産コシヒカリ】とはそれほど危うきものだというのか?」
 同輩の事を聞きつけたか、駆けつけた鬼無瀬大観が聞き質す。常の通り泰然としているようで、同門の危機にいてもたってもいられず、語尾がいささかいきり立っている。
 それでも遮二無二飛び出そうとしないのは、彼がこの歳にして武に生きるものとしての誇りを解し、また戦力の配分について己なりの兵法を得ていることを物語っていた。
 問いかけは自問に過ぎない。大観もまた【魚沼産コシヒカリ】の脅威を、自身にとって最悪の難敵となることを想定していた。

 「最悪の場合は、この学園の全戦力をぶつけても意味がないと考えている。
 【魚沼産コシヒカリ】の性質が単なる子株の植え付けによる人間の傀儡化だけで終わってくれればいいんだが……。だが――」
 「会長!! 討伐隊が、討伐隊がぁ! い、委員長もッ!!」
 息も絶え絶えに転がり込んできた報告が、生徒会長の脳内における最悪の想定と、それでも最悪を越えず範疇に収まったことを確信させた。

《PM11:59 希望崎学園 生徒会室》
 そして、冒頭に戻る。
 が、その前に生徒会執行委員にして、吹奏楽部の天才少女たる松永薫について説明しよう。
 彼女は同伴する巌の如き執行委員、伊達友晴に窘められつつも菖蒲と鬼無瀬から成る討伐隊本隊に向けて悪態を吐くと、己の職分を果たすべく出発した。
 すべては時間稼ぎのため。そして彼女のような性格の持ち主がこのような仕事を受ける辺り、刀の到着を待つ鬼無瀬大観の実力が伺い知れた。

 そして、何の縁か。二度目となると運命を確信した。
 朝一方的に見ていただけの間柄だったけれど、惚れっぽい菖蒲にとっては十分である。
 生徒会長との短いやり取りから二人の関係を掌握した菖蒲は言った。
 「この戦いから帰って来たら結婚しましょう!」

 だが、この言葉は看過できなかった。
 「Show the flag!(旗を見せなさい!)」
 阿野次きよこは魔法少女である。しかし魔人自衛官と言う相反する身分も持つ三十七歳・一児の母である。この時点で何言ってんだと思うかもしれないが、事実であるからには仕方がなかった。
 先は相反すると言ったが、きよこ女史の場合はそこを正(テーゼ)・反(アンチテーゼ)=合(ジンテーゼ)⇒止揚(アウフヘーベン)した例である。
 故に阿野次きよこは魔法少女にして魔人自衛官なのである。

 が、そこは置いておくとして。

 探偵は確かに皇室の藩屏であるのかもしれないが、それで言うなら自分達魔人自衛官は国家の土塁である。帝を尊重するようでいてその実は蔑ろにして己らの栄達を望み、国を思うが儘にしようとする悪しき探偵の歴史を繰り返してはならない。
 事実、加藤、佐藤、そして遠藤と言う著名な探偵家は藤の氏(うじ)、藤原氏に連なることを示している。その暴走の結果が「鳥羽・伏見の戦い」における偽の錦の御旗、と言うことになるのである。
 維新の激動の中でこそ許されたものの、新しき国づくりで多くの探偵がその責を取って身を散らしたことを考えれば、この平時において動乱を起こし得ることは双方のために潰すべきであった。

 故に、阿野次きよこは半ば無意識のうちにそう叫んでいたのである。単に『戦争前に変なフラグ立ててんじゃない!』と、言うわけではないのである。対する藤原氏の末流はこう答えた。
 「はい、元より生きて帰るつもりはありませぬゆえ、連隊長殿はこの旗を敵の手に渡らぬように燃やしてくださいませ」
 軍旗が敵軍の手に渡ると言うことはいずれの時代も変わることなく不名誉なものである。
 かの乃木希典将軍が明治大帝の崩御に伴い、殉死した際にも西南戦争で奪われた連隊旗について触れられている。彼がその際に自死を選んでいたら、日露戦争の勝利は危うかったことを考えると、歴史の揺れ戻しと言うものを感じざるを得ない。

 話を戻そう。

 阿野次きよこ女史はこの短い時間で討伐隊の隊長となることを決定づけられていた。
 つまりは探偵にとって主導権を奪われると言うことである。この状況では本格派探偵として受けた【魚沼産コシヒカリ】の奪取と言う密命も果たせそうになかった。
 無論、人工探偵菖蒲の目的はひとつではない。自分のルーツ探しも私的な理由としてはあるし、ここで伴侶が得ることも打算としてでなく本気であった。
 菖蒲は自分が探偵としては欠陥品であることを自覚している。
 故に、己の感情を殺すことも出来ないと考えている。もっとも嘘を吐いていたら、きよこさんはとぼける間もなく、とっととこんな茶番ぶっ壊して戦いに向かっていただろうが。

 「バカっ!」
 鉄拳である。魔人? 自衛官? 魔法? いや、少女としての必須技能である。
 そのため、唇の端が少し切れて頬が腫れる程度で済んだが。これが能力込なら奥歯の奥がガタガタ言っている。だがしかし。
 「…ちょっと頭冷やそうか?」
 お話モードに入ってしまう。
 「あー、つまりは何だ。キサマはわたしの前で死ぬと、遊びじゃない結婚の申し込みをした母の前で一兵卒が? ふざけるな! 探偵だの、人造人間だの、そういう御託はいらん!
 受ける受けないは、この母が決めることだ。キサマはただコシヒカリをぶっ倒して、生きて帰るんだ!
フラグ(旗)なんぞ蹴っ倒していけ!」
 本気で切れていた。娘にはもちろん部下相手でも鉄火場以外ではまず見せないような鬼軍曹としての顔。
 が、それも一瞬。

 「生徒会長、刀が『物干し竿』が到着しました」
 『応』と、生徒会長と話し込んでいた鬼無瀬大観が頷く。時間だ。
 ガールズ……、いやディテクティブ・トークも終いにしないといけない。探偵にとっては真実を追い求めるものはすべて探偵。軍人にとっては上下の関係があるなら上官と下僚、この緊急時と言えど、このすれ違いがどう転ぶか、それは夜明けを迎えるまでわからない。

 一方、Miss.Nomojiはどこでミスったのかピヨっていた。